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こんな転生――嫌だ


 そんな――馬鹿な!

 転生といえば、なりたい物になれることだろ? 勇者とか魔王とか、王子様とか悪役令嬢とか、スライムとかクモとか……。だから転生ものの小説やアニメは人気が高く、ライトノベルなんかも飛ぶように売れるんじゃないか――。


 最初は苦しくても最後にはハッピーエンドが待ち受けているのが転生ってやつだろ?

 努力しなくてもハーレム生活を手にすることができるんだろ?


 そんなドキドキ感溢れる現実逃避がしたくてたまらなかった俺は、まさかの転生を遂げリアルを知った。洗面台の鏡に映るその顔は……見慣れた顔。――だが、俺じゃない。俺の顔よりは見慣れていない――。



「――なみ子!」

 坂神(さかがみ)なみ子――つまり俺の妻! ――マイワイフ!

 意識が遠のきかける衝撃――! ヘビーな衝撃――ヘビーノベルだ。

 いったいどんな悪事を俺がしたというのだ。善人なんだぞ? ――財布を拾ったら交番に届けるような、善人なんだぞ――! 


 どんな悪事をすればこんな罰が下されるというのか……。


 落ち着け、俺!

 俺、落ち着け!

 大きく深呼吸をして目を閉じた。落ち着いてゆっくり考える必要がある。


 転生して……違う人生を楽しめるのは……ありだ。異世界ではなかったとしても、転生した人生は夢と希望に満ち溢れている。


 だが、妻だ……。


 転生して……性別が変わるのも……ありだ。三十路とはいえ、男では体験できなかった楽しみがたくさん味わえる。自分の胸やお尻も触り放題だ。


 だが、妻だ……。


 少なからず肉体関係もある……。

 「少なからず」どころの話ではない――。まだ子供はいないが付き合って三年、結婚して三年、その間、忘れられない幾つもの夜を共にしてきた。

 恐る恐る目を開けると……やはり鏡の中には妻の顔しか映らない。汗が顎を伝い落ちる。鏡の中のなみ子は……嫌なことがあったのを隠しきれない時の表情そのものだ。

 鬱陶しいときの妻の顔だ……お互い「愛しているよ」と言って結婚したはずなのに……。アイラブドユー……。

まさか俺がその妻になってしまうなんて――!


 次なる不安が脳裏をよぎる。だとすると、まさか……妻は俺に転生してしまったのだろうか……。明日から仕事に行かずに済むなどと楽観的に喜べやしない。俺の代わりに妻が会社へ行って仕事なんて……できる訳がない――!


 洗面台の電気を消すと、恐る恐る寝室へと戻った。

 暗い中、天井の豆電球だけが薄明るい。ベッドでイビキをかいてガーガー寝ているのは……俺だ。いや、俺の姿で眠っている妻なのかもしれない。


 自分の眠る姿を見ていると、急に体がガクガクと体が震え始めた。

「こ、これは夢に違いない。お、お、俺が俺の眠っている姿を見ることなんか、あってはならないことだ」

 幽体離脱や死んで霊になって漂った時にしか見てはいけない光景なのだ――。

 幽体離脱? 死んで霊? 俺は……無呼吸で死んでしまったのか?


「ンガー、ンゴー、ゴッゴッゴ。むにゃむや、もう食べられないよお~、ンゴー」

「……」

 ――あ、なるほど。悪い夢を見ているだけなのか。

 よく夢と現実を見分けるために頬っぺたを抓る漫画とかを見たことがある。軽く頬を抓ると、それほど痛くない。

 ――痛くない。だからこれは夢なんだ。悪い夢を見ているだけなんだ――。

 夢なら別に恐くない。妻になろうが誰にだろうが屁でもないさ。できればもっと若い女の子になりたかったなあ……なんてな。


 ベッドで眠る俺からできるだけ遠い所へ静かに横になった。

 実にリアルな夢だった……。普段から着ている妻のピンクのパジャマを、まさか俺が着ているなんて……。


 仕事で疲れているだけだ、早く寝よう。時計の針はもう三時を過ぎている。

 明日も……いや、今日も仕事だ……。

「ンガー、ンゴー、ゴッゴッゴ。むにゃむや……」


 こいつ……うるさいなあ……。



 タリラリッチャン、ターリーラリッチャン。

 タリラリッチャン、ターリーラリッチャン


 枕元でスマホのアラームが鳴り響いた。スヌーズにしようと手を伸ばしたが……届かない。簡単にアラームを止められないように少し遠くに置いているのだが……手を伸ばせば届くはずなのに……。

 タリラリッチャン、ターリーラリッチャン

 タリラッ――。

 隣に寝ていた妻の手がスッと伸び、アラームを消してくれた。妻が起きる時間だ。俺はもう少しだけ……寝ていてもいい……。



「――しまった! 寝過ごした!」


 隣からそう聞こえた。慌てて自分のスマホを手に取ろうとしたとき、一瞬先に隣の……俺がそのスマホを持って飛び起きた。

 隣の俺だと?

「いつまで寝てるんだ、お前のせいで遅刻してしまうじゃないか!」

「なんだって?」

 時計を見ると、もう七時半を過ぎている――。

「間に合わないじゃないか!」

「それは俺のセリフだ――!」


 ――大変だ、走っても会社に間に合わない!

 慌ててベッドから飛び起き、自分が着ているパジャマに驚く――。


 妻の……なみ子のピンクのモフモフパジャマじゃないか~――!


「う、うわあー!」

「大きな声出すなよ! ビックリするだろーが!」

「ビックリするのはこっちの方だ!」

 なんで俺が妻のパジャマを着て寝ていたんだ! 袖口が……ピッタリなのはどういうことだ! お揃いのピンクのモフモフパジャマを買って、眠っている間に着せられたのだろうか。

「そんな可愛い悪戯を思いつくような妻ではない――。どこにでもいるような普通の妻だ――」

「はあ? 訳わかんねーこと言ってないでメシ……は間に合わないからシャツを出してくれ」

「メシ? シャツ?」

 また悪い夢を見ているのだろうか。だが高鳴る鼓動がリアル過ぎて気持ち悪くなってくる。会社に遅刻してしまう――。

 でも、それは……。

 ひょっとすると、俺じゃないじゃない、目の前の……俺なのか――! あれは夢なんかじゃなかったのか――!


「ええっと……」

 今は何を言っても無駄だ。というか、何を言っていいかすら考えられない。何をしたらいいのかも考えられない。とりあえず急いで支度をさせなくてはいけない――。

 いつものところに掛かっているワイシャツを取って俺の姿をした……俺に渡す。いやいや、こいつは本当に俺なのか? 妻のなみ子が中に入っているんじゃないのか?

「お前、本当に俺なのか? なみ子じゃないのか?」

「――この緊急時に訳の分かんねーこと言うなあ!」

 ――ヒッ、怒鳴られた。 

 俺に向かって怒鳴る俺の姿は、マジで腹が立つ~。上から見下ろす視線、眉間に寄ったシワ、悪意に満ち溢れている。


 こっちだって……。いや、こっちの方こそ緊急事態なんだぞ!

 お前の妻は今、外見は妻だが内側はお前なんだぞ――!


 ――バタン!

 それから一言も喋らずに玄関の扉が大きな音を立てて閉まり、タンタンタンとマンションの階段を下りていく足音が響いた。

 歯も磨いていない。靴下も左右で色が微妙に違った……。でも、どうせ会社に着けば社服に着替えて仕事をするのだから、大した問題ではない。


 問題なら俺の方にこそ山盛りだ……。

 恐る恐る、また洗面台の鏡を覗き込むと……やはりそこにはなみ子の顔が映った。急に起きてバタバタしたせいか、頬が少し赤かった。


 肩までかからない短い髪が、右側だけ少し跳ねていた。


読んでいただきありがとうございます!

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