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My Possessed Day~彼女に取り憑かれた日~  作者: フィーカス
彼女がいなくなった日
12/34

二人目の憑依者

 いくら手を振っても、いくら体を動かしても、空振りばかりの世界。

 そこにいるはずなのに届かない。そこにあるはずなのにつかめない。

 認識はしているけれども、視覚とは違う、妙な感覚を覚える。

 触れたと思ったら、いつも空を切る。

 本当はつかみたいのに、本当は触りたいのに。

 その認識された人物は、徐々に遠くへと離れていく。

 待ってくれ、行かないでくれ。

 声に出そうとしても、声にならない。

 何度も心で叫ぶ。

 徐々に小さくなっていく。徐々に消えていく。

 どうして。どうして離れていくんだ。

 お願いだから、行かないでくれ。


 ――沙織――



 けたたましく鳴り響く携帯電話のアラームの音で、亜留は目を覚ました。

 手探りで携帯電話を探し出し、アラームを止める。そして、眠い目をこすりながら体を起こした。

「……夢、か。そういえば、先週の補講の時にセットしたアラーム、セットし直すの忘れてた」

 まだ暗い室内。カーテンからはわずかに明るい藍色の空が見える。

 時刻は午前六時半。わずかな寒さを感じながら亜留は布団を跳ね上げ、衣装ケースから適当な着替えを取り出す。

 寒さに耐えながら着替えを済ますと、亜留はそのまま部屋から出た。


 ダイニングでは母親がすでに朝食の支度を済ませており、母親はテレビを見ている。

「おはよう」

 休みの日なのに、よくこんな時間に起きられるなと疑問に思いながら、亜留は母親に声をかけた。

「あら、最近休みの日は早いわね」

「ん、まあ、ちょっと目が覚めるのが早いだけだよ」

 そういうと、亜留は食パンをトースターに入れ、マグカップにインスタントコーヒーをいれ、ポットのお湯を注いだ。

「おはようございます、九月十三日、土曜日の朝のニュースです」

 テレビからは、朝のニュース番組が流れている。母は休みの日はこうして、朝食が終わるまではテレビを見るのが習慣となっている。

 亜留はコーヒーが入ったカップを片手に席に着く。インスタントとはいえ、コーヒーのよい香りがダイニングを包み込む。

 しばらくすると、トーストの焼けるいい匂いが漂ってきた。

『ん……、あ、亜留、おはよう』

 チン、とトースターが音を鳴らしたとき、亜留の頭の中から、沙織の声が聞こえてきた。

『あ、おはよう』

 トーストを取り出し、皿に載せて亜留は返事を返した。

 マーガリンを塗り、一口かじると、もぐもぐと口を動かす。コーヒーで流し込むと、亜留は黙り込んでしまった。

『あのさ、何回も言うけど、よだれを出しながらこっちを見るイメージを送り付けてくるのやめてくれないかな』

『だって、おなかすいたんだもん』

『幽霊なのにおなかすいたも何もないだろ』

『あうぅ、私も食べたいぃ……』

 んなこと知るか、と沙織の声を無視し、亜留は準備してあったサラダと目玉焼きに手を付けた。せっかくなら目玉焼きも焼きたてにしてくれればよいのにと、思いながら、冷めた目玉焼きを口に運ぶ。


 午前七時半。食事を終え、あらかたの片づけを終えると、亜留は一度自分の部屋に戻った。

 寒さに耐えきれず、まずはエアコンのスイッチを入れる。生暖かい空気が、部屋に流れ込んできた。

『亜留、今日はどこに行くの?』

「ん、いや、特に用事はないけど」

 カーテンを開け、亜留はベッドに座り込み、そのまま上半身をベッドに倒す。

『そっか、今日は亜留らしく、えっちな動画の鑑賞会でもするんでしょ?』

「なんでそうなるんだよ」

 はぁ、と亜留はため息をつく。

「ところで一つ聞きたいんだけどさ」

『ん、何?』

 亜留は体を起こし、急に真剣な顔になる。


「お前、一体誰だ? 沙織をどこにやった?」

『え?』


 亜留の質問に、沙織の声が一瞬戸惑う。

『え、あ、亜留、何言っているの? 私はここにいるじゃない』

「お前は誰だと聞いているんだ。沙織はこんなに早起きしない。大体朝九時頃に起きて僕の邪魔をするんだ」

 不機嫌な顔をして腕を組み、亜留は沙織の声に問い続ける。

『わ、私だってたまには早起きします! あ、わかった。亜留、きょうもえっちな夢見たせいで、頭が混乱してるんでしょ。もう、亜留君のえっち!』

 その沙織の声を聞き、亜留はクスリと笑った。

「口癖はよく知っているようだけど、今の自分の言葉で矛盾していることに気が付かないなんてな」

 そういうと、亜留は立ち上がって、目の前に誰かがいるかのように指をびしっと前に出した。


「沙織は僕のことを呼び捨てにしない。いつも亜留『君』と言っているのだ!」


 母親のことを気にして小声で叫んだつもりだったが、思ったよりも自分の声が部屋中に響く。

 しかし、何も声が返ってこないところを見ると、どうやら下までは聞こえていなかったようだ。

 徐々に朝日が入り込んでくる部屋の中、一瞬時が止まる。

『あれ、おかしいな。私のリサーチだと、呼び方はこれでよかったはずなんだけど……』

 沙織のかわいらしい声に代わり、幼い女の子の声が亜留の頭に響き渡った。

「それは僕の妄想だ。本当は呼び捨てで呼んでほしいんだけど、沙織のやつ、それが恥ずかしいらしくてね」

『ほう、彼女にねぇ。まったく気の毒な』

 亜留に呼びかける声から、途中でくっくっく、と笑い声が聞こえた。

「そんなことはどうでもいい。とりあえず僕の体から出て行ってもらおうか」

 途中でイライラしたのか、亜留はひとまずベッドに腰掛けて落ち着くことにした。

『おいおい、何を言っておる。せっかくちょうどいい体を手に入れたのに、出て行けとはつれないのぉ』

 だが、亜留の体の憑依者は出ていく様子はない。

 ふと、亜留の頭の中で何かが思い浮かんだ。

「そういえば、その声からして、お前、中学生くらいの女だよな」

『む、鋭いな。確かに十四歳の中学二年生だが、それが何か?』

 亜留の確認が終わると、亜留はベッドの下から本を一冊取り出した。

『……おい、一体何を?』

 声を無視し、亜留は手に持った本のページをペラペラめくる。

 それは、男子高校生なら大抵は持っている、魔のバイブル。ほかには見せられない、あられもない姿の女性の写真が載っている、アレである。

『な、ちょ、おい、そんなものを……』

 さらにめくるとより過激なポーズになり、ついに生まれた時の姿のものが現れた。

『うわ、や、やめろ! きゃあぁぁ!』

 悲鳴が聞こえたかと思うと、亜留の体が急に軽くなった。カーペットの上を見ると、亜留に憑依していたであろう人物が、震えながらこちらを見ていた。

 身長は大体百四十センチメートルくらいだろうか。やけに長い茶髪で、薄緑色のTシャツに短パンという、いかにもそこらへんにいそうな元気な女の子だった。

「お、お前、女子中学生になんちゅーもんを見せるんだ! この変質者!」

 こちらを指さしながらがくがくしている女子中学生を見て、亜留は更なる悪事をたくらむ。

「ん、もっと見せてやろうか? ほれ」

 そして、先ほどのヌード写真を、女子中学生に向ける。

「ぎゃぁぁ! いい加減にしろ脳内補完エロリスト!」

 何を言っているか意味が分からないが、そろそろ涙目になっているようなので、亜留は魔のバイブルを閉じ、ベッドにしまった。


「で、お前は一体誰なんだ?」

 ぜいぜいと息を整えている半透明な女子中学生の前に胡坐をかき、亜留は尋ねた。

「な、なんだ、私のことが知りたかったのか? だったらそっちにいるときに共有情報から探り出せばよかろうに、なにゆえ追い出したのだ」

 ふんっ、と女子中学生はそっぽを向く。

「お前が何者なのかわからないと話にならないだろう。とりあえず、正体を教えてもらうぞ」

「知るか! 健気なおなごにあんなことする奴に、教えることなど何もない!」

「ほう、そうか。あ、そういえば、霊体とは離れていても、イメージを送ることができるんだったな」

 そういうと、亜留は静かに目を閉じた。

「こ、今度は何をする気だ?」

 女子中学生は亜留を警戒し、座り込んだまま後ずさる。

 が、突然顔色がみるみる悪くなっていった。

「え、ちょ、な、うわぁぁぁ! や、やめろ! 早くやめんか!」

 悶えながらどこかに逃げようと四つん這いになる。しかし、よほど亜留から送られてくる「何かのイメージ」が衝撃的だったのか、その場から動けない。

「さて、そろそろ話す気になったかな? お嬢ちゃん?」

「わ、わかった! 話すから、そのやらしいイメージを送り付けるのをやめろ!」

 女子中学生の叫びが通じたのか、亜留はふぅ、と息をつくと閉じていた目をゆっくりと開けた。同時に、女子中学生は力なくばたりとその場に倒れこんだ。


「まったく、女子中学生の体にあんなことをするなんぞ、どうやったらそんな想像ができるのだ、この変態クリティカルブレードが!」

「意味わからんこと言い続けるなら、こちらも続けるぞ」

 亜留にそう言われ、女子中学生はびくりとおびえる。

「わ、わかった、今話すから」

 そういうと、女子中学生はすっとその場から立った。亜留も合わせて立ち上がる。

「私の名は星谷梨羅(ほしたにりら)。リラでよい。一か月ほど前、友人らと遠出していた時に崖から転落して死んでしまったのだ。で、憑依先を探していた時に、ちょうどお前の体が空いていたということだ」

 か細い腕を組んで、リラは自己紹介する。くりっとした大きな目が眉間にしわを寄せて亜留を見つめる。

「僕の体が空いていた? そんなはずはない。だって僕の体には沙織が憑依していたんだからな」

「ああ、お前の彼女か。しかし、私が来た時には、お前の体には誰も憑依してなかったぞ?」

「そんなバカな、だって沙織は……」

 そういって、亜留は昨日のことを思い出した。

 沙織はたまに亜留の体から離れてどこかに行ってしまう。沙織が言うに、エネルギーの充電らしい。

 昨日も夕方頃にどこかに行ったっきりだった。普段なら朝には戻ってきているはずである。

「なるほど。リラ、お前が僕に憑依していたから、沙織は戻ってこれなかったんだな」

「ん、それは無いと思うぞ」

 リラの返しに、亜留は「え?」と意外だという顔をした。

「もしもほかの霊が近づいてきたなら、私だってその気配を感じるはずだ。もっとも、ほかの霊が来てもアルの体を明け渡すつもりはなかったがな。しかし、昨日の夜はそんな霊は誰も来なかったぞ」

「そんなバカな、じゃあ沙織はいったい……」

 亜留が言いかけた時、下から「亜留、どうしたの?」という母親の声が聞こえた。すぐさま「何でもない、独り言」と返す。思わず大声を出していたらしい。

「……とにかく、この話はここじゃまずいな。一旦外に出るか」

 そういうと、亜留は上着を着てショルダーバッグを持ち、簡単に出かける準備をして部屋を出た。

「え、ちょっと、アル、待たんか!」

 その後をせわしなく、リラが付いていった。

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