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My Possessed Day~彼女に取り憑かれた日~  作者: フィーカス
彼女に取り憑かれた日
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二人の買い物

 昼前ともなると、スーパーの前は買い物客でにぎわう。晴れているわけでもない明るく、雨が降るわけでもないグレーな空が、中途半端で少しだけ気味が悪い。

 人通りが多い道を抜け、「阿流野辺」と書かれたバス停に到着した。ここが、亜留たちの最寄のバス停である。

 聞こえるのは道路の向こうにある海の波音と、時折走る車の音、そして山から遠く聞こえるセミの鳴き声くらいだ。

『これからどこに行くの?』

 バス停のベンチの前まで来ると、沙織が頭の中に話しかける。

『ああ、あきらと買い物』

佐渡さど君か。いつも一緒にいるもんね』

『服とか靴とか買いたいって言ってたからね。まあ、おおよそ目的は分かってるけど』

 亜留がバス停の青いベンチに座ると、夏の暑さに火照る体にベンチの冷たい感じが伝わってくる。

『男の子の買い物でしょ? やっぱりえっちな本とか買うんでしょ』

『沙織ちゃんは、えっちなことしか考えないのかい?』

『ち、違います! 一般論を言っただけです!』

『一般論でどうしてそうなるんだよ』

 はぁ、と亜留は大きなため息をついた。

『どうせゲーセンでしばらく遊ぶんだろ。まあ、買い物も少しはするんだろうけど、女の子の買い物とはずいぶん違うと思おうよ』

『へぇ。じゃあ、その男の子の買い物っていうのを、ちゃんと見せてもらうね』

『あんまり参考にならないと思うけどなぁ』

 亜留は「星海せいかいシティバス」と書かれたバスの時刻表を見ながらも、通り抜ける車が来るたびにそちらに視線を移し、バスの到着を待った。


 バス停に到着してから数分後、バスはほぼ定刻どおりにやってきた。入口で読み取り機にICカードをかざすと、亜留は後の方の席に座った。

 天井付近に取り付けられたエアコンの吹き出し口から、冷たい風が吹き込む。その風を受けながら、亜留は見慣れた海を眺めた。

『そういえば、最近バスなんか乗ったこと無かったね』

『まあ、自転車通学だからね。でも今日は買い物だし、荷物が多いと持って帰れなくなるからね』

『そんなにいっぱい買うの?』

『さぁ。まだどこに行くのも決まってないしね』

『まったく、男の子はいい加減ね』

 バスから見える海の景色は、トンネルを抜けると田畑が広がる風景へと変わっていく。途中、いくつかのバス停があるのだが、そのバス停では客が待っておらず、全て通過していく。

『それにしても、お客さんいないね』

 田舎の路線バスとはいえ、今日は土曜日。しかし、昼前だからだろうか、今のところ誰も乗客がいない。

『まあ、このルートは本数も少ないしね』

 ようやく住宅が見えたところのバス停で、乗客が一人乗車する。しかし、市街地に入るまで、そのバスには誰も乗ることが無かった。


 亜留たちが住む街である星海市せいかいしは、自然豊かな田舎町と、大きなビルや店が立ち並ぶ商業地、その周辺に作られた住宅街、そしてテクノタウンと呼ばれる工業地域とはっきりと分かれている。星海シティバスは、これらの地域を結ぶ重要な交通網の一つである。

 亜留たちが終点である星海センタータウンに到着する頃には、バスにはかなりの乗客が乗っていた。

『急に増えてきたね』

 降りていく客を見ながら、沙織が呟く。

『住宅街に入ってから乗る人が多いからね』

 半分くらいの客が降りた頃、亜留はようやく座っていた席を立ち、降車口に向かった。

 込み合う車内で先客が降りるのを待ち、ようやく亜留の番になると、ポケットに入れていたICカードをかざしてバスを降りた。


 日曜日の昼前のセンタータウンは買い物客でごった返していた。

 ひとたび信号待ちになれば、横断歩道の前は誰かがライブをやっているかのように人が溜まっていく。そして信号が赤から青に変わると、その人溜まりが一気に解放され、こちらに向かってくる人と交差する。

 亜留は何とか人ごみを抜け、ショッピングセンターの入口にたどり着いた。

『これからどうするの?』

 亜留は時計をちらりと見る。時刻は午後十二時半。

『まだ時間があるから、とりあえず昼食かな』

 亜留はショッピングセンターの建物に入ると、一階にあるフードコートに向かった。

 フードコートも、昼食時とあってなかなかの混み具合だった。しかし、いくつか席は空いていたため、亜留はそのうちの一つに自分の荷物を置き、席を確保した。

『そんなところに置いてて、盗られたりしないのかな』

『空いている席に荷物があったとしても、僕は盗っていく勇気はないかな。皆見てるし』

『で、でも、亜留君がいつも持ち歩いているえっちなものとかが見つかったらどうするのよ』

『沙織ちゃんは、毎日えっちなものを携帯する人ですか?』

『わ、私はえっちなものなんて携帯しません!』

 ははは、と亜留は心の中で笑いながら、ハンバーガーショップの列に並んだ。どこからかむすっ、という音が聞こえた気がした。


 かなり待ち時間があると思われたが、店側がこの混雑に慣れているためか、列は思ったよりも早く進む。並び始めて数分後には亜留の注文する番となった。

「お待たせしました。こちらでお召し上がりですか?」

 前の客をすばやくさばくと、レジの店員はすばやく亜留に注文を尋ねた。

「はい。えっと、照り焼きバーガーのセットを一つ。ドリンクはコーラで」

「はい、照り焼きバーガーのセットですね」

 店員は亜留の注文を聞き、すばやくレジに打ち込む。

『じゃあ、私はチーズバーガーと、アイスコーヒーのSで』

「それから、チーズバーガーと、アイスコーヒーのSサイズを」

「はい。では照り焼きバーガーのセットで、ドリンクがコーラと、チーズバーガーの単品と、アイスコーヒーのSサイズがお一つずつで、合計八百円のお会計となります」

 亜留は財布から千円札を一枚取り出し、店員に渡す。店員はレジに打ち込むと、千円札をレジにしまい、二百円のお釣りを亜留に手渡した。そして、番号札を渡して席で待つように指示をした。

『うーん、結構混んできたねぇ』

 亜留が荷物を置いていた席に戻ろうとすると、沙織は先ほどよりも込み合っていることに気が付いたようだ。やはり、席を取っていたのは正解だったようだ。

 席に着くと、亜留は携帯電話を取り出し、明に電話をかけた。

「あ、明? 今着いたところ。ちょっと飯食べて行くから、あと二十分後くらいに」

 携帯電話の電源を切り、しばらくすると注文していたメニューが到着した。

「……」

 ここで亜留はようやくあることに気が付いた。

「勢いで頼んだけどさ、これ僕が全部食べるんだよね?」

『あ……』

 それを聞き、沙織は自分が何も食べられないことに気が付いた。


 普段あまり多く食べない亜留だったが、持ち帰ることが困難なドリンクまでは何とか処分した。

 しかし、照り焼きバーガーとポテトでおなかが一杯になったため、チーズバーガーはショルダーバッグにしまって持ち帰ることにした。

『ごめんね、つい頼んじゃって』

『まあ、途中でおなかすくだろうから、そのときに食べるよ。食べきれなかったら明にあげればいいし』

 一階のフードコートを後にし、エスカレーターで三階へ向かう。

『それよりも、僕が食べているとき、よだれを流しながら食べている僕を見るイメージを送りつけてくるという、意識の共有を悪用したいたずらをするのはやめてくれ』

『だって、おいしそうだったんだもん』

 二階から三階に向かう途中、亜留ははぁ、と一つため息をつく。

『元の体に戻ったら、どこかおいしい料理があるお店に連れて行ってあげるから』

『本当? 私、フランス料理がいいな』

『ここら辺に高校生が入れるフランス料理屋ってあるのか?』

 ふぅ、と先ほどとは違う意味合いのため息が流れる。


「よう、亜留、待ってたぜ」

 三階に到着してすぐのところに、佐渡明(さどあきら)は待っていた。

 ところどころほころびのある黒っぽいジーンズに黒いTシャツ。外に出たら太陽光をぐんぐん吸収して体温が上がってしまいそうな格好だ。

「お待たせ。さて、まずはどこに行くんだい?」

 三階にあるのは、雑貨屋と家電製品、文房具屋に百円ショップ。そして……

「まずはあそこに決まっているだろ」

 明が目を向けた先は、ゲームセンターだ。

 やはりか、といった表情で亜留はゲームセンターを見つめる。

「予想通りか。買い物はどうするんだよ」

「買った後だと荷物が多くなるだろ? こういうのは先にやっておくのさ」

「趣旨が違う気がするのだが……まあいいや」

 亜留が言い終わるが早いか、明はさっさとゲームセンターのほうへ向かってしまった。

『佐渡君、いつもより生き生きしてない?』

「あいつはいつもこうなんだ」

 沙織の質問に、亜留は答えを思わず口にする。すこしだけ、周りの視線が気になった。


「フッ、まずは俺のドライビングテクニックを見せてやろう。さあ亜留、隣に座るんだ」

 気が付くと、明は既にレーシングゲームの席について準備万端の構えだった。

「お前がやってるところを散々見たから知ってるんだが……」

 仕方なく、亜留も隣に座り、対戦することにした。

 百円玉をいれ、ゲームを開始する。しかし、結局亜留はレースゲームは得意ではなかったため、早々に大差をつけられて明に完敗してしまった。

『おお、佐渡君すごいねぇ』

 レースの様子を見ていた沙織は、明の走りを見て素直に驚いた様子だが、亜留はその感想をスルーした。


 亜留はひとまず周りを見て歩くことにした。メダルゲームをするほど長期間滞在する予定ではないので、UFOキャッチャーなどのプライズゲームを見回る。

『あ、亜留君、あれ取って』

 沙織の呼びかけに亜留が立ち止まると、どこかで見たようなクマのぬいぐるみが景品のUFOキャッチャーがあった。

「久々だけど、一回やってみるか……って、二百円かよ」

 サイズが大きいプライズだからだろうか、一回当たりの単価が高いUFOキャッチャーも最近では珍しくない。

 仕方なく亜留は財布から百円玉を二枚取り出し、ちゃりちゃりと投入口に入れる。

 ぬいぐるみは二本の棒にはさまれた形で固定されており、アームでずらしながらバランスを崩させて落とすタイプのものだった。

 まずはアームを右に移動させ、ぬいぐるみの中心あたりまで持ってくる。次は奥の方向に動かすのだが、狙いは中心よりもやや手前。しかし、少し奥のほうまで行き過ぎてしまった。

「ちょっと厳しいか……」

 アームが下がり、ぬいぐるみをつかむ。一瞬宙に浮き、少しだけバランスを崩すが、落とすまでには至らなかった。

『惜しかったね』

「うーん、もう少しだったなぁ」

 やはりそう簡単にはいかないか、と頭をかいていると、明がふらりとやっていた。

「ん、亜留よ、こういうのが欲しいのか?」

「いや、ほしいのは僕じゃなくて……」

「なるほど、どれどれ」

 いつのまに取り出したのか、明は手に持った百円玉二枚を投入口に入れると、右移動のボタンを押してアームをぬいぐるみの中心に持ってくる。続けて奥移動のボタンを押すと、きっちりぬいぐるみの中心に照準を合わせて止めた。

 アームがぬいぐるみをつかむと、先ほどよりも少し長めに宙に浮く。先ほどと同じように引っかかって落ちない。かと思いきや、徐々にバランスを崩し、すっぽりと落ちてしまった。

『へぇ、明君、UFOキャッチャーも得意なんだ』

 明はゲットしたぬいぐるみを受け取り口から取り出すと、亜留に手渡した。

「いいのか?」

「俺は取るのが楽しみだからな。別に欲しいわけじゃないからやるよ」

 亜留は一言「ありがとう」というと、近くにあったプライズ用の大き目の袋にぬいぐるみを入れた。


「それにしても、お前はゲームに関しては天才的だよな」

 ゲームセンター内を歩きながら、亜留は明のゲーマー魂の凄さを改めて実感していた。

「まあ、ゲーセンには毎週行ってたからな。最近はあまり行ってないけど」

「へぇ、じゃあ、あれはどう?」

 亜留が指差した先にあったのは、太鼓を叩く音楽ゲームだった。

 既に誰かがプレイしており、何人かのギャラリーが集まっている。

「音ゲーか。あまり得意じゃないんだけどな」

 亜留と明が向かうと、ちょうどプレイしていた人が終わったのか、周りのギャラリーも散り散りに去って行った。

 誰もプレイする人がいなかったため、明は百円を筐体(きょうたい)に入れ、プレイを始める。

『え、「ハードコース」って、結構難しいんじゃない?』

 よく聞いた事があるJ-POPの音楽が流れると、明は軽快なバチ捌きで譜面通りに太鼓を叩いていく。

 一曲目、二曲目とクリアゲージはほぼ満タンになっており、あっさりとクリアしてしまった。

「まあ、こんなもんかな」

 満足げに明がプレイし終わると、亜留が「じゃあ今度は僕が」と百円玉を筐体に入れた。

 プレイ開始、と思いきや亜留はおもむろに太鼓の縁を連打しだす。そして、「エクストリームコース」というコースが現れた。

「え、ちょ、エクストリームコースって」

 明が後で驚いているが、亜留はそんなことにかまわず高速で選曲していく。

 聞いたことも無いオリジナル曲が流れると、恐ろしい数の譜面が高速で通り過ぎていく。しかし、亜留はそれをまるで苦にしないかのように軽快に叩いていく。

 明は開いた口がふさがらず、二曲目が始まる頃には周りには大勢のギャラリーができていた。


「お、お前、すごいな」

「まあ、さっきのはずっと前からある曲だし、何回も練習したからね」

 ゲームセンターから雑貨屋に向かう途中、明は先ほどの亜留の廃人プレイについて話していた。

「練習って、何年やってるんだよ」

「さあ、かれこれ五年はやってるんじゃないかな。それだけやればあれくらいはできるよ。音ゲーは得意だしね」

「それはやりすぎだろ」

 明が亜留に突っ込みを入れている間に、明が行きたいと言っていた雑貨屋にたどり着いた。最近話題のキャラクターのグッズや、アニメのキャラクターの文房具などがたくさん置いてある。

「なんか、女の子が好きそうなところだけど、一体何を買うんだ?」

 男の明がこんなところで何を探すのだろうと、亜留は不思議に思っていた。

「ああ、明日妹の誕生日だから、そのプレゼントをね」

「なるほど、だからか。それにしても、何故男の僕を誘うんだ?」

 女の子の好きそうなものの相談なら、他に適役がいるのではないか、と亜留は思った。

「いやだって、お前女の子にいっぱいプレゼントしてそうだから」

「僕はプレゼンター君ですか」

 亜留のツッコミをスルーし、明は一人で先に店内に入って行った。


『お、女の子にプレゼントしてるって、やっぱり亜留君はえっちな人なんですね』

「ちげぇよ!」

 沙織の言葉に思わず亜留は声を出してしまった。明と中にいた数人の客がそれに気付き、ちょっと不思議な視線を送っていた。 

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