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その3


 算数できない園児たちの揺りかごであった恋窓は盛大に爆発四散し、修復の術もなく空中分解。つい先刻まで共に勝利をめざしていた仲間たちは離散して、血で血を洗う敵同士となった。

 中には『もしかするとこっちが計算間違いでアルマンはアイドルなのでは?』などと砕け散った希望のカケラを掻き集めようとするロマンチストもいたが、後日アルマンはきっちり処刑されてリア充であることが証明されたので、この世には夢も希望も慈悲もゴッドもブッダもない。ノーマーシー。(田代まさしは死んだ)


 一連の恋窓騒動の結果として、村には禁断の書とも呼べる恋窓リストだけが残されることとなった。のちにリストが公然とバラまかれた際に漣博士以外の全員が実感したことだが、すべての恋人が同一の窓を共有するというのはバランスsazanamiすぎたのだ。

 よく考えてみろ。そんな設定だったら誰でも元の陣営を捨てるに決まってんだろ。だがそれでも博士は頑なに初期設定の誤りを認めず『村の設定に一切瑕疵はありませんでした』と言い張り続けるのだった。もはやbot博士。


 5日目。そんなマッポーの世に何故か蘇らされてしまったのは、かのエージェント伯爵であった。キューピッドの矢を撃ちこまれたと同時に狼に食われて初日に死んだ彼は恋窓での一部始終を見届けていたうえ、霊界に落ちたプレイヤーの話を聞くこともできたため、まぎれもなく村で最大の情報を握る男と言えた。

 普通の人狼ゲームでは有り得ないことだが、ねじ天では死者が生き返るなど日常茶飯事。それを忘れて、死んだとたんに口を滑らす者は少なくない。霊界は情報の溜まり場なのだ。


 だが皮肉なことに、その情報ゆえ伯爵は自分が絶対に勝てないことを悟っていた。死亡時のシステムメッセージから恋人であることが皆に知られ、一度死んだおかげで四天王の資格を剥奪され、『死は労働を辞める理由にはならない』というファイレクシア流蘇生術……というか冗談半分で生き返らされてしまった伯爵。

 しかも自分が死んでる間に恋窓の仲間たちは勝手に計算ミスしてバカみたいに盛り上がった末に爆発崩壊。生き返った彼を迎えたのは、ランドオブデッドさながらに荒廃した恋窓であった。そこには失われた恋を求めてゾンビのごとく徘徊する、シャモンや幼女ラムの姿が……。

 もはや誰の目にも伯爵の勝算はなく、なにより彼自身こそがその現実を最も理解していた。それでも彼は決して折れることなく、霊界帰りの自称ウルトラ占い師として絶望的な闘争に挑むのであった。……そう、いままで数々の奇跡と笑いと荒らしを見せてきた彼ならば、この絶望インポッシブルなミッションも達成できるに違いないかもしれないけど無理だわこんなん!


 実際どう考えても無理ゲーなのだが、とはいえその時点における伯爵の情報量は脅威的だった。貴重な霊界情報と恋窓情報によって、サンドバッグのごとく殴られまくる狼たち。殺人鬼ブタに仲間を殺され続け、アリエルに襲撃を阻止される中での、伯爵による一方的なバイオレンスだ。

 とりわけ集中的に殴られたレイドールはストレスのせいか端末まで故障し、キーボードクラッシャーと化したのち入院するハメにまで陥る。おまけにこのあと奇術師つるぎの能力であっちこっち中身を入れ替えられるため、なおストレスが溜まったことだろう。入院するのも無理はない。そんな状況にもかかわらず男爵に酒を送ったレイドールに神の祝福を。


 そんな感じで、初日に死んだ鬱憤を晴らすべく伯爵は全方位に向けて無差別に殴りまわっていった。彼にとっては自分以外すべて敵なので、目についた奴を片っ端からブン殴るという方針が立てられたのだ。通りすがりの市民をワケもなく金属バットで殴り倒して金品を奪い取るGTAの主人公みたいな輩である。

 いや訂正しよう。『彼にとっては自分以外すべて敵』と言ったが、漣博士だけは確定恋人なので一応味方だ。一応。『村のバランス狂ってんだろ! 認めろよアタマsazanami!』『村の設定に一切瑕疵はありませんでした』という醜い喧嘩を延々と一ヶ月半にも渡って繰り返す二人を味方とか仲間と呼べるのかとは思うが……。


「ああ、伯爵様。素敵……」

 諜報員イリーナは、辺境伯ルーヴェントの劇的な復活に胸を熱くさせていた。

 伯爵を慕うあまり、本来の任務を打ち捨ててまでも村に潜入したイリーナ。だが彼女は自覚していた。自分のような日陰者など伯爵様にはふさわしくない、と。こうして後ろから見守るだけで幸せなのだ……と。

「イリーナか、そんな所で何をしている?」

 低い声音で問いかけつつ、伯爵が振り返った。その足元には、切り刻まれた邪竜レイドールの死体。右手には血まみれの長剣が握られている。

「え……、その……」

 声をかけられた驚きと喜びで、イリーナは声を詰まらせた。いっそ逃げてしまえば楽になるのでは……と思うほど、心臓が高鳴っている。

「ふ……可愛い奴だ」

 剣を鞘に納めると、伯爵は灰色の髪を掻き揚げた。

 そのまま無造作に歩み寄り、イリーナの腰に手を回す。

「あ……っ」

 小さな声を上げた直後、イリーナは伯爵の胸に抱き寄せられていた。

 煙草の匂いと汗の臭い。血臭漂う空気が彼女の脳を痺れさせ、緩やかな日常感を破壊する。

「こうされるのが望みだったんだろう……?」

 一切の段階を踏まず、伯爵の手がイリーナの太腿を撫で上げてスカートの中へ入り込んだ。

 ビクンと体を震わせながら、その指先を歓迎するようにイリーナは腰をこすりつける。

「伯爵様ぁぁ……!」


 以上は全てプサンの妄想であって、なにかコピペを間違えたとかではない。

 このプサンなるプレイヤーは狂的なほどの伯爵ファンで、同村するたびに『伯爵様、抱いてぇぇーーッ』『伯爵様ァァ、私をメチャクチャにしてェーーッ!』などと連呼する重病人だ。変態ぞろいの人狼界でも、ここまで直球な変態は滅多にいない。わかりやすいのは良いことだ。相手が伯爵でなければ訴えられてもおかしくない。

 そんな犯罪者予備軍の……いや露見してないだけで既に何件もの犯行をかさねているに違いない……サイコストーカー野郎プサンは今回『黒幕』という大役を引いていたが、伯爵へのラブコール以外に目立つ言動はなかった。なにもCOしてないので、順当に行けば必ず吊られる位置だ。そして実際吊られたので、黒幕としては無能すぎた。せっかく配下にした伯爵には初日に死なれて四天王でなくなってしまうあたりなど、不運としか言いようがない。

 でも彼女は男爵に酒を送ったから許そう。(なにを?)



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