011「店内」
「お一人さま二パックだから、四パック買えるな」
「六人で来てたら、十二パック買えたわね」
「そんなに買ったら、マサルのコレステロール値が心配になるぞ?」
「フフッ。あくまで、仮定の話よ」
夕暮れ時。買い物カートを押しながら、早番を終えたヒカルとカスミが、仲睦まじく微笑ましいやり取りを交わしている。すると、そこへ五十がらみのふくよかな婦人が現れ、耳障りな甲高い声でカスミに話しかける。どうやら、ヒカルのことは眼中から外れているらしい。
「あ~ら、カスミ。今日は、旦那さまとお買い物なのね」
――アーア。会いたくない人物に出くわしちゃった。
「そうよ、お母さん。それじゃあ」
「待ちなさい、カスミ。今度は逃がさないから」
婦人が立ち去ろうとしたカスミの手首をつかむと、カスミは、その腕を反時計回りに動かして振りほどきつつ、立ち止まって眉を顰めながら言う。
「もう、何なのよ」
「それは、こっちのセリフです。お買い物が済んだら、私と一緒にウチに来なさい」
「だから、そっちに置いてある荷物は、どれも不用品だから、好きなように処分して良いって言ってるじゃない。そのために、分類してすぐに回収に出せるようにしてあったでしょう?」
「えぇ、そうね。でも、大事なものも混ざってたわ」
「そんなはずないわ」
「いいえ、そうなのよ。いいから、立ち寄りなさい」
「お断りよ」
徐々にエスカレートする口論を、ヒカルが両手を肩の高さに掲げてハタハタと振りながら宥める。
「まぁまぁ。ここは公衆の面前ですから、そういうことは控えないと。とりあえず、店を出てから話し合うことにしましょう。ねっ?」
ヒカルが二人の顔色を窺うと、婦人は、そこで初めてヒカルの存在に気付いた様子で、尊大な態度でフンと鼻を鳴らしつつ、カスミに釘をさす。
「出口を出て、すぐのところで待ってますからね。さっさとお買い物を済ませなさいよ!」
吐き捨てるように言うと、婦人は二人の側を離れていった。
「もし、こうじゃなかったら、もっと別な未来があっただろうに、なんて考えるなよ。俺が同席してやるから、うやむやになってることを話し合え。いいな?」
優しく肩をポンポンと叩きながらヒカルが言うと、カスミは沈痛な表情のまま、無言で頷いた。
――どうしてヒカルさんは、私が欲しい言葉を知ってるのかしら。