学園長登場
俺がどうやってこの場を切り抜けようか頭を悩ませていると、何処からか凛とした透き通ったような声が降ってきた。
「何をしている?」
皆が一斉にそちらに視線を向ける。
すると、女子達の人垣が割れたかと思うと、そこからゆっくりと一人の青年が前に進みでて来た。
「学園長……」
リズがボソリと呟く。
現れたのは、檸檬色の長い髪を腰まで伸ばし、ライムグリーンの瞳をした、純白のローブを羽織った学園長ーーマクベス=オーラントだった。
彼の出現により、周囲に水を打ったような静けさが広がる。
流石は学園長と言った所か。その存在感だけで、皆を圧倒するだけの威圧感があった。
そんな中でも、ルイだけは空気が読めないと言うか何と言うか……その学園長に対しても、傲慢な態度を崩さない。
「ちょうど良かった。学園長、あの男を今すぐに退学にするんだ」
そう言って、ルイは俺に向けて指を指す。
学園長はチラリと俺を見て、またルイを見た。
「何故だ?」
「何故って……この僕に楯突いたんだぞ?!然るべき処置があっても良いだろ?!」
ルイは、まるで当然だと言わんばかりに胸を張る。
こいつは、自分中心に世界が回ってると思ってるのだろうか。なんて利己主義な男なのだろう。
俺は人知れず溜め息を吐く。
けれど、学園長はそんなルイに対して、声を荒げるでもなく、変わらず静かな声音で語る。
「それを決めるのは、君ではなく私だ」
「んな?!」
「よって、ルイ=ユリウス=ロドリゲス、君には一週間のトイレ掃除を命じる」
「はあ?!何故僕がそんなことを!!」
学園長が発した言葉に、ルイは目を剥いて、納得がいかないと抗議する。
「最近の君の態度は目に余るものがある。これ以上は看過出来ない。よって、これで少しは反省してもらおう。それが嫌なら、いつでもこの学園を辞めてもらっても構わない」
「……………………」
ルイは、最早二の句が継げなかった。ポカンと口を開けたまま硬直する。
この学園は、世間への影響力が半端ない。
『インフィニティアカデミーを卒業した』と言う肩書きは、それだけでステータスになり、社会でもかなり優遇される立場になるのだ。
それ故に、例え資格者であっても、学園を卒業していないのであれば、貧しい生活を強いられるのは必然となる。
それが王族ともなれば、王位継承権は剥奪……例え無理に王位に就いたとしても、民衆はそれを認めないだろう。
それだけの力を、この学園は有しているのであった。
ルイは固く唇を噛んで、真っ赤な顔で体を震わせて悔しそうにしていた。
学園長は、もう一度俺の方をチラリと見たが、その彼が次に発した言葉に、今度は俺の方が絶句することになる。
「それに、だ。彼は、今年度の入試首席だよ。そんな子を、おいそれと辞めさせるわけには行かないだろ」
「………………は?」
その爆弾発言に、ここに居る生徒達全員が、一斉に俺を見遣る。
えっと……今何つった?入試首席?何それ?美味しいの?
そもそも俺、入試なんか受けてないし。それなのに、何で首席??意味が分からん。
俺は目をぱちくりさせて学園長を見ると、学園長が僅かに口角を上げてフッと笑う。
こんっの!!タヌキっ!!
ふっっっざけんなーーーーーー!!!!
俺は心の中で学園長に罵声を浴びせながら、キッと彼を睨み付ける。
けれど、そんな俺に対しても、学園長はどこ吹く風だった。
「話は以上だ。それから、エインくんは後で私の部屋に来なさい」
それだけを言い終わると、学園長はスタスタとこの場を離れて行く。
ルイは、学園長が居なくなったのを見届けると、俺を憎しみの篭った目で一瞥してから、早足で去っていってしまった。
何か初日から大変なことになってしまった。
何故こうなったか分からず、俺は頭を抱えずにはいられなかった。
周りも、いきなりの展開に着いていけないかのように呆然としていた。
そんな中、リズが躊躇いがちに、俺に話し掛けてくる。
「あ、あの…………そろそろ手を…………」
「……え?あ!すまない!」
リズの指摘に、俺は自分の手を見ると、未だにしっかりとリズの手を握っていた自分に気付き、慌てて手を離す。
リズは、小さな声で「いいえ」と言って顔を赤らめていた。
何ともバツが悪く、俺は頭を掻く。
そうしてると、王子達が一斉に俺の元に駆け寄って来て、口々に話し掛けてきた。
「いやー、君凄いね」
「うんうん。あんな真っ向からアイツに口答えするなんて、俺達以外では初めてじゃないかな?」
「あ、いや……俺はただ、我慢出来なかっただけで……」
「ふふ。謙遜しなくてもいいですわ。とても格好よかったですわよ?ね?リズさん」
「え?!あ、はい……その……どうもありがとう御座いました」
「いや、そんな……」
リズが俺に頭を下げる。
「お前も少しは彼を見習え!!」
バシンーー。
「っ?!ご、ごめんよ。姉さん」
クロードは、叩かれた背を擦りながら、シュンと肩を落とす。
王子達は、一般人の俺にとても気さくに話し掛けてくれた。俺の行動を讃えてくれる。
それが、嬉しいやら恥ずかしいやら気まずいやらで、何とも複雑な気分だった。
「それにしても……」
すると、アランが急に俺の顔をジッと見て、顎に手を当てて何かを考えるような顔をする。
「な、何?俺の顔に何か付いてるか?」
俺は声が上擦り、冷や汗が止まらなかった。
「いや……君、以前何処かで会ったことない?」
「っ?!」
「ああ、それは俺も思った」
アランの言葉に、アシルも同意する。
それを聞いた他の四人も、ジッと俺の顔を見詰めだす。
俺はいたたまれなくなり、皆から視線を外しながら、何とか話を切り替えようとする。
「き、気のせいでは?こんな顔なんて、何処にでもある顔出し?」
「んー……そうかな?」
だが、アランとアシルは、それでもまだ納得していないようだった。
首を傾げて、「うーん」と唸っていた。
俺は、このままではマズいと思い、何とかこの場を切り抜ける口実を考えて、あることを思い出す。
「あ!そう言えば俺、学園長に呼ばれてるんだった!わ、悪いけど、俺はこの辺で!!」
本当は、いっそのこと学園長の呼び出しなど無視しようかとも思ったが、一刻も早くこの場から逃げだしたかった俺は、この際“あいつ”の言葉に便乗させてもらうことにした。
少々癪ではあるが……。
俺はそう言うが早いか、そそくさと皆から逃げるように校舎へと向かうのであった。