二人の友人――ベンチに広がる夏の大三角
薄緑色のカーテンから、わずかな光が差し込む。
体を照らすその淡い光が、亜留を夢の世界から目覚めさせた。
枕元の時計を見ると、時刻は午前六時半。休日に起きるには少々早い時間だが、亜留は着替えを済ませ、リビングへと降りていった。
カーテンが閉められたままの暗いリビングのソファに座り、テレビをつけると、戦隊ものと思われる番組が放映されていた。最近はこんな朝早くから子供向けの番組を扱っているものだな、と思いながら亜留はぼうっとテレビを眺める。
しばらくすると、廊下の方から足音が聞こえてきた。
「あら、亜留、早いのね」
母親が、ダイニングの向こうから顔を覗かせる。
テレビを見ている亜留の様子を見た後、母親はキッチンに向かい、コーヒーを淹れた。インスタントとはいえ、良い香りがダイニングに広がる。
「今日はどこかに行くの?」
淹れ立てのコーヒーを亜留の前のテーブルに置きながら、母親が聞いた。
「うん、昼から友達と買い物」
「昼ごはんは?」
「そうだなぁ。外で食べてくるよ」
亜留は出されたコーヒーを一つ口にする。インスタントなのに、妙においしく感じる。これが長年コーヒーを入れ続けた母親のテクニックということだろうか。
のんびりコーヒーを飲んでいると、チン、というトースターの音がした。同時に、香ばしい香りが漂ってくる。
番組が戦隊ものからヒロイン物に変わったところで、母親から朝食の支度ができたことを告げられた。それを聞き、亜留もソファから立ち上がり、コーヒーカップを持ってダイニングに向かう。
テーブルには目玉焼きとトースト、昨日の夕食と同様の切って盛り付けただけの簡単なサラダが並べられていた。
いただきます、と亜留はトーストにバターを塗り、一口かじる。
「そういえば、沙織ちゃんね」
母親の一言で、ふと昨日の出来事を思い出した。
「しばらく入院することになったみたい。だから、たまには病院にいってあげなさい」
「そうか……」
亜留は沙織の話を聞き、気の抜けた声を出す。
(そうか、沙織が事故に遭ったのは夢じゃなかったのか。となると、体に沙織の魂が憑依しているっていうのも夢じゃなかったのか)
トーストをかじりながら、そんなことばかりが頭をめぐる。
リビングから、悪役の高笑いが聞こえてきたが、そんなものは気にも留めなかった。
朝食を終えると、亜留は一旦部屋に戻り、ショルダーバッグに荷物を詰め込む。そして、一度トイレに行った後、すぐに玄関に向かった。
「あら、もう出かけるの?」
「ちょっと散歩。そのまま街にいくかもしれないけどね」
靴の紐を締め、亜留は玄関の扉を開けた。
夏の玄関先は、いつもなら道路を見た時でさえ思わず目を瞑るほどの明るさなのに、今日はそうでもなかった。
空は昨日に引き続き生憎の曇り空。遠くからは、ごろごろと雷の音が鳴っている。
「……これは一雨降るかな」
こいつの出番か、とショルダーバッグに入れた折り畳み傘を手に取る。とりあえず、これさえあれば大丈夫だろうと、昨日歩いた川のほうへ向かった。
住宅街の道では、散歩している近所のおじさんや、犬の散歩に付き合っている近くのお姉さんとすれ違った。そのたびに、亜留は「おはようございます」と挨拶をする。
『う……ん……、あ、亜留君おはよう』
体の内側から、沙織の声がした。沙織の霊体はしっかりと亜留の体に憑依しているようだ。
「おや、ねぼすけの眠り姫はようやくお目覚めかな?」
冗談混じりに、亜留は沙織に言った。
『な、そんなねぼすけだなんて、レディに失礼よ!』
どこかでぷんぷん、という効果音が出てきそうな台詞に、亜留ははははと軽く笑い流した。
川沿いの道を海に向かって歩いていく。太陽は出ていないが、周囲の熱い空気が亜留を包んでいく。いくつか植えられている木からは、セミの鳴き声がこれでもかというほどうるさく聞こえてくる。その木をいくつか見ながら、朝からご苦労なことだなと心の中で呟いた。
『あれ、そういえばどこかに出かけてるの?』
ふと、沙織が呟く。
「ちょっと散歩にね。休みの日はよく歩いているから」
『へぇ、その割にはあんまり休みの日に会わないよね』
「朝早いからね。特に、眠り姫さんにとってはね」
『わ、私だって早起きくらい……』
何故か沙織はそう言いかけて口ごもる。その様子に、亜留は思わず笑ってしまった。
『で、今日はどこに散歩なの?』
「ちょっと海のほうにね」
静かに、そして涼しげに流れる川の水音を聞きながら、道を歩いていく。
浅瀬では、子供たち数人、網を手に取り、魚を取っているようだ。ここらへんの子供たちは、朝から元気なものだ。
「小さいころは、あんなこともやってたのにな」
『そうね。高校生になってから、川遊びなんてやってないしね』
「女の子も一緒になってるね。……あ、転んだ。大丈夫かな」
亜留が見ていると、魚を取っていた女の子が、石に生えていたコケで転んだ。幸い、びしょぬれになっただけで怪我はなさそうである。
『あ、亜留君、そんな必死になって小さい子のスカートの中覗いちゃダメだよ』
「……? もう、沙織ちゃんのえっち」
『な、何よ、もう』
亜留が沙織のマネをしながら子供達を見ていると、網を持った男の子がこちらに手を振ってきた。それを見て、亜留は手を振り返すと、再び川沿いの道を歩き始めた。
川沿いの道を下流に歩いていくと大きな国道が見える。その先はもう海である。
休日の海沿いの道路は、とても静かだった。時々数台通る車のエンジン音が、遠くから聞こえる。
車が来ていないことを確認すると、亜留はすばやく道路を横断した。
海を眺めながら、歩道を歩いていく。天候のせいか、少し波が高く、荒れているように見えた。
『なんか、いやな予感がするね』
「ドラマとかだったら、何か事件が起こったりするんだろうけどね」
激しく押しては引く、波際の白い泡を見ながら、亜留は海岸公園へ向かっていく。
海岸公園の入口に着くと、昨日待ち合わせていたベンチよりも海側にある、屋根付きのベンチのところに誰かがいるのが見えた。白いTシャツにロングスカートの女性が本を読んでいる。
『あれ、重菜じゃない?』
「ん、あ、本当だ、船出さんだ」
ベンチに近づくと、本を読んでいた女性、船出重菜も気が付いたのか、こちらに手を振ってきた。
亜留はそれに応えるように手を振りながら、重菜の方に近づいた。
「珍しいね、彦野君。こんなところで会うなんて。散歩?」
「うん、日課だからね。船出さんは?」
「ちょっと、外に出てみようかなって」
「そっか」
重菜は読んでいた本をぱたりと閉じ、ハンドバックにしまった。
「ねえ、少し、話さない?」
「え、うーん……」
少し迷う亜留。沙織がいるのに、二人で話してもいいものだろうか。
『いいじゃない。話をしたら?』
迷っている亜留に、沙織が声を掛ける。それを聞いて、亜留は悩んだが、
「そうだね。隣、いいかな」
と重菜に言うと、その隣に座った。
曇り空は色濃くなり、海風が少し強く吹き込む。その風が、重菜の美しい茶色い長髪をなでる。
いつもは遠く聞こえる波音が、まるで波打ち際にいるかのように強く大きく聞こえてくる。
「ここは風が気持ちいいから、ここでいつも本を読んでいるの」
亜留の隣に座る重菜が、屈託の無い笑顔を浮かべる。
「いつもどんな本を読んでるの?」
「大体本屋に行って、目に付いたものかな。ドラマの原作とか」
そういうと重菜は先ほどバッグにしまった本を取り出した。
「あ、それ昨日テレビでやってたドラマの?」
「うん。原作もおもしろいんだよ」
「そっか。船出さんは凄いな。僕なんて、本って言ったら漫画か攻略本くらいだから」
「彦野君は漫画が好きだもんね」
フフッ、と子悪魔のように、重菜は右手を口元にあてて笑った。それにつられ、亜留も笑い声をあげる。
ふと向こう側の道路を見つめた、重菜は、何かを思い出したような顔をした。
「そういえばさ、昨日道路のあたりが騒がしかったみたいなんだけど、何かあったの?」
それを聞き、亜留から笑顔が消える。
「そっか、船出さんは知らないんだ」
亜留は下に俯きながら話す。
「実は、昨日、沙織が事故に遭っちゃってさ」
「え、沙織が?」
事故、という言葉に重菜はひどく動揺した顔を見せる。
「あ、事故って言っても、頭と腕を怪我した位で、命に別状はないんだって。ただ、昨日病院で聞いた話だと、意識はまだ戻ってないらしくて……」
「そんな、意識が戻ってないって……御見舞いとか、行かなくていいの?」
「どっちみち面会はできないよ。お医者さんも大丈夫だって言ってたから、大丈夫だって」
立ち上がろうとする重菜を、亜留は笑顔でごまかしながら何とかなだめようと肩を抑える。
「……そっか」
その顔を見て、少しずつ重菜も落ち着きを取り戻し、ベンチに座りなおした。
わずかな時間、沈黙が続く。重菜は暗い顔をして俯いている。それを見て、亜留が何を話そうか迷っているとき、
「彦野君と沙織ってさ」
重菜が突然上を向いて、話し出した。
「幼馴染だからかな。なんかこう、お互いを分かっているっていうか、信頼しているっていうか、そんな感じだよね」
「え?」
何を言いたいのか、亜留は検討がつかないといった顔で重菜を見る。
「だってさ、普通友達とか、知り合いとかが事故にあったらさ、凄く心配するじゃない。たとえ、大丈夫だって言われても」
「えっと、まあ、そうかな」
「でも、彦野君は大丈夫だって言ったじゃない。誰かに大丈夫だって言われたからとか、そう言うのじゃなくて、本当に大丈夫だっていう確信があるみたいな言い方で」
当然、本人がここにいるから、などとは口が裂けても言えない。しかし、言われてみれば確かにその通りかと、亜留は心の中で思った。
「そういうことってさ、本当に相手のことを分かってないと言えないよね。だからさ、なんていうか、ちょっとうらやましいっていうか……」
うまく表現できないのか、重菜は言葉に詰まる。
そのとき、ポツリポツリと雨が落ちる音がした。雨音は徐々に大きくなり、ザーザーと本格的に降り出してきた。
「……雨、降ってきちゃったね」
「……うん」
重菜は寂しげな顔で曇りきった空を見る。
ベンチの屋根の下から出られず、重い空気が漂う。
ふと、亜留はショルダーバッグに入れていた折り畳み傘を思い出した。
「あ、えっと、船出さん、傘持ってなかったよね。よかったらこれで……」
そういって亜留は立ち上がろうとする。
が、重菜はその亜留の服つまみ、くっとひきよせた。
「……?」
「もう少し、このままでいて。雨が止むまででいいから」
「う、うん」
重菜は引っ張った亜留の服を離そうとしない。仕方なく、亜留はベンチに座りなおした。
雨は勢いを増し、海岸から聞こえる波音もどんどん強くなっていく。
隣にいる少女は、一体どんなことを考えているのだろう。
強く降る雨に押しつぶされるような重い空気を、どうやって払拭しようかと亜留は話題を考える。
「彦野君は」
不意に、小さな声が隣から聞こえてきた。
「沙織のこと、どう思ってるの?」
「え、どうって……」
重菜の質問に、亜留は口ごもる。何せ、本人がここにいるのに、一体どう答えればよいのだろう。
もちろん、当の本人である沙織も、何もしゃべらない。仮に何かを話しかけられたとしても、返答ができない。
「そうだね、沙織は小さい頃からずっと一緒で、いつのまにか一緒にいるのが当たり前な存在になってる、のかな。一言で言えば……」
一呼吸置き、亜留は続ける。
「僕の大切な人、かな」
『あ、亜留君……』
本人の前で言うのが恥ずかしかったのか、亜留は最後に少し照れながら言った。本人の沙織も、どうやら聞いていて恥ずかしくなったようだ。
「そっか。そうだよね。幼馴染だもんね」
重菜はずっと俯いたまま亜留の言葉を聞いていたが、遠くから稲光が走ったのをきっかけに、ふと暗い空を眺めた。
遠くからごろごろと雷の音がする。雨の勢いは弱まったような気がしたが、止む気配は見られない。
「雨、止まないね。織姫と彦星、かわいそう」
「織姫……ああ、そうか。今日は七夕だったね」
七月七日、今日は夜空に広がる天の川で隔てられた織姫と彦星が出会える、年に一度の日である。
「結構、七夕の日って、雨が降りやすいらしいよ。だから七夕の日の雨は、織姫と彦星が流した涙だっていう話もあるんだ」
「物知りだね、彦野君」
少し元気が出たのか、亜留の方を向いた重菜には少しだけ笑顔が戻っていた。
しかし、その笑顔の中に、少しだけ寂しさが見えるような気がした。
「織姫と彦星、ベガとアルタイルは、こうやって一年に一回出会う機会を与えられているけれど、それを見て、デネブはどう思っているのかな」
「そういえば、デネブも夏の大三角の一つなのに、仲間はずれだね」
「二人はもう結ばれていて、いつも再会を楽しみにしている。私は、その二人を見ているデネブにはなりたくないな」
「……どうしたの?」
両手を膝に置き、何か言いたそうな顔を見せる重菜。そして、意を決したかのように口を開く。
「私、彦野君のことが好きなの。高校入学してから、今日までずっと」
「えっ?」
『えっ?』
重菜の言葉に、思わず沙織まで反応する。
「でも、彦野君の近くにはいつも沙織がいて、そんな二人の間に入り込む自信なくて、私、どうしたら……」
今までに無い重く、泣き出しそうな顔をする重菜。
亜留は涙をこらえて俯く重菜の左手に、右手をそっと添えた。
「ありがとう。そう言う風に言ってくれて、嬉しいよ」
「彦野君……?」
「今まで女の子にそういう風に言われたことがあまり無くてさ。やっぱり、好きだって言ってもらえるのが嬉しくて」
添えられていただけの亜留の右手を、重菜はきゅっと優しく握り締める。
止まない雨に加え、少し風も吹いてきた。亜留は重菜が濡れはしないだろうかと周囲を見渡す。
「彦野君は、やっぱり優しいね。私、そういうところが好きなの。だから」
重菜の手が、亜留の右手をさらに強く握り締める。
「私と、付き合ってくれませんか?」
震える声で、しかし精一杯重菜は自分の思いを口にする。本当なら、亜留はその想いに応えたいと思っていた。しかし。
「残念だけど、それはできない」
握られた手を、亜留はそっと引く。
「僕にも、好きな人ができたから」
「……そっか。それなら仕方ないね」
誰とは言わなかったが、お互いにそれは分かっていることだった。
数分の沈黙の間に、雨は小降りになり、やがてすっかり止んでしまった。暗かった空は徐々に灰色に、明るくなり始める。
亜留がふと腕時計に目をやると、もう昼前になっていた。
「そろそろ行かなくちゃ。これから約束があるから」
ベンチから亜留はそっと立ち上がる。重菜はまだ下を向いたままだ。
「そっか。ごめんね、長い間引きとめちゃって」
「僕の方こそ、その、船出さんの気持ちに応えられなくて」
ううん、と重菜は首を横に振った。
まだ顔を上げない重菜に、「もう行くね」と言いながら、亜留はベンチを離れた。
「あ、そうだ」
ベンチから数歩歩いたところで立ち止まり、亜留は重菜のほうへ振り向く。
「今度の祭り、一緒に行こうよ。沙織たちも誘ってさ」
その言葉を聞き、ようやく重菜は顔を上げた。
泣き顔を精一杯の笑顔に変え、うん、と頷く。それを見て、亜留は笑顔のまま立ち去った。
『そっか、やっぱり重菜も亜留君のことを……』
「なんだ沙織、知ってたのか?」
帰りの道中、ようやく沙織が亜留に話しかけた。晴れた日なら海で泳ぐ子供達の姿があってもいい海岸も、お昼だというのに今日は波の音しか聞こえない。
『まあね。重菜、亜留君が教室にいるときはずっと亜留君のほうを見てたもん』
「え、そ、それは気が付かなかったなぁ」
『それは亜留君がゲームのことか、えっちなことしか考えてないからです!』
「な、なんだよそれ」
沙織の言葉にむっとする亜留。恐らく、沙織は心の中でくすくすと笑っているのだろう。
「うーん、でも困ったなぁ。これから船出さんとどう接していけばいいのか……」
昨日まで告白すらされたことがなかった亜留にとって、振ってしまった女の子との接し方なんて分かるはずも無かった。
『今まで通りでいいんじゃないかな。ずっと気まずいままだったら、教室にも居辛くなるし』
「それで何とかなるものかな」
『何だったら、私も協力するから』
「そうか、ありがとう」
これから先のことを心配していた亜留だったが、沙織の一言で少し肩の荷が下りた気がした。
『でも、重菜は私の親友なんだから、泣かせたりしたら私が許さないよ。男の子の弱点なんて、分かってるんだから』
「ほう、その男の子の弱点とやらはどこなのかな?」
『え、いや、だから……』
「さあ沙織ちゃん、声を上げて言ってみようか」
『も、もう、だから亜留君はえっちだって言われるのよ!』
ははは、と声を上げて笑う亜留。が、道路沿いのスーパーへの買い物客などで人通りが増え、亜留はしばらく静かにしようとした。
『あ、そうだ。まだ亜留君には言ってなかったけどね、私に話すときには別に声を出さなくてもいいんだよ』
「え、どういうこと?」
『えっとね、憑依している霊体とはお互い思考がシンクロしている状態にあるから、私に話しかけようって意思を持って頭で考えれば、それで意思疎通できるの』
「沙織に話しかけようって意思を……えっと……」
亜留は意識を集中させ、沙織に話すことを考える。
『えっと、こうかな』
『そうそう。そうすれば、周りに誰かがいても、私と話ができるでしょ?』
『なんだ、こんなことができたのか。なら最初に言ってくれればよかったのに』
『必要ないと思ったけど、やっぱり不便だからね』
人通りが多くなった道をバス停に向かって歩いていく。その最中でも亜留は沙織と話しているのだが、どうやら周りの人間からは普通に歩いているようにしか見えないようだ。
『そういえばさ、亜留君、もし私より先に重菜が告白してたら、どうしてた?』
『え、船出さんから?』
亜留はうーん、と少し悩んでから、
『彼女がいなかったら、多分そのまま付き合ってるかな』
と答えた。
『そうなんだ』
少しトーンが落ちた声で沙織が言う。
『でも、その後きっと後悔するだろうね』
『後悔?』
『特別そういう感情を持っていなかった子だったら、彼氏なんだからっていろいろ知ろうとして、がんばろうとして、好きになろうとする。でも、いつか無理が出て、きちんと向き合えないまま別れちゃう。そうやって傷つけて終わっちゃうんだろうなって』
『亜留君は恋愛がヘタなんだね』
『な、何だよそれ』
顔に出すわけにもいかず、亜留は心の中でむっとした。
『まあ、今までそういう経験が無かったからね。沙織にもいろいろ迷惑かけるかもしれないけど、これからもよろしくね』
『あ、改めて言われるとちょっと恥ずかしいわね……』
『よろしくって言っても、多分今まで通りの付き合いになるんだろうけどね』
『今まで通り、か。そうかもね』
『でも、これまでよりも大切にするから。ずっと一緒にいられるようにね』
『ありがとう、亜留君、私、嬉しいよ』
フフッと、沙織は心の中で笑う。薄暗い空が、少しだけ明るくなっていく。
まもなくバス停に到着する。空を見ながら歩く亜留の目線を感じながら、沙織は心の中で思った。
亜留君、私が嬉しいと思ったのは、亜留君がそう言葉で言ってくれたからじゃないんだよ。本当に、心からそう思ってくれていることが嬉しいんだよ。亜留君と意識を共有しているから、私には分かるんだ。




