009「顔」
「臨場感を出せるかが、大根かどうかの分かれ目なんだって」
「ふぅん。そこにハンバーグがある、だったら説得力があるのにな」
「まぁね。でも、そこに青空が広がってるかのように演じろって言われたから、青空じゃなきゃダメなんだ」
「あっ、そう。実際は、コンクリートの壁なんだろう?」
――水道の修理が終わり、家事が一段落した昼下がり。リビングにあるテレビでは、昼の法律相談番組で、ベテラン芸人が相談内容を漫才に仕立て、お茶の間の笑いを誘っている。それを聞き流しつつ、マサルさんとカオルさんが歓談している。あとの二人は、二階で中間考査に向けた試験勉強をしている。エンジニアと助手が、家庭教師と生徒に早変わり。
「まぁ、そうなんだけどさ。そこを、さも青空が見えているかのように伝えられるかがポイントなんだって」
「演劇も、一歩間違うと新興宗教だな。そこに教祖様がいる、とか何とか言われたら即、退部届を出せよ」
「大丈夫だって。そういう大学じゃないし、そういうサークルでも無いから」
「どうだか」
ダイニングで日曜版の新聞を読んでいるカスミが聞いているのも気にせず、マサルとカオルは話を続ける。
「役作りとして、サトルがアルバイトしてるコンビニに、サトルのフリをして行ってみるってのは、どうだ?」
「やだよ。サトルは、どっちかというとトオル兄ちゃん似じゃないか。俺はヒカル兄ちゃんに似てるから無理だ」
「そこを何とかするのが、役者だろう? そのままでも高校生に見えるから、最悪、同級生ってことにしておけ」
「制服を借りて? それはそれで通用しそうだから嫌だよ」
――ヒカルさんもマサルさんも、童顔だものね。キャンパスで二回生なのに新入生と間違われたり、スーパーのレジで中高生と間違われたりするようでは、老け役は出来ないわね。
カスミの手が今週の運勢が書かれた紙面に移ったとき、ピンポーンという呼び鈴の音が鳴る。
――誰かしら?
「俺が行こうか、カスミさん?」
「ううん、私が出ます」
「そうだ。ここは任せたほうが良い。マサルが行くと、試供品につられて、乳飲料や健康食品を定期購入させられかねない」
「なんだよ、それ」
口元に片手を添えてクスッと忍び笑いをこぼしつつ、カスミは玄関へと向かった。