False Alarm
「出発の準備はよさそうですね」
修理を終えた車両に弾薬や銃器など各々の装備を詰め終えたシャルとメイ。
二人は一旦宿泊施設へと戻り、この町でやり忘れた事は無いかと確認を行っていた。
射撃場へと赴いた他の4人の帰りを待ちながら。
「出発は今日?明日?」
窓際に佇み、顎に手を当てて考えるシャルへメイは問いかける。
「サツキ達が帰り次第出発します。まだ当分無いとは思いますが、国境の件で私達の情報がこの町の自警団にまで知られたら厄介ですからね」
僅かに微笑み、メイへと振り返りながらシャルはそう言った。
この町に入町する直前、それはメイ達も懸念した事であった。
殺害する事は無かったとはいえ彼女達は国境の警備を強行突破し、不法入国を行った身なのだ。
この国に自警団という組織、それが守る法という概念が存在する以上はどんな小さな罪であれその身を拘束されかねない。
だが、シャルはその懸念を一蹴した。
レギオン上において最大の領土を誇るこの国。
先の国境までの距離を考えてもまだこの町まで私達の情報が伝わる事は無いと。
加えて、自警団はあくまで所属する町の安全を護る事に重きを置いており、その程度の容疑ではわざわざ手配を伝達される優先度自体も低いのだという。
なによりそれはレギオン最大の国において、国境を突破されたというプライドを傷つける。
国境警備隊の面々がそれを渋るのも頷ける話であった。
とはいえそれも、こんな時代だからこその話かもしれないが。
「わかったわ。………それよりシャル、一つ聞いてもいいかしら」
「なんですか?」
納得したように頷いたメイ。
続けて、僅かに発言を決めかねる様子でメイはシャルへと問う。
彼女の思惑に心当たりが無く、若干困惑した様子でシャルは首を傾げた。
「シャルは……あの子の事どうしたいの?」
「………」
真剣な様子で、メイは告げた。
何年もシャルと共にこの大地を歩き、共に生きてきたメイだからこそ、シャルの行動に僅かな違和感を感じていた。
だんだん彼女の目的がわからなくなってきたと、そんな思いを込め、それを確認するように。
「実を言うと、自分でもわからないんです。ただ、メイの言うように気持ちが揺れているのは確かだと思います」
僅かに押し黙り、言葉を選ぶようにシャルは告げた。
その答えに曖昧さを残し、自身ですらその困惑を驚くように。
そんな彼女の答えからは「あの子を仲間に引き入れたい」という目的が見え隠れしていたようにメイは感じた。
いつの日か、遠く昔の景色をメイは思い出す。
血に塗れた冷たい地面。
彼女の傷だらけのやせ細った身体を抱く、シャルの姿を。
そっと、メイはシャルへ歩み寄った。
正面から彼女の身体を抱き、腕を回して目を閉じる。
「私は、シャルのやる事には全部従う。殺せと言うなら殺すし、死ねと言われれば死ぬわ。シャルはシャルのやりたい事をやればいい」
僅かに驚いた様子を見せたシャルだったが、すぐにその身体をメイへ委ね、彼女の手を取って目を閉じる。
彼女なりに自身の背中を押そうとしてくれているのだと、そんな暖かさに触れて。
「まったく、メイに死ねなんて言う訳ないじゃないですか。でも、ありがとうございます」
微笑みながらシャルは言葉を返した。
対するメイは内心自分でも思い切った行動に出た事に若干の羞恥を抱きながらも、反応が想像よりはそっけなかった事に少しだけ拗ねた様子を見せた。
「あの子にはまだ帰る場所があるかも知れません。でも、どうしようもなかった時は……ほんとに引き入れちゃいましょうか」
冗談交じりにシャルはそう締めくくると、メイの顔を見つめた。
鼻先が触れ合う程の至近距離。
恥じる様子を見せぬシャルの姿に、「本当に鈍感だ」と、メイは呆れながら笑みを溢した。
その顔を酷く赤らめながら。
唐突に、無線機がノイズを走らせる。
お互いに抱き合ったままそれを聞き、一瞬顔を見合わせてから2人は離れる。
困惑した様子で無線機を取ったメイはその声を聞き、表情を変えた。
「シャル!!!!!!」
「不法入国…傷害……誘拐だぁ!?」
リジーは声を荒げ、例の女の人を睨みつけた。
あくまで私達は関わっていないと、偽る素振りを隠しながら。
「ええ。ここから南東にある国境で警備隊へ発砲し、怪我を負わせた上でゲートを車両で押し破って入国。心当たりがあるはずよ」
「それとその子、親御さんから捜索願が出ているわ」
そんな事はお見通しだと、女の人は先日の犯行の一部始終を詳細に告げた。
そして、私へ指を指し私の親が私を探している旨を告げる。
その言葉に、私は酷く驚いた様子で立ち尽くす。
それは私のみならず、リジー達も同じであった。
これまで何一つ判明する事の無かった過去の事、ましてや家族がその身を案じている事がわかるなんて。
思い当たる人物像は何一つ無かったが、それが事実なら私の記憶を探る大きな手掛かりになるのは間違いなかった。
されど、その逸る気持ちを制止するように、サツキが私の前へ手を出す。
「それらが事実だという証拠は?」
そう告げたサツキの視線は鋭く、女の人を睨みつけていた。
「あるわ。それを貴女たちに確認してもらう為に事務所へ来てもらいたいのよ」
対する女の人は怯む様子無くそう言い放ち、サツキには目もくれず私へと視線をやっていた。
その意図を察する事はできなかったが。
「So...What should we do?どうする……?」
おもむろに、慌てる様子でアイリスが問うた。
リジーとサツキの2人にこれからの動きを確認するように。
「シャルに聞いてみるしかねぇよな」
「私もそう思った」
彼らを他所に、考え込む様子を見せた2人。
互いに意見の一致を告げたところで、2人の瞳は何かを決意したように鋭く光る。
矢先、リジーはホルスターに仕舞われた己の拳銃に手を伸ばす。
その様子を見て咄嗟に彼らは手にした銃を掲げ、リジーへその銃口を向けんとした。
だが、それより早く、サツキの腕が伸びる。
注意が逸れたのを確認した彼女は一歩早く、女の人の手を掴んでいた。
銃を持つ彼女の手を抑え、自身のもう片方の手を彼女の首に回して締め付けるように背後を取る。
その体勢からサツキは彼女の足を払い、崩れる彼女の身体と共に自身も腰を落とすと銃を持つ彼女の腋の下から自身の腕を回して彼女のこめかみへ銃口を突き付けた。
目にも留まらぬ一連の動作。
サツキの腕とクロスするようにして動きを封じられた彼女の手は、天井に向けてその拳銃を掲げるだけだった。
「部下を下がらせて」
◇
未だ一階で待機した数人の男達。
壁の穴の外から此方を伺う狙撃手。
女の人を人質に取った籠城が始まっていた。
「あーあー、結局こうなっちまった」
そう悪態ついたリジーは拳銃を握り、壁際で後ろ手に手錠で拘束される女の人へ銃口を向けた。
そんなリジーの姿を睨みつける女の人。
サツキとアイリスは少し離れて無線機を手に取り、シャルへと連絡を行っている様子だった。
「私達を相手にこんなことして、どうなるかわかってる?」
余裕を見せ、嘲笑うように笑みを浮かべた女の人。
対するリジーは動揺せず、呆れた様子で呆然とその瞳を見つめていた。
「Сука, わかっててやってるに決まってんだろ」
即答でそう言い放つリジーの言葉に、彼女は驚いた様子であった。
だが、戦力に自信を持つ双方の認識において、そんな相違が生まれるのは無理もないだろう。
「リジー、私の親が私を探してるって……」
そんな二人の空気を裂くように、私はリジーへと先の疑問を問いかける。
その事実に困惑しながらも、若干の疑念を抱きつつ。
「まだだ。事実確認ができてねぇ。お前を探してるってやつがマジでお前の家族かどうかわかんねぇだろ」
それを一蹴するように、リジーは彼女の方を向いたままそう答えた。
「……あなたたち、その子とどういう関係?」
僅かに沈黙し、発言しかねた様子を浮かべた上で彼女は問うた。
その間にどんな思惑が込められていたのかは定かではないが、少なからず彼女は疑問を抱いているようだ。
「あぁ?お前らと変わんねぇよ。こいつの身元探してんだ。あたし達はその間のボディーガードみたいなもん」
あくまで、私の記憶に関する部分は触れず、リジーは答える。
相手に与える情報を最小限にする為の配慮だろう。
「だったら……」
「だからだよ。こいつを得体の知れねぇ奴に引き渡す訳にはいかねぇ。アンタこそ、どういう経緯であたしら追ってんのか話してくれたらどうなんだ」
「………」
どうやら、彼女達もリジー達と考えは一緒らしい。
交渉の可能性を当初より捨て、あくまでその身柄を逮捕する為にやってきた彼女が無暗に情報を話す事は無かった。
私からしてみればそんな事情は知る由も無く、ただただ彼女が隠す自身についての情報に惹かれるばかりであったが。
とは言え、リジーの言う事も最もかもしれない。
唐突に私の親を語る何者かが出したという捜索願。
以前からそれはあったのかもしれないが、その人物に関して得られている情報は何一つとして無い。
それは本当に私の家族による物なのであろうか。
そんな疑念が私の脳裏を過るが、正直に言うと私はあまり危惧していなかった。
この構図を客観的に見れば、どちらの意見が正しく見えるだろう。
荒れ果てた無秩序な世界で容赦無く人の命を奪う少女達と、法を基に悪を排除する正義の組織。
私の心はだんだん、後者の方へ揺らぎ始めていた。
「リジー。連絡がついた」
矢先、そう告げたサツキ。
その声にリジーは彼女を見つめたまま微笑んだ。
サツキ曰く、シャルから告げられた指示は以下の通りだ。
敵勢力の殺害禁止。
車両の確保の為シャルとメイは別行動。
町のあるポイントで落ち合う事。
簡素かつ単純な物であったが、それらが容易ではない事は私にでもわかる事であった。
照準を向けられる事の無い私はまだしも、リジーらは彼らを殺害する事無くこの場を切り抜けなくてはならないのだ。
殺害を禁ずる作戦にどういう意図が含まれているのかは想像ができないが、恐らくシャルは未だこの国から大きく目を付けられるのを避けているのだろう。
己らの戦力に自信があるが故に、仲間への信頼が厚いが故に、シャルはその指示を下した。
考えてみれば、普通では信じられない話であった。
「だってよ。よかったな」
禁じられた殺害の意図に、リジーは笑みを浮かべながら女の人へ語り掛ける。
「ほんとに逃げ切れると思ってる……?今ならまだ間に合うわ。私を開放しなさい」
対する彼女は私と同じく、心底驚いた様子でリジーへと問うた。
自警団を相手取り、殺害することなく無力化するなんて事が可能な筈がないと、そう告げるように。
「さっきも言っただろ。思ってるからやってんだよ」
彼女の首に腕を回し、力を込めるリジー。
僅かに暴れる彼女の手足に目もくれず、リジーは彼女の首を絞め続けた。
そして、成す術無く彼女の意識は落ちる。
ああ言った反面、殺してしまったのかと焦る私を見て、リジーは微笑んだ。
「殺しちゃいねぇよ、気絶させただけだ」
そう言ったリジーの瞳。
私を安心し、気遣うが故の物であろうが……私はその時、リジーから恐怖を感じた。
先の対比を経たからだろうか、どうしようもなく、どこか…彼女達がどこか邪悪に映ってしまうのは。
この揺らぐ心をどちらかに傾ける時も近いだろうと、私は心で僅かに覚悟する。
彼女達と同じように、自身の腰に下がるホルスター。
その中にある拳銃の重みを、その身に感じながら。
私がそうして覚悟を抱いたように、彼女達もまた、闘いに向けて準備を始める。
今彼女達が手にする銃器類は整備の目的でここへ持ってきた為、予備の弾倉を所持していない。
その身に防弾着を着込むのは私のみで、彼女達は自身らの得物を負紐で担ぎ、拳銃のみで闘おうとしていた。
されど、その瞳に揺らぎはない。
「準備はいいか?」
「おっけー」「Sure!」
リジーの合図に、サツキとアイリスが答える。
そうして今まさに、この町での安寧を破り、再び銃撃戦が行われようとしていた。
私はそっと、目を閉じる。
その脳裏にサツキの言った、「最初に撃つ時、何を理由にその引鉄を引くか」という言葉を思い出して。
「……大丈夫です」
此方を見つめた3人の視線。
無言で問われたその問いかけに、私は呟くようにそう告げた。




