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Delivery Bullet☆  作者: G
中部 フィフス・ハーモニー編
32/35

レトルト


「こんなことになるならマグプルかシュアファイヤの60連を用意しておくんだったわね……!」



得物を弾きながらメイは愚痴った。


全速力で駆け、横を向きながらの射撃姿勢は安定性を大きく欠き、著しく精度を落としていたからだ。


底を知らず床を覆う鼠型と常に弾幕の如き勢いで消費され続ける弾丸は静かに終わりを予知する。


空を舞う虫型の銃撃を掻い潜りながら開かれたマグポーチの中に残された残弾は弾倉一つ分であった。



「………ちっ」



スライディングの勢いで飛び込んだ瓦礫の側面。


地面を成すコンクリートが隆起したそれの裏でメイは小さく舌打ちした。



得物を捻るように勢いよく傾け、空の弾倉を放る。


最後の弾倉を挿入すると、空いた手でチャージングハンドルを引いた。


そして、プレキャリのポーチに手を伸ばしたメイは赤い筒状の物体を取り出す。


長さ十数センチほどのそれの先端に設けられたキャップを急いだ手付きで取り外し、内部に収まっていた紐を強く引っ張る。



小さな炸裂音と共に、発煙筒ハンドフレアは火を放った。



「シューー」という音を立て、容器を満たす可燃物が勢いよく燃焼した。


眩しく小さな火柱を立てた桃色の炎。


メイはそれをボットたちの足元へ放り投げると、素早く移動を開始した。



メイの事前の検証で得た奴らの実態。


鋼鉄のボディに内蔵されたセンサーは熱と動体を検知する。


最初の検証ではパラコードにそれを結び振り子のように揺らす事で先の2つの条件を満たしたが、今回はそんな仕掛けを用意する時間も無い。


この状況を打破する為、少しでも時間を稼ぎ奴らを撹乱させる事。


それがメイの目的だった。



ボット達はいち早くその存在を検知する。



閾値以上の熱を放つそれを認識し、床を転がるその動体を条件分岐へかける。


その僅かな時間で内部の知能に組み込まれた数百行程度のコードを演算するが、結果は偽であった。


そうして()()を目標から外し、彼らは獲物の捜索を再開する。



その間数秒から十数秒。



メイを追った奴らの目に次々と伝播し、その歩みを僅かに渋らせる。


メイにとってはそれで十分だった。



メイは走った。


発煙筒により牽制射撃をすること無くただ走ることに集中する事ができるその間に。



だが───



唯一、狼型そいつだけはメイを見ていた。


視線を外す事無くメイの存在だけを、捉え続けていた。



狼は駆け出した。



メイの撹乱工作を察知し、メイが行動を開始するより速く。


そして、狼は飛びかかった。



「……!!!」



メイはその様子を見て驚愕した。


人体より遥かに強靭で素早いそれに、残された猶予でどうこうする余裕も無く、身体は地へと傾く。



メイの背中を鈍痛が襲った。


押し倒される形で打ち付けられた背中、脚部、頭部。



「ウ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オォオオ゛オ゛オ゛オ゛オオ!!!!!!!!」



大きく口を開け、喉元のスピーカーから発せられた雑音ノイズ


勝利を確信するようにやつは雄叫びを上げた。



一瞬、メイの脳裏には過去の記憶が浮かんだ。



薄暗く、冷たく濡れた地面に押し倒される記憶。


悪夢トラウマの如く強く根付いた記憶にメイは心底険悪な表情を浮かべた。



オスが……私の身体に触るんじゃ…ないわよ……」


「贱货…離しなさいよ……この糞狗があぁぁあああ!!!!」



メイは狼の腹部へ両足をついた。


背中で地を押し、精一杯の力を込めて狼の体を押す。


叫ぶメイの表情は怒り、というよりは道端に吐き捨てられた排泄物を見るような物であったが。


その甲斐あってか97式を垂直に立てる事のできるくらいの余白を確保することに成功する。



金属を削る音が響き渡った。



至近距離で躊躇なく引き絞られたトリガーはその全ての銃弾を狼の腹部へと集中させ、飛び散る金属片がメイの顔や身体へと降り注ぐ。


その一部はほぼ跳弾と呼ぶに遜色無く、鋭利な欠片がメイの肌へ切傷を残す。


されど、狼は顔色一つ変える事は無かった。


表層を伝わる衝撃にその行動を停止させこそするが、動力を断つことにも、ダメージを与える事にも功を成す事はない。


唯一得られた物があるとすればそれは───



空いた左手に、閃光手榴弾フラッシュバンを持つだけの僅かな時間だけ。



「ウ゛ァ゛オ゛!!ウ゛ァ゛ウ!!!」



狼は次なる行動を取る。


彼女の画策など知る由もなく、吠える真似を経てその喉元を噛みちぎらんと。


大きく、()()()()()()()()



小さな金属音。


筒状の鉄に取り付けられたL字型の安全装置セイフティレバーが外れた音だ。


メイは得物を手放し、顔を両腕で覆った。




BOMB────!!!!!!!




「……ミスター、閃光手榴弾パウチの味は如何かしら…?」



答えはない。


汗を流し、苦笑を浮かべつつ、メイは狼の足元から抜け出した。



()()だった。



鼠や虫達の駆動音も、吹き抜けた窓を通る風の音も、彼方から聴こえた銃声も。


脳みそを掻き回すような甲高い耳鳴りだけが全てだった。


衝撃に足元はふらつき、ぐるぐると回る視界は胃の中がひっくり返ったみたいな嘔吐感を加速させる。



それでもメイはなんとか歩みを進めた。



この広い空間の片隅に設けられたカウンターを乗り越え、転がり落ちながら地面へと着地する。


カウンターに背を預け見渡した景色には、小さな厨房が写っていた。



「……うっ……げぇぇ…」



抑えられた口元。


指の間をすり抜け、グローブを濡らしながら僅かに固形物を残す吐瀉物が吐き出される。


鼻をつく酸性の酸っぱい香りが腹部と臀部の衣服を濡らした。



「げほっ…ゲホッ!!!……はぁ、はぁ…最悪…ね」



吐瀉物と共に小さく溢した愚痴もまた、聴こえる事は無かった。


メイは立ち上がった。


胃の中に収まっていた筈のMREの中身を振り払いながら。



そして、目の前にある木製の棚へ手を伸ばす。


腐食しボロボロとなった扉の蝶番は外れ、中には大小の瓶がズラッと並んでいた。



「見つけた……持って返ったらリジーが喜びそうね…まったく」



ウォッカ、リキュール、ワイン、ラム、ウィスキー……


棚の内部には無数の酒瓶が並んでいた。



メイはその一つを手に取る。


着付けとしてその一口を口に含み、残りを僅かに残して床にぶちまける。


高い度数に喉に感じた灼けるような熱さで表情を歪ませながら、メイは隣の金属製の棚を開けた。


そこに残された物は少なかったが、メイは迷いなく()()を取り出した。



ピッチャー状の金属製の容器を満たす液体。


黒ずみ黄ばんだそれからは独特な香りが漂う。


それは、()()だった。



「ガソリンとかエンジンオイルには敵わないでしょうけど、これで十分だわ」



メイは呟き、視線を落とした。


自身の身につけたシャツの乾いた部分を裂き、何十センチかの布切れへと変えたそれを廃油と共に瓶へ押し込む。



かくして、メイがこの局面への打開策として選んだ最終兵器は完成した。


壊れやすい瓶状の容器へ可燃性燃料を詰めた小さな爆弾。


遥か昔より戦争や抗争、思想の裏に灯り続けたそれは、人類の歴史であり革命の炎だ。



火炎瓶モロトフ・カクテル



いつの時もあらゆる弱者へ希望の光として輝き続けた()()()()()が、そこに完成していた。





赤の眼光が揺れた。



顔を覆った金属フレームの一部は剥がれ落ち、その内部を覗く電子部品が輝く。


時折スピーカーが発する小さなノイズはその痛みを訴えているのか、あるいは芽生えた激しい怒りに身を震わせているのか。



前腕の付け根、両肩の部分のフレームが展開する。



モーターが駆動し、内部に収納された3銃身の小振りの速射砲ガトリングを露わにする。


二対のそれは空転を経て怒涛の勢いで鉛玉を速射し、厨房部に設けられた木製のカウンターや棚を蜂の巣に変える。


そうして獣の足元を無数の空薬莢が満たした時だった。



何かが空中を高速で横切った。



虫型のボットの羽よりさらに静かに、速く。


風を斬る駆動音が残像だけを残す。



そこには、3体の妖精が───否、()()が居た。



水色の光を放ち、数センチのボディから伸びた二本の小さな羽。


ボット達は魅入るようにそれらを見つめる。




形態モード【セイレーン】───




古の御伽噺。


海を彷徨い、道行く船を沈めた魔女の美しくも悲しい歌声は船乗り達を魅惑した。


その歌声に、その儚くも美しい詩に。


嵐に呑まれ、その身を捧げた。



魔女セイレーンは歌う。



空間を包み、叫びにも似た声を発して。


彼らを魅了した。


()()()()を。



妨害装置ジャマーの発する、生ける者には決して聴こえる事のない周波数うたごえを奏でて。



そして、地面には何かが転がった。


一つ、二つ、三つ……


コンクリートの床を跳ねるように転がる発煙手榴弾スモークグレネードは煙を吐き出す。


みるみる内にそれらは室内を充満し、視界には深い霧が掛かった。



ボット達は蠢く。



センサーを通し、見えぬ世界を導かれながら四方八方へと分散する。


そうして残されたのは狼型のボットだけだった。


魂を持たぬ彼らとは異なり、生ける者の眼を通し世界を見た彼だけが。




メイは理解していた。




あのマリオネットを手繰る者の存在。


それがこの戦いの最中、常に()()()()()であった事を。



オイルライターのフリントが回った。


火花を散らし、垂らされた布に炎を灯す。



両者は再度、対峙した。



メイの瞳は鋭く、視界の晴れぬ濃霧の中をまっすぐに見つめた。


狼もまた、彼女の存在を把握する。


その瞳に暗視装置か赤外線センサーが組み込まれているのかは定かではないが、両者の視線は確かに交差していた。




「战友看!!!!スクラップに変えてやるわ!!!!!」




メイの叫びに、両者は駆け出した。


お互いの身体めがけて一直線に突き進む。



狼のタレットがメイを捕捉した。


残弾を出し惜しむ事無く銃身は回転を続け、メイへと降り注ぐ。


それでも、メイは足を止めることはない。


豪雨のような銃弾の雨が降り続けようと、その弾丸が肌を、衣服を掠ろうと。



ただ己の目的の為に走り続けた。



そこで、狼は、監視者は……違和感を抱く。


メイを捉え、放たれた筈の銃弾が当たらない。


決して直撃することはなく、その全ては意図してメイの体から逸れるように。



音がした。



死角から、側面から僅かに聴こえる羽音。


ハーメルンの笛吹のようにボットたちを連れ去った魔女の鼓動が。



だが、気がついたときには遅い。



メイは到達した。



狼の直前で地面を蹴り跳躍した彼女は、狼の頭部を踏みつける。


片足で踏み台に、その反動は彼女を更に高く舞い上げた。



メイは空中で回転しながら火炎瓶を握る右腕を振り下ろした。



狼の体に衝突し、ガラス片を散りばめながら飛散する液体。


導火線代わりの布切れへ灯った火種はすぐさま引火し、その体を炎が覆った。


直後────




轟音と共に()()()が響き渡った。




二人はその一部始終を目にしていた。


狼の元を離れ、空中へと跳んだメイの元へ、帰巣する鳥のように舞い戻った魔女と──


それが引き連れた、わずか数匹の鼠が爆散するその様を。







「な……なんで…?何が起こったの…?爆発…?ボ、ボクなにもしてない…!」




真っ暗な空間をモニターの明かりが照らした。


ディスプレイに白い文字で映し出された信号遮断シグナルロストの文字と、黒い背景に映る少女の姿。


フケの混じる長いボサボサの、僅かに青みがかった黒の髪に、ワンポイントのカチューシャ。


隈がくっきりと残る精気のない暗い紺の瞳の少女を。



「なんで…なんで…?なんで…!」



少女は両手で頭を掻き、心底動揺した様子で疑問を浮かべた。



「あ゛ぁーーー!またミラに怒られるぅ…!!!」



フィフス・ハーモニーの機械整備、情報戦担当の少女。


その名は『アル』


虚弱な体質に栄養の足りないガリガリの体。


紫外線に当たる事無く雪のように白い真っ白な肌と、究極的なまでの面倒くさがり。


自身の得意とする分野においては天才的なまでの技量を持つ彼女であったが、それ以外にはとことん興味を示さない。


彼女は根っからのオタクであった。



「……うぁーー、うぅ…」


「……ミラ…?聞こえる…?…レン?コール…?」



アルは数分間己の失態を嘆いた後、憂鬱そうに無線を手に取った。


戦況の悪化と自身の敗北を伝えるため、仲間の現状を確認する為に呼びかけるが、答えは無い。



「…あれ?おかしいな…ボク、ちゃんとみんなには通じるようにしたよ…?」



嫌そうに口元を歪ませ、眉をハの字にしながら彼女は呟く。



「…それにしても、あの子の()()、すごかったなぁ」


「ミラが許してくれたらお話とか聞けないかな?…あんなドローン見たことないや…ボクもほしいなぁ」



「あ゛!!ボクのチャーリー3号…無事かなぁ…」



メイの魔女を羨ましがり、すぐに己の使役したボットの安否を心配する。


その脳裏からは既に先の仲間たちの事や現状の報告の事は忘却されていた。


その時だった───



物音がした。



彼女の頭上、天井の先で重い金属が擦れるような音。


それは、その空間の出入り口であるハッチが開かれる音だった。



光。



真っ暗な室内へ差し込む陽射しは強烈で、瞳に映った格差は酷く視界をチラつかせる。


そうして、状況把握も視界の確保もままならぬまま────



「……?なに…これ?」



最初に目にしたのは足元に転がる手榴弾フラググレネードだった。



「……う゛ああああああ!!!!!!」




爆発音───




「安心しなさい。バラバラの肉片くらい縫い合わせてあげるわ。私は自称『マッド』よ」




建物の屋上に設けられた円柱状の貯水槽。


硬く閉じられた扉の上に佇んだメイは皮肉交じりに詩を告げた。




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