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My Possessed Day~彼女に取り憑かれた日~  作者: フィーカス
彼女に取り憑かれた日
3/34

二つの夢

 帰りの道は、来たときとは少し様子が違っていた。先ほどよりも民家の明かりは多くなり、子供達の声も聞こえるようになっている。

 相変わらず頼りになるのかわからない街灯の明かりを頼りにしつつ、亜留は家に向かう。

 ふと見上げる夜空は曇り空。いい加減、晴れてくれないかなと思いながら、家路を急ぐ。

 家の前に立つと、家に入ろうとする足が一瞬止まる。

「そういえば、沙織を家に入れたのって、いつ以来だったかな」

『どうかな。中学に入ってからは、あまり遊ぶ機会も無かったからね』

 幼馴染とはいえ、女の子を自分の家に入れるのは少し緊張するものだ。亜留はゆっくりと家の扉を開いた。


「ただいま」

「お帰り、ご飯できてるわよ」

 亜留が帰ってくると、ダイニングから母親の声がした。

 亜留は洗面所で手を洗うと、ダイニングのテーブルに向かった。

 テーブルには魚や野菜のフライと、簡単なサラダが皿に盛り付けられている。亜留が席に着くと、母親がご飯をよそい、席まで運んでくれた。

「いただきます」

 母親も席に着くと、亜留は箸を手に取った。


「それにしても」

 皿のフライを盛り付けながら、母親が話し始めた。

「沙織ちゃん、大丈夫なのかしら」

 心配そうな顔をしながら、沙織のことを口にする。

「お医者さんも大丈夫って言ってるから、きっと大丈夫だよ」

 そういうと、亜留はむしゃむしゃとフライにがっつく。

「もう、もう少し心配してあげればいいのに」

「心配してすぐに治るなら、いくらでも心配するんだけどね」

「まったくもう……」

 亜留はフライを食べる手のスピードを緩めることなく、次々とフライが盛られた皿を空にしていく。

「ごちそうさま」

「あれ、もういいの?」

「うん」

 ご飯を一杯食べ終えたところで、亜留は食器を下げて自分の部屋がある二階に向かった。


『もう、あの態度はどうかと思うな。おばさんも心配そうだったじゃない』

 階段の途中で、思わず沙織は亜留に声をかける。

「本当に心配してないわけじゃないよ。もしこのまま戻れなかったらどうなるのかなって」

 母親に聞かれぬよう、亜留はぼそぼそと呟いた。

『まったく、亜留君は……』

 沙織がぼやいているうちに、亜留は自分の部屋の前にたどり着いた。しかし亜留は、部屋の扉の前で立ち止まったまま何かを考えていた。

『あれ? 亜留君、どうしたの?』

「いやぁ、そういえば自分の部屋に女の子を入れるのって、緊張するなって」

『そんなことどうだっていいでしょ。それとも』

 なかなか扉を開けようとしない亜留に対し、沙織は続ける。

『机の上にえっちな本でも置きっぱなしにしているのですか?』

「そんなもの無いよ。じゃあ、入るぞ」

 少し戸惑いながら、亜留は部屋の扉をゆっくり開けた。


「片付いてないけど、どうぞ」

 誰もいない廊下に向かって、亜留は誰かを招き入れるような素振りをした。

 白いジュータンの真ん中に、漫画が数冊置かれたテーブル。机の上には、宿題の途中だったのか、教科書とノートが開きっぱなしにしてある。

『変わってないね』

 沙織が部屋の様子を見回し、呟いた。

「僕の部屋に来たことあるのかよ」

『小さい頃は何度も来てたじゃない』

「あれ、そうだっけ」

 中学に入ってからは亜留はあまり沙織とは遊んでいない。そういえば、小学校低学年の頃は、よく遊びに来ていたような気がする。

「ああ、思い出した。たしか沙織が食べかけてたアイスを僕が食べちゃったら、ひどい顔して泣いてたことがあったよね」

『ちょ、ちょっと、なんでそんなことばかり覚えてるかなぁ』

「あはは、まあいいじゃない」

 亜留は自分のベッドに勢い良く腰掛ける。


「……さて、何をしようか」

 両足をぶらぶらさせながら、亜留は沙織に尋ねた。

『普段は何をしてるの?』

「うーん、いつもはゲームしたり、パソコンいじったりかなぁ」

『じゃあ、それでいいんじゃない?』

「いや、でも彼女といるのにそれもなぁ……」

 亜留は何か二人でできるものはないか、とあたりをキョロキョロ見回した。

「……とはいえ、今の状態じゃなぁ」

 特にこの状態で二人で楽しめるようなものはなさそうだ。

『じゃあ、昔話とか』

「結局そうなるかな」

 テーブルの上のリモコンを手に取り、エアコンをつける。涼しい風が、部屋中を包み込んだ。


 カチカチと鳴る時計の音しか聞こえない静かな空間の中、亜留と沙織は小学校のときの思い出を話し合った。

 さきほどのアイスの話、一緒にゲームをした話、外で遊んだときの話、一緒に川で遊んだときの話。話をしていると案外時間は早く進むもので、かれこれ一時間は話していただろうか。

『そうそう、あのとき亜留君ったら……』

「亜留、そろそろお風呂入っちゃいなさい」

 沙織が言いかけたとき、下から亜留の母親の声が聞こえた。

「分かったよ、すぐに行く」

 部屋のエアコンを切ると、亜留はすぐさま下の風呂場へと向かった。

 階段を降りると、母親が風呂の支度をしているところだった。バスタオルと亜留の服を棚に置くと、母親は亜留に向かって話しかけた。。

「亜留、さっき二階で声がしたけど、誰かいるのかい?」

「え、いや、独り言」

 不自然な笑顔を残して、亜留は風呂場に向かった。


 風呂場に近づいたとき、亜留はふと何かに気が付いた。

「……あ、そういえば……」

 ゆっくりと歩き、風呂場の前に立つ。

『……』

 沙織も気が付いたのか、黙り切ってしまった。

「……流しっこでも、する?」

『え、いや、あの……』

 良く考えると、このままでは沙織に裸を見られてしまう。

『えっと、私、ここで待ってますから』

「いや、待つっていっても……」

『こうすれば大丈夫』

 沙織が言うと、ふっと亜留の体から力が抜けたような感じがした。

 思わず目を閉じた亜留が次に目を開けると、沙織の霊体が目の前にあった。

「え、ちょ、お前、大丈夫なのか?」

 思わず大声で叫んだ亜留は、次の瞬間に手で口を塞いでいた。

「亜留、どうしたの?」

 遠くから母親の声が聞こえる。

「え、あの、いや、なんでもないよ」

「そう? 突然怒鳴るから、ビックリしたわよ」

 なんとかごまかそうとする亜留。あまり深く追求しない親でよかった。

「もう、亜留君驚きすぎ」

「いや、だってさぁ」

「少しくらいなら、体から離れてても大丈夫よ」

「ああ、そうなのか。じゃあ、すまないけど、ちょっとの間、部屋でもいてね」

 そう言うと、亜留はゆっくりと風呂場の扉を開けた。

「あ、えっと、亜留君」

「ん?」

 突然、沙織が亜留を呼び止めた。その声に、亜留は沙織のほうに振り返える。

 しかし、亜留の顔を見て思わず沙織は顔を赤らめる。

「な、何でもないわよ。早くお風呂行っておいで」

 そういうと、沙織は何かつぶやきながら、その場から出て行った。

「忙しい奴だなぁ」

 そう言いながら、亜留は風呂場へ向かった。


「もう、亜留君ったら、もう少し女心をわかって欲しいわよね」

 ぶつぶつ言いながらも、沙織は先ほどつぶやいた言葉を思い返して赤面した。


「……流しっこ、元の体に戻ったら、ね」



「ふぅ、さっぱりした」

 タオルで髪を拭きながら、パジャマ姿で亜留は部屋に入った。すぐさま、部屋のエアコンのスイッチを入れる。

「あ、亜留君お帰り」

 沙織がベッドに座り、亜留を迎えた。

「お待たせ……って、ずっとじっとしてたの?」

「え、うん。何も触れないし」

 ああ、そうだった。沙織は霊体で物に触れられないんだった。そう思いながら、亜留は部屋の扉を閉めた。

「でも、じっとしてたら退屈じゃない?」

「あ、そうか。亜留君の部屋を隅々まで観察すればよかったんだね」

 そういいながら、沙織はきょろきょろとあたりを見回した。

「え、いや、それは困る……かな」

 冗談まじりの笑顔を見せる沙織に、亜留は本気で困った顔を混ぜた笑顔を見せる。そして、手に取ったタオルをテーブルの上に置き、亜留は沙織の隣に座った。


「そういえばさ、亜留君って、将来の夢とかある?」

「夢?」

「うん、亜留君の夢」

 夢、といわれて思い浮かばないのか、亜留は思わず天井を見つめる。

「夢なんて、考える時間ないよ」

「どうして?」

「だってさ、子供のころはそんなこと考えないし、今楽しむことに夢中でしょ? 中学高校は勉強勉強、それでいて夢を持てだなんて、大人は都合がいいよな」

 亜留の言い分に、くすくすと笑う沙織。

「亜留君らしいね」

「そうか? 沙織はどうなのさ」

「そうね、私は」

 沙織も亜留と同じように天井を見つめる。

「小説家になりたいな、って思ってる」

「小説家?」

「そう。小説家」

 沙織は亜留のほうを見つめた。亜留はなんだか不思議そうな顔をしている。

「自分の思っていること、考えていることを、文章にするの。そうして、いろんな人に読んで貰う。いつか本になって、知らない人に読んでもらうの。その本は私が死んでも残るから、私の生きた証になるじゃない」

「でも本を出すのって、よっぽど才能がないと難しいんじゃない?」

「今はそうでもないよ」

 そう言って、沙織は亜留のパソコンを指差す。

「小説投稿サイトもいっぱいあるし、出版社が原稿を募集してることもあるから、そこに応募するのも簡単なの」

「へぇ、そんなものかな」

 ふぅん、と亜留はパソコンを見つめる。

「亜留君も書いてみればいいのに」

「僕は文才ないからね」

「大丈夫だよ、書いてみれば分かるって。それに、亜留君はえっちな想像が得意だから、そういう方向で書けばいいんじゃいの?」

「何でそうなるんだよ」

 小説家の夢を語る沙織の顔は、いつもより生き生きとしていた。

 どんな話を書くつもりか、今どんな話を書いているのか、とんでもない空想世界だったり、実際にあった出来事を元にしたり。

 もともと沙織は想像力が豊かだということを知っていたが、その引き出しの多さに、亜留も驚いていた。

「それだけ話が思い浮かぶなら、なれるかもね、小説家」

「なれるかも、じゃなくてなるのよ」

「あはは、そうだね」

 ふと亜留が時計を見ると、もうすぐ日が変わろうとしてた。

「さて、そろそろ寝ないと。明日は友達と約束があるんだ」

「約束?」

「うん、買い物に行く予定なんだ」

「へぇ、男同士で買い物なんて、珍しいね」

「男同士って決め付けるなよ。まあ、男同士だけどさ」

 そう言うと、亜留は立ち上がり、部屋から出ようとする。

「ちょっと、洗面所に。先に寝ててもいいよ」

「そうね。じゃあ……」

 亜留の目の前に、沙織が立つ。亜留も何かを察して、ゆっくり目を瞑る。すると、沙織はゆっくりと亜留の体の中に入っていった。

『お休み、亜留君』

 沙織の呼びかけを合図に、亜留はゆっくり目を開けた。沙織は既に目の前にはいない。

「ああ、お休み、沙織」

 そう呟き、亜留は階段を降りて行った。


 真っ暗な空間。しかし、向こう側から小さな光が一つ二つと光っていくにつれて、目の前が徐々に明るくなっていく。

 数えるほどしかなかった光は、やがて数を増し、一つの川のように大きくなっていった。

「これは……天の川?」

 亜留が気が付くと、目の前には昨晩の夜空とは打って変わった、きれいな星空が広がっていた。

 美しく流れる天の川は、そこに入れば流されそうなほど、ゆらゆらとゆれて見えた。

「亜留君、こっち」

 ふと声がしたほうを向くと、沙織が手を振っていた。

「沙織、ここにいたんだ」

 ゆっくりと亜留は沙織のほうに近づく。

 空中に浮いていて自由が利かない、と思ったら、自分の意思どおりに体が動く。

「これが亜留君の夢なんだね。結構ロマンティックだね」

「あぁ、やっぱり夢だったのか……って、何で沙織まで?」

「私は霊体だからね。体に乗り移ると、その人の思考も共有できるって言ったでしょ。眠るときの波長を合わせれば、同じ夢を見ることもできるの」

「へえ、幽霊も便利なんだな」

「うーん、便利なのかなぁ」

 困惑する沙織をよそに、ははは、亜留は笑って星を眺める。


「夢の中だと、何でもできるんだよね」

「沙織は、何をしたいの?」

「え、私? えっと、すぐには思いつかないなぁ。亜留君は?」

「僕? そうだなぁ」

 うーん、と亜留はしばらく考えた後、

「沙織を裸にするとか」

 とんでもないことを言い出した。

「や、やっぱりそういうことしか考えないんですね、亜留君のえっち!」

 沙織は急に顔が真っ赤になる。

「冗談だよ、そんなにムキにならなくてもさぁ」

「どうせ亜留君、毎晩いろんな女の人の裸を想像してるんでしょ?」

「いや、そんなことは……あるかな。男の子だし」

「……もう、私だって、脱いだらすごいんだから……」

 にやにやと妙なにやけ顔をする亜留の顔を背け、沙織はぼそりと呟いた。


「でもさ、夢の中だったら、沙織に触れられるかな」

 亜留は左手で沙織の右手をつかもうとする。

 しかし、その左手は沙織の右手を通過して空を切った。

「無理だよ。夢だもの」

「そ、そうなのか……?」

「でもさ」

 沙織はふっ、と亜留と距離を置く。

「元に戻ったら、ちゃんと手を繋いで歩こうよ」

「そうだね」

 いつもの沙織の笑顔に、亜留も笑顔になる。

 今はまだ、沙織の体は完治していない。

 きちんと体が治って、退院したら、きちんとしたデートをしよう。

 そう思いながら、亜留は夢に別れを告げた。

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