二人の友人――誰も知らない夏の大三角
雑貨屋は休日ということもあってか、かなりの賑わいを見せていた。
中高生ぐらいの女性客が多いが、ちらほら中年男性や小学生くらいの子供、親子連れも見える。
明は人ごみを軽快にすり抜け、人気のアニメグッズやキャラクターグッズの中でも特に女性に人気のキャラクターグッズがたくさん置いてあるスペースに向かった。
「妹さんは、こういうキャラクター物が好きなのか?」
明の後を四苦八苦しながら亜留はついて行く。
「ああ、最近集め始めたらしいんだ」
亜留がグッズ売り場にたどり着いた頃には、明は既に品定めをしていた。
「じゃあ、ここら辺にあるのを適当に買って行ったらいいんじゃないか?」
あれこれ迷っている明に、亜留が言い放つ。
「それが決められないから困っているんじゃないか」
グッズ、と一言で言ってもさまざまな種類がある。文房具から日用品、最近では電卓や小型テレビのような家電製品まで売ってあるのだ。
明と共に、亜留もグッズを色々と眺めてみる。
「そうだなぁ、これとかどう?」
亜留はその中から、文房具セットを取り出した。
「いやいや、そういうよく使う物は自分で買うだろ」
明はいやいや、と手を振った。
「たしかにそうだな。じゃあこれは?」
亜留は先ほどの文房具セットを元に戻すと、今度はパズルを取り出した。
「うーん、あいつはこういうの苦手だからなぁ」
明はどうだろうか、と考える素振りをしたが、否定しているようにも見える。
あれこれと亜留は明に提案するが、ことごとく自分で買っているものか、好みでは無いものと言われて否定されてしまう。
「なかなか難しいもんだな。特に女の子だし」
「な、そうだろ。俺一人じゃ到底決められそうに無いって」
「確かに」
そうは言っても、男二人だけでは、女の子へのプレゼント選びはどうもうまくいかないようだ。
「亜留なら、女の子のプレゼント選びが得意だと思ったんだがな」
「だから僕はそこまでたらしじゃないって。それに妹さんのプレゼントならおまえの方が詳しいだろ」
女性客が多い中、無数にあるグッズを前にして、腕を組みながら立ち尽くす男二人。
『ねえ、あれなんてどうかな』
ふと、亜留の耳に沙織の声が聞こえた。
「ん?」
目の前には、太陽電池で動く、首を左右にゆっくり揺らすタイプの置物があった。
亜留はそれを手に取り眺める。
『これ?』
『そうそう』
『こういうのが好きなのか? 女の子って』
『結構女子高生の間でも人気らしいんだけと、こういうのって、気にはなるけど自分で買おうとは思わないじゃない。だから、プレゼントにぴったりかなって』
『なるほどね。じゃあ明に見せてみるか』
そう言うと、亜留は手に取った置物を持って、まだいろいろと探している明の元に向かった。
「明、これはどうかな?」
亜留は座り込んでグッズを選んでいる明の肩を叩いて言った。
「ん、何だ? 置物?」
明が立ち上がると、亜留は持っていた置物を渡した。
「こういうのって、自分で買おうとは思わないじゃん。だから、プレゼントにいいんじゃないか?」
『亜留君、それ私のセリフ……』
沙織が呟くが、亜留はスルーした。
「ふむ、一理あるな。値段も手頃だし。さすがは女子へのハイプレゼンターだ」
「いや、意味がわからない。とりあえず、他に候補がなければそれでいいんじゃないかな」
しばらく明は考えていたが、本当はもう決めていたのだろう、「それでいこう」と、すぐに決定を出した。
「じゃあ、会計済ませてくるわ」そういうと、明はすぐさまレジに向かった。
『ありがとな、沙織。助かったよ』
会計に向かった明を見送りながら、亜留は沙織に声を掛けた。
『やっぱり女の子が欲しい物は、女の子がよく分かってるからね。亜留君も、えっちなことばかり考えてないで、少しは参考にしてくれるとありがたいんだけど』
『別にえっちなことばかり考えているわけでは……』
『じゃ、お礼としてあれ買ってよ』
ふと見た先にあるのは、キャラクターの手鏡だった。
『これ?』
『そうそう。私、最近手鏡割っちゃったから』
『ほう、沙織ちゃんは毎朝自分の顔を見てにやけるナルシストさんですか?』
『お、女の子の身だしなみのためです! 鏡を見てえっちなことを考える亜留君とは違うんです!』
『手鏡でえっちなことを考えるって、相当高度なテクニックだな』
はぁ、とため息をつき、亜留は手鏡を手に取る。
『仕方無いな、じゃあ、お見舞いの品ということで』
『やった、亜留君ありがとう!』
『渡すのはお見舞いのときだぞ』
亜留は手鏡を手に取ると、そのままレジに向かった。
レジの列に並ぶ間、亜留は手鏡で自分の顔を見ていた。
『あれ、亜留君どうしたの? もしかして、人前で手鏡で自分の顔をみてにやけるナルシストさんですか?』
『え、いや、やっぱり沙織は鏡に映らないなぁって』
『え……あぁ、そうね。映ったらホラーの世界だもの』
明と亜留は会計を済ませ、雑貨屋を後にした。
「あれ、何だ、亜留も何か買ったのか?」
「まあね」
そう言うと、亜留は買った手鏡を袋ごとかばんにしまった。
「ちょっと腹減ったな。亜留、今日の買い物のお礼に奢るから、喫茶店でも行かねえ?」
「ん、腹が減ったのか。ならちょうどいいものがある」
そう言うと、亜留はかばんから紙に包まれた何かを取り出し、明に差し出した。
「これは?」
「愚直な思考により置き去りにされ生み出された、穀物と肉と乳製品、そして少々の野菜のシンフォニーだ」
「……?」
亜留の説明に、明はぽかんとしている。
「率直に言うと、うっかり頼みすぎて残してしまったチーズバーガーだ」
「最初からそう言えよ。大体お前が残したんだから責任持って食えよ」
「ちっ、せっかくの好意だったのに」
亜留は仕方なく、チーズバーガーをかばんにしまった。
「好意だったら舌打ちしないだろ。それより、ここを出たところにケーキがおいしい喫茶店があるから、行ってみようぜ」
そう言うと、明はすたすたとエレベーターに向かった。
亜留もその後についていく。明の甘いもの好きに脱力したのか、何かがすっと抜けた気がした。
『アイツの前世は、きっとスイーツ好きの女子だな』
「そうね、佐渡君が甘いものが好きなんて、意外ね」
「あぁ、そうだな……って、うわっ!」
ふと亜留が左を向くと、霊体姿の沙織が明のほうを見ながら立っていた。
「ん、どうした亜留? なんか幽霊を見たような顔してさ」
亜留の叫び声に明の足が止まり、亜留の方へ振り向いた。
亜留は思わず「お、良く分かったな。実は幽霊が見えてるんだ」といいそうになったが、すんでのところで思いとどまった。
なんとか返答しようと目の前を見渡すと、ちょうど婦人服売り場の前にあるマネキンが見えた。
「あ、ああ、突然目の前にマネキンが現れて、ちょっと驚いただけだ」
「……そうか。なら亜留にとって二階の衣料品売り場は驚きの連続なんだろうな」
明は不審な目をしていたが、すぐにエレベーターのほうを向いて歩き出した。
「お前、何で急に幽体離脱してるんだよ!」
亜留は周りにばれないよう、独り言のようにまっすぐ歩きながらつぶやいた。
「だって、喫茶店だったら、三人で席に座って話をしているように見えた方が楽しいじゃない」
亜留の隣で、沙織が歩きながら話しかける。
「といっても、見えるのは僕と沙織だけだけどな。むしろ憑依してなくて大丈夫なのか?」
「数時間程度なら大丈夫って言ったでしょ。それに」
そういうと、沙織は今までしゃべっていた口を閉じた。
『この状態でも、憑依しているときと同じように意思疎通できるから』
『……それを早く言ってくれ』
亜留がエレベーター前で待っている明に追いついたとき、ちょうどエレベーターのドアが開いた。
デパートから出て少し歩いたところに、「喫茶 ミルキーキャニオン」という看板が見える。大型デパートの影になっているからか、あまり目立ったところに無く、それゆえか見た限りあまり客が入っている様子はない。
「ここだ。ちょうど今は空いている時間かな」
明がそういいながらドアを開ける。カラン、という音と共に冷たい空気が肌に触れて心地よい。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
店員が案内すると、明は適当な四人席に座った。その向かい側に亜留が座り、その隣に沙織が座る。
明と亜留がメニューを見ていると、店員が水を三人分持ってきて、それぞれの前に置いた。
「メニューが決まりましたら、お呼びください」
そう言うと、店員はカウンターに下がった。
「とりあえず、ケーキセットでいいか?」
「そうだな。飲みものはコーヒーで」
メニューが決まったところで明が店員を呼ぶと、先ほどと違う若い店員が注文をとりに来た。
その店員に注文すると、オーダーを書いて厨房へと向かった。
「そういえば、すっかり忘れてたんだが、昨日メール送ったのに返信が随分遅かったよな。何かあったのか?」
水を手に取り、飲もうとしたところで明が亜留に話しかけた。
「ああ、そういえば明には話してなかったな。実は……」
亜留は隣に座っている沙織の顔を横目で見た。沙織は静かに下を向いている。
「昨日、沙織が事故に遭って……」
「え、天川が? 大丈夫なのか?」
明は驚いてコップを倒しそうになった。
「打撲と怪我くらいで、命に別状は無いんだって。でも、まだ意識が戻らなくて入院中」
「お見舞いとかは?」
心配する明をよそに、亜留は水を一口飲む。
「意識不明なのに行ってもしょうがないだろ。意識が戻るんなら行くけどさ」
「まあ、それはそうだが……」
明が言いあぐねていると、店員が注文のケーキセットをトレーに入れて持ってきた。
それぞれのケーキを明と亜留の前におくと、その隣にホットコーヒーを置く。淹れ立てのコーヒーの香りが、店内に広がった。
「幼馴染なんだろ? 心配じゃないのかよ」
店員が離れたのを確認すると、明は話を続けた。
「まあ、心配は心配さ。でも、心配すれば退院できるってわけじゃないだろ?」
そう言いながら、亜留は目の前のチーズケーキを小さなフォークで切り分ける。
「まったく、少しは心配してやればいいのに。それともあれか? 幼馴染だから、お互いのことはちゃんと分かってます、とかそういうのか?」
「お前は船出さんと同じようなことを言うんだな」
亜留がそう言うと、急に明は飲みかけたコーヒーを噴出しそうになった。
「な、何で重菜ちゃんの話が出てくるんだよ」
「いや、今日こっちに来る前に散歩してたら、偶然船出さんに会って、少し話をしたんだよ。そしたら、幼馴染だからお互い分かってるとか、明と同じようなことを言ってたからさ」
亜留と明のやりとりに、隣で沙織もくすくすと笑っている。
「なるほど、幼馴染とかで一緒にいると、そういうところも似てくるんだろうな」
『わ、私は亜留君みたいに、えっちなことなんてあんまり考えませんよ!』
何故か亜留の言葉に、沙織が反応した。
『ほう、あんまり、ってことは、沙織ちゃんもえっちなことを考えることがあるのかい?』
『え、あ、あの、そりゃまあ、女の子だって、たまには……って、亜留君のえっち!』
つい沙織の言葉ににやけてしまう亜留。
「な、なんだよ。俺と重菜ちゃんとのことがそんなにおかしいか?」
「え、ああ、いやいや、それはそれでいいんじゃないか? まあ俺と沙織は小学生の頃からだけど、お前と船出さんだって、中学生の頃からずっと一緒じゃないか。大体船出さんのことを『重菜ちゃん』なんて呼ぶの、男子でお前くらいだぞ?」
「だからって、別にそこまで特別な関係じゃないぞ。そもそも重菜ちゃん、男子にモテるから、俺なんて相手にしてくれないって」
「へぇ、そうなんだ」
「へぇ、って、おまえなぁ」
あまりに興味なさそうに振舞う亜留に、明は少々あきれ気味である。一方で、亜留は亜留で話半分にケーキを口に運ぶ。
「男子人気ナンバーワンの重菜ちゃんに興味が無いとはねぇ」
「え、そうだったんだ。だったらやっぱり悪いことしたかなぁ」
「ん、重菜ちゃんと何かあったのか?」
「いや………」
沙織がいる手前、話すのをやめておこうかと思ったが、ここまで言ってしまったので仕方ない。亜留は朝のことを話すことにした。
「実は、朝船出さんに告白されちゃって」
「な、何、重菜ちゃんに!?」
明は思わず叫んでしまった。店内が一瞬静かになる。
おいおい落ち着け、と亜留が明をなだめる。隣で沙織も同じことをしていたように見えたが亜留はスルーした。
「……で、返事は?」
「ごめんなさいしちゃったよ。あんまり仲良くなかったし、船出さんのこと、あまり知らなかったしね」
「そりゃ、悪いことっていうか、もったいないことしたな。クラスの男子が聞いたらフルボッコされるぞ」
といいつつ、明は亜留のチーズケーキのカケラを奪おうとする。お返しにと、亜留も明のチョコレートケーキにフォークを突き刺す。
「だったらお前が船出さんに告白すればいいじゃないか。中学から仲がいいんだから、他の男子より可能性あるんじゃないか?」
亜留の言葉に、明はケーキをのどに詰まらせかける。げほげほと咳き込みながら、明はコーヒーで何とかケーキを流し込んだ。
「大丈夫か?」
「あぁ。てか、男子人気ナンバーワンの重菜ちゃんだぜ? さっきも言ったけど、俺のことなんて取り合ってくれるわけ無いだろ」
「ほほう。じゃあさ」
亜留はコーヒーを一口飲んで続ける。
「沙織のことはどう思ってるのさ」
『え、ちょ、亜留君、何を言い出すのよ急に』
あまりに唐突な質問に、沙織が声を上げた。
「いやいや、天川は亜留がいるだろ」
明のあっけない答えに、亜留は一つため息をつく。その息で、コーヒーから立つ湯気がゆれた。
「そこだよな。相手が人気ナンバーワンだからとか、幼馴染がいるからとか、そう言うのは関係無いんだって。告白する前から振られてるわけじゃないんだから、一度は声を掛けてみろよ。もしかしたら、本当は相手も待っているかもしれないじゃないか」
「しかしだなぁ……」
明は言いかけたが、それ以上言葉が続かなかった。
傾いた太陽の光が、窓から差し込む。その光が先ほどよりも眩しい。
「言葉の力って、結構強いもんだよな。たとえ好きな人がいても、別の誰かに好きですって言われたら、よほど嫌いだとか気に食わないとかじゃない限り、心がそっちに動いてしまう。何ていうのかな、一瞬思考が停止してしまうんだ。そこからはいって言うのもいいえって言うのも、結構苦しいもんなんだよ」
そう言って、亜留は残ったケーキを全て口の中に運ぶ。明は何故か呆けた顔をしている。
「まあ、確かに中途半端に仲がいいと難しいよな。振られたら気まずくならないかとか。そのときはそのときで考える、それでいいじゃん」
そういうと、亜留は一気にコーヒーを飲み干した。
「僕から言えるのはそんなもんかな」
一気に言い終え、亜留はふぅ、と息をついた。目の前には、ぽかんとした表情をした明の顔があった。
「……亜留よ、いつの間にお前の恋愛講座が始まったのだ? それに、なんだか、俺が重菜ちゃんに告白する前提で話が進んでないか?」
「え、違うのか?」
『あれ、違うの?』
明の言葉に、亜留と沙織は同じ反応を示した。明はため息をつくと、残りのケーキを口に運んだ。
夕方の街は客層が入れ替わり、夕食の買い物に来た主婦で賑わっていた。
朝昼の曇り空が嘘のように、夕日があたりを照らす。その中で、亜留はバス停のほうへ、明は駐輪場のほうへ向かおうとする。
「亜留、今日は助かったよ。また明日、学校でな」
「ああ、妹さんと船出さんによろしくな」
「おうっ……って、重菜ちゃんは関係ないだろ!」
冗談だよ、と亜留は声を出して笑う。目の前の明の顔は、夕日のせいか赤くなっているように見えた。
明が自転車に乗り、家のほうに向かうのを確認すると、亜留は手を振って明を送った。沙織も手を振ったのだが、恐らく気が付いていないだろう。
「さて、俺たちも帰るかな」
そうつぶやくと、亜留はバス停の列に並んだ。その隙を見計らって、沙織は亜留に憑依した。
帰りのバスは行きのバスと異なり、最初は座れる状態ではなかった。そのため、亜留は入口から近いところでつり革に捕まって立つ。
しかし、込み合った車内もバス停に停まるごとに減って行き、住宅街を抜ける頃には座席を確保することができた。
『まったく、明も素直じゃないなぁ。好きなら素直に言えばいいのに』
『亜留君、人それぞれタイミングがあるのよ。全員が全員亜留君みたいにえっちじゃないんだから』
『そうだな……って、そこでえっちかどうかは関係ないと思うがな』
『亜留君はスケベ心丸出しだから、かわいい女の子にすぐに声を掛けるんです。佐渡君は、ちょっとシャイだから、そういうのは難しいんですよきっと』
『スケベな奴でも女の子に声かけられない奴だっているぞ。明とか明とか、あと明とかな』
『もう、亜留君のえっち』
そうこうしているうちに、一人、また一人と乗客は下りていき、海が見える頃には亜留たちだけになってしまった。
『そういえば、朝はあんなに雨が降っていたのに、今はすっかり天気がよくなったな。今日天の川でも見に行ってみようか』
『あ、いいわね。えっと、どこがいいかな』
『阿流野辺川でいいんじゃないかな。海でもいいけど、もう少し山側のほうが明かりの影響が少ないから』
『そうね。海もちょっと明るいもんね』
窓の外を見ると、少しずつ夕日が沈んでいるのが見える。反対側では、恐らく藍色の空が広がっているのだろう。
「次は、阿流野辺、阿流野辺です」
しばらくすると、音声アナウンスが亜留たちの家の最寄のバス停の名前を告げた。
亜留がボタンを押し、しばらくするとバスはゆっくりと停まった。
『そういえば、ずっと言おうと思ってたんだけど、何で喫茶店の店員さん、私の分まで水を持ってきたのかな』
降りる寸前、沙織が突然つぶやくと、亜留も「そう言えば」と不思議がった。