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Delivery Bullet☆  作者: G
中部 フィフス・ハーモニー編
34/35

若きウェルテルの悩み


3度奏でられた銃声。


交互に放たれ、一度の流血も無いまま。


それは4度目の時を迎えた。



シャルがミラへと突きつけた銃口。


真っ直ぐに腕を伸ばし、その瞳は彼女を見つめていた筈だった。


されど、またしても彼女はその矛先を変える。


引鉄を引き絞り、撃鉄を振るい落とすその直前に。


シャルの腕は彼女の遥か上方へと向けられる。



時は来た。



激しい炸裂音と共に立ち上る濃霧。


再度訪れた違和感に疑問を浮かべる彼女をよそに、シャルは不敵に微笑む。



それは対峙する彼女らの中間ほどに位置していた。


グリッド状にシート型の天井材が敷き詰められ構成された天井部。


その一枚一枚はこのビルが持つ本来の天井部より敢えて下がった位置に設けられたいた。


それは、そうして出来たスペースにダクトや配管を通し、照明器具や空調機を施行する余裕を確保する為。


オフィスなどで一般的に用いられる吊り天井式の構造だ。



この空間において、残る天井部と地面へ剥がれ落ちた天井部を数えるには前者の方が早い程度には荒廃が進んでいるが。


幸いにもシャルが目をつけた位置にはしっかりとそれが残されていた。



弾丸は吊り天井を支えるボルトへと着弾した。



高い金属音を響かせ、風化の進むそれを容易く弾き飛ばす。


支えを失った骨子が僅かに揺れる。


その振動は伝播し、真下に接合されたシート状の石膏ボードにまで伝わる。



結果は言わずもがな。


二人の間には一枚の壁が作り上げられた。



衝撃によって引き剥がされ、その身が地へと舞い降りる僅かな滞空時間。


両者の視界が遮られた、僅か数秒にも満たぬその瞬間。


圧倒的な高速を以って空を駆ける弾丸には有り余るほどの時間だった。



シャルは決してそれを見逃さなかった。



彼女の持つ楯を欺く為の奇策。


確信する予感。


撃ち放たれた5発目の弾丸。


勝利を期す未来。



だが、それはシャルの予想を上回る。


またしても。


今回も。



シャルが5発目の弾丸を撃ち出すより早く、彼女は引鉄を引いた。



シャルの銃弾がボードへ穴を穿つ手前、着弾より1〜2m程早く穴が開けられた。


そこに攻撃的意図は無かった。


現にその銃弾はシャルの身体を外れ、彼女の右後方へと抜けていった。



ならば、その行動の意図はどこへ帰結するのか。



答えは、遮られた視界を拭い明瞭化するもの。


()()()を作り出す為に放たれた物であった。


己が使用者を護る為、飛来するであろう攻撃を見定める為の。



そこから考えられる推測は、シャルの予測を否定する。


あの機械に取り付けられた物は緻密に設計されたセンサーでも画像処理機能でも無い。


状況を高速かつ適切に判断し、攻撃・防御を行う為のもう一つの頭脳。


人工知能のそれであるに他ならない。



戦闘に特化し、戦闘のためだけに用いられるAI。


シャルは敵とする存在がもう一つの頭を持っている事を予測するべきであっただろう。



その時すでにシャルの表情に貼り付けられた笑みは、苦しい物へと変わっていた。



そして、今ではもう聞き慣れた音が聴こえる。



銃弾同士がぶつかり合い、その威力を相殺し合う音だった。



「…………完敗ですね」



「ええ。残念ながら」



穏やかだった。


全てを出し切ったと言わんばかりの脱力感をシャルから感じ取ることが出来た。


敗北を口にした彼女の笑みは儚げで、ミラは淡々とその言葉を肯定する。



この戦いのルール上、一度の対局で2発撃つことを否定してはいなかった。


ミラが事の経緯を理解したのは5発目の銃弾が撃ち落とされた後であったが、そんなことはどうでもよかった。


彼女が持てる全ての力を発揮し、考えうる可能性を出し切ったこと。


その事実が重要であったからだ。



最後の時を前にして、結末を確かに予感できてしまうから。



「この戦いも…終わりますわね。忘れていないかしら…私の言葉」



「はい。覚えています」



小さく、彼女たちは告げた。


いつしか辺りを取り巻いていた銃声も消え、その空間には静寂が訪れる。


あるのは呼吸の音だけ。


そこにまだ生けるものの鼓動が確かに存在するという証明。


幕切れに向けた、覚悟だけだった。



「私はきっと、生涯この日の事を忘れませんわ。貴女の事も」


「期待。裏切り。怒り。私が貴女に感じた全ての感情とも、ここでお別れでしてよ」


「だからどうしても、貴女の名前を聞いておきたいの。手向けに。貴女という存在の証明の為に」



目を瞑り、胸に手を当てながらミラは言った。


それはきっと、儀式のようなものなのであろう。


己が殺める者を忘れぬ為。


己が勝利した事で確かに得た己の正義を噛みしめる為。


そうして彼女はこの世界を歩んできたのだ。


それが万人に対してでないのは明らかだが、もしかすれば葬いすら行うかもしれない。


そんな予測を導き出せてしまうほど、彼女の瞳は切なかった。


その内に隠された静かな怒りすらも。



「私の名前は………シャルロッテです。性は捨てました。レギオンでは珍しく無い事です」



「ええ、わかっていましてよ。この世界を独りで歩く事になったその日から、私も名前しか持っていませんから」


「シャルロッテ。貴女に会えてよかったわ。本当に、本当に」



「ミラ。私も貴女と会えてよかった。そして─────



「ごきげんよう」「さようなら」



最期の刻。


折り重なる別れの言葉が、最後の合図だった。



凝縮された時間の中。


最後に見えた景色は儚く、ただ儚く。


綺麗だった。



落とされた重心、一切の誤差も無くなぞられた銃把グリップ


振られた腕に、伸びる銃身が真っ直ぐに捉えた少女の身体。



弾かれた指先は繊細に、花開いた閃光は芽を撃ち放つ。



全てを置き去りにする彼女のダンスはシャルの挙動を見届けた。



空を駆けた。



自由に。



直線に。



ただ、その身を彼女へと届かせる為だけに。



何者にも邪魔される筈は無かった。



()()()─────




シャルは笑った。




恐らく、彼女がその音を耳にするのは初めてであろう。


彼女はその音を奏で続けた側であった筈なのだから。




対局から放たれた弾丸がぶつかり合う。




彼女に届く前に。


行き場を阻まれた鉄の塊は無残にも転がり落ちる。




その先は、生きる者のみが許された時間だった。


時代と共に進歩を続けた技術。


それは時として武器の威力や防具の防御力以外にも向けられる。



人体によって扱われる武器に課された問題点。


いかに扱い易く、いかに素早い操作が可能であるか。


場合によっては大きく戦況を左右する操作性という点に。



マガジンリリースボタンを押して弾倉を脱落させる。


マグウェルをなぞるように予備の弾倉を差し込み、チャンバーへと給弾を行う。



そんな事を普遍とする時代に。



彼女はローディングゲートを弾いて()()()()()()()()()()()、再装填を行なった。



太古に用いられた武器のみが持つ、試行錯誤の証。


人類の叡智の経由点がそこにはある。



そんなものの速度を誰が競い、誰が鍛えるというのか。


それは、真の意味でそれを身体の一部に例えた彼女ならではであるだろう。



攻撃や防御に特化した最新鋭の機械が、後付けである事を証明するかの如く。



「………!!」



その時、ようやく彼女の意識が追いつく。


自身が作り出し、自身が追い込まれた状況を把握する。



焦る手つきで得物のローディングゲートを開き、地面へと弾丸を抜き落とす。


そうして彼女が見上げた時、少女はすでに銃身をこちらへ向けていた。




7発目────




銃を持つミラの腕を弾丸が突き抜けた。


手にしていた得物は地を転がり、彼方へと消える。




勝敗が分けられた瞬間だった。




「ぐっ…………シャル……貴女………」



歯を食いしばり、痛みに傷口を抑えるミラ。


対するシャルは笑みを浮かべ、余裕の表情で彼女を見下ろした。



ミラは予測する。



なぜ彼女は自身を殺さなかったのか。


敢えて腕を撃ち、無力化を選んだ意味はなんなのか。


なぜ今、2発目を撃たないのか。



答えとする可能性はいくつもあれど、ミラの脳裏に導き出された回答は彼女にとって最も都合の良いものであった。



それは、シャルが未だ先の1発までしか装填を行えなかったというもの。



ミラはシャルの顔を一瞥した。


彼女の敵意を窺うように。


そして、自身の背後へ左手を回し、サイドアームを手にした。



隠匿携帯コンシールドキャリーによってその身を隠されていた第二の腕。


過去の世界で警察組織や民間へ向け、その携帯性を武器に名を広めた拳銃、G26の姿がそこにはあった。



携帯用のホルスターから勢いよく引き抜き、シャルへとそれを差し向けようとする。


だが、それは許されるはずも無い。



彼女の画策を予知し、一手先に動き出したシャルは容易にその間合いを詰めることができた。


拳銃を手にした左腕を右手で抑え、左手に持ち替えられたSAAは彼女の頭部へ突き出される。



「それが、貴女が紛い物である証です」



冷たく、彼女の存在そのものを否定する勢いでシャルは言い放つ。


この期に及んでオートマチックへ縋る愚行を酷く罰するように。



「はぁっ……はぁ……でも、私は………貴女は………!!!」



支離滅裂に言葉を吐き出すミラ。


その焦点は不明瞭で、彼女は錯乱していた。


確信した勝利を打ち砕かれ、自身に迫る予感に怯えて。



その瞳には、追い討ちと言わんばかりに残酷な現実が映し出されていた。



自身の頭部へと向けられた銃身。


その後方に映る弾倉に揃う5発の弾頭を目にして。



「あ、貴女は………なんで……………」



語彙を消失しながらも、その技術、速度の差に彼女は疑問を浮かべずにはいられなかった。


なぜそこまで、速いのか。


愚問だった。



「言ったじゃありませんか。これは私の腕です。言い換えれば、私にはこれしか無いんです」



そう言ったシャルはそっと、彼女の手にした拳銃へ触れる。


額に汗を浮かべ、敗北を理解した彼女の腕は力なく、得物はするりと引き抜かれる。



そうして拳銃を手にしたシャルの腕は()()()()()



それを握る手は不規則に、力の制御もままならず今にも落としてしまいそうなほど。


かろうじて拳銃を保持しながらも、手首から後ろの腕はほぼ硬直していた。


恐怖でも、怒りでもなく。


彼女の全身がその異物を拒絶しているようだった。



近代化拒絶反応モダナイズドアレルギー


「私が持つ、忌々しい呪いです。私はこの銃を構えることも、引鉄を弾くこともできません」


「だからこそ、私はコレに命を託すしか無かった。コレを極める事しかできなかったんです」



「これが、私と貴女の違いです」



ミラは直感的に理解した。


その言葉の意味を。


シャルが持つ意思と力の正体を。



「そ、そんなの……聞いた事がありませんわ…」



ミラは幾分か落ち着きを取り戻していた。


シャルの話に耳を傾け、適切に言葉を選ぶことができる程度に。


シャルはそんな彼女の様子を見て、安心した様子で話を続けた。



「そうでしょうね。私も同じ症例を持つ人を知りません。でも私にとってはこれが現実で、これと同じ時間を歩んできたのも事実です」


「………さて、勝負の行方も知れたことですし、話を本題に戻しましょうか」



「………?」



「ルールはルールです。聞きたがっていたじゃないですか。あの子を追い求める理由について」



彼女の言葉に疑問を浮かべたミラであったが、その言葉に過去の言葉を思い出す。


2度目の銃撃の際に問うた、少女についてのことであった。



「実は私、最初からあの子の正体を知っていたんです。とは言っても、それを確信したのはつい最近ですが……」


「あの子は、あの子の記憶には────



()使()()()の起動コードが眠っています」



「………天使の剣?何を言っているの…?」



シャルが口にした天使の剣という言葉。


ミラは聞いたこともない言葉だった。


それが何を意味する物なのか、自身の記憶はおろか、上から伝えられた情報にもそれは記されていない。


ミラは固唾を飲んでシャルの言葉に耳を傾けた。



「おや、貴女達には何も聞かされていませんか?」


「前時代に創られた兵器の事です。自由落下砲、サルンガの矢など数多く異名はあるようですが、開発時における正式名称では天使の剣と呼ばれていたようです」


「力を持つ先進国が共同で研究を行い、その本体は今なお宇宙空間を彷徨っています。当時はその抑止力が主に用いられ、実用には至らなかったようですが……」


「ハハ、先の結末を知っている私たちにしてみれば抑止力なんて皮肉でしかありませんよね」



笑いながらシャルは説明する。


彼女が告げた物の正体と、その背景について。


ミラからすればそれは彼女の作り話やおとぎ話のようにしか聞こえなかった。


それほどまでに、スケールの大きすぎる話であった。



「待ってシャル。それをなぜ私に…?そんな物が存在するという証拠は…?仮に、仮にそれが存在したとして、それを…なぜ……」



「残念ながらお見せできるような証拠はありません」


「宇宙空間から巨大な鋼心を自由落下させるだけの単純な物ですが、位置エネルギーによってもたらされる破壊力は国一つを吹き飛ばす事も容易い」


「……私が語っているのは、あの子を得ることによって得られる利益の話です」


「わかりますか…?貴女の仕える国が求めている物が何であるのか」



シャルの表情は不敵な物に変わった。


自身が語る言葉の意味を強調し、その背後にある黒を引き立てながら。


彼女はそこに内包された闇を語る。



「…それが本当なら、光栄な事でしてよ」


「私の国がそれを得るのなら、きっと世界は正しい方向に進んでいきましてよ。過去の文明がそうしたように、抑止は平和を築く上で欠かせない力ですわ」


「それよりも私は……シャル、貴女が恐ろしい」


「それを知った貴女は………貴女はあの子を何に利用するつもりなんですの……?」




「フフ、ハハ………あははははははは!!!!!!」




()()です」


「私は私の目的の為に、あの子を手に入れたい。それだけです」



高らかにシャルは笑った。


その笑みはミラの人生で聞いた何よりも邪悪で、彼女の姿が何か恐ろしい物に見えた。


この世を喰らい尽くす、怪物のように。



「……私は今、私が貴女と違う存在であった事を心から感謝しましたわ。それに、貴女の復讐とやらは…貴女の仲間も承知しているんですの…?」



「いえ。この事は私の仲間も知りません」


「私はあの子達を心から愛しています。この復讐についていつかは語る時がきますが、今はまだその時ではありません」


「この世界では私一人の力では成し得ない事も多い。私には事実をなぞり、あの子達を導く事が重要なんです」



「だから………これは貴女と私だけの秘密です」



「…私がそれを貴女の仲間に暴露したら…?」



「私が貴女の仲間に同じ事を言って信じてもらえると思います?それに、貴女は言いませんよ」



「……………最後に一ついいかしら…?」



「なんでしょう?」



「なぜ……その引鉄を引かないの?」



シャルはミラの額に銃口を突きつけたままであった。


話の終始、それは変わらない。


引鉄を弾くか弾かないか。


得体の知れぬシャルという人物の腹の中からすれば、その脅迫の真意は謎のままだった。


ただ、その行方の知れぬ意図が彼女の内に恐怖としてあり続けていた。



「これは先の話を貴女にした理由でもあるんですが……」


「私は少し、貴女の事を気に入りました。そうですね…次はそんな物を使わないで戦いましょう」


「コレに対する貴女の姿勢は滅茶苦茶ですが、筋は良い。貴女みたいな在り方も悪くはないかなと、私は心を広げたんです」



「貴女が正義を主張するなら、私は悪人です。次は私を殺せると良いですね」



シャルはそう言葉を締めくくり、くるくるとSAAを回しながらホルスターへと収めた。


その表情には満足気に、無邪気さすら感じさせる程爽やかな笑みを浮かべていた。


心からこの遊びを満喫し尽くしたと、そう言わんばかりに。



ミラは両手を地面へ着けた。


その身に重厚な脱力感を感じ、うなだれるように俯いた。



成す術は無い。



この戦いは幕を閉じ、敗北したのだと。


心に残る罪過を認知する。



それでも………



「まだ終わりじゃないですわ。私には家族がいましてよ」


「私に勝ったとしても、彼女達を侮らないことね」



ミラは小さく呟く。


この先、彼女が自身をどう利用するのかは定かではない。


部隊のリーダーとして君臨する己を無力化したところで、その行軍を止める事は出来ない事をシャルへと指し示す。


そこに確かな信頼と希望を抱いて。



そんな様子を、シャルは横目で見つめていた。



壁に立てかけられた得物ウィンチェスターを回収し、その負い紐に肩を通しながら。


シャルはそっと、自身の首元に装着されたスロートマイクに通じるPTTスイッチへと手をやった。



「皆さん楽しめましたか?こちらの被害状況を報告してください」



嬉々として笑みを浮かべながらそう告げるシャルをミラは力なく見上げた。



『……Howdy!シャル!もうみんな揃ってるよ!!結果はもちろん、私たちの大勝利!!』



命のやり取りを忘れさせるほど、元気に、健気にアイリスの声が響いた。


空間を満たし、空を突き抜け、敗者の脳裏に残酷な現実を赤裸々に突きつけながら。



ミラの顎先から汗が滴り落ちた。


その瞳を丸くし、耳を疑う言葉に最悪の可能性を連想する。



「そんな………………」



そう、言わずにはいられなかった。


それが何かの間違いだと心から信じたかった。



シャルは再度、微笑んだ。



「まずはその腕の傷を治療しましょう。ミラ、貴女にはまだ聞きたいことが沢山あります」


「お茶会を開きましょう。…きっと、私たちの親睦を深める良い機会になると思いますよ」


「安心してください。私は貴女の事を気に入りました」


()()()殺したりはしませんから」



ミラは理解した。


この女は最初からそうするつもりであった事を。


無数の針を喉に流し込まれるような苦しさを感じながら、彼女が告げた言葉に垣間見える毒を理解した。


この先に、何が待ち構えているのかも。


何もかもが闇に覆われている事を酷く恐怖した。



そして、この女が正真正銘の()()であるという事を。




彼女は理解してしまった────




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