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My Possessed Day~彼女に取り憑かれた日~  作者: フィーカス
彼女がいなくなった日
15/34

二人の公園

 生ぬるい、とでも表現するのが適切なのだろうか、暑くも冷たくもない風が、自転車をこぐ亜留の体へ吹き抜ける。

 星海センタータウンを離れ、住宅街へ向かう道の上り坂は、街路樹の影もあって少し涼しく感じる。亜留は通行人を避けながら、立ちこぎで自転車をこぎ続けた。

「そういえばリラ、お前と明って、兄妹(きょうだい)みたいなもんか?」

 亜留は後ろを気にしながら、リラに向かってつぶやいた。

『まあ、そんなもんだな。私とアキラは、小さいころから一緒に遊んでおったから、よく知っているぞ』

「そうか、じゃあ話は早いな。リラが話をすれば、明も簡単に手伝ってくれるはずだ」

『おいおい、明に私が見えている前提か? 確かに母上には私が見えていたが、それは単に母上の霊感が高いから、というだけかもしれないぞ?』

 リラに言われ、「あ、そうか」と亜留はつぶやいた。

「仲がいいからって、見えるとは限らないもんな。てっきり、僕が沙織の姿を見えるから、明にもリラの姿が見えるのが当たり前だと思ってた」

『確かに、波長の合う者同士なら、霊体が見えていてもおかしくはないだろう。しかし、そうは言ってもアキラに私の姿が見えるとは限らんからな。まあ、そうであっても手立てはあるが』

「手立て?」

『一応は考えてある。要するに、アキラに私の姿が見えれば問題ないのだろう?』

「それはそうだけど……どっちみち、とりあえず明と合流してからだな」

 そう話しながらも、亜留は公園に向かう大きな道を進む。街路樹が揺れてできる木漏れ日が、ちらちらと眩しい。亜留は力いっぱいペダルを踏み込み、上り坂を上っていった。


 センタータウンからほどなくして、大きな公園が見えてきた。

 太陽の光が青々と茂る芝生に反射して眩しい。あたりを見回すと、父親と遊んでいる子供や、何人かがランニングをしている姿が見えた。飛ばしたフリスビーを、犬に追いかけさせている人もいる。

 休日の中央公園は近所の人たちの遊び場となっており、いつもにぎわっている。今日も例に漏れず、朝早くから遊びに来ている人がいるのだ。

「まだ明は来てないのかな」

 公園で待ち合わせ、といえば休憩場所でもあるベンチの近くが普通である。しかし、ベンチを見てもどうやら明がいる様子はない。

 ひとまず亜留は駐輪場に自転車を停め、いくつか備えられているベンチに座った。

 ゆるやかな斜面となっている公園は、ベンチから見ると道路まで全体がよく見渡せる。そこから明がやってこないかと、亜留は公園全体を見ていた。

『ん、ここで待ち合わせなのか?』

「いや、特に中央公園って言っただけで、場所は指定していない」

『そりゃわからんだろう。一口に公園といっても広いのだからな』

「まあ、待っていればそのうち来るだろう。いつもはここで待ち合わせているからな」

『まったく、適当な奴だのう……』

 はぁ、というリラの声が亜留の頭に響く。

 亜留はだらしなくベンチに体を任せ、手をぶらりとさせて空を見上げた。眩しい太陽を避けて空を見渡すと、気持ちがよいほどのスカイブルーに浮かぶ白い雲が、気持ちよさそうに空の海を泳いでいる。

 ともすれば、そのまま寝てしまいそうだ、と思いながらも、亜留は静かに目を閉じようとした。


「よっ、こんなところでお昼寝か?」

 ふと肩を叩かれた感触で、亜留は閉じかけた目を開いた。

 目の前には、亜留の顔をじっと見ている明の姿が見える。亜留はすぐに体を起こした。

「よう明、やっと来たか」

 亜留はベンチから立ち上がり、特に汚れていないのにズボンをパンパンと手で払った。

「で、今日は一体何の用……!?」

 明が亜留に話しかけようとした瞬間、明の顔色がどんどん悪くなっていくのがわかった。そして、後ずさりながらゆっくりと亜留から離れ、その場に倒れこんでしまった。

「り、リラ……?」

「よう、アキラ、久しぶりだな。元気だったか?」

 ふと亜留は、力が抜けた感覚に襲われた。そうかと思えば、後ろからリラの声がした。

 藍色のジーパンが汚れるのも構わず、明は両手をついてしばらく震えた後、右手でリラの方を指さした。

 亜留は後ろを振り向かず、明の驚いている様子を見てふと思った。

(なるほど、明にはリラが見えている。ということは……)

 笑うのをこらえながら、亜留は明に声を掛ける。

「明、どうした? 俺の後ろに誰かいるのか?」

 亜留は何事もなかったように、驚く明に話しかけた。

「え、あ、亜留、お前、見えないのか?」

「おいアル、何を言っておるのだ。アキラに話をするんじゃなかったのか?」

 リラの呼びかけに、さらに明の顔色が悪なるのがわかった。

「あ、亜留、お前の名前を呼んでるぞ!」

「え、僕の? 気のせいじゃないのか?」

「じょ、冗談はやめろよ」

 明の怯える姿を見ながら、亜留は心の中でくすくすと笑いだす。

「冗談? まさか、僕の後ろに何か悪い霊でもいるというのか?」

「な、アル、私を悪霊とでも言うのか!?」

 リラが亜留の方を向いてどなるが、亜留は完全に無視する。

「よし、じゃあ俺がその悪霊を追い払ってやろう」

 そう言うと、亜留はゆっくりと目を閉じた。

「あ、アル、一体何をする気……う、うわぁぁぁ、や、やめろぉぉ! それをするなぁぁぁ!」

 突然、リラは頭を抱えて暴れ出した。それを見て、明はぽかんとする。

「あ、亜留、一体何をやっているのだ?」

「え、いや、なんか悪霊がいるっていうから、ちょっとおはらいを」

 なんとか立ち上がる明に対し、亜留はリラが悶えているのを放置して平然と言い放った。

「あ、あ、アル、お前、なんてことを……」

「おや、まだ悪霊は去っていないようだな。もう一度おはらいをするか」

「え、おい、や、やめんか!」

 リラの言葉をスルーし、再び亜留は目を閉じる。

「ちょ、おい、何をしている……う、うわぁぁ、やめろ! そのイメージを送り付けるのをやめろ!」

 再び頭を抱えて苦しみだすリラ。それを見て、明はぽかんとしていた。

「え、ちょっと、亜留? 一体何をやってるんだ?」

「いや、おはらいを……」

「いやいや、おはらいって……」

「だって、後ろに何かいるんだろ?」

「え、亜留、見えないのか? さっきお前の名前呼んでたが……」

「ん、そうか?」

 亜留がとぼけながらちらりとリラの方を見ると、ひどく怒った様子で亜留を睨めつけていた。さすがにこれ以上はまずいと思い、亜留は明に説明することにした。

「とまあ、冗談はここまでにして、明も見えてるんだろ? ここにいるリラのこと」

 そういうと、亜留は半身をリラの方に向け、右手でリラを指さした。

「な、アル、お前、わざとやっていたのか! このゲテモノゴリラが!」

 リラは両手を下ろしてものすごい勢いで歯ぎしりしているようだが、亜留はスルーして明に聞いた。

「え、じゃ、じゃあ目の前にいるのは……」

「ああ、星谷リラ、お前の従妹だ」

 そういわれ、明は立ち上がってリラをよく見る。

 それに気が付いたのか、リラははっとなって急におとなしくなった。

「えっと、一応だな、私は一度死んでしまってだな、今は幽霊になってしまっているのだ。だからその、えっと、あんまりじろじろ見られてもだな……」

「……そうか、一応は、死んでいるんだな」

 よく見ると透けているリラを見ながら、明は先ほどの驚き顔から少し暗い表情へと変化した。

「そ、そんな暗い顔をするでない! ほら、前みたいに話しかけてくれればよいのだぞ!」

 リラは明に向かって叫ぶが、明はあまり聞いていないようだ。

「お前がそんな顔してたら話が進まないだろ。明、今日はリラがわがまま幽霊になったのを言いに来たわけじゃないんだぞ」

「誰がわがまま幽霊だ、このハイテンポエロリストが!」

「誰がハイテンポだよ」

「おっと、いいのか? アキラにベッドの下にお宝を隠しているのをばらしても」

「そんなの、今どきの男なら誰でも持ってるって」

 明がおろおろしているのを後目に、亜留とリラの言い合いが続く。

 それを聞いているうちに、明も徐々に落ち着いてきたようだ。

「とりあえず、その、リラは死んでいるが幽霊として話しかけることができる……ってことでいいのか?」

「幽霊って言っても、生きてるときと変わらないぞ。触ることはできないけどな。だから、生きてるときと同じように話せばいいよ」

 落ち着きを取り戻しながらもまだ混乱している明に対し、亜留は肩に手を載せて言った。


 徐々に高くなっていく太陽は、日差しの強さを増していく。中央公園で遊ぶ親子はその組数を増やしていくが、まだ体力が有り余っているのか、休憩をしている人はほとんどいない。

 そんな中、亜留と明、そしてリラはそんな彼らをベンチで見ていた。

「それにしても、幽霊が見えるっていうのも不思議だよな。この世にないものが見えるって、一体どういう仕組みなんだ?」

 明は、亜留の隣に座っているリラを見ながらつぶやいた。

「ん、ああ、私たちが見える理由か?」

 すっとリラがベンチから立ち上がると、亜留と明の前に立った。

「物が見えるというのは、太陽の光などが反射して、その反射光を目でとらえることだというのは知っているだろう? そこでとらえた光の色が、どのような色かによって、物の色を識別しているわけだ。物が透明に見えるというのは、光が透過して反射しないからだ。つまり、何らかのエネルギーによってその光を反射させてやれば、物が見えるということになるのだ。私たち幽霊は基本的にエネルギーの塊だから、その塊が光を反射することによって、姿が見えるというわけだな」

 長々と説明するリラに亜留と明は顔を合わせて若干混乱した表情を見せる。

「お前、本当に中学生か? 高校レベルの話をしているようだが?」

「アルよ、私を舐めてもらっては困る。これでも心霊現象については、いろいろと勉強したのでな」

「その分を勉強に回せばよかったのに」

「う、うるさいな。結果的に学校の勉強など役に立たなかったのだから、良いではないか。今は趣味でやっていたことが役に立っているのだからな」

 ふん、と言いながら、リラは腕を組んで胸を張る。

「ん、待てよ。それだったら全員に幽霊が見えることにならないか?」

 ふと思った疑問を、明が口にした。

「ふむ、確かにこのままではそうだ。だが、動物には可視領域というものがある。人間は赤外線や紫外線というものは見えない、ということは知っているだろう? 同じように、幽霊が見えるか見えないかというのも、その可視領域がかかわっているのだ」

「えっと、人によってその、可視領域ってやつが違うってことか?」

「そういうことだアキラ。幽霊が見える可視領域というのは、その人とどれだけ波長が合っているか、あるいはその人がどれだけ霊感があるかということで決まってくる。つまり、幽霊が見える人は霊感が強いか、その人とのつながりが強いかのどちらかということだ」

 リラの説明を聞いて、ふと明は一つの疑問を抱いた。

「ん、待てよ? 俺がリラのことを認識できる理由はなんとなくわかったが、何故亜留はリラのことを見ることができるんだ?」

 明がリラに尋ねると、リラは「ああ、そのことなら」と続ける。

「亜留は私が憑依する前に、サオリという女に憑依されていたようだからな。それで霊感が上がったのだろう」

「サオリ……って、まさか、天川!?」

 ふとリラの口からこぼれた天川沙織の名前に、明は思わず声を荒げた。

「そうだ、今日はその沙織のことで明に手伝ってもらいたいと思って、呼び出したんだ」

「手伝い? てか、天川が亜留に憑依してたって?」

「うーん、とりあえず最初から話す必要がありそうだな」

 そういうと、亜留は一度ベンチから離れ、飲み物を買いに行った。

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