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My Possessed Day~彼女に取り憑かれた日~  作者: フィーカス
彼女に取り憑かれた日
7/34

二つの天の川

「ごちそうさま」

 午後八時。夕食を終えると、亜留は自分の部屋に戻り、天体観測のための準備を始めた。

「えっと、財布と……双眼鏡はあったほうがいいかな。あと、一応防寒着っと」

 クローゼットや机の引き出しをごそごそと漁り、必要なものを取り出していく。

『ねえ、星を見に行くのにそんなに準備が必要なの?』

 亜留の体の中で、憑依した沙織が話しかける。

「夏と言っても、案外夜は冷え込むからね。それに、長時間の外出だから、いろいろあったほうがいいかなと思って。……あ、これどうしよう」

 いろいろと荷物を詰め込んでいると、ショルダーバッグから今日残したチーズバーガーが出てきた。

「……途中で食べるか」

 つぶれたチーズバーガーを一番上に置き、ショルダーバッグの蓋を閉めると、それを肩にかけて部屋を出る。

 部屋の電気を消したはずなのに、月の光が部屋に差し込んで妙に明るい。戸締りを確認すると、亜留はリビングに降りて行った。


「あれ、どこか出かけるの?」

 亜留の母親がキッチンから声を掛ける。

「ちょっと天体観測に行こうと思って」

「それなら、神社のあたりがきれいに見えるわよ。ついでに神社に行くなら、これ吊るしておいてね」

 キュッ、という蛇口の締める音が聞こえると、母親はテーブルにおいてあった短冊を取り出し、亜留に手渡した。

「え、何これ?」

「今日は七夕でしょ? 本当は昼間に吊るすんだけど、今日は用事があったからね。アンタの分もあるから、願い事を書いて吊るしておきなさい」

 良く見ると、何か書いてある紫色の短冊と、何も書いていない赤い短冊があった。書いてあるほうは、母親と父親の分だった。

「家族が幸せでありますようにって、なんだか今が幸せじゃないみたいだね」

「親の願い事なんて覗かなくていいのよ。それより、あんまり遅くならないようにね」

 そういうと、母親はリビングに向かって行った。それを見届け、亜留は玄関へと向かった。


 玄関のドアを開けた瞬間、夜の冷たい風が吹き込み、露出した肌をなでる。もう夏だというのに、夜はまだ半そでには早かっただろうか。亜留はたまらず、持ってきた薄手の上着を羽織る。

「やっぱり、持って来て正解だったな」

 もちろん上着が無ければ無いですぐさま家に取りに帰ればよいだけなのだが、予想通りの展開と自身の準備のよさに、亜留は悦に浸っていた。


 いつも通りの頼りない電灯と月明かり、そして住宅から漏れる光を頼りに暗い夜道を歩いていく。

 静かな夜の中、途中で近所のおじさんとすれ違い、軽く挨拶をした。

 亜留はふと夜の空を眺める。

「やっぱり、ここら辺だと見えにくいかな」

『そうね、もう少し明かりが少ないところがいいわね』

 そんなことをつぶやきながら、住宅街の道を抜けていく。

 住宅街を抜け、阿流野辺川沿いの道に当たると、道路わきには数人の人が同じく天体観測をしていた。あちこちで、「あれが彦星で、あれが織姫」というような声が聞こえる。対岸側にも、何人かの人がいた。

 この道を下流側に向かうと海に出るのだが、今回はもっと上流に向かうことにした。

 上流へ向かう道は、住宅街を抜けたあたりから木々が空への視界をさえぎり、さながら自然のトンネルのようになっている。

 対岸側の道は住宅街を抜けると途中で途切れ、木々が鬱蒼(うっそう)と茂る森へと変貌する。

 阿流野辺川は川幅が小さい川のため、対岸に生えている木の枝さえこちらまでかかり、自然のトンネルの一部を形成している。

 そうして自然のトンネルを抜けると、今度は田畑が多い農耕ゾーンとなる。ここを抜けると、すぐ近くに神社があるのだ。

 亜留はそのトンネルを、持っていた懐中電灯で前を照らしながら歩き進める。

 道幅が狭い川沿いの道は、車一台がやっと通れるほどである。途中で一台の軽トラックが通り、亜留はあわてて道端に避けた。

『亜留君、気をつけてね』

 沙織の心配をよそに、亜留は川に落ちないように気をつけながら歩き続ける。遠くから聞こえるかえるの鳴き声を聞きながらその先を見ると、徐々に視界が開けてくる。


 ようやく自然のトンネルを抜け、亜留は空を見上げた。

『きれい……』

「そうだね」

 漆黒の夜空に広がる、多数の星達。

 小さな星たちの中に、いくつか目立つ星。それらを繋げると、良く知っている図形が浮かび上がってくる。

「あれがわし座、あれがこと座かな。ということは、あれがアルタイルで、あれがベガだね」

 亜留は夜空を指差しながら、知っている星座を答えて行く。

『七夕の日くらい、本当に天の川に橋がかかっていればいいのにね』

「まあ、それも言い伝えとか、伝説とかだからね」

 一年に一度しか逢えない、織姫と彦星の伝説。今日一日だけは、多くの人々が、この二人の出会いを祝福していることだろう。

『ねえ、亜留君、ちょっと離れてもいいかな』

 空を見ながら妄想していると、沙織が亜留に話しかけた。

「またかよ。ずっと憑依してなくて大丈夫なのか?」

『大丈夫だって。そんなすぐには消えたりしないよ』

 そう言うと、沙織はすっと亜留の体から抜け出る。ふと、亜留は体が軽くなったような感覚を覚えた。

 沙織は亜留の体から離れたかと思うと、すぐさま近くにあった、数十メートルほどの小さな橋を渡って向こう側に向かった。

「ねえ、亜留君、こうしていると、私たち、織姫と彦星みたいじゃない?」

 沙織が向こう側から手を振ってくる。

「じゃあ次に逢うのは一年後ですか、沙織さん」

「そういうところはまねしたくないなぁ」

 沙織が言うと、二人ともクスリと笑った。


 満点の星の海を見上げ、ふと亜留は朝のことを思い出した。

「雷鳴は 彦の怒りか 悲しみか 地に流るるは 雨の川なり」

「何それ、誰かが詠んだ歌?」

「いや、さっき思いついた」

「ええ、何それ」

 月明かりに照らされた透明な闇の中に、二人の声が吸い込まれていく。

「朝、すごい雨降ってたじゃん。雷も鳴ってたし。その雷の音が、彦星が怒ったり、嘆いたりしているように聞こえたんだよ。だからね」

「そうね、せっかくの七夕なのにね」

 雨がすごかった朝とはうって変わって、今は雲がほとんど無い。

「今年は特に凄かったからなぁ」

 闇の中で歩き続ける、スローペースな時間。止まった時間を進ませるように、夏にしては冷たい夜風が通り抜けた。

「あ、そういえば」 

 亜留はふと、かばんに入れていた短冊のことを思い出した。

「一旦神社まで行こうか。これ吊るさないといけないし」

 かばんから短冊を取り出す。ごちゃごちゃと荷物が入った中で折れ曲がりそうになっていたが、幸いしわは入っていないようだ。

 ついでに、上においてあったチーズバーガーも手に取る。

「……せっかくだから、食べながら行くか。沙織、もうひと歩きするよ」

「ま、待って、亜留君」

 亜留が歩き始めると、あわてて沙織もついていった。


 川の上流にある阿流野辺神社は、特に管理事務所なども設置されていない小さな神社である。近隣の人が定期的に掃除をしにきているので、小さいながらもきれいに整備されている。

 川幅数メートルまで狭くなった阿流野辺川の支流に小さな橋がかけられ、神社はその開けた一帯に建っている。

「お、結構たくさんあるな」

 神社の入口には、今日のために飾られたのであろう笹がたくさん置いてあった。そこに、色とりどりの短冊が飾られており、夜風にゆれている。

「とりあえず父さんと母さんの短冊を飾って……っと、自分の分も飾らないとな」

 願い事が書かれた二つの短冊を飾ると、残った短冊を持ってできるだけ明るいところがないか探した。幸い、神社の入口は電灯で明るかったので、そこで願い事を書くことにした。

 ショルダーバッグから取り出した短冊を片手に、神社の入口に向かう。

「あれ、私の分は?」

「もともと無かったじゃん。そういえばメモ帳、今日は持ってきてなかったな」

「えぇ、じゃあ私の分はどうするのよ?」

「そうは言っても、代わりになるような紙は……あっ」

 ふと、亜留はポケットをまさぐった。すると、先ほど歩きながら食べたチーズバーガーの包み紙が出てきた。

「これならいけるな」

「……包み紙の短冊って、夢がないなぁ」

「文句言うなよ。じゃあ、これは僕の分で、こっちの短冊に沙織の願い事を書こうか」

 手近な石をを机代わりに、かばんに入れてあったノートを下敷きにして、短冊を上に置く。そして、プラスチックのペンケースから、一本のボールペンを取り出した。

「準備いいのね」

「いつメモする機会があるかわからないから、こうやって準備しているんだ」

「メモ帳もあったらいいのにね」

「もういいだろ、短冊の件は」

 ボールペンを手にし、空をみる。さて、どんな願い事を書けばいいのやら。

「亜留君はどうせ、もっとえっちな体験ができますようにとか、そんな願いを書くんでしょ?」

 沙織が亜留の短冊を覗きながら言う。

「何でそんなのを願わなきゃいけないのさ。大体、何で毎回僕はえっち扱いされなきゃいけないのさ」

「あれ、亜留君覚えてないんだ。小学生の時の頃のこと」

 そういわれ、亜留は昔のことを思い出してみる。沙織は大きくなってからはあまり遊びに来たことはないが、小学生の頃までは何回か家に遊びに来ている。

「亜留君、机の中にグラビア写真集いれてたじゃない。どうせ、家に帰ってから宿題もしないで、それ見てニヤニヤしてたんでしょ?」

「あれは父さんがいつの間にか机の中に隠してたんだって。小学生が興味を持つようなもんじゃないだろ」

「そうね、亜留君は特殊だから、興味があったんだよね。今でもあるんでしょ?」

 フフッ、と笑いながら沙織が言う。

「グラビア写真集なんて無いぞ。他のものならあるかもな」

「他のもの……って、ベッドの下のあれのことですか!?」

「な、何で知ってるんだよ」

 自分だけの秘密をあっさり言われ、亜留慌てた。

「やっぱりそうなんですね。男の子って、いつもベッドの下にえっちなものを隠しているんですか?」

「さぁ、人によるんじゃない? 高校生だったら、そういうの普通だろ」

「どっちにしても、えっちなのは亜留君のアイデンティティーですから、それくらいは彼女としては許しておかないといけないですね」

「その嫌なアイデンティティーはどうにかならないものかね」

 むっとした顔をする亜留を見て、再び沙織はクスクス笑い出す。それにつられて、亜留も笑い始めた。


「で、沙織の願いは?」

 ボールペンを持ったまま、亜留は沙織に尋ねた。

「そうね……」

 沙織はあごに手をあて、考え始めた。そして、

「二人でずっと一緒にいられますように、じゃだめかな」

 と、亜留に答えた。

「小説家になれますように、とかじゃなくていいのか?」

「将来の夢はこういうのに頼るんじゃなくて、自分で頑張って勝ち取るものなんです。でも、何があるか分からないから、ずっと一緒にいられる保障なんてないじゃない」

「確かに、そうかもね」

 亜留は早速、短冊に沙織の願い事を丁寧に短冊に書き始めた。ボールペンがすらすらと動く様子を、沙織もじっと見ていた。

「亜留君、結構字が上手なんだね」

「親がうるさいんだよ。字は丁寧に書けって」

 よし、と書き上げた短冊を手に取ると、亜留は近くにあった笹にくくりつけた。


「それにしても、この辺って、なんだかぴりぴりした空気がない?」

 亜留は先ほどから感じていた、微弱な電気が流れるような感じを不思議に思っていた。

「霊感が上がっているからじゃないかな。神社だから、いろんなエネルギーが集まりやすいのかも。墓地だったらもっと強く感じると思うよ」

「そうか、霊感が……」

 そう思ったとき、ふと沙織の体が透けているように見えた。正確に言えば、もともと透けていたのだが、その透明度が上がっているように見えた。

「沙織、体が……」

「……そっか、亜留君も気が付いたんだね」

 驚いた顔をする亜留を見て、寂しそうな笑顔を見せる沙織。

「暗い道を歩いているときくらいだったかな。私の体が私の霊体を受け入れる準備ができたっていう、何ていうのかな、信号みたいなのが来たの。それで、少しずつ、霊体のエネルギーが体のほうに戻っていっているのよ」

「えっと、つまり、もうすぐ元通りになるってこと?」

「一言で言えば、そうね」

「なんだ、そういうことか。このまま消えてしまうのかと思ったよ」

 元に戻ると聞いてほっとする亜留。だが、沙織は浮かばない表情を見せる。

「……? どうした? 元に戻るのが嬉しくないのか?」

「いえ、そうじゃなくて」

 続けようとするが、沙織は言葉に詰まって声にならない。

 亜留から視線をはずしていた沙織だったが、ふと、何か意を決したように亜留をまっすぐ見つめて言った。


「亜留君、私はもうすぐ元の体に戻るけど、二つ、約束をして欲しいの」

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