悪魔の偽王国
「―――きろ――――ビア――」
「オリ―――――!!」
朦朧とした意識の中、僅かに私を呼ぶ声が聴こえた。
まるで深い闇の中に垂らされた一本のロープを伝うように、私はただただその声を目指して歩き続ける。
「おいオリビア!大丈夫か!?」
そうして目が覚めた時、私は壁にもたれ掛かるように地面に座っていた。
目前に立つカーターが私の頬を叩きながら心配そうに見つめる。
「カー…ター…?あの子達は……?」
半ば無意識にも零れたその言葉。
自分の発したその言葉に私は先の出来事を思い出し、目を丸くする。
「あの子達はどうしたの!?」
意識が完全にこちらの世界へと戻る。
自身の外傷の確認や周囲の状況把握すら後回しに、私はカーターへと問いかけた。
「……はぁ、こいつを見てみな。俺もついさっき起こされたとこさ」
一度深く溜息をつくカーター。
彼がそう言って指さしたのは彼自身が装備した防弾着で、その前面部には3発分の銃創が残されていた。
「……死者は?」
「ゼロ。まんまとしてやられたさ」
その弾痕を見て状況を察知した私は平静を取り戻し、カーターへ損害状況を問うた。
彼のやつれた表情と回答を聞く限り、彼女達はあの作戦内容を守り切ったのだろう。
悔しがる反面、心の内で僅かに安堵を浮かべた私は、そんな己の心情に酷く腹が立った。
「それで、あの子達はどこへ?」
「さぁな。こっちの車が1台持ってかれた。狙撃班曰く町の方に戻っていったらしいが、その後の足取りはまだわからないらしい」
地面に手をつき、私は重い体を叩き起こす。
未だ僅かに朦朧とした意識がふらふらと私の体を揺らしたが、私はカーターの手前平然を装っていた。
カーターの答えに、私は脳裏に思考を巡らす。
私とのやり取りの最中、少女達は無線を手にしていた。
無線の相手はシャルと言う少女で、ミラの情報によれば彼女達のリーダーとなる存在だ。
そんな彼女が伝えた「あるポイントで合流」という指示を私は耳にしていたが、こうしていくら考えても彼女達の向かいそうな場所は出てこなかった。
それに加え、別に行動していたシャル達の元へも自警団のメンバーを何人か送っている筈。
少女達の足取りを掴めていないということは、恐らくそちらの被害も壊滅的だと考えていいだろう。
そこまで考えて、私はこの感慨を締めくくった。
「皆は?」
「一階だ。手足を撃たれて負傷してる奴もいるが、あいつらご丁寧に止血までしていきやがった」
「………ほんと、憎たらしいクソガキね」
◇
一階に下りた私達は仲間の状況を確認した。
カーターの言葉通り仲間たちは止血を施され、命に別状のある者は一人もいなかった。
特に外で見張りを行っていたメンバーは傷も少なく、彼女達の逃亡後は率先して仲間の救助に当たっていたようだ。
そうして現在は状況も落ち着きを取り戻し、奪われた銃器や車両など、物的被害の状況を確認しようとしていた。
「あっちからも連絡があった。やっぱりシャルとメイとかいうガキ共にもまんまと逃げられたらしい。こっちと同じで全員軽傷だってよ」
眉間に皺を寄せ、呆れ半分怒り半分といった様子でそう語るカーター。
予想通りの顛末に私は表情を変える事無く、地面に置かれていた自身の拳銃を拾い上げる。
スライドやフレームに僅かに傷が浮かんでいたが、問題無く動きそうだ。
拳銃の確認を終え、私は自身のホルスターへそれを戻すと、溜息をついた。
どこか、腑に落ちなかった。
意識を奪われる前、少女達と話して得られた情報には違和感が残っている。
私が少女達へ誘拐された少女との関係性を問うた時、彼女はなんと言っていただろうか。
『こいつの身元探してんだ』
彼女は確かに、そう告げていた。
彼女以外の者や当事者の口ぶりからも、少女は自身の身元や親の顔を認識していないようだった。
まるで、記憶を失っているかのように。
「ミラと話す必要がありそうね……」
少女が記憶を失っている可能性をミラに報告すべきだと私は判断を下し、呟く。
そんな矢先―――
「呼んだかしら?オリビア・ジョーンズ」
建物の入口、顔に不敵な笑みを浮かべながら佇むミラの姿があった。
事務所で待機していた筈が、唐突に現れた彼女の姿。
得体の知れない不気味さを漂わせる彼女の雰囲気に、私は不安を抱く。
「ミラ……?なぜここへ?」
自ら私の提案に了承し、事務所で待機すると告げた筈の彼女。
作戦内容やこの場所の事は伝えてあったが、作戦が失敗した旨はまだ彼女へ連絡していない。
何故このタイミングで彼女がここにいるのか。
偶然にしても、来訪の目的が定かではない上、その思惑も推測できない。
「いえ、ただ……捜査の権限を頂きに来ただけですわ」
僅かに間を置いて、こみ上げる笑いを抑えるように彼女はそう告げた。
私だけじゃない。
その様子に、ここにいる仲間たち全員が困惑を浮かべた。
「あんた、何言って――――
私に代わり、カーターがそう言いかけたその時だった。
銃声――――
あまりにも一瞬の出来事だった。
何か得体の知れない機械を装着した彼女の手に握られた回転式拳銃から昇る硝煙。
過程を飛ばし、結果のみが訪れたかのようなその速さに、私達は誰も状況を把握できていなかった。
カーターの眉間から地へと零れ落ちた鮮血。
誰もが予想すらしなかったその光景に、私達は一歩もその場を動けずにいた。
なにが起こった?
撃たれた?
どこから?
彼女が撃った?
カーターを?
そこまで理解した時には、既に遅い。
彼女の背後、入口の左右から現れた何人かの人影。
それらは手にした得物を弾き、その場にいた私達全員に鉛玉を浴びせる。
無慈悲に、躊躇い無く。
その目的すら定かでないまま、仲間たちはその場に倒れ込む。
その口から、血の泡を吐きながら。
微笑みながら佇み、ただただその光景を眺めるミラ。
彼女の姿が、どこか名状し難い異形の者に視えた。
地獄で亡者の魂を弄び、その血を啜る悪魔のような。
そんな人間性を持たない、邪悪なモノに――――
「これで、あの子達の目論見は失敗に終わるわね」
「誰一人生き残りが居ないように。顔も分からないくらい、只の肉片に変えてしまうのよ」
「大丈夫―――」
「全部あの子達の仕業にしてしまえばいいのだから―――」




