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My Possessed Day~彼女に取り憑かれた日~  作者: フィーカス
彼女に取り憑かれた日
2/34

二人の両親

 病院に到着すると、沙織の母親と亜留はすぐに車から降り、病院の中に入った。

 診療時間外となってすぐの病院は人気がなく、非常灯以外の照明はほぼ落とされていた。

 受付のナースに緊急手術室の場所を聞き、すぐさまその場所へ向かう。

 聞こえるのはただ、パタパタというスリッパの音。薄暗いロビーを抜け、突き当りを左に曲がる。さらにその先を右に向かうと、沙織の父親が廊下のソファで俯いて座っている姿が見えた。

「おじさん!」

「ああ、亜留君、かあさん……」

 亜留たちが来たことに気が付くと、沙織の父親は顔を上げてこちらを見た。

「沙織は?」

「今、検査をしているところだが……」

 緊急手術室を見ると、まだ「手術中」のランプが点灯している。沙織の父親の話だと、精密検査と簡単な治療を行っているとのことだ。

 沙織の母親は、沙織の父親の隣に座って俯いたままじっとしている。亜留もソファに座りぼうっと手術中のランプを見つめていた。

 赤地に白のランプは、薄暗い廊下を一層不気味にさせる。しばらくすると、遠くから足音が聞こえてきた。足音は徐々にこちらに近づいてくる。

「亜留、沙織ちゃんは?」

 亜留は声がしたほうを振り向く。やってきたのは、やはり亜留の母親だった。

「今検査中だって」

 そういうと、亜留はソファの間隔を詰め、母親を隣に座らせた。


 暗い廊下の中、長い沈黙が周りを包む。誰もが声を発しようとしない。

 五分、十分経った頃だろうか。ふと手術中のランプが消え、亜留たちに光が差した。前を見ると、手術室の扉が開いている所だった。しばらくすると、手術室の中から、一人の医師が手術着のまま出てきた。

「あの、先生、沙織は……」

 沙織の父親が、その医師に容態を尋ねる。

 医師はマスクと手袋をはずすと、厳しそうな顔となっていた。そうかと思うと、その表情が少し緩んだ。

「車にぶつかった衝撃で打撲箇所が数箇所、後は地面にぶつかった衝撃で頭と腕を怪我していたため、簡単な治療をしました。しかし、脳波も脈拍も異常が無く、命に別状はありません」

 その言葉を聴き、全員がほっとした表情を浮かべる。

「ただ」

 しかし、医師はさらに言葉を続ける。

「まだ意識が戻らないようですので、意識が戻るまでは入院する必要がありそうです」

「そうですか……」

 ほっとした表情から一転して、沙織の父親と母親は寂しそうに俯いた。

「ね、大丈夫って言ったでしょ?」

 亜留の隣で沙織がささやく。言葉で返すことはできないが、返事を返さないわけには行かない。亜留は静かにうなずくだけにとどめた。


 病院を出ると、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。

 沙織の命に別状がないことを知った沙織の両親は、ひとまず医師の説明を聞き、入院の手続きを取るためにしばらく病院に残ることになった。

 一方、亜留と亜留の母親は、これ以上ここにいても仕方がないからとのことで、ひとまず家に戻ることにした。

 亜留の母親が運転席につくと、助手席に亜留が座った。後部座席には、いつ乗り込んだのか、沙織の姿がある。もちろん、母親には見えていない。

 しんとした病院の駐車場でエンジンをかけると、その音があたりに響き渡る。

 駐車場を出て、家に向かう道中、車内はエンジンの音だけの静かな空間が広がる。

「でも」

 信号にひっかかった時、母親が静かに口を開いた。

「大丈夫そうでよかったわね」

「うん、そうだね」

 ふと、亜留はフロントミラーを見た。が、後部座席には何も写っていない。

 こっそり後を振り返ると、俯いたままの沙織の姿があった。

「……」

 再び車内に沈黙が訪れる。その静かな車内で、亜留は改めて、沙織は誰にも見えない幽霊なのだと実感した。


 車内は沈黙を保ったまま、運転していた車は亜留たちの家の前に到着した。

「母さん、ちょっと散歩行ってくる」

 車から降りるや否や、亜留は母親に伝えた。

「そう。ご飯の支度するから、あんまり遅くならないようにね」

 そういうと、母親は車を車庫に入れ始める。それを見ながら、亜留はゆっくりと暗い住宅街を歩いていく。

 気が付くと、亜留の隣には沙織の姿があった。一体どうやって乗り降りしたのだろう、などという邪推をしながらも、そのことについては触れないことにした。

 ところどころに照らされる街灯を頼りに、静かな住宅街を歩いていく。時折、コオロギの鳴き声が聞こえたり、家でわいわいと団欒(だんらん)を楽しむ家族の声が聞こえたりする。

 てくてくとゆっくり歩く亜留の後を、沙織もゆっくりとついていく。住宅街を抜けるまで、二人に言葉は無かった。

「でもさ」

 住宅街を抜け、川沿いの道に入ったとき、亜留はぴたりと足を止めて呟いた。

「大したこと無くてほっとしたよ」

 突然、亜留は沙織のほうに振り向いた。沙織も思わず足を止め、驚いた表情を見せる。しかし、すぐさまかわいらしい笑顔を見せた。

「亜留君は心配性だね」

 川の静かなせせらぎを聞きながら、その道を再びゆっくりと亜留と沙織は歩き出した。

「でもさ、生きてるってことは、今は生霊……ってことになるのかな」

「そうね。まだ体が回復してないからかな、今の私は自分の体に戻れない状態なの」

「そうか。しばらくはかかるんだな」

 しばらく歩いたところで、川の土手に亜留は座り込んだ。沙織も、隣に座る。


 空を見上げると、相変わらずの曇り空が、輝いているだろう星たちを多い尽くしている。太陽を失い、熱気をなくした少し冷たい風が、土手の草花と亜留の体を優しくなでていく。

 さらさらと流れる川の音が、二人の耳に優しくささやく。しばらくの間、夜の静けさにあわせたような沈黙の時間が続いた。

「お母さんとお父さん、すごく心配してた」

 ふと、沙織が口を開く。

「お父さんのあんな姿、初めて見た。お母さんなんて、涙まで流しちゃって」

 膝を折り曲げ、俯きながら話す沙織の顔は、少し嬉しそうに見える。

「親っていうのは、だいたいそうだよ」

 両手を土手につき、亜留は空を見上げながら言った。

「普段はちょっとしたことで怒ったり、無関心に見えたり、行動を縛ったりするけどね、いざとなったらちゃんと心配してくれたり、助けてくれたりするものさ」

「そうなのかな」

「母さんはいつもなんだか僕を放置している感じがしてるんだけどね、川に落ちて頭を打ったときなんて、すごい心配してたからね」

 亜留が「あそこらへんだったかな」と、川のほうを指差す。

「そういえばそんなこともあったね」

「そうそう、あの時病院のベッドで寝ていたら、沙織のすごい泣き声が聞こえたのを思い出した」

「な、なんでそんなことを覚えてるのよ!」

 他愛ない昔話と、笑い声が夏の夜空に消える。川の流れに沿った冷たい風も、はるか彼方海へと、その声を運んでいるようにゆっくりと吹いていった。


「これからどうするのさ?」 

 曇った夜空を見ながら、亜留は沙織に向かって聞いた。沙織は亜留と同じく、曇り空を眺めている。

「そのことなんだけど」

 沙織の言葉を聴き、思わず亜留は隣の沙織を見た。沙織も、亜留の方を向く。

「その、霊体のままだと、長い間いられないの。なんていうかな、霊体って、エネルギーの塊みたいなものだからね、ずっと空気中にいると、どんどんそのエネルギーが分散してしまって、形を維持できなくなるのよ」

 沙織の言葉に、少し戸惑う亜留。

「えっと、それはつまり……」

「このままだと、私、消えちゃうのよ」

 その言葉に、亜留は愕然とした。無事だと思っていたのに、このままだと、本当に沙織がいなくなってしまうなんて、思ってもいなかった。

「普段は自分の体でそのエネルギーを維持しているんだけど、今は意識がないから戻れないの。だから、このままだと……」

 沙織はオカルト好きだったが、まさかその知識がここで役に立つとはおもわなかった。

 ふと、亜留は何かに気が付いた。

「ん、自分の体で……ということは、他のものでも維持できるってことか?」

「えっと、そうね。でもエネルギーの波長の合う合わないっていうのがあるから、同じ人間の体のほうがいいかな」

 少し俯きながら、もじもじするようなしぐさをしながら沙織は言う。

「それで、亜留君にお願いがあるの」

 亜留の方を期待のまなざしで見つめる沙織。まさか、と思いながら亜留は息を飲んだ。

「亜留君、しばらく亜留君の体に憑依させてくれないかな?」

「え……」

 やっぱりか、と思いながらも亜留は少し驚いた表情を見せる。

「憑依ってことは、やっぱり……」

「うん、亜留君の体を借りたいの」

 自分の体の中に、沙織の霊体が入り込む。それを想像して、亜留は嬉しいのやら恥ずかしいのやら、複雑な気持ちになる。

 だが、このままでは沙織が消えてしまうということを、考えると、選択肢はあまりなさそうだ。

「うーん、ま、まあ、仕方ないかなぁ。このままだと消えてしまうんだし、他の人にお願いしようにも、他の人には見えないしな」

 亜留は、沙織が憑依することを承諾した。

「ありがとう、亜留君。やっぱり亜留君は素敵な私の彼氏です」

 沙織にそういわれ、亜留は少し顔が赤くなった。事故のことですっかり忘れていたが、つい数時間前、亜留は沙織に告白され、恋人同士になったばかりだった。

 同時にその先のことについて少し不安が残った。

「あ、でも沙織が僕の体に憑依するのはいいけどさ、それで僕には何か変化があるの?」

 そういわれ、沙織は少し驚いた表情を見せる。

「あ、えっと、そうね。少し霊感が強くなるくらいかな。だから、病院とかお墓とか、そういうところに行くと、寒気がしたりするかも」

「霊感、か。そういうのには縁がなかったから、ちょうどよかったかも」

 しっかりと幽霊が見えているのだから、少しは霊感があったのかな、と亜留は付け加えた。霊感が強くなることに、亜留は興味があるようだ。

「あと、意識を一緒に共有しているから、ほんの少しだけ、亜留君の考えていることを読み取ってしまうかもしれないの。だから、その……」

 沙織はそこまで言って、恥ずかしそうに下を見る。その姿を、亜留は少し不思議そうな顔で見た。

「……あまり、えっちなことは考えて欲しくないかな」

「え、ちょ、そんな」

 沙織の言葉に思わずあわてる亜留。その姿を見て、沙織もあわてて返す。

「あ、でも、大丈夫ですよ、男の子がえっちなこと考えるのは、なんとなくわかりますから。ましてや、亜留君が他の男の子よりえっちなのは、昔から知ってますから。それに、私もあんまり亜留君の考えていることを、読み取らないようにしますから、安心してくださいね」

「うん、わかった、凄く安心できないからそういうのは控えることにしよう」

「わ、私が信頼できないのですか? だから亜留君はえっちだと言われるんです!」

 などと沙織が騒ぎ立てたが、「そういえばベッドの下のあれ、どうするかな」と亜留は別の心配をしていた。


 微妙な空気が流れる中、亜留はすっと立ち上がった。

「そろそろ帰ろうか」

「うん、そうね。その前に……」

 亜留の前に、沙織が立つ。

「あ、そうだったね。えっと、どうすればいいのかな」

「亜留君はそのまま、目を瞑ってて」

 沙織がそういうと、亜留はゆっくりと目を瞑った。

 川の土手で、男女が向き合っている姿を周りから見たのなら、完全にカップルだと思うだろう。しかし、今のこの状態では、恐らく他の人の目には男が川に向かって瞑想でもしているように見えるだろう。

 沙織は亜留が目を瞑ったことを確認すると、ゆっくりと、亜留の体に近づいた。

 触れそうで触れない距離から、本来なら触れている距離へ。そして、透過する体を、亜留の体と重ねる。

 身長差があるものの、体がぴったりと重なったところで、沙織はその姿をすっと消した。

 何か体に違和感を覚えた亜留は、ゆっくりと目を開いた。目の前に沙織はいない。

「……?」

 きょろきょろとあたりを見回す。目の前には川、そして後には道路しかない。

『亜留君、ここだよ』

「え?」

 亜留の頭の中に、ふと沙織の声が響く。

『今、亜留君の体の中から呼びかけているの』

「え、そうなのか。本当に何も無いみたいだね」

 亜留はそういうが、少しからだがぴりぴりするような気がした。といっても、極端に感じるわけではなく、集中すると感じる程度だ。

「これからは、僕の体の中で生活することになるんだね」

『うん。といっても、体を動かすのは亜留君だけどね』

 そうか、と亜留は一人でくすくすと笑い始める。

「じゃあ、帰ろうか。そろそろ夕飯もできた頃だろうし」

『そうね』

 そういうと、亜留は元来た道を、ゆっくりと歩いた。住宅街に入った瞬間、横風が亜留の髪を少しだけなでた。

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