002「起床」
「寝耳に『エマージェンシー』なんて言う奴があるか。朝からヒヤッとするだろうが」
半袖のツナギを着たヒカルが塩焼きのイサキの身を箸でほぐしながら言うと、カスミは、漆塗りの椀によそった味噌汁を、その平皿の横に置きながら言い返す。
「だって、ヒカルさん。カーテンを開けようが、肩を揺すろうが、ちっとも反応が無いんですもの」
「そうだよ。ちょっとやそっとじゃ起きない、ヒカル兄ちゃんが悪い」
炊飯器から杓文字で白飯をよそいつつ、アロハシャツを着たマサルが加勢すると、ヒカルは、苦々しい顔をしながら言い返す。
「うるさい、大食い野郎。練習中に吐いても知らないぞ」
「ちょいと、ヒカルさん。お食事中に、そういうことを言わないでくださいよ。――いただきます」
そう言いながら、カスミは、自分の味噌汁をよそった朱塗りの椀を食卓に置きつつ席に着き、胸の高さで手を合わせてから箸を手にする。そのあいだに、マサルも席に戻る。そして、箸を手に取りながらヒカルに向かって言う。
「それとも、アレなの? 『もう、お寝坊さんなんだから。起きて、マイウルフ』とか何とか言われながら、キスの一つでもしてほしいわけ?」
「ブフッ!」
味噌汁を啜っていたヒカルが派手に噎せると、カスミに背中をさすられながら呼吸を整えながら言い返す。
「いつの時代の洋画なんだ。そんなことされたら、正気を疑う」
「あら。面白そうじゃありませんか。『おはよう、マイハニー』とでも返してくださいね」
「冗談じゃない。――ごちそうさま」
くすくすと笑い合うマサルとカスミを置いて、ヒカルは食べ終わった食器を流し台へと運び、骨を三角コーナーに捨ててから洗いかごに浸け、そそくさとダイニングを離れた。
――ちょっとからかうと、すぐに逃げるのよね。ヒカルさんったら、照れ屋さんなんだから。