デトデート!
セミの大合唱で叩き起こされ、先日修理して頂いたエアコンの冷気に震える。
蹴った布団を再び自分に掛けなおし、そのまま目を瞑って……二度寝……しようとした時、俺の携帯が着信を知らせてくる。誰だ、こんな朝っぱらから……。
スマホの画面を確認すると、そこには大和君の名前が。
むむ、可愛い弟からのモーニングコールか。くるしゅうない。
「ふぁい……おはよう、大和君……」
ベットに潜ったまま電話を取る俺。
耳に届いてきたのは激しいセミの大合唱、そして焦りまくっている大和君の声。
『お兄様! 大変でござる! 今すぐ来るでござる! だいしきゅう!』
あ?
「すまん、大和君……俺は今から夢の中でポメラニアンに包まれながら……」
『そんなメルヘンな夢みてる場合じゃないでござる! 美少女がピンチでござるよ!』
なにっ、美少女が?
いや、それ女装した大和君でしたーってオチじゃあ……
『ち、違うでござる! とにかく早く来て! 岐阜駅南口集合!』
そのままプツリと電話は切れる。
なんなのだ、一体。しかしまあ……可愛い弟からの呼び出しだ。行かないわけにはいかぬ。
※
軽くシャワーを浴び、着替えてアパートを出た……瞬間に後悔した。
襲い掛かる熱気、凄まじい太陽光線、俺の鼓膜を破りにくるセミの鳴き声。
あかん……これ外に出たらダメな日だ。このままでは溶けてスライムになってしまう。
もういい感じにトロトロになってしまう。
「しかし可愛い弟のためだ……急いで向かわねば……」
ここから岐阜駅までそこまで距離は無い。歩いて十分程。だがその十分の間にどれだけのエネルギーを消費してしまうだろうか。もう凄まじく汗をかくに違いない。もうビショ濡れになってしまう。
「ええい、そんな事を気にしてどうする。そんな事言ってたら夏に外などあるけん」
アパートの敷地外へと偉大なる一歩を踏み出す俺。
もう既に全身から汗が吹きだし、もうTシャツは背中に張り付いて……
と、次の瞬間、俺の全身へと冷たい水が降り注いだ!
「あぁー! ご、ごめん、祥吾君~」
「……ぁ、大家さん……」
大家さんの自宅前を通った瞬間、ビショ濡れにされてしまう俺。
齢五十を超える幼女大家の手には、ロケラン……ロケットランチャーが。
「……大家さん……なんですか、その多目的ロケット擲弾発射器は」
「ぁ、これ? 水鉄砲なんだけど……打ち水してて……」
ふむぅ。
なんて物騒な打ち水だ。一撃で俺は全身びしょ濡れだぜ。
「ご、ごめんね? タオル持ってくるね!」
「あぁ、いえ、大丈夫ッス。どうせすぐ乾くんで……」
「そ、そう? じゃあ……お詫びにコレを祥吾君に捧げよう」
と、手渡されたのはプールのチケット。むむ、なんだ、この展開は。
まさかプールに行けと言うのか? 自慢じゃないが俺は……泳げない!
「それ私の友達がくれたの。私今更プールとか行く気しないし……ぁ、そのチケット一枚で五人まで入れるらしいから~。お友達誘って行ってね」
大家さんにお礼を言いつつ(水をぶっかけられたのは俺だが)その場を後にし岐阜駅へと向かう。
水をぶっかけられて正解だったかもしれない。なんか凄い気持ちい。なんとも清々しい気分だ。
「夏だけだな、水ぶっかけられて許せるのは……」
「キャー! ごめんなさいー!」
その時、横から悲鳴のような声が。
咄嗟に声がした方を確認すると、そこには綺麗めなお姉さんが。
そしてその手には……巨大なタライ。さらにそして、恐らくそのタライから捨てられた水が……俺の目の前まで……
「ほぶふ!」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! あぁー! ど、どうしよう!」
なんか変な匂いがする……なんだ、この水……。
香水? なんかいい匂い……。
「だ、大丈夫?! た、タオル……タオル……!」
「い、いえ……大丈夫ッス……どうせすぐ乾くんで……」
というか何だ、この水……甘い……。
「ほ、ほんとゴメンね?! 打ち水してたら突然君が現れたから……」
タライで打ち水か。パワフルなお姉さんだな。
というかこの水なによ。甘い匂いが……
「そ、それはちょっと言えないかな……」
なんで!
え、この水何?! 凄い気になるんだけど!
「大丈夫大丈夫。害にはならないから。実は私……とある薬品の研究をしてて……その水は失敗作なの」
マテコラ。害が無いって良く言えたな。
失敗作って……一体何の!
「ふふふ、まあ気にすんな、少年。それより……お詫びとしてこれを捧げよう」
またこの流れか。
今度は一体何をくれるんだ……って、何だこれ、ビキニ?
「きっと必要になるから」
「なるわけ無いだろ。舐めてんのか」
※
そんなこんなで岐阜駅まで何とか到着した俺。
なんか体が重い。あの変な甘い水をぶっかけられてからだ。もしかしてヤバイ薬だったんじゃ……。
おっと、それより大和君に連絡を取らねば。
俺のスマホ、防水で本当に良かった。今日だけで二回も水をぶっかけられたからな……。
『もしもし!? お兄様! 今どこでござる!』
「あぁ、大和君……今岐阜駅南口に到着したぞ」
『駅の中に入ってきくるでござる! パン屋の前にいるでござるから!』
了解、パン屋の前だな……。
岐阜駅の中に入り、広いホール内にあるパン屋の前へと。
そこには女装した大和君、そして……
「ニンニン、お……大和君、お兄さんが来たぞ」
七夕祭りの時の……あの忍者少女が居た。
隣には当然のように女装した大和君。どこか青ざめた顔をしている。
「お待たせ、大和君と……」
「ニンニン、柊 真帆だぞ。マホマホって呼んでくれていいんだぞ、お兄さん」
マホマホか。そんなマホマホは相も変わらずTシャツに短パンというスタイル。
それに対して大和君はロングスカートに半袖のブラウス。大和君の方が可愛いらしい恰好してるってどうなんだ。
「クンクン……お兄さん、なんか甘い匂いがするぞ。食欲をそそる」
「お願いだから齧らないでくれよ。ここに来る間に変な水ぶっかけられて……で、大和君、どうしたんだ? 凄い慌ててたみたいだけど……」
大和君はソワソワしつつ、俺の手を引き柱に隠れ、パン屋の中を指し示す。
「あそこ……お兄様の彼女が知らない男と密会してるでござるよ……さっき偶然見つけて……」
彼女? あぁ、もしかして奏さんの事か。
七夕祭りの時に俺から友達発言したのだから、正確には彼女では無いのだが……って、ほんとだ。知らない男と楽し気にお喋りしながらパンを食べている! そして本日は男装では無い。ちゃんと女の子してる。
「ポニーテールか……可愛いな」
「お兄様ッ! そんな事より、相手の男を見るでござる! 中々のイケメン……しかも見るからに金持ちって感じでござる。あの左手に光る高級腕時計を見よ」
いや、大和君視力いいな。ここからじゃあ腕時計が何なのか良く分からんのだが。
「ロレックスでござるよ! しかもあのイケメン、さっきからドーナツばかり食べているでござる。これがどういう事か、分かるでござるな?」
いや、ごめん、サッパリなんだが。
別にパン屋でドーナツを食おうがカレーを食おうが構わんだろ。
「ニンニン、お兄さん、この店のドーナツはベラボウに高いでござるよ。千円以上するでござる」
「そうなのか。確かに高いが……」
というか、なんだこの状況。
俺達出歯亀みたいじゃないか。
「そんな事言ってる場合じゃないでござるよ! 浮気でござるよ、浮気! お兄様という物がありながら……あのお姉さん、許せんでござる!」
「あー、大和君、それは違うぞ。俺と奏さんは……友達に戻ったと言うか何というか……」
「……は?」
俺は大和君へと、七夕祭りのラストで起きた出来事を説明する。
キスをしながらも、俺は果たして奏さんの事が本当に好きなのかどうか分からない、だから友達からやり直そうと進言したと……
「ば、バカー! お兄様のバカ! あんぽんたん! なんでそんな事するでござる! キスしておきながら友達発言って……アホタレでござる!」
「あぁ、まあ……たぶんその通りだ。ごめんよ。大和君のお陰で出会えたと言うのに……」
「全くでござるよ! っていうか、じゃあお兄様は、奏嬢が浮気していたとしても、ノープロブレムだと?!」
まあ、そうなるわな。
だって恋人同士ってわけでも無いし、あの男は俺より遥かにイケメンだし金持ちだ。あの男と一緒になった方が奏さんは幸せになれるなら……
「ば、バカー!(二回目) 諦めるでござるか?! 友達からやり直そうって思ったのなら、もう好きって事でござるよ! 奪い返すでござる! 一生後悔するでござるよ!」
ま、まあそうかもしれんが。
しかし最終的に決めるのは奏さんだろう。彼女がもうあの男の方がいいっ! って言ったら……
「ニンニン、お兄さん、もっと強気で行かないと……ちょっと私で練習するんだ」
練習? いや、練習ってなんの……
「ニンニン……お兄さん……大好き……」
と、抱き着いてくる忍者娘ことマホマホ。
ってー! 大和君の前で何してんだ! 離れよ!
「ニンニン……お兄さんいい匂いする……もうマホマホはメロメロに……」
「何言ってんだマホマホ! ちょ、大和君、なんとかして……」
「お兄様……恋とは……殺し合い……」
て、ぎゃぁぁあ! なんか大和君がレスリングの構えを!
違う! 殺し合いではない! っていうか思い切り殺気を向けないで!
「ニンニン……ハッ! い、いかんいかん、何かお兄さんの甘い香りに誘われて……」
我に戻るマホマホ。ヨダレを拭いつつ、レスリングの構えをとる大和君の落ち着かせようと頭を撫で始める。
「ニンニン、落ち着くのだ大和君。マホマホはもう既に大和君のものなのだよ」
「う……ぅん……」
何ぃ! この二人! いつのまにそんな仲に?!
いつだ、いつ発展した!
「ニンニン、七夕祭りの時に……大和君から愛の言葉を頂いた。マホマホはもう大和君に身も心も捧げているのだ」
七夕祭りだと……!
大和君、あの後告白したのか! やるじゃないか。
「そ、そんな事よりお兄様! 今はお兄様の事のでござる! あのお姉さんはあのままでいいんですか! このままじゃあイケメンに取られてしまうでござる!」
「そうは言っても……ぁ、出てくる」
奏さんとイケメンが食事を終え、パン屋から出てきた。
相変わらず楽しそうに談笑しつつ、今度は駅のホームの方へと向かっていく。
「ニンニン、どうやら電車に乗ってお出かけするようだ。尾行する?」
「いや、そんな無粋な……尾行なんて……」
「あぁ、もう! お兄様! そんな弱気じゃダメでござる! こうなったら拙者が直接聞いてくるでござるよ!」
ってー! ちょ、大和君?!
待つんだ! そんな事しなくていいから!
しかし大和君は俺の静止を振り切り、奏さんとイケメンの前へと立ちはだかる!
「またれよ! そこのカップル!」
その様子を柱の陰から見守る俺とマホマホ。
奏さんとイケメンは顔を見合わせ、突然現れた大和君に首を傾げる。
「あれ? もしかして大和君? きゃー! 今日も可愛いねーっ! 一人?」
奏さんは今日もハイテンションだ。
大和君は一人? と尋ねられて頷きつつ、奏さんとイケメンを交互に睨みつける。
「お姉さん! これはどういう事でござるか! お兄様というものがありながら……他の男とイチャイチャするなんて! ゆるせないでござる!」
奏さんへと追及する大和君! しかし……
「ふぐぅ……大和君可愛いよぉ……あぁ、視線もっとちょうだい! ぁ、スカートつまんで! 貴族風にお辞儀してみて!」
あかん、奏さん……大和君の女装に夢中になりすぎて理性がバーストしてる!
大和君の質問すら受け付けず、鼻血を垂らしながらデジカメで写真を撮りまくっている。
「え? こ、こうでござる?」
そんな奏さんのリクエストに答える大和君。
スカートを摘まみ、貴族風にお辞儀……俗に言うカーテシーという挨拶だ。
「ふぉぁぁぁ! いいよいいよ! もっと目線落として! 私を蔑むような目で見下ろして!」
大和君の足元にしゃがみ、カメラを取り続ける奏さん。
正直大和君はドン引きしている。蔑む目線もばっちりだ。
「フフゥ、満足満足……じゃあ次はぁ……夏だし水着買ってプールに行こう! そうしよう!」
「え?! いや、拙者、そんな……」
そのまま大和君の肩を抱いて突き進む奏さん。
イケメンは苦笑いしつつ、奏さんと大和君の後を付いていく。
しかし……一瞬だけイケメンはこちらを振り返り……意味深な笑みを浮かべる。
「ニンニン……あのイケメン……私達に気が付いていた。デキる……」
いや、まあ……俺達は別に特殊部隊員でも、ましてや尾行の達人でも無い。
気づかれても不思議では無いと思うが……
「お兄さん! 追いかけるでござるよ、水着を買うとか言ってたから……私達も買ってプールに……」
「ぁ、これ使う?」
あの変な甘い水を掛けられた時に頂いたビキニをポケットから出す俺。
そして更に大家さんから頂いたチケットもある!
準備万端だ!
「ニンニン……お兄さん、ちょっと怖い」
「あぁ、俺も少しそう思ってたところだ」




