8話
「こんにちは、迷宮管理局新宿支部へようこそ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
彼女は辻七海さん。2つ年上の僕の迷宮活動について相談や買取などをまとめて行ってくれる美人さんだ。ちなみに迷宮探索者にはたいてい、担当してくれる人がつくんだ。個人情報も多いし、命がかかっている仕事上、どうしても中途半端な対応ではまずいからだろう。
この辻さんは珍しく僕の筋肉トークに付き合ってくれる人で、本人も筋肉の良さを語ってくれる。そうして話していたから当たり前のように好きになった。ただ今は、筋肉が消えてそれどころではない。
「辻さん、どうしよう‥‥‥」
「あれ? どこかでお会いしましたっけ?」
「僕です。小金井です‥‥」
「‥‥‥えっ? えっ⁉ えーーーーーーーーーーっ⁉ 凪くん⁉ あれっ⁉ かわいい! すごくかわいいよ‼ 女の子だと思った‼ じゃなくて、筋肉! 筋肉はどうしちゃったの⁉」
「筋肉が、筋肉がどこかへ行ってしまいました‥‥‥‥」
「すっごい理解できない! えーっと、なにか変わったことあった?」
「わ、わかりません‥‥‥」
本当に唐突だったから、何がどうなったのやらさっぱり分からない。
「うーん、そうなるとスキルかな。ステータス見てみて。」
そう言われてステータスを見ると、ユニークスキルという枠が増えていた。
「‥‥‥あっ、ユニークスキルっていうのが増えてます。」
「ユニークスキル! すごいよそれ! 私も詳しくは知らないんだけど、すごい強いらしいんだよ? 今、自衛隊と探索者の中でも2人しか持ってる人いないらしいし。あっ、ちなみに名前は?」
「えーっと、【無限筋肉】です。」
「へー、なんか凪くんらしいね。無限に筋肉がつきそうだけど‥‥‥石板使って調べてみる?」
「お願いします。」
「分かった。今とってくるから待ってて。」
辻さんは奥に入っていった。それにしても【無限筋肉】か。少し希望が持てるかも知れない。
少し落ち着いておとなしく座っていると、迷宮の方から僕の友達が歩いてきたのが見えた。
「おーい、颯。」
こちらから呼びかけると、こっちを向いた友達は仰天したように目を見開き足早にこちらへとやって来た。
「おっ、おまえ、凪か! 一瞬わからなかったわ! なんで若返ってんだ⁉」
彼は霧島颯。イケメンであるがそれほどチャラチャラしたやつではなくむしろ真面目な人間だ。高校のとき出席番号順の座席で僕の前に座っていていつの間にか仲良くなった。迷宮探索者の資格試験に誘ってきた友達とは彼のことだ。
「若返ったわけじゃないよ。筋肉がなくなっちゃったんだ。」
「そんなの、みりゃわかるわ! そうじゃなくて高校の頃のまんまだぞ、その姿。嫌がってなかったか、女顔。どうしてそうなったんだ。」
「えっと、【無限筋肉】ていうユニークスキルが増えたからだと思う。」
「ユニークスキルか!どんなスキルなんだ?」
「今からそれを──」
「お待たせー。持ってきたよ。って霧島くんいたの?」
辻さんが石板を持って戻ってきた。石板と言っても古い見た目の、よく思い浮かびそうなそれではない。けっこうなめらかで純白な薄い板だ。石板を眺めていたら、辻さんの様子が少しおかしいことに気づいた。
「‥‥‥今までの凪くんみたいながたいのいい見た目の割に意外と奥手な受けもいいけど今の男なのに女の子の見た目で爽やかイケメンに押され気味な凪くんはまさに受けの中の受けでありすごく神がかって‥‥‥‥」
「辻さん? 大丈夫?」
「はっ! ご、ごめん‼ 全然大丈夫、少し天にのぼってただけだよ。」
「そっか。大丈夫なら良かった。」
「いや、大丈夫じゃねーだろ! 明らかにやばかったぞ今の‼ しかも天って、登ったら死ぬやつじゃねーの!」
「大丈夫だよ、颯。いつものことだし。それに、死ぬのは三途の川だよ。上りじゃなくて渡りだし。」
「あ、そうか。大丈夫なのか。ってかいつも? それはそれでヤバいような‥‥‥」
颯はなんか変なこと気にしているようだけど、さっそくスキルの鑑定を行おうと思う。
「じゃあお願いします。辻さん。」
「はい、石板に手をのせてください。」
僕が石板に手をのせると、表面が光り出した。その光が消えると僕のステータスが表示された。先に前から持っていたスキルに触れてみるとその説明が現れた。
【筋肉強化Ⅶ】:筋肉を強化する。
【体力強化Ⅴ】:体力を強化する。
【攻撃力強化Ⅲ】:攻撃力を強化する。(str×3)
【精神力強化Ⅳ】:精神力を強化する。(min×4)
これらは、数字が大きくなったくらいで特に変化はない。ではユニークスキルの方はどうかな。
【無限筋肉】:限界に至ってもなお、筋肉を追い求める者よ、筋肉に限界はない‼
〈限りなき筋肉〉:派生スキル。筋肉の成長限界はなくなった。速筋も遅筋も思いもまま手に入るだろう。
〈内に秘めし筋肉〉:派生スキル。鍛え上げた筋肉をうちに秘める。男の体は秘密だらけだ。
〈装甲たる筋肉〉:派生スキル。筋肉が成長するほどダメージが減っていく。筋肉は無敵だ。
〈偉大なる筋肉〉:派生スキル。おのれより筋肉のないものの一切合切のあがきが通じない。男にとって筋肉とは、筋肉を超えた何かだ。
「これか‼ これのせいか‼ 僕の筋肉が持っていかれたのは‼」
どうにもならない。このスキルのせいで、僕の鍛えた筋肉は内側に引っ込んでしまうらしい。
僕はもう一度膝から崩れ落ちた。