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005「女」

――冷蔵庫と相談しながら晩ご飯の献立を考えていたら、階段下からムソルグスキーの「展覧会の絵」が聞こえてきた。この中途半端な時間帯に、わざわざ固定電話に掛けてくる相手と言えば、自ずと限られている。


 カスミは、エプロンの端で手を拭きつつ廊下に向かい、階段下の電話台に置いてある固定電話の受話器を手に取り、よそゆきの声で話しはじめる。 


「もしもし、佐々木です」

「佐久間です。その声は、カスミね?」


――やっぱり、お母さんだった。


「そうよ、お母さん。それじゃあ」


 カスミが受話器を置こうと耳から遠ざけると、サイコロの五の目のように空いた穴から、一オクターブ低い声で制止が掛かる。

 

「ちょっと待ちなさい。まったく、あなたって子は、いっつもそうなんだから」


 口を尖らせて下唇の下に富士山のような曲線を作りつつ、カスミは再び受話器を耳元に近付け、渋々ながら話を続ける。


「お説教は、また今度にして。これでも忙しいのよ、私」

「はいはい。新妻には、やるべきことが多いことでしょう。それじゃあ、手短に用件を言うわ。一度、こっちへ顔を見せに来なさい」

「近所に住んでるんだから、スーパーや公民館で会うじゃない」

「そういう問題じゃないの。ウチに置いてあるカスミの荷物を、いるものといらないものに分けて欲しいのよ。ついでに、いるものをそっちに持って帰ってくれると助かるけど」


――いるものは、引っ越しの時に全部持ってきたのに。きっと、タクミかヒトミさんが捨てようとしたものの中に、捨てられたくないものがあったのね。でも、手元に置いておくと部屋が狭くなると言われて困ったから、私に持って行かせようと考えた、というところか。


「そっちに置いてあるのは、いらないものだけよ。だから、自由に処分して」

「そんなことないわよ。書道の賞状とか、卒業アルバムとか、捨てられたら困るものでしょう?」


――おあいにくさま。講師としては検定の合格通知だけあれば充分だし、証書の類は脱漏なく整理して持ってきたし、この歳になって昔の写真は見たくもない。


「ちっとも困らないから。それじゃあ」

「カスミ!」


 強引に話を切り上げて受話器を戻すと、カスミは重い溜め息を一つこぼした。


「買い物に行きたくないな。あるものだけで済ましちゃおうかしら」


 誰にともなくボソッと小声で言うと、カスミは、さっさとキッチンへと戻って行った。

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