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眠り続けるなみ子


「最近のお前、なんかおかしくないか」

「……別に。そんなことないわ」

 気付くのが遅過ぎ。なんかおかしい程度のおかしさじゃないぞ――。俺はお前なんだだぞ~――。

 そもそも男は鈍感な生き物なのだ。髪を切った時も気付けなかったし、新しい服を着ていても気付きもしなかった。それを「買ったんだけど」と言えば、直ぐに「幾らしたんだ」と値段のことばかり聞いてしまい、……高ければ嫌な顔をして見せていた……。


 だからなみ子は……この世のどこか分からないところへ逃げてしまったんじゃないか……。


 昨日はちゃんと洗濯をしてワイシャツにはちゃんとシワなくアイロンを当てた。今日は旦那より早く起きて炊き立てのご飯を混ぜてインスタントの味噌汁にお湯を入れて、納豆をパックから出して混ぜて……ちゃんと朝ご飯として成立させたのに――。

 やりきれない辛さはいったいなんなのだろう……。部屋だって掃除機かけたのに、なんの意味があったのだろう。

「早く食べないとまた遅刻しちゃうぞ」

「……。しちゃうぞなんて言うなよ……」

 テヘペロ。

「気持ちが悪い」

「……」

 やっぱり腹が立つ――。

 自分が目の前に現れると、俺に限らず誰しもが腹立たしく思うことだろう――。



 ピンポーン。

 旦那が会社へ行ってすぐ、また玄関のチャイムが鳴る。モニターで確認すると……やっぱり実憂だった。ひょっとすると、俺が会社へ行った後、毎日のように来ているのではないだろうか。


 もう顔色はすっかり良さそうだ。風邪の初期症状だったのだろう。

「おかげですっかり良くなったわ、ありがとう」

「いいよ、べつに」

 風邪薬の一包や二包……安い物だ。

「お礼に……なにか悩みでも聞いてあげるわ」

 ……悩みだと。

 悩みと願いは……違うのだろう。

「……そんなのいいって。ないない。悩みなんて」

 お礼はいいから早く帰って欲しい。女は男と違って勘が鋭いと聞いた事がある。うちのソファーに深く腰を掛けてくつろいでいる。


「――あなた、なみ子じゃないでしょ――」


 ――!

「いったい誰が入っているの? 正直に答えなさい」

 ……。ゴクリと唾を飲んだ。実憂の目が鋭くて……怖い。

「い、嫌だなあ……。いきなりなに言い出すのよ実憂。わたしはわたしに決まってるじゃない。アハハ」

「警察呼ぶわよ。それか、霊媒師の方がいいかしら」

 実憂はスマホを操作し始めるではないか!

「――どっちもやめてくれー!」

 どっちも面倒くさそうだ――!

「じゃあ、正直に言いなさい」

「ハア、ハア、俺は……実は、坂神良一(さかがみりょういち)。なみ子の夫なんだ」

「はあ? 冗談でしょ」

「冗談じゃないんだ。気が付いたら……妻の姿になっていて……いったい何がどうなっているのか、俺にも分からないんだ――」

「じゃあ、誕生日は?」

「え、五月十日だけど」

「あんたのじゃなくて、なみ子のよ!」

「あー。えーっと、たしか1月二十三日だったかな」

「……じゃあわたしの誕生日はいつでしょう」

「知らん」

 隣の奥さんの誕生日を知っていたら……それはそれで怖いだろう。

「なみ子なら知っているわ。ってことは、どうやら本当のようね」

「……」


 言ってしまってよかったのだろうか。


「あなたが旦那なら、本当のなみ子はどこなのよ。まさか、入れ替わって会社に行っているの」

「それが旦那は俺のままなんだ。入れ替わった訳でもなく、ただ俺だけがなみ子になってしまったんだ」

「それはそれは。大変でしょ」

「――めっちゃくちゃ大変なんだ!」


 言ってよかったのだろう。俺の言う事を信じてくれて目茶苦茶嬉しいぞ――。

 やっと俺の大変さに気付いてくれる人がいて……涙が出そうになる。

 実憂……物分かり良過ぎで少し怖いくらいだ。


「よくランチなんかに来れたわね」

 そうそう、ランチ!

「……冷や汗の連続だった」

 あの時にすべてを語っていれば、ドタキャンを許してもらえただろう。

「かなり的外れなことばかり言ってたからね。いつも紅茶飲んでるっていうのも、嘘だったのよ」

「――なんだって」

 嘘だっただと。……どうりで家に紅茶が見当たらなかった訳だ。

「いや、だがあの時は他の皆も、いつもロイヤルミルクティーを飲んでいるって言ってたじゃないか」

 ツルちゃんとハナちゃんもロイヤルミルクティーをいつも飲んでいるってからかったじゃないか――。

「フフフ、三人ともなみ子がいつもと違うって事に気付いてたのよ」

 気付いていた? 気付いていてからかっていたのか……。


 もう何も信じられない。信じない~――!


「それで、どうするのよ。あなたはあなたに戻りたくないの」

「え? 戻る? 戻る方法を知っているのかい」

 転生した俺が元に戻る方法なんかを……隣の奥さんが知っていたりするのか――。ひょっとすると、みんなオカルト厨二病だったりするのか。

「たぶん、軽い記憶障害みたいなものでしょ。だったら、なみ子が強く願っていたことをするとか、記憶を呼び覚ますくらい衝撃的なことがあれば起きるんじゃない」

「起きる?」

 そんな……簡単なものじゃないだろう、記憶障害って。


 ただ……なみ子が閉じこもって眠っているのは……なぜだか頷ける。実際に眠っている時に俺がなみ子に転生したのだから……。

 起こしてくれるのを待っているのか……。

 だが……。

「……なみ子が目を覚ましたら、この俺はどうなるんだ。この感覚や記憶は、消えてなくなるのか――」

 そんなの……嫌だ――。

「そんなの……いや? なみ子が目を覚まさない方がいいってわけ?」

 ……。

 フッと笑いそうになった。


 俺はなみ子の体を借りている厄介者でしかない。なみ子の体はなみ子に返すのが当然じゃないか……。


「なみ子は……いったい何を望んでいたんだろう。実憂はなにか聞いたりしたことはあるのか」

「そうねえ……いっつも決まって『子供が欲しい』って言ってたわ」

「子供……」

 そうだったのか……。それなのに俺は、二人の時間をもう少し楽しみたいとか言って……なみ子にまた我慢させていたのか。

「だが、だったら何故そう言わなかったんだ、なみ子は」

「それをわたしに聞くかしら」

「……そうだな。すまない」

 言いたくても……言えなかったのか……。


 隣の田中夫妻にもまだ子供がいない。体型が崩れるから産みたくないと実憂が言っているそうだが……。


「じゃあ行きましょうか」

「え、どこに」

「わたしの地元で、子供を授かる御利益があるところがあるのよ」

「御利益って……神社やお寺なのか」

 そんなところでお参りするだけで元に戻れるのならお安い御用なのだが……。

「処女湖よ」

「処――女湖?」


 なんつー名前の湖なんだ。 顔が赤くなってしまうわ!


読んでいただきありがとうございます!

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