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そういう話の物語 (初稿 / 一気読み版)  作者: やまなしいずみ
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第一部 茜とリサ、そして弥太郎の物語

アルティメット・ヴァンパイア、リサ・セイバーズの物語。その序章にあたる幕末京都でのお話。

◎第一部はじまり。




幕末の京都。天気も穏やかなお昼時。ひとりの男が鼻歌を歌いながらひょうひょうと歩いてくる。


「いやあ、いい天気だなあ。そろそろ桜の季節。まあ最近物騒な話をよく聞くけど、こうしてあちこち歩いてるとそんな話もどこ吹く風。それにしてもいいことをした後は気持ちがいいなあ」


これといった特長のない顔つきのこのどこにでもいる若旦那風の男。


名前は弥太郎。


江戸の大店「越野屋(こしのや)」の次男で、一か月前に越野屋の京都にある分店「竜王寺(りゅうおうじ)屋」の店主が辞めたことから、父に言われ今その店主に一応なっている。


「しかしうちの店。あれだけ儲かってるのに、番頭の甚兵衛はなんで遊ぶ金をくれないのかねえ。まあ、店のあちこちにいろいろと帳簿にのってない金を隠してるのは分かってるし、そっちからちょいちょいくすめちまってるから店には帳簿上影響もないし、今のところ誰も何も言ってこないから、それはそれでいいんだけどさ」


相変わらずの遊び好きでいつもふらふらふらふら。周りはこんな弥太郎を江戸から来たこともあり、江戸落語の登場人物になぞらえ「与太郎」とよんでいる。そこへ、


「あっ、与太郎」


弥太郎が振り返るとひとりの男の子がこっちを指さしていた。


「おお、ケン坊じゃねえか。うれしいねえ、やっと私の名前を覚えてくれて」


「与太郎、また遊んでたのか」

「いやあ面目ない。おっしゃる通り」

「ダメだなあ与太郎は、みんなにばかり働かせてお前も働けよ」

「ははは、いやあ今日はやけに手厳しいねえ」

「そんことより与太郎、お前の店の裏で女の子が泣いてたよ」

「ん?」

「よくわかんないけど、怖いおじさんに掴まって、それをかばってくれたくれた女の人となんかもめてたって」

「それ、いつ頃の話だい」

「半時程前だよ。んで、その女の人、お前の家の中に怖い人たちに連れていかれたって。泣いてた子が言ってた」

弥太郎の顔色が一変した。


「ありがとよ。これでアメでも買いな」


そういうとケン坊に小銭を渡し、弥太郎は店に小走りで向かった。


弥太郎は店の近くまで行くとそのまま店には入らず、もめ事があったという裏手にまわった。

すでにそこには誰もいなかったが、地面には複数の人が争ったような足跡がうっすらと見受けられた。

弥太郎は店の「(はな)れ」に続く木戸に手をかけると、ふだんは開かないように戸締りをされているはずの木戸があっさりと開いた。


怪訝に思いながら中へ入ると弥太郎は遠くから何かを叩く様な異様な物音を耳にした。


音は離れのある方から聞こえ、近づくにつれその音は鈍く重い音に変わっていった。


「これは人を叩いてる音……まさか」


弥太郎は急ぎ足で離れの入り口に向かうとそこには風体の悪い男が立っていた。


番頭の甚兵衛がやとっている無宿者のひとりで、甚兵衛は何かあったときの用心として雇っていると弥太郎には言っていた。


「おまえさん、こんなところで何してるんだい」

「わ、若旦那! ここへは何しに……っ」

「いやあね。たまには離れでのんびりしようかなと思ってたんだが……」

といいながら弥太郎は男の目を急に鋭く見つめ、


「ところでこの中で何をやってるだい」


弥太郎はあいかわらず断続的に中から響いてくる何かを叩く音を聴きながら、それまでとうってかわった低くゆっくりとした声で男にたずねた。


「いや、そ、それは……」


男が口ごもるのをみて弥太郎は


「ま、お前は何も見なかった。そういうことでいいな」

と言うと、男にちょっとした金を握らせた。


「い、いや若旦那しかし……」


弥太郎は男にかまわず中に入っていった。


弥太郎は廊下を音のする方に向かい、土間のある部屋の前で立ち止まった。


ビシッ! バシッ!


何かを叩く音が大きく強く聴こえた。

そして、


「しぶてえ奴だ」

「これでもか、てめえ!」


中から罵声が聞こえてきた。そして、


「番頭さん、こいつまったく吐きやしませんぜ」


「しかたないねえ。それじゃあそいつの身体にきいてやりな」

「へへへ、それじゃあお言葉に甘えて……」


弥太郎はその言葉を聞くと同時に思いっきり部屋の引き戸を開けた。


バン!


大きな音が部屋中に響く。


見ると弥太郎のやや左前に番頭の甚兵衛が立っていたが、あまりのその音の大きさに、甚兵衛は腕を組んだままの姿勢で驚きの表情でこちらを振り返り、弥太郎の厳しい表情を見、硬直した。


弥太郎は甚兵衛の顔を一瞥し土間の方をみると、着物姿の若い娘が手首を縄でくくられたまま天井からぶら下げられ、側には何人かの男達が棒や竹刀をもっているそれが見えた。


男達も今の音に驚いたのか、皆、弥太郎の方を呆然とみつめていた。


「何をしてるんだい。あんたたちは!」


弥太郎は部屋の中の全員を一喝し、その顔を睨みまわした。


「だ、旦那様、これには訳が……」

「聞かせてもらおうじゃないか甚兵衛さん。よってたかって女の人に拷問とはどういう事だ」


「こ、こいつは家に忍びこもうとした盗人でして……」

「盗人? この真昼間にお店にかい」

「へ、へえ、ほんとに大胆不敵な女でして」


弥太郎は一瞬考えた後


「お前たち、ちょっとこちらに来てくれないかい」


そういって部屋にいた全員を部屋の外に連れ出した。


部屋を出て廊下のつきあたりまでくると、弥太郎は甚兵衛に問いかけた


「もう少し詳しく話を聞かせてもらおうじゃないか」

「じ、じつはあの女が店に忍び込んでいるところをこいつらが捕まえまして……で、最近荒らしまわってる盗賊の手先かと思い仕置きをしていたところでして……」

「ほお。じつはさきほどある人から店の外でいろいろとあったことを聞かせてもらったんだが、ここにいる人たちがそのとき小さな娘さんに怖い思いをさせたというじゃないか。いくら捕まえるためとはいえ、そんなこと許されると思うかい」

「ですが旦那様」

「それにだいたいなぜ番所にすぐ届け出ないんだい。あそこには左衛門もいるだろう」

「そ、それは……」

「番頭さん。あんたとんでもないことしてくれたねえ」

「へっ?」

「あれは忍びだ。盗人はだいたいお店には人気が少なくなる夜中に忍び込むもんだ。こんな白昼堂々忍びこむというとことは、捕まっても大丈夫、つまり後ろにそういう誰かがついているという事だ。おそらくあれはその人の差し金でここに忍び込んだろう。それを拷問までして……。もし帰ってこないとなったら、あの忍びをここに差し向けた人がそのまま黙っていると思うかい」

「あっ……」

「それが誰かは分からないが、どちらにせよどういう理由でもつけてそいつらは踏み込んでくる。そうなったらこの家の者がすべてお裁きにかけられるかもしれない。おまえはそんな事すら分からないでこんなことをしてくれたのかい」

「そ、それは……」

「バカな事をしてくれた。番頭さん、それにお前たちも今すぐここから出て行っておくれ。そうしないと河原にあんたたちの首も仲良く並ぶことになるかもしれない。それでもいいのかい。ここはとにかく私がなんとかする。さあ早く出て行っておくれ!」


そういうと男達は外へ蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

甚兵衛もそのあとをついて出ていこうとすると、


「番頭さん。あんた何か探られると困る事でもあるのかい」


弥太郎がたずねると一瞬甚兵衛は立ち止まり、顔をこわばらせると両の手を強く握りしめた。


「いや、もう聞かないよ。長い間ご苦労だったね」


弥太郎のその声を聞くと甚兵衛も外に出ていった。


(甚兵衛。ずいぶんただならぬ雰囲気だったがやはり何かあるのか。だが今は)


弥太郎は甚兵衛達が出ていくのを見届けるとすぐにさっきの部屋に戻り、部屋の隅にあった鎌をもちそして吊るされている若い娘の所にいった。


娘はかなり激しく殴られ続けたのか、衣服はボロボロになり、身体はピクリともしていなかった。

弥太郎がその綱を切ろうと近くにあった踏台に上ると、ちょうど娘の顔が自分の目の前に来た、その時、


「あっ! この()は!」

思わず弥太郎は声を上げそして顔の近くに耳を近づけた。

娘は弱々しいもののかろうじて息をしていた。


弥太郎は物凄い勢いで鎌で縄を切りはじめた。


「旦那さま、旦那さま、どうなさいました」


外から飯炊きのお貴と女中のお絹が入って来た。


吊るされている娘を下ろそうと懸命に縄を切ろうとしている弥太郎をみて、


「こ、これは、旦那さま。いったい何が」

二人が驚き絶句すると、


「いいところに来た、お貴ちょっと手を貸してておくれ。それからお絹、大急ぎで玄斎先生をよんできておくれ。いきなりの仕事がこれでたいへんかもしれないが大急ぎだよ」


「わ、わかりました」


お絹は小走りで部屋を出ていき、お貴と弥太郎は娘をゆっくりと土間に下ろしたが、身体がとても冷たくなっているのに驚いた。


(なんとしても助けるからな。茜!)




〇その夜、竜王寺屋の離れにて。



時は子の刻。


離れにある畳十六畳ほどの部屋で、弥太郎は吊るされ拷問を受けていた娘を介抱していた。

娘は布団に寝かされ、身体を温めるために多めの布団がかけられていた。


長い髪を後ろで結わえ色白で清楚なつくりの顔をしている娘に、


「まさかこんなところでまた会うとはなあ。しかしほんとにすまねえことをした」


弥太郎はそう呟くとひとつ溜息をついた。

そのとき後ろで急に人の気配がした。


「どなたさまでしょうか」


弥太郎は振り返ることなくたずねた。

すると何者かが音もなく弥太郎の背後につき、そして話しかけてきた。


「この者の容態は?」


男の声だ。


「この人のお仲間ですか。かなり激しく打たれ身体がずいぶん冷たくなっておりますが、ニ三日もすれば歩けるようになると、そうお医者様が言っておられました。かなりの名医の見立てなんでおそらく大丈夫かと。本当に申し訳ありません。こんなことになってしまって……」


弥太郎が言うと、男は弥太郎の横に座りそしてたずねた。


「身体が冷えているのはもとからなのでそれは大丈夫だ。ただこの者はかなりの使い手、なぜこのような事になったかお話を伺いたい」


それを聞くと弥太郎は座り直し男の方をみた。全身黒装束の忍びだった。


「後でまわりの者に聞いた話ですが、なんでもうちにいた若いのがこの人と小競り合いになって。で、そのとき近くにいた小さな女の子がうちの奴に掴まれまして。おそらくその子を使って脅されそれで捕らえられたのではないかと。それでうちの若い奴らによってたかってこんなふうに……。本当に申し訳ない。責任はすべて私が背負いますので、家の者はご容赦いただけないでしょうか。このとおりです」


弥太郎は深々と頭を下げ畳に額をこすりつけた。


「御沙汰を拙者でどうこうできないが、あなたの今言ったそれは伝えておきましょう」

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

「ところでひとつ聞きたいのだが、この者をこのような目にあわせた者たちはどこへ」

「はい、私が叩きだしました。あのような者たちを置いてはいけないと思ったものでして」

「それは逃がした、ということか」


一瞬弥太郎に緊張が走る。


「いえ、女子供に危害を加えるような者という事を思いますと、他の家の者に危害を加わえることもありうると恐れまして。それに店の評判にもかかわる事でもありますので、早々にこの場から追い出すべきと。本当は然るべきところに突き出すのが筋とはおもいましたが、もし歯向かわれたら私一人ではそれもかなわぬと思いまして。ただそれ以上にこの方をお助けするのが第一と思いそうした次第にございます」


「なぜそこまでこの者を」


すると弥太郎は床で眠る娘の顔をみながら、


「このお方、茜という名前ではありませんか」

「お主どうしてそれを」


男はひどく驚いた声を出した。


「ああやはりそうでしたか。じつは一か月程前ですが、私が江戸から京に行く途中、加賀の方についでの仕事で寄ったんですが、そのとき京に行くのを急ぐため途中の旅籠で京へ行く近道を図に書いてもらい、それを見ながら山越えをしようとしたんですが、あいにく途中で道に迷ってしまって。困り果てて山の中にあった古いお堂で一休みしてたら、この娘さんが若いお武家様のような服装でいきなりやってきて、『京へ行く道を教えてくれ』と。


娘さんなのになぜ男の姿をしてるかは分かりませんでしたが、とにかく私は旅籠で書いてもらった図をみせて、これこれこういう理由でじつは自分もと言ったら、二人でなんとかしましょうって事になったんです。それでまあ二人でもう一度その図をみながら今来た道を戻りながら、ああでもないこうでもないとあちこち歩き回りまして、それでようやく夜明けには街道にでられたというわけです。


そのころにはお互いなんか打ち解けまして。これも何かの縁という事で、京まで二人旅とあいなったわけでして……。まあ途中でいろんなことがありましたが、そのときはけっこう茜さんに助けていただきました。


おかげで京に着いた時はじつに名残惜しい気持ちになりました。別れ際に再会を約束したんですが、まさかこんな形で再会することになるとは思ってもみませんでした。


とにかく茜さんは私の命に代えてもしっかり介抱させていただきます」


「茜とはけっこう話したのか」


「はい、最初はあまりお喋りにはならなかったのですが、途中からお互いにいろいろとざっくばらんに世間話などを……」


(あの茜が世間話だと。隊でも寡黙な氷のような女と言われていたあの茜が……?)


男は弥太郎の話を聞き怪訝に思いながらもしばらく黙っていたが、


「わかりました。今日はこれにて失礼をいたします。明日別の者が来ると思いますが、それまで茜をよろしくお願いいたします」


そう言うと男は部屋を音もたてずに出ていった。


ほっと胸を撫でおろす弥太郎。


夜泣き蕎麦の笛が遠くから聞こえてきた。




〇翌朝、開店前の竜王寺屋。



弥太郎は店の者を集め簡単に昨日のいきさつを話した。


ただ甚兵衛の事は急に実家に戻ることになったといい、そのあたりの事は多少うやむやに流して伝えた。



店が開くとすぐに新選組の隊士が二人入ってきた。


今まで新選組など来た事がなかっただけに、店の者たちはいっせいに不安気な表情になった。


「ここの主人はいるか」

隊士のひとりがたずねた。


「私にございます」

弥太郎が奥からあらわれ、隊士の前に座り頭を下げた。


「お主が弥太郎か」

「左様でございます」

「拙者、新選組の島田甲斐と申す」

「昨日の事でございますね。お待ちしておりました。さあどうぞこちらへ」


そういうと弥太郎は島田達を中に入れ、離れへと案内し、茜のいる部屋へと向かった。島田は堂々とした体格の持ち主で、店のみんなはそれに圧倒されてしまった。


「お貴さん、入るよ」

そういうと弥太郎は(ふすま)をあけ、島田達とともに部屋の中に入った。


すると中では茜がすでに目をさましこちらを見ていた。


茜は弥太郎の後ろにいる島田を見ると突然表情が変わり、

起き上がろうとして身を起こした。


「うっ」


茜は思わず身体に走る激痛に苦悶の表情を浮かべ、脇腹をおさえそして激しく咳き込んだ。


「いけません。まだ寝てないと」

お貴は茜の身体を支え背中をさすりながら言った。


「いえ、これくらいのこと……」

「茜、無理をするな」

島田は無理をして起きようとする茜を制した。


「もうしわけありません」


茜はそう言うとゆっくりとお貴に支えられ横になった。


「話はだいたいここにいる凛之介から聞いた。ただ事の顛末をお主から直接聞かねばならないがよいか?」

「はい」

「すまぬが我々三人だけにしてくれぬか」

「承知いたました、外におりますので御用がありましたら、どうぞ声をおかけ下さい」

そういうと弥太郎とお貴は部屋の外に出ていった。



弥太郎は離れを出て外にある石段に腰をおろし、空に浮かんでいる雲を見つめ、呆っとしていた。


「旦那様……」

お貴が心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫 何も心配することはないよ」

弥太郎は軽く返した。


(そうは言っても相手は新選組。ただですむとは思えねえが)


しばらくすると、凛之助が島田から話があるという事を伝えに弥太郎のところまできた。


弥太郎が再び部屋に入ると島田は弥太郎に、


「ここにいた番頭の事だが」

「甚兵衛の事ですか」

「あいつは薩摩や長州の浪人と連絡をとっていた謀反人だ」


弥太郎はその瞬間自分が地面の底に沈んでいくようにかんじた。


(終わった。これで俺は死罪だ)


「だが茜の話ではお前はここに来たのは一か月前。そのためそれを知らなかった。相違ないか」

「はい、確かに。ただ気づかなかったのは私の責でございます。他の者には寛大なお慈悲をお願いいたします」

弥太郎は頭を畳にこすりつけるように土下座をした。


「確かにお前のやったこと、特に首謀者を逃したことは本来許されない話だ。だが、茜の命を救ってくれたこと、そしてお前がこの店に来てから薩摩や長州に金が急に流れなくなった事を鑑み、今回はすべてを不問に付す」

「あ、ありがとうございます! (金が流れない……って何の話だ?)」


「しかしお主、甚兵衛の金の横流しをどう止めたのだ。茜はそれだけが分からなかったと言っているが」

「はあ、それはそのう……」


弥太郎が答えに窮していると軒先の方から声が聞こえた。


「そりゃあ、そいつが使っちまったからですよ。新選組の方々」


みるとそこには同心がひとり立っていた。


「左衛門!」


弥太郎の幼馴染で同心の左衛門だった。


「与太、お前がこのひと月、盛大に遊びに使い込んだあの金がそれだよ。


お前、昔っから金が店のどこにあるか分かるっていつも俺に自慢してたじゃねえか。竜王寺屋に来た時、「この店はなんだかあちこちに金が置きっぱなしになっててどうしようもねえ」と言ってたけど、それ聞いて「ああ、こいつあいかわらずやってんな」と。

おおかた甚兵衛が横流しするために貯め込んでた隠し金を、そうとは知らずかたっぱしから使ってたんですよ。甚兵衛も人に言えない金だから文句も言えねえ。それで隠し場所を変えるけど、こいつはとにかくそういうのをみつける天才なんで、またそこから使っちまう。その連続で結局薩摩や長州に金が流れなくなる。


まっ、知らねえこととはいえこんなことするのは与太郎くらいですよ。新選組の旦那方」


「与太郎?」

島田は怪訝な顔をした。


「ああこいつの仇名ですよ。どうしようもねえ昼行燈で遊びにすぐ金を使っちまうんでね。それとこいつ俺と同じ江戸の生まれなんで、それで江戸落語に出てくる「与太郎」を文字ってみんなそうよんでるんですよ。こっちの生まれならさしずめ「喜六」ってとこですがね。あと今は丁寧に受け答えしてますが、俺と同じでいつもはけっこうなべらんめえ口調ですぜ、こいつは」


「与太郎か、これはいい。私も以前江戸にいたからよく分かる。しかし薩摩や長州へ渡るはずの金がそういう使われ方をしていたとは。いやはやこれはまいった」

島田は厳しい表情から一転、破顔一笑した。


「お恥ずかしいかぎりにございます」


弥太郎は島田にさらに深く頭を下げた。


「弥太郎殿らしいですね」


寝ていた茜が弥太郎に話しかけた。


「ああ、あいかわらずさ。以前道中でいろいろ話したこと、嘘じゃなかったろ」

「自慢にならないですよ。それ」

茜は弥太郎の言葉にクスッとした。


(ほお、あのいつもは無表情な茜がこんな顔をするとは)

島田は驚きの表情をみせ、横にいた凛之助も

(ほんとうに茜と喋ってる。しかも笑顔で……これはいったい)

こちらもやはり驚きを隠せなかった。


「それにしても茜さん。隠れてないで直接会いに来てくれればよかったのに。水臭いなあ」

弥太郎の言葉に茜は、

「それも考えたのですが……、ただここの番頭がかなり危険で……」

「危険? 甚兵衛がか」

「はい、あの人じつは多少の使い手で、弥太郎殿が巻き込まれると危ないと思って」


それを聞くと左衛門が

「ああそれは俺もかんじてたなあ。あいつの目つき、ありゃあ何人も人を殺めたような目だったなあ」

「左衛門、そういうことは早く言ってくれよ」

「悪いなあ。ただ最近少し風体の悪い奴らが集まって来たんで、そろそろ話そうかとはおもってはいたんだけどな」


「ところで弥太郎殿、茜はどれくらいで動けるようになるのだ」


島田がたずねると、

「玄斎先生の話ですと、あとニ三日もすれば歩けるようになると言っておりましたが」


「玄斎先生? あの通り向かいの玄斎先生の事か。先生にはうちも世話になっている。あの人にみてもらっているのなら確かだ。茜。無理せず養生しろよ」


そういうと島田は立ち上がり帰ろうとしたとき弥太郎が


「左衛門、ところでなんでここに? まさか俺の「与太話」をこの方たちに聞かせるためにきたんじゃないだろう」

「いけねえ忘れてた。与太、三条の佐賀屋がやられたぞ。「五銭組」だ」

「えっ? またか! それで店の人たちは」

「全員やられた、女子供皆殺しだ」

「ひでえ事しやがる。どんでもねえ奴らだ」


弥太郎が吐き捨てるように言うと、


「左衛門殿、その話もう少し詳しく聞かせてくれぬか」


凛之助が左衛門に歩み寄ってきた。

島田も立ち止まり、それまでにみせた事のないほどの厳しい顔つきになっていた。


「こいつはもう俺たちだけでどうこうという話じゃなくなってきてるかもしれねえな。いいでしょう。

ただこれは俺から聞いという事だけは黙っておいていただけないでしょうか。まだ噂なのか本当なのか分からないところもありますので」

「承知しました」

凛之助がそう返事をすると左衛門はあたりを見渡し、誰もいない事を確認すると声を殺し気味に話しだした。


「「五銭組」という江戸の方でかなり凶悪な押し込みを働いてる奴らがいる事は御存じの事と思いますが、こいつら、取り締まりが厳しくなったので、江戸を離れ大阪や堺で押し込みをはじめ、ついにはここ京の都にどうもやってきたらしいと。


そこで注意はしてたんですが、今言ったように佐賀屋さんがやられてしまいました。これでもう三軒目。おそらく奴らはまたどこかを襲うはず。だけどそれがどこなのかが皆目見当がつかねえんです。


そして問題はここからなんですが、どうも佐賀屋は内側から手引きされた形跡があると。つまり佐賀屋の中に五銭組の仲間がいたという事です。本当はこのことを広めればいいんですが、そうなると手口を変えられちまう。なので最近大店で新しく雇った丁稚や女中がいないかとそれとなく聞き込みをしてるところでして、それさえ分かれば先回りして一網打尽というのがうちらの今の方針なんですが」


「島田さん」

凛之助が島田をみた。


「左衛門さん。私らがどこまでできるか分からないが、この件は我々新選組にとっても決して関係ないとは言っていられないかもしれない。今は私のところでとどめておくが、事態が切迫したら隊長に話すことになるかもしれないが、それでもよろしいか。もちろんあんたの名前は出さない」


「わかりました、そういうことにならないよう願いますが」


そういうと島田は弥太郎と左衛門に一礼し凛之助とともに出ていった。


「それじゃあ俺もそろそろ行くわ。今話したこと、何か心当たりがあったらいつでもいいから教えてくれ」

左衛門もそういい残し軒先から外へと出ていった。



島田たちが店をでる。


「あの男、どう思う」


島田が凛之助にたずねた。


「はい、茜の話からしてもあの男の言う事は信じてよいかと」

「うむ。それにしてもあの茜と笑顔で話しているのには驚いたな」

「まったくです。いつもは寡黙でピリピリしているあの茜だけにちょっと……、ところで島田様、五銭組のことですが」

「五銭組については些か気になることがあるが、今しばらくは静観だ。あと茜はしばらく竜王寺屋に警護としてとめおく。よいな」

「はっ」

二人はそう話しながら隊へと戻って行った。



お貴が弥太郎のところにやってくるが、すべてうまくいったことを弥太郎から聞くと、晩御飯の準備をするため母屋の方に戻っていった。


離れの部屋は弥太郎と茜のふたりだけとなる。


茜は横になりながら、

「弥太郎殿。助けていただき本当にありがとうございました。それにお貴殿にはとてもよくしてもらって」

「礼には及ばねえよ。むしろこんなことになってすまねえなあ。このとおりだ」


弥太郎は茜に頭を下げた。


「弥太郎殿は悪くありません。気にしないでください」

「そう言ってもらうと助かるが、しかし、まさか新選組が奉公先だったとはなあ」

「すみません。あのとき素性はちょっと……」


「まあ、こういう事をしていたんならそりゃしょうがないよ。ところでひとつ聞きたいんだけど、あんたかなりの使い手らしいけど、そのあんたがなぜ捕まったんだい。小さな女の子を人質にとられて、それでというのは聞いているがなんでそんなことに」


「じつは、金の流れがどうしても掴めなくて。それで普段甚兵衛がよくいるこの離れに人がいないのを見計らって忍び込んだのですが、じつはわざと離れに人をいないようにして甚兵衛が巧妙な誘い込みを私にかけていたのです」


「それでかい」


「はい、ふつうそういうのは気づくのですが。とても巧妙に誘い込まれてしまって。なのでここに迷惑がかかると拙いと思い早く逃げようと外に出たところ、運悪くちょうど女の子がそこに通りあわせて、それで……」


「そういうことか。あんた優しいからなあ」

「い、いえべつにそういうわけでは……」


茜はちょっと恥ずかしそうな素振りをみせた。


「ところでひとつ聞きたかったことがあるのですが」

茜がやや切り出しにくそうに話し出す。


「うん?」

「あの、以前山奥のお堂で初めて私を見たとき、どうして私が女だとわかったのですか?」

「あん? ふつうわかるだろ」

「いえ、あの姿だと今まであまり女と見られた事がないので」

「そりゃ今までの奴らがよっぽど女を見る目がないんだよ。初めてみたとき、なんでこんな可愛いくて綺麗な娘さんが男の恰好してるのかと、とにかく不思議でしょうがなかったよ」

(可愛いくて綺麗……)


予想もしない言葉に茜は頬を赤らめた。できれば布団を頭から被りたい気持ちもあったが、さすがにそれも恥ずかしいのでかろうじて思いとどまった。


「まあ最初の頃はなんか全然喋らねえしビリビリしてるし、なんだかなあと思ったけど、そのうち俺の事警戒してるんじゃないかなって思ってね、それでいろいろと俺の事話したらようやく茜さんも話をしてくれるようになってくれて、あんときは嬉しかったなあ」


「わたし、けっこう人見知りしちゃう方で、特に面と向かって人と話すのがとても苦手で、それで……」

「まあでもその後はいろいろあったよな。越前での捕り物とか、彦根の道場破りの話とか」

「随分やっちゃいましたね」

「あと風呂覗かれた時に尻さわられてかなりの大立ち回りを……」

「その話はやめてください」

「お、おう、すまねえ」



気まずい沈黙



「と、ところでさっき島田さんの連れの人、声からして昨日ここに茜さんの様子を見にきた人みたいだけど、あの人はいったい……」

「あの方は凛之介さんといって私と同じ忍びです。私のように京に疎い人間にもいろいろと面倒をみてくださる指導係のような方です」

「それにしてもあの人、五銭組と聞いて血相が変わったけど」

「凛之介さんは子供の時両親を押し込み強盗に殺されて。それでそういう盗賊をとても憎んでいるんです」

「そういうことか。しかし佐賀屋さんがやられたとは。しかも皆殺しとは、許せねえ!」


「弥太郎殿。じつはひとつ聞きたいことがあるのですが」

「茜さん。その『殿』というのはそろそろやめてくれないかい。なんかこそばゆくっていけないよ」

「それじゃあ、弥太郎……さん、でいいですか?」

「ああそのほうがしっくりくるなあ。じゃあこれからはそれでということで」

「わかりました。それで弥太郎さん。その聞きたいことなんですが、じつは……」

「最近新しい人を雇わなかったか? だろ」

「はい」

「いちおう心当たりはあるが、この店の者は皆よく働くし気が利くし、あまりそういうことで疑いたくはねえんだが。茜さんからみてそのあたりはどうなんだい」

「それについては少し……」

そういうと茜は身体を起こそうとした。


「いけねえよ。俺が耳貸すからそのままでいな」


そういうと弥太郎は茜の顔に耳を近づけた。


「なんかドキドキするねえ」

「ふざけないでください」


茜はちょっと怒った顔になった。


「す、すまねえ。それで」


そういうと弥太郎は耳を近づけ茜の話を聞いた。


みるみるうちに弥太郎の顔が厳しくなっていった。




〇数日後。



「今日からここでお世話になります茜といいます」


竜王寺屋開店前、弥太郎が島田の命により竜王寺屋に住み込むことになった茜をみんなに紹介していた。


「じつはみんなも知ってのとおりいろいろと最近物騒なんで、新選組配下の茜さんにしばらくいてもらうことにした。若くて可愛い娘さんだがけっこうな使い手なんでこれからは安心しておくれ」


(可愛いって……、もう、やめてください弥太郎さん)

茜は必死に恥ずかしさをこらえた。


だが店のみんなはそうはいわれてもちょっとピンと来ない表情をしていた。


それをみてとった茜はそばに立てかけてあった箒を手にとると、目にも止まらぬ速さでそれをくるくると体の前でまわし、頭の上でさらに回した後、ピタッと小脇に抱え片膝をついた。


するとさっき箒をふりまわしていたあたりから、銀色の細かい粉のようなものがキラキラと輝きながらあらわれ、そしてふっと消えていた。


その見事な手裁きと最後の美しい光景にみなはあっけにとられた。


弥太郎もしばし呆然としていたがすぐ我に返り、


「まっ、そういうことだ。みんな茜さんをよろしくたのみますよ。少し人見知りする性格なんで慣れるまではちょっと我慢しておくれ。あと茜さんの事はこの店以外の人に言っちゃいけないよ。わかったね」


みなもようやく我に返り茜の見事なそれに歓声をあげ手を叩いた。


「すごいな、茜さん」

「たのもしいね、頼んだわよ」

「わからないことはどんどん気軽に聞いておくれ」


みな茜を笑顔で歓迎した。


茜はあまり慣れていないのかちょっと戸惑いをみせながらも、


「こちらこそ、よろしくお願いします」


と、店のみんなにペコリとお辞儀をした。


(これなら大丈夫か)


弥太郎はホッと一息ついた。


店が開き、また活気のある一日が始まった。




その日の昼下がり。



(ん? この気配は何だ?)


竜王寺屋の前で立ち止まりそして店の看板をみている者がいた。


「竜王寺屋……、あっ、ここ弥太の店か!」

そういうとそのまま店の中に入って行った。


「すみません」


中に入ると店の者に声をかけた。


「はい、ただいま」


新しく番頭になった庄吉がでてきた。庄吉は若いがこの店ではかなりの古株だ。


その庄吉が一瞬固まった。


みると目の前には背の高い金色の髪と碧い瞳がひと際目に着く若い異人が立っていた。


「あ あ あ 」


庄吉は緊張で声が出なくなったが、そんな庄吉に


「ここはひょっとして弥太郎さんのお店ですか?」


驚く程綺麗で流暢な日本語だった。


「は、はい、確かに弥太郎は当店の主にございますが」

と庄吉が答えると、


「どうしました。番頭さん」

そういいながら弥太郎がでてきた。

すると


「弥太! ひさしぶり」


そういって異人はいきなり弥太郎に飛びつき抱きついてきた。


「おっ、リサじゃないか。どうしたんだいこんなところに」

「偶然通りかかったんだよ。あいたかったあ」


そういうとリサは弥太郎にハグしてきた。

あまりのことに一同ポカーン。


「おいおい、みんな驚いてるじゃないか。あ、みんなこの人はリサさんといって、以前道に迷ってたんで町を案内してあげたというお嬢さんだよ」

「旦那様が以前おっしゃられていた異人の御婦人ってこの方なんですか。私はてっきり……」

「男と思ったんでしょ。大丈夫、僕、慣れてますから」

リサは庄吉に笑顔で応えた。


「えっ、あの人女の人? わあなんか素敵やわあ」

「ほんまに、異人の女の人であんなにきれいでかっこいい人初めてみたわあ」

店の奥にいた女性陣はみなリサの容姿に釘付けとなった


「まあここじゃなんだ、せっかくだからちょっと寄ってかねえか」

「いいの。じゃあお言葉に甘えて」


そういうとリサは靴を脱ぎ弥太郎の後をついて離れの方にむかった。


離れのところにくるとちょうどそこに茜がいた。


茜は一瞬リサをみてビクッとした。


そんな茜をリサは指をさしながら鋭い目つきでこう言った。


「あなた、人間ではありませんね」




〇それから半時ほど過ぎた離れにて。



「まあだいたい話は聞いたけど、茜さんそれほんとかい」

「はい、黙っててすみませんでした」


「いやあ、どうりであのとき身体をいくら温めても冷たかったわけだ。それに以前京への道中で、俺にあまり近づこうととしなかったのも納得だ。しかし雪女の血をひいてるとは驚いたねえ。じゃあ朝のあのとき、キラキラした粉みたいに見えたものは」

「あれは、ちょっと……、ああやって細氷を出した方がみなさん綺麗にみえていいかなあと思って」

「気使ってもらってすまないねえ。じゃあ、ああいうのはしょっちゅうやってるんだ」

「いえ、私ひどい冷え性なんで普段はあまりやらないんです、ああいうの」

「えっ? 雪女の血統なのに」

「雪女といってもじっさいは母が雪女で、私はその血と技を受け継いだ人間なので。それに私はどちらかというと夏が好きですし、冬はいつも炬燵の誘惑に負けてますから」

「そうかい、じゃあよく言われる冬山で旅人を迷わせたり、眠っている人を凍えさせるというのは茜さんには無理だな」

「もちろんです。そんなことしたら私が先に凍えちゃいます。それにあれは迷信です。雪女はふつうそんなことはしません。雪山で迷いそうになった人を安全な所に手招きしたり、眠ると死んでしまいそうな人を起こそうとするくらいです」

「なるほどな (その迷信がなんで出来たかは分かった気はしたけど)」


「それ僕らにもいえる」

頷きながらリサも相槌をうった。


「そういうリサも人じゃないんだって」

「うん。僕はセイバーズ家という代々吸血鬼の一族のものです」

「セイバーズ、母から聞いたことがあります。たしか七大貴族のひとつで、吸血鬼の名門ですよね」

茜がリサに言った。


「あっ、知ってるんですか。嬉しいなあ。もっとも名門といっても長い事続いてるというだけなんだけどね」


「リサさん。ひとつお聞きしたいのですが、吸血鬼というと人の血を吸って自分たちの仲間を増やすと聞いたことがありますが、まさかそれで日本に」

茜の目が一瞬厳しくなった。


「あっ、それが僕のさっき言った迷信のことです。婚約者をつくる時なんか吸血行為をするけど、ふだんはそんなことしないです。だって仲間つくって吸血鬼どんどん増やしたら世界中吸血鬼だらけになっちゃいますし」

「たしかに……」

「それに人の血を吸ってたのは中世の頃の食糧不足が深刻な時くらい。それも吸血行為で相手が吸血鬼にならないよう量を減らしてやってたくらいですから。今は食事にも事欠かないしもっと美味しいものもたくさんあるし。僕なんかうまれてこのかた吸血行為なんてほとんどしたことないですよ。それにあれあまり美味しくないです、実際」


「ほとんどって……あるんですか少しは」

茜はちょっと心配そうな顔になった。

「ありますよ。といっても山で毒蛇に噛まれた女の子から血を吸い出した時くらいですけどね。僕は」


茜はホッと胸を撫でおろした。


「それでも吸血鬼なんだ」


弥太郎が言うと、

「看板に偽りありですけど」

とリサが答えた。


「じゃあなんで日本なんかに来たんです」


茜がたずねると、


「留学です」


僕の家は若い時に自分の好きな国に留学するという決りがあるんです。日本を選んだのはなんか美しくて面白そうな国にみえたからで、富士山とかお城とか着ている服や髪型も変わってるし。それにカエルとウサギが相撲をとってるという絵がとても可愛くて。あれ、実際動いたり喋ったりしたらかなり楽しいですよね」


「(なんだそりゃ) で、来てみて実際どうだった」


「はい最高です。なにもかもとても新鮮で。それに景色もいいし食べ物もおいしいし、何よりみなさん親切にしてくれるし。でもなんでこの国では女の人ばかり僕に親切にしてくれるんだろう?」

「そりゃリサが男前だからだよ」

「えっ、そうなんですか。僕、向こうではぜんぜんでしたよ」

「ほお、そうなんだ」


「僕達吸血鬼の女性は、髪の長さで魅力の価値が決まっちゃうんです。僕、何故か全然髪が伸びなくて、いくら頑張っても襟足どまりなんです、だから一族の舞踏会へ行ってもいつも僕だけひとりぼっち。まあそれも留学するきっかけだったんですけどね。

あーあ、僕も茜さんみたいな綺麗な長い髪になりたいなあ、いいですよね、そうやって後ろで束ねるの。うらやましいなあ」


「そ、そうですか?」

茜はちょっと恥ずかしそうな顔をした。


羨ましそうに茜の黒髪をみつめているリサに弥太郎は、


「しかしけっこう苦労したんだなあ。それでこっちではそのへんはどうなんだい」

「日本に来た時も最初の頃はやっぱりすごく怪訝な顔されて、ああやっぱり僕はどこでもこうなんだって。そう思って歩いてたら弥太さんに声かけられて」

「そうそう、なにしろ異人の娘さんが、ひとりで暗い顔してとぼとぼ歩いてるから道にまよったんじゃないかと思ってね。それで声かけたってとこかな」

「あの時弥太の僕に言ってくれた『大丈夫ですかお嬢さん』という一言。あれ嬉しかったなあ。それでその後知恩院や清水寺に行って、それに八つ橋とかも食べさせてくれて……」

「あっ、それ私もです。昨日いろいろと案内してもらいました。同じ所ですね行ったの」

「いや面目ねえ。そのあたりしかふだん行かねえもんで」

「でもおかけで今では、もうこうしてあちこち出歩いてます。最近は行くとこ行くとこでみんなとても親切にしてくれて、もうほんとうに毎日楽しいです」


「よかったですね。日本に来て」

茜が微笑むと

「はい」

と、リサは元気よく応えた。


三人はそれからいろいろな話に花を咲かせた。




〇夕方。



「ところでリサ、おめえ今どこに泊まってるんだ」

「ここから少し離れた「与板屋」さん」

「もしよければ今日からここに泊まってもいいぜ。宿賃もバカにならねえだろ」

「えっ、いいの」

「ああ、その方がにぎやかでいいや、いいだろ茜さん。ここで一緒でも」


「はい、そうしてくれるとむしろ助かります。さっきリサさんは自分のことを『アルティメット・ヴァンパイア』って言ってましたけど、確か昔『アルティメット・ヴァンパイア』は一人で大勢の軍隊にも勝てるほど強いって聞いたことがあります。そんな『アルティメット』さんに力を貸してもらえるなんて大助かりです。あと弥太郎さん、これからは私も茜でけっこうです」


「おうわかった。しかし茜がいうんだからこれは心強いなあ」

弥太郎はとても嬉しそうな表情で二人をみつめた。


(『アルティメットさん』って……、しかし『アルティメット・ヴァンパイア』と聞いて喜ばれたのなんて初めてだよ。ふつうはみんな怖がるのに。それに助かる? 力を貸す? って、いったい何の事だろう)

リサはちょっとこの奇妙な展開に首をひねっていた。


「リサ、じつはひとつ頼み事があるんだが」


弥太郎のそれに、

「いいですよ、僕とにかくけっこう使えますから、それに魔術も少しできますし」

「魔術かあ。聞いたことがあるが、ありゃなかなか便利らしいからなあ、けっこう助かるわ。じつはなあ」


そういうと弥太郎は茜とともにリサに話はじめた。




〇リサが茜と一緒に「離れ」に泊まり始めた二日後の夜。



茜が部屋で忍びの道具の手入れをしている。そこへ風呂からあがったリサが浴衣姿で入って来た。


リサは毎日よく茜に話しかけていたため、もうすっかり二人は仲良くなっていた。


「ああ、いいお湯だった。日本のお風呂っていいですね。あ、それ忍者の」

「はい、こうしてちゃんと手入れをしないといざという時たいへんですから」

「聞いたんだけど茜さんって新選組でも一二を争う使い手なんだって?」

「それは言い過ぎです。隊には他にもたくさん強い人もいますし」

「自分より強い人がいる……、とは言わないんだ」


リサの言葉に茜はちょっと頬を緩めたがその問いには答えず、もくもくと道具の手入れを続けた。


「(けっこう強い人なんだなこの人) それじゃあ僕も」


そういうとリサは部屋の隅にあるカバンの中から古そうな書物を取り出し、何か呪文のようなものを呟きだした。


茜は不思議そうな顔をしてリサの方をみた。


「茜、リサ、入るよ」


そこへ弥太郎が部屋に入ってきた。


弥太郎もリサの見たこともない仕草を不思議に見ながら茜に、


「リサは何をやってるんだ」

「さあ……」


二人が不思議そうにみていると、その前でリサは部屋の机の上に円を描くように指を動かしはじめた。するとリサの指の動きに沿って小さな陣のようなものがあらわれた。


「それは?」


茜がリサにたずねると、


「これは警戒陣です。何か攻撃的な意識をもった者たちが近づいたら、すぐ感じる事ができるようにするものです」

「俺たちにも分かるのかい」

「この陣の色が赤く光りだしたら危険が近づいていると思ってください」

「これってもっと大きくできるのか、それこそ空に大きく広がるくらいの」

「できますよ。ただあまり大きくなるとただ光ってるだけになっちゃいますけど」

「いちおうできるのか。そりゃいいなあ。ところでリサ」

「何?」

「胸とか足とかけっこう開けてるけど大丈夫かあ? 俺はかまわないけど」

「あっこれ? 別に僕もかまわないですよ。相手が弥太なら」

「おいおい嬉しいこと言ってくれるね」

「リサさん、少しは恥じらいをもってください」

急に茜が不機嫌になった。


弥太郎とリサは互いの顔をみつめ思わず苦笑いをした。


「まあそう怒らないでくれよ。冗談だよ」

「別に怒ってません」

茜は無表情に道具の手入れを続けたが、その目は明らかに不機嫌だった。


弥太郎は茜の傍に行くと急に真剣な表情になり、

「ここからは真面目な話だが、茜さん。そっちの調べはどうだったい」

「はい、やはりひっかかるところがあります」

「そうかい、考えたくはねえがなあ」

弥太郎は沈痛な面持ちになった。


ふと弥太郎はリサの作った警戒陣に目をやると、さっきとは違う雰囲気をかんじリサにたずねた。


「おいリサ、俺にはすでに少し赤く光ってるようにみえるんだが気のせいか」

「気のせいじゃないよ。それにたまにうすくなったりするのがとても気になってるんだ」

「気になる? どういうことだ」


リサがそれに答えようとしたそのとき、遠くから呼子の音が聞こえてきた。

弥太郎は自分の口の前に指を一つだし、リサが喋ろうとするのを止めた。


そのうち呼子の音が大きくそしてその数が増えていった。


「またか」


弥太郎の顔が険しくなった。


「五銭組でしょうか」

茜が聞くと

「おそらく。佐賀屋さんがやられた時よりは時間が早いが……」

「あの一家を皆殺しにしたという」

リサがたずねると

「ああ、たぶんな」

「でも弥太郎さんは今度うちじゃないかと」


「たしかに。左衛門がやって来た時の口ぶりと茜の言う事からそうじゃないかと思ったんだが。それに茜がここにいる事を知ってるのは店のものしかいねえ。こりゃいよいよ茜がいったとおりだな」


弥太郎は唇を噛みしめた。


「ねえ、ところでちょっと前から気になってたんだけど、なんでそいつらは「五銭組」っていうの?」


リサのそれに、


「あいつらは押し込むとき、入ってきた場所に、一文銭と四文銭を一枚ずつ置いて行って、自分達の仕業だと分かるようにしていくのさ。ふつうなら「文もん」と言うところだが「銭」と「戦」をひっかけての名前らしい。何が戦いだ、押し入った所を女子供まで皆殺しにするような、薄汚いただの人殺しのぶんざいで」


弥太郎のそれを聞いたリサの瞳の色が一瞬赤くなり、


「許せない! ちょっと僕も頭にカチンときたよ。絶対全員捕まえてやるから。ところでさっき『茜さんの言うとおり』って言ったのは?」


リサは弥太郎にたずねた。


「話が外に漏れてるという事さ」


弥太郎が呻くように言った。


「前にも言ったけど、五銭組は押し入る前にその店に仲間を忍び込ませ、店の見取りや様子を探らせてるらしいんだが、じつは茜が以前ここにいた甚兵衛という番頭を調べに忍び込んだとき、妙な気配を感じたらしくて、ひょっとしてそれが関係あるんじゃないかと(うまく誘い込まれたと言ってたけど、あのときはそれに気をとられて甚兵衛にひっかかったんだろうなあ、茜は)」


「その気配の原因ってわからないの?」


リサがたずねると、

「まあ、まちねえ。ほんとは茜と連携してそれが誰なのかをしっかり確かめるつもりだったんだが、外に茜の存在が漏れてるとなると、こいつはそう簡単に尻尾は出さねえ。なにしろ茜の目を盗んで連絡をとったくらいだ、こいつは半端じゃねえ」

「じゃあやっぱりあの警戒陣の……、でもそうなるとあの微妙な光の変化は」

リサが言いかけると、

「茜、リサ、作戦変更だ。ちょっと耳を貸してくれ」


そういうと三人は声を殺しながら何事かを話し始めた。




〇翌朝。



「えっ、茜さん帰られちゃうんですか」

庄吉は驚いた顔をした。

「はい、昨晩至急の帰隊命令が来ましてたのでそれで」


「心配です、昨日は赤谷あかたに屋さんがやられたというのに」

お絹が言うと、

「おそらくその関係での帰隊命令だと思います。ただ数日のうちに代わりの者が来る予定ですのでそれまでお待ちください。リサさんも多少は腕に覚えがあるみたいですし」

茜はそう言い店を出て行こうとする。


「気をつけてな」

弥太郎が後ろから声をかけた。

「はい、弥太郎さんも気をつけて」

茜はそういうと弥太郎の方を一瞬振り返った後、新鮮組の詰め所へと足早に戻って行った。



去っていく茜を見送ると弥太郎は店に戻り


「みんなもちょっと心細いかもしれないがしばらくは我慢しておくれ。それといつも以上に戸締りはしっかりとしておくれ。頼んだよ」


店のみんなにそういった。



その頃リサは持ってきていたカバンを開け何かを取り出していた。


「まさかここでこれを使う事になるとはなあ」


そういうと中からある物を取り出した。



そしてその日の夜が来た。


リサはいつもより広めの範囲を感知できる警戒陣を張ったが、その夜は何事も起きなかった。




〇朝の離れ。



弥太郎がリサのところにくる。


「リサ、昨日は徹夜か」

「あ、おはよう。もしいきなり火をつけられても大丈夫なように、ここの建物全部に昨日防災陣を巡らしたからそれで。これ、狭い範囲しか効力はないけど竜王寺屋全体くらいなら大丈夫だから安心して。それから僕十日間くらい寝なくても大丈夫だから」

「すげぇな。今度は防災陣かあ。しかし十日も寝ないって便利なもんだなあ、そのアルなんとかヴァンパイアってのは」

「そういってくれるのは弥太くらいだよ。ふつうは十日間も寝なかったら思いっきり怖がられるだけ」

「まあ、俺は自他ともに認めるふつうじゃない奴だからな」

「弥太、それおもしろい」

そういうとリサは楽しそうに笑った。


「そういえばこの前、リサの目が赤くなったように見えたけどあれはどうしたんだ?」

「あっ、あれは怒りの感情が高ぶるとああなっちゃうの。ヴァンパイアというか僕のところの家族の特性かな」

「そうなのか、いやどこか体調が悪いのかとちょっと心配したんだが」

「大丈夫。ありがと。それにしても弥太、また昼日中から遊びに行ってたの」

「まあな、それに今いきなり遊ぶのやめちまったら、まわりから変に思われちまうだろう」


そういうと弥太郎はあたりを軽くみまわすと、部屋の中央にどっかと腰を下ろした。


「弥太、いつ相手は動くと思う」

「五銭組はいつやるというのがまるでよめねえ。立て続けにやったからふつうはもうしばらくはねえと思うところだろうが、そこは裏をかいてくとるも考えられる。じつは昨日、この前話した俺の馴染みの同心の左衛門、こいつと会って話をしたところ、佐賀屋さん同様、赤谷屋さんもやはり中から手引きされた形跡があるらしい」


「するとこの店も誰かが……」


「まあまだハッキリとはわからねえ。俺や茜がみていた限りでは、誰もおかしなところはひとつもなかったんだ。ところでリサ、警戒陣……だっけ、それはあいかわらずか」

「うん、あいかわらず。それと弥太」


リサは弥太郎の前に折りたたんだ黒い服をみせた。


「これは?」

「僕にとって戦闘服のようなもの……かな」

弥太郎の顔が真顔になった。

「弥太、僕、絶対君を守るから。もちろんよくしてくれた店のみんなも五銭組に指一本触れさせない。『アルティメット・ヴァンパイア』の力と『全能の魔術師』の名にかけて」

「それはたのもしいなあ。ただひとつ約束してくれねえか」

「何?」

「リサ自身ケガをしないで無事でいてほしい。そこんとこだ」

リサはちょっと驚いたがすぐに嬉しそうな顔になり

「ありがとう。そんなこといってくれたの弥太が初めてだよ。ほんとやさしいんだね。でも大丈夫。僕ヴァンパイアだから」


するとリサの手をいきなり弥太郎が握ってきた。


「その前に女の子だって事、ぜったいわすれんなよ。無理だけはほんとうにしてくれるなよ」


弥太郎のその言葉と手を握られたことに対し、リサは今まで経験したことのない感情の揺らぎを感じた。


「わ、わかった、約束するよ」


リサはそう言うと弥太郎の手を軽く握りかえし、頬を赤らめ少し目をそむけた。



そんな二人のそれをよそに、外からは子供達の楽し気な遊び声がきこえ、店からはいつもと変わらぬ賑やかな商いの声がきこえてきた。




〇昼下がり。



リサのいる離れに弥太郎が走り込んできた。


「リサ、お前に帰国の話が領事館から来ちまった。これなんだが」

そういうと弥太郎はリサに一通の書状を渡した。


書状を開き中をみると、読んでいたリサの顔がみるみる変わっていった。


「無理だよこんなの」

「どうしたんだ。何て書いてあるんだ。領事館に来いっていうのか」

「そ、そうだよ。どうしよう」

「領事館までどれくらいかかるんだ」

「行ったらとてもじゃないけどすぐには帰ってこれないよ」

「ちくしょうなんてこった。最悪のタイミングだ」

「いいよ。僕向こうから連れに来ないかぎり行かないから」

「いや、それは駄目だ。そんなことしたらリサにどんなことが起きるかわからねえ」

「駄目だよ。今はいくらなんでも……」

「とはいえ国がからんじまったらもうどうしようもねえ。左衛門や茜にも迷惑がかかっちまうかもしれねえ。ちくしょう。とにかく茜に連絡を今からとってみる今日は無理でも明日には何とかする」

「そんなあ」

「それにこれを渡しにきた奴がすぐに来いと言ってた。遅くならねえうち今すぐ行ってくれ。そしてできるかぎり早く帰って来てくれ」

「今って……」


悲しそうな表情をするリサに、


「出ていくときは人目につかねえように裏から行ってくれ。それと……」


弥太郎はそういうと黒い金子を入れる袋を渡すと

「これは領事館までの交通代だ。気を付けていってきな。頼んだよ」


「弥太っ、ちょっと、弥太あっ!」


弥太郎はリサのそれに振り返ることなく部屋を出ていき、店へと戻って行った。


突然のことに呆然とし、リサは部屋の片隅に力なくすわりこんだ。


それから半時(はんとき)ほどして、リサは部屋の隅に折りたたんだまま置いてあった黒い服をカバンにしまうと、荷物をまとめ、ややうつろな表情で静かに離れの裏にある木戸口から出ていった。




〇その日の夜をまわった丑の刻。



外はじつに静かで新月。まっくら闇。竜王寺屋の中も物音ひとつしない。



そのとき暗闇の中にひとつの影が竜王寺屋の母屋からでてきた。

それはそっと離れの近くを通り、裏にある木戸口の止め木を外し戸を小さく開いた。


しばらくすると足音を殺した黒い人影が大勢あらわれ、

竜王寺屋の小さく開いた木戸から次々と忍び込んでいった。


黒い人影がすべてはいりきり、ひとりの男が木戸口のそばに一文銭と四文銭を一枚ずつ置いたその時、


「ラウル、リドルバルト、スナリ、レイスタンド!」


声とともにいきなり空に巨大な光輝く警戒陣が浮かび上がり、竜王寺屋全体を真昼のように照らし出した。


そしてそれを合図に呼子の音が少し離れたところから竜王寺屋を取り囲むように一斉に聞こえた。驚く五銭組。そのとき


「まってましたよ、五銭組のみなさん」


みると離れの屋根の上に光り輝く警戒陣を背にした一人の忍びが立っていた。


「誰だ、てめえ」

色めき立つ五銭組。


忍びは下を見降ろしながらゆっくりと頭巾をとると、長く束ねた黒髪が大きくたなびきながら、警戒陣に照らされキラキラと輝きを放った。


茜だった。


茜は五銭組をしっかり見据えると、


「新選組二番隊付き、茜、押してまいる!」


そう叫ぶと風を切り裂くように屋根から飛び降り、

着地するや否や鋭く回転するように数人を蹴りと拳で一瞬にしてなぎ倒した。


驚異的な駿速の体裁きによる、あまりの一瞬の出来事に唖然とする五銭組の面々。


「ひ、怯むな、殺れ!」


五銭組が一斉に茜に襲い掛かろうとしたその時、


「凄いね茜さん。新選組でも一二を争うってやっぱりほんとうだったんだ」


五銭組が驚いて横をみると、西欧風の黒い上着とショートパンツの上から、より黒いマントを身に着けたリサが立っていた。


「リサさん。そっちお願いします」

「OK、ここは誰も通さないから。というか通れないし」


そういうとリサは片手を大きく縦にふると、後ろにある竜王寺屋の母屋を光で包み込んだ。


「これでもうここから先は通れないから。あっ、そうそう君たちの御仲間さんは弥太と庄吉さんが中で捕まえちゃってますから」


「この野郎、やっちまえ」


「それはこっちの台詞だよ」


そういうとリサも次々と拳や蹴りで相手を倒しはしじめた。



母屋の中では店の人たちが奥の部屋にまとまり皆ブルブルと震えていた


「大丈夫だよ。みんな、茜とリサがなんとかしてくれるから」

弥太郎がみんなを安心させ落ち着かせるように声をかけた。


そして部屋の隅には庄吉にしっかりと袖と帯をつかまれている人影があった。


(茜っ! リサっ!)

弥太郎は祈るような気持ちで外から音のする方を凝視し、懐にはもしもの時の為、台所から持ち出してきた包丁を忍ばせていた。


その外では次から次へと眼にも止まらぬスピードとキレで押してくる茜と、

桁外れのパワーで相手を次々となぎ倒し蹴り飛ばしていくリサが大暴れしていた。


その力の差は歴然としていて、たった二人に五銭組の強者どもが次々と倒れていった。


「これでもくらえ」


五銭組のひとりがビンのようなものを茜に投げた。


バシャーン!


茜の足元でビンが砕け散るとそこから勢いよく炎が立ち上がった。


「ざまあみろ」


男が叫んだ次の瞬間


「させません!」


茜の声が炎の中から聞こえたか思うと、

次の瞬間吹雪のような一陣の風が巻き起こり、

一瞬にして茜の足元がすべて氷つき炎もすべて消えていた。


[茜] (うう寒っ、だからこの力使うの嫌なの)


さすがの五銭組にも焦りの色がみえたそのとき。


茂みの陰からリサに対して吹き矢がとんできた。


「あっ」

茜が叫ぶまもなくリサの首元に矢が衝き刺さった。


しかし


「ふうん、けっこうな毒を仕込んでるみたいだけど、僕にはこんな子供のおもちゃは通用しないんだよ」


そういうとリサは首に刺さった矢を抜き、

それを片手で握りつぶすと手を横に一閃、

矢を放った男は大きく後ろに吹き飛ばされた。


「ば、化け物だ、逃げろ」


一斉に逃げ出す五銭組。


「化け物はあなたたちの方です」

そういいながら茜は次々と、眼にも止まらぬ速さで拳と蹴りを見舞い相手を倒していった。


「逃がしはしないよ」

リサもその長い手足を使った力強い打撃で、

次々とこちらもなぎ倒していった。


(強いですねリサさん。やはり私なんかとはパワーが違う)

(凄いなあ茜さん。人間であれだけの身のこなしをする人なんてみたことないよ)


最強の忍びと最強のヴァンパイア、

この二人が本気を出せばさすがの凶悪な五銭組も成す術もなく、

何人かはそこから必死に外へと逃がれていったものの、

残りは皆二人によって完膚なきまでに倒されていった。


「ほんとうなら切り殺してもかまいませんが、あなたたちには然るべきところでしっかりとした裁きを受けていただきます」

茜は倒れた男達を一瞥しながそう吐き捨てた。


「さて、それでは最後にそこにいるお嬢様のお相手をしないと」


リサはそういうと、

木の陰に隠れている人影のところに茜と二人で近づいていった。


「お絹さんですね」

茜がたずねた。


「やはりあなたが手引きを。弥太郎さんが私を助けてくれたとき、女中のあなたがそばにいたという事を聞き不思議に思ったんです。あの離れは風体の悪い男達がたくさんいて、ふだん女中は怖がって誰も近づかない。なのに新入りのあなたは……。首領の甚兵衛が離れによくいたので当然だったのでしょうね」


「てめえ」


お絹が切りかかってきたがその小刀を茜が振り払うように弾き飛ばすと、リサが溝内に拳をいれお絹を気絶させた。



竜王寺屋の中は完全に沈黙。


リサはまわりの安全を事前に手の平に張ってあった小型の警戒陣で確認すると、


「終了っと」


そういい母屋にかけた光の防御壁を解いた。


「リサさん、大丈夫ですか。さっき首に矢が……」

茜が心配してたずねると

「ああ、平気平気、ほら、もう傷跡もないでしょ」


リサが矢の刺さったあたりの首筋を茜にみせると、そこにはもう刺さったような跡も何もなかった。


「よかった」


茜はホッと溜息をついた。


すると外から左衛門率いる町方が大勢入って来た。

そして次々と倒れている五銭組を捕縛していった。


「あんたたち二人でこれやったのかい」


左衛門が驚きの表情でたずねると

「はい、がんばりました」

二人は笑顔で左衛門に応えた。


「あと何人か外へ逃げたようですが」

茜がたずねると、


「心配はいらねえよ。外は俺たち以外にも島田さんの新選組も来ている。今頃は全員一網打尽さ。しかし島田さんはすげえなあ。逃げようとした奴の首根っこ掴んだら、片手でぶんぶんふりまわしてたぞ。人間じゃねえな、ありゃ」


それを聞いて思わず茜はリサの方を振り向いたが、リサは察したのか速攻で目線を外しあさっての方をみた。


茜はリサのそんなそぶりをみてクスッと笑うと、

「弥太さん、終わりました。もうでてきて大丈夫ですよ」


それを聞いた弥太郎は雨戸を思い切り開け、中から飛び出してきた。


「二人とも大丈夫か」

「平気ですよ、弥太郎さん。あとは左衛門さんたちがちゃんとやってくれますし。ただ私、今からちょっと行くところがありますので」


茜がそう言うと、

「行くところ? 行くところって、いったいどこだ」

弥太郎は心配そうな顔した。


その様子をみたリサは

「茜さん、ひょっとしてそれ僕も行った方がいいかなあ」

と聞くと茜はニコッと笑って、

「できればお願いします」

「OK」


そういうと二人はあっという間にそばの高い塀を飛び越え外に消えていった。


「すげえなあの二人」

左衛門はビックリした顔を弥太郎にみせた。

(すげえことはすげえが無理すんなよ、茜、リサ)

弥太郎は二人が消えた方をじっと見続けていた。



外では逃げようとした残りの五銭組を一網打尽にするため、

島田率いる新選組と大勢の町方が、凄まじいほどの大捕り物を展開していた。



だがそこから少し離れたところを、

それを巧妙に逃れた一人の男がその場を立ち去ろうとしていた。


あの甚兵衛だった。


甚兵衛はしばらく走ると物陰に隠れ黒装束をとり、素早くふつうの商人の恰好になり、何事もなく道を歩き出した。


「これで誰もわかるめえ。畜生、仲間を集めて再度で出直しだ」


そのときその甚兵衛の前に、すうっと黒い影が立ち塞がった。


「お久しぶりですね。甚兵衛さん」

茜だった。


甚兵衛はあわてて元来た道に引き返そうとしたが、


「こっちも駄目。残念でした」

リサが道を塞いでいた。


前傾姿勢をとり今にも走り込んできそうな茜。

拳こぶしを真っすぐこちらに向け睨みつけているリサ。


「この野郎」


甚兵衛は懐から短筒を取り出し茜を撃とうとしたが、茜はそれより先に甚兵衛の懐に飛び込み短筒を片手で叩き落とすと、もう片方の手で首筋を一閃。


甚兵衛は力なく前のめりに崩れ落ちた。


茜は落ちている短筒を拾うと、


「甚兵衛さん。借りは返しましたよ」

気を失って倒れている甚兵衛を見下ろし呟いた。



「おいなんだいあれ、なんか変なのが光ってるぞ」


この騒ぎで眼を覚ましたのか、家の中から戸を開け空をみあげる人たちがあらわれはじめ、空の警戒陣に気づき始めた。


「あっ、そろそろ消さないと、これ以上やってると騒ぎが大きくなっちゃう」

そう言うとリサはあわてて手を空にかざし警戒陣の光をゆっくりと弱めながら消していった。



あたりが暗くなると茜とリサは互いに歩み寄った。


「ご苦労様、それにしても強いなあ茜さんは」

「リサさんこそ。アルティメット・ヴァンパイア、さすがです」


そういうと二人は笑顔で軽くハイタッチをした。



こうして五銭組は全員捕縛された。




〇朝の竜王寺屋前。



「まさか甚兵衛が首領とは」


弥太郎が吐き捨てるようにいった。


「あいつの弟がその手先としてこっちでやってたらしいが、いよいよということで京にきたらしい。この店だけじゃなく、他人の店まで押し入ってその金まで薩摩や長州に流していたなんて。おそらく幕府を転覆させたら、そのおこぼれにでもあずかろうとする目論見だったんだろうけど。しかしあいつがそこまでのやつだったとは。島田さんは五銭組と薩長がどこかで絡んでるんじゃないかと睨んでいたらしいけど。

くそっ。あいつの目をみたとき、なんでもっと探りを入れなかったんだ、俺は」


左衛門も甚兵衛の正体に気づかなかった自分を責めた。


そこに島田がやってきた。


「弥太郎さん左衛門さん。今隊長に聞いたんだが、ふつうならあんた方二人にも沙汰があって然るべきところだけど、今回はこの凶悪な五銭組をひとり残らず捕縛したということで、奉行所はもちろんだが組のほうにもたいそうお上から賞賛の御言葉をいただいたとのこと。なので今回はお咎めなしだそうだ」


島田がそういうと弥太郎と左衛門に少し安堵の色が戻った。


「しかしそれにしてもあの空で光っていたもの。大きな輪が空で光ったら竜王寺屋へという合図だったが、何の事が分からないまま待ってたら、ほんとにそういうものが空に浮かんであれには正直驚いた。音もしないしずっと光りっぱなしだったし、隊のみんなもあれには不思議がっていたんだが、あれはいったい……」


島田が弥太郎にたずねると、


「あれはリサが持ってきた舶来の新型の花火みたいなものでして、残念ながらあれ一発しかなかったので、今は説明がこちらもできないものでして」

そういうとりリサの方をみて片目をつぶった。


リサも軽く肩をすぼめてニコッと笑みかえした。


「では私はこれで帰隊する。茜、これだけの事があったのだ、何かあるといけないので命があるまで竜王寺屋で警護の任をもうしばらくつとめるように」

そういうと島田も茜に片目をつぶってみせた。


「あ、ありがとうございます」

茜は片膝をつき島田に深々と頭を下げた。



「左衛門殿、今回はほんとうに感謝する。五銭組のような悪党を捕縛できたのはあなたのおかげです。あのとき左衛門殿来てくれなかったら両親にも顔向けが……」


凛之介が言うと、


「いや、凛之助さんもあっちで大活躍だったって聞いたぜ。それに昨日のことはリサさんが私のところに来て弥太の指示を教えてくれなかったら……。みんな弥太郎とあの二人の娘さんのおかげですよ。たいしたもんですよ、あいつらは」


そういうと左衛門は凛之介とともに、嬉しそうに笑ってる三人の方をみた。



空はどこまでも青く、風はくるりと輪を描いていた。



皆が立ち去り、三人も店の中へと戻る。

茜はこのときあることに気づき弥太郎の傍に寄ってきた。


「弥太郎さん。それ危ないですし弥太郎さんには似合わないですよ。私がしまってきましょうか?」


弥太郎は懐に入れてあった包丁をその言葉で思い出した。そして

「すまねえ。ただその前にもうひとつ大仕事だ。この包丁のように綺麗にさばけるといいんだかな」

そういうと三人はそのまま離れに向かった。そこには庄吉に連れられてきたお貴がすわっていた。


皆がお貴の前に座ると


「あなたには介抱してもらったお礼があります。それにあなたの場合言う事を聞かなければ、あなたの子供が殺されると脅されていたのですよね」


茜にそういわれるとお貴は泣き崩れた。


リサが続けた。


「不思議だったんだよ。警戒陣の光で五銭組の仲間が店に二人いる事はわかったけど、その光が妙に不安定なので、一人は何等かの理由で心がゆれてるんじゃないのかなと。それで弥太に頼んで遊びにいくという名目でいろいろとお願いしたんだけどね。


まあもうひとりのお絹は根っからの悪党で、私たちだけでなくお貴さんも見張りながら手下として使い、ここへ仲間を手引きするそれをみはからってたんだから。これが終わったらあいつ、お貴さんの事だけでなく子供達も殺してたよ。きっと」


リサが言い終わると弥太郎が続けた。


「茜に組に戻るとみせかけていろいろと外の状況を調べてもらったのさ。そしたらお貴さんのところが不穏な奴らが出入りしてると分かってな。とにかくあんたの子供達は、この前離れに来ていた新選組の凛之助さんと左衛門の配下の者がちゃんと保護してみんな無事だ。安心しな。ただ今回の事はやはりはっきりと話さないといけない。左衛門にはすべて話してあるし、茜を一生懸命介抱してくれた件も島田さんを通して伝わっている。息子さんたちも近くの人たちが面倒みてくれるというし、うちからも様子をみに人を出すから安心していってきな」


「ありがとうございます」


肩を叩かれながらの弥太郎の言葉に、お貴は涙ながらに答え、庄吉に連れられ左衛門のいる奉行所へと向かった。


茜は弥太郎から包丁をあずかると、いつもならお貴がいる台所にそれを戻しにいった。




〇その日の夜。竜王寺屋の離れ。



「いやあ、ほんとうに長い一日だった。ところでお貴の事なんだが」


茜とリサ心配そうな表情になった。


「さっき左衛門に聞いた話ではニ三日泊められた後きつくお叱りを受け、その後無罪放免になるそうだ」


「よかった」

二人はそれを聞いて安堵の色を浮かべた。


「それにしても弥太、あれはないよ」

リサが急に切り出した。


「帰国命令なんていうからビックリしちゃって。で、中みたらいきなり日本語。しかも書いてあったのが『俺に話をあわせろ』と、ただそれだけ。無茶すぎるよ。それにあの黒い袋。領事館なんてでっち上げの話だから交通費じゃないことはわかってたけど、あれもし僕が中を開けなかったらどうする気だったのさあ」


「いやあ、リサがあのとき、うまくノリであわせて演技してくれたから、あれも絶対開けると信じてたよ。それに俺からリサに何かあげるなんて初めてだし。とにかく二人がずっと見張ってたんで、あれしか手がなかったんだ。まあかんべんしてくれよ」


「たしかに僕がいなくなってからやっと動き出したからね」


「弥太郎さんの最初の作戦は、私が隊へ戻るというゆさぶりをかける。動けばすぐに近くに待機していた左衛門さんに連絡する手はずだったんですけど、けっきょくのってきませんでしたね」


「ちょっとみえみえだったような気がして心配だったんだよなあ。まあ、あのとき茜がお絹に『リサはそこそこ使える』といったら、その晩やつらはこなかった。あれでだいたい大筋は読めたけどな」


「あのひっかけも弥太郎さんの作戦でしたね。お見事でした」

茜がうれしそうに言った。


ようやく三人の顔から安堵の色がみえたとき、弥太郎は急に神妙な顔をして二人に向かい座り直した。そして、


「今回は店のみんなや、お貴の子供達を守るためとはいえ無理をさせてすまなかった、ほんとうにありがとう。茜さん。リサさん」


そういうと弥太郎は二人の前で深々と頭を下げ、そして二人の手を各々強く握ると、


「無事でよかった。ほんとに二人とも無事でよかった」


そういって涙を流した。


「よしてよ弥太、なんか恥ずかしいよ。だいたい店の中で二人で迎え撃つと言い出したのは僕たちの方だし、ぜんぜん無理でもなんでもないから。だからそんなこと気にしないでよ」

「そうですよ。これくらいのこと、私もぜんぜん平気ですから。それにああでもしないと私も気が収まりませんでしたし……」


そういうと二人も目を潤ませながら弥太郎の手をより強く握り返した。


「すまない、ほんとにすまなかった」


弥太郎はずっと二人に謝り続けた。



しばらくするとリサが、


「いいですよ。弥太と僕の中ですから。それにけっこう楽しかったし」

といい弥太郎から手を離した。


すると少し落ち着いた弥太郎が

「すまねえ。ところでリサ、こんなときにいきなり言うのも何だけど、その服装のことなんだが……」

「服がどうかしたの?」

「いや、そのなんだ、何でそんなに足みせてるんだ」

「えっ?」

「私も驚きました。というか見ててちょっとドキドキしちゃって。私も夏にはこういう涼しそうな装束をたまにつけますけど……」

「これ、ちゃんとした僕の家に代々伝わる正規の女性用の戦闘服ですけど。足がみえてるとそんなに変ですか? 動きやすいんで、けっこう僕気に入ってるんですけど」

「いや、なんというか、刺激が強いというか、まわりの野郎たちもなんかじろじろとあんたの事ずっとみてたしなあ」

「えっ、みんな僕の事女性としてみてくれてたんだ。なんかうれしいなあ」

「いや、そうは言ってもだなあ、こういうことが終わったら、これからはすぐいつもの服に着替えてくれないかなあ。なんていうか自分の娘が人様の前で肌さらしてるみたいでちょっとなあ」


それを聞くとリサは、


「僕が弥太の娘? 彼女じゃないの。えー、ちょっとショック」

「おいおい、リサ、茜もお前も俺にとっちゃ可愛い娘みたいなもんだといってるんだよ」

「私も娘なんですね」


茜も露骨に不満な表情を弥太郎にみせた。


「おいおい茜まで。なんだよ二人とも」


おたおたする弥太郎をみてリサは

「わかった。これからは弥太が僕を彼女にしてくれるまでずっとこの恰好でいるから」

「えっ、なんだよそれ。おい茜なんとか言ってくれよ」

「それじゃあ私も明日から夏用の装束にさせていただきます。けっこう色っぽいですよ。それ」

「おいおい茜まで。勘弁してくれよ」



三人の声が明るく響く中こうしてこの事件は終わった。



茜はその後しばらくして新選組を辞め竜王寺屋に奉公人として住み込み、リサも竜王寺屋で暮らしながらいろいろと働いた。


ただ京都は次第に治安が著しく悪化していったため、弥太郎は店をたたんだ後三人で京都を離れ、父の経営する越野屋のある江戸へと引っ越した。その後横浜の地で再び竜王寺屋を再開したものの、三人は次第に「幕末と明治維新」という時代の波に翻弄されていくことになった。




〇その後の話。



二十一世紀の日本、その都市のひとつリトルヨコハマ。


そこの女子高レプシュール女学院にひとりの転校生の少女が外国からやってきた。


ショートカットでボーイッシュな金髪の髪型と碧い瞳、そしてモデルのようなスラリとした体形のその少女は、登校日初日からすでにその容姿で話題になっていた。



始業式も終わり校門を出て自宅へ向かう。自宅の場所は小高い丘の上にある三階建てのマンションの最上階。


歩いて15分くらいのところだ。


後ろから同じ学校の生徒の声が聞こえる。


「ねえあの人いいよね、美形で足も長くてきれいだし。まるでモデルみたい」

「外国の人であんなにきれいでかっこいい人、わたし初めてみた」


しばらく歩きながら少女はふと思った。

「以前とおんなじ反応。なつかしいなあ」


あたりをみますとそこには高いビルがいくつも建っていた。


「この国の景色。随分変わっちゃったし前より空気は少し悪い気がするけど、雰囲気はどこかやっぱり同じ。しゃべってる言葉も前来た時とそれほど変わらないし。でも……、


あの二人はもういないのか」



しばらく歩くと商店街に出た、すでに桜は散り始め、葉桜が目立ちはじめていた。


「このあたりもすっかりかわっちゃったなあ。確かこの付近に昔は……」


そういってあたりを見渡すと、また少しゆっくりとまわりをみながら歩きはじめた。



少女は少ししんみりとした気持ちになった。


「ダメダメ、こんな気持ちになるため日本に来たんじゃないし」

そう思った時、横をみると制服姿の自分がガラスに映っているのがみえた。


「うわあ、やっぱりこの制服可愛いなあ。この制服がいいからこの学校選んだんだけどほんと大正解(しかし吸血鬼がガラスや鏡に姿が映らないなんて迷信が本当だったら最悪だったよ)」


そういうと急に元気になったのか、


「さてと、今夜のアニメは何かな。週末は大洗とか沼津、それに来週は秩父や鷲宮にも行かないと。で、その次の週はイベントと新作の発表が……」


そういろいろ考えながら歩いていると、そこへ同じ学校の制服を着た生徒がいきなり前に立ちはだかった。


ポニーテールのその生徒はいきなり

「私はここを警備する組織の者。名は竜王寺(かなめ)! あなたは今日うちの学校に来た転校生ですね」


その姿その声そしてその名前を聞いた少女は驚きの表情をみせた。


要はそんな彼女を指さしこう言った。


「あなた人間ではありませんね」



要のその言葉を聞くと少女は目を急に潤ませた。そして、


「君の言う通り、確かに僕は人間じゃないよ」


そう答えた。


当初相手が人間でない場合、即刻排除行動にでるはずだった要だが、眼を潤ませながら自分をみつめている彼女の表情に不思議なものをかんじ、排除行動をとる前に予定には無い質問をした。


「あなたはいったい何者なの」


少女はその碧い瞳を要に向けこう話し出した。


「僕の名前はリサ・セイバーズ。アルティメット・ヴァンパイアです」


「アルティメット・ヴァンパイア! まさかあの伝説的最強の吸血鬼。いったい何しにここへ!」

要は腰をかがめ戦闘態勢に入るような姿勢をとった。


すると、


「アニメを見に来ました。あとイベントとか聖地巡りとか」

リサはくったくの無い笑顔でそう答えた。


要はそれを聞くといきなり怒り出した。


「ふざけないでください! ヴァンパイア、しかもアルティメット・ヴァンパイアのくせにアニメがどうとか。誰がそんな事を!」

「えー、なんで? アルティメット・ヴァンパイアだってアニメが好きになったっていいじゃないですか。そんなの理不尽です。酷いです。ヴァンパイアだからって差別しないでください」


今度はリサが急に怒り出し要につめよってきた。


いきなり予想外の反撃にたじろぐ要。


「いえ、そこまでは言ってないんですけど……」

「じゃあいいじゃないですか。アニメくらい自由にさせてもらっても。それともヴァンパイアはラブライバーになっちゃいけないとでも言うんですか。僕そんなこと言われたらダメライバーになっちゃいますよ」

「そ、そうじゃなくって。(こまったなあ、何このおかしな展開? どうしよう)」


困ったような表情になった要をみてリサは、


「じゃあ僕の家に来ませんか、そうすればすべて分かってくれると思います」

リサは一転笑顔で要に話しかけた。


「あなたの家?」

「あそこに見える丘の上のマンションの三階です。それとも怖いですか」

「こ、怖くなどありません。こうみえてもグレネーダ流の魔法資格SSをもってますから」

「えっ、魔法使いなんですか? じゃあ魔法少女ですよね。短いスカート穿いてステッキもって呪文唱えながら箒に乗って空飛ぶんでしょ。みたいなあ。その、ちょっとでいいから……」

「しません!」

「そんなあ……」

「とにかく行きましょう、あそこの三階ですね(それにしてもこのヴァンパイア、外見は綺麗だけど、けっこう残念な人……、じゃなくてヴァンパイアなのかも)」


そういうと要ははリサの家に向かって歩きはじめた。


(よく似てるなあ、あの人に。容姿も声も、雰囲気は少し違うけど)

リサはなんだかとても嬉しい気持ちになってきた。




〇リサの家



「もうしわけありませんでした!」


家に入ると三分で要はリサに土下座をしていた。


応接室には大型のテレビと複数のビデオデッキ。

机の上には最新のアニメやゲーム雑誌、

ソファにはアニキャラのねそべりや抱き枕までおいてあり、

隣の部屋には夥しいDVDとそのBOXの数々。

さらにもうひとつの部屋にはフィギュアや同人誌が所狭しと並べられていた。


(まさかここまでのオタクだったとは……)


リサのそのあまりのオタクぶりに要はもう土下座するしかなかった。


「僕、以前ずっといろいろあって家に引き籠ってたんです。で、ある時日本でやってるアニメというのを偶然テレビでみてから、もう半世紀以上こうしてアニメにどっぷりなんです。だからいつかまた日本に行こうと思ってて。それでようやく今年……」

「えっ? 半世紀! それにまたって。あなたいったい……」

驚く要にリサは

「僕達ヴァンパイアは人間よりもとても長生きなんです。こうみえても僕、要さんの十倍以上は生きてますから」


「十倍!」


驚く要にリサは

「ところで要さん。あなたの先祖に弥太郎さんと茜さんという名前の人がいませんでしたか」


要はそれを聞くと驚いた表情で、


「弥太郎と茜は明治の頃にいた私の遠い祖先の名前です。以前ある方にその名前を教えてもらった事があります。竜王寺のお店を横浜につくった人という事ですが、どうしてその名前を?」


リサはゆっくりと要に話し始めた。


「僕は君に話したいことがたくさんあるんだ。すぐには信じてもらえないだろうけど、でもそれは君にとっても僕にとっても、とてもとても大切な話なんだ」



部屋に差し込んできた夕陽に照らされ、リサの笑顔が美しくキラキラと輝いていた。



第一部、終り。

読んでいただきありがとうございました。自分の楽しみのためだけのために書きはじめたものなので、かなりラフなつくりになっています。申し訳ありません。

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