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My Possessed Day~彼女に取り憑かれた日~  作者: フィーカス
彼女がいなくなった日
17/34

二人の冒険

 亜留がベンチで体を倒したまま首を傾けると、緑色のリュックサックを背負った明が、自転車から降りている姿が見えた。

 それを見て体を起こすと、亜留は残った缶コーヒーを一気に飲み上げて自動販売機近くのくずかごに捨てた。

 休憩所から自転車置き場までの道は、両脇に植えられている桜の木の葉で太陽の光が遮られ、冷たい風が走る。

「なんか、思ったより荷物が多いな。そんなに大変なのか?」

 若干息を切らしている明に、亜留は尋ねた。

「あそこにたどり着くのは意外と大変だからな。準備しすぎることはないさ」

「そうなのか。とりあえず、行こうか」

 亜留はそういうと、自分の自転車の鍵を開け、自転車にまたがった。続いて明も自転車に乗ると、亜留の前を走り出す。

 駆け抜けていくコンクリートの坂道。そこに残ったアスファルトの暑さは、ささやかな風に吹き飛ばされていく。


 住宅街から離れ、車が走る国道から、ほとんど車が通らない狭い一般道へと上っていく。

 その道も、しばらく走ると少し広い道へと出る。

 農業車も通れる山林道は、アップダウンが激しい。そのため、この道を自転車で通る人は少ない。

 白いコンクリートの道と、茶色い崖の壁に囲まれ、その間を二台の自転車が走る。

「へえ、こんな道があったんだ」

「もう少し先を工事すれば隣町まで行けるらしいんだけど、その先はまだ開通してないから、需要がないんだ。星海稲荷神社に行くことがない今は、この道沿いに住む人くらいしか使わないよ」

「なるほど、そのための道だったのか。しかしえらい中途半端だよな」

 立ったままだと生ぬるい風も、下り坂で受ければ一気に体温を奪う冷風に変わる。しかし、その勢いも、再び登り坂になれば一気に殺される。

 一向に収まらない汗を流しながら、二台の自転車は目的地を目指す。いくつもの下りと上り坂を超え、一時的に平坦になった道に入った時、明が広場になっている場所に自転車を止めた。

「ここからは歩きだね。ほら、あそこの階段」

 広場と反対側を見ると、白い手すりと、道路から見える階段があった。

 ほとんど手入れされておらず、草が好き勝手に生えている。どうやら最近は誰も足を踏み入れていないらしい。

「うへえ、なんだか面倒なところだなぁ」

「ここは階段があるだけマシさ。さあ行くよ」

 自転車から降りた明は、すぐに階段の方に向かう。亜留も自転車を停めると、明の後をついていった。

 階段の入り口に、小さな木の看板がかかっていた。わずかに「稲荷神社」という文字と、階段の方向への矢印だけは読み取れた。確かに、ここが神社の入り口のようだ。

「こんなところが神社の入口なのか?」

「もっと先に、実際使われていた入口があったんだけど、今は通れなくなってるのさ。だから、今行くならこっちから向かった方が早い」

 そう言いながら、生えている草を鎌で切り払い、明はどんどんと進んでいく。長い間誰も通っていなかったのか、もともとあったと思われる道には草が伸び放題だ。

 木のしきりと土でできただけの簡単な階段が終わると、後は獣道のような一本道が延々続いていた。

 昼間だというのに薄暗い森、進むたびに穿いていたジーンズに植物がまとわりつく。

「本当に誰も通ってないんだな。こんなところに神社なんてあるのか?」

 明の後ろから、亜留が周りを見ながらつぶやいた。

『まったく、こんなところでぶつぶつ言っておったら、この先持たないぞ?』

「そんなにひどいのかよ、この先の道って」

『こんなの、普通の登山道と同じだ。言っただろう、崖を登らねばならないと』

 亜留とリラが言い合う中、明は鎌で草を払いながら黙々と先に進んでいく。

『ほれ、明を見習え。お前もぐちぐち言わないで明を手伝わないか』

「……といっても、特にやることなさそうだが?」

 亜留がつぶやくと、明の足が止まった。

「ん、亜留、草刈りやるか? 結構面倒だぞ?」

 そう言って明は鎌を渡そうとする。

「いや、お前が前にいないと道がわからないじゃないか」

「なんだ、てっきり手伝いたいものかと思った。気が向いたらいつでも声を掛けてくれ」

「多分、遠慮する」

「そうか、なら仕方ない」

 そう言うと、明は草刈りを再開した。


 歩けど歩けど草と木の海。なんとかわかる、登山道ともいえる道を頼りに進むが、どこまで続くか見当がつかない。

「それにしても、結構歩いたな。まだ先なのか?」

 先の見えない道を歩き続け、亜留はそんな言葉をこぼした。

「いや、距離的にはあんまりないんだけどな。ほら」

 鬱蒼とした草むらの先、ふと目の前を見ると、高さ七メートルほどの崖が見えた。

 茶色くごつごつした崖。そこからはみ出すように、何本か木や草が生えている。

「え、これを登るの?」

「本当はこっちに行ける道があったんだけど、土砂崩れでふさがったんだよ。だから、今はここを登るしかない」

「そりゃ管理もできないわけだ。何でそのままほったらかしにされたんだろうな」

「さぁ。財政難とか大人の事情とか、そんなところじゃないか?」

 そういうと、明はロープを取り出し、小さな輪を作り始めた。

「これが上に引っかかればいいんだけどな」

 ぶんぶんと振り回し上へ投げる。しかし、うまく引っかからなかったのか、ロープの輪はそのまま落ちてきた。

「さすがに適当に投げてはダメだな。上の様子が分かればいいんだけど……」

 それを聞いて、亜留はぽんっと手を叩いた。

「なら、リラに様子を見てきてもらおう」

 そう言うと、リラは『ふむ』と答える。

『見るだけなら何とかなるが……』

 そう言うと、リラは亜留の体から離れる。そして、そのまま崖の上の方に向かって行った。

「うわぁ、これは想像以上に草がすごいな。大丈夫なのかこれ?」

「いいからリラ、ロープがひっかけられそうなところを探してくれ」

「まったく、人使いが荒くてせっかちな男はモテんぞ?」

 そう言いながら、リラは崖の上を見渡す。そして、崖から生えている一本の木を指さした。

「これならいいんじゃないのか? ひっかけやすいし、すぐには折れんだろう」

「お、いいんじゃない? よし、明、頼んだ」

 明は持っていたロープを持つと、作った輪をその木に向かって投げる。一投目は失敗したが、二投目でうまくその木に引っ掛かった。

「よし、大丈夫だぞ。木にしっかり引っかかっておる」

 リラの言葉を受け、ロープをしっかり引っ張り折れないことを確認すると、そのロープを頼りに、明は崖を上っていく。

「リラ、危ないと思ったら教えてくれ」

「任せろ。アキラの命は私が守るからな!」

 時折崖が崩れて石が落ちる音が聞こえてくる。明はロープを引っ張りながら崖の足場に足を慎重に置いて上っていく。

 ロープを掛けてあった木に捕まり、一気に体を引っ張り上げる。一旦木の上に乗ると、その木に引っかかっているロープを外し、その上の木にひっかけた。後は自力でも登れる距離だったので、明はうまく崖の足場を使って一気に登り切った。

「よし、次は亜留の番だ。上から見ててやるから安心して登ってこい」

 明に言われて、亜留はロープに手をかける。

 崖の足場を確かめながら、一歩ずつゆっくりと登っていく。

「よし、もう少し……」

 後は手を伸ばせば届く、と言ったところまで登った瞬間、亜留は最後の崖の足場を踏み外した。足場を失った右足が、宙に浮く。

「うわっ!」

 落ちる。そう思った瞬間、ロープを握った手に力が入った。

「だ、だいじょうぶか!?」

 明が心配して覗き込むが、亜留はなんとかロープにぶら下がったまま落ちずにすんでいた。

「あ、あぶねぇ……」

 ひとまずもう一度崖の足場を確保し、何とか木に捕まろうとする。しかし、今度はその木がみしみしと嫌な音を立てる。

「あ、亜留、急げ。なんかヤバそうだ」

「わ、わかってるよ」

 ロープを引っかけた木にしがみつき、体を引っ張り上げる。

 何とか木が折れる前に、亜留は崖を上り切った。


「な、何とか上り切った……」

「運動不足だな。アキラみたいに、少しはアルも運動したらどうだ?」

 座り込んで息を切らす亜留に、腕を組んで見下しているリラが言う。

「それにしても」

 亜留が立ち上がると、当たりの草むらを見渡す。

「何度も言うが、こんなところに神社なんてあるのか?」

 その風景は先ほどとほとんど変わらず、多くの木々と伸び放題の草があるだけだ。

「この崖さえ上り切ればもうすぐそこだ。それにアル、お前ならそろそろ感じ取れるんじゃないのか?」

 リラに言われて、亜留はふと、かすかな寒気を感じた。汗を引かせていく風の涼しさとは違う、心にしみるような感じる微かな寒気。

「なるほど、この辺は霊が集まりやすいってことか」

「古い神社なんかは、霊体の格好のたまり場だからな。割と遠くからでも、霊感が強ければ霊体のエネルギーを察知できるぞ」

「……あっちからなんかすごい寒気を感じるな」

 亜留は草むらの奥を指さす。

「お、すごいな亜留。そっちが神社のある方向だ」

「しかし、ここからはまったく道がないな。行けるのか?」

 草だらけで、足元を見ても道らしい道はない。

「ここからはわずかな目印を頼りにするしかないんだ。実は前の人が通った跡が、かすかに残ってたりするんだな」

「こんな崖を登ってまで来た人がいるのかよ」

「神社マニアとか廃墟マニアとかには、ちょっとした穴場として知られているからな」

「その割には、人が通った跡がなかったな」

 亜留の疑問をよそに、明は先に進んでいく。リラは体を浮かせて少し先の木まで行き、その幹を指さした。

「アキラの言う通り。例えばこの木を見ろ。少し古いが、ナイフか何かで矢印が書かれている。こういう目印が、ところどころにあるから、それを追って行けばよい」

 草むらを駆け寄り、亜留と明がそれを確認する。

「なるほど、確かにこんなところに来る物好きがいることはわかった」

「俺たちもあんまり変わらないけどな」

 まだまだ空は明るい。木々のせいで陽の光が差し込まない草むらを、亜留と明は鎌を振るって先に進んだ。


 幹に刻まれた矢印にそって進むと、やがて開けた場所に出る。その中心には、小さな木造の建物が建っていた。

 かなりぼろぼろで年期を感じさせるが、はっきりと神社であることはわかる。

 入り口の前には小さいながらも鳥居が建っていた。その先から、階段が続いている。どうやら、本来の行き道はこちらなのだろう。

「へぇ、前来た時とあまり変わってないな。もっとぼろぼろになってると思った」

 明が草むらから飛び出すと、神社の入り口に向かった。

 賽銭箱も鈴もぼろぼろながらきちんとある。明はせっかくなのでと、お参りをすることにした。

「ほら、亜留も……あれ、亜留?」

 明が周りを見渡すと、まだ草むらから出てきてない亜留とリラの姿があった。

 よくみると、両手を肩にあてて震えているように見える。


「……なあ、明、神社ってこんなに寒かったっけ?」

 亜留が声を振り絞って言うと、リラが答えた。

「そりゃ、さすがに神社ともなると霊体がうようよいるからな。アルの目にも見えるだろ?」

 亜留はとんでもない寒気と同時に、神社の周りに漂う多数の霊体によって震えていた。

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