浴場と言う名の戦闘地域
「おら!恥ずかしがってねぇでとっとと脱げ!!」
「自分で脱ぎます!脱ぎますからぁ!!!」
私とシャルが部屋を取った宿泊施設。
屋外に隣接された浴場の脱衣所で、私はリジーに服を脱がされそうになっていた。
元を辿れば一時間ほど前、部屋で考え耽っていた所に物資の調達に出掛けていたリジーとメイが帰ってきた。
南東部の地で長らく満足に湯浴みの出来なかった彼女達はシャルに頼み込み、三人一組での利用を条件にこの浴場の利用の許可を得ていた。
この世界において水は貴重であり、飲料水の取引には相応の対価が必要なのだと言う。
この施設でもそれは同様で、浴場を利用するには宿泊代とは別に費用が掛かる。
それ故シャルは備え付けの浴槽に入れる限界の人数である三人同時での利用を条件付ける事でコストの削減を行ったのだ。
その結果、どうなったかは言うまでもない。
渋々と、顔を赤らめながら私は外套の前を開ける。
その目前でまじまじと私の様子を見つめる二人に対し、身体の一部を手で隠しながら。
「おおー!メイよりはデカい!ランキングが変わったぞ!!つってもあたしには及ばないけどな!!!……てーことは位置づけは4位か!」
「くっ……」
目を輝かせながら私の胸部を見つめるリジーが声高らかにそう告げ、メイは心底悔しがる様子で恨めしそうに私を睨みつける。
リジーが語るのは彼女達内においてのバストの大きさの話なのだろうが、私にはそんな事を気にする余裕は一切なかった。
「うぅ………」
嘆く声が口から零れる。
湯浴み以前に、沸騰しそうな程に熱くなった顔。
裸体を見られる羞恥に僅かに目元へ涙が浮かんだ。
「減るもんじゃねぇし女同士なんだから別にいいだろー!?」
そう言って大きく口を開け、己の裸体を隠す素振りを一切見せずに笑うリジー。
メイは悔しがりながらも私へと同情の眼差しを送り、呆れた様子でリジーの話を聞いていた。
「それより……なんで二人は武器を持っていこうとしてるんですか…?」
おもむろに、それでいて恐る恐る私は彼女達へ問うた。
湯浴みへ向かう道中、彼女達の抱えたタオル等の入浴用品に混ざりナイフが仕舞い込まれていたのを私は目撃していた。
入浴中の襲撃を防ぐために脱衣所にでも置いておくのかと思われたその得物は、今まさに浴槽へ向かわんとする彼女らの手に握られている。
その異様な光景に、私は理由を問わずにはいられなかった。
「あー、これな。プロフェッショナルのメイ先生に教えてもらった方がいいと思うから…メイ、教えてやってくれ」
「え、私!?」
「これ……は……毛…を…いや、護身用よ!!入浴中でも何が起きるかわからない以上ナイフの一本でも持ち込んで備えるのはこのレギオンでの常識なのよ!」
言い淀み、僅かに顔を赤らめながら告げるメイ。
その点に若干の疑問を抱きながらもやはり護身用であった事に納得がいった私は、この世界での危険性を再認識した。
「嘘つくな!!」
間髪入れずメイへつっこむリジー。
次いで彼女は手中へ収めた得物を私へと見せ、空いた片手で自身の局部を指さすとウィンクする。
「こいつはさ、毛ぇ剃る為に持ってくんだよ」
そして、尚恥ずかしがる様子も無くそう告げたリジーに、「とんでもないことを聞いてしまった」と私は更に顔を赤らめた。
否定する素振りを見せず、恥ずかしがる様子で俯くメイを横目にして……
身体の汚れを落とし、私とリジーは先に浴槽へと浸かった。
ぽかぽかと暖かく、仄かに香る木の優しい香りに溜まった疲れも洗い流されていくようだった。
先程まで目にしていた筈の現実とは程遠く、夢の様にも思える平和なひととき。
この世界で初めて、心から幸せだと思えるそんな、そんな一時だった。
ふと、リジーの身体に目をやる。
浴槽の縁に掛かる僅かに太く力強い腕。
身体の至る所に残る深い切創や銃創が、その感慨が錯覚であることを証明する。
「あたしのナイスなボディに見惚れちまったか?」
ウインクをして、冗談交じりに私へと問いかけるリジー。
長く見つめすぎてしまったかと、私は慌てて鼻の下までを湯に落とし、顔を赤らめて違う話題を切り出す。
「こ、ここの人達はあそこの人達と違ってリジーさん達の事をあまりご存知無いんですね」
咄嗟に出た話題であったが、考えてみれば確かにおかしな話だった。
南東部において誰もが恐れ、その腕前に一目置いていた筈の彼女達に対し、この中部の人間らはそんな事は一切知らない様子であった。
少女のみで構成されたこの部隊は他の人間たちよりも遥かに目立つ筈であるのにも関わらず。
「あー。お前も見ただろ?町の入り口にいた奴ら。あいつらただの門番って訳じゃないんだ」
僅かに考え込んだ後、リジーは告げる。
その言葉に私は朝に出逢ったあの女の人の姿を思い浮かべる。
「シャルの受け売りだがよ、なんちゃら自警団って言ったかな。中部には法っていうのを基にこの国や町を護る民間の部隊があるんだ」
「町で悪さした奴をわざわざ追っかけて裁いたり、国外のお尋ね者を締め出したりしてる。そうやって秩序を守ろうとしてる奴らがいるんだ」
「最終戦争時代の軍隊上がりだったり、所属するまで銃も触った事ないやつだったりメンバーはピンキリだけど……正義感の強さっていうのは確かだな」
「なるほど」
私の記憶の中で言うところの、警察というものと似ている気がする。
それがどんな物であったかは定かではないが、とっさに脳裏に浮かんだのはそれだった。
機会があればシャルに聞いてみようか。
納得する様子を見せた私に、リジーは微笑む。
「だからさ、そいつらがだいたいどこの町も守ってるせいでこの中部って場所だと大きく動きにくいんだよ。言っちゃえば中部の辺りではあんまり仕事してないってことだな。知名度が低いのはそのせいさ」
人差し指を立ててリジーはそう締めくくった。
昨日のめちゃくちゃな動向を見るに、確かにそういった組織が見張るこの地では彼女達は動きにくいのだろう。
このレギオン上における最大勢力が支配するというこの中部において下手な行動で目を付けられたくないのも彼女達の目線に立てば理解できる。
「名前とか、特徴とかから警戒されちゃったりはしないんですか?」
「大丈夫大丈夫。あたしらの部隊って部隊名みたいなもん無いしさ。ただ若いだけなら似たような奴らなんてゴロゴロいる」
「そうだ、逆に部隊名考えてくれよ。あたし達だけだと全員生まれも違うから意見が食い違いすぎて結局決まらなかったんだ」
私が率直に抱いた疑問に対し、リジーは話を広げた。
決まらなかったと言う彼女達の部隊名。
重大な責任を負わせるようで、そう語ったリジーは微笑みながら冗談を告げた様子であった。
あくまで何か思いついたりしたら程度に考えていてよさそうだろう。
「分かりました。何か思いついたらでよければ」
若干その冗談を流す様に、私も本気で考えずにそう返事した。
「ハハ、期待してるぜ。っていうかメイ!おまえいつまで剃ってんだよ!!」
再度ウインクして私へ告げたリジーは、思い出したかのようにメイへ怒鳴った。
その言葉にメイの方へと目をやる私。
浴室の片隅、シャワーの設けられた鏡の前で彼女は今まで以上に真剣な顔つきをしていた。
その手に、件のナイフを握りしめながら。
「誰かに見せる訳でもねぇのに下の毛まで剃ってるからそんだけ時間かかんだよ!!……いや、見せる予定はあるんでしたっけ」
怒った様子でそう叫びながらも、最後は含んだ笑いを込めてメイを嘲笑う。
彼女のその発言に的を射なかった私は疑問を浮かべていた。
「うるさいわね!!もう終わるわよ!!!」
「いつも予定ですけど、そろそろ任務遂行できる日は来るんですかー?」
リジーの煽りに鬼の形相で振り返るメイ。
彼女の身から溢れる殺気に僅かに怯えた私に相反し、リジーは怯む様子無く更に彼女を煽った。
そして、飛来したナイフ。
まさかとは思ったがメイは容赦なくその手の得物をリジーへと投げつけ、それは彼女の顔を僅かに掠めて私達の背後の壁へ深く突き刺さった。
青ざめるリジーの様子に、私はメイだけは怒らせまいと心に誓った。
「いつになったら私の気持ちに気づいてくれるのかしら……」
湯に口を埋め、ブクブクと泡を立てながら、不貞腐れた様子でメイは呟いた。
彼女の意識する相手が誰なのかは定かではないが、その様子を見るに彼女は長い間片想いをしているらしい。
「シャルはそういうとこだけは鈍感だからなぁ」
「相手はシャルさんなんですか……?」
その答えを示すようにリジーがシャルの名を口にし、私は予想外の回答に驚いた様子で問うた。
未だ僅かに恐怖の残る彼女に対して好意を抱く者がいるのかと、失礼ではあるが正直に言ってしまえばそんな心持ちであった。
それは、私であるが故の認識なのかもしれないが。
「貴女からしてみれば恐怖の対象かもしれないけれどね、あれでもシャルはどん底にいた私達全員を救ってくれているのよ」
その様子を察してか、メイはシャルの過去を口にする。
「その中でもこいつは一番付き合いが長いからな。あいつに一途になっちまうのもわからなくはない」
メイに続いてその補足を述べるリジー。
その言葉に再度怒りを露にするかと思われたメイだが、図星を突かれたのか顔を赤らめて口を噤んでいた。
「そんな事があったんですね……皆さん最初からお仲間だったのかと思いました」
私から見た彼女達の信頼関係。
一朝一夕では到底築けぬであろう仲睦まじさに、私は勝手に彼女達は幼馴染か何かであったのだろうと推測していた。
「あいつはそういうのを放っておけないんだよ。ああ見えて情に厚いっていうかさ、かく言うあたしもあいつに救われた側だからわかるぜ」
「シャルは私の物よ」
「そういう意味じゃねえ!!」
冗談交じりに告げたリジーとメイ。
シャルへ向けた二人の視線は真剣な物で、嘘偽りなく彼女の事を想っているようだった。
とは言っても、実感の湧かない私はその認識の相違に驚くばかりであった。
「あいつはどうしても言葉遣いが堅ぇからさ、そう錯覚しちまってもおかしくねえ。でも、次話す時はちょっと意識してみろよ。少しは印象が変わるかもしれねぇぜ?」
「シャルは渡すまい」と、リジーを浴槽の底へ沈めんとするメイの手を抑えながら、彼女はそう告げた。
半信半疑ではあるものの、確かに私は最初の印象に囚われすぎていたのかもしれない。
人は見かけによらないとはよく言ったもので、彼女の言うように次にシャルと話す時は少しだけ彼女の腹の内を探ってみるのもいいだろう。
そうして、湯浴みの時間はあっという間に過ぎて行った。
自然に零れる笑みと、止めどなく続く話題。
頭が上せるまで続いたこの一時は、身体と共に心までを暖かく癒してくれたと、そう感じる。
少なからず私に気を遣う様子を見せていたリジーとメイに感謝を浮かべながら。
◇
暗く、夜の帳が下りた外の景色。
町のところどころに掲げられた松明が闇に浮かぶ。
宿の部屋のベッドに腰かけ、私は外の景色を見つめていた。
ランタン一つで照らされた小さな室内。
下着と上のシャツだけを着た私は、若干の肌寒さを感じていた。
コン、コン―――
部屋の扉を叩く音が聞こえ、廊下の灯りが室内へ射し込む。
ドアの前には荷物を手にしたメイが佇んでいた。
「さっきは悪かったわね。変な話題に巻き込んで」
開口一番に謝罪を口にしたメイ。
その表情に僅かに残る羞恥の色に私は笑みを浮かべた。
「いえ、とっても楽しかったです。本当にありがとうございました」
私を気遣い、元気づけようと話の輪に入れてくれた彼女へ私は感謝した。
それを聞いた彼女もまた、その表情に笑みを浮かべていた。
「これ、貴女用の衣類と」
そう言って、彼女は手にしていた荷物を私へ差し出す。
どんな物かはまだ分からなかったが、手にした外套以外の衣類に私の心はどこか踊っていた。
「これも」
そして、続けてメイは私へとある物を差し出した。
戦闘の最中、彼女達が身に着けていた物と同じ鎧のような服と、一丁の拳銃。
「こっちはプレートキャリアって言って、銃弾から身を護る為の物よ。流れ弾が飛んで来ない訳じゃないから一応持っていて欲しいの」
「それでこの拳銃は……貴女と一緒にいた男の人が所持していた物よ。弾は抜いてあるわ。貴女の身元の手がかりだから何か思い出すことがあるかもしれないって、シャルが」
「………ありがとうございます」
彼女の言葉に僅かに考え込んだ私。
特に後者の拳銃については私の記憶の手がかりになりそうな物であった為、少なからず動揺せずにはいられなかった。
「貴女がここを気に入ってくれたようでよかったわ。今は一人で考えたいこともあるでしょうし、ゆっくり休んで。何かあれば遠慮なく呼んで頂戴。私たちの誰かが廊下を見張ってるわ」
私の感謝を聞いたメイは更に口角を吊り上げながらそう告げ、部屋を後にしようとする。
その背中を見た私は咄嗟に、彼女を呼び止めた。
「あの、ほんとにありがとうございます。まだまだ色々驚いたり悩んだりですけど、今日はとっても楽しかったです」
己の整理が行き届いていない状態。
記憶にしても、この世界への知識にしても。
そんな中でも、今日は本当に心休まる一日であったと私は思っていた。
風呂場での出来事にしろ、私へそんな時間を与えてくれた彼女とリジーには改めてお礼を言いたかった。
「フッ」と、振り返った彼女は小さく微笑む。
その心の内は知る由も無いが、悪い気はしなかった。
彼女がああ見えて照れ屋であることを、先の一件で理解していたからだ。
「おやすみなさい」
彼女の告げたその言葉を最後に、再び部屋は私一人になった。
受け取った荷物に視線を落とす。
ごわごわとした、固い材質の布で作られたぷれーときゃりあ。
その上に乗る、鉄の塊に目をやって。
結論から言ってしまえば、記憶に思い当たる節は無かった。
この拳銃が何と言う名前なのか、特徴すらも分からない。
これを所持していたという男の人の事についても。
仄暗い部屋の中、静寂に包まれた最中で私はただそれを見つめ続けた。
記憶の欠片を必死に拾い集めんと、頭に残る景色一つずつを思い浮かべて。
されど、その答えを語るモノは誰一人として居ない。
どこまでも続く終わりの見えないこの問答に、私は表情を歪めた。
< リジーによるバストランキング >
1位 サツキ (Корова)
2位 シャル (でけぇ)
3位 リジー (戦闘ではちょっと邪魔)
4位 少女 (理想的)
5位 メイ (………)
6位 アイリス (がきんちょ)




