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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
97/154

02-12-01 戦いの後で



酷く薄暗く、息苦しい部屋だった。

非人道的で外道な術を使い続けていた場所だからかもしれない。

訳も分からず連れて来られて、苦しみ殺された人々の無念がこびりついているようだった。

拭っても消えない血痕。痛みに暴れた人々の残した痕。そして、残された魔術の執り行われた跡。忌まわしいその部屋に、二人の女性がいた。

橙がかった濃い金髪に青の瞳のハーフエルフ……フィーユと、燃えるような赤毛に同じ紅色の瞳の女性だった。

フィーユは赤毛の女性を地面に押し倒し、剣を首筋に当てていた。

「スカラ……」

視界が、涙で滲んでいく。

「スカラ……私は……」

苦しくて、哀しくて。でも、逃げるわけにはいけない。だから、フィーユは剣を親友に向ける。

赤毛の女性は……スカラムーシュと名乗る彼女は、優しくほほ笑んでいた。

「ごめんね、フィーユ。優しい貴女に、こんな役割を押しつけて」

剣をあてた所から、血が流れていく。

真っ赤な血が。

それを見て、フィーユは剣を引いてしまった。

殺さなければならない。だが、親友を、ようやく見つけた大切な友を、まだ人の理の中にいる彼女を、殺す事が出来ようか。

殺せない。殺したくない。

まだ、なにか方法があるはず。

そんなフィーユの様子を見て、スカラは哀しそうに首を振った。

「私は、もう死んでいるの。だから、お願い……私を、ちゃんと殺しきって、フィーユ」

嫌だ。誰かが居なくなるのは嫌だ。

かつての旅の仲間たちは次々に居なくなってしまった。ようやく出来た親友を、自分の剣で殺す事なんてできない。

涙を流しながら首を振るフィーユを、スカラはそっと頭を撫でた。

「なに、泣いてるの? 貴女はこの後私を殺す、それは決まったことでしょ。私は、貴女に世界を害する存在だから殺されるの。泣きたいのは私のほうよ」

「え……?」

心を抉る言葉を、フィーユは呆然と聞いていた。

「冷酷の魔女。ふさわしい二つ名ね。だって、貴女は親友の首を落して殺してしまうんだもん。さあ、この首を斬って」

こんなことを、スカラムーシュは言わない。言わなかったはずだ。

フィーユは混乱しながら、その場から逃げようとした。

よく知っているはずのスカラムーシュが、得体のしれない存在に見えたから。しかし、体が動かない。それどころか、勝手に腕が動いていく。

「い、や……いやだ」

スカラの細い首に、剣を向ける。

こんな過去、知らない。これは、悪夢だ。ありえないことだ。

これは、過去の再現だったとフィーユは思っていた。スカラムーシュを、過去のフィーユはこの後殺した。でも、スカラはこんな事を言っていない。

言っていないはずだ。

これは、悪夢だ。

また、スカラを殺さないといけないなんて。

腕が、勝手に動いていく。

簡単に、剣は振るわれる。

フィーユはスカラを殺した。

首が落ち、周囲を鮮血が赤く染めていく。

「ほら、結局私を殺す」

声が、フィーユを攻め立てる。

「卑怯者」

「なにも知らないで生き残って」

「私を殺しておいて」

知らない。こんな過去、知らない。

フィーユは耳を塞ぎ、目を閉じようとする。

でも、出来ない。

「ねぇ、なんで生きてるの?」

転がっていた生首が、恨めしそうに言った。

「いやああああああっ!!」

これは、ありえない過去だ。こんな事をスカラは言わない。しかし、それでもスカラの声で紡がれる言葉は、フィーユの心を容赦なく抉っていく。

いつの間にか、目を瞑っていたフィーユは、目を開いた。

優しくほほ笑むスカラムーシュが、いた。

「なん、で」

首は、繋がっている。先ほどと同じ態勢……フィーユが押し倒し、首元に剣を付きたてている状態で、またその悪夢は始まる。

「なに、泣いてるの? 貴女はこの後私を殺す、それは決まったことでしょ。私は、貴女に世界を害する存在だから殺されるの。泣きたいのは私のほうよ」

「っ?!」

とびのき、距離をとる。

「私は、もう死んでいるの。だから、お願い……貴女も死んで」

近づいて来るスカラムーシュの目は、どこか虚ろでやはりフィーユの知るスカラとは違う。だというのに、彼女は生前の彼女とまったく同じ声で言うのだ。

「どうしたの、フィーユ。私の首を、落して殺してよ」

首が、飛んだ。

フィーユの腕が、勝手に動いてスカラを殺す。また、殺して行く。

「ねぇ、なんで生きてるの?」

飛ばされた生首が、フィーユを恨めしげに見つめて言う。

「い、や……だ……」

なんでこんな事になっているのか、混乱する頭ではなにも考えられず、なにも見たくないと目を瞑るフィーユは……また目を開けた時、スカラを押し倒していた。

ここまでくれば、誰かがフィーユを性質の悪い悪夢を見せていると気付く。おそらく、フィーユが最も見たくない過去をさらに最悪の形にして何度も再生しているのだ。だが、だからと言って抵抗する事が出来なかった。

「ねぇ、フィーユ。私を殺してよ」

何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も何度もなんども、なんどもなんども、なんど、も……親友を殺す悪夢を、繰り返す。

傷ついた精神では、その悪夢を乗り越える事ができない。

もう、何度目かも分からないスカラを殺す自分を、フィーユは諦めていく。

抵抗しようとしてもまったく意味が無いのだ。この悪夢から逃れられない。

削られていく心が、空虚になっていく。

この悪夢を見る前に、なにか大切なことをしていた気がする。誰かと戦って、結局負けた気がする。だが、思い出せなかった。

「ねぇ、フィーユ。死んでよ」

いつの間にか、スカラがフィーユを殺す側になる。

何度も、それは繰り返される。

殺され、倒れて、苦しんで。


くりかえ、され……。


「ユウ、お姉ちゃん」

気付いた時、誰かが服の端を引いていた。

暗い暗闇の中で、いつの間にかフィーユは倒れている。

起き上ろうとしても、体中が重くて立ちあがれなかった。

視線だけ動かして、声の主を探す。

「やっぱり、お姉ちゃんっ!! 逢いたかった!!」

飛び付いて来たのは、まだ幼い少年だった。

銀色の髪に、紫紺の瞳がなにかを思い出させる。

「……ルゥ、イ?」

微かに覚えていた名前を呼ぶと、彼はにこりと笑った。

「うん。ルゥイは、ルゥイだよ」

ルゥイは、かつての旅の仲間だった。そして、ずいぶん昔に死んだと思っていた。

なぜ、ここにいるのかと鈍っていた頭を動かして、考えようとする。

「それより、立って。ここ、いちゃだめ」

「……立てない、の」

なにかに拘束されているように、体は重く動かない。

見れば、体中を黒い蔦が覆って行くところだった。その蔦は、数分もしないうちに、全身を覆い隠してしまうだろう。

「だめ。立つの」

無理やり、ルゥイは立たせようとする。だが、まだ幼い少年にはそれは難しい。

必死に服を引っ張るが、フィーユは起き上れない。否、起き上ろうと心が動かない。

何度も親友を殺し、そして殺された悪夢は、確実にフィーユを蝕んでいた。

「立って。立ってよ!!」

ルゥイは必死に叫ぶが、蔦は容赦なくフィーユの体を包み込んでいく。

「お姉ちゃんのばか! アスお兄ちゃんが、泣いても知らない!!」

「ア、ス……?」

その名に、なにかを思い出す。

「アス……」

彼は、いつもフィーユを守ってくれた。でも、今はもう、肩を並べて戦える。

「そうだ、アス……アスが、プルートに」

アスの名前をきっかけに、おぼろげな記憶が形を為して行く。

そうだ、この悪夢を見る前に、フィーユはアスと一緒に戦っていたのだ。

「あ……みんなは……」

アスがプルートに腕を壊された所までは覚えている。アスが倒れて、プルートはその剣先をフィーユに向けた。その後、なにがあったのか思い出せない。

みなは、無事なのだろうか。そして、自分は……。

「私、死んだのかしら」

「死んで、ない!」

絡みつこうとする蔦を払いながら、ルゥイは叫ぶ。

「だから、立って!」

「……うん」

ルゥイの叫びに、ようやくフィーユは応えた。

まだ、生きているのならばやらなくてはならない事があるはずだ。アスの無事を確認しなければならない。スフィラを倒せなかった。プルートはきっと私達を許さないだろう。その報復からアーヴェを守らなければならない。

先ほどまで、体が動かなかったというのに、いざやらなくてはならない事を思い出すと、呆気なく立ちあがる事が出来た。

黒い蔦はすぐに引きちぎられ、枯れていく。

立ちあがったフィーユに反応してか、スカラムーシュの姿をした偽物がまた現れ、フィーユを罵倒しようとする。

「全部、嘘。だから、聞いちゃ、だめ」

そんなスカラから顔をそむけて、フィーユの耳を塞ぎ、ルゥイは言った。

「ユウお姉ちゃんが、言われたくないこと、言うの。あれは、そう言うモノ」

「そっか……そうだよね」

スカラはフィーユを道ずれにしようとはしないだろう。だが、もしもフィーユを恨んでいたら。スカラと親友だったと思っていたのはフィーユだけで、心の奥で彼女は罵倒していたとしたら。そんな『もしも』の恐怖が、具現化した者が目の前のスカラムーシュだった。

「私、行かなくちゃ」

こんな悪夢に捕まったままではいけない。

自分の恐怖の具現だと気付いた瞬間、スカラの姿は糸がほどけていくように曖昧になっていった。

「ごめんね、スカラ。私、まだ死ねないの。まだ……スカラが守りたかったモノを守りきれてない」

目の前のスカラは本物ではない。だが、思いを確かめるために、フィーユは言葉を紡いだ。

呆気ないものだった。

本の少し前まで、スカラの偽物に本当に怯えていたというのに、もう目の前には何も無く、怯える必要もない。この先、この悪夢の事を何度も思い出すだろう、それほどまでに強烈な経験だったが、今この瞬間は大丈夫だった。

「ありがとう、ルゥイ」

礼を言えば、ルゥイはいつもと変わらない笑顔を浮かべる。

だが、すぐに首を振った。

「でも、早く帰らないと。戻れなくなる」

「戻れなくなる? ここはどこなの?」

「ここ、闇の夢」

「……?」

ルゥイは経験が少なければ会話をした事も少ない。だから言葉足らずだ。それを思い出すが、これでも彼が必死に話している事を知っているのでフィーユは何も言わずに考える。

周囲は、部屋など無くなりただ真っ暗な空間が広がっていた。

「帰ろ? こっち」

ここがどこなのか、分からないがルゥイは道を知っているらしい。幼い少年に手を引かれ、フィーユは道のない真っ暗な闇の中を歩きだす。

ルゥイは、あの頃とまったく変わらない。

五千年前、シエル達と世界樹の元へ行って、それっきり帰らず、戻ってきたシエル達は彼は死んだのだと言った。最後に見た姿と、まったく変わっていない。

「ねぇ、ルゥイ」

「なあに、お姉ちゃん」

「あなたは、なんでここにいるの?」

聞かれたくなかったのか、彼は口を閉ざしてしまう。

そして、迷うように視線を彷徨わせた。

「それとも、貴方も私の夢?」

「ルゥイは、夢だけどお姉ちゃんの夢じゃないよ」

「?」

やはり、彼の言葉は足りない。

しばらくすると、彼は思い出したように言った。

「あのね、ルゥイ、お兄ちゃんなったんだ」

「ルゥイが?」

「正確にはお兄ちゃんじゃないけど、でも、お兄ちゃんなの」

「そっか」

「信じてないでしょ! ルゥイ、その子のためにがんばってるんだからね!」

あの頃と変わらないけれど、少しだけ背伸びしようとするルゥイをほほえましく思いながら、フィーユは話を聞く。

「ルゥイはもう終わっちゃったけど、あの子の為ならなんだってしようと思ったの。だから、ここいるの」

「この悪夢に?」

「うん。せめて、もう少しだけ。もう少しだけでいいから、やりたい事をやらせてあげたいの」

ふと、ルゥイは足を止めた。

「じゃあ、ルゥイはここまで。まっすぐ、帰ってね」

「ルゥイ……?」

ぱっと手を離すと、その先を指差した。

相変わらず、指した先は暗くなにも無い様に見える。だが、彼には分かるらしい。

「……ルゥイは」

何時までここに居るのか、また逢えるのか、フィーユは言い淀む。

そもそも彼は、人なのか。

「また、ね」

そう言うと、彼はフィーユを押した。

そこまで強く押したわけでは無く、フィーユも少しだけよろめいて一歩前に出ただけだった。が、その先に地面が無かった。

「えっ、あっ、ルゥイっ!!」

思わずルゥイに手を伸ばしながらフィーユは暗闇を一直線に落ちていく。

最後に見たのは、ニコニコと手を振る少年の姿だった。



落ちていくフィーユが見えなくなった後も、ルゥイはぼんやりと暗闇の中を見ていた。そのうち、世界が形を変えていく。

黒い蔦が地面一体を覆い尽くす暗い大地に。

「今日は調子が良さそうだね。というか、ルゥイって一番目のジョーカーの事知ってたんだ」

明るい少年の声を聞いて、ルゥイは首をかしげながら振り返った。

「だれ?」

「えー……そう。うん、やっぱりいつも通りか」

緑がかった黒髪の少年が困ったように頭をかいて、肩を落とす。寄って来る黒い蔦を剣で斬り落としながら、少年はルゥイに近づいた。

「そうだ、ユウお姉ちゃんがいたの、シエルに教えなきゃ」

独り言を漏らすルゥイに、灰かぶりは問いかける。

「僕は灰かぶりだけど、覚えてる?」

「灰かぶり?」

「じゃあ、今、何をしたい?」

「えっと? ルゥイは、神域にいかないと、いけないの」

「そこかぁ……」

フィーユは気付かなかっただろう。ルゥイも気付かせまいとどうにか意識を保っていたが、やはりだめだったかと灰かぶりはため息をつく。

(ルゥイ)は、曖昧で不安定な存在だ。

なにしろ、正気の時がほぼない。今が過去であると錯覚している事が多く、人を認識できない時もある。しかも、いつぐらいの過去なのかもその時々で変わる。

がんばれば正気でいられるらしいが、長続きはしない。

「そういえば、シエルは、どこ?」

「ここには居ないと思うよ?」

「そっか。どこにいるの?」

「さぁ……」

すでにシエルと言う少女は死んでいる。事実を無邪気に聞いて来る少年に言いだせず、灰かぶりはため息をついた。









年が明けた。




「まだ、目覚めないんですね……」

星原シエラル支部支部長夢条天音は、閉じられた扉の前で立ちつくしていた。

隣には星原の称号付きである霧原陸夜がいる。

場所はアーヴェ本部の魔術解析を専門とする部署の中でも、最奥にある研究室の前である。

この扉の先には、二人と縁の深い少女が眠っている。

彼女の名は、セツナ・クロキ。

シエラル支部に所属する少女である。

そして、彼女と共にスフィラと戦ったフィーユもまた扉の先に居る。

二人とも、黒の女神スフィラとの戦闘が終わり意識を失った後、一度も目を覚まさない。

アーヴェの本部で魔術解析をした所、肌に浮かび上がる黒いあざの様な呪いの様な物が原因だとそこまでつきとめたが、それ以上の解析が進んでいなかった。

すぐに生死にかかわるものではないし、黒いあざも少しずつ消えて来ているため、いつかは目を覚ますだろうとは言われているが、この先予想どおりに行くか分からない。すでに、戦いから数日が過ぎ、年越ししてしまっている。

天音は上司として、そしてセツナの身元預かり人としてずっと付き添っていた。母を早くに亡くし、親戚は無く、父は大っぴらに世界に関わる事ができないため、天音が彼女の保護者的立場だった。

シエラル支部では妹のように可愛がっていた天音は、今回のセレスティン襲撃にセツナが参加するのを止めたかったのだが、結局こんな事になってしまった。

セレスティンにかなり損傷を与える事が出来たとはいえ、まだプルートなど幹部が逃げのび、スフィラも健在。一方こちらはフィーユとアスが意識不明でそのうえセツナまで……。

いつまで彼女の意識が戻らないのか、本当に生死にかかわらないのか、心配でろくに寝る事も出来ていない。

それは、陸夜も同じだった。シエラル支部支部長だが、現在ほとんど仕事を停止しても問題のない天音とは違い、キングの称号付きとして仕事に追われている彼は、もっと酷いありさまだ。

目の下に濃い隈を作り、疲れた様子だが毎日ここに来る事はやめない。そして、もう一つ……捕まったセレスティンの者との面会を本部に頼みに来ていた。

今回の作戦で捕まった者達は重要な地位にいた者や危険人物や全国に指名手配されている者達はアーヴェ本部の地下で拘束していた。

彼が会いたいと願う人物は、もちろん。

「また、マコト君と会うの断られたの?」

「……あぁ」

義弟であり、星原を裏切った霧原マコト……現在は紫の悪魔と呼ばれる少年であった。

「まあ、しょうがないよね」

「分かってる……」

陸夜は、星原の称号付きではあるが、彼を義弟として引き取り、家族として過ごしてきた。そのため、二人を面会させるのを上が止めている。

「でも話しを、聞きたいんだ……どうして裏切ったのか……いや、元々裏切っていたっていうなら、今まで過ごした二年間は、ずっと……なにも思って無かったのかって……」

最初のころは、なにも話してはくれなかった。

本当の家族のように接して、マコトもそれを嫌がらずに少しずつ打ち解けて、本当に、大切な家族だと思っていたのに。

そんな中、会わなくてもいいということに少しだけほっとしている自分がいることを陸夜は知っている。会わずになにも聞かずにいれば、傷つかずにすむ。陸夜が、心のどこかでマコトが何を思って二年間を過ごしていたのか聞きたくないとも思っている。

以前も、家族に裏切られたから。

いや、あれは裏切ったのではないのかもしれない。無実だったのかもしれない。だが、真相は闇の中だ。

霧原陸夜の兄、夜神空夜は、星原を裏切り、当時のエースの称号付きリースを殺害した罪で追われている。兄がそんな罪を犯したのを知ったのは、兄を追いかけて星原にやってきた直後だった。

その時、兄に裏切られたと思った。彼は何度も陸夜に星原に来るよう勧めて来ていたから。

兄の言葉を信じ、頼りにして星原に来たと言うのに、行った先ではすでに兄は星原から消えていた。

罪を犯すつもりなら、なんで星原に陸夜を呼んだのか。罪を犯してないのなら、留まって無実を主張すべきだったのではないか。

大切な家族だと思っていた二人に裏切られ、友人であるセツナが倒れ、陸夜は苦しんでいた。

天音はそんな陸夜の気持ちが痛いほど解る。

なにしろ、天音の兄である響は空夜の共犯者だったからだ。

天音も、当時は裏切られたと思っていた。

意気消沈する二人の前で、扉の奥がにわかに騒がしくなった。

ばたばたと駆けまわる音と共に固く閉ざされていた扉が開く。

天音達同様目の下に隈を作った魔術師が扉からでてくる。数人が何も言わずに走り去り、残った一人がほっと笑いながら天音と陸夜に言った。

「お二人の意識が戻りました」

ふらりと倒れかけた天音を、陸夜が慌てて支える。

「ほ、ほんとう、に?」

言葉を詰まらせながら、天音は消えそうな声で聞いた。

「はい。二人とも、意識もはっきりしています。まだ黒いあざが残っているので経過を見なければいけませんが、あの様子ならすぐに面会できるようになるはずです」

天音がセツナの事を心配し起きたらすぐに会えるようにと時間が許す限り扉の前にいた事を知っていた魔術師は、微笑んで答える。

「よか、った……本当に……よかった……!!」

涙ぐむ天音に、陸夜も何も言わずに頷いた。

フィーユたちと共に戦ったアスもまだ目覚めてはいない。年が明けたと言うのに、セレスティンとの戦闘の後処理はまだまだ残っている。まだ、なにも終わってはいないが、終わりが少しだけ近くに来たような気がして、陸夜は目を瞑って張っていた気を少しだけ緩めた。






一番のジョーカーであるフィーユ・ユウ・レディーシャと星原シエラル支部所属セツナ・クロキの意識が回復した事はすぐにアーヴェ本部に広まる。特に、フィーユはアーヴェの創設初期から所属して今までアーヴェを守ってきた存在の一人であるため、その回復を喜び安堵する者も多かった。

そして、今だ意識の戻らないもう一人が回復する事を皆望んでいた……。


「……後は、貴方ですか」

亡霊のように姿が薄く、透明でどこか存在感のない女性が人が入れるほど大きな水槽を前にして呟いた。

周囲が見渡せるくらいの灯りを灯したその部屋は、知る者がいれば息を飲んだだろう。

この時代、この世界ではレンデル帝国ぐらいでしか見られない魔科学によって造られた機械が壁を埋め尽くしていた。一つ一つが現在の技術では再現不可能なものである。すでに、五千年もの年月を稼働しているが、現状固定の魔術によって一度も壊れることなく存在している。

壁一面を埋め尽くすのは、中央に置かれた巨大な機械を動かすための装置である。その装置によって生かされている存在――それが、亡霊の様な女だった。

『メト。本当に、ユウが起きたんですか』

酷く雑音の入った機械音が響く。

その声は、アスのものだ。

メトと呼ばれた女性。メトセトラ・ヴィヴィアンは水槽の中に浮かぶ物を見た。

幾つもの管に繋がれた男性型の機械人形が浮かんでいる。

現在認知されている唯一稼働している機械人形の二番目のジョーカー、アスである。

意識は戻っているが、体を動かす事ができず、目も瞑ったまま声だけが器具を通して聞こえて来る。

体の損傷は自動修復機能により幾分直りつつある。胴体に開いた穴が塞がり、現在は喪った右手と右足を修復中だ。だが、なかなか進んでいない。破損箇所が多いとはいえ、いつも以上に修復に時間がかかっている。

彼は五千年もの間、稼働し続けている。サカキバライトコの最高傑作であり、定期的にメンテナンスをしているとはいえ、かなり異常なことである。そろそろガタが来てもおかしくない。

「本当です。……もう、彼女は幼い少女ではない。過剰な心配をする必要はないと判断します」

『……分かっていても、どうしようもない感情もあるんですよ』

「時々……貴方の言葉が理解できません。貴方は、機械であるはずだ。私よりも。ですが、それが羨ましくもある。あとでフィーユ嬢の様子を見て来ましょう」

『ありがとう』

「礼には及びません」

ちくりと胸が痛む。それは、きっとアスにたいして嘘をついているからだろうとメトセトラは思った。

彼等を、二年もの間謀っている。命令され、自分でも必要な事だと了承した身ではあるが、それが辛いのだと気付いたのはつい最近の事だ。

「私は、シェランの守護と、貴方達ジョーカーの補助を行うのが仕事ですから」

嘘をついていることを隠し、メトセトラは何時ものように言った。

メトセトラ・ヴィヴィアン。彼女は、カテンとテアニン姉妹と共に『扉」を管理する三人のうちの一人である。『扉」を自由に使うことを許されているジョーカーを補助し、シェランの住む隔絶世界を調整し、アーヴェ本部の地下にある永久監獄とその奥に隠されたモノの守護をするという幾つもの役割を持つ女性であった。

『メト』

「なんでしょう」

『スフィラの封印は、結局失敗に終わったんですよね』

「はい。ですが、しばらくは動かないでしょう」

破壊されてしまった事で若干記憶が抜け落ちてしまっているアスに、メトセトラはすでに何度か説明していることを話す。

彼は、どこか腑に落ちない様子で何度も聞くのだ。 

アスはあの日、黒の女神を封印しかけた。だが、その一歩前でプルートに阻止されたのだ。

スフィラを害したアスに怒り狂ったプルートは右腕を斬り落とし、さらに胴体に穴まで開けた。その隙を見て黒の女神はフィーユ達を襲い、結局とりのがし、さらにアスは右足までプルートに奪われた。修復できるとはいえ、丸々無くなれば全て元に戻すのに時間がかかる。アスが動けないその間になにか動きがあるかもしれない。そんな心配があった。

そもそも、今回の事件はあまりにも不可解な事が多すぎる。

そして、裏切り者もまだアーヴェに存在している。

『カーリーから、あの件でなにか連絡は』

「まだありません。また新しい戦いが始まるかもしれないので、慎重に進めているとのことです」

『そうですか』

実は、セレスティン襲撃前に三番目のジョーカーにより伝えられた情報で、裏切り者がまだアーヴェに存在している事が分かっていた。その人物にもあたりは付いているが、証拠が無い為、セレスティン襲撃時に証拠を作る為の罠をしかけてあった。無事に証拠が上がり、あとは彼女を捕縛するだけにするために裁き司は密かに動いている。

その裏切り者も不可解だったが、他にも懸念事項がたくさんありすぎる。

特に。

『紫の悪魔……は……』

「特に何もありません。聞けばなんでも答えますが、別に協力的ではなく、機械的に反応しているだけに見えました。呪いに侵されていることもあり、特に脅威ではないかと」

『そうですか』

今、自由に動く事の出来ないこの身が恨めしい。不安ばかりが募るなか、アスは苛立ちを隠せなかった。

たしかにスフィラにかなり損傷を与えた。プルートもしばらくは動けないだろう。だが、なにかを見落としている様な、なにかが酷く心を乱す。

思い出すのは、紫の悪魔と呼ばれる少年の姿だ。呪い、と聞いていやな事を思い出す。その呪いは何を起源とするものか詳しく調べて居ないし、どれほど進行しているのかも分からないが、よくアーヴェの精鋭たちに気付かせずに立ち向かってきたと素直に思った。

「今は、回復を最優先にすることを提案します」

『そう、ですね。すみません、メト』

妹分である彼女に言われ、悩み続けていたアスは思考を止める。これ以上考えても答えは見つからないだろう。なにか重要なことをアスは見落としてしまっているから。なら、今はとにかく動けるようになってその見落としてしまった事を調べるべきだ。

思考を止めると、修復を最優先にさせるために意識を沈めた……。

しばらくして、部屋は静かになった。

メトセトラはなにも言わずに水槽を眺め……そしてふいに下を向いた。

「すみません、アス」

そう言うと、姿を消した。いや、そこに人がいるかのように写していた映像を消した。

メトセトラの体は、もう存在しない。彼女は、映像を映し出し、音声を機具から再生する事で周囲とやりとりをすることができるだけだ。

メトセトラは部屋から意識を離すと、アーヴェ本部の中を見る。

どこも忙しく、戦いの後始末の為に翻弄していた。




あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


メトセトラ・ヴィヴィアンさん、実は名前は出て来てないのですが一章でちらりと出てきていました。いや、これじゃだれも気付かないだろ……みたいなところにちらりと出てきています。


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