二人のシアワセ《中編》
二人のシアワセ《前編》から続く物語です
俺は大会のため集合場所の野球部専用グラウンドに居た。集合時間より早く着いてしまったので運動することにした。しばらくすると野球部顧問の霧山玲がやって来た。その体型からは、教師に全く見えない。女子生徒と一緒にいれば姉妹と言っても過言ではない。
「山森君、早いですねー。」
「玲ちゃんも早いね。」
「山森君、玲ちゃんと呼ばないでください。」
「あはは…それより、玲ちゃんのユニホーム姿久し振りに見たけど、それ俺のより小さいよね。」
「う、酷いです…先生は小さいから仕方がないんですー。」
可愛く怒る玲ちゃんをからかうのが、大会前の緊張感をほぐすのに一番最適な事だったりする。そんなやり取りをしていると、続々と野球部のメンバーが集まって来た。集合時間前に全員が集まった。
「皆さん、偉いです。集合時間より前に集まってくれて先生は嬉しいです。それじゃ、山森君出発前に皆に気合を入れてください。」
「さて、これから試合会場に移動するけど、その前に気合を入れるという訳で全員目を瞑れ。今日の試合の事だけ考えろ。2分間目を瞑れ。他の事は何も考えるな。今日の試合で勝つことをイメージしろ。」
俺を含めて全員が目を瞑る。そして、2分が経つ。
「良し、全員目を開けろ。」
俺の指示で全員が目を開ける。
「それじゃ、行くぞ。」
「「「おう!」」」
それから、俺たちは試合会場へと向かう。今日から五日間かけて行われる新チームによる今回の大会は優勝すれば、県大会へ進むことができる。しかし、そんな先の事を考える必要はない。目の前の試合に勝つことを考えるだけ。
俺たちが試合会場へ着いたのは、昼前だった。
第二試合が終わる前に着いた。第一試合は、宗崎中対栢木中の試合で10対0で栢木中のコールド勝ち。第二試合は、大法中対黒鉄中の試合が五回終了時に3対3の同点で六回表、大法中の攻撃は一死二塁のチャンスで打席には、三番打者が立っている。その後投手が三番、四番を抑えて六回表が終了し六回裏、黒鉄中の攻撃が始まる。一番が初球ヒットで出ると、二番がセーフティバントを成功させ、三番が送りバントでランナーを送り、四番がセンターオーバーを放ち3点が入るも、続く五番六番を何とか大法中が抑えて六回裏の攻撃が終わる。七回表の攻撃は、五番六番と続けて抑えられ後がない大法中は七番に代打を出すも、三振に抑えられ試合終了。
「山森、今年の決勝は決まりだな。」
「ああ、黒鉄中に決まりだ。」
「だけど……。」
「その先は、言うなよ。」
「分かってる。ところで山森、さっきから何か後ろに視線を感じないか?」
「お前も思ったか。後ろに視線を感じるな。せーので振り向くぞ。」
「おう。」
「「せーの。」」
俺と安西は同時に振り向くと、そこに居たのは
「山森君、こんなところで何してるんですか?」
玲ちゃんだったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
俺と安西は、目を合わせると安西が俺の肩を掴んで
「山森、後は任せた。」
「え、ちょっ、秀、秀っちぃぃぃぃぃ!」
その後俺は玲ちゃんに、一時間程説教されていた。
(秀っち、後で覚えとけよ……。)
俺は、その後玲ちゃんの説教から解放されて後輩の一人に、「試合をしっかり見とけ。」と言って、俺は、一人で試合開始には、早いけどウォーミングアップをしていた。簡単に言えば、試合会場の周りを軽く走っている。既に3周している。試合の方は、横目で見ていたが両中学共に無得点で最終回を迎えていた。
第三試合は、乙葉中対野嵜中の試合だ。
4周走り終えて、俺は駐車場に向かう。俺が駐車場に向かっていると見慣れたリムジンが入ってきた。
「お、来たか。」
後ろのドアが開くと、中から走ってくる一人の女の子がいた。俺の妹だった。結香は、俺に抱き付こうとするが左手で頭を押さえて制止する。その後に後ろの席から白岩家の面々が続々と出てくる。寺坂は、リムジンを置きに行ってから来るため俺は、白岩家の面々と何故か妹の結香を連れて行く。俺が戻ると、皆が慌てていた。
「どうしたんだ?」
「山森、大変だ!」
そう言ってきたのは、安西秀輝だ。かなり慌てている。
「ど、どうしたんだ?」
「良いか、おおおお落ち落ち落ち落ち落ち着いて聞けよよよ。」
「その前に、まずお前が落ち着け。」
「お、おう。」
安西は深呼吸して落ち着くと、
「山森、玲ちゃんが、倒れちまった。」
「それで、玲ちゃんは?」
「そこのベンチに寝かせてる。」
俺が、ベンチの方向を見ると見慣れた身長の女の子……もとい野球部顧問が寝ていた。俺は、溜め息を吐いた。俺は玲ちゃんが寝ているベンチに近づいていく。
「玲ちゃん、寝心地は?」
「最悪ですー。」
「だろうね、ベンチで寝てればね。」
その時、試合会場が揺れた。どうやら、試合が終わったらしい。得点ボードを見ると、1点が入っていた。点を入れたのは、乙葉中だった。乙葉中の四番の一振りがサヨナラホームランになったようだ。
「試合が終わったんですか?」
「うん、終わったよ。次は、俺たちの番だよ。」
「そうですか。では、先生も。」
そう言って、玲ちゃんはベンチから起き上がろうとするが、
「寝てなきゃ、駄目だ。」
「先生の代わりに誰が先生をやるんですか?」
「それは……。」
「だから、山森君先生がやるしかないんです。」
「………仕方ない。」
「山森君は、素直ですねー。」
「けれど、条件が二つだけある。」
「何ですか?」
「一つ目は、無理はしないこと。」
「はい。」
「もう一つは、体調が悪くなったら直ぐに言うこと。」
「はい。」
「この二つはしっかり守ること。」
「はい。分かったですー。」
「それじゃ、行きますか。」
「その前に、山森君いつものよろしくです。」
「へーい。お前ら、まずは、今日のこの一戦は、新チームとして、最初の試合だ。リラックスしていこう。勝ちに行くぞ。」
「「「おう!」」」
俺たちは、試合会場のグラウンドに入る。その前に、玲ちゃんを連れて来なくてはならないので俺は玲ちゃんをおんぶしてグラウンドに入る。俺たちの対戦相手は、大柿中だ。ここで、俺たち川嵜中のスターティングメンバーを紹介しよう。
一番中堅守安西秀輝。二番一塁手加藤龍。三番三塁手山内竜己。四番投手山森健一。五番捕手崎川徳。六番二塁手風見駿。七番遊撃手風見翔。八番左翼守赤城浩一。九番右翼守神山京介。
以上が、俺たち川嵜中のスターティングメンバーだ。
因みに、試合結果は、15対0で俺たちのコールド勝ちだった。相手はランナーを一人も出せなかった。それから、俺たちは二回戦、準々決勝、準決勝とコールド勝ちで勝ち進んで行き決勝戦の日を迎えた。決勝戦の対戦相手は、初日の予想通り黒鉄中だった。毎年のことながら決勝戦の相手は黒鉄中と定番化している。向こうも同じことを思っているのだろう。
決勝戦は、両者共に無安打、無得点で最終回を迎えていた。先攻の黒鉄中は、二死走者無しツーストライクノーボールで打席には、三番が立っている。俺は、アウトコース高めのギリギリに投げる。三番はバットを振れずに見逃し三振。七回表が終わって、七回裏川嵜中の攻撃は、一番からの好打順だが三人とも凡打で終わっている。延長八回、九回と両者共に三振で終わっている。十回終わって、十一回表の黒鉄中攻撃は四番からの好打順にも関わらず三者連続三振で終わっている。俺は、十一回表を終えて、33人の打者を抑えて、十一回裏の攻撃は川嵜中四番の俺からの攻撃だった。
「どうやら、長引かせちまったな。ここら辺で、終わりにしよう。長かった俺たちの試合を。俺が、俺が一振りでこの試合に終止符をうってくる。」
「山森、帰り支度して待っている。」
「おう。」
「山森先輩、信じてますよ。」
「信じてろ。」
「山森君、任せたですよー。」
「分かりました。」
俺は、皆の声援を受けて一歩一歩打席に向かっていく。
打席に立ち俺は、バットを構える。黒鉄中のエースも振りかぶって一球目を投げる。投げたボールはインコース真ん中でストライク。振りかぶって二球目を投げる。投げたボールはアウトコース低めでストライク。
無死走者無しツーストライクノーボール。
「お兄ちゃん、打って~~。」
結香の声援が、
「健一様、打ってください。」
寺坂の声援が、
「山森君、打って~。」
白岩の母の声援が、
「山森君、打つんだ。」
白岩の父の声援が、
「「やまもりおにいちゃん、うて~~。」」
白岩の二人の妹の声援が、
「「うて~~。」」
白岩の二人の弟の声援が、
「山森君、打ちなさいよ。」
白岩の姉(元友達)が、
そして、
「山、山、山森君、打って……そして、勝って!」
白岩涼子の声援が、俺の背中を押す。
俺は、相手のエースが振りかぶって投げた三球目を真芯で捕えて外野の遥か頭上を通りバックスクリーンにぶつかる。そしてグラウンドが、
ワァァァァァァという歓声に揺れる。
川嵜中のサヨナラ勝ちで県予選大会決勝戦は終わった。
俺は、表彰式で最優秀選手賞を貰った。
その後俺たちは、試合会場から川嵜中野球部専用グラウンドに帰ってきた。
「いや~。やっぱり自分達のグラウンドが一番だな。」
「県大会まで時間が無いんだ。感傷に浸ってる場合じゃないんだよ。」
「少しくらい良いだろう。」
「……そうか、練習量を増やされたいか……。」
「え、ちょっ、山森、嘘だよな?」
「いや、秀っちは3倍でも良いか?」
「やめてくれぇぇぇぇ!」
「はははははは。冗談だよ。」
「冗談か、何だ冗談か。ビックリさせんなよ。」
「でも、練習量は2倍だかんな。」
「…………はい。」
それから、県大会の日を迎えて、俺たち川嵜中は県予選大会の勢いのまま県大会も優勝してしまい、関東大会に進出、その関東大会も優勝してしまい、全国大会に進出、その全国大会も優勝してしまい全国制覇をして終わりかと思っていたが、世界大会への出場が決まって皆で喜んだ。そして、世界大会での結果は、まぁ言うまでも無いだろうが、一応伝えておこう。
世界の中学生はレベルが高かった。けれど、そんな強敵たちを抑えて優勝してしまった。優勝した時は、俺を含めて皆が信じられなかった。でも、日本に帰ってきて空港でのカメラのフラッシュで自分達が優勝したという実感が湧いた。
そして、三学期を迎えてから俺は世界一の中学生投手として、校内や他校の女子生徒から告白される頻度が多くなっていた。そして、卒業式。お世話になった先輩たちが卒業した。三学期も終わり春休みに入ってからは、白岩と頻繁に出掛けるようになった。4月に入り最上級生となった。
4月中旬には、白岩家を誘って花見に出掛けた。勿論俺の家族も全員が参加した。あの威厳のある親父も。途中花見の席で白岩の親父さんと家の親父が意気投合して話が盛り上がっていた。
4月、5月も終わり、6月に入ったある日のこと俺は、白岩涼子に呼び出された。
断章に続く