迫る影
僅かに窓を濡らす水分。
焼られた釜戸の火に、香るコーヒー。
舌先に感じるその熱を楽しみながら、腰に巻いた弾帯へ拳銃と弾倉を装着する。
腕の時計に目を落とし、顔をしかめた彼女は玄関先のラックに掛けられたジャケットを手に、袖を通した。
若くして才能を買われたフォレストフィールド自警団の一員、オリビア・ジョーンズの朝はこうして始まる。
「サミュエル、今朝の調子はどう?」
玄関の鍵を締め、職場へ向けて歩み始めた彼女の前を、牛を引き連れた一人の中年の男が通りかかる。
彼女と男は知り合いであるようで、僅かに眉間に皺を寄せるその男へと彼女は声を掛けた。
「よおオリビア。おはよう。今年も南瓜が喰われちまってよ、たまったもんじゃねぇぜ」
彼女の声に表情を戻したサミュエルは挨拶を交え、害虫に荒らされた畑の事を愚痴る。
「思えば去年もそんなことがあったか」と、時間の速さを体感すると共に、そんな些細な愚痴に平和の色を感じて彼女は微笑んだ。
「ほどほどにね。畑の事はさっぱりだけど、もしなにか必要な物があればいつでも私達に言って」
「ああ、たすかるよ」
何気ない朝の会話。
腕を上げて別れを告げるサミュエルに、彼女もまた小さく手を振り返す。
何一つ変わる事無く始まったこのライズバーグでの一日に、彼女は大きく息を吸った。
ふと、あるものが目に入った。
町の中央にある広場、4人で歩く少女達の中に先日目にした少女の姿を見つける。
前日に町の出入口を警備していた際、彼女が身体検査を行った少女だ。
少女達6人組のトラッカー、銃撃の形跡が残る車両に、外套のみを羽織った少女。
未だこの町の外に広がる無秩序な現実を思い出し、彼女は心を痛めた。
「あまり思い詰めてなければいいけれど……」
そう小さく呟いて、彼女は再び歩みを進めた。
町の中央北側に建つ彼女の職場、フォレストフィールド自警団の事務所を目指して。
旧文明の名残りを利用したコンクリートの建物。
入口の二枚扉を開けて受付の同僚へ挨拶を交わした後、自身のデスクへと向かった彼女の目に、異様な光景が飛び込んだ。
「貴女がオリビア・ジョーンズかしら?」
彼女のデスクに置かれた書類を手に、自信に満ちた態度で問いかける一人の少女。
少女から僅かに離れて佇む彼女の上司や同僚は、心底困惑した表情を浮かべていた。
「そうですが…貴女は?」
それらの様子を目に、彼女もまた僅かに困惑を浮かべる。
そんな彼女達の様子が可笑しかったのか、少女は口元に笑みを浮かべた。
「私はミラ。ヴァルハラから派遣された調査員よ」
少女は背を向け、顔だけを彼女へ振り返らせてそう告げた。
その長い金の髪に留められたリボンを見せつけるように。
彼女は静止する。
それは困惑と言うより、疑問によって。
レギオンの中部を牛耳る現最大勢力、ヴァルハラによって派遣された調査員だと、少女は断言したのだ。
彼女とて現物は初めて目にする、その証明となる蒼の宝石を見せつけて。
このレギオンにおいて、中部は他の国と異なる特徴を持っていた。
治安と秩序を守らんとする準軍事組織の存在は勿論だが、この中部には国が一つしか存在しない。
他の地方においては内部で幾つもの境界線が引かれ、その領土を所有する国が点在している。
その領土の大きさは国によって異なるものの、この中部は領土全てを一つの国が所持しているのだ。
その国の名こそが、ヴァルハラ。
国内の秩序を護る為法を整備し、国民各々にその守護者を務めさせる事で自由の国とも言われた我が国。
それは独裁を行う事も、共産主義を掲げる事も無く一切の政治を放棄しているように見えるが、実態はそうではない。
国外からの他国の侵攻や国内で独立を掲げる革命家、国の存続を揺るがす不穏分子が現れた時にのみ、抑止力と言わんばかりにソレは姿を露にする。
圧倒的な戦力を持った兵士達が、膨大な兵器を掲げて。
どこの町に本拠地があり、普段はどこで活動しているのか、それら一切が謎に包まれたソレらは別名「秩序の番人」とも言われている。
とは言え、ソレは決して己らの理念を曲げる事が無い。
どこまでもこの国の秩序の為に行動するからこそ、彼女達国民は法を護り、平和の下で生活を営む事が出来ているのだ。
彼女の前で振り返る少女、彼女はそんな伝説級の存在の一員なのだ。
驚きというよりも、「何の用で自身を訪ねて来たのか」と疑問を浮かべるのも無理はない。
「国が……直接貴女を派遣したって言うの?この町に?いったい何の用で…?」
「ある犯罪者を追っているの、昨日この町にやってきた……この子たちの事を聞いてもいいかしら?」
オリビアの問いかけにミラは彼女へ身体を向け、手にしていた書類を差し出す。
入町者用の管理書類、町の入り口を通った者らの情報が記入されたリストの、件の6人組の少女らの情報が記された一項に指をやって。
「先日、ここから南東にある国境警備所を強襲して不法入国した容疑者と特徴が一致しているの」
「それとは別に、ある少女の誘拐容疑も掛けられているわ」
険しい表情を浮かべ、無言で話を聞くオリビアに、ミラは笑みを浮かべながらそう告げた。
少女の誘拐容疑の件を強調して告げるように。
オリビアにとって、思い当たる節は幾つかあった。
武装はさることながら、少女達が乗る傷ついた車体とあの子の存在。
加えて秩序の番人が直々に人を寄越す重大性に、オリビアはその危険性を察していた。
「詳細を教えていただいても構わないでしょうか?」
オリビアは真剣な眼差しでミラへと問うた。
対するミラはオリビアのその反応に、更に口角を吊り上げて微笑んだ。
◇
「おいおい、その話マジなのかよ?あれ、だって、いや……子供じゃないか」
ミラとの話を終え、オリビアは事務所内の団員を招集した。
今まさに6人の少女達に対する作戦会議を行わんとする状況で、同僚のカーターが彼女へと問うた。
「年齢は関係無いわ。重要なのは、彼女達が直接手を下すような犯罪者がこの町にいるってことよ」
カーターの言葉に、オリビアは今回の事件における論点を指し示した。
ミラの話を聞く限り、彼女が持つ少女達一人一人の特徴と先日の少女達は酷似している。
南東部の麻薬組織を相手取り、国境を強行して誘拐した少女と共に逃亡を続ける少女達。
聞けば誘拐された少女の身元はヴァルハラ内部におけるある権力者の娘らしく、事情が事情なだけに彼女達が直接調査を行う事になったらしい。
「そんなヤバい奴らがいてよ、なんであの嬢ちゃん達に一任せずに俺らで作戦会議なんてしてんだ?」
「ちょっとカーター。貴方にはこのライズバーグの住人としての誇りがないの?」
カーターは困惑した。
国が直接追う犯罪者と言う肩書だけで、それがどんなにヤバい奴かは想像が容易につくからだ。
それでいて、オリビアはこの作戦会議を己らでその少女達を確保する為に行っている。
指揮権をミラへ移すなり部隊を連れてきてもらうなり、彼女達へ一任する方法は幾らでもある筈なのだ。
「この町で起きている事件である以上、私達が動くべきなのよ」
その答えを示すように、オリビアは力強く告げた。
ミラから詳細を聞いた時、オリビアは彼女へある条件を提示した。
それは、少女達の捜査をこの自警団で行うという物である。
この町をよく知らぬミラにとって、銃撃戦にまで発展した場合の対処は困難な物になるであろうとオリビアは考えたのだ。
それは土地勘についてもだが、この町には老若男女多くの住人が暮らしている。
家畜や住人への被害を避け、この町の安全と両立して戦闘を行うのは部外者では困難であるからだ。
加えて、彼女達が秩序の番人を名乗るのであれば、オリビア達自警団は法の番人である。
ミラから聞いた少女達の容疑では、武力を行使した強制的な捜査を行う事は出来ない。
あくまで少女達へ任意同行を命じ、その上でこちらへ殺傷の意図があった場合でのみ彼女達は攻撃を許可される。
そうして人間一人一人が持つ権利を尊重する事で秩序を護る事が出来るのだ。
法を無視し、秩序の維持を謳って一方的に他者を殺める事など許されない。
されど、ミラの話す口ぶりからは最初から少女達を凶悪犯と断定して排除を行う素振りを伺わせていた。
そうした考察を基に、オリビアはミラへ捜査権を一任しなかったのである。
「わかったわかった。相手がどんなヤツだろうと、いつも通りだな」
「ええ、いつも通りに。まずは彼女達へ事情聴取に向かうのよ」
彼女の心の内を察したカーターは観念したようにそう告げる。
対するオリビアは彼の心を鼓舞するようにそう告げ、この作戦会議を再開した。
オリビアの背後、離れて彼女達の様子を伺うミラは小さく舌打ちする。
その瞳に深い闇を浮かべ、オリビアの背を睨みつけながら――――
< フォレストフィールド自警団 >
中部地方ライズバーグを護る準軍事組織。
メンバーは最終戦争時代の軍隊出の他、完全な民間人も含む。
ライズバーグ出身の者が9割を占め、故郷への愛を基とする団結力はピカイチ。
メンバーはライズバーグ住人らしい温厚な性格の者が多いが、町の安全を脅かす者には容赦しない。
人数: 30人程(現在のメンバーの年齢・性別は10代後半から60代後半まで老若男女)
武器: Mossberg M500A, Remington M700, AR-15, G17, M1911...etc
装備: 5.11 TacTec(BK), T.A.G. Banshee(BK), ボディアーマー(BK), 弾帯, ヘッドセット...etc
特徴: 自警団の紋章が刺繍されたジャケット、シャツ




