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初期短編集

「無間の音」

作者: 新開水留

 

 大学の一回生、最初の冬。

 サークルの一つ年上の先輩で、辺見という名の女性から聞いた話だ。



 東京郊外にある僕らの通う大学には、地方から出て来た学生も多く在籍している。

 その為か、大学を中心にして5キロ圏内に多くのマンションが建ち並び、それらに住まう学生たちから身の回りで起こる色んな怪談話を聞かされるそうだ。

 不本意ながら先輩と僕は、学生たちの間では風変わりなオカルト愛好家として知られているようなのだ。


 

 T、というマンションでの話だという。

 並木通りに立つ築5年足らずのマンションで、少し歩けば繁華街にもほど近く、利便性と家賃のバランスが苦学生に良心的という高評価物件だそうだ。

 ところがここ半年ほど、夜中にそのマンションの前を通ると、音がするという。



 ドス、とも、ドン、でもない。あえて表現するなら、「ビタン」であるという。

 聞けば半年前、そのTというマンションの住人が屋上から飛び降りたそうだ。

 ビタン。

 人体がアスファルトの路面に激突する生々しい音が時折、通りがかった者の背後から聞こえる事がある、そういう話だった。



 理由は判然としない。いくつか流れた噂でもっとも信憑性があるとされるのが、そのマンションの住人である十代の女の子が、失恋を苦に飛び降り自殺を図った、というものだった。信憑性とやらがどこから来るのかと言えば、亡くなったその女の子が、僕と辺見先輩の通う大学の生徒だったからだ。



「よくある類の話だけどね」

 と辺見先輩は言う。

「辛辣ですね」

 僕が返すと、

「死んだらそれで終わりなのにね」

 と、悲し気な目で呟いた。



 そんな辺見先輩には強い霊感が備わっている。

 友人からTというマンションでの心霊現象を聞かされた彼女は、一度そのマンションを見に行ったことがあるそうだ。

 屋上を見上げてしばらくすると、両手で顔を覆った女の子が真っ逆さまに落ちて来るのが見えた。

 地面にぶつかる寸前で目を背けたため詳細は不明だが、確かに耳で聞くその音は「ビタン」だった。



「自殺ってさ、死んだ後も成仏出来ずに、同じ死に方を繰り返すんだって」

 辺見先輩はそう言って、僕の目を見据えた。

 何も答えられずにいる僕に、彼女はこう言った。

「その子の友達に会って、話を聞いて来た」



 自殺したその女の子には、大好きな年上の男の子がいたという。

 その男の子はかつて僕らと同じ大学の生徒だったが、幼少より患っていた心臓病が元で急逝したそうだ。



「その女の子はさ、亡くなった大好きな男の子に会いに行くって、友達に笑って話したそうだよ」



 辺見先輩の顔をまじまじと見つめ、僕は言葉の意味を問うた。

 大好きな男の子を、あの世まで追いかけた。

 そういう意味らしかった。

 後追い自殺、という言葉を聞いたことはある。しかしそれは愛する者の死を悲観しての激情型の行為であり、よもや「会いに行く」などという計画的な発想ではあるまい。



「だけど結局はその大好きな男の子のもとへは行けず、それどころか、自分が身を投げたマンションに縛り付けられたまま、毎日毎日、繰り返し飛び降りている。思いが強すぎたのかな。何度死んでも男の子には会えない。だから何度も彷徨い出て、そして何度も飛び降りる」



 何度も何度も、死んでいる。

 ビタン、ビタンと、毎晩死んでいる。



 お節介だとは思いながらも、辺見先輩は急逝した男の子の墓を参り、手を合わせたという。

 死して尚あなたへの好意が消えない女の子の魂を、どうか救ってあげてください。

 そう思いを託し、そして辺見先輩は再びTというマンションを訪れた。

 頭から垂直落下で落ちて来る女の子に対し、辺見先輩は強く願ったそうだ。

 どうぞ、大好きな男の子に会えますように。

 もう二度と、飛び降りなんてしなくてすみますように…。



「…辺見先輩、顔色が優れませんね。その話、その後どうなったんです?」



 それからというもの、不思議な事が起きる様になったそうだ。

 並木通り沿いのTというそのマンションの前を歩いていると、背後で音がするのだという。



 ビタタタン!



 それは明らかに、複数の人間がマンションの屋上から落ちて来る音に聞こえるという。



「相手のその男の子さ。治らない心臓の病を苦に…病院の屋上から飛び降りて死んだんだって」


初、短編ホラーです。

よろしくおねがいします。

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