Ⅲ~そして、伝説へ~
「今日の夕食は、麻婆茄子だ」
「また、茄子か……」
契約者殿――ナオト・カミシロ――が料理をテーブルに並べている。今日の夕食のメイン料理は麻婆茄子らしい。麻婆茄子は今週だけでもう二回目。昨日は茄子の天ぷらであった。もうイヤじゃ。ここ最近、メインとなる料理が茄子ばっかりじゃ。
「たまには、茄子以外の食材をメインとした料理が食べたいのう……。油揚げとか、稲荷寿しとかあるじゃろ? 我が喜びそうな料理が。だいたい、この頃、町の皆がやたらと茄子を我に手渡してくる。何故じゃ?」
まったく理解不能じゃ。かつては国を滅ぼしかねない程の力を持つと言われた我であるのに、この町の住人は全くと言っていい程我を恐れないばかりか、最近では茄子を我に手渡して来るようになった。
麻婆茄子とか、茄子の天ぷらは古文書を読み解き料理法をマスターしたらしいが、油揚げや稲荷寿しに関する古文書はまだ見つかっておらぬらしい。我の精神の安定の為にも、早く見つけたいモノじゃ、古文書。
「えー、おいしいから少しくらいいいじゃない、茄子」
ある意味一番我を恐れていない女の声が頭上から聞こえて来た。黒髪の女――シズナ――がホクホクした笑顔で我を見下ろしている。よく分からぬが、この笑顔には逆らえぬ。
「毎日はイヤじゃ、毎日は。はよ我の為に油揚げと稲荷寿しを用意せよ」
最近では湯上りの我の髪の毛のセットは、シズナの担当になっている。されるがままにセットされているが、まあ、気持ち良いからいいとしよう。
「冷めないうちに食おう。ほら、シズナもいつまでもナスに構っていないで、食事にしよう」
「ん、もうすぐセット完了だから少しだけ待って。…………、よし、完成。うん、我ながら今日も完璧だ」
何でそんな愛おしいモノを見るような目で見るのじゃ、我を? まあいい、茄子ばかりで飽きつつあるが、空腹状態では何を食べても美味しく感じるモノじゃ。
「「「いただきます」」」
三人手を合わせてから、遙か昔――数千年前――に滅んだという日本という国での食前の挨拶をした後、食事を始める。
ふむ、契約者殿は料理の腕は悪くない。ただ、やはり、毎日茄子ばかりでは飽きるというもの……。油揚げと、稲荷寿しを早く食べたいものだ。……はて、何故我はこれほどまでに油揚げと稲荷寿しを食べたいという欲求があるのだろう? まったくもって意味が分からんが、きっと、かつてあの地に封じられる前に大好きだったのだろう。
これが油揚げや稲荷寿しだったら、などと思いながらも麻婆茄子をかきこんでいる時にふと視線を感じて顔をあげると、愛おしいモノを見る目で二人から見られていた。
「何じゃ、いったい?」
「ナスちゃんが茄子を食べているわ」
「これぞ、共食い……!!」
も、もしかしてこれが、最近町の者が我に茄子を手渡してくる理由か。そう言えば、いつも愛おしいモノを見る目で手渡してきおる……!!
「お、お前らのせいじゃな。我をいつの間にかナスなどと呼ぶようになったせいじゃ!! だいたい、アナスタシアなんじゃから、アナとか、シアみたいな愛称をつけるべきだったのじゃ!!」
「アナスタシアと言えば、ナスだろう、常識的に考えて」
「常識かどうかは分からないけど、うん、ナスの方がしっくりくるよ、ナスちゃんには」
ニ、ニヤニヤしながら見るなぁ!! 常識と言う言葉の意味をこいつら、絶対はき違えて覚えておる……!!
「我をナスって呼ぶなぁーーーーッ!!」
――――※※※※――――
あの後、アナスタシアと一緒にこの町に戻って来た。
俺はアナスタシアが封じられていた魔法石を売り払い、この町に一軒の家を買った。
そして、アナスタシアとシズナと一緒に暮らし始め、落ち着いた後、宝探し屋としてではなく、冒険者として三人で組んで色々な仕事をクリアーして行った。
「おめでとうございます。これで、貴方達“ナスと愉快な仲間達”はAランク冒険者への昇格が認められました!!」
「このチーム名、イヤじゃぁ……」
冒険者ギルドで職員から昇格を祝う声がかけられたが、一番に返答があったのはげんなりする声であった。
「いい加減、稲荷寿しが食べたいのじゃ。何故未だその古文書が見つからんのじゃぁ!?」
叫び声が、宙に舞った。
――――※※※※――――
かつて、この世界に国を滅ぼしかねない程の力を持つモノとして封印されていた少女がいた。
やがて、彼女はごく一部の伝承にのみ登場する存在となった。
そして、彼女を解き放ち、歴史の表舞台へと送りだした青年がいたという。
彼女とその仲間たちは、やがて世界各地を周り始め、その行動は色々な歴史書や物語へと記されていく事になるのであった。
伝承が終わり、伝説が始まる――。