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My Possessed Day~彼女に取り憑かれた日~  作者: フィーカス
彼女がいなくなった日
23/34

二人の参拝

 バスはゆっくりと進み、すっかり住宅街から離れてしまった。あたりには田園風景が広がり、左手には山も見える。

『まったく、呼び方くらいどうでもよかろう。それよりも、神社についた後のことだが』

 雑談に花を咲かせている三人に、リラが割り込んだ。

『あそこはお祓いの申し込みをすると、神社の中に案内されるのだ。そこで、神主に女子高生の霊体が来てないかを聞くとよいだろう』

「直接聞くのはダメなのか?」

 明が窓のアルミサッシに寄り掛かって言った。

『あそこの神主は結構忙しいからな。休みの日の午後はお祓いの予約が結構入っているらしい。まずは、当日受け付けてくれるかどうかが問題だが』

「しまったな、そこまで考えていなかったな」

『アルよ、昨日お前は何をしていたのだ?』

「何って、いろいろ調べてたんだよ」

『だったら予約の有無くらい調べておくべきだろう、まったく』

「知ってるんだったら最初に言ってくれよ。お祓いなんて受けたことないんだから」

 亜留の声が少し大きかったのか、前に乗っていたカップルが振り返ってこちらを見ていた。それに気が付くと、亜留はコホンとひとつ咳を入れた。

「あ、でも、午前中は結構空いているから、当日でもいけるんじゃないかな。バスだって、この通りだし」

 重菜はがらがらの車内を見渡しながら、亜留に言った。

「なら大丈夫かな。じゃあ、リラが言った通り、まずは社務所でお祓いの予約からだ」

『まったく、シゲナを連れて来て正解だったわ。アルだけじゃ、どうなっていたことやら』

 三人の脳内に、リラのため息が聞こえてきた。

 同時にバスが停車し、数組のカップルと夫婦が乗り込んできた。どうやら、目的地は同じらしい。


 鱈瀬神社前の停留所に近づくと、ピンポン、と誰かが降車合図ボタンを押した音がした。まもなくしてバスが停留所に止まると、乗っていた客のほとんどが座席から立った。

 亜留たちはその客が降りるタイミングを見計らってから席を立ち、バスから降りた。

 バス停から住宅街の道を少し歩くと、大きな立派な鳥居が見え始める。鳥居の真ん中には、「鱈瀬神社」と大きく書かれている。

「久々に来たけど、相変わらずこの鳥居はでかいよな。辺りは住宅街なのによく目立つ」

「もう亜留君、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」

 朱色の大きな鳥居に吸い込まれるように、バスから降りた人たちは神社の方へと向かって歩いていく。

 重菜は亜留と明が立ち止っているのを見て、二人の背中を押して鳥居の方へ向かわせた。

「わ、わかったから、押すなって」

 亜留と明は重菜に押されながら、鳥居の前までやってきた。

 朱色の大きな鳥居は、近くで見るとその迫力に圧倒されそうだ。十五メートルほどはあるだろうか。

 境内を見ると、住宅地の中にあるとは思えないほど木々が生い茂っている。

「ここに沙織が……」

『もっとも、確実ではないがな。しかし、今のところここ以外には考えられまい』

 亜留が鳥居を見上げながらつぶやくと、リラが亜留の脳内に話しかけた。

「とりあえず、中入ろうぜ」

 そう言って、明が鳥居をくぐろうとした時だった。

「あ、明君、ちょっと待って」

 鳥居をくぐろうとする明の手を、重菜が掴んで引っ張る。

「え、な、何?」

「神社に入る際、最初の鳥居の前で一礼してから入るのが礼儀なんだ。それに、真ん中は歩いちゃだめだよ。神様が通る道だって言われてるから」

「ええ、なんだそれ。めんどくさいな」

「ちゃんとしないとご利益がないぞ」

「俺ら、今日は参拝しに来たんじゃないんだが……」

 少し頭を抱えている様子の明をよそに、亜留と重菜は鳥居の前で一礼すると、境内に入っていった。それを見て、明も慌てて一礼して後を追った。

 後ろを振り向くと、確かに参拝客のほとんどは一礼して鳥居をくぐっている。しかし、若いカップルの中には、一礼しない参拝客もちらほら見られた。

「別にしなくてもいいんじゃないのか……?」

 ふぅ、とため息をつき、明は先に行く亜留たちの後ろをついていった。


 鳥居から少し歩くと手水舎がある。何人かの参拝客が、そこで手を洗っている姿が見られた。

「あ、知ってる。ここで手を洗うんだよな」

 そういうと、明は立てかけてある柄杓を一つ手に取った。

「うん、でもこれにも作法があってね」

 重菜は別の柄杓を右手に取ると、柄杓で水を取って左手を洗った。

「ええ、そんなの覚えきれないよ」

「ここにやり方書いてるから、この通りにやったらいいよ」

 亜留は近くにあった「手水舎の使い方」と書かれた看板を指さすと、前の参拝客が置いた柄杓を手に取った。

「なんだかややこしいな」

「神社に行くなら覚えておいた方がいいよ」

「はぁ、なんだかなぁ」

 亜留は作法に習って左手と右手を洗い、左手で水をとって口を(すす)ぐ。それから再度左手を洗い、柄杓の柄を洗った。

「ほら、明も」

 亜留が明に柄杓を渡すと、看板を見ながら柄杓で水を取る。

「えっと、まずは右手で水をとって左手を洗って……こんなのよく覚えきれるな」

「何回かやってればすぐに慣れるよ。僕は父さんにいろんな神社連れて行ってもらって慣れたから」

「俺、そんなに神社行く機会無いんだが……」

 明はしぶしぶ柄杓で手を洗い終わると、元の置き場に戻した。

「よし、じゃあ行こうか」

「しかし、まだ早いかな」

 明に言われ、亜留は携帯電話の時間を見た。現在九時四十五分。社務所が開くには少し早い。

「せっかくだし、先にお参り行かない?」

「そうだね。その後、ちょっと周りの様子を見てみよう」

亜留と重菜はそういうと、参拝客が集まる拝殿(はいでん)の方へと行ってしまった。

「はぁ、まったく何しに来たんだ」

「まあ、そういうなアキラ。アルはああ見えても焦っているのだ」

「ん、そうなのか……って、うわっ、り、リラ、いつの間に」

 明が拝殿に向かう亜留と重菜を見ていると、突然隣に現れたリラに思わず手水(ちょうず)に手を付きそうになった。

「いやな、ここから先、あまり良くない霊的エネルギーがすごくてな。アルに憑依したままなら、私は平気なのだが、アルの方があまり大丈夫ではなくなるのだ」

「良くない霊的エネルギー?」

「まあ、簡単に言えば、私が直接あそこに行くのは、生身で毒ガスの中に突っ込むようなものだ。私たち霊体としては、あまり居心地がいい場所ではないな。特に拝殿から先は密度が高いようだ。だから、あまり近寄りたくないのだ」

「よくわからないが、つまりはリラがあそこに行くとヤバいってことか?」

「まあ、そういうことだ。そのまま憑依していてもいいのだが、単に参拝するだけだろう? 私が憑依していている間は、その者の霊感が上がって、霊的エネルギーの影響を受けてしまう。だから、この場では無駄に負担をかけたくないのだ」

「え、じゃあ、お祓いの時はどうするのさ?」

 お祓いは本殿の中で行われる。しかし、リラが中に入らなければ、もしそこに沙織がいたとしても見つけられない可能性がある。

「もちろん、アルの身体を借りることになる。私が憑依している間は、かなりきついことになるだろうがな」

「きついって、どのくらいさ」

「まあ、せいぜい吐き気を催す程度だ。実際吐くかもしれないが、その時は頼んだ」

「おいおい、それは大丈夫じゃないだろう」

「アルもそれくらいは覚悟しているはずだ。私とて、こんなところにはいたくないのだが、これが私の存在意義でもあるからな」

 そう言うと、リラは拝殿へと目をやった。

「それにしても、何故かアルは焦っておるからなぁ。急いだ方がよいのは確かなのだが」

「まあ、幼馴染がいなくなったんだ。焦る気持ちはわからなくもない」

「いや、それはそうなのだが、なんというか、周りが見えていないように思えるのだ」

「周りが見えていない? どういうことだ?」

「どうも、無理に一人で解決しようとする傾向があってだな、誰かを頼ろうとか、そういうことを考えていないようなのだ。だから、本来なら他人を頼れば早いものを、そうしようとしないのだ」

「何でリラがそんなことが分かるんだよ」

「憑依した人間の考えや思いは、ある程度読み取れるのだ。しかし、アルもサオリに二ヶ月憑依されていたせいか、幽霊慣れというか、そういうのでなかなか本心を見せようとしないのだ」

「幽霊慣れ、ねぇ。やっぱりずっと取り憑かれると慣れるものなのか?」

「まあ、少しは慣れるのではないか? アキラも、私と話す以上は慣れておいた方がいいぞ。ほれ、周りを見てみろ」

 リラに言われて明が周りを見渡すと、手水舎に来ていた二人の参拝客が明のほうをじっと見ていた。

 一瞬どうしたのかと思った明だったが、ふとリラのことを考え、顔が赤くなっていく。

 あまりに恥ずかしくなり、明は人気のないところまで走って行った。リラもため息をつきながらついていく。

「り、リラ、何で変な目で見られてるのに言ってくれなかったんだよ!」

 駆け寄ってきたリラに、明は周りの目を気にしながら怒鳴った。

「私は霊体なのだから、普通の人は見えないに決まってるであろう。話すなら、それを考慮せねば変な目で見られるのは考えればわかるだろう」

「そりゃそうだけど、目の前にいたらうっかり話しちゃうって!」

「はぁ、しょうがない奴だのぉ」

 そう言うと、リラは腕を組んで静かに目を閉じた。 

『周りに人がいるときは、こうやって脳内に直接呼びかけるのだ。話したい霊体のことを意識して呼びかければ、話しかけることができる』

「えっ、今のは……」

 突然脳内に響いた声に、明は思わずきょろきょろとあたりを見回した。

『直接アキラの脳内に話しかけているのだ。ある程度の距離なら離れていても話しかけられるぞ』

「え、えっと……」

 明は戸惑いながらも、目を閉じて意識を集中させた。

『こ、こうか?』

『別に目を閉じることはないのだがな。まあ、慣れてくれれば自然に話すこともできる』

『へぇ、便利なんだな。亜留とも、これで会話してたのか?』

『そういうことだ。アルはサオリとの会話で最初から慣れているようだったから、私とも難なくやりとりができていたがな』

『なるほどねぇ』

 そう言うと、明はゆっくりと目を開いた。すると、既に参拝を済ませた亜留と重菜が戻ってくるところだった。

「あ、お参り……」

 明も亜留たちの姿を確認すると、肩をがっくりと落とした。

『まあまあ、そう気を落とすことはない。参拝なら後でもできるだろう』

『それはそうだけどさ』

 ふと明が前を見ると、亜留が手を振っている姿が見えた。それに合わせ、明も手を振り返した。


「あれ、明、ずっとここにいたのか?」

 参道から外れた木陰にいる明を見つけると、亜留と重菜は明の元へ駆け寄った。

「ん、ああ、リラに霊体のことをいろいろ教えてもらってたんだ」

「あ、そうか、明と重菜は、リラについてあまり詳しくなかったもんな」

「ああ、そのおかげで大変なことになったからな」

「大変なこと?」

 明が手水舎のことを亜留と重菜に話すと、亜留と重菜は腹を抱えて大笑いした。

「あっははは、そ、そりゃ、みんな明の方を見るよ。独り言を延々ぶつぶつ言ってたら変な人じゃん」

「もう、明君、笑わせないでよ」

 重菜は何とか笑わないように口を押えているものの、我慢しきれない様子である。

「仕方ないじゃないか。急にリラが話しかけてくるんだから」

「アキラよ、それは私の死をまだきちんと受け入れられていない証拠だぞ? ま、まあ、アキラが私のことをそこまで思ってくれているのはうれしいがな」

「いや、そうじゃないんだが、どうも慣れないんだよな」

「そ、そうなのか? しかし、それではこの先私と話す時に困ったことになるから、早めに慣れてもらわねばな」

 リラは何故かもじもじとしながら明に話しかける。

「まあ、明もそのうち慣れるさ。僕も、最初に沙織に憑依されたときは、慣れてなくてそういうことがあったし」

「亜留よ、なら何故笑った」

 明は亜留の肩に手をぽん、と乗せて言った。

「それより、そろそろ社務所が開くんじゃない? さっきおみくじの準備してたから」

 重菜が拝殿を指さすと、隣の売り場では巫女さんがおみくじやお守りといった商品を準備している姿が見えた。その隣にある社務所も、どうやら受付の準備をしているようだ。

「よし、じゃあ行こうか。リラ、大丈夫か?」

「うむ、おそらく憑依していれば大丈夫だろうが……アル、あそこはかなり嫌な霊体エネルギーが漂っているぞ?」

「わかってる。近づくだけで、星海稲荷神社の時とは違う空気を感じたもんな。特に奥の方。なんかこう、黒っていうか、灰色っぽいオーラに包まれているのが見えるし」

 亜留は本殿の方を見ながらリラに言った。

「そういうことだ。そろそろ私も腹をくくるかな。アルよ、ここから先は、お前の心理状態も私に影響を与える可能性がある。霊感が上がる分かなり気分が悪くなると思うが、出来るだけ冷静になることだ」

「わかった」

「じゃあ、憑依するぞ」

 そういうと、リラは亜留の目の前に立ち、ゆっくりと体を重ねた。

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