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プロローグ
銃声が追ってくる。弾が足元を掠めたのが分かる。
逃げ出した『飼育小屋』の外は夜で、月明かりが辺りを蒼く染める。ぜいぜいと、己の喘鳴が耳に響く。心臓が爆発しそうだ。長いこと外を駆けることなどなかった身体は悲鳴を上げている。冬の空気の、凍るような冷たさが肺を鋭く刺した。
それでも少女は懸命に走る。捕まったら、二度とあの暗い牢の中から出られない。
今朝方死んだ母の姿が脳裏に浮かんだ。生命を失った眼、こわばった身体を覆う、黒い毛皮。石の床に沈んだずっしりと重い体躯。
喉の奥に熱いものがこみ上げるが、今はそれどころではない。この手足を動かすことだけ考えろ。
身体が熱くなっていく。身体の輪郭が溶けていく。気づけば少女は、四つ脚で地面を蹴っていた。走る、走る、走る。
そして、突然足場を失い、平衡を失った身体は、どこまでも深く落ちて行った。