表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

迷える幻獣

 俺は木の上で寝転がり、空を見上げていた。

 特に何をするでもなく、ボーッと雲の流れを眺める。この時間が何よりも好きだ。

 ここは、人里離れた森の奥にある。人は滅多に入って来ない。

 何故なら、この森は木が鬱蒼と生い茂っており、土地勘の無い者が安易に足を踏み入れたが最後、無事に森から抜け出すことは困難だからだ。

 それに、この森には凶暴な魔物(・・)が蠢きあっていた。

 そんな中に、自殺志願者でない限りは、おいそれと入ってこようとはしないだろう。

 俺はと言えば、少々込み入った事情により、こんな山奥に暮らしていたりする。


 俺は空から視線を外すと、自分の腹を見た。

 俺の腹の上では、三十センチメートル程の緑色をした竜が、すやすやと寝息を立てて寝ていた。

 俺はその姿を見て、自然と笑みが零れる。

 こいつは俺の相棒の【風月】と言う。

 俺と似た性格でマイペースではあるが、やる時はやってくれる、頼れる俺のバディだ。

 そんな風月の瞼がピクりと動き、ゆっくりと持ち上げられた。


「……エイン、女の子が魔物に襲われてるみたいだよ?」

「マジかよ……」


 こんな山奥に何の用かは知らないが、風月が(もたら)した情報に、俺の眉間に皺が寄る。

 とは言え、知ってしまった以上は見殺しには出来ず、俺は重たい腰を上げて木から飛び降りた。

 風月の先導の元、俺は襲われてると言う女の子の方角に駆けていくのであった。




 程なくして、風月が視線で合図を送ってきたので、俺はすかさず近くの木陰に身を隠し、前方にジッと目を凝らした。

 すると、前からやって来たのは、俺と同い年くらいの、十歳くらいの少女だった。

 金髪に、三つ編みのお下げ髪が左右に揺れている。

 白いシャツと赤のチェック柄のスカート、白のスニーカーはあちこち泥で汚れ、木の枝で引っ掛けたのか、服もスカートも所々破れていた。

 露出している肌も、擦り傷が幾つか見えるが、はっきり言って、山登りするには軽装過ぎるのではないかと俺は呆れてしまう。


 少女はそんなみすぼらしい姿となっても、必死に息せき切りながら全速力で走り続ける。

 けれど、どれだけ走って来たのか、最早限界寸前なのだろう。その足には危うさがあった。


「あ……」

「きゃっ!!」


 そして、案の定少女は、木の幹に足を取られて、前のめりに転倒してしまう。

 少女が転んだちょうどその時、少女の後ろの茂みががさりと揺れ、大きな影が現れる。

 そこから出てきたのは、下半身が馬で上半身が人間、鼻はブタのようで長く裂けた口をしており、大きな一つ目を真っ赤にギラギラさせた【ナックラヴィー】だった。

 裂けた口からは、フシューフシューと息をする度に、蒸気のようなものが吹き出ている。


「あ……あ……」


 少女は恐怖のあまり、声にならない声を出す。


「……どうする?オレが行こうか?」


 風月が見るに見かねて、こっそりと俺に聞いてくる。

 俺は少しだけ思案してから、首を横に振った。


「……いや、お前が出て行けば、色々と面倒なことになりそうだから駄目だ」

「ならどうする?」

「んー……そうだな~……」


 俺は顎に手を当てて考えながら、ナックラヴィーと少女を見遣る。

 ナックラヴィーは、ご馳走を目の前にして高揚してるのか、真っ赤な一つ目を獰猛にギラつかせていた。

 少女の体は小刻みに震え、あわや気絶寸前である。

 ナックラヴィーが、ゆっくりと一歩ずつ少女に歩み寄っていく。

 俺はそこで漸く顎から手を離すと、ポンと手を打った。


「よし。こいつにしよう!」


 俺はそう言うと、徐に片手を上空に上げて一言呟くように口を開いた。


「バーン、来い」


 俺がそう口にすると、唐突に空の空間がぐにゃりと歪み、甲高い(いなな)きとともに、一体の幻獣が現出する。


「ヒヒーン!!」


 体躯は黒く(たてがみ)は白く、金色の太く長い捻れた二本の角が特徴的な【バイコーン】だ。

 バーンは、すぐ様二本の角に雷を集めると、それを一気にナックラヴィーへと解き放った。


 ズドーンーー。


 瞬間、稲光が迸ったと思うと、その電光はナックラヴィーに直撃し、大きな轟音とともに土煙が舞う。

 そうして土煙が晴れた先には、巨大なクレーターと、そこには五センチメートル程の赤っぽい石がポツンと転がっているだけだった。


 魔物と呼ばれる者は、宿主を失った迷える幻獣達の成れの果てだ。

 本来なら、人が死の間際になると、教会などで適切な処置の元、幻獣は石に戻されるのが通例だ。

 だが、死は突然予告無くやってくるものである。

 唐突に宿主を失った幻獣は暴走し、野生化して魔物となる。

 そして、幻獣に『死』と言う概念は存在しない。ただ石に戻るだけなのだ。

 なので、それを生業にしたハンターと言う者も、この世界には居たりする。


 少女は、あまりに一瞬の出来事だった為、暫くは放心状態でその場から離れようとはしなかった。

 バーンは既に帰還していた。

 俺は心の中でバーンにお礼を言って、少女の次の行動をつぶさに観察していた。

 どれくらい時間が経ったかは分からないが、漸く少女が僅かに身じろぐと、いきなり声を発した。


「あ!あった!」


 そう言った少女がフラフラと立ち上がり、覚束無い足で木々の間に生えていた花に歩み寄る。


「これだ……間違いない。本で見たもの。【万年花】……これさえあれば、お母さんの病気もきっと……」


 少女は感極まり、目に涙を溜めて喜ぶ。

 成程。これで合点がいった。

 少女は、母親の病気を治す為にあの花がどうしても必要だったのだろう。

 万年花は、森の日の当たりにくい場所にしか生息していない。

 しかも、名前通りに万年かけて花を開く。

 その花弁は、薬の原料にもなると聞いたことがあった。

 けれど、確かに珍しい花ではあるが、医者なら当然持ってそうな代物である。

 例え持っていなくても、態々少女自らが取りに来る必要は無いと思われた。

 医者が発注すれば良いだけの話なのだから。

 そこまで考えて、俺はある一つの可能性に行き着く。

 少女が、それ程裕福でない家庭だと言うことに……。

 万年花のように、珍しいものを原料とするなら、値段もそれなりに高い筈だ。

 少女はそのお金を払うことが出来なかった。

 なら、自分で原料を調達して医者に渡せば、もしかしたら格安で調合して貰うことも可能かもしれない。

 けれど、そこには一つの懸念があった。

 俺がそこまで考えていると、少女はいそいそと花を摘み、足早に元来た道へと戻って行ってしまった。


「……風月。あの子が無事に下山するまで、影からあの子を守ってあげてくれる?」

「了解」


 風月が俺の頼みを快く引き受けてくれると、瞬く間に飛び去って行く。

 俺はそれを見届けてから、ゆっくりとナックラヴィーの石に近付き、それを拾い上げた。


「相当急いでたんだろうな。これを売れば、かなりの額になるんだが……」


 俺は軽く溜め息を吐く。

 教えてあげたかったが、俺は今はまだ人前に姿を現すことは出来ないのだ。

 それが、今は亡き“じいちゃん”との約束だから……。


「けど、もうすぐだ……後二年もすれば、俺はこの山を降りる」


 俺は山々をざっと見渡す。

 寂しくないと言えば嘘になるが、楽しみである気持ちも事実だ。

 物心ついた時からこの山にじいちゃんと一緒に暮らしていたが、じいちゃんから一般教養はそれなりに教えて貰った。

 だから不安はない。

 俺はもう一度ナックラヴィーの石に視線を戻す。


「お前は、もう少し俺の中で“眠って”いろ」


 まるで俺の言葉に呼応するかのように、石が仄かに発光すると、スっと跡形もなく消える。

 そうして、俺は我が家へと帰還するのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ