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Ⅱ~導かれしモノたち~

 どこまで滑り落ちたのだろうか? 分からない。

 どれだけ滑り落ちたかは全く分からないが、一つだけ分かる事がある。今、俺は絶体絶命の危機にあるという事だ。

 額から血が流れてきて、目が痛い。右腕は折れているようで、本来ならあり得ない方向に曲がっている。左腕がほぼ無傷なのは幸いだが、さほど役には立たないだろう。“発破”のラッパは宝探し屋(トレジャー・ハンター)の中でもそこそこのランクに位置づけされている男だ。この状態では太刀打ち出来まい。

 左腕を何とか使って体を起こし、壁に背中を預ける。長い間、ソロで宝探し屋をやっていたのだからこの程度のピンチなど何度も乗り越えてきたのだが、最近はシズナに頼りっきりなのかもしれない。背中を預けるのが彼女ではなく、単なる壁であるという事に不満を覚えるなんて、どうかしてるぜ。

 カラカラ……、と小石が落ちてくる音が聞こえて来た。

 あかに染まる視界の中で、俺は絶望が形となって現れるのを感じた。残念ながら俺の危機を察して相棒であるシズナが颯爽と現れるなんて奇跡は起こりえないモノらしい。


「よお、カミシロ。会いたかったぜぇ。お前は期待していたか、俺に会うのを? それとも、あの黒髪の女が助けに来てくれるんじゃねえかと、淡い期待でも抱いていたか? そんなテメエにとって都合のいい事が簡単に起こるワケねえじゃんか!!」


 高らかに嘲笑わらいながら俺の前でタバコに火を点けやがった。


「待ってたぜぇ、こうしてお前を殺せる日を。何度も何度も俺の邪魔をしやがってよぉ……、が、実際その日が来ると、何とも呆気ねえもんだな。もう終わりだなんてよ。……せっかくだからあの黒髪の女を連れて来て、お前の見ている前で犯してやろうか? 抵抗しないで犯されればお前の命は助けてやると言えば、もしかしたら喜んで体をさしだすかもしれねえな、あの女は。犯しつくした上で、お前を目の前で殺して絶望の淵に叩きこんでやるのもいいな!!」


 ガハハと声をあげるラッパ。だが、彼の目は笑っていなかった。俺の動きにちゃんと気を配っていやがる。


「やっぱり、お前はいいぜ。この絶体絶命の状況でも一発大逆転の可能性を探っていやがる。宝探し屋としては、最高だぜ。だけどな、そんな一発大逆転が都合よく起きるワケねえんだよ!!」


 蹴り飛ばされた俺の体は、水しぶきをあげながら、傍を流れる小川へと飛び込んだ。

 ……川? 地底のこんな場所に川が流れているだと?


「へぇ……。なんてこった。こんなもんがこんな場所にあるなんてよ。テメェをつけてきて正解だったぜ、カミシロ。こいつは、大した宝かもしれねぇな」


 川はさほど深くなく、尻もちをついた状態の俺の胸元あたりまでもなかった。


――力が欲しいか?


 そんな声が聞こえて来た気がした。先ほど、祭壇のある場所で聞こえた声に似ていた気がした。


「こいつが、大いなる宝、かよぉ……。へへへ、こんな巨大な結晶が眠っているなんてよお……」


 ラッパの顔が向いている方向へと俺も顔を向けると、そこには確かに巨大な結晶があった。真紅に染まるそれは、かなり上質な魔法石のようだ。全部ではなく、半分、否、四分の一程持ち帰る事が出来ただけでも数年は遊んで暮らせる金が手に入るかもしれない。それだけの価値はあるだろう。


「カミシロ、テメェの命なんてもうどうでもよくなったぜ。こいつは俺が頂いでやるぜ!!」


――力が欲しいか? この苦境から抜け出せる力が?


「これだけあれば、三年、いや、五年は遊んで暮らせるぜ。酒も女も買い放題だ!!」


――力が欲しいならば、我と契約を。我の契約者となりて、我をこの閉ざされた世界から解き放て。


 契約? 何を言っている? いや、誰が言っている?

 俺の額から落ちる血が、地底を流れる川を赤く染めている、気がした。


――貴様が我と契約するならば、我が力を貸してやろう、この苦境から脱する力を。我はこの閉ざされた世界から解き放たれ、自由を手に入れるのだ。さあ、呼ぶのだ。力が欲しくば、我が名を!!


 その時、真紅の魔法石の結晶が、白銀に輝いた。その中には、一人の少女が眠っていた。


「……狐耳? 巫女服?」


 伝承にある、獣耳のある少女が、巫女服――古文書の中に伝承が記されていた――を身に纏っていた。長い、永い眠りに就いているようだった。


「何を言っていやがる? 血が足りなくて幻覚でも見ていやがるのか?」


 欲望に染まった目ではあっても、ラッパの目には少女は映っていないようだ。


――さあ、呼ぶのだ、我が名を。さすれば“契約”は完成する。


「やっぱテメエを殺してから、何の後腐れもなく、この魔法石を持ち運べばいいか。さあ、死ねよ、カミシロ」


 俺に向けて、再度爆発物が放たれた。もはや、逃げる力は残されていない。

 動かない筈の、折れ曲がった右手をあげ、俺は叫んだ。何故かは分からないが、今の俺なら分かる。彼女の名前が。きっと、この小川が彼女と俺を“繋いで”いるのだろう。右腕からも、血が小川に落ちる。水面に小さな波紋が出来ると同時に、俺は叫んだ。


「俺に力を貸してくれ、“アナスタシア”ッ!!」


――心得た。


 その声が聞こえた瞬間、魔法石の巨大結晶が弾けた。内側から。

 そして――


「何故だ、何故、ぜねぇ!?」


 俺の眼前でラッパが放った爆発物は宙に浮かんだまま止まっていた。爆発する事無く。


「ふわぁ、あ……」


 気の抜けた欠伸が聞こえた。愕然と振り向くラッパと、力なく尻もちをつきながら声のした方へと目線だけ向ける俺。

 そこには、金髪の十四、五歳の巫女服に身を包んだ娘がいた。狐耳、そして金色の尻尾も何処からか生えていた。


「なんだ、貴様は……?」


「我が名はアナスタシア。かつてこの地に封じられし者」


 彼女が軽く右手を振ったと同時に、ラッパは天高く吹き飛んだ。どこかに叩きつけられた音が聞こえたが、ラッパが落ちてくる事はなかった。


「まあ、殺す価値もあるまい。さて、行こうか、契約者殿。我は世界を見たい。広

い世界を、な」


 差し出された左手をつかみ、俺は何とか立ち上がる事が出来た。


「さあ、まずは外に出よう。広い世界を見る為のまずは第一歩じゃ」


 それ以降、こちらに目を向ける事無く歩き出すアナスタシア。


「ちょっと待て、俺は怪我人だぞ、置いていくのか、契約者を?」


「もうし《・》て《・》お《・》い《・》た《・》ぞ。さあ、歩くのじゃ、契約者殿」


 出口へ向け、颯爽と歩き出そうとする彼女の後を追おうとして、俺は気付いた。右腕はもう折れ曲がっていないし、頭の痛みもなかった。

 これは、凄いな。その事に感動すら覚えていた時、アナスタシアが振り返って微笑んだ。見惚れそうになる程の微笑みだった。


「おお、そう言えば聞いておらんかったな。契約者殿、お主、名はなんという?」


「俺か、俺の名は――」


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