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蜩 ~混乱と執念~

「牧さんが昼飯外食なんて、珍しいですね?」

 牧の部下である同じ刑事の長谷川はせがわ あきらは、目を丸くして驚いてみせた。

「奥さん、具合でも悪いんですか?」

 定食屋の暖簾を二人でくぐり、席に着くと心配げな趣で長谷川は尋ねた。

「いらっしゃい。なんにします?」

 冷えた麦茶の入った湯呑を二人に差し出しながら、中年女性の定員が尋ねた。

「私は、刺身定食を」

「俺、アジフライ定食で」

 注文を取り、テーブルから定員が去ると牧は冷えた麦茶を一口飲み、長谷川に答えた。

「いえ。しばらく家を空けるんです」

「………そうなんですか」

「えぇ………」

 牧は会話から避けるように、店内を見渡すと店の隅に付けられたテレビに目を止めた。高校野球が放映され、アルプススタンドで必死に応援している学生たちの姿が映し出されていた。

「夏………っすね。高校野球って、いつみても感動します」

 ほんわりとした表情を浮かべ、長谷川もテレビを見て言った。

「私は、炎天下の中、ひたすら応援したり試合で駆け回ったり、エネルギッシュですね。若さを感じます」

「牧さんは、学生の頃なに部だったんですか?」

「唐突ですね。私は、剣道部でしたが。何か?」

「いえ、牧さんって俺ん中では芸術系なイメージでした。物静かですし、体育会系なイメージないし。ほら、俺達部下とか仕事で聞き込みとかしてても、すごく丁寧な言葉使うし。他の刑事とかと違う感じがするから」

 長谷川は鼻の頭を指で掻きながら、少し照れた様子だった。

「剣道は、子供のころから親に勧められていたんです。言葉遣い………そうですね? 言われてみれば。これも親が厳しくしつけたからでしょう。けど、親しい人には普通に言葉を交わしますよ?」

「横山さんとかですよね?」

「えぇ。まぁ」

 長谷川は、食事が運ばれ昼食を食べながら、牧と横山を尊敬し見習っている事や、自分の理想論などを語り、牧はその話をただひたすら聞いていた。

「そう言えば、今日、行方不明の平戸の家を横山さん達、家宅捜査するんですよね?」

「えぇ。そうですね」

「どう思いますか? また、見つかると思いますか? “あれ”」

 牧は、食事を終えると店員が新たに運んでくれた暖かいお茶を一口飲み、真っ直ぐ長谷川を見た。

「どうでしょう………多分そうかもしれませんね」

 牧は、頭の片隅に一人の男を思い出していた。それは、去年の夏。連続殺人事件とされていた、ブライスドール殺人事件で殺人犯とされていた鷺沼 俊夫だった。鷺沼は小学校の非常勤講師をしていたが、裏の界隈では“掃除屋”と呼ばれ、依頼を受けては人を殺しその死体を写真に収めると言う不気味な趣味の男だった。連続殺人事件は、一連の関係性が浮き彫りになっていたが、結果としては鷺沼が阿久津と共に学校の屋上から転落し、亡くなってしまった。

 しかし、牧はこの連続殺人事件の真犯人が存在するであろう事、そしてその人物を未だに泳がせている事実に心の奥底で憤りを抱えていた。

『いつか、貴方の尻尾を掴んでみせる。そして、罪を償ってもらう………』

 湯呑を両手で覆う手に力が入り、牧は湯呑の縁をじっと睨み見つめていた。


 詐欺集団の聞き込み捜査を終え、署に戻って来た牧に横山が声をかけた。デスクには押収した平戸が使っていたノートパソコンがあり、その画面には見覚えのある闇サイトのホームページが開かれていた。

「鑑識で確認したところ、やはり平戸もここからオレオレ詐欺の依頼を受けていた」

 横山が説明すると、牧の背後から長谷川もそれを覗き込み「ビンゴ!」と声を上げて言った。

「牧さん、やっぱりそうでしたね!」

「えぇ。一年前に一度閉鎖されたと思いましたが、半年前に再度新たにサイトが立ち上がっていますね」

「以前のサイトの情報は都内のとある雑居ビルの中で発見された。しかし、鼬ごっこのように警察がアジトに踏み込んだ時には、既に蛻の殻状態。転々と場所を変え、奴はサイトを立ち上げている」

 横山が説明すると、長谷川が後に続いて口を開いた。

「詐欺集団と関連性も考えられてますしね。アジトはもう割れているのに………」

「証拠をそろえていかないと、私たちは踏み込めません。もう少しの辛抱です。時期に取り押さえられます」

 牧は、尖った自分の顎を右手で触りながら、パソコンの画面をじっと見つめ言った。そうして、一人の女の顔を思い浮かべては、腸の煮えくりかえる思いを押し殺していた。

 

「そう言えば、さっき長谷川から聞いたが」

 退勤しようと、デスクの上に鞄を置き支度をしている牧に横山が声をかけた。

「嫁さん、どうかしたのか?」

 心配げな表情を見せ、横山は牧を見ていた。

「あぁ………」

 小さくため息を吐き、横山との古い付き合いだった牧は、心配かけまいと事を伏せてはいたが、仕方あるまいと苦笑いを薄く浮かべて横山の顔を見た。

「家を出たんだ」

「えっ!? そ、そうなのか………。大丈夫なのか?」

「それが、訳が分からないんだ。突然、出ていきますってメモだけ残して。それまで、いつもと変わりなかったんだ。それなのに、出て言ったと思ったら義理の姉から電話が来て『明子の人生もあるんだって。離婚届送るから』って………何がどうしたって言うんだ………」

 牧は、頭を両手で抱え込み、気弱に肩を落としこんでしまっていた。

「そうか………なぁ、牧。お前にとっては変わりない日常だったとしても、どこかで何かしらのアクションがあったんじゃないか? 事が起きるのには、必ず理由があるはずだ。それを探すのは、ある意味仕事でしていることじゃないか? 今は、理由が分からず、不安だったり混乱して辛いだろうが、俺も協力できることは手伝うからさ、一人で抱え込むな」

 横山は、牧の肩に軽く手を乗せると、普段とは違う気弱な牧の一面を見て言葉を添えていた。

「すまない………」

「いいって。この後、一杯飲んでいくか?」

「いや、悪いが荷物受け取らないといけないんだ。昨日不在票入ってて受け取りそびれてる荷物があるから」

「そうか。いつでも付き合うからな」

「ありがとう」

 牧は、横山に礼を言うと署を出て帰路に向かって行った。そうして、横山に話した不在票の事を思い返していた。荷物は明子宛て。しかも、なぜか旧姓の、竹内 明子で記載されていた。そうして何処かの会社のような名称からの送り主だった。

 牧が帰宅すると、丁度配達の運送会社の車が止まっており、自宅のドアの前に配達員が立っていた。

「牧さんですか?」

「はい。そうです」

「すみません、指定していたお時間より少し早いんですが、お近くに荷物届けたのでついでに伺ってみました」

「丁度良かったですね。ありがとう」

 若い青年の手にしていた受領書にサインをすると、大きくもなく小さすぎない正方形のダンボールを受け取った。それは、ふわりと軽さのある重量感で、牧は受け取ってすぐ力加減が狂う程だった。

 自宅に入ると、熱のこもった蒸し暑さが体中にまとわりついた。荷物をテーブルの上に置き、リビングの窓を全開にして空気を入れた。マンションの近くに立つ木の方から、蜩が数匹、鳴きその音が辺りに響いて聞こえていた。

 そうして、牧は明子宛ての荷物を目に留めた。今の状況では、このままそっとして置くのがいいのだろうと、思いつつも牧はそっとその箱に手をかけていた。

 送り主は、山梨県にある施設のようで、“木の葉の里”と書かれていたが、名前は記載なく、施設長としか書かれていなかった。品物の詳細には飾り物と曖昧な表記が記載されていた。送り状の文字はすべて機械で印字されていた。

 ゆっくりと箱の中を開けていくと、厳重に包装されている様子で、空気の入ったビニールが後から出てきては、それを取り除いてようやく本体が姿を現したかと思いきや、上品なピンク色をした和紙でそれが包まれていた。

「いったい、なんだろうか?」

 牧は、さらに丁寧にその和紙に包まれた本体を手に取ると、和紙の包みを開いた。そうして、本体が姿を現した瞬間、身が怯み、大きく胸の鼓動がドキンと打った。

「こ、これは………」

 驚いたあまり、牧は和紙の中から現れた、一体のブライスドールを見て身が凍り付いた。

 ブロンドの長い髪がふわりとし、横水平に真っ直ぐそろった前髪と、ウサギのような赤い瞳。白いリネン生地のノースリーブワンピースを着た、幼げな雰囲気の人形を見て牧は、思わず阿久津 かほを連想していた。

「まさか………」


蜩の鳴き声は、どこかもの悲しげな印象を受けます。

いろんな蝉達が、限られた生命の間鳴き続けているその鳴き声に、今までは聴覚で夏や暑さの印象が強かったですが、今は生命力を感じ暑苦しさは感じません。

けど、家とかの網戸で鳴かれると、なかなか賑やかですね。

牧の手元に現れた1体のブライスドール。

お話が、これから枝分かれしていきます。


ここまでご覧くださいまして、ありがとうございました。まだまだ続きます。

気長におつきあいお願いいたします。m(__)m

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