追われる者たち
照り付ける太陽と、余す事無く私を包み込む高熱の空気が、生命という名の蝋燭を溶かしていく。
泉のように湧き出ていた汗はいつしか枯れ、乾燥し切った唇や肌が、私に残された時間を物語っていた。
気が付いた時にはここにいた。
揺れる籠の中、つい先ほどまで感じていた筈のもう一つの生命の気配と共に、私はとても長い間どこかへ移動していた。
私は誰?
ここはどこ?
どこに向かっているの?
断片的に残る記憶を必死に辿るも、その答えは見当たらない。
最後に見た光景―――
白い部屋と、開け放たれたカーテン、私を囲み哀愁の眼差しを向ける人々。
ベッドに横たわりながら、私は天井を仰ぎ見ていた。
私の命の鼓動を代弁する音が途切れるのを――私は覚えている―――。
「こんにちは」
唐突に開かれた鋼鉄の籠を、一人の少女が覗き込んでいた。
黒い髪と、黒い瞳、その透き通った小さな声と装いに、私は再びその時が来たのだと悟った。
「こいつ生きてるのか?」
リアシートに横たわる少女の姿を見て、リジーがシャルへと問うた。
程よく長い栗色の髪、健康的とは言い難い痩せた手足。
健康状態とは別に外傷は無く、丁寧に外套に包まれたまだ幼さの残る少女を、3人は僅かな沈黙と共に見守っていた。
「一瞬ですが目が合いました。まだ脈もあるようですね」
少女の手首に触れ、シャルが告げる。
その様子を見守るメイとリジーは予想外の出来事に発言内容を決めあぐねているようだった。
「とりあえず水でも飲ませてみましょうか」
「フフ」…と、二人の様子を見て口元に笑みを浮かべたシャルは告げた。
◇
車両の窓を開け放ち、真上から地を照らす太陽の唯一の陰となるリアシートに寝かせたまま、シャルは意識の戻らない少女の口元へ自身の水筒をやった。
その際に少女の身分を特定できる物が無いか衣類と車内を物色してみたものの、少女自身は外套の下は裸、車内にはゴミしか転がっていないという散々な結果だった。
唯一、ダッシュボードに収納されていたモノを除いて。
「シャル、この拳銃は……」
「P30…の延長モデルのようですね。本当に久しぶりに目にしました」
「この辺りでは一度も見かけなかったよな」
「はい。最後に見かけたのは北西部アルマニア国境付近の……」
「あの国境警備隊だろ?一年前くらいか?今思えば無茶したよなー」
「禁輸品だからって急ぎで用意した未登録の車両で突っ切ろうって言ったのはリジー……貴女だったわよね」
「……そうだっけ」
「シャルとサツキ、アイリスのお陰で被害は無かったとはいえ、あの作戦でシャルに傷一つでも付いていたら貴女を川に沈めていたところよ」
ダッシュボードから拳銃を取り出したメイの言葉に続いて昔話に花を咲かせる三人。
発見されたその拳銃はこの南東部では滅多に出回っていない物であった。
前時代においては某国の警察組織等を筆頭に配備されていた拳銃であり、世界規模で見ればその流通量は多いとは言えない。
だが、件の男と少女の身元を探る手掛かりとしては今のところ最も有力な物であった。
「はいはい、二人とも。昔話はその辺で」
手を叩き二人の仲裁をするシャル。
未だ物言いたげに睨み合った二人を他所にシャルはその拳銃を手にした。
トリガーから指を離し、ざっと各部を流し見る。
マグキャッチを押して弾倉を抜くと、安全装置を解除してスライドを後退させた。
「発射残渣はありますが…直近の物ではないですね。使用頻度も少ない。メンテナンスも程よくされていたようです」
エジェクションポートから内部を覗き見ながらシャルは告げた。
「残弾はゼロのようですが……」
次いで彼女は手中の弾倉を見つめてそう呟く。
「状況証拠から推測すればよっぽど切羽詰まってたみたいだな」
「あの男とこれを見ればそう考えるのが妥当かしらね…」
「そうですね。あの男性とこの子の関係性までは不明ですが、何らかの戦闘に巻き込まれた可能性は更に高まりました」
「拳銃の状態から日数は経っていそうですが、問題は……」
「もしこの子達が追われる身だったとして、私たちが巻き込まれる危険性があるということ……」
「と、あたしらがどっちの肩を持つか……か」
彼女らは結論を急ぐが、結局のところそれらは状況証拠から考えられる、だいたいこんなところだろうという妥当な物でしかない。
戦闘員と思しき男と、同伴する一人の少女、何者かと争った形跡、大きな組織の影……他に考えられる可能性より、彼女らは自分達に害が及ぶ恐れのある可能性を優先した。
勿論それは自身らの身を案じるが故のものであるが、同時にそれは大きな利益の臭いを漂わせていたからだ。
「もちろん、私たちにとって得になりそうな方ですよ」
当たり前と言わんばかりにそう呟いたシャルは笑みを溢す。
彼女の意見を否定する者はおらず、「そりゃそうだ」と遅れて二人も笑みを浮かべた。
<< 車両の後方、数キロ先から貨客兼用車2台が接近中 >>
矢先、サツキから三人へ通信が入る。
我に返ったように目つきを変えたリジーとメイだったが、未だにシャルは笑みを浮かべていた。
「これで答えがわかりますね」
< 調査報告書 No.2 >
氏名: 美帆 - メイファン
愛称: メイ
性別: 女
年齢: 18
出身: 東部
役割: 小銃手, 通信兵
銃器: 97式自动步枪, 92式手枪
戦闘: 中距離戦闘, クラッキング
特徴: アジア人, 黒のロングヘア, ヘーゼル
注意: 通信機器の使用を禁ずる、陽の下に身を晒さぬ事