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そういう話の物語 (初稿 / 一気読み版)  作者: やまなしいずみ
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第二部 リサ・セイバーズの物語・前半 

レプシュール女学院に転校してきたリサ・セイバーズと竜王寺要を中心としたお話。

◎第二部はじまり。



□その一



リトルヨコハマにあるレプシュール女学院。


リサが通う女子高で、リサは海外からの留学転校生として二年生に入学。ただしここでは何かあると問題になると思い、本当の名字であるセイバーズを封印、ステープルトンという名字で入学していた。


そして一週間が経った。


リサはその容姿から最初は「王子様」のようにまわりからみられていたが、ホームルームでの自己紹介時、


「アニメが大好きで日本に来ました」

という一言でその株は大暴落。


「王子様」から「残念な王子様」、さらに「学院史上最も美しいオタク」というレッテルが貼られてしまった。


だだそれにもかかわらずリサは相変わらす明るくくったくなく、そのさっぱりとした性格で、その株は少しずつ持ち直した。


本人も自分からアニメネタをふったりすることはなかったが、イベントや聖地巡礼を優先し、休みの日のつきあいはあまりしなかったので、一般女子高生ネタには極めて疎く、その手の話にはまったくついてこれなかった。


ただそれでもリサにとってこの学園生活は、かつての竜王寺屋での生活を思い出させるような充実したものだった。


そんなある日。


「リサ、どう、学校には慣れた?」

要が話しかけてきた。


一週間前、要が初めてリサの家に行きリサに土下座した後、要は自分の先祖とリサが親友だったことと、その親友の茜が自分とうりふたつであること。そして要が生まれつき持つ能力のひとつである、雪や氷を自在にコントロールできる力が、茜のもつ能力と同じであること、そして茜と弥太郎にとても世話になったこと等、いろいろなことをリサから教えてもらったことがきっかけで、偶然にも同じクラスで一緒になったこともあり、今ではすっかり心を許しあうほどの仲になっていた。


「うん、おかげさまで。毎日とても楽しいよ」

「よかった、そういえば知ってる。あなたにファンクラブができてること」

「えっ、ファンクラブ」


リサはビックリした。初耳だった。


「この学校、一年生が好きな先輩や憧れの先輩のファンクラブをつくるのが伝統としてあるの。で、今年はあなたのファンクラブもできてるってこと」

「へえ、なんかおもしろそう。部活動とかやってるのかなあ」

「やってると思うよ。ただふつうはそこに対象者となった人が行くということはまずないけど」

「えっ、なんで」

「恥ずかしいということもあるけど、正規のクラブ活動じゃないし、それに最近はけっこうみんなそういうのが鬱陶しいと感じてる人が多いみたい。特に三年前にストーカーみたいなことされた三年生がいて、けっこうそれが問題になってからはさらに敬遠されちゃったみたい」

「そうなんだ、ちょっと残念だなあ」




〇放課後。



先生の手伝いをしたため帰るのが遅くなったリサ。


教室にカバンをとりに帰ろうと向かった時、前から沢山の本をもって歩いてくる小柄で眼鏡をかけたお下げ髪の生徒がいた。


ひどく重そうで前もよくみえてないらしく、ちょっとあぶなっかしいその子に、


「ねえ、それ持っていくの手伝おうか」

とリサは声をかけた。


「えっ、あっ、大丈夫です。なんとかなります」

その弱々しい声に、

「いいよ無理しなくて。僕も半分持つから」

そう言ってリサは上半分の本を持った。


「あ、ありがとうございます」

生徒は本が半分なくなったことでようやく手伝ってくれたリサの顔がみえた。その瞬間、


「ス・ステープルトン先輩!」


絶句、そして金縛り。


「あっ僕のこと知ってるの」

リサはその生徒にたずねた。


「は、はい。ステープルトン先輩は有名ですから」

「そうなんだ。。ところで君の名前は」

「私は、姫野五月といいます、一年です」

「五月さんでいいかなあ。あっ、僕の事もリサでいいよ」

「えっ、いいんですか。そ、それじゃあ、リ、リサ先輩……」

「よろしい。ところでこれはどこにもっていくの」

「これは図書室です、次の角を右に曲がったつきあたりです。あっ!」

「ん? どうしたの。急に」

「あ、あのう、そのう、ちょっと今図書室は……、えーと」

五月は急に口ごもってしまった。


リサは要の言葉を思い出し五月にたずねた。

「ねえ、ところで僕のファンクラブがあるって聞いたんだけど知ってるかなあ」

「えっ、えええーーー」

五月は激しく動揺しガタガタと震えだした。


(あっ決まりだな。それじゃあ)

リサは震えている五月の方をみて、


「じゃあいっしょに図書室に行こうかあ。そこでやってるんでしょ。僕のファンクラブ。みんなに挨拶しないとね。何人くらいいるの」

「十人くらいです。でも、挨拶って、怒ってるんじゃないですか」

「えっ、どうして」

「だってファンクラブといってもこっちが勝手にやってて、本人に許可もとってないし、特に何年か前に問題が起きてからはみんな嫌うようになって」

「それでもあえてやってるんでしょ。だったらそれこそ挨拶しにいかないと。僕のこと応援してくれてありがとう、ってね」

「リサ先輩……」


五月はこの人のファンになってよかったと心底思った。




〇図書室の前



「ここだね五月さん」

「はい」

「じゃあ五月さんお願い」

そういうとリサは五月にウインクした


リサのサインに五月は


「すみません本をもってきました。ドアをあけていただけないでしょうか」


と図書室の中へ声をかけた。


中から「はーい、今開けます」という声が聞こえた。


ドアがガラッと開いた。


「ごくろうさ、まあーー~~~っ!」


ドアを開けた生徒の声が最後叫ぶように裏返った。

何事? と中にいたみんなが一斉にドアの方をみた。


そこには憧れの君が本を持って立っていた。


「こんにちは、リサ・ステープルトンです。よろしく」


次の瞬間図書室の中に絶叫がこだまし、全員立ち上がったまま呆然とリサの方をみつめた。


「きれい」

「かっこいい」

「すてき」


皆口々に初めて間近でみるリサにうっとりとしていた。


リサは五月と中に入ると近くの机の上に本を置き


「僕のファンクラブをやってるってここでいのかな」

そう聞くと

「は、はいそうです。私が部長の美住里香です」


凛とした顔つきでどことなくリサと似た髪型をしていた。


「ス、ステープルトン先輩、どうしてここへ」

里香は動揺が収まらない自分を懸命に抑えながらリサにたずねた。


「リサでいいよ里香さん。ちょうどそこで五月さんとあって、それでここでやってる事を知ってご挨拶に」

「姫ちゃん。なんでここのこと言っちゃうのよ」

「何も言ってないよ里香ちゃん。でもなんかわかっちゃって……、それで」

「大丈夫、別に怒ってなんかないし、むしろうれしいくらいだよ。こんなに僕のために集まってくれて」


リサはみんなを見渡すと


「で、どんなことを話してるの。よかったら僕にも教えてよ」

そういって近くに空いている椅子にすわった。


その瞬間、部屋にいた全員がリサのまわりに集まり、いろいろな事をリサに聞き、そして自分たちがリサのことがいかに大好きかを各々の言葉で伝えた。


それをみたリサは


(可愛いなあ。ここのみんな、全員血吸っちゃおうかな)


そのとき一年生の一人が


「リサ先輩、次の週末は予定空いてますか」

と聞いてきた。


「あっ、ごめん、僕 原則的に土日はイベントがあって……(いけない、みんなひいちゃったかな)」


一瞬リサは心配になったが


「リサ先輩そういえば土日は駄目だったっけ」

「そうそう、忙しいもんね」


みんなリサの趣味の事を熟知していた。


(なんかうれしいような、申し訳ないような)

リサはなんとも複雑な笑顔になった。




〇下校時間。



「じゃあみんな気を付けてね」

「はーい、また明日、リサ先輩」


リサは部員のみんなと別れると家に向かった。


そのとき近くを歩いている人の言葉が聞こえてきた。


「昨日また襲われたらしいぞ。暴行を受けて入院したらしい」

「まだ女性だろ。そのうち殺人事件になるかもな」

「うちの娘も夜は外出させないようにしないと」


(通り魔? やだなあ)

リサはちょっと心配な表情になった。


「リサ、どうしたのこんな時間に」

要が声をかけてきた」


「いやあちょっと集会があって。

「集会?」




〇リサの部屋



「そっか、一年のあれに行ってたんだ」

「うん、僕ああいうのはじめてなんで、とても楽しかったよ」


リサは着替えながらファンクラブの事を話した。


「ところで要は確かこのあたりの警備をしてるって言ってたよね」

「うん、LYPという警備組織のメンバーだけど、何か?」

「通り魔のこと知ってる? 昨日女の人が襲われたという」

「もちろん。現在捜索中。でもなかなかみつからなくて」

「僕も手伝おうか。十日位は寝なくても大丈夫だし」

「うれしいけどやはりこれは私たちが任されてるし」

「じゃあ僕が偶然出会ったら。それは別にいいよね」

「それはそうだけど、でもそんな危ない事」

「僕がアルティメット・ヴァンパイアだという事忘れてない」

「でも」

「大丈夫、無理はしないから。弥太とも約束してるしね」

「弥太……、そうなんだ」

「うん、もう念押しに約束させられてるからね。これは絶対だから」

「わかった。あと、ここの地区ではもうひとり担当の子がいるので今度紹介するね」

「ありがとう、よろしく」


要が心配しているのはリサではなく、相手の犯人だという事をこのときリサは知らなかった。





□その二




〇夜 24時頃。



小腹が空いたリサは夜の街をコンビニに向かって歩いていた。


「はあ、お腹空いた。しかし日本はコンビニとかが夜遅くまで開いてて助かるなあ。あれ?」

リサは前の方に見覚えのある二つの人影をみた。


(あっ、里香ちゃんと五月ちゃんか。でもこんな遅い時間になんで……)

怪訝に思ったリサは二人の後をついていった。


(変だな、なんか意識が無いのに歩いているようにみえる)

リサは危険を感じ二人の前に回り込みそして


「五月ちゃん、里香ちゃん」

肩をつかみ声をかけたが表情もなく目もうつろだった。


(いけない、これは誰かにあやつられてる、なんとかしないと)


そのときリサの後ろから

「じゃまをするな!」

物凄く大きく突き刺さるような声が響いてきた。


「誰だ」

リサが叫び振り返ろうとしたとき、突然まわりが急に真っ暗になり、次の瞬間リサの全身に物凄い衝撃が走った。


「うっ」

リサは思わず片膝をついてうずくまった。

五月と里香は意識を失い崩れるように倒れた。


「ほお、今の一撃で倒れないとは、お前何者だ」

低く野太い声が聞こえた。


だが次の瞬間

「誰に向かってお前だ、この野郎!」

リサは声のする方に叫ぶとそこへ向かって目にも止まらぬスピードで思いっきり強烈な飛び蹴りを放った。


「ぐわっ!」


鈍い声が聞こえたかと思うとまわりに明るさが戻り、目の前には黒く大きな異形の者が倒れていた。


リサはその異形の者の胸倉あたりをつかむと、その顔のあたりに強烈な往復ビンタを連発で食らわせ続けた。


「ゆ、ゆるしてくれえ……」

異形の者は必死にリサに謝った。


「お前が今までこのあたりで暴行事件を起こしていたんだろう、どうなんだ!」

「す、すみません」

「ふざけるな、すみませんは答えじゃない。イエスかノーかどっちだ」


リサは今度は顔に強烈なパンチを連続で打ちこみはじめた。


「イエスです、イエスです! た、たすけてえー!」

異形の者は悲鳴に近い声をあげた。


そのとき何者かが風を斬るようにリサに向かってきた。


ビシッ!


リサは強い蹴撃しゅうげきを受けたがそれを片手で受け止めた。

これに対し攻撃をしかけてきたそれはブロックされたとみるや、大きく後ろにジャンプしそして態勢を立て直し身構えた。


みるとそこにはショート・ボブの黒髪で、白とグレーのスタジャンに茶色のミニスカートを履いた小柄な東洋系の少女がいた。


リサと少女は睨みあった。


「誰かはわからないけど、こいつの仲間なら相手するよ」


リサは気絶した異形の者を手放すと、ニヤッと笑いそして手招きをした。

すると間髪入れず少女はリサに向かって突っ込み、そして強烈なハイキックをリサにうってきた。


バシン!


(こいつ、小さいくせにけっこうパワーあるな)

リサは一瞬驚いたがこれも片手でブロックした。


「それじゃあ今度はこっちから」

そういって、今度はリサがキックをうとうとしたその瞬間、


「リサ、ストップ、ストップ」

要が血相を変えて物凄い勢いで中に割って入ってきた。


「薫も止めて。彼女は敵じゃないの。早まらないで」

そういって少女の方にも叫んだ。


「どういうこと要」

リサは要に不思議そうな顔をしてたずねた。




〇リサの部屋、



「どう、五月ちゃんと里香ちゃんは」

リサが要にたずねた。


「大丈夫。呪縛は解けたわ。あとは朝になれば何事もなく目が覚めると思うけど」

「要の回復魔法ってかなりのものだね。ここにいてもけっこうその力は感じたよ。それにしてもあいつ、ふつうなら死んでもおかしくないような衝撃波を背後からうってきて……、あんなのありえないよ。いったいなんなの、あいつ」

「あれは獣魔、異世界グラーヴェにふだんはいて、本来はみんなおとなしくて争いや暴力には無縁なんだけど、たまにああいうのがこっちにでてきて事件を起こして。でも今回のはかなり酷くて、私も薫も必死に探してたの」

「そうなんだ。まったくとんでもない奴だよ。ところで要、この子が薫さんだね。それにしてもけっこうなキックで驚いたよ。凄いよね、あれ」


「すみません……」

薫はジュースの入ったコップを両手でもちながら、しょげて小さくなっていた。


「紹介するわ。この子、悠木薫。私と同じLYPのメンバーで私のパートナー。ちょっと無口だけととてもしっかりしてるの。あと料理が物凄く上手いから」

「悠木さんか、僕はリサ・ステープルトン。要のクラスメート。よろしくね」

そういうと薫に握手を求めた。


「よろしく……、お願いします」

薫も手を出しリサと握手をしたが、気まずいのかどこか不愛想なそれだった。


「それはそうとリサ、ほんと本気はやめてね。あの獣魔だってあれ以上やってたら死んじゃってるから」

「ごめん。だっって可愛い妹たちにあんなことしたからついカチンときちゃって」

「妹? リサのファンクラブの子、という意味ね。それはキレるかな」

「でしょ」

リサは要に「当然」という顔をした。


「でもそれだけじゃないんじゃない?」

「えっ?」

「あの獣魔、いきなりリサに衝撃波をうってきたけど。あれ、リサが男と思ったから撃って来た、それであんなに頭にきたんじゃないのかなあと」

要はちょっと意地悪そうな顔をしながらたずねた。


「あはは、バレた?」

「やっぱりねえ、そろそろリサの思考パターン、私読めるようになってきたから」

「面目次第もございません」

リサは要に深々と頭を下げ、それをみた要は口に手をあて「クスっ」と笑った。


照れ隠しにリサは机に置いてあるコップに入った麦茶を一口飲むと薫に、


「それにしても悠木さん」

「薫でいいです」

「あのキック、けっこういいんだけど、ちょっとまずいというか……」

「?」

「だって、あれ、みえちゃうよ」

リサは薫の元気そうな足がよくみえる短いスカートをみた。


「大丈夫です。減るものじゃありませんし」

「でも……」

「それにそれをみて怯んでもらった方がこっちには都合がいいですから」

「そうなんだ」

リサはちょっとひきつった笑いをした。


「ところでリサさんはアルティメット・ヴァンパイアというのは本当ですか?」

薫が訪ねてきた。


「うん、ほんと。だけどね」

そういうとリサは以前要に話した自分の事を詳しく説明した。


「わかりました。ありがとうございます」

「どうも、わかってくれてありがとう」

「あと、それと……」

「なあに?」

薫は部屋を軽く確認するように見渡すと、


「リサさんはアニメが好きなんですか?」

「はい、もうどうしようもないくらいのオタクです」

そういうとリサは薫に満面の笑みをみせた。


「じ、じつは私もけっこう好きなんです!」

「えっ、ほんと?」

リサは薫の思わぬカミングアウトに嬉々とした表情になった。


(えっ初耳、薫がアニメ好きだなんて。しかしリサ、今までみせたことがないくらい嬉しそうな表情してる)

要は少し驚き、そして二人をじっと見つめた。


「私、アニメが好きなんですけどまわりにそういう人がいなくて。それにそういう事いったら変な目で見られそうで、それで」

「あるある、僕も高校でカミングアウトしたらもクラスのみんなやっぱり一瞬ひいたからね」

「大丈夫だったんですか」

「大丈夫。リサはそんなことでめげないから。それにこの子カッコいいし。今では「オタクの王子様」といわれて、そこそこの人気。一年にはファンクラブもあるから」

要がそういうと薫はいきなりリサの手を握って、


「リサ先輩! さっきそこのドアを開けた時凄い量のビデオがみえました。あれ全部アニメですよね。あれ今度観に来てもいいですか」

「うん、いいよ。よかったらデッキがもう一台別の所にもあるからそれを使ってもいいよ。なんなら観たいときにいつ来てもいいように僕の部屋のカギを貸すけど、どう?」

「あ、ありがとうございます。これから来ます。毎日来ます。絶対来ます」

「よろしい」

薫は目を潤ませながらリサの手をさらに強く握りしめたがこの光景に要は、

「うわあ、どうしよう、これ」といった表情で二人をみつめた。


薫は夜の警備のため、その後ひとあし早くリサの部屋を出て行った。鼻歌を歌い満面の笑みをうかべながら。


部屋にはリサと要が残った。


「すっかり仲良しね」

「僕もうれしいよ、日本に来た理由にはこういう仲間をつくりたいというのもあるからね」

「なんだ、やっぱり仲間を増やしに来たんじゃない」

「そうだね。結局は仲間をつくりにきたことになっちゃったね」

そういうとリサは嬉しそうに笑った。


要はリサに薫のことを話し始めた。


「あの子、じつは今私と住んでるの」

「えっ要と?」

「住んでるというか監視かな。それからああみえてあの子私のひとつ下。本当なら高校一年よ」

「監視とか本当ならとかってどういうこと?」

「『死神と13人の天使たち』という組織を知ってる?」

「名前だけは。なんでも去年セケアの軍によって壊滅させられた地下組織と聞いたけど」

「あの子、そこのナンバー13、つまり13人の天使の一番下の子」

「えっ!」

「組織が壊滅したときあの子だけちょうど任務でアジトを離れていて。その後追手に追われてこのリトルヨコハマに来たんだけど、私がみかけたときはセケアの追手に追いつかれ殺されかけてたの。だけどここリトルヨコハマでそういう処刑事はご法度。しかもそのまま返せば殺されるのは明らか。そこで一緒にいた私の上官にあたる管理官が交渉して、この子をLYPが預かり私の監視下におくことを条件として引き取ったの。なので高校にふつうに通わせるのはちょっと」

「そうなんだ。でもよくそういう子をそれだけの条件でひきとれたね」


「引き換えに死神グループのこの子の知ってる事を、セケアにすべて渡すという条件も出してのそれだけど。もっともこの子を引き取ったのはこっちの事情もあるの」


「こっちの事情?」


「少し前、LYP内の組織変更でリトルヨコハマの担当がわたしひとりになって……。さすがにそれじゃあ無理と言ってた矢先のこれだったので、あの子を引き取りうちのメンバーにしたわけ」


「でもそれってけっこうリスクが高いんじゃあ」


「もちろん。だけどなんかあの子みててちょっとほっとけなくて。最初は何考えてるのかわからないところがあって、いろいろギクシャクしたこともあったけど、事件をいくつも解決しているうちにすごく分かり合えるようになって。それからは最高のパートナーっていう感じになって今に至る……、みたいな感じかな」

「なるほどね。そういうことなんだ」

「そういうこと。それにあの子、ものすごく運動神経がいいし、格闘系の武術もかなりの腕前」

「要とどっちが強いの?」

「辛うじて私ってとこかな。スピードは私の方があるけどけっこうあの子パワーがあって、小太刀で一度やったことがあるけど、こっちが三回打ち込んでも一発打たれると、もう五分に戻されちゃう」

「なんかわかる。あの子幼児体系なのにけっこう足が長くてしっかりとした筋肉がついてるからね。足腰が強いというのは見てて分かったよ」

「それ、絶対薫の前で言っちゃだめよ。けっこう今言ったこと全部気にしてるみたいだから」

「えっ。でもさっき見せても減らないとか」

「口ではそう言ってるけど実際はね。一応落お年頃だし。それにあの子けっこうリサの事みてたよ」

「それはほら、同志だから」

「それはそうだけど、そういう話になる前からずっとみてたってこと」

「ぜんぜん気が付かなかった」

「リサ、スタイルいいから。私だって羨ましいもん」

「僕は要のその綺麗な黒髪が羨ましいなあ」

「どういたしまして。あとリサ」

「うん?」

「薫のこと。これからもよろしくね」

「こっちこそ。あと、これから薫ちゃんをイベントとか聖地に連れてってもいいかなあ」

「組織の仕事に影響がでなければ大丈夫と思うけど……、ほどほどにね」

「サンキュー」


そのとき隣の部屋からドアを開けて五月と里香が目をこすりながら寝ぼけ眼で入って来た。


「あれ? リサ先輩、それに竜王寺先輩、ここどこですかあ……」

「おはよう。今説明するからそのへん座ってて。何かちょっと飲み物もってくるね」

リサはそういうと台所の方へ向かった。


こうしてこの夜の事件は終わりを告げた。




□その三



休日の朝、外を散歩していたリサに要が血相を変えて走って来た。


「リサ、大変!」

「どうしたの要」

「これみて」


そういうと要はスマホをみせた。そこには、


<吸血鬼か? 血を吸われた女性、意識不明の重体>


というニュースが画面にでていた。


「なにこれ、僕じゃないよ」

「それは分かるけど、街はけっこうこの話題でもちきり。何か心当たりはない」

「全然だよ。ねえ、もしできればその被害者にあいたんだけど」

「でも今行っても意識が……」

「その人の噛みつかれた所をみたいんだ。それで僕だいたい分かるから」

「わかった、面会できるよう上に頼んでみる」


要はそういうとすぐに連絡をとるためスマホを操作しはじめた。


(いったい誰だ。僕以外にこの街にヴァンパイアがいるなんて聞いてないし)


リサはかなり動揺しながら連絡をとっている要の後ろ姿をみつめた。




〇その日の昼過ぎ、病院から出てくるリサと茜。



「リサ、どうだった」

「なんか変なんだ、あの首のところの傷」

「変……て?」

「なんだろう、僕達ヴァンパイアの歯の跡じゃない気がするんだ。噛んだ後が円のようになるなんて僕たちの歯では考えられないんだよ。ふつうは六角形かそれに準じた形になるはずで、僕みたいなアルティメットでも噛めば八角形のような跡になる。決して円のようにはならないんだ」

「すると別の誰かが」

「うん、ヴァンパイアに罪をなすりつけての愉快犯だと僕は思ってる」

「酷い、そんなことの為にこんなことをするなんて」

「僕も許せない。絶対みつけて捕まえてやる。今夜からパトロールだ」

「リサ、念押しするけどこの前みたいにやりすぎはやめてね」

「大丈夫、今度は自分の事だからちゃんと冷静にやるよ」

「お願いね。あっ、それから噂では今回の件でヴァンパイアハンターというのが来るかもしれないって」

「うわあ、困ったのが来るなあ」

「知ってるの」

「ヴァンパイアハンターはみんなかなりしつこくて腕も確か。昔はけっこうそれで酷い目にあった仲間が多くいたみたいで、僕たちにはとにかく厄介な存在なんだ。僕は過去一度しか会ったことはなくて、その人は話のわかる面白くてとても……、とにかくとてもいい人だったんだけどね」


要はリサの最後ちょっともってまわった反応を不思議に感じながらも、


「でもヴァンパイアは他人をむやみには傷つけないって、リサはこのまえ。なのにヴァンパイアハンターという職業があるって?」

「うん、確かにそうなんだけど、中には酷いヴァンパイアもいて、そういうのを取り締まるためヴァンパイアハンターがいるんだ。だからそれはそれでかまわないけど、中には関係ない善良なヴァンパイアがそういう酷いヴァンパイアに間違われて死にそうな目にあったりとか、とにかくいろいろとあるんだ、過去に」

「わかった、もしもハンターが来て私が接触したらこの件やリサの事も伝えておくね」

「うん、頼むよ。話のわかる人ならいいんだけどなあ」


リサは少し心配な表情を要にみせた。




〇その日の夜



リサは学校の制服を着て夜の町を歩いた。

制服にしたのは前回普段着で獣魔に男と思われた事からの反省だった。


(今の所被害者はひとりだけど、絶対こいつはまたやる。早く捕まえないと)


リサは目を凝らし耳をすませまわりの気配を索敵しはじめた。そのとき、


「おまえ、人間じゃないだろう」

低く艶のある声が前の方から聞こえた。


(あれっ? どこかで聞いたようなセリフだなあ)


するとみなれない人物が歩いて来た。


背が高く褐色の肌にダークグリーンのキャップと半袖のサファリシャツ、

そしてホットパンツに黒いブーツを履いた精悍な顔つきの女性だった。


「あのう、僕のことですか」

リサはおそるおそる聞いた。


「おまえ以外に誰がいるんだ」

女はきつい言い方を返してきた。


「(怖わあ……) えーと、どちらさまでしょうか」


「どちらさまって……(なんだこいつ。おかしいなあ、こいつから確かにさっき並外れたヴァンパイアの気配を感じたんだが)」


(この人、ひょっとしてさっき僕が気配を探ろうとした時に出した妖気を感じたのかなあ。だとするとこの人もしかして)

リサは最悪のケースが頭をよぎった。


女はリサに近づくとその姿を凝視し、さらに匂いを嗅ぐような仕草をみせた。


(やばっ、これちょっと拙いかも)

リサは目を閉じ肩をすくめた。


女はリサの震える肩に手をやり

「こんな時間にひとりで歩くな。危ないからとっとと家に帰れ」

「は、はい。すみませんでした」


そういうとリサは小走りにそこを立ち去った。


(おかしい、何も感じなかった。ただそうなるとさっき感じた気配は……ん?)


女は誰かが自分を凝視しているような視線を感じた。


「誰だ。そこにいるのは!」

女は後ろをふりかえった。


「へへへ、いい身体してるじゃねえか」


粘るような卑猥な声が響いてきた。


「獣魔か、まさかここで出会うとはな」


「俺を獣魔とわかるとはおまえも人間じゃないな」

暗闇から杖をつき山高帽をかぶったコート姿のやせた男があらわれた。


「残念だが私は正真正銘の人間だ」

そういうと女は腰に下げていた銀色のサバイバルナイフ取り出した。そして、


「私の名は、ローラ・リーペンフロック、大天使の異名をとったヴァンパイアハンター、マルタ・ゼルマの最後の弟子だ」


「俺は獣魔ギザ、ヴァンパイアハンターごときに私が倒せるかな」

そういうとギザは杖を高くふりあげ、そして素早くローラに向かって振り下ろした。


すると地面を切り裂きながら物凄いスピードの衝撃波がとんできた。


だがローラはそれをひらりと回転するようにかわしピタリと片膝をつき着地した。


「いきなりの御挨拶だな」

ローラはギザをみてニヤリと笑った。


そしてギザに向かい風を斬るように飛び込んでいった。


「ばかめ」

ギザはせせら笑いながら体から何本もの鋭い枝をローラに向けて突き出した。


だがローラはこれらをすべて交わすとギザの首筋に銀のサバイバルナイフを突き立てそして一閃した。


ギザは首が斬り口から後ろに垂れさがり身体も大きくそり帰り、これで勝負あったかにみえたが、ローラは異変を感じ後方へ素早く回転して距離をとった。


するとギザは再び態勢を基に戻すと首も何事もなかったかのように元に戻っていた。


「なかなかやるな、女、だが、おたのしみはこれからだ」

そういうとギザは舌なめずりをした。


(こいつはかなり歯ごたえがありそうだ)

ローラはもう片方の腰にさげていた、金色の鋭角的な杭の形をした棒を手にとり再度身構えた。


今度はギザがローラに向かって突っ込んできた。


ローラは銀のナイフと金の棒を交差させ、ギザの突進を組み止めた。

するとギザの口から蛇のような長い舌がローラの顔面を襲った。


ローラはこれをかわしたが、かぶっていたキャップがとばされた。


その瞬間、

「ほお、女のくせにスキンヘッドとは……、これはなかなか」

ギザは気持ち悪い笑いをした。


「そんなにこの頭が珍しいか。それなら今生の見納めによく見ておくんだな」


そういうとローラその長い脚で離れ際にギザの延髄あたりに強烈に一撃をくらわせた。


ギザはよろめいたが、それでも倒れることなく、

「その程度のものか。ではこれからお前のその服をすべて剥ぎ取り、宴を開くこととしよう」


そういうとギザは気持ち悪い笑いを浮かべローラに近づいて来た。


「けだもの!」

ローラは叫ぶとシャツの上二つのボタンをむしり取り、それをギザに投げつけた。


「ぐわっ!」

ボタンがギザに当たるとギザが苦悶の声をあげた。そしてそこから激しい煙が立ち上りギザをあっというまに覆いつくした。


「特殊な樹液と聖水によってつくられたボタンだ。お前の宴には最高だろう」


そのとき


「おのれーっ」


煙の中からギザの腕が伸び、ボタンがとれ少し開けた服をつかんだ。


「何っ!」

ローラは驚きそして動揺した。


「女、それではみせてもおうか、お前のそのすべてを」

ギザがそういい、ローラの服を一気に引き裂こうとしたそのとき、


「させるか!」


いきなりギザの側頭部に物凄い威力の蹴りがとんできた。


ギザは凄い勢いで大きく横に飛ばされ、ローラもその衝撃で後ろに吹っ飛んだ。


「な、なにが起きた」

ローラは身体を起こし前をみると、さっきの女子学生が立っていた。


「やはりお前は」

ローラが言おうとするとリサは、

「こめん、その話はあとで」


そういうと倒れているギザのところに近づき


「お前、この前の奴の仲間だな。それとそのポケットからみえる針のようなもの。それで吸血鬼騒動を起こしたんだろう、違うか」

リサが怒鳴りつけた。


「そうだ私だ。私の可愛い相棒ジローが何者かに捕縛されたと聞いて、そんな事ができるのは人間にはいない。なのでジローを捕まえた奴を誘い出すためにこれをしたのさ」

「ふざけるな。お前のせいでひとりの何の関係もない人が死にかけたんだぞ」

「かまうものか。俺はジローを捕まえた奴を殺せればいいんだ」

「じゃあやってみろ。アルティメット・ヴァンパイア、リサ・セイバーズが相手になってやる」


「アルティメット。ヴァンパイアだと!」

ギザもローラもその言葉で凍り付いた。


「あの、かつて世の全魔賊の六割を滅ぼしたという伝説の悪鬼、アルティメット・ヴァンパイアだと」

ギザはガタガタ震えながらリサをみつめた。


「あ、それ、僕じゃない。僕のひとつ前の先代のことだと思う。話しか聞いたことないけど」


「あん?」

ギザは一瞬ポカーンとしたが、人違いと分かるや否やいきなり立ち上がり、リサにその長い手や蛇のような舌、そして全身から鋭い枝を一斉に射出しリサに襲い掛かった。


「だけど僕も強いんだよね」


そういうとリサはそれらを右足の蹴り一発で一蹴、次の瞬間ギザの頭が吹き飛ぶほどのサウスポーから繰り出された強烈なパンチがその顔面に炸裂した。


するとギザは前のめりになると膝からゆっくりと崩れ落ちていった。


リサはそれをみると、ギザの全身を光の壁で封じ込めた。


「これでよしと。あとは要にやってもらうとしてその前に」


リサはローラに近づいていった。




「大丈夫? 怪我とかはないですか」

リサはローラに尋ねながら手を差し伸べた。


「なぜ私を」

ローラが呟くように言うと、

「だってちょっと危なかったし。本気出さないとああいうのは危険ですよ」

「私が本気を出してないと、どうしてそう思った」

「ローラさん……、ですよね。その腰のポケットに入ってる碧い紙。それ「魔滅札」でしょ、聖水を結晶化させた。それあいつの額に貼ったらそれでもう詰みじゃないですか」

「じゃあなぜ本気を出さなかったかも」

「僕……、というかヴァンパイア用にとってたんでしょ。もしもの戦いのために」

「すべてお見通しということか。君が犯人じゃないと分かってたら最初から使うべきだったよ」

そういうとローラは苦笑いをした。


「それでどうします。僕とこれからやるんですか。ハンターなんでしょ」

「無理だよ。私もそこそこ自分の腕には自信があるが、アルティメットの敵じゃない。それにもう君と戦う理由もない」

そういうとローラは立ち上がり、吹き飛ばされた自分のキャップを拾いそしてかぶり直した。


それをみながらリサは、

(しかしカッコいいなあローラさん。美人だしスタイルもいいし。そういえばどこかで見たような……) ゜「ひょっとしてローラさん、以前モデルとかやってませんでしたか?」

「ああ。数年前にちょっとだけだが、何故分かった?」

「あっ、やっぱり。なんか以前何かの本で見たような気がして。僕、有名人に会うの初めてなんです」

そういうとリサは胸のポケットからペンと生徒手帳を取り出し、

「サインしてください」

と頭を下げローラに手帳とペンを差し出した。


「お前、何言ってるのか分かってるのか。私はハンター、お前はヴァンパイアだ」

「そうですけど、それが?」

リサは不思議そうな顔をしてローラをみつめた。


「それがって……」

そういうとローラはキャップに手をやり困惑した表情をした。


「そういう子なんですよ、リサは」

要と薫、そしてLYPのメンバーがやってきた。


メンバーは光に包まれたままのギザをそのまま特殊な牽引装置で輸送車に乗せ、LYPの本部へと連れて行った。


「あのままで大丈夫なのか」

ローラが心配そうにたずねた。

「あの光は二時間もすれば自動的に消えますが、それまでにはしっかりとしたところに連れていくということなので大丈夫だと思います」

リサが答えた。


「ローラさん、はじめまして、私はLYPの竜王寺要、こっちが悠木薫です。で、彼女はLYPじゃないですけどときどき手伝ってくれてる……」

「リサ・セイバーズといいます。こっちではリサ・ステープルトンと名乗ってます。これからはリサとよんでください」

そういってリサは握手を求めた。

「あっ、それとこれも」

といって手帳とペンをもう一度さしだした。


それをみたロ―ラは急に笑い出した。

「ほんとうに変わってるな、君は。さっきはありがとう。助かったよ」

そう言ってリサの手帳にサインをした。


リサはサインをしてもらうと

「こちらこそありがとうございます。これ大事にしますね。ところでローラさんはこれからどうするんですか」

「彼女にはまだ言ってないのか?」

「さっきのことですか? まだそのことは。リサ、ローラさんは」


そこまで要がいいかけるとローラがそれを制し

「私から言うよ。本日付けでこのLYPに配属になった、ヴァンパイアハンター、ローラ・リーペンフロックだ。よろしくリサ」

そういいリサに握手を求めた。

「そうなんですか。これからは要や薫の仲間なんですね。こちらこそよろしく」

リサはローラの握手に応えた。


「ところでローラさんはどちらにご宿泊を」


要がたずねると

「いや、まだこちらに来たばかりで決めてないんだけど」

「でしたら……」

と要がいいかけるとリサが、

「だったら僕のところに来ませんか」

「君のところ?」

「はい、僕、あの丘のマンションの三階にすんでるんですけど、あのフロアじつは全部僕のなんです。うちの父がなんかそうしちゃって」

「父って、今のセイバーズ家のご当主のこと?」

「そうです」

ローラの問いにリサが答えた。


「でもリサのところアニメだらけですから、少し狭く感じられるかも」

要がそこまで言うとローラが、

「リサはアニメが好きなんだ。私もけっこう好きだよ、といってもSFものばかりだけどね」

「あっSFものたくさんありますよ。それからこの薫ちゃんもかなり好きですから」

「へえ、LYPはアニメが好きな人が多いんだ。要さんも?」

「いえ、私はそれほどでも……(ヤバい、何この展開)」


「じゃあさっそく行きましょう、僕、案内しますから」

「ありがとう、部屋にシャワーはあるの」

「ちゃんとありますよ、僕は301号室なので302号室を使ってください。ホテル並みにみんな揃ってますし、誰がいつ来てもいいように僕が毎日掃除してましたから」

「それは助かる」

「ねえリサ。三階には他にも空き部屋はあるの」

「あるよ、その隣の303号室。そこは何も置いてないけど……、あっ、もしかして」

「うん。私と薫も来ちゃおうかなって。その方が何かと都合がいいし」


「要さん、あそこに引っ越すんですか」

薫が異常なほど明るい表情になり目をキラキラと輝かせはじめた。


「どうかなあ、薫は……、当然賛成だよね」

「うんうん」

薫は何度も大きく頷いた。


「じゃあ手続きをして今週中にも引っ越すね。よろしくリサ」

「うわあ、なんか急に賑やかになってきた」

リサはもういてもたってもいられないくらいワクワクする自分か抑えられなかった。


こうしてLYPの四人はリサのいるマンションの三階に勢ぞろいした。




□その四



ローラのいる302号室

ローラは引っ越しの荷物を要と片づけていた。


ジャージ姿で片づけている要に対し、白のタンクトップとデニムのショートパンツで片づけをするローラ、


(はあ、やっぱり大人の色気が凄い)

要はもう生きている世界が違うという表情でローラをみていた。


数時間後ようやく綺麗に荷物が片付き、二人はリビングのソファに腰かけ、ひといきついた。


「ありがとう要、今日はほんとうに助かったよ」

そういうとローラは要に紅茶を出した。

「いえ、こちらこそ、私たちの引っ越しの時はローラさんにお世話になりましたし」

要はローラに笑顔で応え、出された紅茶を口にした。


「いただきます。うわっ美味しい! これ、ローラさんがいれたんですか?」

「ああ、友達にこういうのにうるさいのがいて、それでいれるのが上手くなったんだけどね」

「そうなんですか。しかしほんとうに美味しいです、これ」

「ありがとう、ところで今日、薫ちゃんは?」

「薫はバイトです。近くに新しく出来たメイド喫茶にスカウトされて」

「スカウト?」

「なんでもそこに勤めている店員の女の子が変なのにからまれてるところを助けたら、御礼に来た店長さんがいきなり『ぜひうちの店に』って、そのまま」

「あの子可愛いからいいんじゃないの。そういうの」

「ただ薫はちょっと人見知りが激しいので。大丈夫かなと思ってこのまえ心配して見にいったら、料理が上手いので調理場とかを主に任されてるみたいで、それになんか『ぶっきらぼうな妹キャラ』でけっこう人気もあるというか」

「そうなんだ」

「でも薫もまんざらじゃないみたいで、よかったのかなって。リサの家にずっと入り浸ってるだけというのもちょっと引き籠りっぽいですし」

「それはいえるなあ。そういえばリサって本当にヴァンパイアなの。なんかあんまりそうはみえないんだけど」

「しかたないですよ。なにしろリサ、血の味とか匂いがダメらしいんです。どうしても好きになれないって」

「それほんと? 血が嫌いなヴァンパイアなんて聞いた事ないけど」

「両親からそのうちなれると言われたらしいですけど」

「はあ……」

ローラはなんともいえない表情をした。



「ところで要は何でLYPに入ったの。なんか大きな事件がきっかけだったとLYPの人に聞いたことがあるんだけど」


ローラがたずねた。


「はい、あれは一年程前、薫がやってくる前の、まだ私が高校に入ったばかりの時です」

要はそういうと一年前にあったある事件の事を話しだした。




〇一年前のリトルヨコハマにあるレプシュール女学院。



一学期がはじまって一か月ほどが経ったある日の夜の教室。


入学したばかりの要が、教室に忘れ物を取りに来ていた。

うっかり宿題に出たプリントの一部を机の中に置いてきてしまっていた。


「はあ……」


ひとつ溜息をつく要。


(今日も誰とも話せなかった。中学の時もこんなかんじ。これからの三年間もそうなのかなあ)


要はうつむき加減で席を立ち、カバンをもって教室を出たそのとき、


「怖いよね、どうしよう」


となりの教室から声が聞こえてきた。


「部活でおそくなっちゃったけどどうしよう」

「最近、誘拐が続いて起きてるって聞いたけど」

「じつは私の知り合いのお姉さんも連絡がおとといからとれなくて」

「えっ、ほんと、それで」

「母親がショック倒れて、知り合いもとても落ち込んでて、メールしたけど『もうどうしていいかわからない』って」


バレー部の生徒だった。セミロングとショートカットの女の子で、二人とも親が仕事で留守のため迎えに来ることもなく、ひどく怯えていてどうしていいか分からいといった感じだった。


それを見ていた要は少し躊躇したものの隣の教室に入ると二人に話しかけた。


「私と一緒に帰りませんか?」


二人は知らないクラスの生徒が話しかけてきたので一瞬戸惑ったものの、


「あ、ありがとう。でも、三人でもちょっと……」


二人ともさっきよりは少し落ち着いたものの、その表情には不安の色がはっきりでていた。


「私、一年2組竜王寺要。体術と剣術、どちらも前いたところでは県の代表になってるから」

「えっ、ほんと?」

二人の表情に少し安堵の色があらわれてきた。


(うわあウソを言ってしまいました。でもそうでも言わないと二人とも安心してくれないだろうし。それにそもそも私、県の代表より絶対強いし)


要は二人に、この日護身用に背中に背負っていた木刀の入っている鞘をみせた。


「何それ」

「ながーい。そんなの初めてみた」

「長さ三尺三寸、ほぼ1メートル。私が使ってるの。護身用ですけど」


そういうと、要は鞘から木刀を抜き、

二人の前で、その大刀を目にも止まらぬ速さで軽くさばいてみせた。


「す、凄い!」

「何今の、県大会だてじゃないよ」


二人は要の手をとって、


「お願いします。一緒に帰ってください!」




〇夜の通学路



「私、一年1組の、梶原ゆう、よろしくね」

「私も同じ1組の、今川佐紀。佐紀でいいよ」

「それにしてもたいへんですね、バレー部」

「一年だからね。後片付けとか部室の掃除とかいろいろあるし」

佐紀が答えた。

「ほんと、先輩たちとっとと帰っちゃうんだから。変な事件が起きてるんだから私たちも早く返してほしいよ、まったく」

ゆうはちょっとふてくされた感じで話た。


(!)


このとき要は自分たちがつけられている事に気づいた。


要は二人に悟られないよう、校門を出た時からグレネーダ流派の魔法の呪文を唱え、不審者が自分達をつけてきた場合、それがすぐ分かるようにしていた。


(不信な男が四人、拳銃さえもってなければ倒せるとは思うけど)


要はいつでも対応できるようにしていたが、何故か自分たちと男達との距離はつまってこない。


(変だな、動いてこない。どういうこと、勘違い?)

要が考えを巡らしていると、


「ありがとう、ここが私の家、助かったあ」

ゆうが安堵の声をあげた。


「やっぱりその刀がけっこうきいてるのかも。ありがとう要さん」

そういってゆうは要の手を握り締めた。


「じゃあ要さん、悪いけど私も家までお願いしていいよね」

佐紀が言うと要は、


「いいですよ。ただちょっと喉が渇いたので、近くでお茶していきませんか」

「それならうちに寄ってかない。佐紀はどう?」

「もう大助かり、正直ちょっと緊張してトイレ行きたかったし」

「いいんですか、いきなりお邪魔して」

「いいよ。家、今誰もいないし、むしろ私もその方がいいかなあ……と」


そういうと三人はゆうの家に入って行った。



三人は一階のリビングに通された。

ゆうは部屋の明かりをつけカーテンを閉めた。


「待ってて、今飲み物もってくるから」


そういうとゆうはリビングと接しているキッチンの方に向かった。

「あっ、私トイレ。ゆう、借りていいかな?」

「いいよ、場所分かる?」

「うん大丈夫、前来た時に覚えてるから」

そういうと佐紀は部屋を出て行った。


要はリビングの椅子に座ると、片手でカバンの中にしまっている古めかしい木製の棒、通称オールドバトンを掴むと、


(「サークルサーチ」)

そう呪文を口ずさんだ。外の様子をみる呪文だ。


(いる、四人とも外に。今私が佐紀さんと一緒に出て行ったら、佐紀さんだけでなくひとりで家にいるゆうさんも危ない)

要の表情に緊張が走り、さらに別の呪文を呟き、もう片方の手の指で何かの記号のようなものを書くような仕草をした。


(『ディフェンシブブロック』完了。この防壁魔法でおそらく大丈夫とは思うけど)


要が防壁魔法を完成させるのと同時にゆうが飲み物をもちながらリビングに入って来た、

しばらくして佐紀も部屋にもどって来た。

二人は部活の事などを話し出した。


要もその話に表面上は加わっていたが、外の様子は逐一頭の中に鮮明な画像として映し出されていた。


その頃外では不審な男たちが動揺していた。


「おい、なんでこの門あかねえんだ」

「こんなチンケな門なのにビクともしねえぞ」

「よし俺が乗り越える、お前はまわりを見はれ」


そういうと一人の男が門をよじのぼろうとしたそのとき、


「うおっ」


男は門からすべりおちた。


「どうした、いったい」

「電気だ、電気が流れてやがる」

「セキュリティシステムか」

「わからねえが、おそらく電気が流れたということはもうどこかに通報が行ってるに違いねえ」

「やべえ、こいつは駄目だ、引き揚げろ」


そういうと不審者達は暗闇へと消えていった。


(よかった、引き揚げてくれた)

要はやっと安堵し、家の外にかけた防壁魔法を解いた。



しばらくすると共働きのゆうの両親が帰って来た。



この後、要は佐紀と一緒にゆうの家を出、佐紀の家へと向かった。


佐紀の家はもう親も帰っていて灯りもついていた。


「ありがとう要さん。今日はほんとに助かったよ」

「どういたしまして。あっ、それとあとでちょっと聞きたいことがあるんでメアド交換してもいいですか」

「いいけど聞きたいことって……、ひょっとして私の知り合いの事」

「はい、その誘拐の件です」

「いいけど、聞いてどうするの」

「私の知り合いに探偵をしている人がいるので、もしよければ頼んでみようかと思って」

「そうなの。でもまず私が聞いてみる。何かあったら連絡するね」

「はい、よろしくお願いします」


そういうと要は佐紀に頭を下げた。

もちろん探偵などはウソ。要はゆうや佐紀を怯えさせたこの事件をなんとか食い止めなければという気持ちでいっぱいになっていた。



翌日、要に佐紀から、知り合いの子が直接会いたいので今日一緒に来てほしいというメールが来た。要はすぐに了解メールを送った。


夕方、要と佐紀は知り合いの子のいる家に来た、名前は須藤遥。行方がわからなくなっているのが姉の須藤晶。


要は遥に細かくその日のいろいろな事を聞いた。


①夕方の四時迄は連絡がとれていた。

②家に戻っていない。

③近くの監視カメラにもうつっていない。

④家出をするような理由も素振りもなかった。

⑤来週の週末にはタレントオーディションの最終選考があり、本人もそれを楽しみにし、家族も後押ししていた。

⑥誰か異性とつきあっているという事もなかった。


要は遥から晶の最近の写真をみせてもらった。二人が仲良くUSJで写っている写真だった。それをみながら話す遥の目からは涙が次々とこぼれ、ついには話すこともできなくなり泣き崩れてしまった。佐紀は遥を抱きかかえるようにして元気づけた。


しばらくして少し落ち着きを取り戻した遥かに要は、


「遥さん、晶さんのふだんよく身に着けていたものって何かありますか」

「はい、ありますがそれを何に?」

「数日お借りできませんか、知り合いの探偵の方に見てもらおうと思って。おそらくちょっと大事な事に使う事になると思います」

「わかりました」

そういうと遥は部屋を出て行こうとした。


「私も一緒に行っていいかな」

「ありがとう」

佐紀はそう言うと遥と一緒に二階の晶の部屋に行った。




〇午前二時、要の家。



自分の部屋の机の上に、遥から預かった晶の愛用のハンカチと帽子があった。


要は黒いマントと帽子を身に付けた姿で、

それに向かってオールドバトンを振りながら呪文を唱えそして、


「この地を司る神々に深く感謝の念を捧げます。そして謹んでお願い申し上げます。この持ち主の居場所をお教えください。願わくは私たちに神々の御加護がありますように」


そう唱え、深く頭を下げた。


すると要の目の前にいくつもの風景がみえてきた。


「感謝いたします」


そういうと要は手にあの三尺三寸の木刀をもって、外に走り出した。


「神の羽根、足に力を」


そう唱えると要のくるぶしから下が光り出し、

車より速く夜の街を疾風のように音もなく走った。


(急げ、今ならまだ間に合う)


市街地を抜け、

そしてかつてホテルがあったところだったらしい一件の廃屋の前に着いた。


(ここか)


みるとそこには鉄製の頑丈な門があり、その中に玄関があったが、横にはカメラがこちらをみているのが分かった。


要はそこで刀を鞘から抜くと、いきなり横に一閃振りぬいた。


その瞬間、廃屋の前にあった門は吹き飛び、ホテルの玄関のドアもセットされていたカメラもろとも一瞬にして吹き飛んだ。


「このあとは時間の勝負」


そういうと要の足がまた光だし、

矢のようなスピードで廃屋の中に突っ込んでいった。


要は晶のもっていたハンカチを額にあてながら、猛スピードで晶のいる場所に向かって突進していった。


「次の角の突き当りか」


要は身をかがめるようにして角を曲がったその瞬間、木刀を超高速回転で次々と振り切った。


「ぐわあ」


待ち伏せしていた男達は、銃や刃物を握ったままあっという間に失神した。


要は男たちが目を覚まさないように眠りの魔法をかけると、突き当りにある部屋の前まで慎重に歩を進めた。


そして懐にしまっていたオールドバトンを取り出し、目の前の鉄製の扉に向かって「クラウストン」という呪文を唱えた。


すると部屋の中の状況がドアにうつしだされた。


(中には男が三人、そして……いる! 晶さん、それにあと女の人が三人、みんな縛られて、しかも手錠まで……許せない!)


要は手の平を扉の鍵に向けると自分の手に息を吹きかけた。

すると白く色づいた息が二手に分かれ、扉の鍵と蝶番のあたりを急速に凍り付かせていった。


(うう寒っ、この力使うのホント嫌)


鍵と蝶番が完全に凍り付いたのを見計らうと、要は重心を下げ左手を前に突き出し、その手の甲の上に真っすぐに木刀を乗せ、まるで右片手一本突きのような姿勢をとった。そして、


「竜王時要、押してまいる!」


そう叫ぶと、強烈な一撃を鉄製の扉に向かって打ち込んだ。


その瞬間扉は物凄い勢いで部屋の中にすっ飛び、

正面にいた男を直撃そのまま壁まで男ごと吹き飛ばした。


要はそれと同時に部屋の中に飛び込むと、

左側にいた男の首筋に木刀を払うように打ち込み失神させた。


「てめえ」


後ろにいた男が要に銃を発砲しようとしたその時、

要は持っていた木刀の中ほどを掴むと、

自ら後ろに倒れ込むようにしながら木刀の柄の部分を思いきり後ろに突き出した。


「ぐふっ」


木刀は男の溝内を直撃し男は前かがみになった。その瞬間、


「くらえっ!」


要は風を斬るように身体を鋭く回転させ男に肘で強烈な一撃を顔面に入れた。


男は声を発することなく崩れるように前のめり倒れていった。



要は中で倒した三人にも眠りの魔法をかけ、外で倒れている他の男達が動かないのを確認すると、もっていたスマホで警察に場所と状況を連絡した。そして、


「須藤晶さんですね。私は妹の遥さんに頼まれてきました。もう大丈夫安心してください」


そういうと要は全員を縛っていた縄を解き、かけられていた手錠の鎖の部分を木刀の柄を使った一撃で次々と砕いていった。



要は全員を外に誘導すると、ちょうど警察や救急車が到着。

囚われていた四人はそのまま病院へ直行。そこで晶は遥や家族と再会した。



こうしてこの誘拐事件は終わりを告げた。




〇今のローラの部屋



「そんな凄い事件があったのか。それで犯人たちの狙いは」

「人身売買です。内臓の転売か、それとも奴隷としてかは分かりませんが。ただ晶さんに聞いたら、私が踏み込む数時間後にはあそこを出るという話だったので、そのまま船に乗せられていたかもと」

「危機一髪か」

「かなりギリギリだったかと」

「で、LYPに入ったのはそれがきっかけなんだ」

「はい、ちょっと暴れすぎちゃったんでいろいろと聞かれちゃって、そしたらそこにLYPの冴島管理官がいて」

「氷美華がいたんだ。それじゃあすぐスカウトだ」

「もうこっちの意見も何も聞かずに即決です。でもその代わりに私の能力とかそういうのはうまく処理してくれたんですけど」

「で、今ではLYPの現場リーダーか。凄いじゃない。ところでその後、晶さんたちはどうなったの」

「囚われてた皆さんは異常もなく翌日には退院しました。晶さんもすっかり元気になって今はアイドルとして東京で活躍しています。それに晶さんだけでなく遥さん、それに佐紀さんやゆいさんとも仲良くなって、今でもよく一緒に遊んだり、晶さんのいるグループのライブに行ったりしています」

「それはよかった。探偵なんて嘘ついて、それでもいい友達になったんだ」

「探偵の件はあとで謝りました。でも晶さんを助けてくれたということでそれ以上は」

「そうね。命をとられたかもしれないところを助けてくれたんだがら。しかし助けた子、今アイドルやってるんだ」

「はい。けっこう人気も最近出てきてるんで私も嬉しくって。じつはその晶さんのいるグルーブが、今度アニメの主題歌を歌う事が決まったんで、そのイベントに今日これから行くんです」

「ということはリサや薫も」

「もちろんです、晶さんから招待券もらったっていったら、ちょっとたいへんな騒ぎになっちゃって。ローラさんも一緒にどうですか」

「場所はリトルヨコハマのサーベリアホールか、行きたいけどLYP全員がイベントへ行くと何かおきたら拙いからな。今回は悪いけど遠慮させてもらうよ」

「じゃあ今回は私たちだけですみませんが楽しんできます」


そう言って席を立とうとした要に


「あっ、最後にひとつだけ聞きたいことがあるんだけど」

「はい?」

「晶さんたちを助けに行く時、何故走って行ったの。魔法使いなら箒に乗って行った方が速い気がするんだけど。それにグレネーダ流は確か飛行魔法に力を入れてるって流派って聞いた事があるけど」

「そ、それは……」

「それは……?」

「わ、私は高い所がダメなんです!」

「えっ?」

ローラはあまりにも予想外の答えに呆気にとられてしまった。


「し、失礼します」

そういうと要はローラの部屋を足早に出て行った。



「血が嫌いなヴァンパイアというのもたいがいだけど、高所恐怖症の魔法使いか。おもしろいところだなLYPは」


そういうとローラは部屋のカーテンを閉め、シャワーを浴びにバスルームへと向かった。




□その五



夏コミ間近のリサの部屋。


要が来てリサのコスプレの衣装をみている。


「リサ、それほんとに着るの?」

「うん、いいでしょ、僕これ一度着てみたかったんだ」

「薫の手先が器用な事は分かってたけど、けっこうすごいよね、それ」

「ほんと、これ原作そのままだからね。薫には感謝だよ。ところで薫は?」

「自分の部屋で寝てる。昨日パトロールしたあとそのままそれの仕上げしてたんで、もう帰ったらすぐパッタリ」

「もうしわけない」

「大丈夫、薫こういうの大好きだから」

「しかし向こうにいた時は、こんなコスプレで人前に出るなんて夢にも思わなかったよ」

「そうだろうね」


要は、まあ当然かなという顔をした。


そんな要をみるとリサはソファに座り外の景色をみながら話し始めた。



「僕、小さい時はふつうのヴァンパイアだったんだ。アルティメットになったのは十歳の誕生日の時。じつはヴァンパイアは十歳になるとアルティメットがどうかを判別するためにあることをするんだ」

「なんで十歳?」

「アルティメット・ヴァンパイアは数百年に一度あらわれるかどうかという希少種なんだけど、十歳になるまでそれがあらわれないんだ。それで十歳になると陽の光に手を軽くあてるんだ。ふつうのヴァンパイアならたちまち火傷するんだけどアルティメットにはそれが起きない。それで判別するんだ」

「それでリサは当然なんとも……」

「そう、そのとき父は呆然と立ち尽くし、母は泣き崩れたけどね」

「えっ、なんで?」

「じつは前もちょっと言ったけど、僕のひとつ前の先代アルティメットがじつは物凄い殺戮を犯したんだ。そのため当時いた全ヴァンパイアの八割、そして魔族全体でも六割が殺され人にも犠牲者がではじめたんだ。それで人間と魔族が共同戦線をはりやっとの思いで先代のアルティメットを倒したんだけど、そのとき次にアルティメットがあらわれたらすぐに全魔族に警報を出し、子供のうちに例外無く即刻それを処刑せよという暗黙の了解がかわされたんだ」

「えっ、でもリサはこうして……」

「もちろん両親は悩んだよ。でも二人の兄貴が揃って僕をかばってくれたんだ」

「お兄さんがいるの?」

「そっ、ほんとうに兄貴たちには感謝しているよ。それがなければ僕は今頃……」

「仲のいい兄弟なんだね」

「それがそうでもなかったんだよね」

「えっ?」


要は意外な言葉にちょっと不思議そうな顔をした。


「じつは兄貴たちはものすごく仲が悪くて、殺し合い寸前の喧嘩をいつもやっていたんだ。どっちがセイバーズの当主になるかということでね。そんな中僕が生まれたんだけど、母が言うには二人が争ってると僕はとても大きな声で泣いていたらしいんだ。で、当然その泣き声がうるさく感じた兄貴たちが僕のところに黙らせようと来る、ところが兄貴たちの顔をみると僕、すぐ泣き止んでそれからうれしそうに笑ったらしいんだ」

「へえ」

「兄貴たちはそれがなんかとても嬉しかったらしくて、暇さえあれば僕の事をあやしたり面倒みてくれたりして。で、そうこうしているうちにいつの間にか兄貴たちは喧嘩をやめ、仲良くなったらしいんだよね」

「やるじゃない」

「もちろん覚えてないけどね、そのときの事は。ただ物心がついたときから兄貴たちにものすごく溺愛されてたことは覚えているけど」

「だからかばってくれたんだ」

「今でもその時の事は覚えてるよ、他の貴族や魔族会議の元老たち相手に、僕が先代といかに違うかという事を身体をはって訴えてくれたんだ。僕はもうそのときただただ泣いてたよ。本当に本当に嬉しくて。ここまで想ってくれているのなら、例え処刑されても悔いが無いくらい」


要はじっとその話を聞いた。


「結局兄貴たちのおかげで僕は助けられたんだ。ただその代わり十年間教会に住み込み、そこで奉公するようにという条件をつけられたけど」

「教会? ヴァンパイアが」

「酷いよね。最初兄貴たちや両親もかなり憤慨したけど、僕はそれに従った。そうしないと今度はセイバーズの家そのものがどうなるか分からないからね」

「それで教会ではどうだったの」

「ふつう……、かな。別に十字架にも耐性があったし、ふつうの下働きのお手伝いというかんじ。もちろん正体は伏せられていたけど」

「で、そこで十年働いたと」

「それがね。他の貴族や魔族会議の元老たちはそれだけでは結局許してくれなくて、それからパリの教会で十年、プラハの教会で十年、さらに……」

「えええっ!」

「でもあっという間だったなあ。みんないい人たちばかりだったので余計そう感じるのかも。そこで僕はいろんな人たちと接することができたけど、その時ヴァンパイアと人間ではいろいろと価値観や感覚が違うということが分かって。で、そのときいつか人間の世界で住んでみたいと思ったんだ」

「それで幕末の日本に」

「うん、留学という形でね。ただ……」

「ただ……?」

「もう兄貴たちがたいへんで。四十年以上待ってしばらくしたら今度はもう遠い東洋の島国に行くというんで、とにかく泣かれた泣かれた。一応帰ってから家には十年以上はいたんだけど、兄貴たちにはそれでも短いらしくて」

「溺愛してたんだっけ」

「そう、もうその溺愛パワーがとにかく毎日凄くて。このときも行く当日まで行かないでくれって泣きつかれて、ほんとまいったよ」

「それでも行ったんだ」

「まあね。それに理由は人間の所に住んでみたいという理由だけじゃなかったし」

「というと?」


「じつは以前も言ったけど、ヴァンパイアの世界では女性は髪の長さで魅力と価値が決まっちゃうところがあるんだ。で、僕はというとこの長さ。いくら伸ばしても襟足くらいまでしか届かない。どうもアルティメットになったそれの影響らしいんだけど、おかげで月一回行われる七大貴族による舞踏会で、いつも僕だけ仲間外れ。ただでさえアルティメットということで除け者扱いなのに、そこへきてこの髪の長さだからね。


兄貴たちは気にかけて僕と交互に踊ってくれたけど、兄貴たちがまた他の女性陣から滅茶苦茶モテるんだなあこれが。だからその人たちのやっかみの視線もとても痛くて」


「ああ、それなんかわかる」


要はうんうんと相槌をうった。


「なのでそのうちなんだかんだと理由をつけて舞踏会に出なくなっちゃったんだ。で、そうこうしているうちに引き籠りになっちゃって。そんなとき偶然みかけたのが、父上が持っていた絵のコレクションで、日本の信貴山縁起と鳥獣人物戯画の写本。これをみてこういうものがある日本に行ってみたいと思って」

「意外、そんなことがきっかけなんて」

「そうかな。けっこう日本の絵画から日本に興味をもち渡来した西洋の人が少なくないという話を聞いたことがあるけど」

「でも、今のアニオタのリサのベースってそこの部分があるのかも」

「僕もそう思う。だから日本と僕ってもう運命的な繋がりがあるんだよ、きっと」

「そして、今はこうしてコスプレをしてると」

「そっ。いいでしょ」

「いや別に」

「あっ、酷いなあ」


そういうとリサと要は楽しそうに笑った。


「さて、明日会場に行く用意をしないと」

「えっ? コミケって明後日からでしょ」

「明日、机や椅子を会場に並べる前日設営があるんだ。あれ一度やってみたかったんだよね」

「そんなことまでやるんだ」

「初めてのコミケだもん。もう思いっきり楽しまなきゃ。あっ、ただ徹夜で並んだりはしないよ。そういう規則に対しては両親も兄さんたちもけっこう厳しかったから」

「薫も行くの?」

「薫は本番の三日間だけ。もちろんレイヤーとしてもね。

「だから私とローラがこの四日間パトロールを割り振られてたのか」

「ごめん、そういうこと」

「そういえばコミケの最終日って今度の日曜だよね。その日花火大会があるから四人で行かない?」

「あっそれいい、行く行く。でも、パトロールは?」

「その日は私だけど、花火大会の終了時刻はパトロール開始時刻より前に終わるから大丈夫」

「OK、じゃあそういうことで」



こうしてリサと薫にとって長い夏の数日間がはじまった。




□その六



コミケが終わった日曜の夕方。


浴衣姿のリサと薫が花火の会場に向かっている。


「いやあ、あっという間だったなあ、コミケ。ねえ薫」

「ごめん、私ちょっと疲れた」

「そうだよね。薫大人気だったもんね、コスプレ。三日目なんか行列できてたし」

「まさかあんなことになるなんて、はあ……」


薫はひとつ溜息をついた。


「薫かわいいからな。ああいうコスプレさせたら無敵だよね」

「リサほどじゃなかったけど」

「あれはまいったなあ。係りの人まで来ちゃったからなあ」


薫はまたひとつ溜息をつくと


「だいたいアキバやお台場に行くたびに何人ものスカウトから声かけられてる人が、自分と良く似た人気キャラを再現度高くやってるんだから当然……、というかそうならない方が不思議だよ」

「薫は初めからそう言ってたけど、向こうで百年以上まわりから見向きもされなかった僕としては、なんだかピンとこなかったんだよねえ」

「学校にファンクラブとかできてるじゃない」

「うーん確かにそうだけど……」

「そうだよ」


リサは腕を組んで考え込みながら黙々と歩いた。


「あっ、でも少しは向こうでも人気あったかな。相手は人間だけど」

「その話、もう少し詳しく聞きたいかなあ、と」

「うーん……」


リサはちょっと夕焼けの残る空を見ながら話し始めた。


「僕がアニオタになるよりかなり前の話だけど、僕が引き籠っていた時期に珍しく外に出た事があったんだ。そのとき偶然小さな女の子と出会って、みたら足を毒のある蛇にかまれたみたいで。それで僕がすぐに毒を吸い出して止血した後、おぶって麓の村まで送っていったんだけど」

「その話初めて聞いた」

「そしたらそこの家の人たちから、なんかとても感謝されちゃって、それでそのうち、その村の子供達とけっこう親しくなって……、みたいな」

「けっこうそういうことがあったんだ」

「でも、そのうち『あいつはどこの者だ』みたいな話になっちゃって。それで迷惑がかるのも悪いからということで、行くのをちょっと」

「つらいね、そういうふうになると」

「うん。で、それからしばらくして、ちょっと様子をみに村に行ったんだけど、そしたら……」

「なんか嫌な予感」

「まあそのとおりなんだけど」


そう言うとリサは立ち止まってちょっとうつむき加減になった。


「じつは、僕が助けた女の子の村から、誰かひとり戦争に行かなければならなくなったんだ」

「戦争?」

「数日前に、その村のある国が別の国と戦争になったということで、各地に召集礼が出されたんだ。その村でも誰かひとりが行く事になったのでクジをひいたら、その女の子のお兄さんが行くことになって」

「それでどうなったの」

「女の子はものすごく泣いたけど、一度なった事は覆らないと。ご両親もじっと哀しみを噛み殺したかのようでもう見ていられなくなって」

「えっ? まさか」

「そのまさか。僕は自分の素性をその女の子の家族と村長さんだけにうちあけて、僕を村の人間として代わりに行くよう申し出たんだ」

「なんで? 戦争だよ。どうしてそんなこと」

「ずーと引き籠ってた自分に、少しの間だけとはいえ、楽しい思い出をくれたその子とその家族へのお礼かな。家に戻ってもまたけっきょく引き籠りの続きをする事を考えると、それよりはましかなと、それに……」

「それに?」

「じつは何日か前に僕たちセイバーズの一族がいる城を、不審な者がすみついているらしいので、治安のため取り壊そうという話が、麓の大きな町の議会で議題として出たみたいなんだ。だからそれを中止してもらうことを引き換えにという事もあったのさ。もしヴァンバイアが住み着いてるなんて知られたら、事は村だけの問題じゃないからね」

「で、その話は結局?」

「うん、僕が戦争に行くという事で話はなくなりめでたしめでたしかな。村長さんもけっこうなやり手で他の部分もうまく手まわししてくれて、僕たちの事も知られずにすんだし」

「ということは行ったんだよね、戦争」


薫が聞くと、リサは少し遠くをみるような目つきで黙って歩きはじめたが、しばらくするとゆっくりと、それこそ身体の中に深くしまい込んでいたものをよびおこすように語り始めた。


「あれは話に聞く以上に酷い代物だったよ。昨日までなかよくバカな話をしたり食事をしたりしていた仲間が、翌日の昼には顔半分が吹き飛ばされて横たわってるんだ。そんなことがもう日常さ。


そのときね、思ったんだ、僕みたいに長い命をもったものでさえ命を大切にしてるのに、なんでたかだか数十年しか生きられない人間がこんなことで死んでいくのかって。故郷に残してきた家族の写真を大事にもったまま笑顔で死んでた人もいたよ。キズひとつないとてもきれいな顔でさ。僕にいろいろと軍隊の事をやさしく教えてくれた上官だったんだけど……、


『少尉、どうしたんですか、そろそろ起きてください、今日は少尉の故郷にいるお父さんの話を聞かせてくれるんじゃなかったんですか。お父さん昔は漫画を描いていて新聞に連載をもっていたって。そんな僕が好きそうな話をしてくれないなんて酷いじゃないですか。僕、その話、ほんとうにとてもとてもたのしみにしてたんですよ』


って。でもね、何度話しかけてもゆすっても笑ってるだけで目を開けてくれないんだ。全能の魔術師とかアルティメット・ヴァンパイアとか無敵で最強みたいに言われてるけど、戦争の前ではこんなに無力なんだって。だって、目の前にいる大好きな人ひとりさえ救えないんだよ。笑っちゃうよね。戦争の前じゃ僕はとても弱くて非力だって」


薫は表情をかえず少しうつむきながらその話を聞いていたが、その表情は何かをこらえているようだった。


「まあそういうわりには、ふつうの人間なら即死するような銃撃や爆破があっても無傷で帰ってきちゃうからね。僕はそう簡単に死なないような約束事でできてるみたいだから。


そのうちけっこう戦闘が激しくなると僕の周りにみんな集まってきちゃってさ。なんか絶対死なないから、そのそばにいれば助かるんじゃないかと思われて。


酷い時は隊長をほったらかして、みんな僕のまわりに集まっちゃった時があって、もうたいへんだったよ。だってどう考えてもみんな集まってるから相手から目立っちゃってるでしょ。それで「みなさん散ってください!」と立ち上がって叫んだら相手から撃たれちゃって。もうだれがどうみても頭直撃なんだけど、そこは僕だから。


「あ、大丈夫です」


と言って立ち上がったらみんなビックリ。「とにかく早く散ってください」って叫んだらみんな一斉に僕のまわりから逃げ出しちゃって。それからはなんかみんなからしばらく避けられちゃって。なんだこれじゃあ舞踏会の時の僕と同じじゃないかって」


そこまでリサが言うと薫がリサにこう言った。


「ところでリサ、人は撃ったの?」


一瞬まわりの景色も音もすべてが止まったような感じがした。


「撃ったよ。もっともほとんどは相手の銃の部分を撃ったものだけどね」

「そんなところまで狙えるんだ」

「まっ、そこのところは全能の魔術師の実力かな。とにかく血を見るのは嫌なんだよ」

(この人ほんとにヴァンパイアなのかなあ)

「とにかくそんな事の連続だったよ。それで何年かして戦争も終わって家に帰ったら、激しい戦闘のあった戦争だったっというニュースが連日流れたこともあって、手紙もまともに書けなかったから家でみんなに大泣きされちゃったよ。特に兄貴たちはもうボロボロ」

「妹大好きブラザースか」

「それと村のみんなからも感謝されちゃって。あのときはちょっと英雄が凱旋した気分だったよ」


「女の子とその家族からは?」


「そこでもまた泣かれたよ。「よく無事で帰ってきた」と言われたけど、「ふつうの人間なら死んでます」とは冗談でも言えないし。それと帰ったその日が偶然村祭りの日で、僕が帰ったお祝いと御礼という事で花火まであけでくれたんだ。小さい奴だけどね。そのときそこの村長さんが、日本という東洋の国では鎮魂という意味でも花火をあげるといわれて、今日はその意味も込めてあげているといわれたんだ」


「じゃあリサにとって今日の花火大会は」


「ちがうちがう、今日はみんなと純粋に楽しみたいだけ。それに戦争に行ったのはもうずいぶん前の話だし」


そう言うとリサは薫にひとつ問いかけた。


「薫、なんで人って戦争がやめられないんだろう。話し合いをいくら重ねても、そのうちの何度かはかならず戦争がおきている。もう何百年もその繰り返し。人って戦わないと生きて行けないのかなあ」

「以前死神が『人は利口なふりをいつもしているけど、ほんとうはバカばかり。だからいつも反省も後悔も口先だけ。おかげで自分は今まで仕事に困った事がない』って言ってた」

「死神って、以前薫がいたところの組織のリーダーだよね。伝説的な傭兵って聞いてるけど」

「うん。凄い人だった。だけど一人勝てなかった傭兵がいたって」

「そんな人がいるんだ。何ていう人?」

「氷美華だよ。聞いてない?」

「初耳だよ。氷美華さんって傭兵だったんだ」

「15の時にはもう軍のエースパイロットで、17の時死神と初めて空中戦をやって五分に渡りあったって」

「凄いなあ」

「それから何度も死神と氷美華はやりあったらしいけどいつも引き分け。そのうち死神はそんな氷美華が好きになったみたいで、ついに戦闘中に無線で氷美華に告白したんだって『俺といっしょになれ』って」

「えっ? 戦闘中に」

「戦闘中しか会わないからね。敵同士だから。とにかくもうたいへんだったらしいよ。やめりゃいいのにオープンチャンネルでコクったもんだから、戦闘区域にいた全機にそれが聞こえちゃったみたいで。しかもその中を死神が氷美華を戦闘そっちのけで追っかけまわしたらしくて、もう敵も味方も大混乱。氷美華が言うには『あんな酷い、それこそ文字通りの修羅場は初めてだった』って」

「ひどいなそれは」

「それで死神は軍をクビになったけど、結局それが『死神と十三人の天使』をつくるきっかけになったんだ」

「すると氷美華さんが薫を以前助けた理由って、死神との関係?」

「違うと思う。氷美華は死神が死んでせいせいしたって言ってたし」

「氷美華さんらしいなあ。今度そのあたりの事、直接聞いてみようかな」

「やめた方がいいと思う。一度聞こうとしたら思いっきり殴られた」

「あららら、そうか氷美華さんもそんな事があったのか」


そのとき花火がひとつポンと上がるのがみえた。

そして大きな華を夜空に咲かせた。


「あっ、はじまった。急ごう、薫」


死神と氷美華の話で場は少し和んだが、戦争の話は薫にリサのいつもと違うそれを強く印象づけた。


リサはそんな薫の事を知ってか知らずか、花火大会の会場へ行く歩を少し速め、薫もそんなリサを追いながら会場へと小走りで向かっていった。




□その七



放課後、校門からでて自宅へ帰ろうとするリサを要が呼び止める。

「リサ聞いた? 昨日また獣魔が出た話」

「うん、だけどたしかそれだけじゃなかったよね」

「そう、むしろそっちの方が問題かな。カウンターナイトのことでしょ」

「はじめは耳を疑ったよ、騎士の中でも最強の称号だからね。僕の先代のアルティメットも最後はカウンターナイトにとどめをさされたというから」

「えっ? アルティメットより強いの!」

「だからちょっと会ってみたい気もするんだ、それに……」

「それに?」

「カウンターナイトは本来二人一組なんだ。話によると一人というのも気になって、それで」

「それ知らなかった。ということは先代も二人のカウンターナイトに」

「話によると最高の連携でやられたらしいんだ。それだけになんで一人なのかなあと」

「そのこと冴島管理官にも伝えるけどいいかなあ」

「うんいいよ。むしろその方がいいかもしれないし。それと今夜は僕も見回るよ。獣魔も気になるしね。かなりヤバそうな奴なんでしょ」

「話によると最強クラスかもっていわれた。以前悪さしてたのとはレベルが違うかもって。薫もローラさんと組んでるから、今夜はリサが私と組んでくれると嬉しいけど」


リサは要のそれを了承し、その夜二人でパトロールに出た。




〇リトルヨコハマ、深夜二時。



リサはかつて茜と竜王寺屋で五銭組と闘った時に身に着けていた黒の正規の戦闘服、そして要はかつて晶たちが誘拐されていたアジトに乗り込んだときに着用した黒いマントと帽子、それに大刀を背中に背負って、ともに最強武装でパトロールをしていた。


街は満月に明るく照らされていたが、二人はあえてそういう光の届かない裏通りを中心に歩いた。


しばらく歩き中華大繁街の側までくるとチャイニーズドレスを着た、中学生くらいの三人の女の子が立っていた。三人は背格好だけでなく顔もそっくりだった。


要はその子たちに向かって挨拶をした。


「こんばんは。今日もたいへんね。ご苦労様」

「要さんこそいつもご苦労様です。ところで横にいるその方は?」


真ん中の子がリサの方をみながら要にたずねた。


「彼女が以前薫が言ってたリサ。私のクラスメート。そして最強の使い手かな」

「最強? 要さんや薫さんよりも……ですか?」

「悔しいけどそんなとこかな。というより私と薫の二人がかりでも勝てないかもね」

「私たち三人でもですか」


三人のリサをみる目がその瞬間変わった。。


「あはは、要は冗談ばかり言うんだから。そんなに強かったらひとりでやってるよ。はじめまして、僕はリサ・ステープルトン。リサでいいよ」


リサはちょっとひきつった笑いをみせながら挨拶をし、握手求めた。


「私は赤燐、こっちが青林、そのとなりが黄菓。要さん。強そうな方がまたひとり増えてよかったですね」


赤燐はそう言うと、リサの握手には応じなかったが、軽く会釈をした。


要は簡単なもっている情報を三人に提供すると、その場をリサとともにはなれた。


そのころには三人のリサを見る目つきは静かなそれに戻っていた。



しばらくして、


「ねえ要、あの三人は?」

「この中華大繁街を仕切る三老頭に仕えてる洋よう三姉妹さんしまい。正直かなりの使い手よ。私と薫がコンビ組んでやっとというくらい」

「そうなんだ。でもその三姉妹がなんであんなところに?」

「それくらいの緊張状態にあるということかな。ここが」


そのとき三姉妹のいる方向からとてつもなく嫌な気配が感じられた。


「リサ!」

「わかってる、行くよ、要!」


そういうと二人はさっき三姉妹のいた場所に駆け戻っていった。



「くそっ、何なのこいつは!」


さっきの場所で三姉妹の前に10mはあると思われる巨大な獣魔が立っていた。


三人はさっきから絶妙なコンビネーションで獣魔に立ち向かっていたが、そのパワーと大きさの前に苦戦を強いられていた。


「何があってもここから先に行かせちゃダメ。青林、黄菓、もう一度三点から攻めるわよ」

「わかった」

二人がそういってポジションをとろうとしたその時、

中央にいた赤燐に獣魔が凄い勢いで突っ込んできた。


「赤燐!」


二人が叫び、赤燐もとっさの事で固まってしまった、そのとき、


横から黒い影がものすごい勢いで獣魔の側頭部に飛び蹴りを食らわせた。


リサだった。


獣魔は一瞬大きくバランスを崩したものの、すぐに態勢を立て直し自分に攻撃をしかけたリサに対し身構えた。


「今ので倒れないの」

人足遅れて到着した要は一瞬驚きの表情をみせた。


獣魔は立て続けにリサに攻撃をしかけるが、リサはそれをかわしながら肘や膝を首筋や顔に入れるがビクともしない。


「ふふん、これはひさしぶりに面白い相手だなあ」

リサはニヤッと笑うと呪文を唱え、手の前に直系1メートルほどの金色の円陣を現出させると、そこから凄まじい数の光弾を矢のように獣魔に浴びせかけた。


さすがの獣魔もこれには少し後ずさりをしたが、しばらくするとそれを腕でブロックしながら前にじりじりと出始、リサとの間を詰め始めた。


リサがちょっと苦しそうな表情をみせはじめたのをみた要は、背中に背負っていた大刀を手に持ち替え、そして右片手一本突きの態勢をとった。


「竜王時要、押してまいる!」


そう叫ぶと獣魔の右足のすねに大刀を目にも止まらぬスピードで突き刺した。


グウオオオオーーーー!


獣魔は叫び声をあげると膝をガクンと着いたが、すぐに片方の手で要に一撃を食わそうとした。


「あぶない!」

リサは飛び込むように要をかばったが、次の瞬間獣魔の爪により強烈な一撃を背中に食った。


吹き飛ばされるリサと要。


飛ばされたもののリサがかばってくれたため爪の直撃は免れた要。

自分をかばい背中が引き裂かれ大量の出血をしながら倒れているリサ。


「リサっ、リサっ、しっかりして、リサっ。!」


要が叫ぶと、


「うん。しっかりするよ」

そういうとリサはゆっくりと起き上がった。


「!」


みるとすでにリサの背中の出血は止まり、傷も急速に消えていった。


「こいつ、僕を本気で怒らせたね」


そういうとリサのふだん青い瞳が急に赤くなった。


「刺身にしてやる!」


そういうとリサは獣魔の方にゆっくりと歩いていった。


三姉妹が要のところに走って来た。


「要さん大丈夫ですか」

「ありがとう、かすり傷ってとこかな」

「よかった、で、要さんあの人は……」

「リサ・ステープルトン。本当の名字はセイバーズ。アルティメット・ヴァンパイアよ。話には聞いたことあるでしょ」

「あの人があの伝説の……」


三人はそういうとリサを驚きの表情でじっと凝視した。


獣魔は自分の爪の一撃をくっても立ち向かってくるリサをみて


「お前、何者だ。お前も俺と同じ獣魔か」

「ふん、同じかどうか今から試してみるかい」


そういうとリサの犬歯がふだんの3倍ほどの長さになった。


「貴様まさか」

「そのまさかだったらどうする気だよ」

「お前を倒して俺の名前を奴らのようにさらに確かなものにするだけだ」


そういうとリサと獣魔は一触即発状態になった。

要と三姉妹はもうこの状況を見守るしかなかった。



そのとき突然金色の風のようなものが吹いて来た。


「あれは……?」


要がその風が吹いてくる方向をみると、金色の鎧を身に着けた騎士がこちらに歩いてくるのがみえた。


「カウンターナイト!」


思わず要が叫んだ。


「これは凄いな、獣魔王シャピロとアルティメット・ヴァンパイアが戦ってるとは」


カウンターナイトをみた獣魔は、

「くそっ、邪魔が入った、今度会ったら確実にお前を殺す」


そういうと獣魔は黒い渦を起こすとその中に消えていった。



「はあ……」


そう溜息をつくとリサはへなへなと座り込んだ。眼の色も犬歯も元に戻っていた。


そんなへたりこんだリサの前にカウンターナイトがゆっくりとやってくると、いきなりリサの首に剣をあてた。


「それでアルティメット・ヴァンパイアがこんなところで何をしている」

そういうと冷たい眼差しでリサを見下ろした。


「ナイト様、私はこのリトルヨコハマの管理組織LYPの竜王寺要といいます。彼女はリサ・ステープルトン。私たちの仲間です」

要が慌ててカウンターナイトのところに駆け寄ってきた。


「仲間? アルティメットがか。何を戯たわけたことを」

「ここではなんですから、然るべきところに場所を移してお話します」

「それならこの近くにいい場所があります。そちらにご案内しますので要さんリサさん、それにナイト様もどうぞこちらへ」


そういうと赤燐は、青林と黄菓に何かあったらすぐに自分たちに連絡をするようにと警備に残し、ナイト、要、リサを中華大繁街の一角にある少し大きめの食堂に案内した。




〇中華大繁街にある食堂。



「信じられないなあ」


「ナイト様、やはり信じてはもらえないのでしょうか」


「私の名前はヘレン・コースデール。ヘレンでいい。いや、信じられないのは君たちの仲間という事より、彼女が女性だったということかな」


「えーっ、それ酷いですよ」


リサはヘレンの言葉にすっかり凹んでしまった。


「ははは、すまない、冗談だ。しかし噂には聞いていたが、アルティメットの力とは凄いものだな、あの獣魔王シャピロと互角に渡り合うとは」

「互角じゃないですよ。最後なんか殴られ損です。もう絶対今度あったら死ぬまで気絶させてやるんだから」

リサは悔しそうな表情をうかべ唇を噛んだ。


「ところでシャピロとはどういう獣魔なのですか?」

要はヘレンにたずねた。


「シャピロは獣魔の中の超強硬派の主戦論者で、ふだんは穏健な獣魔までたきつけ我々のいるグラーヴェにいる妖精族や人族を征服し配下に収めようとした張本人だ。私たちがあと一歩というとこまで追い詰めたのだが、配下の獣魔とともにこちら逃亡したので私がそれを追ってきたというわけだ」


「あのう、ひとつ質問があるんですけど」

リサが手を上げヘレンに質問をした」


「カウンターナイトって二人一組って聞いたことがあるんですけど、もう一人の方もこちらにいるのですか?」


ヘレンはそれを聞くとテーブルの上にあったお茶をひとつ軽く飲むと、


「じつはもうひとりは何年か前にこちらに逃げた獣魔を追ったまま戻ってこなくなってしまってな。もともとはこちらの生まれで、幼い時に大天使と呼ばれたマルタ・ゼルマに師事したというヴァンバイア・ハンターで、私がその腕を見込んで七年程前に直々にスカウトし、グラーヴェでカウンターナイトにしたんだが、何故か戻ってこなくて……」


(あれ、それどこかで聞いたような?)

リサがちょっと首をかしげて考え込もうとしたその時、


「ちゃんとしばらくこちらにとどまると、手紙を書いて使いに渡したぞ、ヘレン」


リサが振り返るとそこには壁に寄りかかりながら腕をくんでこちらをみているローラがいた。


「ローラ、お前!」

「ひさしぶり。ヘレン」

「ひそしぶりではない。いったい今までどこへ。いやその前に使いに手紙といったが、それはどういことだ」

「ジルシーというのはお前がよこした使いじゃないのか。指示があるまで長くなるかもしれないがこちらで待機してほしいと。だがいつまでも連絡がないから、そのうち生活するのに仕事を探すことになって、なかなかたいへんだったんだぞ」

「ジルシーなんて奴は私は知らないが、いったい何の話だ」


ヘレンもローラも何かよくわからない表情で互いをみつめあった。


「ローラさん、カウンターナイトだったんですか」

要の言葉に

「すまない。隠すつもりはなかったのだが」

「ちょっと驚きました。でもそれで合点がいきました。ローラさん、それとヘレンさんですよね。お二人の話されてることは、きっとこういうことだと思います」


要はそういうと二人に話し出した。



十分後。



「ということは二人ともまんまとはめられたと」

ヘレンもローラもなんとも冴えない表情をした。


「ジルシーはさっきのシャピロの配下だと思います。カウンターナイトは二人だと無敵なので、別々の世界に二人を分けてしまおうと。そのためヘレンさんをシャピロが倒そうとしている間、ローラさんはこちらの世界に、という具合に。何人かの獣魔をこちらにわざと放ったのもローラさんをこっちの世界にひきつけて置くためだったんだと思います」


「じゃあここで暴れていたギザとジローも」

ローラが呟くと要もそれに答え

「シャピロがこっちに放った獣魔の一員かと」


「しかしなんで奴はカウンターナイトが二人になると真の力を発揮する事を知ってるのだ? このことはほとんど誰も知らない事だし、私たちは二人でまだあいつと闘った事はないのだが」

ヘレンは不思議そうな顔して要にたずねた。


「おそらく、シャピロは先代のアルティメットがその当時のカウンターナイトにやられたという事を知ってるんだと思います。リサの事をアルティメットだと分かると、『倒して奴らのように名前をあげる』と言ってましたから」


「奴ら。ほんとにそう言ったのか」

ローラは厳しい顔でリサに聞いた。


「うん、たしかに『奴ら』と」


リサが答えるとヘレンとローラは互いに目をあわせ、席を立ち外に出て行こうとした。


「どこへ行くんですか」

要がたずねると、


「決まっている、奴とケリをつけにいく」

ヘレンは怒りに充ちた顔で言い放った。


「それならいい考えがあります。僕もちょっと借りを返したいんで」

そういうとリサは要と赤燐もよんで一計を話し出した。




〇翌日午前四時。やや空が白み始めたベイヨコハマの桟橋をリサがひとりで歩いている。



「おい、みてるんだろ! 三流の獣魔王。名前は……何だっけ、覚えるほどのこともない奴だから隠れてコソコソしてるんだろう。卑怯者じゃなければいますぐ出て来いよ。アルティメット・ヴァンパイアがわざわざ胸貸してやるといってるんだ。格下なんだからグズグズするな。早くしろ! この✕▽〇□野郎!」



すると桟橋の先端方向の海面がむくむくと盛り上がり、そして激しい蒸気が吹きだした。


(いよいよお出ましか。このまえの決着つけてやる)


リサがニヤッと笑い身構えると、蒸気が柱状に盛り上がり、さらにその先端が大きく避けるとそこからシャピロだけでなく物凄い数の獣魔の軍勢もあらわれた。


「ふん、雁首そろえておでましか、一人残らず全員潰してやるから覚悟しな!」


それを聞くとシャピロは


「生意気なガキだ。アルティメットとはいえ相手はひとり、押しつぶしてやるわ!」


「それはどうかな

突然リサの後方から声が聞こえた。


みるとそこには、完全武装した要、薫、ヘレン、ローラ、三姉妹、そして冴島管理官がいた。


「おまえたち、いつの間に」

シャピロは突然あらわれた要たちに驚き叫んだ。


「僕と要が結界をはってわからないようにしていたのさ。さすがにこの8人をわからないように移動させるのはたいへんだったけどね」


リサはそういうと振り向いて要にウインクし親指を立てた。


「かまうな、やってしまえ!」

シャピロが叫ぶと獣魔たちは一斉に襲い掛かって来た。


こうして乱撃戦の幕が切って落とされた。


要と薫、リサとローラはそれぞれペアで、そして三姉妹も得意のフォーメーションを組んで迎撃した。そんな中単独となった氷美華に獣魔が集中した。


「管理官が危ない」

一瞬要が叫ぼうとしたその瞬間、


ブウーーーンという聞いた事のない低く風を斬るような音が聞こえたかと思うと、氷美華のまわりで何人もの獣魔がバタバタと倒れていった。


「えっ?」


みると氷美華の両腕には各々長さが1m以上ある鉄製の太いヌンチャク状の棒が握られていた。


「ひさしぶりだなこれを使うのも」

そういうと眼鏡の奥で目をギラつかせながら、ゆっくりと両方のヌンチャクをまたまわしはじめた。


「つ、強い!」

要はあまりに強さと凄みに絶句してしまったが、

「要! 来るよ」

という薫の一言で我に返り大刀を構え迎え撃った。



「久しぶりだなローラ、腕は落ちてないだろうな」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ、ヘレン」

「いいね、それじゃあ行くか」

「ああ、まずはこの雑魚たちを大掃除だ」



するとヘレンは左手ローラは右手をあげ

「来たれ! ドライストレーター!」


すると二人の背後から空間を割くようにして二頭の鋼鉄製の馬があらわれた。


二人はそれにまたがると前身から眩いばかりの光を放ちながら共に剣を抜き一気に獣魔の群れに切り込んでいった。


「おお、凄げえ、噂には聞いたことがあるが初めてみたな、カウンターナイトの正規の姿」

氷美華はかかってくる獣魔を次々となぎ倒しながら、その輝かしい光をまといながら次々と獣魔を切り倒していく二人の姿をみつめていた。


三姉妹は赤燐の目配せや指の動きに即座に反応する青林と黄菓の、驚くほど俊敏な動きとコンビネーションで獣魔をまったく寄せ付けず、周りに被害が及ばないように見事な防御戦を展開していた。


「すごい、これ。今までとぜんぜん動きが違う」

「パワーもキレもけた違い。凄い凄い!」

「まるで着てても重さを感じない。むしろ身体そのものが軽く感じられるくらい。なんなのこれ」


じつは三姉妹はこの戦いのため、ヘレンが急遽グラーヴェからもってきた甲冑を身に付けることで、圧倒的にすべての能力がパワーアップしていた。




⇒ ここで、話は前後し前日夜の出来事。



ヘレンが三姉妹に何やら話をもちかけている。


「なあ、おまえたち『デューカーナイト』にならないか」

「はあ?」


三人ともいきなりの発言で開いた口が塞がらない。


「ヘレン、あれは確か最古のナイトプレスで、長いこと空きになっていたと聞いているけど」

「あれ、なんで空きにずっとなっているかわかるか?」

「いや。知らないが」

「あれは甲冑のサイズが少し小さいんだ。おそらく私たちではつけるのは無理だし、要やリサもちろんダメ。薫はOKかもしれないがサイズの合うパートナーがいない。それに比べこの三人ならサイズもちょうどぴったりだ」

「そうは言うがこの三人。ナイトクラスの力はあるのか」

「要に聞いたけど、実力はかなりのものだそうだ。あいつの見立てなら間違いない」

「たしかに要の人を見抜くそれは確かなものがあるけど……」


二人の間で淡々と進む会話に、


「ちょっと待ってください。話がぜんぜんこっちにみえてこないんですが」


赤燐は二人の会話に割って入った。


「すまない、つまりこういうことだ」


ヘレンは三人に今の会話をもう少しわかりやすく砕いて説明すると、腰につけた六角形の小さな箱のようなものを握り、持ってきたデューカーナイトの甲冑を、部屋の中に出現させた。


三人は最初は一瞬驚いたものの、


「わっ、これいい」

「かっこいい。これくれるんですか?」

青林と黄菓がいきなり食いついた。


「ちょっと待って二人とも。まだなるとは一言も」


慌てて二人を制する赤燐にヘレンが、


「別にグラーヴェに来てくれというわけではないし、RYPの傘下に収まれというわけでもない。ただこれを着れば今までとは比べ物にならないくらいの力が出せるし、明日はその力が必要となるかもしれない。シャピロとやったとき、かなり危なかったんだろ」

「そ、それは……」

「それにこのデューカーナイトもいつまでも空席だと、そのうち忘れられてしまうかもしれない。それではこの歴史と伝統のあるナイトプレスがあまりにも不憫だ。どうだ、引き受けてくれないか。時間が無いんだ。頼む」


ヘレンの頼みに赤燐は


「わかりました。今回は特別にお受けします。ただ今後どうするかは、このあたり一帯の中華大繁街を統括されてる三老頭の皆様に後日お伺いを立て、その指示に従うことになると思います」


そういって赤燐は今回のみという条件でナイトになることを承諾した。


喜ぶ、青林と黄菓。こうして新しいナイトがここに誕生した。




⇒ ここで、話は再度ベイヨコハマの桟橋での三姉妹の戦いの場に戻る 。



「要さんと薫さんは」


赤燐が二人をみるとそこには驚くような光景が広がっていた。


要は持っていたオールドバトンの先からとんでもないほどの冷気を勢いよく噴射し、まわりの獣魔をどんどん氷漬けにしていった。薫は履いているブーツの底を外し、中に隠れていたスケートの刃を露出させ、両手に硬鞭こうべんを持つと、凍結した路面上を獣魔たちに向かい勢いよく滑りだそうとした。


すると要が

「薫、待って、今それに術をかけるから」


そういうと要はバトンをもっていないもう片方の手から薫の靴に向かって金色の光をあてた。

要は「神の羽根、足に力を」と口元で呪文を軽く唱えると、


「それでさらにスピードがでるわ。それと氷がないところでも関係なく滑れるから思う存分やってちょうだい」

「わかった」


そういい薫が思いっきり踏み込むと、薫が経験したことのないようなものすごいスピードがいきなり出て、そのまま相手に突っ込むような形になった。

「おっと」

薫は一瞬その速さにバランスを崩しかけたが、一回転してすぐに態勢を立て直すと、すごいほどのスピードで回転とバク転を多彩に織り交ぜながら舞うように次々と獣魔を倒していった。


(さすが薫、やっぱりあの娘の運動神経と動体視力は凄い。うー、しかし寒い、もうほんと嫌、こういうの)


要は厚着をし身体中に携帯カイロをビッシリ貼りまくっていたが、自分の強烈な冷気の前に、それもあまり役に立っていなかった。


(凄いなあみんな、しかしほんとにこの人たち人間なのかなあ)


リサは他のみんなのそのあまりの暴れっぷりに、半ば呆れたような表情をみせたが、


「さて、こっちもそろそろかな」

そういうとリサはシャピロに向かい、


「決着、つけるよ」


そういうと物凄い勢いでシャピロに突っ込んでいった。


そのときシャピロの後ろから突然何かが飛び出し攻撃をしかけてきた。


「何っ!」

リサが思った瞬間、


バシン!!


強烈な金属音が目の前で響いた。

ローラの剣がリサへの攻撃を防いでいた。


「久しぶりだなジルシー、お前にはいろいろとたずねたいことがあるんだが」


ローラはそういうとシャピロの後ろから飛び出しリサに攻撃をしかけた獣魔にニヤリと笑いかけた。


「へっ、騙されるお前の方がバカなんだよ。この脳筋女」

「言ってくれるねえ!」

ローラがフンと鼻で笑うと横にいたヘレンが、

「おいおい、私の相方にずいぶんな物言いじゃないか、私もお前にはいろいろと聞きたいことがあるんだよ」

と言うや否やジルシーに一太刀浴びせたが、ジルシーはそれをひらりと交わした。


「へん、カウンターナイトの力はその程度のものか、とんだお笑いだぜ。そんなことじゃシャピロ様の足元にも及ばないぜ」

「さあそれはどうかな、なにしろ私たちはあんたを捕まえていろいろと聞かなきゃならないからな。殺す気ならとっくにお前との勝負は終わってるよ」

ヘレンが見下すような姿勢で吐き捨てるように言うと、


「でけえ口を叩くのそこまでだ」

そういうとジルシーは二人に襲い掛かってきた。こうして二人のカウンターナイトとジルシーとの間でバトルがはじまった。



「あんな手を使わないと勝負できないなんて獣魔王がきいて呆れるな」

リサが言うと

「あれは余興、お前など私が直接手を下すまでも無いからな」

「じゃあ直接手を下さなきゃならないようにしてやるよ」


そういうとリサは目に留まらぬ速さでシャピロの懐に飛び込み、その溝内のあたりに強烈な膝を一撃入れた。


シャピロはわずかに後ずさりしたが、

「こんなものか、アルティメットの力は」

と、余裕で受け流した。


「それじゃあ今度はこっちだ」


そういうとシャピロはその巨大な手の指先から伸びた鋭い爪で思いっきりリサの全身を強打した。



だが



なんとリサはそれを片手でブロックしていた。


「マジか!」


それをみていた敵味方全員が一瞬固まってしまうほどの、それは信じられない光景だった。自分よりもはるかに巨大なシャピロの一撃を片手で簡単にブロックしたリサをみて、


「あれがアルティメット・ヴァンパイアの力か」


他の獣魔は急にそのショックからか動きが鈍くなっていき、次々と倒されて行った。


「このまえは油断していい一撃食ったけど、アルティメット・ヴァンパイアは一度受けたすべての攻撃に対してある程度の耐性がつくのさ。あの一撃で僕を倒せなかった時点で勝負はついていたんだよ」


リサはシャピロにニヤリと笑った。


「そういうことか、それじゃあこれはどうかな」


そういうとシャピロはもう片方の手を天に向けると、その手をリサに向けて振り下ろした。その瞬間リサに空から物凄く巨大な雷が直撃してきた。


「リサっ!」


思わず要が叫んだ。



が、


雷が落ちた時に生じた煙がはれると、リサが何事もなかったかのように立っていた。


「僕の住んでいる所はけっこう山の中でさ、そういう所に長い事いるとたまにこういうのに直撃されちゃうんだよね」


そういってリサはニヤッと笑った。


「ありえん!」

シャピロはそう叫ぶと、指先から電、そして口から火焔を吐きながらリサを攻め立てた。


「いいねえ、こういうの。だけど僕の大好きなゴジラなら、この程度の攻撃じゃないんだけどね」


そういうとリサは前かがみになって呪文を唱えだした。


するとリサの犬歯が長く伸び、背中が青白く山型にゴツゴツと光りを発し始めた。そして口の中で何かが光ったかと思うと、いきなり物凄い勢いでリサの口から強烈な太い熱線が、桟橋をなめるようにしながらシャピロに向けて発射された。


「ぐわおおおおおっ!」


シャピロの巨体がその熱線で一瞬持ち上がり全身が炎に包まれると、そのまま大きく後ろへ吹き飛ばされ海面に叩きつけられた。


シャピロはなんとか起き上がろうとしたが、リサがその顔面に、顔が大きく変形する程の凄まじい膝蹴りをうちこんだ。


この衝撃でシャピロの首は大きくひしゃげ歯も何本か吹き飛び、そのまま横倒しになったが、リサはその肩口のあたりにすかさず飛び乗ると、


「これで終わりだと思うなよ」


そういうとリサは、シャピロの顔面に雨あられと猛烈なパンチの嵐を高速で何分間も浴びせ捲った。


ぐったりしていくシャピロに、


「何かいいたい事があるんだろう。聞こえるように言ってみろ!」

殴りながら赤くなったリサの目がどんどん激しくギラついていった。


「す、すまない、お、俺の負けだ……」


そういうとシャピロは気を失い、そのままバッタリと崩れ落ちるように海の中へとどっぷりと沈み込んでいった。



「本当に気絶させたか。しかしとんでもないな、アルティメットって」

ヘレンはそのあまりのリサの強さに呆然としたが、

「そういうこっちもそろそろやめないと」

ローラはそう言ってヘレンが片手で掴んでいるボロ雑巾のようになったジルシーをみた。


こっちも早々と完全に決着がついていた。


他の獣魔もこれをみて全員が戦闘放棄し、待機していたLYPによって捕縛されていったがあまりの量のため、その後全員を収容しグラーヴェの施設に送るのに半日以上かかることになった。



こうしてリサ達と獣魔達の最終戦闘は終わりを告げた。




〇その日の夜、昨日の中華大繁街のお店にて。



「はあ、疲れたあ……」

リサはテーブルの上に顔を乗せ、だらっとして目つぶっていた。


「疲れたじゃないよ。あんな無茶な事して。あの後、リサの吐いた熱線で桟橋が崩れ落ちて大変なことになったんだから」

要はもううんざりといった表情でリサをみつめながら文句を言った。


「ごめん、なんかこの前テレビみてたら口から火を噴く芸をみてて、あれなら火の魔術と風の魔術を足せば自分でもできるかなあと思って、つい……」

「それでゴジラを似せて背中まで光らせたっていうの? もう、リサはヴァンパイアやめてゴジラにでもガメラにでもなればいいのよ」

「ゴジラみたいに大きくなれないし、ガメラみたいに手足から火を出して空飛べないから無理。コスプレすれば仮面ライダーくらいならできるかも」

「何言ってるのよ。どうみてもとっくにライダーより強いでしょ!」

「ありがと」

「どういたしまして」


そんな二人を周りにいたみなは声をころしながら笑ってみていた。


「どうだった、それ。いいかんじだったろ」

そんな中、ヘレンが三姉妹に聞いた。


「はい、最高でした。これ凄いです」

「動きだけじゃなく、赤燐や青林の考えも今まで以上に瞬時に感じられて、ほんと驚きです」

「こんなたいへんもの、本当にいただいてよろしいのですか?」


「もちろん、というより三人とも、もう立派なナイトだ。これからはそれを大事に使ってくれよ」


ヘレンの言葉に三人はかわるがわる謝辞を述べた。


「これで一件落着といったところだな。ジルシーもすべてを白状したし、シャピロも無事グラ―ヴェの収容施設に収監したし、他の暴れ獣魔ももうこれで懲りて何もしないだろうし。ただ……」


ヘレンはそこまで言うと言葉をとめた。


「どうした、まだ何かあるのか」

ローラがヘレンにたずねると、


「リサの作戦では、最初リサが囮おとりになって、一撃を食わせたあと私たちが片を付けるという段取りだったんだが、ジルシーのバカが横から入って来たんで、私たちがジルシーを相手にすることになったのがなあ」

「やっぱりヘレンはシャピロとケリをつけたかったのか」

「当然だ。ローラと私でシャピロ相手にカウンターナイトの強さを見せつけようと思ったのに、あれじゃ台無しだ」

「だけどジルシーもそこそこ強かったじゃないか。一応あいつらの中ではナンバー2らしいし」

「強いもんか、お前とのファーストラインの一撃目で勝負ついちゃったじゃないか。クロスチェッキングの態勢に入ってたのに出せずじまいだし。ああもうなんか物足りない」


苛立つヘレンをみたリサは、


「ごめん、まさかこうなっちゃうとは思わなくて……」


リサは顔をテーブルにつけたまま申し訳なさそうな顔でぐったりしながらヘレンに謝った。


「お前のせいじゃない。ただこのままではなんとも……。そうだ、リサお前今度私たちと立ち合え、そうすれば私たちとお前との力関係が分かる。うん、そうだ、それでいこう」


「いやです! 何でカウンターナイトのお二人と好き好んで立ち合わなければいけないんですか? それにもうそろそろまたイベント行きたいです。聖地にも行きたいです。たまったアニメの録画もまとめてみたいです!」


「何を言ってるんだ、こいつは?」

ヘレンは不思議そうな顔をしてローラの方をみた。


「あっ、いや、これはちょっと説明が長くなるけど、ようするにリサには私たちと立ち合うより、はるかに大事な事がたくさんあるという事で……」

ローラはちょっと困りながら話しているとヘレンは、


「そうか、それならしかたない」

「はあ……(よかったヘレンが昔からこういう極端に物わかりのいい性格で)」


「ところでローラ、グラーヴェにはいつ戻るんだ?」

「それなんだが、私は現在LYPの所属だ。なのでどうしたものかと考えているとこなんだが」

「そうか。じゃあ私がこっちに来ることにしよう」

「えっ、だってヘレン、向こうではいろいろと」

「問題ない。簡単な手続きや引き継ぎとかをすれば私も自由の身だ。カウンターナイトは本来戦時や混沌時のみ必要とされるもの。平時にはむしろ何もできないただのお荷物だし厄介者さ。それに私はローラのあの美味しい紅茶をまた飲みたいのさ」


そういとヘレンは穏やかな笑みをローラに向けた。ローラもまた穏やか微笑みをかえした。


「それに」

「それに?」


「こっちにいれは、リサの都合がつき次第立ち合うこともできるだろうし」


「えええーーーーーーっ!!!」


思わずリサは椅子から立ち上がりヘレンを呆然とした目つきでみつめた。


「やれよ! 私もみたい」

「そんなあ、氷美華さんまで……」



おろおろするリサに笑みを浮かべながら、ヘレンはテーブルの上にあるお茶を静かに手に取った。




第二部、前半終わり。

読んでいただきありがとうございました。ヘレンとローラの二人は当初別作品の主人公として設定されたコンビですし、氷美華もまた別作品の主人公として設定していたキャラクターです。結果主人公以上に個性の強い人たちがかなり揃ってしまいました。

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