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蛾 ~その魅力は蝶にも似ている~

鉄板の外階段をピンヒールで上る音が辺りに響き渡る。古い雑居ビルの3階に近づくとリズミカルだった足音に間が少し空き、テンポ遅れでカツンカツンと響く音を、ドアの内側で待ち構えて立っていた小太りの中年の男は、ドアノブに手をかけ外の足音に耳を傾けていた。

 カツン………カツン………カツ………。足音がドアの前で止まると、小太りの男はガチャリと鍵を開け、ドアを開けた。

「キャッ!!」

「史子さん、お疲れ様です!」

「ちょっと、いきなり開けないでよ! 驚くじゃない。それに、サツだったらどうするのよ? 河原、もう少し慎重になりなよね?」

「すみません………。あ、金田さんがお待ちです」

「そ。あ、これ、何処かにかけておいて」

 史子は深くかぶっていた大きいつばの帽子を脱ぐと、それを河原に手渡した。ボディラインが浮いて見えるベージュのワンピースに、白いカーディガンを肩にかけ、足元には10㎝以上あるピンヒールのサンダルを履いていた。黒く長い髪と、すらりとした史子の後姿を目で追い、河原は史子の形のいいヒップに目が釘づけになっていた。

「おい! エロい目で見てんな! 金田さんに殴られるぞ」

 河原の様子を見ていた小野が近づき、注意を投げかけていた。

「すみません。けど、いい女っすよね。30歳で未熟でも熟れ過ぎでもない身体。あんな女と一度ヤッて見たいっす」

「お前は、ヤル事しか頭ねーのかよ?」

 呆れ、細長いクールな目を更に冷やかにし、小野は河原を見て言った。

「小野さんは、元々ホストで女に不自由しないだろうから、そんな欲求ないんっすよね? 俺なんか、金払ってでもしなきゃ楽しめないし、フツーに女連れ歩けるようになりたいっすよ」

「女だって金かかるぞ。やれ、誕生日プレゼントだ、クリスマスプレゼントだ。めんどくさい奴は、付き合って1か月記念とか定期的にやるんだ。んな恒例行事してるくらいなら、じーさん、ばーさん騙して金稼ぐ。暇つぶしだってな、時間と金なんだよ。無駄なことはしたくねー」

「そんなぁ………」

「さて。次の仕事の作戦会議するから、昼飯行くぞ」

「え? 小野さん、ここでしないんすか?」

 首を傾げ、汗と皮膚の油が混じってかけていたメガネが少しずれていたのを、指で押し上げ、河原は小野を見た。

「バカ! 少し、きぃ遣えよ」

 金田と史子のいる奥の部屋に顔を動かし、意味深にニヤリと笑みを浮かべた。

「………あ、あぁ。お二人、お楽しみ中っすね?」

「少し、察しろ。さ、行くぞ」

「はい」

 部屋から出てきた二人は、外階段をタンタンと音を立てて、鉄板の階段を下りて行った。それを、対面のビルにある物陰から牧と長谷川が互いに距離を空けて見張っていた。

「部下が二人外出しました。女と主犯の男は部屋にいる様子です」

 無線で長谷川が近くで待機している他の仲間たちに知らせ、各々が応答していた。

「これから、私と長谷川は部下の二人を尾行します」

「了解。残りはビルを包囲して待機」

 横山の声が聞こえ、牧は了解と応答し長谷川と二人の後を追った。

 雑居ビルの立ち並ぶ街並みを歩き、人が多く見失わないよう牧達は二人の男を追っていた。

「それにしても、たった4人で他はあの闇サイトで雑用になる人材をかき集めてアルバイトさせていたんですね」

「えぇ。でも、サイトの発信元はあのビルではありませんね。彼らは、あのサイトをうまく利用しているだけのようですね」

「それにしても、そのアルバイトした奴らはあの闇サイト経由でこの詐欺に関わって行方不明となっているのは、あいつらが関係しているんでしょうかね? 口封じとか」

「それらしい遺体は、発見されていませんがね」

「あ、牧さんあいつらあの中華料理屋に入りましたよ。どうします?」

 二人は、50m先の赤い暖簾のかかった小さな中華料理屋に入って行った。すると、牧はズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと、誰かに電話をかけていた。

「もしもし、安さん? そうです。えぇ。よろしく頼みますね」

 手短に電話を切ると、牧はスマートフォンをポケットにしまいその場で立ち止まっていた。

「牧さん? 追いかけないんですか?」

「えぇ。協力者に託しましたから」

 牧は一人の男を見つけると、その男を視線で追っていた。すると、それに気が付いた長谷川もその男を見つけた。70代くらいの高齢で、手には競馬新聞を持ち、イヤフォンを聞きながら、実況を聞いている様子の男が、二人が入って行った中華料理店に入って行った。

「まさか、あの人ですか?」

「えぇ。安さんは、この界隈では情報屋なんですよ」

「そうなんですか。一体、何者なんですか? 元刑事とかですか?」

「いいえ。元、受刑者です。若いころ、私や横山に散々手を焼かせたんです」

「あの人がですか?」

「えぇ。元は、スリや自宅に入って窃盗したりして、荒稼ぎしてました」

「そうなんですか………けど、そんな奴信用していいんですか? 俺、行ってきますよ?」

 長谷川は不安げに、中華料理屋の赤い暖簾を見ていた。

「全くゼロではないですがね。足は洗い、更生したと思うので依頼しています。それに、私達があの二人に顔を覚えられても困ります。私達は雲隠れしながら、奴らを見張っていましょう」

 30分も経たないうちに、二人は店から出てきた。すると、今度はさらに近所のパチンコ店に入るのを見送ると、安さんは牧の元へ現れ、耳にかけていたラジオ付のレコーダーを手渡した。

「ありがとう。安さん、助かったよ」

「大したことじゃねぇよ。パチンコ屋までは、ついていけねぇ。あんな、やかましい中、録音しても無意味だろ?」

「えぇ。後は、私達が張ります。また、何かの時は、頼みますね」

「朝飯前よ。牧ちゃんと横山ちゃんの頼みなら、ひと肌でもふた肌でも」

 ニタリと笑んだ安さんは、煙草のヤニで黄色く色づいた並びの悪い歯を見せ去って行った。

「長谷川は、これを待機組に渡して来てください」

 牧は、安さんから受け取ったレコーダーを長谷川に手渡した。すると、ズボンのポケットでスマートフォンがバイブしていることに気が付き、それを手に取ると画面を確認していた。着信メールは、鑑識からだった。牧は、その内容を確認すると瞼を閉じ、憤る怒りをできるだけ沸騰させないよう、気を沈めていた。

『鑑識結果。牧さんから預かった人形からは、一切指紋は出てきませんでした。また、送り主の住所や施設は存在しなかったですが、発送元は山梨県のとある集落のヤマニストアーと言う商店でした』

 “あの女も、山梨に実家があったはず………まさか、本当にあの女が明子に? だとしたら、明子とどうして繋がりがあるんだ?”

「おい、牧、どうかしたのか?」

 耳にかけていた無線から、横山の声が聞こえ牧は我に返った。

「いや。悪い。今、鑑識の結果が来た。やっぱり、何も指紋が出なかった。しかし、山梨からの発送だった」

「そうか………牧の中では、あの事件はまだ終わっちゃいないだろうが、今は目の前の仕事に集中してくれな」

「あぁ。そうだな」

 牧は、横山にそう言われパチンコ店の出入り口に視線を向けた。しかし、頭の片隅では明子と自分の不可解な現状と、阿久津 かほを漂わす存在の浮上が膨らみ、胸の中がざわついて落ち着かない気持ちで一杯だった。


ちょっと前進。そんな内容の回になりました。

サブタイトルにはかれこれ、虫と更なるタイトルが。その回の雰囲気やイメージを表してみてます。今回は、史子をイメージ。


ここまでご覧くださいまして、ありがとうございました。

まだまだお話が続きます。どうぞよろしくお願いいたします。

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