その9
漣博士は、のちに述懐する。恋窓リストが公開された後でも村側狼側ともに十分勝ち目はありました、と。村の設定にも展開にも一切瑕疵はありませんでした、と。
たしかに村側と狼側が団結して蝙蝠を吊る方向へ向かえば、どちらにも勝ち目はあった。だが、それは机上の空論にすぎない。なぜなら狼側は『襲撃』という、村側にはない武器を持っているからだ。
仮に『協力して蝙蝠をつぶそう。襲撃は蝙蝠に使ってね』という契約が結ばれたとして、そんなものいつ破られるかわからない。となれば、村側はどうしたって狼側の数を減らしておく必要がある。そして村側が攻撃してくる以上は狼側も対抗せざるを得ないのだ。
狼「その殲鬼吊れよ! いつまで生かしとくんだよ!」
村「そんな余裕はありません。狼が襲撃してください」
狼「こっちもそんな余裕ねえよ!」
殲鬼処刑後
狼「その黒幕吊れよ! いつまで生かしとくんだよ!」
村「そんな余裕はありません。狼が襲撃してください」
狼「こっちもそんな余裕ねえよ!」
黒幕処刑後
狼「そのホットコーラ吊れよ! いつまで生かしとくんだよ!」
村「そんな余裕はありません。狼が襲撃してください」
狼「こっちもそんな余裕ねえよ!」
という感じで、共通の敵が見つかるたびに処理を押しつけあう村側と狼側だったのだ。こんな調子で手を取りあうなど、どだい無理な話である。どちらの言い分も正しいので、歩み寄れるはずもない。
狼側はいざとなれば裏切り襲撃もできるが、村側はそれもできないので理論的に手詰まりだったのだ。そして村側が詰んでいるため狼にも交渉の糸口がなく、連鎖的に詰んでいたのである。
いやぁ、うーん……こういう展開になるのは事前に予想できたんじゃないですかね、漣博士……。素人じゃないんだから……。
しかし村側にも、狼との共存路線を望む前条みたいなのはいた。彼は自分が死にたくないからという理由だけで『私を襲撃しないなら狼と票をあわせてもいいですよ』などと言いだして、村側の交渉窓口である紗紋を大いに悩ませたり、伯爵からは『敵の味方』などと揶揄されたりもしたが……彼の行動にも一理あったのは間違いない。
事実、前条は『話のわかるヤツだ』と狂人たちからは大いに歓迎されていた。『敵に歓迎されてどうすんだ』と思うかもしれないが、蝙蝠を殲滅するにはその路線しかなかったのだ。まぁその路線がうまくいったとしても最終的に狼が裏切って村人を殺すので、いずれにせよ村側の敗北は決まっていたが……。
そんな『敵の味方』である前条だったが、賢者の能力は厄介なので早々に襲撃されたうえに死体を乗っ取られてしまうのだった。
中盤以降、狼側は暗号による死体スナッチ作戦を進めていた。復号鍵を村外でやりとりするわけにもいかないので誰にでも内容が伝わってしまう『なんちゃって暗号』な代物ではあったが、ログをしっかり読まない者に対してはそれなりの効果があったのだ。この暗号のおかげで狼側は、ブタ、ルーバ、小人白夜、デブマーン、前条と死体スナッチに成功していた。
しかし繰り返すが、他人のふりをして最後までバレずにいるというのは容易なことではない。とりわけ毎日のように誰かと入れ替えられていたハイカラは悲惨だった。狂人チームも最初のうちは配慮して入れ替えていたが、最後のほうは『今日もハイカラ入れ替えか。大変そうだな、ははは』などと完全に他人事モードで、作業的に入れ替えるだけになっていたのだ。
とくにデブマーンをスナッチしたときなどは即座に見抜かれて、『こいつ絶対にデブマーンじゃないだろ。体重何キロだよ、おまえ』『俺たちの愛したデブマーンを返せ! コーラを愛したデブマーンを返せ!』『よくも私のピザマーンを食ったわね!』などといった攻撃に始まり、最後には『ライバルズでレジェンドになったときのデッキを答えろ、ニセマーン』とか『冷蔵庫にストックしてあるコーラの画像うpしろよ、エセマーン』などの絶対に回答不能な攻撃をくらって撃沈。自らスナッチCOしてしまうハイカラなのであった。
入れ替えておいて何だが、正直わらえ……すまんかった。
だが思えば、ダイジェストで雑に殺されたデブマーンは哀れな男だった。これほど多様な役職が登場する村編成にもかかわらず、彼が引いたのは『狼男』という最弱職。村人なのに占い霊能判定で黒判定が出るという、素村人以下の役職だった。かつての恋人たちが廃墟と化した恋窓の話を持ち出すたびに『裏窓の話はやめてください! なにも窓がない子だっているんですよ!』と抗議する日々を送ってきたのだ。
そもそもピザマーン(デブマーン)には、通称カズマーンという立派な名前がある。それが何故ピザだのデブだのコーラだのと呼ばれることになってしまったのか……。
話は彼が学生だった頃にまでさかのぼる。当時まだ痩せていた好青年カズマーンは、ひょんなことから人狼というゲームを知ってしまい……よく知らんので省略するが……最終的に彼が流れついたのは、ゆーろの管理する人狼サーバーだったのだ。一般には『欧州』などと呼ばれているが、南アフリカやメキシコぐらい治安の悪い国である。
この国のアウトロー集団と交流するようになって、彼の人生は大きく変わってしまった。ならず者どもとの付き合いによるストレスを緩和するために品質の高い糖分を手放せなくなった彼は、毎日3リットル以上ものコーラを摂取する日々を送るようになり、体重は激増。見かねたアウトローたちが制止するのも聞かずコーラを飲み続け、現在のデブマーンへと進化したのであった。
これぞまさに、アンリミテッド・コーラ・ワークス。コーラを生み出すわけでもなくただ消費するだけなので、まったく意味のない能力だ。はよやせろ。
そんなデブーンの話はさておき。
ひたすらに死体スナッチをかさねることで、まだ狼側はどうにか戦えていた……かのように見えた。紗紋や幼女ラム、さたねなどの暗号解読班によって死体スナッチの経路は絞られてはいたものの、『コイツとアイツが狼だ!』と断言できる者はいなかったのだ。
だが、運命の21日目……すでに終わっていた村に完全なる終止符を打つべく、エロ漫画家八尋ことアンポンテが最終兵器をひっさげて降臨する! その兵器の名は、ねこレクイエム! すべての死者の魂を救済すると同時に狼側にも村側にもリーサルとなる、裁きの鉄槌が振り下ろされたのだ!
次回、最終章。
冬コミの原稿を投げ捨てて村に降臨したアンポンテ。その正体は『獏』だった。最初から全ての霊界ログが見えていた彼にとって、伯爵の蘇生も、ゆーろの核攻撃も、まったく取るに足りないできごとだった。言ってしまえば、彼の存在自体が核兵器そのものだったのだ。
ゆーろのように村を破壊することを望まず沈黙を守っていたアンポンテが、突然覚醒した理由とは!? ねこレクイエムの目的とは!? はたして彼の目論見は成功するのか!?
だが我々は知っている。彼が確率50%のダイス勝負に2回連続で負けて、意気消沈しながら原稿に戻ることを……。ちなみに原稿はまだ上がっていない。大丈夫か、この駄猫。