夜明け ~分かれ道~
「花子さん、キヌさん」
陽だまりの溢れる廊下を歩く途中、喜一郎は前を歩く二人を呼び止めた。
「どうしたんです?」
キヌは、シーツやら衣服の洗いあがった洗濯物の入った籠を両手に持ち、喜一郎に尋ねた。花子も、一緒に振り返ると細い目を更に細くして窓から差し込む日差しの中、喜一郎を見た。
「かほさんが、最近姿見かけないが………どうかしたのかい? 他の奴らは、子供がもうすぐ生まれるんじゃないかって、気にしてたから」
喜一郎は、安堵するような気持ちでかほを気にかけ、二人に尋ねた。しかし、喜一郎の言葉を聞いた二人は、表情を曇らせ互いに顔を見合わせた。
「一月くらい前にね、久遠さんが警察に逮捕されたの。かほさん、とてもショックで、少し体調崩してるんです………」
キヌの言葉に、喜一郎は目を大きく見開いて表情を強張らせた。
「なんて奴だ!! これから、子供が生まれるというのに! 一緒に住んでたあの男、ふらふらして、ろくな仕事にも付かない奴だったじゃないか! あいつこそ、更生すべき。いや、あんな奴にはかほさんを幸せになど、できん!! かほさんも、子供も不幸になる!」
怒りを爆発させた喜一郎を、二人は宥めた。
「喜一郎さん。落ち着きましょう。心臓に負担かかるわ」
キヌは、喜一郎の肩に手を乗せると、前歩き出すよう勧めた。
「少し、座りましょう」
花子が喜一郎に声をかけ、一緒に歩き出しリビングに向かって行った。
「そう言えば………。あれは、子供の為に増築しているのかね?」
再び喜一郎は立ち止まり、窓の外から隣に立つかほの家の更に隣を指さした。建築会社の作業員が数名入り、工事をしている光景が見えた。
「私達も、かほさんからはお話伺ってないんです。けど、工事が入るので騒音が出ることは、施設の中に張り紙ありましたね」
キヌの話に、花子も思い出したかのように頷いていた。
「そうそう。玄関の掲示板にありましたね。けど、あれって久遠さんが逮捕された翌日くらいだった気がする………」
「何とも………かほさんは不憫だ」
ため息を漏らしながら、喜一郎は言葉を吐いた。
かほは、部屋の中でパッヘルベルのカノンを鼻歌のようにハミングさせながら、机に向かい作業をしていた。1体のブライスドールのパーツを一つ一つ組み込みながら、短い黒い髪をブラシでとかし、薄汚れたつなぎを着せた。
鼻歌を歌いながら、かほは楽しそうに微笑み、慣れた手つきで人形を完成させると、机の隅にそれを座らせ置いた。さらに、小さな箱のジオラマを取り出すと灰色の壁や床の天井の中央にフックを取り付けた。
かほは、忠実にカノンをハミングしながら、次に細い紐を取りそれをフックに引っ掛けると、反対側の先に輪を作りそれを垂らした。
かほは、思い出し笑いを堪え、右手を口元にあてた。甦るのは昨日の蛍と妹の史子の裁判の判決だった。
史子には、これまで蛍と起こした殺害や誘拐、鷺沼が起こした殺人事件の中で、島田 アヤカ殺しは鷺沼の犯行とされていたが、史子の落ち度が発覚し、島田の家の中にアヤカの指紋が見つかっていた。
「ラウンジで勤めていた時に、どうしてもあの女だけは、許せなかったんです」
史子は罪を認め、怒りを堪えながらそう答えていた。
二人に下された判決を聞いた瞬間、かほは、全てが終わったとすがすがしい気持ちを隠し、喜びに綻ぶ顔を必死に耐え、それを隠すかのように悲しみに打ちひしがれた自分を演じた。
「かほ………」
蛍が去り際にかほを呼ぶと、かほは必死に涙を流し蛍を見つめた。
「蛍………」
かほは、机の上隅に座らせた人形を手に取ると、ジオラマの先に垂れ下がった輪を、人形の頭を通して首にかけた。
「さよなら、蛍。史子ちゃん」
かほは、人形から手を放しだらりと宙づりになった人形をみて、くすくすと笑った。
「判決は、死刑」
何度も思い出す、裁判官の言葉にかほは、机の前のジオラマと人形の光景を眺めながら、声を上げて笑った。
立ち上がったかほは、うれし涙を流しながらベッドの上に座らせた女の子の人形を手に取り、優しく抱きしめた。
「ナホ。これでみんな終わったわ。けど、ナホごめんね。蛍はね、私じゃなくてナホが好きだったんだよ。史子ちゃんが昔教えてくれた。だから、ナホの復讐を助けてくれたの。司は、私の事好きで、いろいろお金をだまし取って、私を助けてくれたけど、私はそんな事してほしくなかった。けど、みんないなくなってくれて、良かった」
人形と顔を向かい合わせ、かほは微笑み、人形は無表情のまま瞳にかほを映して見ていた。
人形を元の場所に置き、すくっと立ちあがたかほの姿は、スキニーパンツにギンガムチェックのロングのシャツワンピースを解禁し、白いTシャツとすっきりとしたスタイルが鏡に映った。
「さて。皆には、ショックのあまり死産した事にでもしようかしら。ふふ。これ、すごく重くて、肩凝るのよね。もう、これからも解放しよう」
疑似体験できる妊婦用の重りの入った装具を手に取ると、それを紙袋に入れ更にゴミ袋の中に入れて捨てた。
「蛍も、バカよね。妊娠したって信じちゃって。あたしが、あんたの子、孕むわけないじゃん」
首をつられた人形に冷やかな視線を当て、かほは言った。そうして大きく伸びをし、遮断したカーテンを薄く開け、隣で工事をしている光景を盗み見した。
すると、スマートフォンから着信音であるカノンが響き、かほは電話に出た。
「もしもし。明子さん? うん。大丈夫です。工事、順調に進んでるので、来月にはお店オープンできそうですね。うん。じゃ、予定通り明日、東京駅で」
電話を切り、かほはスーツケースをクローゼットから取り出し、荷造りを始めた。
3か月後。
ダウンジャケットにワイシャツを着た一人の男が、タクシーから降りると、ログハウスの前で立ち止まった。
看板はなく、大きな窓から中が見え、たくさんの花が色とりどり、飾られているのが見えた。
男が建物に近づき、店のドアを開けると、チリンとドアベルが鳴り響いた。
「いらっしゃいませ………!?」
優しく柔らかな女性の声が出迎え、奥から姿を現すと女は立ち止まり息を飲んだ。
「どうして、ここに?」
女が男に声をかけると、男は懐かし気に顔を綻ばせ声をかけた。
「山梨に、仕事で来ることがあって。明子、久しぶりだな………。これが、明子がやりたかった事か」
牧は、辺りを見渡した。店の中には透明な箱に入ったぷりざーとフラワーが綺麗に咲いていた。奥のケースの中には様々な切り花が保管されて咲いていた。
「ええ。お友達と共同経営しているの。紹介するわ。ちょっと、待ってくださいね」
明子が再び奥に行くと、牧は辺りを見渡し棚に並ぶ人形に目を止め、表情を曇らせた。
「修一さん、紹介するわ。こちらが、私の友達でこのお店の共同経営者の………」
「阿久津 かほです。ご無沙汰してます。刑事さん」
かほは、余裕のある笑みを見せると、牧の顔をじっと見た。
「あら? かほさん、知り合いだったの?」
少し驚いた明子に、かほは明るい表情で明子に答えた。
「そうなの。昔、事件でお世話になったの」
「そうだったのね。修一さん良かったら、コーヒー入れるのでそこ、おかけになって」
明子は、応接用のソファーに視線を移し、牧を見ると、牧の返事も待たずに奥に行ってしまった。二人は顔を見合わせ、かほは変わらない表情をして牧に声をかけた。
「明子さんの元旦那さんが、刑事だったとは聞いていたけれど。まさか、あなただったなんて」
「私は、あなたが明子に荷物を送った時から、知っていました」
「そうでしたか」
「えぇ………」
もの言いたげな雰囲気の牧に、かほは何も答えずに視線をそらすと窓の外を眺めた。
「幼馴染が、死刑判決されたそうですね。あの事件の」
「えぇ」
「あなたは、人を利用する事に優れているようだ。全てが片付いて、心躍る気持ちでしょうか? 明子も、利用されていないといいけれど………」
牧は小声でかほに忠告すると、かほの表情をじっと見ていた。冷静沈着な牧を前に、かほは口元を上げると、小さく首を横に振って見せた。
「刑事さんの、思い過ごしではないかしら? 私の周りで起こった事件は、裁判でも蛍が言っていたけれど、蛍がずっと私の姉を好きだったから、その復讐だったって。それに、明子さんとは、気が合うの。お花のセンスが良くて、機転が利くし。お互い、いろんなことがあったから、こういう静かなところで好きなことをしていたいのよ」
牧は、かほの言葉に言葉を飲み込んだ。事件の事に関しては、牧の中では消化不良に過ぎない。目の前の人物が自分にとっては真犯人なんだと、そう思っていたからだ。しかし、かほが言った、明子の事に対してはこれまで、自分が見過ごし、気づかずにいた事が結果になったと痛感させられてしまったのだった。
今度は牧が、かほから顔を逸らすと小さくため息を吐いた。
「あなたが、私をどう思おうと勝手だけれどね。生き残っている事の方が、辛いことだってあるのよ」
かほの表情から笑みが抜け落ち、冷やかな視線に真剣な表情で牧を見て言った。
「あら、かほさんもコーヒーご一緒しましょう」
トレイにコーヒーの入ったカップを3つ乗せ、奥から現れた明子に、かほはすれ違い際に笑みを投げかけた。
「私は、席を外すわ。元ご夫婦水入らずでどうぞ」
「まぁ。そんな気遣わないでいいのに」
苦笑いした明子に、かほは立ち止まり牧を見て言葉を投げた。
「それでは、失礼します。ごゆっくり」
かほは二人に小さく微笑んで、ゆっくりと部屋を後にした。
分かれ道 おしまい。
今回のお話は、『カラーリバーサル』と言うお話を書いた後、書き溜めしておいたお話だったのですが。ベースは変わらないのですが、お話の結末やら方向性は変わってしまいました。
ここまで、ご覧いただいてありがとうございました。
また、次作でお会いできましたら。その時はまた、どうぞよろしくお願いいたします。




