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お盆!

 お盆と言えば色々な言い伝えや迷信がある。

俺の婆さんはお盆になると白い蛇がやってきて、夢を食う代わりに米を置いていくという良く分からん迷信を教えてくれた。ちなみに婆さんの出身は岐阜の郡上という所。そこに行けば何か分かるかもしれないが、別に調べる気にもならない。どうせ適当な事を言っていたんだろうと思う事にする。婆さんはそんな人だったという事だ。迷信深いわけでもないのに、迷信を孫へいくつも聞かせるような……趣味人……とは違うかもしれないが、意味のない事をする事に意味を見出すような人間と言えば、なんとなくは分かってもらえるだろうか。


 そんなこんなで俺は今、海なし県である岐阜県から海あり県である福井県に来ている。何故に福井県かと言えば、大和君のお母様の実家がここにあるからだ。そう、本日はお盆、そしてお墓参り。前話はまだ七月だった筈なのに、次話でいきなり八月というのは多少強引すぎるとは思うが、ご愛敬という事で許してほしい。


「お兄様! 海でござるよ!」


大和君は京志郎さんの運転する車の窓に張り付き、海を確認するなり興奮気味だ。大和君は福井県には三歳まで居たらしい。そこから京志郎さんの仕事の都合で岐阜県へ引っ越してきたということだ。三歳の頃の記憶など無いに等しいだろうし、海なし県の人間にとって海は特別だ。俺も今、少し高揚感を覚えている。


「海は大きいでござるな。あの中にクジラよりも大きい恐竜のような生物が本当に居るなんて!」


いや、居ない、居ないぞ大和君。

いや、居るかもしれないが、今そんな生物はUMAとして扱われている。つまりは本当に居るかどうかすら分かっていない。海に恐竜が居るというのはロマンあふれる話だが、確定情報ではないぞ。どこのどいつだ、大和君にそんな事をすりこんだ奴は……


「そうだぞー、大和。 海には大きな恐竜が居るんだ。父さんは以前釣り上げて食われかけた事が……」


ってー! 犯人はアンタか! 京志郎!

というかそれを信じる大和君もどうかと思うが……。

まあ、俺も婆さんに色々と迷信を吹き込まれたからな……中には未だに無意識に信じてしまう物もある。幼い頃にすりこまれた情報というのは中々に抜けない物なのだろうか。


 ちなみにだが、今大和君は女装している。墓参りなのだから男バージョンで行くと思っていたのだが、どうやら大和君の女装は京志郎さんだけでは無く、亡くなったお母様の遺言? でもあるらしい。


『大和を可愛く育ててあげて!』


と京志郎さんに言い残したそうだ。可愛いイコール女装と直結させる京志郎さんのセンスが心配になってくるが、遺言? ならば仕方ない。


大和君のお母様よ……貴方の息子はとても可愛く育ってますよ……




 ※




 福井県の丹生郡越前町血ヶ平。ここに大和君のお母様の実家が。砂利の駐車場へと車を停め、荷物を降ろしだす俺と大和君。京志郎さんと俺の母親は先に挨拶をしてくると、家の中に入っていった。


「なんだか……思っていたより普通の家だな、大和君」


失礼極まりない事を言い放つ俺に、苦笑いを返してくる大和君。

荷物を担ぎながら、自分の母親の実家を仰ぎ見ると、どこか遠い目で……


「ここには……あまりいい思い出は無いでござるよ。だって……」


あぁ、まあ……亡くなったお母様の実家だしな。

小学生の頃にお母様を亡くした大和君にとっては、あまり来たくない所かもしれない。


「拙者……ここに来ると何故か寝小便してしまうでござるよ。昆虫の類も普通に家の中に入ってくるし……去年なんて、でかいムカデが枕元に……」


って、ナチュラルに嫌な思い出語りだした。

確かに枕元にムカデは嫌だな……岐阜にもムカデは普通に出るが……。


「お兄様も気をつけた方がいいでござるよ。ムカデに刺されると激しく痛いでござる」


「あぁ、俺も刺された事あるから分かるぞ。あれは痛いよな……」


ムカデに刺された痛みを共感する俺達。

そのまま荷物を木造住宅へと運び込もうと玄関へと。


するとそこには……


「あらあら、いらっしゃい」


パンダが二足歩行で挨拶してきた!

なんだこの人!! いや、人か?!


「ぁ、お兄様、こちらが拙者の婆様でござる。パンダを愛するあまり、パンダの着ぐるみを常に着ているユニークな御婆様でござるよ」


着ぐるみ……着ぐるみか。あぁ、良かった。

いや、良くはないだろ。こんなクソ暑い最中、着ぐるみなんて……。


「あらあらあらあら、大和ちゃん可愛くなって。巴も喜ぶわぁ」


もふもふのパンダの手で大和君の頭を撫でまわす御婆様。

撫でられている大和君も「にへぁ~」と顔を緩ませて気持ちよさそうだ。

ところで……巴というのは大和君の亡くなったお母様の事だろうか。


「それで御婆様。こちらのカッコイイ人が拙者の新しいお兄様でござる」


「ぁ、どうも……カッコイイ大和君のNewな兄、祥吾です」


大和君に紹介され、頭をさげつつ自己紹介する俺。

するとパンダは俺の顔をモフモフな手で包み込むと、顔を近づけてくる。どうやら中の御婆様が俺の顔をマジマジと見つめているようだ。


「フフゥ、まあ、合格! はいってヨシ!」


何がだ。というか不合格だったらどうなってたんだ。もしかしたら家の中に入れて貰えず、一晩を外で過ごすハメになっていたんだろうか。


「じゃあ御婆様、荷物を部屋に運び込むでござるよ。我が父は何処でござる?」


「あぁ、京志郎君なら仏間だと思うけども……荷物はいいから大和君も行っといで」


うむぅ、荷物は俺が運び込んでおくから。

大和君はお母様に挨拶しておいで!


「じゃあ行ってくるでござる……お兄様、腰気をつけるでござるよ」


そのまま大和君は仏間へ。

俺はパンダと二人きりにされ、ちょっとアレな空気に耐えれず、さっさと荷物を運ぶ事に。


「パンダ御婆様、荷物どこに置けばいいでしょうか」


「フフゥ。奥の和室が客間になってるからね。そこに運んでね」


了解ッス、と荷物を抱えると、パンダ御婆様は一番重いキャリーケースを片手で肩に担ぎあげた!

マジか! 凄い力持ち……っていうか俺が持つから! 大丈夫でござるよ!


「大丈夫大丈夫。こう見えてパンダ婆さんは旅館で働いてるから。この程度の荷物持ち慣れたもんよ」


なんとも元気な御婆様だ。というか本当に御婆様なのだろうか。えらくパワフルだし足取りもしっかりしている。なんなら俺よりも腕力ありそうだ。いかん、こんな事では……体鍛えるか。


「ところで御婆様、その着ぐるみ……いつも着ているのですか……?」


「そうだねぇ。風呂とトイレは着てないかな……」


いや、それいつも着てるって事じゃないか。

もしかして寝る時も? いやいや、さすがに無いだろ。

布団の中に潜るパンダ御婆様……シュールすぎる。


 

 パンダ御婆様に案内されて奥の和室へと赴くと、そこはまるで旅館の一室のように綺麗にされていた。畳の香りが素晴らしい。こんなザ・和室は久しぶりだ。俺は日本人だというのに。


「じゃあ麦茶もってくるね。仏間はそっちの襖の奥だからね」


「あ、はい、ありがとうございます」


パンダ御婆様が去ると同時に、仏間へつながる襖が開かれる。

京志郎さんと俺の母親、大和君、そして御爺様が和室へと。


「おろ。その兄ちゃんが大和の新しい兄貴かぃ」


御爺様は普通の御爺様だ。俺はてっきりシロクマの着ぐるみでも着ているかと思ったが。


「なんだ、その残念そうな顔は……俺は婆さんみたいな趣味もってねえぞ」


「いえ……そういうわけでは……というかお邪魔してます。今日は御世話になります」


挨拶を済ませ、そのまましばらく談笑する俺達。

今年は暑いだの、いい魚が釣れるだの、隣のワンコがパンダ御婆様を見て興奮するだの。

なんとも……のどかだ。いい御爺様と御婆様で良かった。パンダはちょっと驚いたが。




 ※




 一時間程休憩し、俺達は大和君のお母様の墓参りへと。

どうやらお墓は家の裏手の路地を暫く歩き、少し丘になっているところにあるらしい。御爺様と御婆様は少し早いが、俺達が墓参りをしている間に夕食の支度をするという事だ。


「御婆様の料理は美味しいでござるよ。海の幸でござる」


大和君の様子は至って普通だ。まあ……そりゃそうか。俺がこんな言い方をしていいものか分からないが、大和君がお母様を亡くしてから十年以上経っているのだ。俺は少し心配し過ぎていたのかもしれない。それによく考えれば毎年墓参りに来てるわけだし……。


「むむっ……ちょっとトイレに行きたくなったでござる。お兄様! ついてきて欲しいでござる!」


「ん? 家に戻るのか? まあ、別にいいけど」


「いえ、近くに公園のトイレが……お父様とお母様は先に行っててほしいでござる」


そのまま大和君のお手洗いに付き合う事になった俺。

京志郎さんと母は先に向かい、俺は大和君について歩き……なんか凄い迷路みたいな細い道を曲がりまくる。やばい、これ、はぐれたら余裕で迷子になるわ。大和君から離れないようにしなければ……って


「……大和君?」


先程まで目の前に居た大和君が居ない!

マジか、どっか曲がったのか?! 

 急いで曲がり角を確認。大和君らしき、白いワンピースがチラっと先に見えた。


「や、大和君待っておくれ!」


白いワンピースを追いかけると、再び曲がり角を曲がる女性の姿が。

大和君は今女装している。十中八九あれは大和君だろう。

完全にはぐれる前に追いつかねば。ここで迷子になったら遭難してしまう!


「大和君……待って……」


ヤバい、俺本当に体鍛えた方がいいな。

息切れが半端ない。少し走っただけで脇腹が痛すぎる。

 こんな事では……砂浜で彼女を追いかける事すら出来ん! 

吐きそうな顔をしながら脇腹を抑える男が追いかけてきたら……違う意味で笑われる。苦笑いされてしまう!


「大和君……って」


 急いで大和君を追いかけ、曲がり角を曲がった先。

白いワンピースの後ろ姿が。よかった、大和君待っててくれたのか。


「はぁー、大和君待ってくれ……俺一人では迷子に……」


「……はい?」


振り返る女性。

そう、女性だ。この人は……女装ではない。確実に女性だ。だって……大和君は胸にまで詰め物はしてないんだから。


「あ、いや……す、すみません、人違いですっ!」


なんだ、このデジャブは。第一話で同じような経験をした気がする!

急いでこの場から離れよう! 恥ずかしいでござる!


「ちょっと待って、キミ」


すると女性は俺の服の袖を掴んでくる。

むむっ、まさか逆ナンか? 悪いが……俺には既に奏さんが居るでござるよ!

この間……自分から友達発言したけど。


「今……大和君って言ったけど……どういう関係?」


「へ? どういうって……大和君は俺の弟だけども」


「……大和の兄? そんな筈ないわ! 大和は一人っ子のはずよ!」


なんだコイツ。もしかして大和君の幼馴染という奴か?

しかし大和君は三歳の時に引っ越した筈だし……。

どうしよう、正直面倒臭いが、この女性は恐らく地元民だ。

大和君が向かっている公園のトイレ、もしくはお墓まで案内して貰えるかもしれない。


「えーっと……その……大和君の知り合いですか? 貴方」


女性は、そのワンピース姿を俺に見せつけるようにその場で一回転。

そういえば大和君も奏さんも俺にこうして見せつけてきたが……流行ってるのか? コレ。


「知り合いも何も……私は大和の、は……」


大和君の……歯? えらくストイックな……


「ち、ちが……大和の幼馴染的なアレよ! つまりは友達!」


幼馴染的なアレ、つまりは友達。

なんだろう、凄まじく怪しい。

逃げた方がいいだろうか。


「そうですか、お疲れ様でした」


そのまま立ち去ろうとする俺!

しかし再び女性に袖を掴まれ


「ちょっと待って! まだ話は終わって無いわ! 貴方が大和の兄ってどういう事?! そんな話聞いてないわ!」


「ええい、しつこい。つまりはアレだ。大和君のお母様が亡くなったのは知ってるのか?」


「え、えぇ、知ってるわ」


ならば話は早い。

俺はそのまま、その女性へと大和君の父である京志郎さんと、俺の母親が再婚した事を説明。

つまりは俺と大和君は義理の兄弟だと。

 女性はしばらく考え込み、チラッチラ俺の顔を見てくる。

何だ、何か言いたい事があるなら言えばいいのよ!


「京志郎さんが……再婚……ふむぅ、相手は君のお母様か。ちょっと見てみたいわ。案内なさい!」


案内してほしいのは俺のほうなんだが……。

まあいい、案内させつつ、案内しようではないか。


「じゃあこの辺りの公園のトイレって何処か知ってるか? 俺は初めてなんだ、この町」


「公園のトイレ? あぁ、こっちよ。きなさい!」





 ※





 五分ほど迷路のような細道を歩き、小さな公園へとたどり着く。

むむ、ここか。このトイレに大和君が……。さて、女子トイレと男子トイレ、大和君はどちらに入ったのだろうか。普通に考えれば男子トイレだが……。


「そういえば……女性よ。アンタの名前は?」


「何よ、女性って……。私の名前は巴よ。巴姉さんと呼ぶがいいわ!」


巴? さっきパンダ御婆様が言っていた人は……大和君の亡くなったお母様ではなく、この人の事だったのか。

女装した可愛い大和君を見れば喜ぶとか言っていたが……まさかこの人も、奏さんのように俺と大和君の絡みを見て鼻血を垂らす部類の人だろうか。


「巴姉さんか。俺は祥吾だ。んで悪いが女子トイレを見てきてくれ。俺は男子トイレを見てくる」


「……はあ? なんで女子トイレまで確認する必要あるのよ。大和は男の子よ」


「いいから、早く」


なんでやねん……とブツブツいいながら巴姉さんは女子トイレを確認。

俺も男子トイレを確認するが、大和君は居ない。


「女子トレイには誰にも居なかったわよ。何なのよ、まったく」


「居ないならいいんだ。ぁ、というか携帯で確認すればいいのか……」


携帯を出し、大和君へとTEL。

すぐに大和君は電話に出てくれる。


『お兄様! 何処に居るでござるか! 迷子でござるか?! いい歳して迷子でござるか?!』


「なんで二回も言った。というかその通りだ。大和君に置いて行かれて泣きそうだ。ところで今どこだ?」


『今お兄様を探してるでござるよ! どこでござる!』


「今は……公園のトイレの前だけど……実は地元民で大和君の幼馴染という人に会ってな。お墓まで案内してくれるそうだから、大和君はそのままお墓に向かってくれ」


『幼馴染? 誰でござるか』


誰って……自分の幼馴染も忘れたのか?


「ほら、ともえはぶぅぅう!」


突然後ろから抱き着き、俺の口と鼻を塞いでくる巴姉さん!

ちょ、何をする! なんか柔らかいのが背中に当たってる!


『お兄様? どうしたでござる』


「い、いや、なんでも……とりあえずお墓で会おう、俺は大丈夫だから」


そのまま電話を切り、後ろから抱き着いてくる巴姉さんを剥がす俺。

なんか当たってるから離れよ!


「何よ、男の子のくせに嬉しく無いの?」


「嬉しいわ。だが俺には狙ってる人が居るから困るのよ。というか何故に口と鼻を塞いだ」


「それは……まあ、大和をびっくりさせようと……ここで久しぶりに再会したってロマンチックじゃないし!」


なんか言い訳くさい。

もしかして大和君と喧嘩でもしたのだろうか。それで顔を合わせづらいとか……。


「まあいい、それより巴姉さんよ。次はお墓だ。そこに俺の家族が居る」


「お墓ね。了解。ちょっと坂昇るわよ」


構わぬ。



 

 ※




 のどかな町の風景を見ながらお墓に向かう俺と巴姉さん。

むむ、駄菓子屋みたいなお店がある! ちょっとラムネ飲もうぜ!


「別にいいけど……そんなにテンション上げて……子供っぽいわね、祥吾」


「駄菓子屋なんて今はもう見かけないだろ。昔は家の近くにあったけどなぁ……」


ラムネを二本購入し、一本を巴姉さんへ。

むむ、このビー玉で栓してあるの懐かしい! 子供の頃、このビー玉が欲しくて……ビン破壊したっけ。駄菓子屋の爺さんに叱られたが。


「ちょっと、栓開けてよ。私コレ開けれないのよ」


先に開栓してゴクゴク飲んでる俺へと要請してくる巴姉さん。

むむ、こんなのも開けれないとは。なげかわしい! これはこう……ポンっとあけるのよ!


「ポンって……作者の語彙力が心配になってきたわ。大丈夫なのかしら」


「大丈夫だ。そんな事より暑いな……温度、四十度は越えてるんじゃないか?」


「そんなにないわ。そこに温度計あるでしょ」


駄菓子屋の壁の温度計を確認。三十七度。マジか、俺の体温よりも高い。


「熱中症になってしまう……ラムネで水分補給だ」


「ラムネで水分補給できるのかしら……炭酸だし……」


文句垂れながらも一滴残らず飲み干す巴姉さん。

さて、水分補給も済ました所だしお墓に向かうぞよ。


「お墓ってあとどのくらいだ?」


「もうすぐそこよ。そこの坂昇ったらもう見えてくるわ」


ふむぅ。ならば行こうぞ。

 そのまま俺と巴姉さんは坂を上り始める。

後ろを振り返れば青い海が。思わず立ち止まり、深呼吸しながら風景を楽しむ俺。


「海はいいな。広いし青いし広いし」


「……祥吾は何処から来たの? 海なし県?」


「うむぅ、岐阜県だ。だから海を見るとテンション上がる」


車の中では大人ぶっていたが。

実は大和君と「海だぁー!」と踊りたかったが。

 

「ほら、さっさと行くわよ。お墓はこのすぐ上よ」


「おいっす」


 その後、坂を上りきるとすぐに墓地が見えてくる。

丘の上、まるで海を見下ろすかのようにお墓が並んで建てられていた。

さて、俺の家族は何処に……。


「祥吾……あそこじゃない? 君の家族」


「うん? あぁ、ホントだ。よくわかったな」


まあ、他に人も少ないしな。家族連れで来ている人なんてそんなに居ないし。

俺の家族、母親に京志郎さんに大和君は、お墓周りを掃除しながら談笑していた。内容までは聞き取れない。大和君は丁寧に墓石をタオルで磨き、母親は周りの雑草をむしり、京志郎さんは線香の準備をしているようだ。


「……あの女の人が君のお母さん? 綺麗な人だね」


「そうか? ちなみにあのワンピースの子が大和だぞ」


「……え?!」


何処からか双眼鏡を取り出す巴姉さん。

いや、ホントにどっから取り出した。スカートの中か?


「萌え萌え……きゅんきゅん……大和ったら……あんな可愛くなっちゃって……私にソックリじゃない!」


「あー……まあ、確かに……どこなく似てる雰囲気はあるな」


目元とか。


「京志郎さんは……ちょっと痩せたわね。ちゃんと食べてるのかしら」


まあ、食べてるとは思うが。

うちの母親は性格は少し変だが、手料理の腕はそこそこだ。


「……まあ、元気にやってるみたいね、じゃあ私帰るわ」


「あ? 会っていかないのか? っていうかその為に来たんだろうが」


「いいわよ別に……ぁ、じゃあ伝言頼める? 健康第一って」


なんだ、その伝言は。

もっとマトモなのを寄こせ……って、アレ?


「巴姉さん? おーい」


何処行きやがった。

一瞬で姿をくらますとは……まさか瞬間移動でも使えるのだろうか。


「まあ……いいか。またどっかで会うような気がする……」





 ※





 家族でお墓参りをし、大和君のお母様の実家へと帰る頃には、日は既に傾き始めていた。

大和君はその夕日を見て綺麗だと喜ぶが、俺は正直……そんな気にはなれない。


何故かと言えば……墓石だ。

大和君のお母様の墓石を見た時、俺は思わず首を傾げた。

墓石に彫られた名前を見て。


『……大和君、大和君のお母様の名前、巴……さん?』


『そうでござるよ。言ってなかったでござるか?』


そう、墓石にははっきりと巴という名前が彫ってあった。

俺を墓まで案内してくれた女性も巴と名乗っていた。


これは偶然か?


良く思いだしてみれば、大和君と巴姉さんは……似ているかもしれない。

いや、そっくりだ。女装した大和君は……巴姉さんと瓜二つと言ってもいい。


(そんな馬鹿な……)


これは俺の勝手な妄想だが……もしかしたら……先ほどまで俺と会話していたあの女性、巴姉さんは……


 そうこう考えている内に、大和君のお母様の実家へと帰ってくる。

そうだ、簡単に確かめれる方法があるじゃないか……。


(仏壇……)


そこには巴さんの写真がある筈。

それを見れば……一目で分かる筈だ。巴姉さんが……大和君のお母様かどうかという事を。


 我ながら極めて非現実的だとも思ったが、墓参りから帰るなり仏間へと赴く。

仏壇の前に正座し、線香をたてつつ手を合わせる。

そして……そこに立てられた写真へと……俺は目を向けた。


 次の瞬間、俺の意識は真っ白に。


そしていつか見た夢の場面。

白い病室で、ベットに寝ながら小説らしき物を読む一人の女性の横に……俺は座っていた。


「……伝言、伝えてくれた?」


小説を閉じ、俺へと話しかけてくる女性。

巴姉さんだ。あの時みた夢の女性は……大和君のお母様だったのか。


「まだ……伝えてないです……」


俺は正直にそう告げると、巴姉さんは持っていた小説をそっと持ち上げ……


そのまま小説の角で俺のオデコを殴ってきた。


「痛い!」


「痛いじゃないわ! 伝言! 伝える言と書いて伝言! 伝えなきゃ意味ないでしょうが!」


「んな事言われても! 正直びっくりだわ! 巴姉さんが……大和君のお母様だったなんて!」


俺はオデコを抑えつつ抗議。

巴姉さんは溜息を吐きつつ、体を起こし窓の外を眺め……


「大和可愛かったわ。貴方のお母様も可愛い人ね。嫉妬しちゃうわ」


「それはどうか大目に見て欲しいッス……っていうのは酷いですか……?」


「別に酷くないわよ。京志郎さん一人だと……毎日の食卓が魚になりそうだし……安心したわ」


マジか。京志郎さん、っぱねえ。


「それで? 祥吾……貴方、大和とBL展開とかあるの?」


「ねえよ。まったくどいつもこいつも……確かに大和君は可愛いが、それは弟としてだ」


「え?! それって……弟じゃなかったら手だしてたって事?!」


「俺はお付き合いするなら女の子の方がいい。それより巴姉さん、なんで俺にだけ……大和君や京志郎さんともこうして会えばいいじゃないか」


巴姉さんは微笑みつつ、先ほど俺を殴ってきた小説を差し出してくる。

これは……ちょっと前に流行ったホラー物の小説だ。ホラーというと語弊があるかもしれないが、妻を亡くした夫が再婚。しかしその新婚夫婦の枕元に前の亡くなった奥さん……つまりは幽霊が現れ、微妙な三角関係を築くという物。


「私は嫌よ、そんな図々しい幽霊になるのは……。でもチラっと……見ておきたいじゃない」


「まあ、はい……そうっすね……」


「でも大和……あんなに可愛くなっちゃうなんて……! 子供はいつ産むのかしら……」


いや、大和君は生物学的には男の子だし……。

それに好きな女の子だっているんだぞ。


「そうなの?! 誰よ、その幸せ者は!」


「忍者です」


「……に、にん? いや、まあ……いいわ。そろそろ私も成仏しないとアレだし……」


むむ、やっぱり成仏とかあるん?


「割と事務的よ、あの世って。成仏の仕方にも色々あって……輪廻転生するにも色々規則が……」


「いや、もうイイッス。それ聞いちゃいけない気がするんで」


「あ、そう? じゃあ伝言、ちゃんと伝えておいてね」


おい、待て。

伝言って、本当に健康第一だけで良かったのか?


もっと他に何かないのか?



「……じゃあ、まあ……こう言っといて」


白い病室が光に包まれていく。

だんだんと……俺の視界がぼやけて……


その伝言を聞く頃には、完全に世界は真っ白に染まっていた。



 ※




 夢のような体験から目を覚ました時、俺は布団の上に寝かされていた。

まず目に飛び込んできたのは和室の天井。そしてパンダ。


「あらあらあら、大丈夫? 熱中症かもしれないって、救急車呼ぼうとした所だけど……」


「いや、全然大丈夫ッス。あの、俺どのくらい寝てました……?」


「どのくらいって……ほんの数分だと思うけど……あぁ、御爺さんー、起きられたよー」


布団から体を起こすが、体に異常はない。

むしろ調子がいいくらいだ。お腹空いたでござる。


「おおおおぃぃ! 大丈夫かぁ!」


御爺様は凄い慌てながら固定電話を抱え、今にも救急車を呼ぼうとしていた。

しかしそれは京志郎さんと大和君も同じで、二人とも携帯を片手に……


「うわぁあぁあぁ! 間違えて時報に……! 救急車って何番でござる! お父様!」


「た、たしか九だ! 九九九!?」


どこの銀河鉄道だ。というか落ち着きたまえ!

そして君達に伝える事がある!


「な、なんでござる? お兄様……」


「あぁ、信じて貰えないかもしれないが……」



 そして俺は語り始める。

つい先ほどまで、巴姉さんと会話し、会っていた事を。


そして……伝える言葉を。


巴姉さんの、伝言を。




『新しい家族と健やかにね。大好きだよ』






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