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そういう話の物語 (初稿 / 一気読み版)  作者: やまなしいずみ
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第三部 並行世界での物語

リサ・セイバーズとその仲間たちが、並行世界での大騒動に巻き込まれていくお話。比較的長編です。

◎第三部はじまり。



〇大災害からかなり日にちが経ったリサの部屋にて。



リサと要がいる。この日は復旧作業も一段落し、ひさしぶりの完全休養日だった。


「つまりサムは、100年以上前からリサの所に何度も遊びに来てたんだ」

「うん。当時引き籠りだった僕のいい遊び相手で、おかげで彼が僕の所に来た時にはけっこうあちこち行ったりしたし。あと、彼は当時流行ろうとしていた第二のスペイン風邪を未然に防ぐ手助けもしてくれたんだ」

「そうなんだ。ところでリサ。今こっちで使ってるステープルトンっていう名字、サムのそれと同じということは?」

「ああそれは、以前サムが地球に来た時けっこういろいろあって、それでそのお礼に『ステープルトン』の名前をくれたんだ。もらうとけっこう役に立つことがあるっていうけど、なかなか使うことがなくって。それで今回留学したこの機会にというわけさ」

「なるほどね」


そこへ話題の人物サムがやってきた。サムは今、自分が乗ってきた巨大宇宙船に避難している多くの人たちに対するボランティアの総責任者として活動していた。


「はあ疲れた」

「ごくろうさま。で、向こうの様子はどう?」

リサがたずねると、


「避難してるみんなはある程度不自由なく暮らしてるみたいだよ。LYPの人たちも船の中にある物資の運搬区域に仮設住宅を建設してるし、それ以外にも船に元からある居住区域をそのまま利用している人もいるし」

「今どれくらいの人があの船に避難してるの」

「リトルヨコハマ以外から避難してきた人も今はいるから、ざっと15万人くらいかな。まだ増えてるけど」

「大丈夫なの、そんなに」

「かつて30万人まで一度に運んだという記録があるけど、そうしちゃうと長期で住むにはキツイかなあ」

「でもほんとに助かってるよ。ありがとうサム」


「ところでサムさん。多少はリサから聞いてるけど、もう少し自己紹介してほしいんだけど」

要がサムにたずねた。


「ああ、わりい。そうだね。それから俺のことはサムでいいぜ。要さん」

「私のことも要で」


サムは自分の事を話し出した。


「俺の名前はサム・ステープルトン。ここから100憶光年ほど離れたところにある、リーバンフラック星系を中心とした星系を、11統括しているステープルトン家の第14継承者。ぶっちゃけていうと末っ子なんだけど。で、最近父上から『オイレンシュピーゲル』という独立した称号をもらったので、今はサム・オイレンシュピーゲル=ステープルトンが正式な名前さ」


要はいきなり規格外の話でただただポカーンとしてしまった。


「上の兄弟は各星系を統括したり、親父の補佐などをしてるけど、せっかく独立したのに俺には今そういう空きがちょっとなくてね。それであの自家用機、名前は『ビッグトレイン』というんだけど、あれで宇宙のあちこちをみてこいと親父に言われて、どこの家にも属していない偏狭星系をいろいろとみてまわってるというのが今の仕事。で、リサとは100年程前に一度地球に来たとき偶然知り合って、そのときにけっこういろいろとイベントがあって……」

「ちょっと待て、さっき、自家用機といったけど、あの巨大なあれのこと?」

「そう、あれだけど」


要の質問にサムはごくふつうに応えた。


「あれって簡単に言うけど……、そういえばあの船。サム以外誰もみかけないけど、他には誰か?」

「あと相棒がひとり。全部で二人」

「たった二人で?」

「大丈夫大丈夫、ちゃんとそれでうまく回るように改造してあるから」

「しかし自家用っていうけど、いったい何であんなに大きくする必要があったの?」


「あれはもともと要塞戦艦として建造された代物で、建造中に戦争が終わって、それで途中から大量の人や物資の長距離の運搬を目的とした、長距離用超大型輸送船に改造されたんだ。でも何年か経って星系間でのそれもあまり必要が無くなったので、それを自分が親父を通して払い下げてもらって、俺が少人数で簡単に操縦から管理までできるよう改造したんだ。ただ輸送船時代の大量の人を超距離移動させるために作られた居住スペースはそのままだから、避難してるみんなも充分そこでくつろげているはずだよ」


「そういうことなの。ところであの船、名前が『ビッグトレイン』ってさっき言ってたけど、なんか地球の言葉みたいな名前なんだけど、偶然?」

「ああ、それは最初に地球に来てリサとこの星をいろいろとまわってる時に、ワシントンというところで野球というゲームを観戦したことがあったんだけど、そのときやってた選手のニックネームからとったんだよ。なんかえらくかっこいい選手だったんで」

「それなら納得。あとサムはいったいいくつなの100年前とか、以前と変わらないとかリサが言ってたけど」


要がたずねるとサムは


「地球の年齢でいえば150歳くらい。リサよりちょっと下かな」

「ということはリサと同じく寿命が千年とかそういうレベル?」

「どうかなあ。俺たちの一族は寿命が尽きて死んだ者がいないのでよくわからないなあ」


もはや完全に次元の違う話に要は言葉すら出なくなった。


「とにかくしばらくは厄介になるんでよろしく。それに今俺の船がいなくなると、いろいろとたいへんだろうし、あっ、そうだ」


そういうとサムは思い出したかのようにある事を話し出した。


「そういえば、以前ある船の運搬スペースを整理してたらちょっと変わったものがでてきたんだよ」

「変わったもの?」

サムの言葉にリサと要はそれとなく食いついた。


「ひょっとしたらけっこう凄い物かもしれないよ。例えば転送装置とか」

「転送装置?」

「ああ、こことは違う異世界とか異次元とか並行世界に瞬時に移動できる装置みたいな」


二人は互いの顔を見合わせそしてサムの方をみた。


「その見つけた船のものじゃないし、何だか分からないからやるといわれたんでもらった物なんだけどね。もうすこしいろいろと調べたら、みんなにも見てもらえると思う。そのときまでもうちょっとかな」


サムの言葉に二人はなんとも現実感の無いものに対する反応しか示せなかった。


「さてそろそろまた船の様子を見に行かないと。じゃあちょっくら言ってくるわ」


そいうとサムは部屋を出ていった。



部屋に残った二人の間でひそひそ話がはじまる。


「ねえリサ。あなたの名前、宇宙規模の由緒正しき王家の名前らしいけど。そんなの名乗って大丈夫かなあ?」

「そうだよね。たしかに由緒正しき高貴なそれかもしれないし、場所によっては役に立つ名前かもしれないけど、ただ正直言ってサムをみてるとなんかその高貴さも有難みも、僕ぜんぜん感じないんですけど」

「うん、それは言える。大丈夫だね、きっと」


二人はそういってちよっと笑うと、外にみえるサムの向かった巨大な宇宙船の方を見つめた。




〇それから一週間後、サムからその装置をみてもらいたいというLYPのメンバーに対する連絡が入った。



リサ、要、薫、ヘレン、ローラ、そして氷美華もそれを見にあらわれた。


「結局何だったのそれ?」

リサがたずねると、


「やっぱりこれは転送装置だったよ。別次元にワープする装置と考えていいと思う」

「そんなものが存在するのか?」

氷美華がたずねた。


「もう一億年前の話だけど、かつて存在したリームストール文明というとても高度に発達した文明があったんだが、どうもこれはその遺産みたいなんだよなあ」

「なんでそんなものがここに?」

「おそらく二百年程前にリームストール文明の調査隊が発掘したものの一部がここに忘れられていたんだろな。何の変哲もない形してるんで、どうでもいいがらくたみたいに調査隊の人たちは思ったんだろうけど。

ほんとうはこれ、すぐに持って帰りたいとこだけど、船は今この状況だからちょっとなあ」

「すまん。いろいろと」

氷美華は頭をかきながら軽くサムに謝った。


「なのでちょっとここで軽く試運転してみたいと思うんだけどどうかなあ」


その言葉に一同一瞬我が耳を疑った。


「いや、どうかなあって。そもそも大丈夫かよ、いきなり動かして」


ヘレンが心配そうに言うと、


「大丈夫。それとここにある片手で持てるこの装置。これが行った場所とここを往復できるようになってるコントローラーなんだけど、いろいろ操作したらちゃんと動いたので、転送そのものも行けると思うよ」

「思うよって、推測かよ」


ヘレンはますます心配そうな表情になった。


するとサムは机の上に置いてあった古そうな書物を指さした、


「あれはこの装置と一緒に見つかった、リームストールの言葉で書かれたこの装置の取説なんだけど、それを解読したら、そういう事がかなり細かく書いてあったのでほぼ間違いないかと。俺、けっこうこのあたり好きなんでかなり詳しいんだよね」


サムは自信満々にそれを語った。


「それでこれを動かしてどこに行こうというんだ」

ローラが今度はたずねた。


「性能の限界値がわからないので、今は確実な所で『ビルバゾ』に行ってみようかなと」

「ビルバゾ?」

「この世界と並行世界のひとつで、一番ここと近い場所にあり、ここと酷似した環境にあるといわれている世界さ。そこへ」

「その近いとか似てるとか誰が言ったんだ」


ヘレンがさらにいぶかしげに聞くと、


「『ビルバゾ』の存在についてはすでに自分たちのいる世界では学会で証明され、論文として発表されてるんだ。だから間違いない。大丈夫。まあ、まだ誰も行ったことはないけどさ」


サムのその言葉にも一同まだ半信半疑状態。


「とにかく俺は今からちょっと行ってこようと思ってる。あっ、あとここに戻る時間をここを出た時刻の一秒後にセットすれば、向こうにどれくらいいてもこちらには何の影響もでないから」

「そんなことできるのか?」

「向こうではどれくらい過ごしても、こちらへの帰還時刻はそのへんうまく調整できるという優れもの。これなかなかだよ」

「だがそうなると、なんでそんな優れものが遺跡として埋もれてたかというのが今度はひっかかるんだが……」

「おそらく創った人が悪用されるのを恐れて封印したんじゃないかなあ。これが置いてあった船の、誰も寄り付かないような最下層の目立たない所に隠してあったし。あの取説にも、性能が優秀すぎて、使用される内容によってはその後の影響が危惧されるという一文もあったくらいだから」

「なるほどな。一応了解した」


「で、誰か一緒に行きたい人はいる?」

サムがそういうと間髪入れずに、


「はい!」


と、リサが元気よく手を上げた。


「えっ?」


他のみんなが一瞬驚いた。


「だって面白そうじゃないですか。サムはあの巨大宇宙船を自分で改造してここまでこれるんですから、僕はぜんぜん心配してないですよ。それに好きなんですよ。未知との遭遇って。しかもこっちに影響も出ないというし」


リサは目をキラキラと輝かせながら嬉しそうにそう答えた。


こうしてサムとリサはビルバゾへと出発する事になった。


ここで氷美華を含む五人の間で妙な会話がはじまった。


「考えてみればグラ―ヴェという異世界があるんだからビルバゾという並行世界があってもおかしくないだろう」

「ねえ、異世界と並行世界ってどこが違うの?」

「知らん! それでみんなはどうする気なんだ」

「どうする気って、一緒に行くかどうかという事ですか」

「なんかけっこう面白いような気がしてきた。それにもし強い奴が向こうにいたらいっちょう手合わせしたいし」

「ヘレンまたかよ」

「いいじゃないか。リサとやれないならそれも有りだろう」

「私もちょっと異世界に興味あります」

「みんなが行くなら私も行く」


氷美華が他の四人の顔を見渡すと、全員明らかに行く気満々という表情になっていた。


「わかったわかった。それじゃあ全員行くのを許可する。あとお前たちだけじゃ何をしでかすか分からないので私も行く。それと全員完全武装すること。それが条件だ。わかったな」


こうして7人はビルバゾに行く事になっそのとき、


「すみませんボクも行きます」


みると一人の黒髪に丸眼鏡をかけた中学生くらいの少年がサムのそばにやってきた。


「紹介がまだだったな。俺の友人、ジュン・ハミルトン。俺の友人というか相棒かな。とにかく頼りになる奴だから、いて損はないと思うよ」

サムがそう紹介すると、


「はじめまして、ジュン・ハミルトン。ジュンでいいです」

といい、ペコリと頭を下げた。


「大人しそうな雰囲気だけど、もし向こうで何かあったら戦力になるのか」

氷美華がサムにたずねた。


「彼は大戦力ですよ。その気になればこの船百隻分の戦力には最低でもなるかと」

「マジか? とてもそうはみえないけど」

ヘレンも氷美華同様ピンと来ないという雰囲気だった。


「大丈夫。俺が保証するよ」

サムは胸を叩いて自信満々に答えた。


こうして8人はビルバゾに旅立った。




〇ビルバゾにて。



ビルバゾに8人はついた。


全員はすでに、古文書に書いてあるビルバゾの事を意識に直接書き込む、ダイレクトブレーンというステープルトン家が開発した装置で覚え込んでいた。


ビルバゾは古文書の記述通り、すべての自然環境は自分たちのいた世界とまったく変わらなかった。


こうして8人はいろいろと周りをみながら近くにあった細い道沿いを一列になって歩いていった。人目のつかない所の方が都合がいいということで、事前にサーチしていた山の中に転送したため、一同が歩くこの細い道しか近くの村にでる術が無かったためだ。


ときおり山の木々の間から麓の穏やかな景色と、点在する集落のようなものがみえていた。


「しかしこののどかな風景に完全武装の面々というのはなかなかの場違いだなあ」

氷美華がやや自嘲君に笑いながら言った。


私服ではあるが動きやすくしっかりとした作りの服を身に着けた薫とジュン、LYPの制服を着ていた氷美華や作業着姿のサムはともかく、各々金と銀の甲冑を身に着けたヘレンとローラ、黒のグレネーダの魔法使いとしての正装をした要、セイバーズ家の戦闘服を身に着けたリサははなかなか目立つ服装だった。


「完全武装って言ったのはお前だろ」

ヘレンが少し顔を赤らめながら思わず怒鳴った。


「まあ怒るな。これから何かあるかもしれないし。おっ、あそこに村があるぞ。ちょっと寄ってみるか」

「ごまかしやがって」

ヘレンは不機嫌な表情をしたが、そんなに尾をひくような雰囲気でもなかった。


「ところでここの人たちと言葉は通じるの?」

薫がサムにたずねた。


「それは心配ないよ。みんなにさっきやったダイレクトブレーンには、言語翻訳機能も一緒に脳にインストールするよう設定してあるのでそっちは全然大丈夫。ただカウンターナイトのお二人とリサ、それに要さんにはもともとそういう能力や術式をもちあわせてるみたいだったので必要なかったみたいだけど」

「しかしそれにしてもずいぶん古風な家が並んだ村だな。ほんとにここは並行世界なのか」

氷美華が麓の村と思われる集落をみながら怪訝そうにたずねた。


「軸にまちがいはないぜ、ただここからみる村の雰囲気や村の人たちの服装、それに使用している道具をみると、たしかに少なくとも地球のそれよりは二百年くらい遅れているような気がするなあ。おそらく地球よりもこの千年間に何らかの理由で二割ほど文明の進行速度が遅れているのかも」

「だったら完全武装する必要無かったね」

リサがちょっとホッとした表情をした。


「どうかな」

「えっ?」

「地球でいう二百年前といったら戦争や革命がメチャクチャあった動乱期だぞ。ここは平和かもしれないが、世界情勢的にはけっこうヤバいかもしれないから、その全体像がつかめるまでは気は抜けないぞ」

氷美華のそれを聞いた一同は遠足気分が少し薄まった。




〇村についた一同。



さっき遠くから見た時はそこそこ人がいたのに、ついたらそこには人影がまるでなくなっていた。みると子供の持っているような人形がひとつ転がっていた。


「みんな家の中に隠れてますね」

リサが呟いた。


「みなれない服装だから警戒するのは無理ないが、しかしここまでするかふつう」

ヘレンはこの状況に何とも言えない不可解なものを感じていた。


「よし、いっちょうこっちから」

「待てヘレン。この甲冑姿ではかえって拙い。ここはいちばん怪しまれない薫にひとつ行ってもらおう」

ローラはそういうと薫に何か一言二言話し、そして一番手前にある家に、先ほど落ちていた人形をもたせ向かわせた。


薫が家のそばまで行くと、


「すみません。服装や顔が怪しかったり怖そうな者もいますが、私たちは決してあやしいものではありません。じつはちょっと尋ねたいことが……」

「話すことは無い! とっとと出て行ってくれ」


家の中からきつい言葉が投げつけられように返って来た。


それを聞いた薫は急にしくしくと泣き出し、そして


「そんな、そんなこと言わないでください。この村はとてもとてもいい人たちばかりと……。そんなに私たちは怖くて悪そうにみえるんですか……」


と、嗚咽をもらしながら訴えた。


すると家の中から


「いや、そんなつもりじゃあ、たしかにあんたはそんなふうにはみえないかわいい娘さんだ。ただ今はいろいろとここは……」


と男の声が聞こえてきた。


「何かたずねたいのなら、この道のつきあたりにある赤い杭が入口にうってある家の人にたずねるといい。そこがこの村長むらおさのいるところだ」


その言葉を聞くと薫は家の中からのぞいている人の方に向かい、


「ありがとうございました」


と笑顔で挨拶しそこを離れた。


家の中からは、


「あれま、可愛い娘っ子やないか。もう少し親切にしてあげたらよかったのに」

という女性の声が聞こえてきた。


薫は戻るといま聞いた話をし、一同はそれを受け村長のいる家へと向かった。


「薫、ナイス演技」

ローラがウインクして親指を立てた。


「あれで話がすすめば安いものです」

薫は何事もなかったかのように落ち着いた表情に戻った。



しばらく歩くと赤い杭がうってある家の前についた。


「これがさっき言ってた赤い杭みたいですね」

ジュンが言うとヘレンがそれをみて、

「しっかし真新しい赤だなあ。新品かあ。他の家が質素なのに何でわざわざ?」

「僕たちみたいに尋ねる人が来るんで、ここが分かるように目立つ色にしたんですよ。きっと」

ジュンが答えた。


そのとき中からひとりの男が出てきた。


「どうぞ中へ、狭くて汚いですがそのあたりはご容赦を」

そういって中へ氷美華たちを招き入れた。


中は昔懐かしいような囲炉裏を囲んだ少し大きめの部屋があり、その奥にもひとつかふたつ部屋があるようなこぢんまりとした家だった。氷美華たちはそこにあがり各々勝手に座り込んだ。


「私はこの村、レントの村長でサカトといいます。ところであなた方はこちらへ何しに」

「ちょっと遠くからみんなでこのあたりをいろいろと見て回ろうと。そんなかんじです」

氷美華はあけすけにいい加減な理由を述べた。


「それなら早くここを立ち去った方がいい。このあたりはもうすぐ戦場になる」

「戦場?」

全員が一斉に声をあげた。


「ということはここで戦闘がはじまると。よろしければ、ちょっとそのあたりを詳しく聞きたいのですが」

「あんたたち、何も知らんのか」


村長はちょっと訝いぶかしげな表情をみせたが、すぐに話を続けた。


村長の話はこうだった。


この村はどこの国にも属していない山に三方を囲まれた小さな僻地へきちの村で、唯一山の無い平地の端の向かって左にはヤシン、右にはメシエという大国があり、ここはそこに挟まれた場所に位置している。もともとこの両国は仲がよかったこともありここも長年平和だったが、突然数日前から戦争状態になり、そのためまもなくこの地で最初の戦いが行われるとの事だった。村人は三方が山に囲まれたこの場所から逃げることができず、ただただじっと最悪の事態にならない事を祈るだけだという。氷美華たちに対して村人が接しようとしなかったのは、見慣れない服装であったためどちらかの国の軍の者かと思ったからだと。


「村長。もし戦争になったらこんなところにいたら全滅だぞ」

「わかっております。ただ山には夜になると狂暴な狼や熊があらわれ、とてもそこに行くことなどできません」

村長はそういうと肩を落とし拳を強く握りしめた。


「氷美華。この村、私たちで守らないか」

ヘレンが切り出した。

「相手の戦力も分からないのにいきなりか?」

ローラが心配そうにたずねた。

「最初はもちろんここでやるなと交渉はするさ。もちろん無理だろうけど」

「いっておくがそんな事をしたら戦争の真っ只中に入ることになるぞ。それでもいいのか」


氷美華がヘレンに問う。


「おもしろいじゃないか。カウンターナイトがどんなものかみせつけてやるよ。なあローラ」

「正直ヘレンの言う事に抵抗はあるけど、この村の人たちの事を思うとそれもありかな」


それを聞いたリサも

「僕も手を貸しますよ。要や薫はどうする」

「討つべし!」

薫がきっぱりと言い切ると要が、

「か、薫。もうわかった、私もやるから」


「そうか話は決まった。サムは村の人たちについてやっててくれ」

サムは氷美華の言葉にOKとうなずくとジュンの方をみて、


「ジュン、一緒に後方をやるぞ。俺が指示するまでは前線には出るなよ。お前が動くと、ただならぬ戦いが、ただごとではない戦いになるからな」

「わかりました。先輩の指示に従います」

「先輩?」


氷美華が不思議そうにサムとジュンの方をみた。


「ああ、ジュンは俺の事『先輩』ってよぶんですよ。なんかそう呼ばないと本人の気がすまないみたいなんで。それとジュンはかなりの範囲の状況を察知する能力があるので、それを活用するとけっこう戦局が楽になると思うぜ」


「わかった。ジュン頼んだよ。よしすべて決まった。村長、そういうわけだ。この村の人たちには指一本触れさせないから。安心してくれ。あといろいろと聞きたい事もあるので教えてほしいんだが」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! あんたたち。無茶だ、相手は何千もの軍勢だ。それも二つの国の。あんたたちだけじゃ到底無理だ、殺されちまう」

「心配するな。数万人規模ならともかく、数千なんてものの数にもならない。村長にはカウンターナイトとかアルティメット・ヴァンパイアといっても分からないと思うけど、まあ見てな。この世界のすべての人間が腰を抜かすようなものを見せてやるから」


そういうと氷美華はすぐに作戦をたてはじめた。


「いいかこの村は全部で12の家がある。全部守れないこともないけど、村人を全員村長の家に集めた方が、みんな気が強くもてるだろう。そこをリサが防御壁をはってくれ。サムとジュンはその中、そして私はすぐその外に位置する。ジュン何か動きがあったら私に教えてくれ。すぐに他のみんなにそれを伝える。


要と薫は私の前に展開、そしてその前をリサが中盤、さらにその前をヘレンとローラの2トップ、これでいくが何かあるか」

「ということは私とローラは好き勝手に暴れてOKと」

「そういうことだ。ただ私が撤収命令を出したら至急退いてくれ。まっ、そうなる前にケリはつきそうだがな。

村長、待たせた。そういうわけだ。村のみんなに説明して、全員必要最小限のものをもってこの家に退避するよう指示してくれ」

「いや、無茶だ、たのむからもうここから……」

「これでもですか」

そういうとリサは村を大きく囲むほど巨大な警戒陣を、家の屋根の高さすれすれの場所に出して見せた」


「こ、これは」

村長は思わず絶句した。村人もみなリサの出した、村全体を包み込むほど巨大な光り輝く警戒陣を呆然と眺めていた。


「あんたたちはいったい、まさか何かの恐ろしい教団の」

「ちがいますよ。そんなんじゃないです。とにかくわかってくれましたか。それに僕達たちの力はこんなものじゃないですから」

リサは村長に言った。


そのとき薫は自分がさっき拾った人形をじっとみている小さな子に気づいた。


薫はその子の方に近づくと、手に持っていた人形をその子に渡した。受け取った子は最初おどおどしていたが、薫が行こうとした時、


「ありがとう、お姉ちゃん」


と礼を言った。


ばいばい、と薫はその子に手を振ると、その子もまた薫にさっきと違い笑顔で手を振った。


(薫、いつもはアニメをみてる以外あまり感情を出さないけど、ちゃんとやればできるじゃないか)

氷美華はちょっと嬉しそうな表情になった。



その日の夜、村の人たちはみな村長の家に集まったが、寝るには少し狭かったので、すぐ隣の家も軍隊が来るまでの緊急避難所とした。


リサは外に出て寝ずの番をしていた。


そこにサムがやって来てリサに温かい飲み物を持って来た。


「はい、お疲れリサ」

「ありがとうサム。いいにおい」

「どうだい様子は」

「静かなものさ。ジュンは」

「うん、ぜんぜんなんともだって」

「そっか。何もなければいいけどね」

「ゴメンな、リサ」

「何?」

「いきなりこんな場所に転送させちゃってさ」

「いいよ。これも人助けだからね。しかしまた戦争かあ、やだなあ」

「リサは戦争に行った事があるんだっけ」

「うん、サムが前に地球を離れてから三十年くらい後かなあ。けっこう激しい奴だったけど」

「そうなんだ」

「もうあんなのこりごり。人が人を捨てなければ人として生きていけない世界というか。とにかく理不尽で残酷で非情なものだったよ。それがここでもまたあるなんて」

「そんなに酷いのか」

「とにかくこんなものとっとと終わらせたいよ。ヘレンとローラも同じ気持ちなんだろうけど、ただなんかそれにしては物凄い事考えてるみたいだけどね」

「凄い事?」

「ヘレンの事だからまたとんでもない事考えてるのかもしれないけど、あっ、これおいしい」

「ああよかった」

「それにしてもサムとまたこうして組めるなんて」

「俺もだよ。うまくやろうな、前みたいに」

「いいよ、OKだ」


そういうとリサとサムは軽く拳をぶつけあった。


空を見上げとるそこにはリトルヨコハマでも見た時と同じような星空がみえていた。


静かな時間が過ぎていく。



「リサ! サム! ジュンが感知した。急いで」

要が二人のところに走って来た。



こうして8人の戦いの幕があがった。




〇戦いのはじまり。



村人全員を村長の家に入れるとサムとジュンは一歩みんなから少し下がった。


「それじゃあ行くよ」

リサがそういうと、サムとジュンを含め村長の家のまわりに光の防御壁をはった。


驚く村人たちに、

「大丈夫。これは結界のようものだから。これでここはひとまず安全。あとは外のみんなにまかせておけば問題無し」

サムはそういうと壁のすぐ外にいる氷美華に、


「中は大丈夫、みんな落ち着いてる。あとは頼んだ」

「そっちも何かあったらすぐ頼む」

「わかった。幸運を」

「あん? 私の人生はいつも幸運しかみあたらないんだが」


それを聞いてサムは思わず笑ってしまった。


(すごいなあ。氷美華は。俺を感心させる奴なんて久しぶりにみたよ)


外ではヘレンとローラが一歩前にでて、腰にある六角形の小さな箱のようなものを握ると、


「来たれ! ドライストレーター!」

と叫び、あの空飛ぶ鋼鉄の馬を出現させ、そしてそれにまたがった。


「そんなところに隠してたんですか」

リサが驚くと、

「完全武装と言われたからな。ただしこんなに早く使うことになるとは思わなかったが」

ヘレンはそういうとローラとともに遠くの方に目を凝らした。


「来てるな。数は三千といったところかな」

ローラがヘレンに言うと、


「先手必勝、世界中を驚かせてやる、リサ、打ち合わせどおり頼む」


ヘレンの言葉にリサは軍勢のいるあたりの真上に巨大な警戒陣を出現させた。


その空に浮かぶ巨大な昼のようにあたりを明るく照らす光の円陣にパニックになり大混乱に陥る軍勢。


その中を空中からドライストレーターに乗ったヘレンとローラが現れた。


「聞け! この地は我々カウンターナイトの領地だ。何人たりとも踏み込むことは許さん。すぐに退けえ!」

ドライストレーターに搭載されいる拡声装置を最大音量にしてヘレンが叫んだ。


一瞬静まり返る軍勢。だがそのとき、


「我らメシエの無敵聖軍に歯向かうとは不届きな蛮族。全軍あのものどもを撃て!」


そういうと二人に下から一斉に爆発的な量の発砲が浴びせられた。


「ほお、やる気か、いい心がけだ」

「いいのかよ」

ヘレンのそれに思わずローラが突っ込みを入れた。


「今から奴らを死ぬほど後悔させてやる。 ヘレン・コースデール爆臨!」

「おつきあいするよ。 ローラ・リーペンフロック撃臨!」


そういうと二人は猛烈に加速するとそのまま軍勢の中に突進。地面に着地すると同時に、互いの剣を交差させた。


「クロスチェッキング!」


そう叫ぶと二人の周りから物凄い衝撃波が一斉に全方向へ水平に放たれた。


たちまちまわりにいた全軍勢の半分近くが大きく吹き飛ばされ、宙高く舞い上がり、そのまま地面に叩きつけられた。


あまりのその破壊力は敵だけでなく味方も驚かせた。


「ああ納得、先代が倒された理由がわかったよ」

リサは納得しまくっていた。


「これがリサの言ってたカウンターナイトの力か。自分たちの星系にこういう敵がいなくてよかった」

サムは胸をなでおろした。


「すごすぎ、なにあれ……」

要と薫はポカーンと口を開けたまま、ただただ呆然としていた。



「もう少しおさえろヘレン。全滅させたら拙いだろ」

「無茶いうな、これでも思いっきり手加減してんだぞ」


そういうと二人は倒れているさっき自分たちを攻撃するよう指示をしていた指揮官らしき人物の側に行くと、


「おい、今すぐ軍を退け、さもないと今度は全滅させるぞ。それからお前たちの一番上の奴にいえ、ここはカウンターナイトの聖域だ。二度と来るな。来たら今度は全滅させると」


指揮官らしき男はガクガク震えているだけだった。


「さあ早く退却命令を出せ。ここをお前たち全員の死に場所にしたいのか!」

ヘレンが一喝すると、


「ぜ、全軍退け、山向こうの駐屯地まで一時撤退だ」

「ばかやろう、一時じゃねえ永久完全撤退だ、言い直せ!」

「撤退だ。永久完全撤退だあ!」



こうしてファーストコンタクトは終わりをつげた。



〇その後の展開。



メシエとの軍を撃退した三時間後、今度はヤシンの軍も村にあらわれたが、これもまたヘレンとローラが同じことを繰り返し撃退した。



夜が明け村に平穏が戻った。


「おつかれヘレン。しかしお前なんかだんだん氷美華に似てきたなあ。それとも今言ってる大学でつきあってる友達がそうなのか?」

「そうかなあ。うーん、氷美華に似ると婚期を逃しそうで嫌だなあ」

「なんか言ったかあ?」

氷美華の目線にヘレンとローラは思わず肩をすくめた。


「しかし、ぜんぜん俺たちの出番がなかったなあ」

サムの言葉に、


「こっちが強すぎるのか、あっちが弱すぎるのか分からないけどね。まあ村も無事だし、無駄な血も流れなかったからいいんじゃないのかなあ」

リサは軽く伸びをして朝陽を全身に浴びた。


「はあ、朝日が気持ちいい」

「たしかにリサが言うと違和感ないけど、やっぱりそれヴァンパイアの台詞じゃないよ」

そばに来た要がそういうとリサは思わず小声で笑った。


「ありがとうございました。しかしこれからここはどうなるんでしょう」

村長が心配そうに氷美華にたずねた。


「考えられるのは三つ。ひとつはもうここには手を出さない。ふたつ目はもっと力押しして攻めてくる。そしてみっつ目は我々を味方に引き入れようと、いろいろと話をもちかけにやってくる。このどれかだな」

「一つ目はあり得ないですね。二つ目もよほどの大戦力を有しているか、それともてっぺんがプライドの塊か脳筋じゃないかぎり可能性は低いかと」

「要もそう思うか。そうなると三つ目だな。こういう交渉事は飴と鞭、出番は私とサムだろうな」

「ここでいよいよ俺の出番か」

「そういうことだ。父上や他の兄弟たちの交渉術をいろいろとみてきたっていうじゃないか。その腕前、じっくりみせてもらうよ」

「ああ、思いきっり期待していいぜ」


サムは氷美華の方を自信ありげにみつめた。そして氷美華もそんなサムをみつめながら、


(しかしサムという奴。ほんとうにぜんぜん物怖じしないなあ。こういう奴がひとりいるとほんと楽なんだよなあ)


「これなんかの映画でみたことある」

薫がボソッと呟いた。

「確か日本の時代劇だったよね。あれ僕好きなんだ。家にビデオがあるから今度みせてあけるよ」

リサのそれに対し薫はうれしそうに頷いた。


「とにかく相手が少しは利口な奴だと助かるんだが」

氷美華はメシエやヤシンの軍隊が退却していった方角をじっとみつめた。



少なくとも片方は少しは利口だった。


その日の午後、ヤシンの使者たちがやってきた。


使者はヤシンのこの地域を担当している司令官が会いたいので、こちらに来るようにというものだった。


氷美華はそれを聞くと一言、


「おとといおいで」


と一言言うと無表情のまま席を立ち、使者たちに背を向け去って行った。


これには使者たちはもちろんだが隣にいたサムもさすがに一瞬驚いた。


が、すぐに、


「ようするに、用があるならそちらから来てほしいということだと思います。あははは」

サムは何事もなかったかのように使者に説明した、すると使者の代表と思われる人物が、


「なんたる無礼。こちらがその気になればこの村など一瞬にして灰燼に帰してしまうぞ」


と、激しく怒気を込めサムに詰め寄った。だがそれをみるとサムも表情が一変した、


「この前の戦闘。あんたたちがどう報告を受けたかは分からないけど、もしよければもう一度同じことをしてもこちらはかまわないよ。もっともそのときは前回と同じですむ可能性は限りなく低くなるのは間違い無いけど」


サムは射るような目つきでヤシンの使者をみつめた。


「それは、どういう意味だ」

「別に。そのままの意味だよ。聡明なあんたたちならこれがどういう意味なのかはすでにご推察されていることかと。とにかくこちらを敵に回すもしないもそちら次第ということ」

サムの口調は穏やかだったが、その目はずっと使者の代表と思われる人物の目をしっかりと、そして厳しく見据えていた。


しばらくすると使者たちは無言のまま不機嫌さを隠さずその場を立ち去っていった。


「ふう」

サムは大きくため息をつくと、椅子の背もたれに深くよりかかった。するとそこに氷美華が戻って来た。


「なかなかやるじゃないか。上出来だ」

そういいサムの肩をポンと軽く叩いた。


「もう、かんべんしてくれよ。いきなり捨て台詞吐いて席立ってさあ。一時はどうなるかとひやひやものだったよ」

サムはどっと疲れがでたかのようにぐったりしてしまった。。


「しかしいい返しだったな。あれでヤシンの奴ら、こっちがひょっとするとメシエにつくかもしれない。つまりまだメシエには組していないということを知ったわけだ。これで相手の次の一手がだいたい読めてきたぞ」

「どういう手ですか?」

要が聞いた。


「ヤシンがとるべき手は二つ。ひとつはこっちがメシエと手を組む前に再度ここを総攻撃。もうひとつはこちらにかなりの好条件を出し味方につけ、そして一気にメシエを攻める。もちろん私たちを先鋒に立ててだがな。それで大勢が決したところで私たちを背後からだまし討ちにすると」

「酷いですね、それ」

「まっ、二つ目は私が好きな映画のストーリーのパクリだ。この二つ目。おそらくこれでくるだろう。一つ目をやるくらいなら使者など送っては来ないだろうし。


問題はメシエだ。こいつらの使者がもし来た場合に、この二つ目をいきなり提示してきたらどうするか。ここがこちらの腕のみせどころだ。サム、今度はしっかりと打ち合わせだ、ちょっと耳を貸せ」


そういうと氷美華はサムに何やら耳打ちをしはじめたが、それを聞いていたサムは次第に喜色を浮かべはじめた。


これをみていたヘレンはローラに、


「しかしあのサムという奴。なんか口が粗いと思ったけど、頭はかなり切れるな。あの氷美華と五分に渡りあう奴なんて初めてみたぞ」

「私もだ。リサが口は悪いが頭はキレると言っていたが本当だったようだな」

「それとあいつの目。ほんとよくみてるなあ。繊細かつ図太い神経の持ち主。将来大物だな。新しいカウンターナイトにどうかなあ」

「いや、さすがにそれは受けないだろう。それに受けてもらっても手にあまりそうだし」

「ああ、それは言えるなあ。今の却下だわ。スマン」


二人もなんだかんだ言いながらサムに一目置き始めていた。



その日の夜、氷美華の予想に反し、メシエは前回より大勢力で夜襲をかけてきた。ただこれも事前にジュンが察知、リサが警戒陣でその方角と勢力を推し量り、あとはヘレンとローラが先手をうって先制攻撃をかけ、大混乱するメシエの大軍を苦も無く一蹴した。時間にして戦闘は正味15分。圧勝だった。


「バカだったか……」

開口一番、氷美華の発したそれはこれだった。


「僕もまさかとは思ってましたけど、はあ……」

リサもちょっと呆れ顔で要の方をみた。要や薫、そしてその隣にいたサムやジュンも同様な顔をしていた。


そこにひと汗かいた後、水浴びをしたヘレンとローラが入って来た。


「いやあ、いい汗かいた。おい氷美華、もうこっちから一気に攻め込もうぜ」

「ヘレン、そんなことしたらこっちはどうなる」

「心配するなローラ。勘だけどヤシンはもう攻めてこない。今のうちにメシエを叩けばこっちの状況はさらに良くなる。違うか」

「まあ、ヤシンが攻めてこなければだが」

「ヤシンにはまだこっちを攻める気持ちがあると思ってるのか? ないない! 使者を早い段階でおくってきてるんだ。それは無い」

「ただ相手に策士がいてこっちの次の一手を誘うために使者を送って来たとしたらどうだ」

「うーん」

「とにかくいきなりは拙い。もう少しだけ様子をみた方が私はいいと思う。ヤシンはちょっと不気味だ。どう思う、氷美華」


ローラの言葉に氷美華は、


「攻めようか、メシエを」


「はあ?」

氷美華の言葉にヘレンを除く全員は一瞬にして固まった。




〇穏やかな昼下がり。



村長の家の側にある小高い丘の上でヘレンが甲冑姿のままゴロリとなっていた。

そこへローラがやってきた。


「いやあ、なんか今日はのどかだなあ。こうして空をみてるとここが並行世界とは思えないなあ」

「あいかわらずだなヘレンは。まあヤシンもメシエもここしばらくは様子見だろうな」

「ジュンも何も言ってこないし、とにかく焦ることはないし来たらまたやるだけだよ」


そういうとヘレンは左手の親指を上にあげた。


「ところでヘレン、大学の方はどうなんだ」

「そうそう聞いてくれよ。大学ってとこは最高だな。特にジムがあるんだよ。驚いたよ。学生はしかも無料。いいだろう」

「へえジムか。それはいいなあ」

「なんでもふつうの大学はそういうものはあまりないんだけど、今いるそこはスポーツや体づくり、それに健康に力を入れてるんでそういうものがあるんだって。どうだローラ、お前も私みたいに氷美華に頼んで大学に入ってみたらどうだ」

「おいおい、こんな頭の女子大生なんてめったにいないぞ」


ローラはそう言うと自分の綺麗なスキンヘッドを撫でてみせた。


「じゃあ鬘かつらをつければいいじゃないか」

「無茶言うなよ。それに私はこれが気に入ってるんだ」

「学校にいるときだけでもいいじゃないか。最近身体がなまってしかたがないとか言ってただろ。町のジムもそこそこするって文句言ってたし」

「まあそうなんだけど」

「そういえばいつもリサをみてるせいかもしれないけど、ローラ、最近ちょっと身体の線がゆるくなってないか?」

「なにをいきなり。どうでもいいだろう、そんなこと」

 (ほんとうにそんなにゆるくなったのかなあ)


 (あっ、ちょっと心配そうな雰囲気)

「ああ、わりい。なあ大学行こうぜ一緒に。それでジム行けばまた元に戻るって」

「元にって……(けっこう傷つくなあこういうの)」

「問題はローラが美人すぎるところかな。男がいっぱい声かけてくるぞ」

「そんなわけないだろ。よく言うよ」

「はあ、ヒマだなあ。私もメシエに行きたかったなあ」

「氷美華がこっちの事を考えてのそれだろう。それにリサと要だけでも充分だと思うけど」

「ならしかたないか」


そういうとヘレンはズボンのポケットからスマホを取り出した。


「なんだ、またハードな曲でも聴くのか」

「モーツァルトだよ。ケッヘルの251。最近これがいいんだよな」

「モーツァルトってクラシックのか。ヘレン、お前そんなの聴くのか?」

「いいぜ、モーツァルト。これ聴くと心が落ち着いてよく眠れるんだよ」


そういうとヘレンはイヤホンを耳につけスイッチを入れるとごろりと横になった。


「悪いけどなんかあったら起こしてくれ。それまで寝る。おやすみ」


そういうとヘレンはすぐに眠りにおち、静かに寝息をたてはじめた。


(疲れてたんだなあ、ヘレンは。まっ、私も似たようなもんだが。氷美華は何でもお見通しか)


そういうとローラも甲冑を着たままヘレンのとなりで横になり、ゆっくりと目を閉じると「I Just Want To Make Love To You (恋をしようよ)」を静かに口ずさんだ。



穏やかな風景のなか、小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、そして静かな風が丘の上からふもとへと流れ込みながら、二人のナイトをおだやかに包み込んでいった。




〇メシエの首都ブレナンへ向かう道の途中



「ヘレンさんとローラさん。今頃やることなくて昼寝でもしてるんじゃないかなあ」

リサが要に話しかけた。


「そうかもね。それに二人ともちょっと疲れてたみたいだし。ちょうどいい休養かも」

「しかしこのあたりののどかな風景を見てると、戦争をやってるなんてウソみたいだよ」

「でもメシエは攻めてきた。しかも二度も。最初はともかく、二度目の無謀とも思える力押し。氷美華さんが怪訝に思うのもたしかに分かる気がする」

「そうだよね。最初にあれだけ木っ端みじんにヘレンさんやローラさんにやられて、それでまた同じことの繰り返し。あれはちょっとねえ」

「だから探れということだと思うけど……、それにしてもリサ。なんで私たち学校の制服を着てるのかなあ。村の人たちの服からして、おそらくかなり目立つことになるような気がするんだけど」

「氷美華さんが完全武装といったから僕たちが私服を持ってこないと思って、僕たちの制服のスペアを用意してたんだって。気がきくんだがきかないんだか」

「ほんとに」


二人は歩きながら意味もなく世間話を延々と続けた。


「そういえばこの前、ひとりで何日か休んでどこか行ってたけど何かあったの?」

リサが要にたずねた。


「うん、友達に会いにちょっと山に」

「山に?」

「リサだからいいかな。じつは私雪女の友達がいるの。ちょっと訳ありの」

「雪女の友達! いいなあ僕も会いたいな。でも訳ありって?」

「じつはその子中学の同級生。でも中学三年の冬に交通事故で亡くなったの」

「えっ! 亡くなった?」

「うん。だけど本人によると事故にあったところまでは覚えているけど、次に気がついたら雪山の中に白い服着て倒れてたって。それからそこがどこか分からないでずっと山の中を歩いてたら、山小屋の近くに自分より年上の同じような白い服を来た女の人がいて、それでその人に話を聞いたら、どうやら自分は死んで、そのとき身体からぬけた霊体が雪の精が宿る結晶と交わって雪女に転生したらしいって」

「そんなことあるんだ」

「私も話には聞いたことがあるけど、それは極めてまれだって。で、みちる……、あっその子の名前ね。どうしても家族に会いたいというけど、雪女は誕生してしばらくは身体が山の持つ霊力によって保たれているので離れたら消滅しちゃうからダメだって言われて。それで自分にいろいろと話してくれた、同じ雪女の恵さんになんとか連絡だけでもとりたいと頼んだら、恵さんが昔知り合いだった人の子孫がいるらしいということを知ってて、いろいろな伝手つてを頼ってその子孫である私に連絡してきたの。それで」

「ちょっと待って。それってひょっとして恵さんの知り合いっていうのは」

「そう、茜さん。リサの親友の」

「以前要が茜の事を聞いた『ある人』って恵さんの事?」

「当たり。そのときに茜さんの事とかを恵さんに教えてもらったの」

「あいたい! 恵さんにあいたい……というか、そういうことはもっと早く教えてよ」

「ゴメン、だって今、恵さん日本にいないから、帰ってきたらリサに話そうかと思って」

「日本にいないって、今どこに?」

「南極。越冬隊のメンバーとして参加中。寒さに強いということで以前も一度参加したみたい。本人は南十字星をまた見たいというのが本当の参加理由らしいけど」

「恵さんは山を離れても平気なんだ」

「もうぜんぜん平気。夏の暑さも平気で、去年の夏は私の所に来て一緒に流行りの水着買って海行ったくらいだから」

「なんかすごいね、それ」

「リサも似たようなものだと思うけど」

「そうかなあ」

「そうだよ。それで私がみちるの家族を連れて山でみちるとご対面。もうみんな泣いたよ。しょっちゅう喧嘩していたっていう妹とも抱き合って大泣き。ただしばらくは山から離れられないし、それにあまり広めると騒ぎになりそうなので、ここにいるみんなだけの秘密ということになったんだけど」

「そうなんだ。でもよかったの、そんな大事な事を僕に話して」

「だっていつかは恵さんの話をリサにしなきゃいけないし、そうなるとどうしてもこの話が絡んでくるし、それにリサなら大丈夫かなと思って」

「じゃあ山に行ったのはみちるさんの様子を見に」

「うん。去年の11月の末に恵さんが南極に行っちゃったから。山開きしている季節は家族が順番に週一で会いにいってるみたいだけど。たまに私が行くときもあって」

「今度僕も一緒に行っていいかなあ。みちるさんに会いに」

「いいよ。みちるも歓迎だと思うし」

「ああ、なんかいい話聞いたな」


二人はそんな話をしながらしばらく歩くと、小高い丘の道を上りその頂に立った。リサと要の前には大きな川が見え、その向こうにかなり立派そうな町がみえた。二人は川にかかった橋を渡りその町に向かった


そこに着いた時、二人はまったく予想外の光景に声を失った。


町の名前はカリヤ。そこは自分たちの住んでいるリトルヨコハマとほとんど変わらない町並みが並び、みんなの服装もこれまた自分たちの世界のそれとほとんど変わらないものだった。


「何これ。リトルヨコハマとたいして変わらないじゃない」

「ほんと。みんな僕たちの同じような服を着てる。軍隊や村だけが昔のままなのかあ」


二人は不思議そうに思いながら町をいろいろと見てまわった。



しばらくして二人は町の喫茶店に入った。そこもリトルヨコハマのそれとさして変わらないものだった。


「なんか意外」

「そうね。なんというか平和というか」

「その割におかしなのがさっき僕たちにからんできたけどね」

「リサ、あれはやりすぎ。みんな気絶してたじゃない」

「あれでもかなり手加減したんだよ」

「そう? あのときあいつらの一人が思いっきり『男おんな』とか言った瞬間、ちょっと動きがきつくなったように感じたけど」

「気のせいだよ。あ、きたきた。おいしそう」

「はあ……(ヘレンさんや氷美華さんがいるから目立たないけど、リサもけっこうやるときはやるからなあ)」



二人はパフェをほおばりながら、戦争とはまるで無縁のような雰囲気の街並みと人々の姿をじっとみつめていた。そのとき隣の席から、


「おい、今度ブレナンで剣術の大会があるらしいぞ。飛び入りも可だってさ」

「今更剣術もないだろう。だいたいなんでこんな時期に」

「ヤシンの件だろう。なんか王宮でいろいろとあったみたいだからな。大事にならなきゃいいんだけどなあ」

「やだなあ、こんなことでヤシンと仲が悪くなるのは。あそこは友達も多いし」



この会話にリサと要は互いに顔を見合わせた。


そして小声で、


「ここの人たち、ヤシンとメシエが戦争してるのまだ知らないのかな」

「一般の人たちが知らない所でやってるなんて何か変」

「それはそうと、今、剣術大会って言ってたよね」

「リサ。もう、あなたが何考えてるかだいたい想像つくんだけど」

「じゃあこれ食べたらブレナンに出発だね」

「ちょっと、まだ出ると決めたわけじゃあ……」

「さあ、面白くなってまいりました」

「もう」


不満を口にしながらも、要のまんざらでもない表情をリサは見逃さなかった。



その後鉄道でブレナンについた二人は、その日のうちに出場のエントリーをすませ小さな宿屋に泊まった。そして翌朝、大会会場前で二人はその日の自分たちの試合順の発表をみた。、


「どうだった。要」

「36番目。第三会場の午前の第十試合だって」

「いよいよだね」

「そういうリサは」

「こっちは42番目。第四会場の午前の第十二試合」

「じゃあ応援に行くね」

「えっ、間に合うの?」

「私を誰だと思ってるの。あの最強のくノ一竜王寺茜の血を引いてるのよ。すぐに終わらせちゃうから大丈夫。ただその前の試合がおしてたらゴメンね」

「やる気満々だね」

「ええ。それにしても上の方にズラリと並んだあの顔写真。今回の優勝候補でしょ」

「要。全員ぶっ倒すって顔してるよ」

「当然。でも油断はしないから安心して。細心の注意と最高の集中力で戦うから」

「OK、僕も全力でやるから」


そういうと二人は片手でがっちり握手すると各々の会場へと別れていった。



試合がはじまり、第三会場では要の番がまわってきた。多くの剣士は自前の剣を用意していたが、要はこの日会場で用意された中で最も長い木製の刀を使用した。


「三尺というところかな。少し短いけど強さといい感触といい悪くないか。けど……、学校の制服で試合ってちょっと勝手が違うんですけど」


要はちょっと恥ずかしそうにスカートの裾を軽く引っ張ると、その刀を手にしポニーテールをなびかせながら闘技場へと入って行った。


中に入ると中央に大きなサークルがあった。一本とられたり、そこから出てしまったら負けという、極めてシンプルなルールだった。


要が円の中に向かうと会場からなんとも冷ややかな声が聞こえてきた。そのほとんどが冷やかしのそれで、誰も要が勝つとは思ってもいない雰囲気だった。


要の相手は自分よりもはるかに大きな屈強な大男で、手には太い金属性の棍棒のようなものを持っていた。


二人が中央で向かい合うと、互いの名前がコールされ、そしてブザーが鳴り試合がはじまったが、声援はほとんど相手方のそれで、要には相変わらず冷やかしや同情のそれしかなかった。


相手の男は上から要を見下すように

「へへへ、お姉ちゃん。ついてねえなあ、いきなり俺とだなんて。まあ、すぐにおねんねさせてあげるから安心しな」

そういうと、大きくその棍棒を振り上げた。


(この空気、一瞬で変える!)


要は腰を落とすと抜刀の構えをとった。


「竜王寺要、押してまいる!」


要の目が凄まじいまでの鋭さをみせた。


「くたばれ!」


男がそう言うや否や棍棒を振り下ろしたその瞬間、要は目にも止まらぬスピードで男のみぞうちのあたりに強烈な一撃を放った。


要の一撃に男は、白眼をむくと、そのまま膝から崩れるように前のめりに倒れていった。


これを見た会場はまるで水を打ったように静まり返った。


男はピクリとも動かなかった。


要はそれを見届けると刀を持ち替え、腰のあたりに添え一礼すると、そのまま元来た方へと退場しようとした。


そのとき、


「すげえ!」

「強ええぞ姉ちゃん」

「あんた本物だ。俺は今からあんたを応援するぜ」


要の勝利をコールするそれとともに、会場が一気に要に対する声援一色となった。まさに空気を一瞬で変えた一撃だった。


(やれやれ、これで次からやりやすくなった。さて隣の会場に行ってリサの応援に行かないと)


要は急ぎ足で会場を出ると隣の会場に入ると、一般通路を抜け観客席に出た。するとすでにサークル内にリサが立っていた。


みるとリサは木製の小刀を手にしていた。


(リサは接近戦で勝負か)


ブザーがなるとリサは一気に相手の懐に飛び込んでいった。そして相手の一振りをかわすと、小刀を持った右手の拳を左手で押すようにして相手の身体の中央に強烈な右ひじの一撃を入れ、相手の動きを止めた。


すかさずリサは前かがみになった男の顔面に強烈な膝蹴りを一撃放つと、相手はサークルの中央付近から一気にその外まで物凄い勢いで大きく吹き飛ばされた。


あまりの凄さに声を失う観衆。


(うわっ、あんなのくったらしばらくは起きれないよ。しかしリサ、やっぱり強いな)

要はリサのそのパワーにあらためて舌を巻いた。


こうして要もリサもなんなく初戦を突破、その後も順当に勝ち続け初日をともに全勝で終了した。



その日の夜、二人は大会の主催者が用意したホテルに泊まった。


「うわあ、豪華な食事に素敵な部屋、いたれりつくせりりだね」

「なんでも二日目に進んだ人は全員このホテルに宿泊してるんだって」

「今全部で何人残ってるの?」

「32名。優勝候補といわれた上位10人のうち8人は残ってるみたい」

「そうか、じゃあ明日はけっこうたいへんな試合になりそうだね」

「それはどうかなあ。だってリサは昨日の最後の試合、その中で三番目に強い人とやってるんだ」

「えっ、あの人そうだったの。なんかぜんぜんだったんですけど」

「リサ強すぎるからね。もうまわりから思いっきりマークされてると思うよ」

「そういう要だってさっき録画みたけど全部瞬殺でしょ。しかもその中のひとりは優勝候補だったっていうし。おんなじだよ」


「ところでリサ、あの花束の山は何?」

要は部屋の端にある長机の上に、山と積まれた花束といくつかの小さな贈り物の箱を指さした。


「あれは会場の外に出たら、なんかいっぱいもらっちゃって」

「どうせみんな女の子でしょ」

「あたり。 なんでだろうね」

「なんでだろうね、じゃないよ。もう、あいかわらずなんだから」

「いいじゃない。それに明日も応援してほしいし」

「リサはほんとファンを大事にするよね。ファンクラブの一年生くんたちが慕うわけだ」

「ひとりでいる事が長かったからかなあ」


要はそのとき、いつも明るいリサがときおり寂しい表情をするのは、いつもひとりでいた頃の話をしている時だという事に気がついた。要はここでその話題をやめ、明日の対策をリサと話し合った。



翌日。二人は大会主催者が用意してくれた、メシエの剣闘士が着用する戦闘服から好みのものを選び試合に臨んだ。もちろん相変わらず二人の快進撃は続いた。そして準々決勝、準決勝もなんなく勝ち上がり、とうとう決勝でリサと要が相まみえることとなった。


「まさかここでリサと立ち合うことになるとはねえ」

「僕もだよ。じつは僕、茜さんとも一度も立ち合った事ないんだ」

「そうなの。じゃあ今とてもわくわくしてるでしょ」

「そういう要もけっこう目がマジなんですけど」

「当然。手加減はしないからそっちも本気できてね」

「うん、わかったよ、それと」


そこまで言うと二人は互いの目をみつめあいそして同時に、


「勝っても負けても恨みっこ無し!」


そのとき試合開始のブザーが鳴った。


するとそれと同時に要は今までとは比べ物にならないスピードで一気に踏み込み、リサに最初の一振りを入れた。


だがリサはそれを寸での所で交わすと、刀を振り抜いたためにがら空きになった要の背中に得意の蹴りを間髪入れずに放っていった。


が、これを要はさっき振り抜いた刀の遠心力を利用し、身体入れ替えるように一回転させながら、さらにさっきより速いスピードで刀を振り、それでリサの蹴りを防ごうとした。


「うわっ!」


リサは予想もしなかった要の急加速にあわてたものの、瞬時に刀の縁の部分をキックし、その反動を利用して上に急旋回した。


「何っ!」


今度は要が予想もしない蹴りで返しをされたため一瞬バランスを崩したが、リサがさらに空中で回転するようにして続けて放ってきた後ろ回し蹴りが来ると、それを後ろに反り返るようにして間一髪かわし、大きく間を取った場所まで一気に下がると、腰をかがめ再度態勢を立て直した。


一方のリサも、自分の得意の蹴りが二つとも当たらなかった事で、こちらも一度下がり、小刀をやや前に突き出し前傾姿勢を取った。


この一瞬の攻防に会場は興奮に包まれ、互いへの声援が激しく飛び交った。


「回転攻撃を連続で続けられないなんて。これで押し切れなかったなんて初めてかな。さすがリサ」

「やっぱり凄いなあ要は。僕の蹴りを二つ続けて完璧に外ずされたの初めてだよ」



「でも、次の一撃ですべて決める!」


二人は同時に心の中で叫ぶと、要は、右片手一本突きの構えを、リサは、小刀をもう一本腰から取り出し、要のそれを受ける構えをみせた。


(いくらリサでもそれは無理。もっとも万が一弾かれたら連続して攻撃し続けないと。一瞬でも攻撃が途切れたら間違いなく負ける)

要は右手の高さを調節し、いちばんリサが防御しづらく、しかも弾かれた時にリサにまだ見せた事のない縦回転のそれを連続で出しやすい位置に左手を真っすぐ伸ばした。


(要のことだ。次の一撃を弾かれても二の矢を必ず撃ってくるはず。でもその前にこっちがどちらかの小刀で軌道を変えれば、僕の蹴りの連続で決められる)

リサは各々の小刀をもった両手を前に突き出すと、身体の前方で十字に交差させ、要のそれを受ける構えに入った。


二人の睨みあいがしばらく続いた。その間会場はあまりに二人から発せられる緊張感の高さに静まり返っていた。


外から聞こえるはずの町の喧騒も、風の音も、小鳥のさえずりも、すべてが止まったかのように感じられるほどに緊張感が極限にまで高まったその瞬間、


「竜王寺要、押してまいる!」


要の声が闘技場に響いた。


そして要が腰を低く落とし、前に出ようとしたその瞬間、


「双方そこまで!」


大きな声が闘技場の高い位置から聞こえてきた。


二人は驚き、その声のする方をみると、貴賓席に座っている小柄な女性の横に立っていたひとりの剣士と思しき人が、片手を軽くあげ試合を止めるような素振りをみせていた。



試合はここで預かりとなり両者優勝で大会は終了した。




〇王族のいる城内にて



二人は試合で着ていた戦闘服から、最初に来ていた制服に着替え、小奇麗な応接間のような所にある椅子に座っていた。


「いやあやっぱり強いよ、要は。あの一撃、ふつうの人だったら足ごと完全にもっていかれてるよ」

「リサこそ。あの最初の一撃、正直ちょっと甘かったような気がしたけど、それでもかわされるとは思わなかったなあ。ちょっとショック」

「でも、なぜあそこで止めたんだろうね」

「なんか会場も不完全燃焼みたいな雰囲気だったし……ていうかリサ。ほんとリサの女性ファンメチャクチャ多かったんですけど。たった二日でどうやればあんなにファンができるのかなあ」

「要だって声援かなり多かったよ」

「子供中心ね。なんでだろうと思ったら、さっき係りの人に聞いたら、私と似たキャラが活躍してる特撮ものが放送されてるんだって。それで」

「いいなあ、そういうの。僕に似た特撮ヒロインとかいないのかなあ」

「リサの場合、ヒロインじゃなくてヒーローじゃないの」

「酷いよそれ。僕がいちばん気にしてることなのに」


もう二人はすっかりいつもの学生モードに戻っていた。そこへ執事があらわれ二人を別の部屋へと案内した。二人はしばらく天井の高い廊下を歩き突き当りにある部屋の所まで来た。


そして執事によってその扉が開かれ、中に二人は入って行った。


部屋の正面には白いドレスを着た高貴な雰囲気の若い女性が椅子に座り、その横には少し年配の落ち着いた感じの紫の服を着た女性が立っていた。


その年配の女性が二人に、


「そこにおかけください」


と声をかけた。二人は黙って近くにある椅子に座った。


「私はこの城のお世話係をしている、マルタ・アシュナケージ。そしてこちらにいらっしゃるのは、マーガレット・メシエ第一王女にてあらせられます」


二人は目を丸くして正面にいる白いドレスを着た女性を食い入るように見、そして事の重大さを一拍遅れて実感したのか、いきなり立ち上がり直立不動になった。


「は、はじめまして、わ、私はリサ・ステープルトンといいます。旅をしているごく普通の女子高生です」

「お、おなじく、竜王寺要と申します。以降、お、お見知り、お、お、おきを」


二人は「王女」という肩書に完全に緊張しまくっていた。

そんな二人にマーガレットはいきなり切り出した。


「お二人にお頼みしたいことがあります」


マーガレットはこう語った。


今回の大会、表向きは腕の立つ剣士を抱えること。だが実際は王女が直々にその剣士にある仕事を極秘に直接依頼し、それにより戦争を未然に防ごうというものだった。


「えっ? ちょっと待ってください」

「なんでしょうか」

リサの言葉にマーガレットは言葉を止めた。


「戦争を未然にとおっしゃられましたけど、すでにカリヤからしばらく行ったところにあるレントでは戦闘が二度起きているのですが」

「なんですって! そんな事私は聞いておりません。マルタ。あなたは?」

「いえ、私も初耳でございます」

「その事についてもう少し詳しくお聞かせ願えないでしょうか」


マーガレットのそれに対し要があくまでも「聞いた話」として、レントにメシエが二度大規模な攻撃をしかけ撃退された事を伝えた。


「まさか、そんな事が。私が命を下すまでは自重するという事だったのに。何をそんなに急いで……」

マーガレットの表情が曇った。


「姫様、私たちへの依頼をお聞きする前に、何故私たちにそれを任せるのかその理由を知りたいのですが」


リサの言葉にマルタが口を開いた。


「姫様は自身も剣の使い手ですが、剣裁きや身のこなしでその人の性格や考え方を感じ取ることができる能力をもっていらっしゃいます。お二人のそれを見た時、姫様はお二人のそこから感じられる真っすぐなそれに強く惹かれ信頼をおかれました。なので決勝をみたとき、このままではどちらか、もしくは両者とも深手を負うかもしれない。そこで」

「ああいう不自然な止め方をされたのですね」

「そうです」

「ところで姫様は僕たちがどう見えたのですか? 差し支えなければ教えていただきたいのですが」


リサの言葉にマーガレットは、


「要さんはとても純粋で一途な方のように感じられました。この方なら信頼を置けると。リサさんも一応同じなのですが……」

「一応?」

「失礼かもしれませんが、リサさんは今おいくつなのですか? みかけはとてもお若くみえるのですが、何故かとても御年配の方ようにも感じられて。イメージがうまく重ならないのです」

「17歳ですけど(まあ、ほんとは二百歳を超えてるけど……、凄いな、この人)」


リサとマーガレットの間にちょっとおかしな空気が流れる。それを察した要がマーガレットに自分たちへの依頼事が何かを聞いた。リサはこのとき誰かが盗聴していないかと、マーガレットやマルタから見えないところで、指先を動かしながら口の中で呪文を唱えそれらを探したが、幸いなことに盗聴器等は部屋の中に無かった。


マーガレットはさらに語った。


じつはメシエ家代々の家宝で、大いなる力の象徴といわれている金碧の指輪が盗難にあい、その前後ブレナンにヤシンから来たと思われる一行が隠密で目立たない小さなホテルに滞在していたという情報が入った。一行は指輪盗難と同時に行方をくらまし、城からひとりメイドが消えていた。


ヤシンがメシエから家宝を奪ったということで両国は一気に緊迫、戦闘状態に入ったが、マーガレットの国王への「戦争は両国の民へ悲劇しかもたらさない」という嘆願により、国境沿いの人里離れた郊外で、一般の国民に知られないよう、臨戦態勢のまま軍は待機となった。ただし期限は一週間、その間に金碧の指輪が戻り、ヤシンから公式の謝罪が来れば軍を退き、戦闘状態を一時解除するということになった。


「以上がここまでの事の顛末です」

マーガレットは沈痛な表情でここまでの経緯を語った。


二人はなぜ町の人たちや雰囲気に戦争が感じられなかったかようやく合点がいった。


「ひとつ質問してもよろしいでしょうか」

要がたずね、マーガレットがそれに対しうなずくと、


「ヤシンから来た一行というのは、姫様はお心当たりは無いのですか?」

「それはどういう意味でしょうか」

「いえ、ただの確認です」

「ありません。まったく身に覚えがありません」


それを聞くと要はマーガレットをじっとみつめた後、


「わかりました。その任お受けします。ただ条件が三つ。ひとつ目はリサとともに行動を許可してほしいこと、ふたつ目は軍に所属せず自由に行動できること、みっつ目はもし指輪を奪った賊と一戦を交える事となった場合、こちらにその場合の対処に一斉制限を設けず一任し、その他問題が起きた場合の責任を姫様が負う、というものです。もちろん被害や影響は最小限に食い止めるよう努力はしますが、どうしても避けられない事態、想定外の事態が起きる可能性は捨てきれません。このみっつ。了承いただけないかぎり、このお役目辞退させていただきます。ただしすべて了承いただきましたら、かならずや姫様のご期待に応えるよう最善を尽くす覚悟をもって臨ませていただきます」


要がここまでいうとマルタが血相を変えながら、

「姫様に全責任をとれとはなんたる無礼。即刻ここを……」

「マルタ! いいでしょう。その条件すべてのみます。ですからかならず指輪を取り戻してください」


マルタはマーガレットに今の言葉を撤回するよう懇願したが、姫は頑として首をたてにふらず、目を閉じ顔やや伏せ気味にしたまま沈黙を守り続けた。


しばらくするとマルタはマーガレットの意志の固さをみてとり、


「わかりました。ただしあなたたちに一人護衛をつけます」

「いえ、私たちにそのような護衛は無用です」

「そちらには無用でもこちらには必要なのです。ご了解を」


そういうと部屋の中にひとりの精悍な顔つきな長い黒髪の女性兵士が入って来た。


(あれっ? あの人さっき僕たちの試合を止めた人だ)

リサはその女性兵士をみて少し驚いた表情をした。


「彼女は姫様の親衛隊副隊長、マリア・シュピーゲル。彼女が同行いたします、年は若いがかなりの使い手ですのでご安心を。それに彼女がいれば軍のどこでもフリーパスですので、あなた方の任務にもひじょうに役に立たれるかと」


「しかし……」


要が反論しかけたときリサが横からさえぎり、

「わかりました。とても心強よそうな方が一緒に来ていただけるので安心しました。マリアさん、僕、リサ・ステープルトンといいます。これからよろしくお願いします」

と、マリアに笑顔で挨拶をした。


これには要はもちろん、マーガレットやマルタ、そしてマリアもちょっと驚いたような表情をみせたが、マーガレットがリサのそれを受け、その場で決裁したことですべてが終了、こうして三人による指輪探索がはじまった。




〇城外へと舞台は動く。



城の裏門から人目につかないように出た三人は、王都から消えた謎の一行が、ヤシンとの国境方面へと向かったという情報を頼りに、国境そばにメシエ軍が駐屯している地域へとマリアが運転する車で向かった。


が、途中迄来ると林の中でマリアは車を止めた。


「君たちの考えを聞きたい」

運転席のマリアは後部座席に座っているリサと要に話しかけた。


「マルタ殿からいろいろと話を聞かせてもらったが、君たちから直接話を聞かないと意志の疎通に齟齬そごを生じかねないものがある。向こうへ着いたら時間もあまりとれないかもしれないので、ここですべてを聞かせてもらいたい。それに」

「それに?」

「君たちは私の事をかなり警戒しているようだか心配は無用だ。姫様の力になろうとしている者に対し邪見にしたりするつもりはない。私も姫に忠誠を誓う者のひとりだ。どんな些細な事、耳に痛い事でもすぐに言ってほしい、生まれつき隠したり黙っていられたりする方が我慢できない性分なのでな」


そういと切れ長の目でマリアは二人をまっすぐにみつめた。そんなマリアの言葉にリサは、


「それを聞いて安心しました。それは僕たちも同じです。でもよかった。マリアさん、なんかとても厳しそうな顔してるので、話しかけたら『無礼者』とかいわれて怒られたりするんじゃないかと、要はずっとそのことばかり心配してたんですよ」

「リサ! それは言わない約束って」

「かまわないさ。私は訓練中はもちろんだが、ふだんも厳しい言い方を部下にしてしまうので、みな隊長や他の副隊長の所にいってしまうのでもう慣れたものさ」


「でも今こうして話されているのを聞くと、あまりそういう感じを受けないのですが」

要が言うと、


「それは姫様の部屋で、リサさんが初対面の私に笑顔でふつうに話しかけてくれからかな。親衛隊になってああいうのは初めてだったし、少しうれしかったよ」

マリアは二人にほのかな笑みをみせた。


「僕の事はリサでいいですよ」

「わたしも要でけっこうです」

「わかった、私もマリアと呼んでもらってかまわないよ」


車内に穏やかな空気が流れた後、マリアは二人を車内から連れ出し、少し林の中を歩き眺めの開けた見晴らしのいい場所に案内した。


麓には美しい田園風景、向こうには穏やかな山並みがならび、空はどこまでも青く、白い雲がいくつか風にのって、ゆっくりと遠くへ流れていった。


「いい景色ですね」

「ああ、このあたりはじつは私の故郷なんだ。それだけにここを戦火に巻き込むことはなんとしても避けたいのだ」

マリアは目の前の穏やかな景色をみながら呟いた。


「それで、君たちは何を企んでるんだ?」

マリア振り返り二人をみつめた。その言葉とはうらはらに、表情はとても穏やかだったことから、それはマリアなりのジョークのようにも感じられた。


それに対し要も落ち着いた感じで答えた。

「指輪の奪還と戦争の回避です」


「そうか。目的は同じという事でいいのかな」

「はい。ただ……、ちょっといくつか気になる事があります」

「気になる事?」

マリアは訝し気な表情をみせた。


要はマリアとリサに語り始めた。


「じつはいくつか疑問があります。ひとつは、聞いた話ではメシエが二度レントという村を立て続けに攻撃したかということ。もうひとつは、ブレナンに潜入したヤシンから来たと思われる一行の事、そして最後に何故家宝の指輪を狙ったかということです」


「指輪を狙ったのはヤシンとの不和を狙ったというような事を上の者が皆口々に行っていたが」

「だったら、何もわざわざメシエの王都に来るような危ない事をするよりも、外交上でのトラブルを勝手に捏造したり、国境沿いで偶発的と称し故意に戦闘を起こせばすむことではないでしょうか。もっとリスクが少なく効果の大きなやり方がいくらでもあるはずです」

「言われてみればたしかに」


要はさらに続けた。


「だいたい指輪を盗むのに、目立たないようにしていたとはいえ、集団でホテルに泊まるなんて考えられません。単独かそれに準ずる人数で、夜に紛れて忍び込むか、中にいる仲間が盗みそれを受け取るという方が手堅いです。戦時ならともかく平時ならなおさらです。それにこれではまるで事が起きたら自分たちが怪しいと思われる事を狙ったかのようで、凄く違和感を覚えます」


マリアは腕を組み、目を閉じしばらく考えたのち、


「それでそこから何か答えが導きだされたのか」

「いえ、ただいくつかの仮説を立てています。あとはそれをひとつずつ消していき、残ったひとつを確認すれば、自ずと真実は見えてくるはずです」

「だがあまり時間は無いぞ。姫様のお言葉にも関わらずすでに二度までも軍は戦闘を行っているというではないか」

「なのでマリアさんにも協力してほしいと思ってます」

「私はかまわないが、まだ会ったばかりの私をそこまで信用してよいのか。私は姫様直属の騎士。もし姫様に都合の悪い事が起きそうになったら、君たちに協力はできないし、場合によっては敵対するかもしれないが、それでもいいのか」

「かまいません。ただしその訳をそのときかならず聞かせてください。その約束さえ守っていただければ後はマリアさんの判断にお任せします」

「わかった、協力しよう。それで私は何をすればいいんだ」


マリアの言葉に要はリサともに自らの計画を話し始めた。




〇メシエ軍駐屯地にて。



三人はその後車に戻り、メシエ軍が駐屯している郊外の丘陵地帯に来た。場所はヤシンとの国境付近にある平原を見下ろし気味に正面から睨むものの、国境線そのものからは距離的に少し離れたところに位置していた。因みに氷美華たちのいるレントは駐屯地からみると左斜め前方にみえる山の向こう側ということで、駐屯地から直接見る事はできなかった。



要は少し高い丘の上から駐屯地とこの風景をみて何か考え込んでいるようだった。


「要、さっきから何か気になることでもあるの? マリアさんのしゃべり方とか?」

「何それ?」

「いやあ、なんかマリアさんの話し方って、ちょっとローラさんと似ていて。どこの世界でも、騎士ってああいうしゃべり方をするのかなあって」

「ああ、言われてみればたしかに……じゃないよ。今考えてるのはそういうことじゃなくて。リサ、ここからみえる風景をみて何か変に思わない?」

「変?」

「こうしてみると、みんなのいるレントはちょうど山の向こう側だけど、あそこは三方が山に囲まれていて、開けているのはこの正面に見える平地に面した方角だけ。あんな袋小路、占領して何の得になると思う」

「国境沿いをおさえて前線の基地をつくるとかかなあ」

「レントにすでに敵の城や基地が築かれているならともかく、あんな所をいきなり占領しても意味はないと思わない? 確かにヘレンさんたちが迎撃したけど、あのとき二人は『カウンターナイトの領地』と、ヤシンにもメシエにも宣言し、相手が攻撃したのを確認してから迎撃している。この時点でどちらの国にも想定外の事態が起きたという認識ができたのは明白でしょ」

「たしかに」

「ヤシンはそれを察しすぐに使者をよこした。状況を知るためにはこれは当然だけど、メシエは何故か二度目の攻撃をしかけてきた。あれだけ最初にとんでもない目にあってるのに。それで今マリアさんにちょっといろいろと頼んでるんだけど」

「マリアさんに?」

「それでおそらくだいたいの事が分かると思うんだけど、あっ、来た来た、マリアさん。こっちです」


マリアが要とリサのいる丘の上までやって来た。


「どうでした。軍の様子は?」

「要の言った通り。レントにまた準備が出来次第攻めるとのことだった。私がマーガレット様から戦闘を慎むようにというお言葉を伝えたのだが、ヤシンが謎の組織の名前を偽ってレントから攻撃をしかけたという事で、その言葉はもう反故になったと言われた。とんでもない話だ」


マリアは憤然とした表情だった。


「これでハッキリしました」

要の目つきが厳しくなった。


「ハッキリしたとは?」

マリアが要にたずねると、


「マリアさん。軍には近隣の町に戦闘状態に対する注意喚起をしに行くといって、今すぐここを離れてください。あとでここからいちばん近い村で合流しましょう。どこかあまり駐屯地から離れていない村がこのへんにありますか? できれば国境に近い、街道のような大きな道に接していない目立たない小さな村があるとありがたいのですが」

「それならここからしばらく行ったところにティトフという村がある。そこには私の知り合いもいるのでそこでおち合おう」

「わかりました。くれぐれも気を付けて。それとつけられないようにしてください」

「わかった。充分注意するよ」


「あのうマリアさん、あれは何ですか?」


リサが駐屯地の右側の山向こうにみえる人型の大きな像を指さした。


「あれはこのあたりを司る『聖堂の巨神』といわれる高さが50ストリートもある巨像だ。いつできたかは分からないけど、世の中が乱れると動き出してこの世を諫めると言い伝えられているものだ」

「何故『聖堂』という名前が?」

「あの中、じつは聖堂のようなつくりになっていて、上の方には聖杯とよばれる美しいグラスが置いてあるんだ。かかとの所に中に入れる扉があるが、私も小さい時はよくそこから中に入って、両親や村の人たちと毎日祈りを捧げたものだ」

「そうなんですか。ちょっと中をみてみたいですね」

「この件がすめば案内するよ」

「ほんとですか。たのしみにしてます」


この後三人は分かれ、別々のルートでティトフに向かった。




〇ティトフにて。



三人はティトフでおち合い、マリアの知り合いの村長から空き家を貸してもらい、そこに滞在した。リサは家に着くとすぐに警戒陣を張ったが、自分たちがつけられたような反応はそこにはあらわれなかった。


そこで要は丘の上でリサに話した事をマリアにも話した。そして話をさらに二人に続けた。


「マリアさん。じつは私とリサはレントから来ました。レントには私の仲間がいて村を守るため立てこもった状態でいます。ですが私たちはこちらからメシエには攻撃はしていません。最初に攻撃して来たのはメシエの方です。そして二度目も」

「なるほど、それで合点でいった。君たちが何故郊外で行われているはずの戦闘に詳しいのか少々疑問に思っていたんだ。君たちはヤシンの者か?」

「いえ、私たちは別の所から来ました。今はちょっと説明すると長くなりますが、決してメシエの敵ではありません。それは信じてください」

「わかってるよ。もし君たちが敵なら、二人が決勝であんな激しい試合をするとは思えないし、まあそれ以前に姫様が直々に頼んでいるくらいだから間違いない人達だということは明白だからな」

「ありがとうございます。マリアさんはマーガレット姫をほんとうに信じていらっしゃるのですね」

「姫様直属の親衛隊副隊長だからな」


そういうとマリアは二人に「当然だ」といわんばかりの表情をした。


「要、さっき言ってたハッキリしたってどういうこと」

リサがたずねると


「うん、じつはちょっと自信があのときはなかったんだけど、マリアさんから軍が三度目の攻撃を予定していると聞いてやっと確信が持てたことがあるの」


「どういうことだ」


「はい。レントにいるのがヤシンでない事は私の仲間が二度に渡って伝えてますし、その戦い方もヤシンのそれとはあまりにも違いすぎます。ですがメシエはそれにもかかわらずヤシンとこじつけ三度目の無謀ともいえる攻撃をしようしています。つまり彼らはヤシンを攻撃するのではなく、何らかの理由でレントを占領しなければならない理由があるか、もしくは三度以上レントを攻撃することを誰かに合図として送っていると考えられるということです」


マリアとリサは互いに顔を見つめ合い、そして要の話の続きに耳を傾けた。


「あと、おそらく私たちが追っている一行はこの件と無関係か、もしくは利用されたかと」

「利用?」

「それとその一行も指輪もまだ国境を越えてはいないばすです。これもほぼ確かです」

「そうか、それで要は私にあんな事を頼んだのか」

「どうしたんですかマリアさん。なんか僕だけひとりぼっちなんですけど」


リサのその言葉にマリアはクスっと笑ったがすぐに真顔になり、


「さっき要に、この近くで最近見慣れない人たちをみかけなかったかという事を、村の人たちに聞いてほしいと頼まれたのだが、ここからしばらく行った森の中にある、ふだんは無人の水車小屋に誰かがいるらしいという話だ。薄気味悪い所なんで誰も近寄らないので詳しくはよくわからないらしいけど」


それを聞いた要は、


「マリアさん、リサ、今からその水車小屋に行きましょう」

「今って、もう夕方だが、こんな時刻からだと村の者は誰も案内などしてくれないぞ」

「地図を書いてもらいます。マーガレット姫直属の親衛隊副隊長が探索に行くと言えば、快く書いてもらえると思います」


そう言うと、三人は水車小屋への道を聞くため村長のいる家へと向かった。




〇夜の森の中



三人は村長に書いてもらった地図を頼りに水車小屋へと向かったが、すでに夜となりあたりは真っ暗だった。


三人はリサを先頭に歩いた。


「リサ。お前ほんとうにこんな暗闇でもハッキリと見えるのか?」

マリアが心配そうにたずねると、


「もちろんです。ヴァンパ……じゃなかったバーンとまかせてください。生まれつき暗い所に目が良くきくんですよ、僕。ははは……」


(何言ってんのかなあリサは。なんか今けっこうあぶなかった気がするんですけど……って、この世界にヴァンパイアっていう概念があるのかなあ?)


三人三様の状況でさらに森の中に分け入っていった。



しばらくするとリサの歩みが止まった。


「前の方に水車小屋が見えるけど、やはり誰かいるみたい。二人、いや三人かな。どうする要」

「もし私の考えが正しければ大丈夫だと思うけど。リサ、とにかくみつからないようにうまく道案内して。それとマリアさん。抜刀は相手を確認するまで避けてください。おそらくその必要は無いと思いますけど」


要がそういうと三人は静かに風下を選びながら、ゆっくりと死角と思われる場所から水車小屋へと音も無く近づき、そして小屋の側そばまでたどり着いた。


中を除くと三人の黒いコートと帽子を身に着けた男たちが何やら話をしていた。要はそれを確認すると、いきなり中へと入って行った。それに驚いたリサとマリアを後に続いた。


「ヤシンの王族の皆様がここで何をされているのですか?」

いきなりの訪問に男たちは慌て、そして手前にいた二人はそばにあった剣をとっさに取り素早く身構えた。


「ご安心ください。あなたたちの敵ではありません。私たちはマーガレット姫に仕えるものです」

要がそういうと、突然奥にいた帽子を深く被った男が立ちあがり


「マーガレット! マーガレットの使いなのか?」

と要に向かい驚いたように叫んだ。


「お静かに願います。理由は今お聞かせします。そのかわりそちらの事も包み隠さずお話ください。事は急を要します。それとそこのお二人にも剣を収めるようお伝えください」

要は立ち上がった帽子の男にそれを頼んだ。


二人は奥にいた男に言われ剣を収めた。この一部始終をみていたリサとマリアは何が起きているのか理解できないといった様子だったが、要の次の一言でさらに大混乱に陥った。


「感謝します。ウィントン王子」


「ウィントン王子!? ヤシンの第一皇子ウィントン様のことか? 要」

マリアは激しく動揺し要を一瞬見た後、すぐにその視線を奥の帽子の男にやった。


「そこまでわかっているのですか」


そういうと男は帽子をとった。


「ウィントン様、ほんとうにウィントン様だ!」

マリアはあまりの事に呆然とした。


「要、これどういうこと。そうすると指輪の盗難っていったい」

リサはあまりにいろいろな事が一瞬にして起きたため当惑の表情を浮かべていた。


「私が話すよりウィントン様に直接お話を伺った方がいいと思う。よろしいですか、ウィントン王子」


要のこの言葉に促されたかのようにウィントンはここまでの自分たちの行動の事を語りだした。


ウィントンの話では十日ほど前にマーガレットから隠密に手紙が届き、とても大事な話があるので王都ブレナンまで来てほしい。そこで今から五日後にライモンディ教会で目立たぬよう二人だけでお会いしましょうという手紙が来た。これを読みウィントンは信頼のおける腕のたつ二人をお供につけ、三人だけで商人に変装し、ブレナンに着きライモンディ教会に行ったが誰も来ない。このときまわりの雰囲気に異常を感じた連れの二人が、王子とともに教会の中の使っていない荷物部屋に隠れると、入れ替わりにメシエの王宮警護隊が入って来た。そのとき警護隊の兵士たちが「メシエ王家の家宝の指輪が盗まれ、その受け渡しの場所にこの教会が使われている」という話をしているのを聞き、自分たちが策略に巻き込まれたと知った。


その後隙をみて教会を脱出。一路ヤシンに帰ろうと思ったが、このままでは言いがかりをつけられ両国で戦争がおき、自分とマーガレットの婚約も発表できぬまま破棄されてしまうと危惧し、なんとか指輪を取り返そうといろいろと情報を集めているところだったというのが現状だとウィントンは話した。


「マーガレット様との婚約の話はそこまですすんでいたのですね」

マリアがたずねた。


「そうだ。もう彼女とは子供のときから二人で将来を誓い合っていた。なのにこんなことですべてが駄目になんかしたくないんだ。頼む君たちもできれば力を貸してくれ」

マリアは少し厳しい顔つきになったが、


「わかりました。お力になります」

要がすぐに答えた。


即答に驚くマリアとリサ。だが要は続ける。


「ウィントン様。あなたがここにいるという事は指輪のある場所もだいたい目星をつけているのではありませんか?」

要の言葉にウィントンは、


「そのとおりだ。よくわかったね。すると君も同じ意見と考えて良さそうだが」

「はい」

要はウィントンに応えた。


「えっ? 指輪のありかを知ってるの」

リサは驚きの声をあげた」


「うん。だいたいだけどね」

「僕たちにも教えてよ。なんかさっきからとにかくもやもやしてるんだけど」

「わかった。今話すよ。あくまでもまだ推測の段階だけど」


そういうと要はみんなの前で、自分の推理を話し始めた」


「指輪を盗んだのはおそらくいなくなったメイド。彼女はおそらく誰かの命令で動いたんだと思う。そしてウィントン様を呼び出した手紙も同じ誰かのさしがねで送られたものだと思う。


多分この一件の黒幕は、ウィントン様をブレナンに呼び出し、ブレナンに到着するその間に指輪を盗み出して、教会に来るタイミングを見計らって事件を発覚させ、教会でウィントン様を捕縛、濡れ衣を着せて、婚約破棄と両国の国交を断絶させるというのが目的だと思う。ウィントン様はマーガレット様より指輪が欲しかったのに婚約がなかなか決まらないので焦り行動を起こしたとか、適当に理由をねつ造して。おそらくその事で何か利益を得ようとしているとは思うんだけど。例えば、自分たちの意のままに操れる人とマーガレット様を結婚させるとか」

「なんだと!」

思わず、マリアが声を荒げた。


要はさらに続けた。


「だけどウィントン様の捕縛に失敗した黒幕は、そういう事態も考え指輪を決してみつからない所へ隠すこともすでに考えていた。そしてその移動手段に軍隊を使った」

「軍を使った?」

リサが今度は驚いた。


「おそらくメイドから指輪を預かった人間、もしくはメイド本人がこの軍の中にいて、事前に決められた場所へそれを届けるためここに紛れ込んでいる。その場所はこの軍隊が向かう場所にあり、それはメシエの国境の外。理想としては目立たない場所にある目立つ所かと」

「目立たない場所にある目立つ所、そんな所があるのか?」


マリアの言葉に、


「こころあたりはあります。そこはすでに二度もメシエの軍が行こうとした所」

「まさか!」


リサはそれを聞いて驚きの表情をみせた。そしていろいろとビルバゾに来てからの事を思い起こしていった。


要のこの言葉を聞いていたマリアは、


「軍を使って指輪を運ぶ。たしかにこれだけの軍勢、誰がもっているかを探すのは不可能に近い。うまく考えたものだ」


そのときウィントンが


「じつは私たちもそうではないかと思っていました。これほど指輪を安全にブレナンから運び出す手は他に考えられないですから。なのでこちらもマーガレット姫様の事を思い、なんとか隙をみてと思ってはいるのですが、なかなか相手も尻尾を出さなくて困っていたところです」


と、かなり手詰まりになっているといった表情をみせながら話したが、


「しかし要殿、さっき決められた場所へ運ぶと言われ、しかもその場所も見当がついているような事を言われたが誠か」


「はい、ほぼ間違いはないかと」

「それはどこだ」

「ここからちょうど十時の方向にある、山向こうの村、レントです」


「レント!?」


ウィントンと二人の従者、それにマリアは同時に驚きの声をあげた。気づいていたリサもやはり要からその言葉を聞いた瞬間、驚きを隠せなかった。


「理由を聞こう」


ウィントンの言葉に要は説明をはじめた。


「戦略的にさほど重要でもないレントへの二度に渡っての力押し。これが妙でした。そしてヤシンのレントへの侵攻へのタイミングも同じ理由でやはり合点がいきません」

「確かメシエがレントを最初に攻撃したすぐ後と聞いたが」


マリアが要に確認すると、


「はい、そうです。そしてこれにウィントン様への偽手紙、指輪の盗難、軍の侵攻にあわせての指輪の移動。


考えられる結論は、指輪をレントに移動させ、そして頃を見計らい撤退した後、そこにヤシンの軍が今度は侵攻、隠した指輪をヤシン側の黒幕が手に入れ、ヤシンから帰って来たウィントン様を待ち伏せ、闇討ちしたあとその遺体に指輪をしのばせ、全責任をウィントン様になすりつける。これでマーガレット様との婚姻も破棄になるのは必然。


ヤシンの黒幕はウィントン様に代わり次期国王に自分に有利な人を擁立、メシエの黒幕はマーガレット様の新しい婚約者に自分の息のかかった然るべき人を立てる。


この二人が実権を握ったところで二国は国交を回復。


もともとは仲の良かった二国なだけに、これは国民から大歓迎、黒幕にあやつられている各々の新国王は国民から絶大な人気を得て安定した政権へと移行。


そして復活した両国の交易で二人の黒幕は巨大な権力と莫大な貿易による利益を得るというのが筋書きかと。


どうでしょうか」


マリアはこの要の話に納得し、


「充分あり得る話だ。閣僚の一部にはマーガレット様とウィントン様の婚約に、今はまだ表向きには噂の段階であるにもかかわらず、かなりはっきりと否定的な姿勢をとっている者も確かにいた」


さらに続けて、


「だがその話だとウィントン様はここに留まるも戻るも危険という事になる。しかも指輪もまだ駐屯地のどこにあるかも分からない。要の推理が正しくとも我々は動きようが無い事も確かだ」


と、言い終えるとやや沈痛な面持ちになった。


「いえ、策はあります。私たちがレントからいなくなるという事を情報として流せば間違いなく動きが出ます。私たちはレントにいる仲間に一時村からうまく理由をつけて撤退します。それをマリアさんが司令官に報告すれば、すぐに何等かの動きがあるかと。ただしこれにはウィントン様やその従者の方々にもお手伝いをしてもらう事になりますが」


「私はかまわない。両国の危機だ。喜んで手を貸そう」


ウィントンの言葉を受け、空が次第に白み始める中、要はリサとマリア、それにウィントン一行に作戦の打ち合わせをはじめた。



〇翌日昼前のメシエ軍駐屯地内司令部にて。



「何、レントにいた者たちがいなくなっただと」

メシエ軍の攻撃指揮官が叫んだ。


「はい。どうもヤシンの別の区域で問題が起きたらしく、そのための移動というふうに私の部下から聞いております。今朝ほど私が斥候に行ってまいりましたが、確かに外から見る限りレントには指揮官が以前おっしゃられた兵士の姿はありませんでした」


マリアは指揮官に伝えた。


「よし、それでは直ちに攻撃に向かう。ただし兵力は第一師団のみ。背後から突かれる可能性も考え残りは待機だ」


そう言うと指揮官は第一師団に出撃を命じた。


第一師団は師団長に率いられレントに向かった。マリアもそれに同行した。

途中まったく抵抗もなく、以前二度に渡って撃退された地域も難なく通り過ぎ、レントの村の入口まで来た。そして使いを村長に出し、そして師団長自ら村長の家に入った。


村長の家では師団長は指揮官から預かった書類の入った箱を渡した。


村長がその箱を受け取りそしてその蓋を開けた、すると箱の中の書面の下に、隠されているように碧い指輪が入っていた。


村長はそれを見るとニヤっと笑った。その次の瞬間、


「そこまでです!」


突然、天井から声が聞こえた。

次の瞬間、天井を突き破り要と薫が飛び込んで来た。


「何者だ!」


師団長の警護で同行していた二人の兵士が飛び掛かってきたが、薫はそれを回転しながらの強烈な蹴りで、二人とも外へ弾き飛ばした。

その間に要が村長からその箱ごと指輪を奪い取ると、裏口から外に飛び出し外にいたマリアにそれを渡した。マリアの後ろにはいつの間にか他のみんなも揃っていた。


マリアは箱の中にある指輪をみると、


「違う! これはよくできているが贋物だ。本物はどこだ!」


マリアは家の中で薫に取り押さえられている師団長の所に行った。家の中では一緒に逃げだそうとした村長もリサに取り押さえられていた。


師団長の胸ぐらを掴むと、


「本物の指輪はどこだ。言わなければお前を殺すだけだ」

マリアは鬼のような形相で師団長に叫んだ。


「知らん。私はただこれをこの村の村長に渡せと指揮官に言われただけだ」


それを聞くとマリアは今度村長の方をみた。それは激しい殺気すら感じられるものがあった。


マリアは今度はリサが押さえている村長のところに行き、凄まじい形相で睨みつけた。

「わ、私はただ、メシエから届けられた指輪を持っているようにと」

「持っているようにと誰に言われた!」

「わかりません。ただメシエからの使者としか、そのとき1万レートのお金を前払いにと」

「一万レート。そんな大金を……、顔は、その使者の顔はどうなのだ」

「わかりません。顔を隠されていたので、女性という事くらいしか」


「そのとき、この家の前にある赤い杭を目印としてたてろとか言ったんでしょ」

要が村長に言うと、村長はどうしてそれをという驚きの表情で要をみつめた。


「そんなことだろうと思った。こんな質素な村に何でこんな真新しい赤い杭が立ってるのかと。もし戦闘になったら、隠してある家が分かるようにしておいて、村長の所に来たその女の使者が兵士に紛れて受け取りに来る手はずだったんでしょうね。そしてそれを受け取ったら村長もバッサリ」

「えっ!」

村長は驚きの目を要に向けた。


「命拾いしてよかったな、村長」

薫が不愛想に言葉をぶつけた。


「しかし、そうなると指輪はどこだ。ここに無いという事は」

マリアは半ば狼狽しかけていた。


「ここ以外に目立たない場所にある目立つ所なんて……」

要は額を指で軽くこすりながら目を閉じ考え込んだ。


そのとき外が妙にざわつきはじめた。


「どうしたんですか」


要が外に飛び出すと。メシエの第一師団全員が不安そうな表情で、山向こうのメシエ軍主力が駐屯している方向をみつめていた。


見ると、山の向こう側から何か煙のようなものが立ち上り、そして耳を澄ますと何か思い地響きのような音が断続的に聞こえてきた。


「何だあの音は」

氷美華が要にたずねた。


「分かりません。メシエ軍の兵器か何かでしょうか」


「違うな。あれは何かとてつもなくデカい物が移動している音だ」

サムが煙の方向を厳しい表情で睨みつけると、


「ジュン、フォーマットチェンジの用意」

「わかりました」

そう言うとジュンの首の後ろのあたりから頭部を包み込むように赤色のヘルメットがあらわれ、そして首のあたりから全身に青と白に左右色分けされた特殊なスーツがあらわれ、ジュンの全身を包んでいった。


「えっ、なんだなんだ、どうなってるんだ」

ジュンのこの変身にヘレンが驚くと、


「ジュンはジャイロフィニッシャーさ。地球ではサイボークというのかもしれないけど、もうちょっといろいろとできるというか、まっ、そんなとこさ」

「先輩、ちょっとそれ大ざっぱすぎて誰も分かってくれてないというか」

「じゃあ細かく説明するか?」

「いや、いいです。今はそれで。ところで先輩、なんかヤバい事になってきたような気がするんですけど」


ジュンの言う通り山向こうの煙が次第に左へと動き始め、村の正面の山と山の間からみえる平地のあたりまで広がって来た。


ヘレンとローラはこのただならぬ雰囲気にドライストレーターを呼び出し臨戦態勢に入った。


それをみたマリアは驚愕し、

「おまえたちはいったい!」

そう言うと思わず腰の剣に手をかけようとした。


それをみた要は、

「マリアさん、二人は私の仲間です。説明は後でします。でも今は」

そういうと前方に立ちこもる巨大な土煙を凝視した。


薫に押さえられていたメシエの師団長も、ただならぬ雰囲気を感じた薫によって解放され外に出て来た。


「何だあれは」


師団長が思わず声をあげた。


「おい師団長、ご覧通りだ。何かは分からないが少々ヤバい雰囲気であることは確かなようだ。一時休戦ということで村の人たちを守ってやってくれないか」

「わかった、これはもうしかたないことだ。各隊長に伝達。これから村の防御を優先させる。配置に着け!」

氷美華の言葉に師団長はすぐ反応し、師団は村の前面に展開し、住民を守りながら女性や老人子供を山道へと一部避難を開始したその時。


山向こうの煙の中から、巨大な鎧を身に着けた巨人がゆっくりと姿をあらわした。


その姿に一同呆然としたが、


「聖堂の巨神! まさか本当に動き出すなんて」


マリアは信じられないという表情で目を見開きその姿を凝視した。師団全体もこれには激しく動揺し、パニックに陥りかけた。


そのとき砂ぼこりのあがる方向から数人が馬に乗って走って来るのが見えた。ウィントンとその護衛の兵士だった。


ウィントンはマリアと要の姿をみると、馬を飛び降り二人の所に駆け込んできた。


「ウィントン様、ご無事でしたか」

というマリアに、

「すまない失敗した」

ウィントンは吐き捨てるように言った。


「要殿の言う通り。駐屯地から単独で離れる者がいないか監視していたら、三人ほどの兵士がレントと逆方向に行くのがみえた。それで後を追って行ったら、三人が聖堂の巨神像の所に行くのが見えた。彼らが足のかかとのあたりにある入り口から中に入ろうとした時、突然彼らの持っていた箱が空中に持ち上がり、そのふたが開くと、中にあった指輪が巨神に吸いこまれ、そして巨神像が動き出した。あっという間で何もできなかった。


後はもう見ての通りだ、メシエ軍も攻撃はしたがまったく効かず、巨神像の動きに大混乱に陥り、みな逃げ出してバラバラになった。私たちも何とかその場を離れ、駐屯地から逃げ出した馬を拾ってここまでやってきたところだ。


しかしあれはいったいどうなっているのだ。マリア殿、何か心当たりはありませんか」


ウィントンは必死の形相でマリアの両肩を掴んだ。


「金碧の指輪には『大いなる力の象徴』といわれています。おそらくそれはあの指輪を持つ事があの巨神の力を得ることができるという意味だったのでしょう。指輪の管理は他の宝物に比べ特に厳しい管理を施され、そのため管理を我々王族直属の親衛隊が直に任されていました。なのにこのようなとんでもない事態に……。私の責任です。こんなことになるなんて……」


マリアは唇をきつく噛みしめ肩を震わせていた。


「ヤシンはきっとそのことを何かで知ったんだ。それで」

リサは巨神をみながらそれを止められなかった自分を悔やんだ。

要も自分の推理が最後に詰めを誤った事に悔しさをにじませた。


「だがヤシンも判断を誤った……ってとこかな。さて問題はあのデカ物をどうするかだ」

氷美華はガムを噛みながら巨神のいる方をみていた。


巨神はレントの正面にある平地を横切ると左側から張り出している山向こうへとゆっくり消えていった。


「あいつ、こっちにはもう来ないな」

ヘレンがそう言うとウィントンが、


「あの方角はヤシンの王都ドーレンがある方角だ。拙い! なんとか止めなければ。このままでは取り返しのつかないたいへんな事になる」

ウィントンは顔面蒼白になった。


「あの程度なら私とローラでなんかとするけどどうする。氷美華」

それを聞くと氷美華は、

「マリア、あの巨神は信仰の対象としてはどうなんだ」

「メシエでもヤシンでもかなり幅広く信仰されてます。もし破壊されたらかなりその後に厳しい問題を残す事になると思います」

マリアは目を赤くはらしながらそれに答えた。


「ヘレン、ローラ、二人で巨神の外側から指輪がどこにあるか分かるか確認してくれ。それと攻撃は極力控え気味で」

「わかった、ローラ行くぞ」

二人はドライストレーターにまたがり飛ぼうとしたその時サムが声をかけた。


「あいつの足止めを俺とジュンでするから、そのかわり途中までそれに乗せて行ってくれないか」

「大丈夫か二人だけで」

「まあ見てなよ」


そういうとサムはジュンにローラの方へ乗る事を指示し、自らはヘレンの方に乗りそして飛ぼうとした時。


「サム、これ持ってけ」

氷美華が小型の通信機をぽいと投げて来た。


「異世界ではこれが役に立つと思ってもってきた奴だ。これで逐一連絡を頼む」

サムが頷くと四人は空に舞い上がった。


「それ私たちも欲しかったです」

要が不満そうにそれを指さして言うと、


「すまない。ちょっとこっちに転送されたとき調子が悪くなって調整してたんだ」

氷美華は要に申し訳ないというかんじで謝った。


「私も行く。あの巨神を何としても止めなくては」

ウィントンが氷美華に言うと馬にまたがり従者とともにヘレンたちの後を追った。


「要、リサ、それにマリアさんもウィントン王子を頼む。村の人たちは私と薫で何とかするから」

そういうと要にももうひとつ受信機を渡した。


要は村にいるいちばん足の速い馬を貸してもらい、それにまたがるとリサを後ろに乗せ、そしてすでに馬に乗ったマリアとともにウィントンたちを追った。


「師団長。いろいろと手荒な事をしてすまなかった。悪気はなかったので許してくれ。あとこっちにはもう巨神は来ない。そっちは駐屯地にいたお前たちの仲間の救助に行ってくれ」

師団長はそれを聞くと、師団を率いて主力が駐屯していた場所へと急いだ。


それを見届けると氷美華は村の人たちに、


「観てのとおりだ。聖堂の巨神が動き出した。だがこのままだと何がどうなるかまったく予想がつかない。誰でもいい、聖堂の巨神にまつわる話、伝説でもなんでもいい、知ってる事、聞いたことがある事すべて、今ここで教えてくれ」


そう呼びかけた。すると村人の何人かが氷美華の所に歩み、巨神の事を次々と話しだした。




〇聖堂の巨神



聖堂の巨神はその重々しい巨体をゆっくりと、しかし確実にヤシンの王都ドーレンへと歩みを進めていた。


そこに空中からドライストレーターにまたがったヘレンとサム、そしてローラとジュンが並走しながら近づいて来た。


「うわあ、こうして見るとあらためてデカいなあ、こいつ」

「ヘレン感心してる場合か。まあお前はこういうの好きだからな。それにしてもなんでこいつ向こうに展開しているヤシンの軍隊を攻撃しないんだ。てっきりそれを追い払うために動き出したのかと思ったのに」


ローラの言葉にヘレンの後ろにいたサムが、

「おそらく本拠地を一気に叩く気なんだろうよ。しかしヤシン軍の奴ら、巨神をみて大混乱状態だぜ。あれじゃあしばらくはダメだ。ところでジュン指輪は見えるか」

「いえ、可視では何も。今から透視に切り替えてみます」


そう言うとジュンの帽子のバイザーのあたりが青白く光りはじめた。巨神はその間も

悠然とヘレンたちにかまうことなく歩を進めていた。そのとき、


「ありました、頭頂部付近のやや内側にあります。中で何かに収まっているようです」


それを聞くとヘレンの後ろにいたサムは氷美華に通信機で連絡を入れた。


「氷美華か、今追いついた。巨神の身長はさっき見たとおりざっと五十メートル、重さは分からないけど、足跡のついた地面のめり込み方からみて千トンくらい、指輪らしきものは内部の頭頂部付近にあるようだ。それと進行方向の遥か彼方にヤシンの王都ドーレンがみえる。やはりそこに向かっているようだ。この感じだとそんなにはかからないぞ。どうする」


サムの言葉に氷美華は、


「今、ここにいる人たちに聞いたけど、あの巨神は信仰の対象としてかなり多くの人に支持されているようだ。破壊は拙い、なんとか傷をつけないように足止めできないか、今そっちに馬でウィントンやリサ達が向かってる。少なくともそれまでは何とかしてくれ」


これを聞いたサムはヘレンに、


「悪い、ちょっとジュンと話したいんで、もう少し寄せてくれるか」


ヘレンがローラの方に寄ると、


「ジュン、あの少し先の橋のあたりからあいつの足を止めてくれ。膝から腰にかけてファーストフルバーストを撃てば可能なはずだ」

「わかりましたやってみます」

「ヘレン、それにローラ、悪いがあの村の手前にある橋の向こう側の小高い丘の上に俺たちを下ろしてくれ。ちょっと今からひと働きするから」

「わかった」


ヘレンとローラはサムに言われた小高い丘の上に降りると、二人を下ろした。


「何をするかは分からないが今は任せる。私たちは奴の進行方向にある村や町に避難を呼び掛けに行く。頼んだぞ」

「しっかりやれよ」

「あっ、ちょっと待った」


そういうと二人にサムはヤシンの紋章が描かれた旗を渡した。


「それがあればお前たちのことをヤシンの者と思って信じてくれるだろう」

「こんなのいったいどうしたんだ」

「ヤシンとの戦闘の後、あいつらけっこう盛大にこういうの置いて退却してったからな。ちょっと失敬したのさ。後でなんかの役に立つかと思って」

「さすがキレもの。ありがたく使わせてもらうよ」

「キレもの?」

「こっちの話さ。じゃああとは頼んだ」


ローラとヘレンはそう言うとドライストレーターにまたがりローラはすぐ側の村へ駆け、ヘレンはそのひとつ先にある町へと飛び立って行った。


「さて、ジュン、いっちょうやってくれるか」

「了解です先輩」


そういうとジュンは両手を前に突き出し、手の平を巨神の方に向けた。


「ジュン、奴の装備が分からねえ。何が飛んでくるかわかないから、充分警戒しながらやってくれ」

「わかりました。それいでは行きます。ファーストフルバースト!」


そういうとジュンの両手の平から、凄まじい勢いで巨神の膝下から腰のあたりに向かって拡散されるように帯状の熱線が発射された。


ドーン!! !! !! !! !! !! !!!!!


強烈な音が周りに響き渡った。


ジュンの手の平から熱線は途切れることなく巨神に放たれ続け巨神の歩みは止まった。


「せ、先輩。ファーストとはいえこの持続拡散放射はけっこうキツイです」

「どれくらいもちそうだ」

「よくて二時間です。それ以上はセカンドに移行しないとセーブしきれません」

「セカンドは拙いなあ。あいつ、いくら頑丈にみえてもどうなるかわからないし、危なくなる一歩手前で教えてくれ。そこから後は俺がまた指示する」

「わかりました」


サムはすぐに氷美華に連絡を入れた。


「足止めは成功だ。だがジュンの話ではもって二時間だ。この後はどうする」

「今ひとつ考えがある、リサに話は通しているが、とにかくリサ達が着くまで今はそのままで頼む。なんとかこらえてくれ」


サムは返信を受けるとリサ達が来ると思われる方向に目をやった。


そのとき、


「せ、先輩、拙いです」


ジュンがサムに叫んだ。

みるとジュンと巨神の間がじりじりと詰まっているのが見えた。巨神が地面に足をめり込ませながらすり足で前進を始めたのだ。


「ジュン! 奴が前進したら、その度その距離の半分ずつバックだ。できるか」

「やってみます」

「頼む、お前の後ろはしばらく平地が続く、いいというまで何とかそれで行ってくれ」

「わかりました」


(リサ達はまだか、これじゃもって三十分がいいとこだ、何かいい手を考えないと。セカンドまであげるか。しかしもしもあの巨神をそれで破壊することになったら、この国の巨神信仰者の暴動を誘発しかねない。くそっ! 次の一手が浮かばねえ。このボンクラ頭!)


そういうとサムは自分の頭を強くひとつ叩き、一度ジュンの方に目をやった後、リサ達が来ると思われる方角に目を凝らした。


そのとき、遥か彼方から土煙のようなものが小さく、しかし少しずつ近づいて来るのがみえた。


「きたーっ!」


思わすサムが声をあげた。要とリサ、ウィントンとその従者、そしてマリアがこちらに向かって一直線に走って来るのが見えた。


「お待たせえーっ!」


馬の手綱を握る要の後ろに乗ったリサが大きくこちらに手を振る姿が見えた。


要たちはジュンによって進行を抑えられている巨神の足元近くを通過すると橋を渡り、サムのいる場所にやってきた。


「遅くなってごめん、凄いことになってるけど状況はどうなの」


要が馬から降りてサムに聞くと、

「じりじり押されてるって感じだ。持ってあと三十分がいいとこだ」


その言葉を聞くと要は、


「ウィントン王子。王子とみなさんは王都に先に行ってこの現状を伝えてください。対応は任せます。もしこちらが上手くいったら青、ダメだったら赤の信号を空に出します」

「わかった、成功を祈る」


そういうとウィントンは王都ドーレンへと従者とともに走って行った。


「それでどうするんだ、要」

「サムはジュンをコントロールしてできるだけ足止めをしてっ。その間にリサとマリアさんが巨神のかかとから中に入って指輪がどこにあるかみつける。おそらく指輪を見つけてそれを取り出せばこの巨神は止まるはずだから」

「だが巨神がもしそれを振り払おうとしたらどうするんだ」

「そうしたら私がそこをなんとか援護する。いちおうこう見えてもグレネーダのSS資格を持つの魔法使いだからそこそこは何とかしてみせます」

「わかった、だけど俺もリサたちと一緒に行くよ。力勝負が必要な可能性もあるからな」

そういうとサムは一枚の硬貨をポケットから取り出し、それを人差し指と親指で摘まむと、次の瞬間それを指だけの力でぐにゃっと二つに押し曲げた。


「ワオ」


思わず要とリサが同時に声を上げた。


こうして四人は巨神の足元へと走って行った。




〇最後の戦い



四人が巨神の近くまで近づくとリサは自分たちの頭上約10mの位置に小型の警戒陣を出した。


それをみたジュンはファーストバーストの下の位置を警戒陣のあるあたりまであげた。その瞬間巨神の進行がやや強まったが、ジュンは必死にバーストをコントロールしながら巨神の進行を懸命に食い止め続けた。


「き、きつい、はやく、早くお願いします、先輩い……」


ジュンの必死のそれはサムにも伝わっていた。


「ジュンはかなりきつくなってる。奴のかかとに着いたらどうするんだ」


サムの言葉に要は、

「かかとの所にあるあの扉、そこについてる丸ハンドルを回して扉を開ける。開けたら三人で中に突入。マリアさんが以前中に入った事があるから中の状況は何とか分かるので、あとはとにかく指輪を探して外に持ち出します」


「了解、それだけ聞けば充分だ!」


そういうとサム、リサ、マリアの三人は巨神のかかとに向かって突進するように走って行った。


三人がかかとに辿り着くと巨神はそれに気づき、ゆっくりと身体を曲げ手で払おうとする仕草をみせはじめた。


「拙い!」


要は手の平を軽く振るとオールドバトンを出現させた。そして、


「ここでこれを使う事になるなんて、レイジ、アンテル、アンヘフォルム、スカイ!」


そう呪文を唱えてバトンを振ると、腰のあたりに古い箒があらわれた。要はそれに腰かけると、


「あがれ、そして私をあの者の肩のあたりまで運べ!」


そう叫んだ。


すると要を乗せた箒はゆっくりと上昇しはしげめた。高所恐怖症の要は次第に地面から離れていくそれに恐怖を感じていたが、かかとの扉を懸命にこじあけようとしているリサやサムが見えた時、意を決し真っすぐ前を見つめ、さらに上へと上って行った。


その頃かかとのあたりでは、サムとリサが懸命に扉についているハンドルを回そうと力を込めていた。


「ちくしょうなんて固いんだこいつは。リサ、もっと力入れろお!」

「もう全力以上に入れてるよ。こんなに力を入れても動かないなんて。くそお、動け! 動け! 動けええええ!」


二人の懸命なそれにもかかわらず、上からゆっくりと巨神の手が降りきた。マリアは二人をかばうため剣を身構えた。


そのとき上から雪のようなものと冷気が一緒に降りて来た。要だった。


要が巨神の腰から肩にかけて冷気を両手から吹きかけ、巨神の可動部を凍り付かせ動きを止めようとしていた。


だが高い所が苦手の要にとって、魔法学校の卒業試験以来の箒による浮遊飛行はやや不安定で、ときおりバランスを崩しながらのそれのために、巨神を凍りつつかせるほどの冷気を出す事ができていなかった。


「ダメ、身体の軸が安定しない。これじゃあ下の三人が危ない」


要は焦りながらも、より冷気を強くしようとたそのとき、突然巨神の腕がこちらに向かって急に動いてきた。


「あっ!」


要がバランスを崩しそのまま下に落ちそうになったその時、突然後ろから誰かが要を支えそしてしっかりと抱き留めた。


ローラだった。


「ちゃんと高い所も飛べるじゃないか。要」

ローラはそういいながら要に優しい表情で微笑んだ。


「ローラさん」

「おそくなってすまない。ドーレンに一報は入れた。途中でウィントンとすれ違ったので、おそく今頃は彼の指揮で町の防衛と避難が進んでいるはずだ」

「よかった」

「じゃあ続けてくれ。私がしっかりと支えるから、要はあいつを氷漬けにしてくれ」

「わかりました。それじゃあ」


そう言うと、要はローラにしっかりと腰や背中のあたりをガッチリと支えられながら、今までとは比べ物になないほどの凄まじい冷気を巨神の背中から頭部にかけて強烈に吹きかけた。


巨神はみるみるうちに凍り付いていったが、それでも完全には動きを止める事はできなかった。ただそれでも腕や肩は完全に凍り付いたため、三人の所に手が届くことはなかった。


そのとき



ガシン!


という重い音がして、ついに扉についたハンドルがまわった。二人はさらに渾身の力を込めハンドルをまわすと、扉がゆっくりと外に開いた。


三人は中に突入すると、中は荘厳な聖堂となっていた。そのあまりの素晴らしさに思わずみとれるサムとリサ。


「あれをみてください」


マリアの声が後ろからした。


マリアをみるとそのはるか高く指さす方向に、光り輝く聖杯があり、その中で指輪らしきものが輝いていた。


「あれです。あれが金碧の指輪です」


マリアのその声を聞くと同時に、リサは凄いほどの跳躍で聖堂の中の壁の中にある突起物や壁のヘリを次々と蹴りながら聖杯のある聖堂内の最後部にまで一気に跳ね上がっていった。


そして最後にひとつ大きく飛び上がると、聖杯の真上にまでその高さは達した。


「すごい!」

マリアはリサの超人的なその身のこなしに絶句した。


リサはその飛んだ勢いで聖杯の上を通過しようとする瞬間に聖杯の中に手を入れ、指輪をしっかりと掴むと、そのまま聖杯の中から指輪を取り出し、一気に下まで舞うように飛び降りてきた。


「これですかマリアさん」


「ああそうだ。間違いない、王家の指輪だ。ありがとうリサ」


マリアが歓喜の声をあげたその時、三人が入って来た扉が急に閉まりはじめた。サムはそれをみると近くにあった鋼鉄製の礼拝に使う頑丈そうな机を、その開いている隙間に思いっきり投げ込んだ。


ガシーン!


机は見事に扉の隙間に挟まりギシギシときしみながらも扉が閉まるのを妨げた。


「早くしろ! 閉じ込められちまう」


サムがそう叫ぶと、まずマリアを外に、そして指輪を持ったリサ、最後にサムが出ようとしたそのとき。机が扉の力で一気に潰されそうになり、サムが挟まれそうになった。


「させるかあ!」


リサが閉まろうとしたドアの上部の内側を思いっきり外に向かって蹴り上げた。その瞬間わずかに扉の動きが止まり、その機にサムをマリアが思いっきり外へと引っ張りだした。


バターン!


重々しい音ともに机は真ん中から千切れ、再び扉が閉まった。


「逃げるぞ」


マリアの言葉に三人は全力で巨神から離れるため走り出した。


巨神がその三人を追うようなそぶりをみせた瞬間、空から凄い勢いで突っ込んできたヘレンがサムとマリアを、そして要を抱きかかえたローラももう片方の手でリサを抱えて一気に巨神の側からドライストレーターで離脱した。


すると巨神は徐々に動きを止め、あたりは静寂に包まれていった。


この様子をみていたジュンは、ヘレンに抱きかかえられながらサムが自分に向かって、大きく円を描く合図をみた。


「お、終わったあ……」


そういうとジュンは手からのバーストをストップし、へなへなと腰から崩れ落ちた。



リサは地面に降りたつと、右手を上にあげ、球体状の警戒陣を一つ打ち上げた。


警戒陣は王都からよくみえる高さまで上がると、まるで信号弾のように炸裂し青い色を空に広く振りまいた。


こうして巨神騒動は終結を迎えた。




〇数日後、レントにて。



氷美華たちが自分たちの世界に戻る用意をしていた。


そんな中、氷美華が薫に、

「リサと要が朝から姿が見えないんだけど、どこへ行ったか知らないか?」

「ちょっと用があるといって朝早く出て行ったよ。明日の出発までには帰るって」


それを聞くと氷美華はすべてを悟ったかのように空を見上げた。


(二人とも、うまくやれよ)




その頃リサと要は、ウィントンと初めて会ったティトフの近くにある水車小屋の中にいた。



「えっ、親衛隊を辞めたんですか」

「ああ、今回の責任をとって副隊長を辞し、親衛隊も辞めた。今はただのメシエの一市民さ」


マリアだった。

マリアはマーガレットやマルタに翻意を強く促されたが、後任を若手の親衛隊員に任せ、城を出たのだった。


「あんなことになってしまったのだ、当然だ」

マリアは少し俯きながら話した。


重い雰囲気の沈黙が続いた。


しばらくして要がやや慎重な物言いで切り出した。


「マリアさん。指輪をメイドに渡したのはあなたですね」


「知っていたのか」


マリアは驚いた表情をすることもなく要のそれに答えた。

要は続けた。


「それにあなたはウィントン様が好きなんでしょ。ティトフの水車小屋でウィントン様を見た時の表情で分かりました」

「そ、それは……」

「巨神がドーレンを目指した事。あれはメシエに攻撃してきたヤシンを攻めるというより、ドーレンに目的があって向かっているように感じました。国境近くにいたはずのヤシン軍には目もくれず首都ドーレンに真っすぐ向かって行ったのは、おそらく指輪に最も近くにいたマリアさんの気持ちがいつしかあの指輪に込められ、それを体内に収めた巨神がドーレンにいるウィントン王子の所へと歩を進めたのかと」


マリアは要の言葉に沈黙した。


「すべてを話していただけませんか。マリアさん」


要の言葉にマリアはすべてを告白した。


自分が小さい時からウィントンが好きだった事。そのためマーガレットとの婚約の話を知った時気持ちが動揺した事。そしてそれを潜入していたヤシンのスパイだったメイドに見透かされ、唆そそのかされるようにして指輪を渡してしまった事。ただその後我に返り、指輪を取り戻すため二人についていくことをマルタに懇願したこと。ティトフの水車小屋でのウィントンのマーガレットへの想いを知り、自分のやった事の重大さと責任をさらに強く感じ、一命を賭しても指輪を取り返そうと決意したこと。


マリアはそこまで言うと厳しい目つきで小屋の中から出て行こうとした。


要はマリアのその目つきからいつもと違うただならぬ雰囲気を感じた。そしてマリアの腰のポケットに小さな瓶がチラッとみえると、


「マリアさん、まさかおかしなことは考えていないですよね」


要は低く落ち着いた声でマリアにたずねた。


マリアはその言葉に動きを止めたが、要のその問いかけには答えなかった。


「だめです。マリアさんそれだけはだめです。死ぬなんて絶対だめです」


その言葉を聞くとマリアは急に激しく首を振り、

「何故だ。私は姫様や国を裏切り、ウィントン様をあのような危ない目にあわせてしまった。万死に値する裏切り行為ではないか」

マリアは涙を流しながら要に訴えた。


「それでもです。そんなことをしてもマーガレット様もウィントン様も、いえ、この国の誰も喜びません。喜ぶのはあなたを騙した人たちだけ。そんな事はあなたがするべき事ではありません」

「では、どうしろと。それとも二人の婚礼をこの目にやきつけ、罰として生涯その痛みに耐えて生き続けろとでもいうのか」

「まだその方が正しいと思います」

「何だと! お前たちに私の何がわかるというんだ!」

マリアは激しく取り乱し、要に掴みかかった。


そのときリサがマリアを止めに入った。

「マリアさん。ダメだよダメ! それにマリアさんにしかできない事がこの世界や、この世界以外にもまだまだたくさんあるんだから。償いをするなら死ぬ以外の方法がいくらでもあるはずだよ。だからお願いだから早まらないで!」


しばらく三人の間でもみ合いが続いたが、要やリサのその必死の表情と眼差しに押されたのか、マリアは要からようやくその手を放した。


そんなマリアに、リサは真剣な眼差しを向け、

「マリアさん。少しだけ僕の話を聞いてくれませんか」


そういうとリサはマリアに、かつてあった自分と弥太郎や茜の事、さらにその後ジャックと自分にあった事を話した。



話が終わるとリサは、


「マリアさん。あなたは以前の僕と同じで、ウィントン王子の事でまだ心の底から泣いていないんだと思います。だから」

「わたしが泣くだと。わたしが、わたしがそんなことを……、わたしは……」


するとマリアはまるでさまようように小屋の中をふらつきながら歩きまわった。


「マリアさん。大丈夫ですか」

「大丈夫、わたしは、大丈夫……、だ……」


マリアは弱々しくそう言うと、あのときウィントンがいたあたりに崩れるように座り込んた。


要はそんなマリアに話しかけようとしたとき、マリアの肩がかすかに震えているのがみえた。二人はマリアを残し水車小屋の外に出て行った。


外へ出ると要は思わず、

「あっ、リサ、それって」

「Ich bitte um Ruhe」

リサはそういうと要の口を軽く指で押さえウインクした。


リサの手にはいつのまにかマリアのポケットにあったあの小さな瓶があった。さっき三人でもみあったときにリサがとっさの機転で抜き取っていたのだ。



それからゆっくりとした時間が経った。



いくつかの雲が低く空を右から左に流れていったが、空はどこまでも晴れていた。



二人はじっと空を見上げたまま、目に染みるような青空を見続けていた。




「ねえ要。さっきの巨神の話。もしあれが指輪に込められたウィントンへの想いで動いてるとしたら、なんでウィントンがそばを通った時にそれに反応しなかったんだろう」

「おそらくジュンのバーストが巨神の膝から下半身を中心に拡散するように放出していたから、それで見えなかったんだと思う。そのあともしドーレンへ向かう王子の後ろ姿が見えたとしても、向かうべき目標は変わらないし」

「そうか、ちょっとそこのところが気になってたんだ」



日が傾きはじめる頃、小屋の中からマリアが出て来た。夕陽に赤く照らされたその表情は少しだけスッキリしたものになっていた。


「もういいんですか」


要がたずねると


「ありがとう。よどんだいろいろなものが身体の中から出ていったみたいで、おかげで少し落ち着いたよ。まあ完全にふっきれたと言えばうそになるが。


リサ、要、いろいろと世話になった。礼を言わせてもらうよ。あとあれはすまないがそっちで処分してくれ」


マリアは穏やかに答え、二人もそれに穏やかな笑顔で応えた。


「そういえば氷美華さんが今回の事件の黒幕をどうこうと言ってたけど」

マリアがたずねた。


「ああ、そのことなら心配ありません。氷美華と薫がヤシンに戻ろうとした一味をみんな捕まえて白状させたみたいですから。後はウィントン王子がうまく計らうと思います。それから」

「それから?」

「彼らの黒幕ですが、じつはメシエ王家を転覆させるクーデターを画策していたようです。もし指輪が手に入らなかったら、親衛隊全員に毒を盛り、その後マーガレット王女をはじめ王族全員を夜陰に紛れて皆殺しにする計画だったとか。ただ実行予定日の夕方に指輪が手に入ったので、それは実行寸前に中止になったと」

「なんだと! そんな恐ろしい計画が進行していたなんて。なんで気がつかなかったんだ私は。情けない」

「とにかく結果論ですが、結局マリアさんはみなさんの命を救った形になっていると氷美華さんは言ってました。黒幕の裁判は国民の前で正しい手続きのもとに行われるよう、今マルタさんが準備されているようです」

「そうなのか。マルタ殿なら安心だ。あの方は厳格かつ公正な方だ。しかし、だからといって……」

「氷美華さんは結果オーライだと。それにきっと今回の一連のそれは、マリアさんが子供の時毎日参拝されていた『聖堂の巨神』の、マリアさんに対するご加護だったのだろうと」


それを聞くとマリアは遠くに見える「聖堂の巨神」を見つめた。


「そうか。とにかく何から何まで本当に世話になったようだな」


マリアは二人に頭を深く下げた。


「それでこれからどうするのですか」


要のそれに、


「どこか遠くへ旅に出ようかと。結果はどうあれ私は今回の事件の責任者でもあり罪人だ。さすがにこの国にとどまり続けることには気がひける。ただその前に聖堂へ行ってこれまでのことを懺悔し、そして感謝の念を捧げてくるつもりだ」


それを聞くとリサはマリアに、


「そうだったんですか。だったらこういうのはどうですか? さっきもちょっと言ったんですけど……」


リサはちょっといたずらっぽい表情でマリアに話しかけた。


陽はゆっくりと傾き、夕暮れの片隅をひくと夜が静かにやってきた。





翌日、レントを出た一行は、ビルバゾに転送されきた場所から元の世界へと戻って行った。


出発した時間から一秒程後の時間に予定通り無事全員が帰還、リトルヨコハマには何の支障も起きなかった。


ただいろいろとあったせいか、全員ドッと疲れがでてしまいその日はそのままダウン。

各々自分の所に戻ると爆睡状態に陥った。




その日の夜、皆がぐっすりと眠ったため、LYPの現場担当のメンバーが誰も夜間パトロールを休んだ状態になったリトルヨコハマ。


そんな中、怪しい人影が夜道を歩く女性に近づいていった。そして後ろから襲い掛かろうとした瞬間、男は大きく空中で一回転するとそのまま地面に叩きつけられた。


襲おうとした女性に腕をつかまれ大きく前方に投げ飛ばされたのだった。


「く、くそっ、何なんだ、てめえは!」


投げ飛ばされた男を上から見下ろしながらその女性は、


「お前のように、いきなり背後から襲撃してくる卑怯者に、本来名乗る必要などないが、私は礼節を重んじる人間だ。なので一度だけ名乗ってやろう。


 私は、元メシエ王家親衛隊筆頭副隊長マリア・シュピーゲル」


そこまで言うとマリアはふと何かに気が付いたかのようにこちらをふり向いた。そして、


「もっとも明日からはLYPの新しいメンバーだがな」


そういってウインクした。




第三部、終わり。


読んでいただきありがとうございました。マリアはこの作品のために新しく登場したキャラです。「聖堂の巨神」編は、長編となりましたが、書きなれないためかなり読みづらいかもしれません。ただそれでもお楽しみいただけたら嬉しいです。

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