サンタ・ソンブラ
「姐さん、どうか見逃しちゃくれねぇか」
全身に余すところなく彫られたタトゥー、金の装飾品を身に着けた大柄な男は言った。
聖母と称する偶像を崇拝した南東部最大勢力の麻薬組織、サンタ・ソンブラの幹部であるその男の名はエル・ホルヘ。
彼らの構築した麻薬ルートにおいて、道中に生じた厄介事を片づけるのは彼の率いる部隊の得意とする仕事であった。
組織外における富と、組織内における名誉。
彼の持つ確かな腕力と影響力は周辺組織の精鋭部隊すら、その名を恐れる程であるのは間違いない。
そんな彼がどうだろうか。
目前に佇む一人の少女に対して手にした得物を向ける事も無く、恐怖という名の緊張を僅かに内に秘め、首を垂れている。
「頭を上げてください。私達も偶然こちらに居合わせただけですよ」
シャルは微笑みながら彼へと告げる。
サツキから連絡を受けた貨客兼用車。
車体にペイントされた文字や模様はこのサンタ・ソンブラを象徴とする物であり、それらを確認した一行はこうして、その場に立ち尽くしたまま彼らを出迎えた。
彼は何を感じただろう。
他の敵対組織に強奪された積荷を奪還し、かつて内部で分裂し巨大化した敵対派閥を壊滅させ、組織の勢力拡大を阻止せんと送り込まれた周辺諸国の軍事組織を鏖殺し尽くした彼女らを見て。
狡猾に今の地位へと登り詰めた彼にとって、決して今だけは遭遇したく無い相手であったに違いない。
短期間の内にサンタ・ソンブラへ多大な貢献を果たした彼女らに、組織は一目置いている。
彼女らは聖母の遣わした英雄、救世主であると。
だが、彼は自分なりにその実態を見抜いていた。
彼女らはどこまでも冷酷無比に、己らの利益のみを求める飢えた獣である―――と。
「おいおい、このガキがなんだっていうんだ?」
彼との間に生じた僅かな沈黙を打ち破り、貨客兼用車の荷台から罵声が飛んだ。
組織に加入して日の浅い、血を求めて殺気立ったその青年は、彼女らの素性など知る由も無かった。
それは自身の向上心か、あるいは組織に対する絶対的な信頼故か。
「へへ、よく見りゃ高く値が付きそうな顔してやがる。おい――――
「そいつらに弾いてみろ。てめぇがそれに指掛けるより早くてめぇの首が飛ぶ事になるぞ」
言い終えるより早く、ホルヘは鋭く睨みつけながら男へ告げた。
彼女らへ見せた姿勢とは相反し、彼の本来の姿をそのままに。
「っ―――」
己が信仰する組織において確固たる地位を持つ彼の眼差し、言葉に。
男は焦りを見せた面持ちで瞬く間に口を噤んだ。
その青年だけじゃない。
2台分の車両に同乗する計十数名もの屈強な男たちは、肉食獣を前にした草食動物のようにその身を硬直させて固唾を飲む。
「ご配慮に感謝致します」
シャルは一部始終を目に、ホルヘへ感謝を述べた。
その口元に笑みを浮かべながら。
「ところで、理由をお聞きしても宜しいでしょうか」
話を本題に戻し、シャルは彼へ理由を問う。
ホルヘの選んだ選択肢。
彼女らに嘘を並べる事も無く、己が抱いた彼女らへの懸念をそのままに彼は最初の言葉を述べた。
その姿勢に対して彼女は彼女なりに彼に対し一定の評価を抱くと共に、彼とは元々から自身らにとって良好な関係性を築けていると考えていた。
それ故、彼女は目先に漂う利益の臭いより彼との対等な対話に重きを置いたのだ。
この時、そういう意味では彼は本当に狡猾な男だと、シャルを見守るリジーとメイは内心笑みを浮かべていた。
「ボスからの命令でな、その女を連れて行かなきゃならねぇ。詳しい訳はわからねぇが俺らサンタ・ソンブラは10日程前からそいつらを追っていた」
包み隠さず、彼女が聞かんとしている内容を告げる。
「彼女らの関係と、彼の負っていた傷については?」
「関係はわからないが、少なくともボスが必要としていたのは女の柄だけだ。傷については俺らの仕業じゃねぇ。一週間前にここから数十キロ先で初めてこいつらを見つけた時はあの男から拳銃で銃撃を受けたって話を聞いてる」
「その時にはもう傷を抑えて酷く死にそうなツラしてたって話もな」
「では、この弾の出所に心当たりはありますか?」
ホルヘの話を聞いて僅かに考え込んだ後、シャルは先の空薬莢を彼へと投げ渡した。
「………いや、しらねぇ。俺らの得物は専ら7mmだし、ここまで綺麗な物は滅多に流れてねぇ」
薬莢を見つめてホルヘは暫く思考を巡らせた後、シャルへとそれを投げ返す。
ここまで彼は嘘をついている素振りを見せていない。
この場を穏便にやり過ごそうと、ただただ焦る内心を覗き見る事が出来ただけだった。
「そうです……か」
納得したように、シャルは顎に手を当てて呟いた。
「引き留めてしまって申し訳ありません。私達は本当に偶然ここに居合わせただけで、あの子を殺してもいません」
「任務が無事に成功する事をお祈り致します」
シャルは笑みを浮かべ、物腰柔らかに告げる。
「どうぞ」と言わんばかりに少女の眠る車両へ手を差し向けながら。
「ボスも利益になりそうな仕事ならまずあんたたちに声を掛けるだろう。納得してもらえたみたいで助かる」
「あんたたちとは今後も互いに利益のある関係でいたいからな……」
心底安堵したように彼は告げた。
自身らが与えられた仕事を無事に遂行できることに、そして、自身に命の危険が及ばなかった事に。
「私も自身の立ち位置を理解している方には好感が持てます。ホルヘさん、貴方が交渉役で本当によかった。是非、これからもより良い関係を」
口元に笑みを浮かべたまま、シャルは彼に礼をした。
彼らの目にその光景、発言がどう映ったかは知る由は無いが……彼らの表情を伺う限り、察する処だろう。
そうして、この一方的な交渉は無事に幕を閉じた。
◇
「よかったのかよ?あのまま行かせちまって」
最後のやり取りの後、彼らは少女の身元を確認してその身体を自身らの車両へ乗せた。
遠く地平線へと消えていく彼らの後姿を見守りながらリジーが呟いた。
「聞きたいことは聞けましたし、証拠は大方出揃ったと思います」
リジーの問いに対し、シャルは澄ました表情でそう告げた。
「ただ……」
「……ただ?」
「一つ、あと一つだけ確認したい」
「そろそろ彼らとは潮時だと思っていたんです。」
「フフ、大きな仕事の予感がしますよ」
言い淀んだシャルを催促するリジーに対し、彼女は今日一番、期待に胸を膨らます歓喜に満ちた表情で告げた。
麻薬と暴力による支配を対価に物資を手にする彼らに件の弾を製造する術はない。
加えて、サンタ・ソンブラの幹部として絶対的な信頼を得るあのエル・ホルヘでさえ把握できない内情は、彼ら以上の力を持つ存在を匂わせている。
そんな影を相手取り逃亡を続けた少女と男は何者なのか。
その答えにもう一歩近づく為には、現サンタ・ソンブラの最高権力であるあの男に接触するしか方法は無い。
真相へと近づく毎に濃さを増す大きな大きな仕事の匂いに、彼女は笑わずにはいられなかった。
「作戦行動開始―――サンタ・ソンブラを潰します」
< 調査報告書 No.3 >
氏名: Iris - アイリス
愛称: アイリ
性別: 女
年齢: 16
出身: 西部
役割: 狙撃手, 偵察兵
銃器: M24E1 ESR, P320 M18
戦闘: 長距離戦闘
特徴: 白人, 金のロングヘア+サイドポニー, 碧眼
注意: 常に視られている事を意識しろ