001「朝」
――勝手知ったる幼馴染の家でも、いざ、そこに住むとなると、全然違って見えるものだ。
眼鏡をかけてエプロンをした所帯じみたアラサーの女が、ところどころ滑り止めが摩耗している階段を上りきると、すぐ手前にある部屋の襖を開く。
「おはようございます」
部屋の中には、家具として学習机と回転イスが二組と、カラーボックスが二つ置かれている。それらが囲む真ん中には、一人の茶髪の青年がタオルケットに包まって寝ている。その横には、畳んで置かれた一組の布団が置かれている。
「マサルさん、朝ですよ」
「ん? あぁ、おはよう、カスミさん」
もぞもぞと緩慢な動きで起き上がると、マサルと呼ばれた青年は、畳まれた布団を見ながら言う。
「サトルは、もう起きたんだな」
「えぇ。十分ほど前に、高校に」
カスミと呼ばれた女が答えると、マサルは不満そうに寝癖頭を掻きながら言う。
「ついでに起こしてくれりゃ良いのに。今日は発声練習があるから早い、って言ったんだからさぁ」
「まぁ、サトルさんも、今は自分のことで精いっぱいなのよ。それじゃあ、二度寝しないようにしてくださいね」
「はぁい」
ティーシャツを脱ぎ始めたマサルを部屋に残し、カスミは襖を閉めて奥の部屋に向かう。
廊下を歩いていると、隣の部屋の襖が開き、半袖のワイシャツを着た男が姿を現す。男の手にはカバンが、腕には白衣を提げている。
「おはよう、カスミさん」
「おはようございます、トオルさん。カオルさんは、お休み中ですか?」
「あぁ、寝てるよ。タチの悪いギャルに絡まれて、疲れてるんだと」
「あらあら。それは、災難ね」
「昼過ぎには起きるだろうから、それまでは部屋に入らないほうが良い」
「起こすといけないからですか?」
「いや、パンイチで寝てるからだ。着せても脱ぎ散らかすから、手に負えない。それじゃあ、行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい」
そう言って、トオルはカスミの横を通り過ぎる。カスミは、視線では襖の向こうを気にしながらも、廊下の奥へと歩を進める。
――最後は、ヒカルさんね。昨夜は遅くまで若い隊員さんと盛り上がってたみたいだったけど、アルコールは抜けたかしら?
トオルが階段を降りた頃、カスミは一番奥の部屋の前に着いた。そして、そーっと襖を開けて部屋の中へ入った。