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そういう話の物語 (初稿 / 一気読み版)  作者: やまなしいずみ
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第二部 リサ・セイバーズの物語・後半

□その八




〇ローラの部屋。



「それは本当か!」

ローラは思わずリサに向かって叫んだ。

「はい、もう百年以上前ですけど、確かにジャック・ゼルマとはっきり」

「誰だ、そのジャック・ゼルマというのは」

ヘレンがローラにたずねた。因みにヘレンは今ローラと同じ部屋に住み込み、LYPの臨時メンバーとして働きながら近くの大学に通い、この世界の事、特に歴史と地理を中心にいろいろと勉強をしていた。


「ジャックは私の師匠マルタの祖父で、闘聖とよばれたという伝説のヴァンパイアハンターだ」

「ほおう」

「それでジャックはどんなかんじだったんだ。わが師マルタもすでに引退した後のジャックしか知らないんだ。できればその話、少し聞かせてくれないか」

「いいですよ、少し長くなるけどいいですか?」

リサはローラに言うと、ローラは二つ返事で了解した。




〇舞台は百年以上前のある山の中からはじまる。



「ハアハア……はあはあ……」

誰かが追われている。


「待て、逃げ切れると思うな!」

誰かがそれを追いかけている。


森の中での逃走と追跡はすでに一時間にも及んでいる。


だがその幕切れは唐突にやってきた。


「あっ!」


逃走者は木の根につまずきそのまま前のめりに倒れ込んだ。


すぐに起き上がろうとしたそのとき、上から追跡者が飛び掛かりそのまま組み伏せそして仰向けにすると、もっていた十字架の飾りのついた剣を大きく振りかざした。


「覚悟しろ!」

追跡者がそう叫ぶと

「ごめんなさい、ごめんなさい、許してください、許してっ! 誰か、誰か助けてっ!」

下になった逃走者は泣き叫んだ。


「すまん、それはできん。許せ!」


そう言うと追跡者は片手で剣を振り上げ、もう片手で下になった逃走者の胸のあたりを押さえつけたそのとき。


ムギュッ♡


「えっ?」

「あっ? ……い、いやあ~~~――――――――っ!」



一分後



「すまない、まさか女だったとは、ほんとうにすまない」

追跡者は逃走していた女にひたすら土下座をしていた。


「酷い、酷いですよ。これが目的だったんですか、それでそのナイフで服を上から……」

女は胸元を片方の手で隠しもう片方の手を顔に当てて泣きじゃくりながら言った。


「いやっ違う、断じて違う、私はそんなことはしない。ヴァンパイアハンター、ジャック・ゼルマの名にかけてそんなことはしない」

「ほんとうですかあ?」

女は指の間からジトっとした目でジャックをみつめた。


「誓う、神にかけて誓う……というよりお前こそ何故逃げた。ヴァンパイアという言葉を聞いていきなり逃げ出すし、それに私のこの青結晶もおまえに近づいたら真っ赤に変色したぞ。これはお前がヴァンパイアという証拠じゃないか」

「それなら聞きますけど、あなたの追ってるヴァンパイアはこんな昼日中に外を走り回るような奴なんですか?」


そういうと女はジャックのナイフについている十字架をがっちり握り、

「こんなことしても平気な奴なんですか? どうなんですか!」

とジャックに詰め寄った。


「い、いや、そんなことは……、スマン。だがそれにしてもさっきなんで許してくださいと」

「あ、あれは、そのう、ちょっと喉が渇いてて、近くの家の木になってた梨をひとつふたつみっつほど……」

「泥棒じゃねえかあーっ!」

「す、すみませーん。でもまさかそんなことでこんなことになるなんて、ほんとすみません」


攻守の切り替えが激しい攻防。そして、




Intermission



「それでお前は本当は何者なんだ。大丈夫もう傷つける事はしない、誓う」

「わかりました。私の名前はリサ・セイバーズ。吸血鬼七大貴族セイバーズ家の末っ子です」

「そうか吸血鬼か……ってお前、やっぱヴァンパイアじゃないか! なんだよそれ。ふざけんなよ、詐欺だろペテンだろ。誓っちまったから何もできねえだろ。どうしてくれんだよ、これ」

「しょうがないじゃないですか。それに別に悪い事やましい事、僕一切してませんよ。まあ、梨はやっちゃいましたけど……、ごめんなさい!」



しばらくなんともいえない微妙な静寂が続く。



「まあ、しかたない。じっさいお前は悪そうな奴じゃないし。それにしても何で陽の光も十字架も大丈夫なんだ?」

「ああ、それは僕がアルティメット・ヴァンパイアだからですよ」

「なんだそうか、それなら納得だ、ははは……、ってアルティメットだと、あのかつてあったという、伝説的大虐殺の張本人か!」

「ち、ちがいますあれは先代で僕とは縁もゆかりもありませんし、僕が生まれるはるか前に死んじゃってますし」

「そ、そうか、だがお前も先代くらい危ないんじゃないだろうなあ」

「大丈夫ですよ。それにさっき僕の事、悪そうな奴じゃないと言ってくれたのあなたですよ」

「あっ、そうか」

「そうですよ」


二人は思わず相手の顔をしばらく見つめ合うと、どちらからともなく笑い出した。



五分後


「じつはこの手配書の奴と君を間違えたんだが」

「ぜんぜん似てないですよ。髪の色と髪型がちょっと似てるだけじゃないですか。酷いですよ……って、これリナルドだ」

「知ってるのか」

「はい、昔よく七大貴族の開く舞踏会で会いましたから。何かあるたびに嫌味をいってきてほんと嫌いでした。確か最近問題を起こして勘当され家を出されたと聞きましたけど、何かしたんですか?」

「こいつは数か月前に街を襲って、何人もの人間を襲い吸血鬼化して自分の配下にし、あちこち荒らしまわる盗賊団を結成したんだ。今ではこうして指名手配され賞金もかかっているが、かなり手強くてみな返り討ちにあってるんだよ」

「ちょっと待ってください。そんな盗賊団の首領がたったひとりで、しかもひたすら逃げまくってるなんて、もうその時点でおかしいとは思わなかったんですか?」

「そういやそうだな」

「そうだな、じゃないです。ちゃんと吸血鬼違いって気づいてくださいよ。まったく」

リサはジャックのあまりの抜けっぷりに呆れかえってしまった。


「それでこれからどうするんです。リナルドを捕まえるんですか?」

「もちろんだ。これ以上奴の好き勝手にはさせない」

「そうですか。それじゃあ僕も手伝います。正直今回のとばっちりはあいつにも原因がありますし、それにまた別のハンターに間違われたら最悪ですから。まあ、そんなおかしなハンターは二人とはいないと思いますが」

「なんだよおい。そんな言い方ないだろう。だいたい誰がお前なんか連れてくと……」

「何ですか、何か文句あるんですが、これ以上つべこべ言うと、か弱い少女ヴァンパイアを手籠めにしようとした変態ハンターとして、あなたの名前を世間にぶちまけますよ」

「ふざけんな、やめろよそれ。わかったわかった。連れてくよ。ただし正体は隠してくれよ。下手にばれると、俺が教会から怒られちまうからな」

「教会?」

「今回のそれは教会がバックにあるんだ。賞金も教会が出してくれる。だからそのへん頼む。な」

「わかった。あと、もう胸もまないでよ」

「もまねえよ。(けっこういい感触だったけど)大丈夫だから信じてくれよ。頼むから」

リサはジャックのそれを聞くと、ふふっと小さく笑った。


こうして二人は手を組みリナルドを探す旅に出た。




〇一週間後。



「みつからないですねえ」

リサはちょっと飽きた表情をしなが若干ノロノロと歩いていた。


「なんか俺たちの先先といっててなかなか追いつけねえな。しかしお前もう何日寝てねえんだ、少し寝ろよ」

「大丈夫、僕十日くらいは起きてても全然平気ですから」

「すごいな、それ」

そういいながらジャックの歩みもかなり鈍く重いものになっていった。


「なあ、ところで一度聞きたかったんだが」

「何?」

「なんであんな山の中で梨なんか食ってたんだ? セイバーズ貴族なんだろ、一応」

「一応って……、うーん、家出、かな」

「家出?」

そういうとリサはちょっとうつむき加減に話し出した。


「じつはこのまえまで、僕、日本という国にいたんだけど、そこでいろいろとあって。もちろん楽しい事もいっぱいあったけど、ちょっと……ね」

「ちよっとって?」

「なんというのかなあ、ただその時の事がひっかかって。それから気分を変えるために、いろいろと回ったりしてからそれで家に帰ったんだけど、それでもまだちょっともやもやしてて……。そんなとき父上と些細なことで口喧嘩して、それでってかんじかな」


リサの話を聞いてジャックは、

「お前、日本というところで男にふられただろう」


その言葉にリサの身体に一瞬心臓を抉られたかのような衝撃が走った。


「な、何それ! そんなわけないじゃない。ばっかじゃないの……ふったとか、ふられたとか……」


リサは必死にその場をごまかそうとしたが、


「まあ、よくある話だよ。俺にだってそういう話のひとつやふたつ」

「そんなんじゃないよ!」


リサは思わず下を向きながら言葉を荒げた。


「そんなんじゃないよ。そんなんじゃ……」

リサの声が震えているのを感じたジャックは、


「すまない、悪かった、あやまるよ」


「別にあやまる必要なんかないよ。だけどあの人は初めて僕を女性としてみてくれて、そして大事にしてくれた人なんだ。最後はいろいろあったけど喧嘩したわけじゃないし、それに相手の人もとてもいい人だし……、だけど、だけど……」

次第にリサの声がか細くなっていった。


「おまえ、この事でまだ思いっきり泣いてないだろ」

「泣く?」


「一度気がすむまで、それこそ涙が枯れるまで泣かないからいつまでも引きずっちまうんだよ。まあ家でも周りの目があるからなかなかなそれもできなかったんだろ。お前は知らず知らずのうちに、自分がおもいっきり泣ける場所を探してたんじゃないのかなあ。ここなら誰もいないし、いくら泣いても誰にも聞こえないぜ、なんなら俺が肩を押してやろうか?」


「いいよ、それにハンターの前でヴァンパイアが泣くなんて……」

「胸触った時泣いてたじゃないか」

「あれは……、たしかにそうだけど、でも、そういうんじゃなくて」

「そうだそうだ、俺ちょっと喉がかわいたんであそこに見える川まで水汲みに行ってくるわ」

「えっ、ちょっと待って」

「あん? 何か言ったか。俺ちょっと今日は耳の調子が悪くてさあ、後ろから話しかけられるとよく聞こえないんだわ。とにかくしばらくそのあたりで待っててくれ」


そういうとジャックは道を外れ少し下りながら川の方へと、深い茂みをかき分けながらどんどんと川の方へと歩いて行った。


リサがまわりを見渡すと、そこには遠ざかっていくジャック以外に人の気配はなく、鳥のさえずりと風の音しか聴こえなかった。空はどこまでも青く、遠くに見える山々は穏やかな表情でこの景色を見守っているようにみえた。リサはそのとき急に、自分の中から止めることのできない何かが湧き上がってくるものを感じた。



ジャックはようやく川につくと軽く一呼吸入れ、腰のベルトにつけていた水筒を外し、川の水をそれに汲もうと少ししゃがみこんだ。そのときジャックの耳に、おだやかな風にのってリサの嗚咽おえつが小さくせせらぎの音にまざって聞こえてきた。ジャックはそれに振り返ることなく、かぶっていた帽子をやや少し深くかぶりなおすと川の水を水筒に汲み始めた。



リサのいた場所に一時間ほどしてジャックが戻って来た。


「おそいおそい、どこまで行ってたの」

「いやあ、川に魚がいてつかまえようとしてさ。けっきょくダメだったけど」

「だらしないなあ、僕ならちょっとひとつかみでできるけどなあ」

「じゃあ今度はリサに行ってもらうよ」

「了解」


ジャックはそのときリサが今までと違い、爽やかですっきりとした表情になっていることに気づいた。それはとても魅力的なくらい輝いているようにみえた。


ジャックはそんなリサにちょっとドキッとするようなものを感じた。


(あ、あれなんだ今のは? まさか……)


ジャックは自分のリサに対する感情の変化のようなものに少し戸惑いながら、先を歩くリサの後ろ姿をずっと目で追っていた。



二人が二時間ほど歩くと丘の上から小さな村とその中央に教会がみえてきた。


「あそこの教会で一休みさせてもらおう。教会、大丈夫か?」

「僕、以前教会で働いてたことがあるので大丈夫」

「しかしお前ほんとにヴァンパイアか?」




〇教会の中。



二人が教会につくと中から一人の青年が出てきた。

青年の名はミル。神父になったばかりの新人だという。


ミルは二人を中に入れると食事を用意し、夕暮れが近いという事でここに泊まることを勧めた。二人もそれをありがたく受けた。


その直後、教会の外で少しざわついた気配を二人は感じたが、そのときはその重大さまでは知る由もなかった。



風呂が終わりさっぱりとした雰囲気部で戻ってきたジャック。

部屋にはミルが机の前に座っていた。


「お連れ様は?」

「ああ、あいつは今風呂に入ってる。さすがに女と一緒に風呂は拙いからなあ。一応お年頃だし」

「えっ、あの方は……」

「ああ、それは言わない言わない。特に本人には言うなよ。けっこう傷つくから」

「わかりました。ところであなた方は、その身なりからハンターとお見受けしましたが」

「ああ、そうだ。(リサは違うけど)」

「じつは二日前に、あの二つほど山向こうの村が、ヴァンパイアを首領とした盗賊に襲われたという話が夕方こちらに届きました。村人もみな怯えています。私は神に祈ることしかできませんが、あなた方なら何とかしていたけるのではないかと。


お願いします。お金は今はありませんが追い払ってくれれば一生懸命働いて何年かかってでもお払いします。私たちを助けてください」

そういうとミルはジャックの手をとりながら深々と頭を下げた。


ジャックはそれがリナルドとその仲間だという事を察した。


「いや、そういうのはいいよ神父さん。奴らには賞金がかかってるから金はそっちからもらうさ。ただそのためにはこちらからもお願いがある。この村を含めた付近の地図を用意してほしい。それと一時間後に村の人たちを教会に全員よんでほしい。頼めるか」


ジャックの目つきが変わった。


「ということは」

「ああ、できるかぎりのことはするよ。神父さん」

「ありがとうございます。でも夜だと危ないのでは?」

「いゃ、それはない。二日前に村を襲ったということは、奴らの今までのパターンからみて、まだ次を今すぐ急いでここを襲うことはない。大丈夫だ。だから頼む」

「わかりました。それでは早速」


そういうとミルは奥の部屋へと走って行った。

リサが入れ替わりに部屋に入ってくる。


「リサ、聞いてたんだろ。そういうことだ。思いっきり力を貸してもらうがいいな」

「OK、アルティメットの実力、思いっきり貸してあげるから。あと一応はないよ、ジャック。僕、れっきとしたお年頃だからね」

「わりい、言葉のあやだ気にするな。ちゃんとレディだと思ってるから、信用しろよ」

「まったくもう……(でも僕の事レディとちゃんと思ってくれてるんだ)」


リサのそれを笑って聞くとジャックは立ち上がり、襲われたという村がある方向を部屋の中から窓越しにみつめた。その顔はからはすでに笑いは消え、厳しい表情に変わっていた。




〇一時間後の教会の中。



村人が大勢集まっている。


「いきなり集まってもらって申し訳ない。話はだいたいさっき神父さんが話してくれたとおりだ。ただ奴らを迎え撃つには俺たち二人しかいない。だから村全てを守るのは無理だ。だが全員この教会にいてくれれば、全員の命だけは何とか守り切れるし、奴らを追い払う事も可能だ。だからそのための準備にみんな力を貸してほしい」


そういうとジャックはミルにかき集めてもらった十個ほどの十字架をみせた。


「今あるのはこれだけだ。ニンニクはここにはないので、もし家にある人は十字架も含めてありったけここにもってきてくれ。今まで俺たちが仕入れた情報をあわせると、奴らは明日にはここに来る可能性が高い。だけど来るのは明日の日没後だ。それまで明日の日の出から日の入りまで、いろいろとやってもらいたい事がある。頼むから力を貸しくれ」


そういうとジャックは頭をさげた。


「ところでもう一人の人は外で何を」

一人の村人がジャックにたずねた。


「あいつは今、警戒陣というのを外につくってる。それで奴らがどれくらいで来るかが分かる。それに外のあいつは魔術の使い手で、しかもみてくれはあんなかんじだけど、とにかくとんでもなく強い。おそらくこの村の男総出で一斉にかかっても一瞬でやられくらい強い。かなりあてにして大丈夫だ」


するとひとりの男が前にあらわれジャックに言った。


「ほんとうにそうなのかみせてくれないか」

「そうだ、あんな優男(やさおとこ)にそんな力があるなんて言葉だけじゃ信用できねえ。証拠をみせくれ」

(だから男っていうなよ。あいつが傷つくだろうが)

ジャックが苦虫をかみつぶしたような表情をしかけると、


「そうだね。それは無理ないかな」


そういってリサがこっちに歩いてきた。ただその顔が少しひきつっているのをジャックは見逃さなかった。


リサはそういうと手に転がっていた少し太い木の棒を拾い、それを軽く手の平の上でポンポンと弾ませると、次の瞬間、目にも見えないほどのスピードでその棒を蹴り飛ばし、離れた場所にある木の幹にものすごいスピードでぶち当てた。その瞬間棒はその強烈な衝撃で木っ端みじんに砕け散り、木の幹にもくっきりと大きな凹みが残った。


あまりのすさまじさに声を失う全員。


(すげえ。アルティメットがすげえという話は聞いてたけどこれほどかよ)

ジャックもまたこの光景に驚愕した。そして、


「これなら大丈夫かもしれん」

「なんとかなるかも」

と村人に安堵の表情がようやく見えだした。


「だが油断はしないでくれ。これは戦いだ、聞いた話では奴らは警備隊も突破するくらいの戦力を有している。こちらも全力を尽くすから、みんなにはとにかく準備をすべて整え、戦闘中は心だけはとにかく強くもってほしい」


ジャックのこの言葉に村人全員の目つきが変わった。


そんなジャックの横にリサが寄ってきた。


「いやあ、やっちゃった。これはもう最後まで男で通した方がいいかなあ」

「まあ、あそこまでやったらもう関係ねえけどな。しかしすげえなあ」

「あんまり人前ではしたくないんだけどね」

「お年頃だからか」

「そっ。わかってくれてるんだ。なんかうれしい」


ジャックはそんなリサを初めて可愛いと思った。

と、同時にそんなリサを危険な目にこれからあわせるということに、やや心が揺れ動いていた。



そんな中、こうしていよいよリナルド達との死闘の幕が切って落とされた。




〇翌日夕暮れ前。



教会の窓や入口には村人たちによって何重にも木が打ち付けられ、中からはそれらを重たい家具等で塞ぎ抑えこんだ。さらにそこにリサは教会そのものに、かつて竜王寺屋で使った光による防御壁を発動させる陣をつくりあげた。


村人は必要最低限のものと、寝るための用具等を教会の中に入れ、夕方には老人から赤ん坊まで老若男女すべてが教会に籠った。水と食料も万が一の為大量に貯蓄し、籠城に備えた。


「神父、ニンニクと十字架は教会の要所に置いてくれたか」

「はい、窓、煙突、鐘楼への昇降口、玄関に裏口と、すべて言われるとおりに」

「わかった、いいかこっちがもういいという迄絶対開けるな。それと奴らは声真似をする。だから合言葉を今から教える。これを言わない限り、例え外から「忘れた」と俺やリサの声が聞こえても絶対開けるな。いいな」

「わかりました、命にかえても」


そういうと神父は合言葉を聞き、それを確認すると教会の中に入って行った。


「リサ、どう思う、やれるか」

「僕を誰だと思ってるのさ。かつて日本でもこういうような事があって、そのときは凄腕の忍者と二人で五十人の屈強な盗賊相手にそこにいた人たち全員を守り抜いたんだよ。それに比べれば相手はひとりを除けばただの吸血鬼もどき。三分で全滅させてやる」

「おいおい強気じゃねえか。いいねえ」

「ああ、その代わりリナルドはジャックが頼む。かなり手強いから気を絶対抜かないように。大丈夫?」

「俺を誰だと思ってるんだよ。お前を一時間山ん中追いかけきった男だぜ。俺の本気みせてやるよ」

「たしかにあれにはまいったなあ」

「頼むぜ相棒」

「相棒かあ、悪くないなそういうの」


二人はそういうと軽く拳をぶつけあった。


「あと、絶対無理すんなよ。危ないと思ったら俺にまかせろ」

「わかった。そのときはまかせるよ (あれっ、これってたしか……)」

「ところでリサ、あそこにあるあのバケツはなんだ。水がはいっているようだけど」


ジャックがリサにたずねた。


「あ、あれはひょっとしたら必要かなって」

「ふーん。何に必要なのかちょっとよくわからねえけど」


そのときリサの足もとの警戒陣が赤く光り出した。


「来た! ジャック!」

「神父、閉めろ! 後は頼んだ」


ミルは村人とともに入口を閉め錠をかけると、一番の重しを中からした。


「彼らハンターと私たちすべてに神の御加護があらん事を」


そういうとミルは、手にこん棒や武器となるような農具をもった男達に葡萄酒とパンをふるまい、女子供は祭壇のまわりに集め、全員の気持ちを落ち着かせるため、神への祈りを織り交ぜながらの説教をはじめた。



そのころ外では、遠くから来る集団を二人はみていた。


「あと3分というところかな」

「そうだね。じゃあ僕、そろそろはじめるから」

「おう、まかせた」


そういうとリサは教会全体を光の幕で覆いつくした。かつて竜王寺屋でやった防御壁だ。


そして大きく両手を上にかざすと、空に巨大な警戒陣が浮かびあがり、あたり一帯をまるで昼のように照らし出した。


「うわっ、凄げえ」

ジャックは思わず叫んだ。


「来るよ! ジャック」

リサの叫ぶ声が聞こえるとジャックは片手に金の棒を、そして片手に銀のナイフをもち、それを交差させ低く態勢をとり身構えた。


次の瞬間、一斉にリナルドの手下が襲い掛かってきた。


するとリサは、


「七大貴族セイバーズ家長女、リサ。アルティメットの名に懸けて、押してまいる!」


そういうと全身が青く光り出し物凄い勢いで、手下の中に突っ込んでいった。


たちまち凄まじい乱撃戦がはじまったが、リサのパワーと魔術を組み合わせた速攻で、次々とリナルドの部下たちは倒れていった。


「おいおい、これじゃあ俺の出る幕がねえぞ。しかし奴はどこだ。リナルド。いったいどこでこの戦況をみてやがる」


ジャックがあたりを必死に見まわしていたそのとき、突然遥か彼方からリサに向かって槍のようなものがいきなり飛んできた。そしてそれがリサの身体を貫いた。


「ぐふっ!」


リサはそのまま空中から地面に叩きつけられるように落下した。


「リサ! リサっ!」

ジャックが叫んだそのとき自分の方にも槍が飛んでくるのがみえた。


ジャックはそれを間一髪で交わしたが、それはリサの張った光の防御壁に当たり、その当たった部分を無効化した。


「しまった!」


ジャックは一瞬動揺したが、すぐに空からリナルドゆっくり降りてくるのがみえ、再度態勢を整えた。


(こいつがリナルドか。確かにリサとは似ても似つかねえ奴だ。あれじゃあ怒るのも無理ねえな)


リナルドは地面に降り立つと余裕の笑みを浮かべ、

「まさかこんなところでリサと合うとはな。引き籠りのくせにしゃしゃりでてくるからこんな目にあうんだ」

「きさまにリサの何がわかる。卑怯な手を使いやがって」

ジャックが激しく言葉をリナルドにぶつけると、


「言いたいことはそれだけか。それよりお前ひとりで私とこれだけのヴァンパイアを相手にできるのかな」


そういいながらにやりと笑うと手下のヴァンパイアに手で合図を送った。手下のヴァンパイアたちはそれに呼応し、横一列になってじわりじわりとジャックに迫ってきた。


(畜生、リサがある程度片づけてくれたけどまだ十人以上奴の手下がいる、本来なら動いて勝機を見出したいが、教会の防御が一部欠けてるので、ここを動いたら教会の中に入られちまう。そしたら中のみんなはお終いだ。どうする。どうしのぐ。考えろ、考えろ!)


リナルドが手を上げ手下に一斉に攻撃するよう号令をかけようとしたその瞬間、


「ばか野郎、痛かったじゃないか!」

そう叫びながらリサがいきなり強烈な飛び蹴りで、横並びしていた配下のヴァンパイア全員を一撃でまとめて吹き飛ばした。


呆然とするリナルドとジャック。

次の瞬間、


「ジャック! 後はまかせた、美味しいとこ、全部もってけ!」


リサはそういうと親指を立てウインクした。


「おうよ、いただくぜ」


そう言うと、ジャックは両手の武器を交差させたまま一気にリナルドに突進した。


リナルドもまたそれに応戦。懐からサーベルを取り出すと、フェンシングの構えでジャックを激しく突き立てた。激しい衝撃の連続でジャックはやや押され始めた。


(くそっ、これじゃあ先が読めねえしなかなか踏み込めねえ。それじゃあこれならどうだ)

そういうとジャックは服のボタン上二つを外すとそれをリナルドに投げつけた。


リナルドがそれを剣で刻むと、その砕けと粉がリナルドに降りかかった。するとリナルドの身体から煙が噴き出した。


「うおおっ」


リナルドは苦悶に充ちた表情を一瞬みせたが、次の瞬間それは怒りの形相に変わり、


「おのれえっ!」


と、サーベルを一気にジャックに突き出した。それをみるとジャックは、


「この瞬間、待ってたぜ」


そういうとリナルドの剣をギリギリで交わすと懐から碧い紙を取り出し、間隙を突いてリナルドの額に貼りつけた。その瞬間、


「ぐわわああああああああつ!」


突然リナルドはこの世のものとは思えない程恐ろしい声を出し、そのまま炎をあげ燃えだした。


「あああ、助けて、助けてくれえ」

リナルドはそういいながら激しい炎をあげたままゆっくりと横に倒れた。そのとき、


バシャーン!


いきなり大量の水がリナルドの上にかけられた。リサだった。

近くにあったあのバケツの水をそのままかけたのだ。


「おい、リサ。何するんだ!」

「勝負有だろ。それにそいつ捕まえないと賞金もらえないんじゃないの」

「そうだけど、こいつまた復活しないか」

「今は無理。身体の芯まで燃えてたから、元に戻るまで最低でも一か月はかかるよ、これ」

「そうなのか」

「それだけ凄いんだよ、それ「魔滅札」でしょ。話には聞いてたけど実物は初めてみたよ。その最終兵器使われたら私だってどうなるかわからないし。だからあのバケツを用意してたの。ヴァンパイアは燃えちゃうと終わりだから」

「そうだったのか。しかしそれならお得意の魔術でもよかったんじゃないのか?」

「でもあの方が手っ取り早いし。魔術だとどうしても少し段取りに時間かかっちゃうから」

「なるほどなあ。ところでお前、大丈夫か。さっき槍が身体を……」

「もうとんでもなく痛かったよ。一瞬気を失いそうになったくらい。でもあんなんじゃやられないから大丈夫。心配してくれてありがとう」

「あたりまえだろ。相棒なんだから」

「そうだったね。そういえば」

「忘れてたのかよ、ひでえなあ」

「ごめん。でもほんと、ありがと」


そういうとリサはジャックに握手を求めた。


するとジャックはリサと握手はせずそのまま強く抱きしめた。


「無事でよかった。ほんとに無事でよかった」


ジャックが耳元で囁いた言葉を聞いた時、かつて弥太郎がリサに同じような事を言ってくれたことをまた思い出した。リサもまたジャックを軽くハグした。




〇翌朝、教会の前。



すでに軍が連絡を受け到着していた。


黒焦げになったリナルドは担架で運ばれていった。だが軍の兵士たちが皆驚いたのは、リナルド配下のヴァンパイアたちが皆元の人間に戻っていたことだった。みなヴァンパイアになった以降の記憶が無かったが、襲われた時の聴取と身体の検査の為首都にみな運ばれて行った。


ミルをはじめ村人は二人を取り囲み謝意を次々と述べていった。特にミルは涙を流し、手をとって二人に深く感謝をした。それからその日は村をあげての祝宴となり二人は最高のもてなしを受けた。



そして翌日、二人は村人たちに見送られ村を出た。


しばらく歩いているとジャックがリサに聞いた。


「なあ、あいつらが人間に戻ったのって、あれみんなリサか?」

「もちろん。人間はふつう吸血鬼化したら戻れないんだけど、そこは僕『全能の魔術師』も兼ねてるから。術で僕の血を解毒剤がわりにしてすべてお終いってとこ」

「大丈夫かよ、あれだけの人数に自分の血を与えて。ヴァンパイアなら逆は拙いんじゃないのか」

「ちょっと貧血気味になったけど今は大丈夫。それくらいで倒れるほど僕やわじゃないから」

「そうか、しかし本当にお前やさしいんだな」

「今頃わかった。でもヴァンパイアって本質的にはやさしいんだよ」

「そうなのか」

「そうなの」

「だけどリサは特別だな

「そうかな?」



途中で道が左右にわかれていた。


「俺はこれから首都にいって賞金をもらうけど一緒に来ないか」

「遠慮するよ。僕は別に賞金はいらないし。それにしてもリナルドにああまで見事に勝つなんて。ジャックってけっこう凄いハンターだったんだね」

「あたりまえだ。俺をだれだと思ってるんだ……といいたいとこだが、正直今回はほんとうにリサに助けてもらったよ。ありがとう。


なあ、やっぱり一緒に行かないか。できればこれからも」


ジャックはリサの目を真っすぐにみつめた。


リサはそのときジャックの目の中に自分の姿が映っているのをみて、なんともいえない感情が沸き上がってきたが、


「気持ちはありがたいけど、そろそろ家に帰らないとみんなが心配するから。それにハンターがヴァンパイアと一緒だとばれたら賞金もパーだよ」

「そんなこと関係ない。リサの方が賞金よりはるかに俺にとっては大事なんだ」


その言葉にリサは、胸がしめつけられるような強い思いが、自分の中に波紋のように拡がっていくのを感じた。



二人の間にピーンとした感覚が次第に強くなっていくのを感じたリサは、ジャックに背を向けると、後ろで手を組みひとつ大きく息を吐きと、空に向かって大きく叫んだ。



「後はまかせた、美味しいとこ、全部もってけ!」


「おうよ、いただくぜ」


そういうとジャックは後ろから強くリサを抱きしめた。


二人を爽やかな風が包み込んでいった。




〇ローラの部屋



「それで、ジャックとは」

「そこで分かれたよ」

「えっ? だってその流れだとそのまま二人は……、ってかんじじゃないか。そのまま唇を重ねるとか、その……」

「おいおいローラ、けっこうお前ストレートに言うなあ。どこまで言うのか、聞いてるこっちがドキドキしてるんだが」

「いや、だって、そのだなあ」

「でもそうはならなかったんですよねえ。なんでだろう」

リサのその言葉に、


「ああ、でもそれなんとなく分かる気がする」

ヘレンはボソっと呟いた。


「えっ?!」


ローラとリサは思わずヘレンの方をみた。


「私も同じような経験があるからな。もちろんもう少し大人の話だけど」

「あっそれ僕聞きたいです」

「私も。そういう話今まで聞いた事なかったし」


「ローラ、お前ほんとにこういう話に食いつきがいいなあ。いいよ。ただし美味しい紅茶をもう一杯入れてくれたらだけど」

「分かった、今すぐ入れてくるから」

ローラはそういうとキッチンの方に小走りで向かった。


ヘレンはそんなローラを目で追っていたリサの瞳に、なんとも寂しそうな陰をみたような気がした。




□その九




〇週明けのレプシュール女学院。リサのいる教室の始業時刻前。



「リサ、これリサだよね」

隣のクラスの梶原ゆうと今川佐紀が一冊の雑誌をもってリサのいる席に走って来た。

要の親友だった二人はリサともすっかりいい友達になっていた。


雑誌は各学校やそこにいる生徒の特集や紹介、さらには話題のイベントやお店の情報などを網羅した人気雑誌だった。


最近はあまりみかけなくなった紙媒体の雑誌だけど、この雑誌だけはその企画力とフットワークの軽さで、未だに手堅い部数を発行し根強い人気を誇っていた。


ゆうと佐紀はその雑誌のページをめくると、そこには私服姿のリサが写ってた。

しかもにこやかに笑顔をみせたそれがいくつか掲載されていた。


「あちゃあ、もうバレちゃったか」

リサはちょっとばつの悪そうな顔をした。


要も側にやって来て、それをみると少し驚いた表情で


「えっ? どうして、あんなに嫌がってたのに」


と問いただした。

まわりのクラスメートも不思議そうな顔をした。


「いやあ、じつはこの雑誌の人に頼まれたのもう五回目で、なんか悪い気がさすがにしてきて。それに……」

「それに?」

「僕の好きなアニメキャラの声やってる声優さんのサインをくれるっていうんだよね」

「あらら、弱いとこついてきたねえ。でもどうして? つけられたりしてたの?」

「いや、なんか僕のコミケのコスプレ写真をネットでみつけちゃったみたいで、それでさあ」

「あちゃあ、いたいな、それ」

「ただ学校の事もあるから、学校にそっちから許可とってもらって、それでOKだったらという条件つけたんだけど」

「え? 学校が。でもこれが載ったってことはOKが出たということだよね」

「うん、僕もびっくりだよ。確認の為学院長さんに直接会ったら、二つ返事でOKしたって。『若いうちに挑戦できるものはどんどんしなさいって』ただ水着とか下着姿はもちろんだけど肌の露出が多いものもNGという条件付きで」

「そういえば、なんだか服装けっこう地味だね」

「もういちばん地味な私服でやったよ。だけどそれでも向こうは喜んでたけど」

「だけどリサ。けっこうチョロいよ。サインひとつでOKだなんて」

「いやあ、いちばん弱いとこつかれちゃったからね。申し訳ない」


まわりにいたみんなもリサのそれには笑うしかなかった。


「ねえ、確かこれって毎週ネットで人気投票やるんだよね。どうなるんだろう」


ゆうがそういうと、

「他のみんな、けっこう綺麗な子や可愛い子がるからなあ。最下位にならなければOKってところかな」

リサが答えた。


「そうかな?」

要はそういうとリサに、

「確かにリサは他の子に比べると色気は無いけど、いちばんの美形だからね。男性票は全然だろうけど女性票は入ると思うよ」

「色気は無いし、男性票も無いですか……、やっぱりねえ」


リサはちょっとしょげてしまった。


(あっ、ちょっと拙かったかな)

要は言い過ぎた感を遅まきながら感じ、リサにフォローをしようとした瞬間


「はい、みんな席について」

担任の先生が入って来た。


結局リサはもんもんとしたままその日一日を過ごした。




〇週末のレプシュール女学院。リサのいる教室のお昼休み。



「はあ、お腹空いた。さて学食行ってカレーでも食べようかな」

リサがそう言って席を立とうとすると、


「た、たいへんたいへん!」

ゆうと佐紀が走って来た、そして、


「これみて! これ、これっ!」

リサに自分のスマホを見せた。


そこにはこの前の雑誌の人気投票の結果が出ていた。


「あっ、これ、このまえのかあ」

そう言ってリサ、それにその様子をみにきた要が画面に目を通した。


その瞬間、


「!!!」


二人ともそれをみて一瞬かたまってしまった。


なんと全得票数の三割をリサが獲得、

二位の子とは僅差だったがとにかく一位だった。。


「これ、ほんとかなあ」

リサはひきつった笑いを要にみせたが、その要は自分以上にひきつった笑顔をこちらにみせていた。


だがひきつっていたのはこの二人だけ。


この結果を知った他の生徒全員は、学院始まって以来のこの出来事に歓喜爆発状態で、リサを取り囲むとその身体をみんなで持ち上げ、なんと教室の中で胴上げをはじめてしまった。


しかも校内放送ではこのことを知った放送委員が、いきなり全校生徒に緊急ニュースとしてこれを放送、一年のファンクラブも全員がリサのクラスに駆け込んできて、完全に収集のつかないカオス状態になってしまった。


要はこの大混乱の中リサと離れ離れになり、身の危険を感じたため緊急避難で机の下に逃げ込んだ。


そのとき要の耳には自分に助けを求めるリサの声が微かに聞こえたが、

(リサ、御免、ちょっと無理)

と心の中で呟き、リサの方角を見ながら目を閉じ手を合わせ謝り続けた。




〇放課後、下校中のリサと要。



「ごめん、ほんとごめん。このとおり」

そう言って手を合わせたまま要はリサにまだ謝っていた。


「もういいよ。あの状況で僕を助けられるのは冴島管理官くらいだし」

「管理官かあ、そういえばその氷美華さんからリサに祝電送ったみたいだけど」

「きてた。『次も絶対勝て』だって。来月は出ないのにさ」

「えっ? 出ないの」

「出ないよ。もうコリゴリ。学院長や雑誌の担当からも打診されたけど、もうけっこうって断ったよ」

「そうかあ、ちょっと残念」

「残念じゃないよ。学校名伏せて仮名使って大正解だよ、ほんと」

「確かに学校名出してたら、放課後出待ちされてたかも」

「うわあ、芸能人じゃないんだから、やめてよそれ」

「でも来たら来たで仲良くなっちゃうでしょ、みんなと」

「それはそうなんだけど……」


リサは肩を落としため息をひとつついた。そのとき。


角から人影があらわれリサ達の前に立ちふさがった。


栗毛色デエアリーカールの髪型の、リサたちとは違う学校の制服を着た、ちょっとお嬢様風の女子生徒だった。


「わっ、さっそくファンあらわる」

「えっ、まさか」

二人は一瞬ひるんだもののリサは意を決して


「君は?」


「私は、秋野内渚といいます。この近くにあるカンパル一貫校の生徒です。じつはあなたに御願いがあってまいりました」


そういうと渚はリサを真っすぐにみつめた。


「お願いってなんでしょうか」

リサは慎重かつ丁寧に渚にたずねてた。


「あなたをアルティメット・ヴァンパイア、リサ・セイバーズと知ってのお願いです」




〇リサの部屋



部屋には渚、リサ、薫、そしてちょうど部屋でアニメを見ていた薫がいた。


「私はBFP、特別能力者です」

渚は切り出した。


「BFP、聞いたことある。ESPよりかなり強力な超能力をもっているという」

「おっしゃるとおりです。ただ私がリサさんの事が分かったのはその能力とは関係ありません」

「じゃあ、どうして?」

今度は要がたずねた。


「私は先月こちらに引っ越してきてカンパルに転入しました。そこでお友達となった須藤遥さんからあなたの事を教えてもらったのです。それで」


「えっ? 遥が何故!」

要はかなり驚いた。


「もちろん知ったのはリサさんの名前と学校名だけ、あとはあなたの事をいろいろと調べて分かったんです」

「でもどうして遥に聞いたり調べたり……」

要は怪訝に感じなおもたずねた。


渚はテーブルにあったお茶を一口飲むと、


「私、あなたの出ている雑誌を遥にみせてもらいました。遥はリサさんが雑誌に出ているというんでとても喜んで……。それでその雑誌でリサさんの姿をみたとき思い出したんです。私がここに来てすぐのころ、港で巨大な獣魔に口から光線出して、そのあとその獣魔をボコボコにしていた人がいたこと」

「みてたの、あれ」

「はい、それはもうみてて気持ちいいくらいでした」

「気持ちいいって……」

「でもどうしても気づかなかったんだろう。渚さんに」

「それは気配を消したからです。私の能力のひとつです」

「そうかあ、それで」

「あのときは男の人かと思ってたんですけど、遥に雑誌みせてもらってそれで」


(はあ……やっぱり、なかなか同性からも女性とは簡単にみてくれないもんだなあ)


リサはさらに深くため息をついた。


「でもリサさんとLYPの方たちとこうしてお話しできて、こちらとしてはほんとうに好都合です」

「好都合?」

「じつは私の能力の中のもうひとつに予知能力があります」


それを聞いた時、リサと要、それに薫もなにかただならぬ事が起きるかもしれないという、ちょっとした緊張が全身に走った。


渚は話を続けた。


「じつは数日前に私の睡眠中に予知夢があらわれました。それはこのリトルヨコハマが壊滅的な大崩壊にみまわれるというものです。しかもここだけではなくかなり広範囲に渡ってです」

「破滅的って、原因はいったい何なの」


リサは思わず身を乗り出した。


「それはわかりません。とにかく何かによって、この街全体が激しい衝撃に包まれ、多くの人たちが必死に逃げ惑うという、そういう事だけしか今は」


渚はそう言うとリサ、要、薫の三人を見渡した。


「ですが、私の予知夢は今まで外れた事がありません。ただこれだけの大災害が夢に出てきたのは初めてで、それで、もうどうしていいのかと」


そういうと渚は顔を伏せ唇を噛みしめた。


「それってだいたいいつ頃起きるの」

要がたずねると、


「予知夢では正確にそれがいつの事なのかは分かりませんが、それが近づくと今度は身体全体に特別な感覚が感じられるようになります。そうなると次第にいつ頃かというのがわかりはじめます」

「それはだいたい早くてどれくらい前からなの」

「数日前くらいからです」

「それは今どう?」

「まだ感じられませんし、その予兆もありません」



部屋には重苦しい雰囲気が流れた。


「こうしててもしかたないので事情をまずLYPの管理官である冴島さんに連絡し。それに私とリサ、あと薫もいいわね。みんなのアドレスを渚さんと交換。もし何かあったら連絡を頂戴。夜中でもなんでもかまわないから。三人のうち誰かは夜間パトロールしてる可能性もあるし」

「わかりました、何かあったらかならず連絡します」

要に渚がそう答えると、すぐに要は氷美華に連絡を入れた。


その肩が少し震えているようにもみえた不安な表情の渚に、薫が横からそっと手を差し伸べ、渚の片手の上に自分の手を乗せそして握りしめた。


「大丈夫、あの二人、それに他のみんなもいるから絶対なんとかなる。安心して」


薫がそういうと渚は強く頷き、自分の手を握っている薫の手の上に、もう片方の手を乗せた。


リサはそんな二人を見守りながら、かつて自分が感じた事のない感覚に不安を少し感じていた。




〇二日後。LYP本部の冴島管理官の部屋。



氷美華、リサ、要、薫、ヘレン、ローラそして渚もいた。


「それで渚さん」

「渚でいいです」

「それじゃあ渚。あれからその予知夢とかはどうなんだ」

氷美華が渚にたずねた。


「いえその後はありませんし、またそれ以外の感覚もありません」

「ということはまだここ数日でどうこうということじゃあないんだな」

「はい、そう思います」

「それと渚の予知夢に出てきたもので、過去にどういもうのがあったのか教えてくれないか」

「はい、大戸島の噴火、神子島への隕石の落下とそれによる地震と津波、それに静ノ浦での大火災です」

「それらがみんな予知夢として出てきたのか」

「はい、ですがみんな状況や場所がよくわからなくて、ただただ酷い事が起きていると。実際にはその後のニュースで知って分かりました」

「なら今回は何故ここだと」

「火の海の中に、ホテル・ニューボーン・ヨコハマの文字が見えたんです。それでその場所に行ったら同じだったので、それで」


氷美華はそれを聞き席を立つと部屋にいる全員を見渡しそして話し始めた。


「じつは昨日一日、私が直接いろいろな部署や団体に聞いてまわった。天文台、気象観測所、地震研究所、公安、海洋監視センター、火山センター、それにヘレンとローラにはグラ―ヴェでの各種動向を調べてもらったが、今の所もどこも問題は無いそうだ。


空からの隕石や小惑星、彗星の接近、巨大台風の発生、各地域のトラフの異常、テロ組織の現状、国際問題、火山噴火の予兆、そしてグラーヴェでの同様のそれも今の所異常は無い」


「すると私の思い過ごし……」

渚が氷美華に言うと、


「確かに一見そうだ。だが不確定要素がひとつある」

「不確定要素?」


「直下型地震だ!」


一斉に一同の顔に緊張が走った。


「よく知られているように、この地域は関東ローム層といって火山灰等の堆積物で、本来地上に出ているはずの断層がかなりわかっていないと言われている。その未知の断層で、こちらが想像もしていないような巨大な断層があったとしたらどうだ。


しかもそれが間もなく一気に動こうとしていたとしたら。


もうこれ以上説明は不要だろ。リサや要には昨日いいろと術式や魔法でそのあたりを探ってもらったが、いまひとつはっきりとしたものはつかめなかった。ただ消去式でいけばこれがいちばん今は可能性が高く、しかも起きれば被害は間違いなく甚大だ。


たしかにあくまでも今の所これは渚の予知夢。いきなり確定事項として動くのは不可能だ。だがもしそれが来た場合、あのときやっていればという後悔をしてももう遅いし、結果手の施しようが無いとてつもなく巨大な大災害になる可能性もある。それは絶対阻止しなければならない。なので今最低限できる事はできるかぎりやっていくつもりだ」


氷美華はそこまで言うと渚に。


「ところで渚、ひとつお願いがあるんだが、今から塚本研究所に行ってくれないか」

「塚本研究所?」

「ああ、塚本博士という精神科の大家のいる所で我々組織もかなりお世話になっている。そこでおまえが以前みた予知夢を、催眠療法で再度呼び起こし細部まで検証しようというのだが、どうだ、協力してもらえるか」

「わかりました。私も細かいところまで今はもう覚えていないので、ぜひ協力させてください」

「OK、じゃあリサと私も一緒に塚本研究所に行く。みんなはここで私からの連絡が来るまで待機していてくれ。リサ、行くぞ」


「……あ、はい」

「?」

氷美華はリサの反応が少しいつもと違うことに若干の違和感を覚えた。




〇塚本研究所の応接室



さっきまで行っていた渚への催眠療法により、渚がみた予知夢を再度呼び起こす実験を録画したビデオを、RYPの関係者とで見聞、そして部屋の灯りがついた。


重苦しい雰囲気が一同をつつむ。


「まいったな」

塚本博士がきりだした。


「地震かどうかは分からないが、とにかく何かとんでもない事が起きる事だけは確かのようだ。しかもかなり危険なパターンの」

「そうですね」

氷美華は鋭い眼光を博士に向け言葉を返した。同席した各部署の責任者も厳しい表情をしていた。


「みての通りだ。確かに予知夢という不確定なものかもしれない。だがこの前も言ったがこれがもし当たりだったら最悪の上の最悪になることは必至だ。外れたらみんなで喜んで酒でも飲めばいい。だが当たりだったら……。そういうことだ。各自持ち場に戻り私がつくった指示書通りにやってくれ。地震だけでなく考えられるすべての事象に対しての最低限の対応が基本となっている。それと……」


氷美華の口調が急にゆっくりになった。


「当たりがきて、そのあとやってませんでした、うっかりしてました、他の者にまかせて確認してませんでしたなんて言い訳したらお前たち、家ごと潰すぞ!」



氷美華のドスの効いた言葉にまわりは一瞬で凍り付いた。


「だがな。お前たちは今まで私が見てきた中でもとびっきり優秀なエリートだ。これはお前たちにしかできないし、お前たちならかならずできる。それが分かってるから命令するんだ。


迷ったり困ったりしたら躊躇せず私に即連絡して指示を乞え。責任は最後すべて私一人がとる。お前たちは一切そういうことは気にするな。全力で最善を尽くしてくれ。


以上だ。よろしく頼む!」


そういうと氷美華はおもむろに眼鏡を外し、そして全員に向かって頭を下げた。


その瞬間誰もが驚いた。


決して誰も誉めない、上官に対しても頭を下げない、鋼鉄の淑女といわれた氷美華が自分たちを高く評価している事を公然と言いきっただけでなく、その頭を下げたのをみて、全員緊張感と同時にかつてないほどの高揚感も感じていた。


「わかりました。ご期待に応えます」

そう各自が口々に応えると部屋の外へと足早に出て行った。


氷美華は眼鏡をかけ直すといつもの表情に戻った。だがそのとき横にいたリサが拳を強く握りしめ、うつむき加減にじっと机の上を凝視している事に気づいた。


「リサ、何かあるか」

氷美華の問いかけにリサはようやく我にかえった。


「い、いえ、今のところは」


(どうしたんだリサは、何かあったのか?)

氷美華はリサをじっと見つめた。そして渚もそのことに気づいていた。




〇その二日後、LYPにて。



「転校ですか?」

リサは思わず声がひっくり返った。


「ああ、しばらくカンパルに行ってもらう」


LYPの本部でリサが氷美華に呼び出されていた。


「渚を今はできるだけ一人にしたくないんだ。何かあったらすく連絡をしてくれる奴が傍についていないとまずいからな。あとあいつはお前に頼み込んで来た。だったらあいつもその方が落ち着くだろう。それに」

「それに?」

「じつはカンパルは男女共学なんだ。お前、内心カッコいい年下の彼氏とかほしいんじゃないのかなあって思ってな」

「な、なんですかそれ! それに今はそんことを言ってる場合じゃあ」

「まあ、いいからいいから。ちょっと男子学生と青春でもしてこい」

「え、えええっ?!」

氷美華はそういうと、激しく動揺しているリサをみてニヤッと笑った。




〇数日後のカンパル一貫校。



「レプシュール女学院から来ましたリサ・ステープルトンです。リサと呼んだください。これから一か月ですがよろしくお願いします」

リサが新しい学校の新しいクラスで自己紹介をした。


男女共学ということで、男女半々というそれはリサにとっては新鮮にみえた。


一時限目が終わり休憩時間になると、雑誌に載っていた事もあり、まわりの女子からすぐにいろいろと話しかけられたが、他のクラスの女子生徒も教室の外からリサのことを一目みようと大勢集まっていた。


女子生徒からは、


「あれがレプシュールから来た子でしょ、綺麗だよね」

「スゴい美形! スタイルもいいし、まるでモデルみたい」

「あれで男子だったら、即交際申し込み!」

という声が耳に入って来た。


また同時に男子生徒から、


「すげえ足なげえ」

「けっこう可愛い顔してるじゃん。もう誰か相手いるのかなあ」

「気になるならお前聞いて来いよ」

「ふざけんなよ」


という声も聞こえてきた。


(あれ? 女子はともかく男子が僕の事好意的にみてる。けっこう意外)


セイバーズ家にいたころ、ヴァンパイアが集う舞踏会で、いつも自分だけ男のヴァンパイアから女性として無視され続け、それが留学や引き籠りの原因になったリサにとって、これにはちょっと不思議な気持ちになった。


リサはその容姿と、くったくの無い対応でたちまちクラスの女子の人気者になっていったが、それを面白くない表情でみている一部生徒の視線も感じていた。


特にリサが授業等で目立つ存在になったりすると、それがさらにそういう生徒たちからの視線をきついものにしていた。


(これはちょっと痛いなあ)


リサはそう感じていた時休憩時間に、


「ねえ、リサ。今度の週末遊びに行かない」

一人の女子生徒から声をかけられた、


一瞬まわりが

「えっ、ぬけがけ?」「先こされた!」

という雰囲気になったもののリサが、


「あっ、ごめん。僕、週末はいつもちょっと用が……」

とリサがあやまると、周りから一斉に


「あっ、そうだあの子オタクだったんだ」

「残念な王子様だっけ、たしか」

「なんでも休みはコスプレとかイベントで予定詰まってるんだって」

「けっこう痛いね、それ」

と囁くような小声が飛び交った。


(あはは、ここにも伝わってるんだ)


リサはこれにちょっと苦笑したが、それを機にあのきつい視線が少し柔らかくなったのにはちょっと安堵した。


その後リサにとっては弥太郎やジャック以来ともいえる、男性(男子生徒)から声をかけられたりするというイベントも発生した。ただその中には、


「俺の彼女とあまり仲良くしないでくれ」


という、いろんな意味で切実なものもあったが、リサもこれには「はいはい」と答えながら苦笑するしかなかった。




〇昼休み。



「はあ、やっぱり慣れない学校だと疲れるなあ」

リサは校舎の裏にある木の側に腰をおろし溜息をひとつついた。


「お疲れ様です」

渚だった。


リサの側までやってくると横に座り紙包みとお茶の入ったペットを渡した。


「はいお昼。持ってきてないかもって、管理官から連絡がありましたので」

「サンキュー。大当たり。もう急だったんでまいったよ」

「すみません私のために」

「ぜーんぜん、気にしなくていいよ。それに」

「それに?」

「これおいしそうだし♡」

「えっ?」

そういうとリサは渚から貰った紙袋の中に入っているサンドウィッチを取り出し口にほおばった。


「これ、おいしい。ねえ、これどこで買ったの?」

「学校の売店です。 ……ほんとうにリサさんって普通の食事ヲするんですね」

「ふつうって?」

「だってリサさんは」

「ああ、それ他のみんなにも言ったけど……」


そういうとリサはヴァンパイアだからといって人間の血を食料にしているわけではないこと、おいしいものはふつうに食べること、そして自分はあまり血が好きでない事を話した。


「そうなんですか。初耳です」

「そんなもんだよねえ。みんなイメージが出来ちゃうと、なかなか本当の姿ってみてくれないんだよなあ」

「それはBFPも同じです」

「同じ?」

「私のBFPとしての力がわかると、突然みんな側から遠ざかっていって、そんなときこの力って何なんだろうなあって。どうして私のことだけをみてくれないで、力の方ばかりみるのかなあって。あとは転校の繰り返し。そして先月からは親元を離れここに」


渚はそういうと遠い目つきで空をみあげた。


しばらくすると渚がリサに、


「じつは来週カンパルで学園祭があるんですよ」

「レプシュールなんか秋だけど、ここは春にやるんだ」

「はい、といいますか春と秋と二回やるんです。春は9年生から11年生がメイン、秋は6年生から8年生がメインなんです」

「へえ、僕こういうの初めてなんで、手伝う事があれば何でもやるよ」

「わかりました。何かあったらよろしくお願いします」

「よろしく、僕十日間くらいなら寝なくても大丈夫だから。なんでもやるよ」

「凄いですね、十日間って」


渚は目を丸くしてリサの方をみつめた。そしてリサが少し明るい表情になったことに安堵した。




〇カンパル一貫校の学園祭前日の夜。



大勢の学生が泊まり込みで翌日の準備をしていた。


「うわあ、みんな頑張ってるなあ」

リサははじめてみるその光景に目を輝かせていた。


「いいなあ、学校って」

「リサあ!」

みると同じクラスの子が声をかけてきた。リサはここでもすぐに同性の友達がすぐにできた。アニ友の。


「すごいね。こんなの初めてみたよ」

「そうなの、うちは毎年のことだからもう慣れちゃった」

「いいなあ、なんかこう燃えるっていうかなんというか」

「そうよね。なんか妙にテンションあがっちゃうよね。ただそれで燃え尽きてけっこう翌日の昼すぎには寝ちゃってる人もいるけど」

「へえ、そうなんだ」

「リサ、案内してあげるよ。いろいろと面白いのみせてあげるから」

「ほんとに。じゃあお言葉に甘えて」

リサが嬉しそうに後についていこうとすると、渚が厳しい表情でこちらに小走りで近づいて来た。


「リサ、ちょっといい」

「どうしたの渚」

「ちょっとここでは」

渚のただならぬ雰囲気にリサの顔に緊張が走った。


「ごめん、ちょっと用ができちゃった」

「いいよリサ、またあとでね」

「ごめんね。また後で」

そういうと、渚と一緒に校舎内の階段の方へと歩き出した。


「どこへ行くの」

「緊急事態です。だからしかたなくて」

「緊急事態って? まさかっ! ごめん、分かるように説明して」

「三階の実験室で説明します」


そういうと二人は三階に向かった。


実験室に入りドアを閉めると、渚が間髪入れずに話を切り出そうとした。が、


「待って」


そういうとリサは何か呪文を唱えた。


すると教室のドアが青く変色した。


「いいよ。それとあのドアが赤くなると、この教室に人が近づいてくるという報せになるから」


それをみた渚はリサに向かって話し始めた。


「じつは今から100時間以内にこのあたり一帯にかなり大きな衝撃が来ます」

「渚! それって」

「原因はまだわかりません」


「それって、いつくらいから感じてたの」

「今日の夕方あたりからです、夜になってからさらにそれが強くなってきて」

「100時間以内って、今すぐにはどうなの?」

「いえ、すぐという感じではないです、明後日くらいまでは大丈夫だと思います。だけどそれ以降は」


リサは少し安堵した表情になったが、


「ありがとう。でもなんで夕方にそのことを教えてくれなかったの」

「それは……」


リサは渚の何とも言えない苦し気な表情をみて、


「これだけは約束して。もし『万が一間違ってたら』とか『みんなに迷惑をかけたらどうしよう』って思っても、困ったり迷ったりしてひとりで抱え込まずに、僕を頼ってかならず教えて。夜中だろうとなんだろうとぜんぜん大丈夫だし、そこの部分は僕も一緒に抱え込ませてもらうから。それにLYPには他にも凄く頼りになる仲間もいるから絶対大丈夫。これからはかならず僕たちを頼って。ねっ」


リサは渚の顔を真っすぐみながらそう告げた。


「リサってほんとうにやさしいんですね」

「今頃わかった。でもヴァンパイアって本質的にはやさしいんだよ」

「そうなの?」

「そうなの」

「だけどリサは特別ね」

「そうかな?」


二人は互いの顔をみつめあうと、どちらからともなくクスッと笑った。


「じゃあさっきの事、氷美華や他のメンバーにも連絡するよ。いいね」

「お願いします。それと私、これからはどんな事になっても絶対ひとりで抱え込みませんから」

「よろしくね。渚」


そういうとリサは氷美華のアドレスに緊急連絡を入れた。




〇それから二時間後のカンパル一貫校。



カンバルーの校門の外に要と薫が来ていた。

二人はそれぞれある場所へ向かう途中に立ち寄っていた。


リサが渚と校内から出てきた。

「どうそっちは」

リサは要に聞いた。


「氷美華がいろんな方面と今連絡をとってる。数日前からすでにかなりいろいろと事前にできる事は進めてるみたい」

「レプシュールの方は」

「クラスメートやファンクラブのみんなにそれとなく防災関係の人に知り合いがいないか連絡をとってて、使えそうな人は片っ端からLYPに行ってもらってる。あと学院長にもすでに連絡済み。そこから教育委員会にも氷美華を通して事前にいろいろと通達を出してるみたい。とにかく氷美華のやってる事はとても細かく念押しで、私たちじゃとてもできないくらいのレベルで、何をどこまでやってるかは分からないくらい。ただ……」

「ただ?」

「やっぱりあまりにも時間が……」


重苦しい雰囲気につつまれかけた。



「考えていてもしょうがない。とにかくできることからやろう」

リサがそう言うと、

「できることって?」

要がたずねた。


「さっき学園祭の準備をみてたら、去年大きな地震で被害を受けた地域にボランティアに行ったサークルが、そのときの事を展示や発表をするみたいなんだ。そこで地震に対する備えと心構えのチラシをつくって配布するみたいなんだけど、それを許可もらって学園祭に来た人たち全員に配ろうと思うんだ」

「地味だけどやらないよりはいいかも」

「今からそのサークルに行って、それから先生に許可もらってくる。OKが出たらコピーするんで渚も手伝って」

「わかりました」


「私はこれから遥のところに行ってくる。ちょうど晶さんも帰ってきてるっていうから。リサ、晶さんには伝えてもいいよね。晶さんはライブやイベントで大勢の人たちを前にしてる事が多いから特に」


要がリサにたずねると、


「うん、いいと思う。晶さんはすごくしっかりしているし、特にライブ会場で事が起きたら、そのときは晶さんにもしっかりしててもらわないと」


「私は氷美華と合流して中華大繁街で三老頭の所に行く。あそこはあいつらが動けば、何かあっても事前に知らせておけばかなり被害を抑えられると思う。カフェの方は店長に氷美華にすぐ連絡するよう伝えてあるから」

薫はそう言うと足早に中華大繁街の方へと走って行った。


「じゃあ私今からサークルと職員室に行ってくる。要、晶さんによろしく」

そう言ってリサは校内へ走って行った。


「大丈夫? そんなに広めて」

渚が要に心配そうに言うと、


「大丈夫、起きなければ万々歳でよかったよかったでいいし。見逃しより空振りの方がはるかにまし。このあたりの責任は私たちがとるから。ただ言い方とかは慎重にやるけどね。それこそ『いつ来るか分からない大地震の時の御願い』みたいな。それじゃあ」

「待って、要さん」

「何?」

「リサがカンバルに転校してきた理由ってほんとうに私の事だけですか? この前塚本研究所でリサさんがなんか凄く怖い顔してたのがちょっと気になって」


それを聞いた要は一瞬とまどったものの、渚の真剣な表情をみて、次のように話し始めた。


「私の家、昔、関東大震災という大きな地震にあってるの。しかもそのときリサの親友だった、私の御先祖さまの弥太郎と茜の二人が行方不明。それを知ったリサがすぐに来てくれたけど結局みつからなくて……。それ以来リサは地震に対して物凄く特別な感情をもつようになって「自分がそこにいれば二人を」みたいな。

氷美華が私にリサの様子が変だけど何か心当たりは無いかというから今の話をしたので、おそらくそれも理由のひとつだと思う」

「そんなことが」

「私も一か月前に聞いたばかり。そこにこの話でしょ。だから……。お願いだから渚はリサをそれとなくサポートしてあげて。私もできるかぎりの事はするから。渚、リサの事でも自分の事でも、困ったら絶対ひとりで抱え込まないで。そこのところは私も抱え込ませてもらうから。じゃあ後はお願い」

そういうと要も夜の街へと消えていった。


渚はリサと要の不思議な程の強い繋がりと、全員の全力を尽くすそれに次第に何か希望のようなものを感じ始めた。


(なんとかなるかもしれない)


渚もまたリサの後を追って校内へと走って行った。




〇翌日のカンパル一貫校の学園祭は平穏だった。



リサと渚は徹夜でコピーしたチラシを、学園祭開門と同時に地震対策のチラシを撒いていたが、昼すぎにやってきた今回チラシを配る事を同意してくれたボランティアサークルのメンバーが交代してくれたので、二人は校庭の端にある木によりかかって休んでいた。


空をみると穏やかな風にのって白い雲がいくつかゆっくりと流れていくのがみえた。


(こんな穏やかなのに、ほんとに大きな地震が来るのかなあ)


二人はぼうっとしながらしばらく空を眺めていた。



夕方になり大賑わいだったカンパルの学園祭も終わり、後片付けが行われはじめた。

そんな中、突然渚の顔色が真っ青になった。そして横にいたリサに、


「今から48時間以上72時間以内に巨大な衝撃波が来る。物凄い衝撃、悲鳴、崩壊! リサっ、どうしたらいいのリサ!」

「おちついて、どういうふうに感じているのか分かるように僕に教えて。氷美華にも今連絡して、一緒に聞いてもらうから」


そういうとリサは氷美華と連絡をとった。


事態は一気に緊張の度を増し、氷美華は全員にすぐ準備に入るよう命令を下した。




〇翌日、朝の六時。



突然テレビ、ラジオ、ネット、そしてスマホ等、一斉に氷美華の名前で36時間以上60時間以内に、リトルヨコハマ周辺に推定震度6以上の大きな地震が来る事が警報として発表された。


リトルヨコハマ全体が一瞬パニックを起こしたが、全交通機関のLYPによる避難計画の発動と、会社や学校の強制休業休校も同時に発令された事、そして警察や消防、救急等がすでに完全待機と配置についていたため、しばらくすると次第にパニックも収まって行った。


「いきなり発表して大丈夫なんですか!」


リサは氷美華に電話口で叫んだ。


「というよりここまで来たらもう腹くくるしかないだろう。あとであの時言っていればやっていればで、取り返しのつかない事になるくらいなら、自分の首ひとつなんか安いものだ。それにそれ相応の対応も準備もとっていたから大丈夫だ、心配するな」


氷美華の言う通り、LYPがリトルヨコハマを完全統括し、すべの組織が氷美華の指示で整然と動いていた。


「これでお前たちも動きやすいだろう。こっちの事はもう任せて、今はお前たちの好きなようにしろ。もしどうしても力が欲しい時は真っ先に連絡してやる」


そういうと氷美華は電話を切った。


リサと一緒に部屋にいた要、薫、そして昨日から一緒に泊まっていた渚は、電話のスピーカーをオンにしていたため今の会話の一部始終を聞いていた。


それを聞くと四人は意を決したかのようにリサと渚、要と薫は各々ペアを組んで部屋を飛び出していった。




〇その後のリトルヨコハマ



各避難場所の準備と受け入れ、そして収容は予想通りだったが、交通機関は予想以上に厳しい展開に直面した。鉄道は臨時ダイヤを組み、道路も交通規制をかけたがそれでも大混乱状態。大型客船を港に何隻も手配し、次々と入港させ、大型の輸送船もかなりチャーターしたが、こちらもかなりたいへんな状況になっていった。


日が暮れ夜になる前、氷美華は放送で、


「今から最新式の特殊長大型照明を点灯する」


と予告、リサに頼み最大級の警戒陣を夜空に浮かびあがらせた。


かなりの大きさを氷美華から要求されたため、昼のような明るさにはならなかったが、それでも満月時におけるスーパームーンの数倍以上の明るさで地面を照らすことはできた。


これにより、夜の間も昼と同じ作業で事はすすみ、混乱がより酷くなる事は避けられた。



翌朝。



港では遠隔地で航行していた中型のフェリーまで動員されたが、それでもまだ乗船待ちは長蛇の列になっていた。


新幹線や在来線もフル稼働だが近隣地域の避難者もいてこちらもまだ解消には程遠く、高速の乗り入れに規制をかけ、一般道もいろいろと管理を強化をしていたが、それでも各地で起きている渋滞の解消は目途が立たなかった。


ほぼ全域で予想だにしない程の長時間にわたるグリッドロック状態の多発。これをみた氷美華はついに、一時間以内に動く可能性の無い地域の車両の完全停止。そしてその二時間後にはすべての鉄道の運行を停止し、乗客乗員を含む車内の全員を強制的に近隣の緊急避難所に一時退避させるという『緊急完全避難命令』を出すことをリトルヨコハマ全域に発令した。


さらに、LYP本部近辺で逃げ遅れた住民をLYPの建物内だけでなく敷地内に避難させる事も通達し実行に移した。が……。


「焼け石に水か、しかしかここまで動きが鈍くなるとは」


そのとき氷美華のところにヘレンとローラから連絡が入った。


「悪い、ちょっと手間取ったが、氷美華の希望する一割増の人数かきあつめてきた。指示をくれ!」


ヘレンだった。


ヘレンとローラはグラーヴェから獣魔と妖精族による大量の援軍を連れてきていた。


「おお待ってた。ちゃんと人間の恰好をさせているし、上出来だ」

「たいへんだったんぞ。グラーヴェにいる魔族総出で人間化の術かけてもらってたんだからな。後でちゃんと報酬頼むぞ」

「了解だ。じゃあ今から指示を送る。あとは時間と人手との戦いだ。頼んだぞ」


そういうとヘレンとローラは引き連れてきた獣魔と妖精族の援軍を二手に分けて各々が指揮し、それぞれ氷美華の指示に従い散って行った。


こうして手薄な部分の人員が補充された事により次第にいくつかの箇所で、やや混乱が緩和されはじめ、地区によっては完全に収束する所もあらわれた。収束した地区はそこの有志が、混乱している箇所に応援に行くというシステムが事前に打ち合わせされているため、混乱している地区が次第にその数が減って行った。


氷美華は渚に連絡をとった。


渚はリサと避難場所に指定されたカンバルーで避難してきた人たちの対応に追われていた。因みに要と薫も同じく避難場所に指定されているレプシュールで同様の対応を徹夜で行っていた。


「渚、あとどれくらいだ。どれくらいで来る」

「24時間以内、早ければあと半日という感覚です」

「わかった。いつ来てもおかしくない状況になりそうになったら最優先で連絡しろ。多少怪しくてもかまわん。頼む!」


氷美華は渚との連絡を切ると唇を噛んだ。


「ちくしょう、あと半日たりない。一晩躊躇したツケがここでまわって来るとは……」


目の前のモニターは数時間前に比べれば状況は好転していることを映しだしていたものの、まだ準備完了には程遠いかんじだった。ここで氷美華は決断した。



「これより『緊急完全避難命令』を発令する。リトルヨコハマの全住民を含む全滞在者は、係りの者の指示に従い、その場を離れこちらの指定した避難所、もしくは耐震性の強固な建物に避難!」


すでに満杯になっている避難所も出始めているため、氷美華は専用回線を使い、そのあたりを回避させ、あらかじめ用意していた近隣の別の場所を解放し、そちらへと避難者を向かわせた。


この他ありとあらゆる情報を氷美華はリアルタイムでリトルヨコハマの各種公式サイトにあげ続けた。サイトが落ちないよう、サーバーを可能な限り大幅に増設したため、膨大なアクセスにも公式サイトは落ちる事はなかった。


『緊急完全避難命令』発令後八時間。氷美華は全体の九割以上が避難所に入った事を確認した。日は少しずつ傾き夕暮れが迫って来た。


「あと少し、なんとか間に合うか」


氷美華がそう思った瞬間、突然氷美華の目の前にあった渚からの連絡のために開けてあった直通回線のベルがけたたましくなった。


氷美華の目は張り裂けんばかりに大きく見開き、奪い取るようにその受話器をとった。


「来ます、衝撃、来ます!」

渚の絶叫に近い声が響いた。


間髪入れず氷美華は手前にある赤い大きな「警報発動」ボタンを拳で叩いた。

その瞬間、リトルヨコハマ全域に警報音が鳴り響き、放送されていたすべての番組やネットには、「緊急警報発令、至急強い衝撃に備え警戒してください」という放送や文字が流された。


「緊急警報発令! 全員衝撃に備えろ!」

氷美華はオープンチャンネルでLYP本部の内外に向かって叫んだ。


リトルヨコハマにいる全員の動きが止まった。


リサ、要、薫、ヘレン。ローラ、渚、氷美華、そしてリトルヨコハマにいる全ての人々が次に何が起きるかを息を殺し、全神経を研ぎ澄ましながら身構えた。


3秒


5秒


10秒


15秒


……


何も起きない。地面もまるで揺れない。


空振りか、と思い一部から安堵の声が漏れようとしたその時、


雲一つない晴天の空の一角が突如黒くなったかと思うとそこが大きく裂けはじめ、そしてとつてもなく巨大な黒色の建造物が、その裂け目をさらに大きくしながらリトルヨコハマの上空にゆっくりとあらわれた。


そのとき、まるでそれに呼応したかのようにいきなりつきあげるような凄い衝撃により地面が大きく揺れ動き、いくつかの建物が崩れ、数か所で次々と火災が発生。まわりは悲鳴と逃げ回る人たちで一瞬にしてパニックとなった。


「あわてるな、おちつけ!」


とてつもなく大きく、しかも弩迫力の声が、大きく揺れ動くリトルヨコハマ全区域の屋外スピーカーと各放送から響いて来た。氷美華だった。


「今から我々がなんとかする。ここから先はLYPの領分だ。できれば逃げたり騒いだりするのはそれを見てからにしてくれ」


そういうと、氷美華は揺れが完全に収まるのを待った後、待機していた消防と警察や救急に消火と救護活動を指示した。


「ガスや電気は衝撃の来る前に止めていたからこれ以上の事は起きないだろう。だが、こいつが渚のみたものの正体だったとはな」


氷美華の目の前には、空を切り裂きリトルヨコハマ上空に侵入してきた超巨大建造物が空中に浮かんでいた。それはまさに城郭都市にもみえるほど巨大極まりないものだった。


それを見る氷美華の目は凄まじくギラついていたが、何故か口元には笑みさえうかべていた。そして、


「聞こえるかみんな、ご覧の通りだ。一戦交えるかどうかは分からないが相手にとって不足はないだろう。全員戦闘態勢でそのまま待機。攻撃してきたら各自の判断で好き勝手にやってくれ。以上だ」


氷美華はLYPのメンバーに連絡するとひとり指令室を離れ、そのまま上に上がると、最上階の屋上に出て、腕を組み、上空の巨大建造部を見上げた。


氷美華はレシーバーでコントロールルームにいるスタッフに、ありとあらゆる信号と言語で相手とのコンタクトを取るように指示を出したが、相手からは何の返事もなかった。


両者睨みあいの状況がしばらく続く。その間も小さくない揺れがリトルヨコハマを断続的に襲った。



すると突然巨大建造物から小さな飛行物体があらわれた。


「ついに動いたか」

氷美華はその動きを凝視した。


物体は真っすぐ氷美華の方に向かって進んで来た。


「おもしろい、やってやろうじゃないか」


そういうと氷美華はニヤリと笑い眼鏡越しの眼光をさらに鋭く光らせると、上着の内側から、見た事もないような長銃身の銃を取り出した。


「M73!」

ヘレンが思わず叫んだ。


「氷美華のことだ、ただのM73ではないと思うが」

ローラもヘレンと同じく氷美華のその持っている銃を凝視した。


氷美華は銃を握り直すと低い態勢を取り身構えた。それはまるでいままさに獲物を狩るため飛び掛かろうとする猛禽類のそれのようにみえた。


物体はどんどん氷美華に近づき誰もが息を呑んだ。だが、


「んんん?」


なんと飛行物体は氷美華の前方を通り過ぎると、地上にいるリサの方にゆっくりと近づいていった。


「どういうことだ、これは」


怪訝な表情でこの状況をみつめる氷美華。

そしてリサの側に要や薫が走り、ヘレンやローラも少し離れた対角線上に位置をとり身構えた。


飛行物体がリサ達のいるすぐ上で静止すると、突然下のあたりから丸いハッチが開き、その真下に向かって光に包まれた人影がゆっくりと降りてきた。


「異星人!」

渚は思わずリサの後ろに隠れた。


「エイリアンはちょっとダメかも」

薫がボソッと呟いた。


人影が地面に着くと光の中から一人の黒髪の、人間でいえば東洋系の中学生くらいの少年があらわれた。


少年はリサの方をみるとゆっくり歩をつめてきた。、そして、


「よっ、リサっ! 久しぶりっ」


そういうと少年はリサに近づき握手を求めて来た。




〇数日後のリトルヨコハマ。



リトルヨコハマは氷美華の初動対応の的確さとLYPをはじめとした各所の総動員体制、そしてヘレンたちがグラーヴェから連れてきた人間化した獣魔や妖精たちの助けもあり、救助救援復旧活動、そして膨大な災害ゴミの処理も驚異的な速さで進んでいた。渚もカンバルーに戻り、学校でのボランティア活動に参加していた。そんな中……


「いやあ、やっぱり地球は落ち着くなあ」

飛行体からやってきた少年はそういうと机の上の麦茶を美味しそうに飲んだ。


「ふざけんなよ、あんなタイミングであんなあらわれ方しやがって。しかもその理由が、友達のリサに急に会いたくなったからだあ? こっちはてっきりお前があの地震を引き起こしたかと思ったぞ。来るなら来るでアポぐらい取れ。バカもんがあ」

氷美華はまさに不機嫌モード大全開状態だった。


「いやあ、悪りい。なんかいろいろと送信されてるのは分かってたんだけど、なんか空間を転移した衝撃と、あの船で地球に来るのは初めてだったこともあって、ちょっとそのあたりの調整がうまくできなかったみたいでさあ」

「まったく。ふつうなら今頃半殺しだぞ」

「あははは、申し訳ない」

少年のくったくのない笑顔に対し、氷美華は完全にむくれてしまった。


「それでだいたのことは聞いた。お前の名前がサム・オイレンシュピーゲル=ステーブルトン。遠い星系からやってきて云々ということでいいんだな」

「うん。ああ、あとこれからしばらくこっちに滞在するから、できるかぎりの協力はさせてもらうよ。けっこう迷惑かけたみたいだから」

「当然だ。まっ、お前が乗って来たというあのバカでかい宇宙船を、そのまま避難場所として提供してくれたおかげで、住居をやられた人たちが雨風に晒されたり、エコノミー症候群や熱中症にやられる事もなかったことを思えば、現れ方は最悪だったけどタイミングとしてまあまあだったな。その点一応礼は言わせてもらう」

「いやあ、そういってもらうと助かるよ。もうなんでも言ってくれよ。ところでリサたちは?」

「みんな今復旧作業で大忙しだ。もうあれから連日働きづめで、そろそろ休めといいたいところだが、特にリサはな……」

「ん? リサがどうかしたのか」

「ああ、ちょっとな」


そういうと氷美華の目つきが少しむずかしい目つきになった。



その頃、ヘレン、ローラ、薫は、市街地で倒壊した家屋の復旧、リサと要は土砂の崩落や土石流で押し潰された地区で、滞留している泥が数日で自然に消えるように、合わせ術式を二人で発動させ復旧を進めていた。特にリサはここ何日も不眠不休、しかも食事を抜いてまで働き続けた。要はそんなリサに心配と不安を感じていた。


そしてある場所へ来たとき。リサの足がピタリと止まった。


そこは以前アニメの舞台にもなった場所で、かつて聖地巡礼として来た場所だった。


だがリサの眼前に広がったそれは、そのときとはあまりにも違う残酷な光景だった。


美しい山並みにはいくつもの土砂崩れによる深い爪痕がくっきりと残り、何件かあった集落はすべてその土砂によって押し潰されたまま泥の中に沈んでいた。


呆然とするリサの前に、ひとりの老人があらわれた。


以前ここに来た時いろいろと村を案内してもらい、家で美味しい「いちご」もごちそうしてくれた人だった。


「あっ、あのときの! 無事だったんですね」

「ああ、ありがとう」

「他の皆さんは」

「全員無事さ。強引に避難所に避難させられたおかげかな。ただ家とかは御覧の通りさ。まあ生きてるからなんとかなるだろうけど、ただ……」

「ただ?」

「うちの畑が今回の土砂崩れでで全滅してな。なのでもう、あのときのいちごをあんたに食べさせてあげることができないのが残念でな。あんにおいしそうに食べてくれて、ほんとにあのときはうれしかったよ。ありがとうな」


老人はそういうとリサの肩を軽くポンポンと叩いた。リサは唇をぐっと噛みながら目を落とし、じっと足元の地面を見つめていた。




〇その日の夕方。



村の人たちのいる村から少し離れたところにある避難所で、二人は他の救援隊やボランティアの人たちとあいさつをしたあと、土砂に深くつかっている村を再度みて回り、合わせ術式がちゃんと発動するかどうかを確認していた。


そんな中、リサの足が急に重くなりはじめ、ついには村の真ん中付近で立ち止まった。


そして肩を震わせたかと思うと顔を上に向け、突然堰を切ったように大粒の涙を流しながら大声をあげ泣きはじめた。


「また救えなかったよ。また何もできなかったよ。あのときもあのときもダメだった。なんなんだよ僕の力って。何がアルティメットだよ、何が全能の魔術師だよ」


そう言いながらリサは空に向かってただただ子供のように泣き続けた。


リサがかつて大震災の時、弥太郎と茜を救えなかった事と今回の事を重ね、深い贖罪の念を抱きながら、今回の復旧作業を必死にやっているのではと感じていた要は、とっさにリサを後ろから抱きしめた。


「リサ、あなたは何も悪くない。あなたはあなたのできる以上の事をここまでずっとやってきてる。それはみんなが分かってるから。だからこれ以上自分を責めちゃダメ。お願い!」


「だけど、だけど……」


要は必死に叫ぶようにさらにリサに続けた。


「リサはこのまえ渚に『自分だけで抱え込まないで』って言ったでしょ。だからリサもひとりで抱え込まないで。私も、私もそれをいっしょに抱えるから。だからお願い。もう、もうこれ以上自分を責めないで」


要はさらに強くリサを抱きしめ、その背中に自分の顔を強く押しあてた。


誰もいない村に、ただただリサの泣き声だけが響いていった。




〇翌日の朝。



まわりが明るくなりだすころ要が目を覚ますと、横で一緒に寝ていたはずのリサがいなかった。外に出ると、そこには太陽が出てくる方をじっと眺めてたっているリサがいた。


「太陽が出てくるのを眺めるヴァンパイア。でもリサだと全然変じゃないね」

「こういうときだけは、自分がアルティメットだってことに感謝してるよ」


そのとき正面の山の頂から朝の光が二人を包み込んだ。


リサが振り向くと、リサの顔はここ数日のそれと違って、いつもの明るく前向きな表情になっていた。


「昨日はありがとう要」

「どういたしまして。それにしててもリサがあんなに泣き虫だなんて」

「あはは、でも僕ってけっこうよく泣くんだよ」

「そうなの?」

「そうだよ」


「そうかもね」


いつものリサのそれに安堵し穏やかな表情を向ける要に、


「じゃあ次へ行く用意をしようか。その前にまず朝ご飯を食べないとね」



朝の光はますます高くなり、二人はその中をゆっくりと歩いて行った。




第二部、後半終り。

読んでいただきありがとうございました。サムとジュンもまた別の作品の主人公に設定されていたコンビです。これでほぼメインキャラが勢ぞろいしました。

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