暗躍する者
陽が落ち、すっかり暗くなった町の中。
静まり返る闇の中で人々の掲げた松明の炎がゆらゆらと揺れる。
自身らの所有する高機動多用途装輪車両を預けたガレージの横、少し離れた林の中にメイとサツキはいた。
その身を伏せて隠し、双眼鏡を片手に状況を伺いながら。
あの射撃場での一件の後、彼女達は町の中心から少し離れた位置にある空き家となった工場跡地で落ち合った。
先に到着していたシャルとメイは自身らの車両を取り返すことが出来なかったようで、一度追っ手を撒いた後はそこで他の仲間の到着を待っていた。
その理由として、自警団は彼女達の車両を先に抑えていた。
彼女達が修理を依頼したガレージはその時既に自警団によって護りを固められ、車両自体にも輪留めを施されていたのだ。
よって、車両の奪還が2人では遂行困難だと判断したシャルはやむを得ず撤退という判断を下した。
それから僅かに時を経て、こうしてメイとサツキがその偵察を任された。
「メイ、あんた達の言ってた情報と違うんだけど…?」
「こっちが聞きたいわよ……」
サツキは目にした光景に驚愕する様子でメイへと問うた。
対するメイもその表情に焦りを浮かべながら、目にした光景を信じられない様子だった。
ガレージの外、火を放たれて炎上する高機動多用途装輪車両と、それを囲んで歓喜を露にする人々。
自警団のメンバーは勿論、武装した十数人の町民までもがその小さな宴に参加していた。
その人々の瞳は歓喜の裏でどこか哀愁を漂わせ、それでいて大きな衝動に駆られ血走っているようであった。
それはまるで、心を囚われ闘争心を露にする復讐者のように。
「やっとの思いで手に入れた愛車だったのに……あの様子じゃあウーファーも一緒に火の中だよね……」
肩を落とし、悲しみに暮れるサツキ。
そう言って俯いた彼女は双眼鏡を手にする右手を震わせる。
「仇をとって来るわ……」
「バカ!サツキ!待ちなさい!!」
再度視線を戻したサツキの目は復讐を誓い燃え上がるようで、憎悪を露にする。
逸る気持ちでその身を起こそうとした彼女の腕を掴み、メイは静止する。
目元に涙を浮かべ歯を食いしばるサツキに、メイは心から同情した。
それにしても、やはりどこか様子がおかしい。
銃撃戦を交え多少の被害は与えたとは言え、町民までもが出払って数人の犯罪者を追うのはやりすぎだ。
再度銃撃戦が行われるかもしれないという危険性に対しその身の安全を顧みず、自警団達すらその行動を制止しようとしない。
ライズバーグの住民が一丸となり、その瞳を盲目にすらさせるだけの事を彼女達はしただろうか。
やりすぎと言うより、最早彼らの行動は異常だと言っていい。
この騒動は住民の団結力云々の域を超えている物だと、メイは確信していた。
「残念だけど、あれはもう無理そうね。ひとまずシャル達に報告しに行くわよ」
「りょ………」
「はぁ!?住人総出でお祭り騒ぎになってるって!!?」
工場跡地に戻ったメイとサツキは己らの考察も踏まえて先の状況を仲間たちへ伝えた。
驚いた様子でそう告げたリジーを他所に、シャルは落ち着いた様子で顎に手を当てて何かを考えていた。
「こういう町では住民間の絆という物だけは一級品です。こうして町民まで含めた騒ぎになるのを防ぐために殺害を禁じましたが……死亡者が出たという可能性は?」
シャルは語る。
彼女が殺害の意図を禁じた理由はまさに今のような状況を防ぐためであったと。
それがこうして懸念した状況を生み出したとすれば、考えられる可能性は殺してしまったと考える線が最も有力だった。
「いや。止血もしてるのを確認したし、致命傷は避けてる筈だぜ」
対するリジーは自信気にそう断言した。
元々何らかの持病を持っている者が銃撃による衝撃でそれを発症させて死亡したり、ショック死による死亡の線も無いわけではない。
とは言え、絶対の信頼を置くリジーのその発言に、シャルは彼女を疑わなかった。
「起きてしまった事を悔いていても仕方ありません」
「ここからは、彼らを殺す方向で脱出手段を確保しましょう――――」
目つきを変え、シャルはそう言い放つ。
そんな矢先だった。
小さく、擦れるような金属音。
話を押し黙って聞いていた少女が、手にした拳銃をシャルへと向けていた。
「お、お前…!!」
そう言いかけ、驚いた様子のリジーを他所に一早く事態を察知したメイは無言で少女へと自身の拳銃を向ける。
獲物を見据えた時と同じ、鋭い眼差し。
「変な動きをすれば躊躇い無く撃つ」という覚悟を胸に、メイは少女を威圧していた。
「あの人たち、悪い人じゃないです……悪いのはシャルさんたちなんです……」
得物を掲げた少女の手は震えていた。
撃つことを躊躇うが故か、あるいはメイに銃口を向けられているが故か。
そう告げた少女の言葉は、この事態の責任が全てシャルらにある事を断言していた。
それでいて、これから起こり得る結末を完全に否定するように。
「私の身元がわかったら……送ってくれるって言ってましたよね……私……私は……」
「言葉を濁すのはやめませんか」
目元に涙を浮かべ、そう告げた少女にシャルは言う。
理由を断片的に並べ、その意図を察してくれんと曖昧に呟く彼女。
シャルはその意図を察してか知らずか、少女が言いあぐねている事をはっきり言えと促す。
「もう……罪の無い人たちを勝手な都合で傷つけるシャルさんたちにはうんざりなんです!!私だけでも…あの人たちのところに行かせてください…!」
意を決したように、僅かに間をおいてから少女はそう言い放った。
シャル達は悪人で、自警団は善人だという現実を突きつけるように。
当人からしてみても、それは確かだった。
これまでこの町で重ねた悪行を考慮しても、先の南東部での一件とは大きく性質が異なる。
シャルは少女の言葉を一切否定できなかった。
「お前…!言っただろ!!あいつらが言うお前の親だって、本当にお前の親かどうかわかんねぇって!」
「リジー、いいんです。彼女の言う事は何一つ間違っていません。それに、この国の自警団なら信用できます」
少女の言葉を聞いて、リジーが焦りを浮かべながら少女へと叫んだ。
拳銃を持つ少女を刺激しないよう、それでいて今にも掴みかかりそうな勢いで。
だが、シャルはそう告げて彼女を制止する。
少女を連れ回したのはあくまで自身らであり、先の言葉通りなら行く先も少女自身が決める事であると言わんばかりに。
客観的に見ても善と悪がはっきり分かれたこの状況で、これ以上少女を強制する事は出来ない。
シャルなりに定めたヒトとしての線引きを超えてしまう事だけは出来なかった。
「私達は止めません。貴女だけなら両手を挙げて投降すれば撃たれる事も無いでしょう」
シャルは俯き、どこか物悲し気な口調でそう告げる。
対する少女はその銃口を下げる事無く、彼女を見つめていた。
「待って―――」
唐突に聴こえた声。
この場に居る誰のものでもないその声が、彼女達の対立を静止させる。
事の行く末を見守っていたリジー達は我に返ったように、一斉にその声の方向へと振り向いた。
工場の入り口、扉にもたれ掛かりながら肩の傷を抑える一人の女が、虚ろな瞳で彼女達を見据えていた。
「貴女……あの時の…」
その女へと拳銃を向けたサツキは、その女の満身創痍な様相を見て困惑した表情を浮かべる。
射撃場の一件にて、リジー達へ任意同行を求めた女だった。
血で塗れた衣類と、肩に空いた一発の銃創。
いつかの姿に比べて、今の彼女の姿はあまりにも悲惨だ。
「オリビアよ。オリビア・ジョーンズ……貴女達に…話があるの…」
◇
投降した捕虜の様に、その額に銃口を突きつけられながらもオリビアは平然とした様子で淡々と話し始めた。
ミラという調査員の事。
その少女の手により自警団員が惨殺された事。
そしてその罪を、シャル達に擦り付けようとしている事。
思いもよらぬ突拍子の無い話にシャル達は困惑したが、その話を語るオリビアの様子からは嘘をついているようには見えなかった。
その間少女も唐突の事で整理が出来ていない様子だったが、先の一件を後回しに食い入るようにオリビアの話を聞いていた。
「貴女達がどういう経緯で私達と接触し、その後で何があったかは大体わかりました。ですが、何故私達にその話を?」
オリビアの話を聞き終えたシャルは心から苦悩する様子で、それでいて「厄介事に巻き込まれた」と憂鬱を浮かべながら彼女へと問う。
オリビアはそんな事がありながら仲間の自警団へ助力を仰ぐ訳でも無く、真っ先に彼女達の元へ向かったようだ。
この場所自体へは単なる当てずっぽうで来たようだが、奇しくもそれは功を成していた。
しかし「何故私達へそれを伝えに来たのか」という点について、シャルは気がかりで仕方なかった。
「あのクソ野郎には必ず借りを返すつもりよ。それでも、この町で銃撃戦を始めてもらう訳にはいかないから真っ先に貴女達の所へ向かったの」
虚ろな瞳に、静かな怒りを込めて彼女は告げる。
ミラの策略により自警団の死亡が聞かされた住民達がシャル達を殺すことに躍起になる事、それを見越してこれ以上この町に被害が及ばないように配慮しての事だった。
現にシャルは町民を殺める決断を下していた為、オリビアの懸念は当たっていた。
「それで、その為に貴女は何をしてくれるんですか?ここから私達を逃がす手伝いをしてくれるとでも?」
「その通りよ。私が逃走用の車を手配するわ」
次いだシャルの問いに対し、オリビアは口早に返答を返す。
その口調はイラついた様子で、今にもこの場にいる誰かを無差別に殺めそうな程の殺気を帯びていた。
「おい……こいつの言ってる事、マジだと思うか?」
「No way!シャル!こいつ私達の事ハメようとしてるんだよ!」
「逆にもうめんどくさいしとっとと殺す?殺す??」
「待って、嘘にしては回りくどいし私達にはチャンスよ」
そんな彼女を他所に、黙って話を聞いていたリジー達は一斉に話を始める。
各々が困惑した様子でありながら、各々なりに考察をして。
パンッ―――――
一度手を叩き、彼女達を静まらせたシャル。
疲れを含めながらも、シャルは苦笑いを浮かべていた。
「メイの言う通り回りくどいですし、この話はマジだと思います。それと、サツキは早く元気を出して下さい」
「あと気がかりなのは………せっかくですし、自分から聞いてみたら如何ですか?」
各々の言葉を交えて彼女達を纏めたシャル。
彼女はそう言いながら少女へと視線をやった。
「………私の親が私を探しているっていう話は……ミラさんが言ってた事なんですか?」
「ええ、そうよ。聞いたのは貴女がこの国の権力者の娘で、そいつが貴女を探してるって事だけ。あいつの言う事なんてどこまでほんとかわからないけど」
「………」
少女とオリビアが話をしている最中、シャル達は口を噤んでいた。
おずおずとオリビアへ問うた少女は、青ざめた表情を浮かべていた。
「そもそもさ、そのミラとかいうヤツ。そいつマジでヴァルハラの調査員なのかよ」
「あいつはこの国の直属である証を持ってたわ。私でも初めて目にしたけど……」
「あんたでも目にした事無い代物なんだろ?それなら幾らでも騙せるじゃねーかよ。普段よっぽどの事が無いと出てこねぇ奴らなんだろ?」
オリビアに対するリジーの問いかけ。
口調は置いておいても、その疑問は最もであった。
「貴女達こそ、あいつの言った国境を襲った件や、誘拐の件は本当の事なの?」
「誘拐って点以外は合ってる。あたし達も記憶を失ったあいつの身元を探してたからな。そこ以外はそいつの伝えた情報に間違いはない」
「お前こそどうなんだ?権力者の娘がどうとかって、思い当たる節あんのか?」
ミラの正体を定める為、互いの認識を再確認するリジーとオリビア。
そう言って少女へと問うたリジーの言葉に、当人はぱっとしない面持ちだった。
「……いえ、なにも…ピンとこないです…」
「「………」」
結論から言ってしまえば手詰まりだった。
オリビアもリジーもシャルも、ミラの正体に関する決定的な情報を持ち合わせていない。
ヴァルハラという国の情勢や、ミラのような人間が暗躍している事は知っていたが、それとミラ本人とを結びつける物は何一つとして無かったのだ。
加えて条件をヴァルハラに関する事以外に絞ったとしても、ミラという少女の特徴で似た人物は思い当たらない。
完全にお手上げだ。
と、そんな時だった。
シャルの弾帯に提げられた無線機。
ホルヘから奪い取り、サンタ・ソンブラ最高権力者のあの男と通じる無線機がノイズを走らせる。
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