004「仮定」
「思い出すだけでも、吐き気がする」
「そんなに酷かったんですか?」
「水煮のサバに、チョコソースが掛かってた」
――うわぁ。カオルさんは創作料理を得意としてるとは聞いてたけど、これはマズイ。二重の意味で。
リビングでは、胸元にエヌと刺繍されたポロシャツを着た青年とカスミが、洗濯物の山を手分けして畳んでいる。
カスミは、ハーフパンツを手に取りながら話題を変える。
「サトルさんは、クラブに入らないんですね」
「入ったほうが良いかな?」
「う~ん。進学せずに就職するなら、面接のときに話の糸口になると思いますけど、そのためだけに無理に入部することはないでしょうね。サトルさんは、将来、何になりたいんですか?」
「さぁ。特に、これといってなりたいものは無いな」
サトルと呼ばれた青年は、それだけ言うと、黙々とタオルを畳み始める。
時計代わりと、気まずさを紛らわすためにつけているテレビからは、コンテストで優勝した若手芸人が、デパ地下のビー級グルメに、空元気のオーバーリアクションを取っている。
――まぁ、そういうものよね。来年、受験生になれば、嫌でも将来のことを考えさせられるだろうけど。
「カスミさんは、後悔してないの?」
「えっ。何をですか?」
「ヒカル兄ちゃんと結婚したこととか、大学に行かなかったこととかさ。せっかくいい成績をキープしてたのに、もったいないと思わなかったのかなって」
「そうね。一度も迷わなかったかと言えば、嘘になるわ」
「そっか。――もし、家が近所じゃなかったら……」
サトルが何か言いかけたとき、同じタイミングでスタジオにいるゲストたちのあいだに爆笑が起きる。カスミは、リモコンでテレビのボリュームを下げながら聞き返す。
「ごめんなさい。今、なんて言ったのかしら?」
「ううん、何でもない。それじゃあ、これは洗面所に持って行くね」
そう言って、サトルは畳み終わったタオルの山を両手に持つと、片足で引き戸を開けて廊下に出て行った。