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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
95/154

02-11-04 それは、偽りの血戦



クリー、そしてキセキは来た道を引き返して走る。だが、そのうち先導していたクリーはまったく知らない道に曲がっていく。

「道、あってるのか?」

まったく躊躇わずに進むクリーに、キセキは思わず聞いた。

あまり仲がよろしくなさそうなカーリーから離れたいから走りだしたのではと邪推もしてしまう。

「あってますよ。すでに、捕捉しています。逃がしはしません」

その言葉の通り、彼は真っすぐに前を見て、もう迷いはない。

「……なんか、さっぱりしたようだな」

「すみません。さっき、私は彼を攻撃するのを躊躇していた」

「まあ、分かってたよ」

「かつての友人に……私を理解してくれた彼に剣を向けるのが嫌だった。シヴァ……私の相棒が人質になるかもしれないと、怖かった」

「そうか」

誰かが居なくなる恐怖はキセキ自身よく知っている。よく、身にしみている。

だから、彼の事は責められなかった。

キセキは、かつて大切な人の為に仲間を見捨てた。だから、クリーのそれを責める事は出来なかった。

「カーリーって人、人を使うのが上手いだろ」

「はい……」

カーリーは昔から人の上に立ち導く立場だった。だから、適材適所をすぐに見極めてわりふる事ができる。

「カーリーさんは、ほんといい人で……私のそんなわがままにも笑って別のやれる事を示してくれる、人、なんです」

キセキはすでに対策を取られている紫の悪魔と戦うのは不利だ。そして、クリーも戦うのを躊躇してまともに戦えない。だから、カーリーはもう一人の妨害者である地術師の捜索を割り振った。自身が紫の悪魔と戦う事で。

「だから、せめて地術師だけは倒します」

「おう」

決意のこもったクリーの言葉に、キセキも頷く。

第一部隊として抜擢されたと言うのにこのていたらく。せめて挽回しなければならない。

走っていくうちに、魔術が発動する前の様な魔力の流れを感じてすぐにクリーとキセキは立ち止まり回避する。

先ほどと同じ魔術。しかし、二人は止まらない。

「うっとおしいですね」

クリーはそう言うと、右手に魔力を集める。

青白く光るその手から、冷気が迸る。

走りながら、壁に手を当てた。

その瞬間、凄まじい速さで冷気が壁を伝い、クリーから見える範囲の建物全体が凍りついていく。

「……これは」

思わず、キセキはクリーを見た。

明らかに普通の魔術師ではない。第一部隊にカーリーから推薦されたのだから当たり前なのだが、ここまでの力を隠していたのかと驚き笑う。

「また道を閉められたりしないうちに、行きましょう」

明らかに、相手の魔力を上回っている。凍りついた場所を地術師は魔術によって下から壊そうとしていたが、まったくびくともしないようだった。

だが、少しばかり悪い事もある。

「うわっ、ぶねっ」

凍りついた地面は滑りやすかった。



そうして、地術師を探していたクリーとキセキは、探し人のいる場所に辿り着く。

キセキによって乱暴に壊された扉の向こうに、青年がいた。

椅子に座る青年は、クリー達に背を向けて幾つもの箱に映った映像を見ている。その映像には、紫の悪魔とカーリーの戦いや、第二部隊、第三部隊の様子など様々な映像が映っていた。

「これは……」

この基地を迷宮のように操る主の部屋、だった。

あまりにも異様な部屋の様子にキセキは目を見張る。

こんな機械、視た事が無い。魔科学の発祥の地レンデルから支援を受けていると以前から噂があったが、その通りなのかもしれない。

こんな技術、見た事が無かった。

くるりと椅子を回して青年がクリー達へと向き直った。

あまり特徴のない茶髪に同色の瞳の平凡な青年だった。

背が高い訳でもなく低い訳でもない。中肉中背、どこにでもいる一般人だと言われても納得してしまう。

先ほどのカーリーがあまりにも印象が強かったため、どうもぱっとしない。

「魔力の流れを探知してきたんだ。ちょっと驚いたよ」

そう言うが、対して驚いた様子は無い。

クリーは、なんどもクリー達を狙った地術がどこから放たれていたのか、魔力を遡り、術者の居場所を先ほど、カーリーに促されて行っていた。

特に隠していた様子無く、探知は成功。そして、ここに至っていた。

「でも、困ったな。私はこういう戦いはあまり得意じゃないんだ」

そう言うが、やはり困った様子は無い。微笑んでいる。

少し、紫の悪魔と似ているとキセキは思った。

ずっと、同じ表情で、感情を表に出すと言う事を忘れてしまったようだと。

「好都合です。降伏を。先ほど道を閉ざしたのもあなたでしょう? 私達は黒の女神の下に行かなくてはなならないので、あの道を開いてください」

「……別に、スフィラ様の下に君たちが行く必要はないと思うよ」

青年はそう言ってちらりと流れていく映像を見る。

彼の視線の先には、黒の女神が映る映像。そこで、彼女は闇を凝縮したような塊を両の手に溢れさせていた。それを、放つ。

辺り一面にクロがひしめき、戦っていたアス達の姿が消えてしまった。

「……アスさんっ?!」

「女神に挑もうなんて無謀もいいとこだ。まだ本来のほんの一部しか力を取り戻せていないからって、侮りすぎなんだよ、君達は。我等が女神は、なんだってできるんだ」

青年の微笑みは、いつしか狂気の笑みに変わっていた。

キセキ達は、彼が黒の女神の信者かと戦慄する。

時折いるのだ。プルートや彼のように黒の女神の信奉者が。

背後から音がして、キセキが振り返り剣を向けた。

「なっ、なんでお前がっ」

彼が動揺するのも無理ない。

そこにいたのは、カーリーが残り戦ってくれているはずの紫の悪魔だったのだから。

だが、すぐに彼が本物ではないと気付く。

傷も疲れもまったく見当たらず、ただ彼は剣を構える。さらに、その横にはプルートやタツヤ、他にも名前も分からないセレスティンの構成員立ち……おそらく、彼らも偽物だろう。みな、一様に虚ろな目をしている。

「追い詰めたと思った? 追い詰められたの間違えじゃない?」

来た道は埋め尽くされ、その反対側の道もまた同じ。後ろには狂気の笑みを浮かべる青年と行き止まりの部屋。

クリーとキセキは、目で伝えあうとすぐに動きだした。

とにかく、目の前の敵を倒す。

彼等は、手に持った剣や鉈、とにかくそこら辺にある殺傷能力がある物を片手に、クリー達に襲いかかってくる。

キセキは時折霧になり集中攻撃をかわしながら一人ずつ確実に切り裂く。すると、簡単に彼等は倒れてしまう。本物とよく似た外見はしているが、戦闘力はほぼないに等しい。あまりのあっけなさに、キセキは不自然ささえ感じる。

クリーは、幾つもの剣をかたどった氷を創り、それを周囲に飛び散らせていた。逃げられず幾つもの氷の剣に貫かれて倒れていく。さらに、逃げようとする者達を地面引き裂き現れた太い樹の根が拘束し締め殺す。

「……ったく、人数だけ揃えやがって」

偽物、しかも彼等はどうやら人間でもない。だが、人間に似たものを殺すのもあまり嬉しいものではない。

ようやくひと段落しようとする頃には、彼らの周りに死体の山ができていた。だが、それも時が立つにつれて人に似せた人形で合った事が露呈して行く。偽装魔術でも使われていたのだろう。術が切れた後は、ただのぼろぼろの人形の山だ。

そして、部屋には先ほどまでいた青年はどこにもいなかった。

おそらく、彼は人形使い。セレスティンの幹部の一人である。

彼を逃してしまったのは惜しいが、今はそれよりも優先する事があった。

部屋をいじる。どこで覚えたのか、クリーは魔科学の心得が少しばかりあった。

部屋の機械をいじり、そして迷宮のように変わっていた基地を戻して行く。

扉が閉まってしまっていた場所を開け、道を閉じられてしまっていた場所を開けていく。

あの、閉じられてしまっていた黒の女神の部屋へ続く道のりも同じだ。

「……はやく、カーリーさんたちの所へ戻りましょう」

あの場所には、気絶してしまったノインやヒイラもいる。早く戻ろうと二人は走った。








一体、なにが起こったのだろうか。

ティアラ・サリッサは、目の前の悲惨な様子を見て思った。

広範囲でなにかが爆発したのか、細い道は壁を吹き飛ばされ、部屋は部屋として機能していなかった。天井が崩れ落ちている場所もある。

隣のファントムが険しい顔で辺りを見回していた。

別れ別れになってしまったアルト達を探していた二人は、もしや敵とアルト達が交戦したのかとあたりを見渡した。

爆発の中心に、なにか生き物が爆発したような跡がある。思わず、ティアラは口元を押さえて違う場所を向いた。

一体、誰がここで戦ったのか。生存者はいるのか。そして、アルト達は無事なのか……。

歩いて行くと、瓦礫が動く音が壁のようになった瓦礫の向こうから聞こえてきた。

ティアラとファントムは顔を見合わせ、その音源に走る。

敵かもしれないと警戒も忘れずに。だが、声が聞こえたことで、そんな警戒を忘れてしまう。

「おーい、テイル。無事か?」

「……どうにか。それより、アイリさんが気絶してるみたいで」

そこには、瓦礫をどかすカリスと、どうやら動けないようで倒れているテイルの姿があった。

「カリスっ、テイルっ?! 無事だったんだね!!」

「ティアラ!?」

カリスが驚き、テイルはほっと表情を緩める。

カリスは目立った怪我なく元気そうだった。しかし、倒れたままのテイルは左腕が瓦礫の間に押しつぶされてしまっていた。そして、アイリはテイルの近くで倒れて正体をなくしている。

「テイル! 大丈夫なの?!」

慌ててカリスを手伝い、テイルの腕の周りの瓦礫を取り除いていく。

ファントムも手伝い、すぐにテイルは起き上る事が出来た。

ほっと一息をつくが、ファントムはすぐにそれを聞く。

「それで、アルトさんと出流さんは……」

ここにいるのは三人だけ。合流した時からいくつも聞きたい事があったが、とりあえず今最も重要なことを問う。

「それが……」

カリスとテイルは、アイリを見る。

アイリは、人形使いの操る人形が爆発した時の衝撃で気絶したままだ。

三人で結界を張り魔術で防御し、さらに十二神将の力を借りてどうにか直撃はまぬかれたが、完全に衝撃を消す事は出来なかったのだ。

しょうがなく、カリスが口を開いた。アイリがマコトと似た人物を見つけて追いかけて行ってしまった事。その時、アルトと出流と離れ離れになってしまった事を、彼は手短に話していった。

ファントムは静かに聞き、そして話し終わると一つ頷いた。

「では、アルトさん達を探しましょう」

今の状況で出来る事はそれしかない。

ファントムは気絶したままのアイリを背負い、そしてアルト達を探すために歩きだした。

アルト達がどこにいるのか、分からないがカリス達の話を聞いて予想を立てていく。だが、この迷宮は変容する。アルト達と合流できないようにと横やりが入るかもしれない。だが、合流する手段が無い以上地道に探して行くしかないだろう。

今度こそはぐれないようにと気をつけながらアルト達を探しに向かおうとした。

どこかで、大きな物が移動する音が聞こえてきた。

ファントムは来た道を引き返そうとしていた足を止める。カリス達が元来た道のほうからだ。アルト達はそちらに取り残されてしまっているはずだ。

「少し、見に行ってみますか」

ファントムを先頭に彼等は進んでいくと、そこには開けた道があった。ここを封鎖していた壁が無くなっていた。

その間に、またどこかで大きな物が動く音が断続的に聞こえて来る。他の場所でも同じ事が起こっているようだ。

「一体何が起こって……」

テイルが不安げに言った。

簡単な治癒術と手当てをファントムによってされたテイルだが、腕は包帯が巻かれ痛々しい。早くアルト達を見つけて脱出したほうがいいだろう。

そんななか、移動しながらも式をいじっていたカリスが明るい顔になった。

「あ……ちょっと待ってくれ。式が飛ばせそうだ……!」

そう言うと、どこかに居るはずのアルトに向かって式を飛ばした。

先ほど合流したばかりの出流と違って、アルトやファントム達には事前に式がどこにいても分かるようにと術を施してある。さっきまで突然式を飛ばす事が出来なくなっていたがなにがあったのかまた式を飛ばせるようになっていた。

「向こうにいるみたいだぜ!」

カリスの言葉に、ファントムは式が向かう方向を見る。

一つ頷いて、一行はその後を追いかける。

どれ程走ったか、しばらくするとわき道から二人の青年が現れた。

どちらもファントム達にとって知った顔である。

「あれ、クリーさん?」

テイルが思わず声をかける。

「あれ、テイル君達じゃないですか」

裁き司所属のクリーディウスと四葉の称号付きのキセキだ。

クリーは何度も星原に来ているため星原の三人に取ってよく知った仲だった。そして、キセキに関しても称号付きである為数回顔を見た程度だが知っていた。

どちらも第一部隊に選ばれたはずであるが、二人以外後ろには誰もいない。この二人もアス達と別れ別れになってしまったのかと思わず聞いてしまう。

「そうですね。道を閉ざされてアスさん達と分断されてしまったので、大本を潰して道を開けてきたところです。迷宮のように造り変えていた大本を直してきたので、三番目のジョーカーさんの地図通りになってるはずですよ。妨害系の魔術も解いておいたし」

「あぁ、やっぱり妨害されていたのですか。分断されてさらに連絡も取れない様な状況だったのでたすかりましたよ」

カリスがさっき式を飛ばせるようになった事を思い出し、ファントムは礼を言う。

「ところで、音川アルトと日野出流を見ませんでした? 一応、カリス君の式に追わせてる所なんですが」

「いえ……あの式……」

式が向かう方を見て、クリーは顔をしかめた。

式は、クリー達の目的地に向かって進んでいる。つまり、紫の悪魔とカーリーが戦っているはずの場所へ向かってだ。

「……早く、合流したほうがいいかもしれませんね」

クリーの言葉に、皆頷く。

アルトも出流も紫の悪魔とは因縁がある二人だ。紫の悪魔と遭遇していない事を願いながら、クリーはキセキと共に果たすべき仕事をするために走る。

アス達と別れてしばらくたっている。今から行っても遅すぎるかもしれないが、それでも神相手に少しでも人員が欲しいはずだ。閉ざされた道は開けたが、アス達に合流するためには紫の悪魔を越えていかなければならない。残ったカーリーは紫の悪魔を倒しているだろうか。険しい顔で、クリーは前を見据えて走った。


セレスティンは、少しずつ崩壊している。











先を進むアス達は、ほどなくして最後の扉に辿り着いていた。

息を整え、アスとセツナは顔を見合す。どちらも、用意は整っている。

三人だけになってしまったが、しょうがない。最も重要なアスがここまで来たのだから及第点である。そして、アスには秘密もあった。

秘密……と言いつつも、数人はその内容を知っている。そして、その提案をしてきたのは三番目のジョーカーであった。

いわく、裏切り者をあぶり出そう、と。

「行きますよ」

「はい」

二人は、意を決して扉を開けた。

入口が一つであるので、堂々と真正面から行くしかない。

そもそも、アス達がここまで来ている事におそらく中の人物は気付いているだろう。

開けはなった先は――まるで、地上にある美しい庭園だった。

太陽の光がさんさんと降り注ぎ、季節問わず様々な花が咲き誇る。特に、薔薇が多いのは気のせいではないだろう。そして、そんな庭園でのんびりとお茶をする男女の姿があった。

まるで、場違いな場所にアスとセツナは迷い込んでしまったようだった。が、そこは確かに目的地だった。

「……スフィラ、プルート」

苦々しげにアスは言い放つ。

セツナは、巨大な漆黒の鎌を構えた。

優雅にお茶を楽しむのは、まさに目的であった黒の女神スフィラ、そしてプルートだ。

部屋には逃げ道は無い。太陽が降り注ぐガラスの天井を破れば外に出られるかもしれないが、天井を破った先が本当に外に続いているか疑問もある。そして、転移や移動に関する魔術が部屋の中では出来ない事に気付く。他の魔術はどうにか起動できるが、かなり力を削がれている感覚もある。プルート達はその制限をおそらく受けていないはずだ。この部屋は、スフィラを敵から守る為の部屋なのだろう。

「おや、やっと来ましたか」

プルートが、笑いながら立ちあがった。それを不思議そうに黒の女神は見上げる。

「我が女神。ようやく来訪客ですよ」

まるで愛しい人に囁くように、プルートは甘い視線を送りながら漆黒の髪の女神に手を差し伸べた。

「あら、よウやく?」

その手を取り、彼女は立ちあがる。

闇より暗い黒を纏う彼女は、女であるセツナでも見とれるほど美しかった。

彼女は、入口に佇むアスとセツナを見て驚いた様に口元を手で隠す。

「まぁ、アス? 懐かしいわね。流夢薙はどうしたのかしラ」

「……」

びくりと、セツナは肩を震わした。

隣にいる仲間であるはずの青年が、二番目のジョーカーである彼の気配が、一瞬にして変わったからだ。

叩きつけるような殺気。薄く細められた目には表情が無い。

プルートと黒の女神スフィラはそう遠くない場所にいる。三人、いや姿を見せないもう一人で四人、彼等は動かなかった。

少しの間の後に、アスがようやく口を開く。

「よく、私の事など覚えていましたね」

アスは、スフィラと数回しかあった事がない。いづれも、ほんの数分の事だ。

かつての(あるじ)であった流夢薙とその仲間たちがスフィラの封印と最後の戦いに向かった時、アスは同行を許してはもらえなかった。幼い少女と主にとって大切な人達を守る為に残されたのだ。だから、彼女とは本当に久しぶりの再会で、初めて言葉をちゃんとかわしている様な状況だ。

「覚えているワ。サカキバラの失敗作、主殺しの殺戮人形、あなたの話しはよく聞いテいたもの」

サカキバラという名に、アスは何事もない様に表情を動かさないようにと必死に自制する。

散々言われて来た二つ名はもう気にしてはいないが、彼女の名は何時聞いても思わず恐れてしまう。

「なら、彼女の事も、覚えていますか」

アスは懐から正方形の紙を出す。複雑な模様が描かれたその紙は、アスの手を離れると、ひらりと舞って燃え上がった。人、一人あるだろうか。巨大な炎が燃え広がり、そしてすぐに鎮火した。炎の消えた後には、今までいなかったはずの人物が立っていた。

転移魔術は使えなかったが、呼びよせる事は平気らしい。

「……ユウ」

スフィラが、小さく呼ぶ。

「……貴女に、その名を呼ばれたくはないわね」

フィーユ・(ゆう)・レティーシャ、一番目のジョーカーであるその人が、そこにいた。

「あの日……シエルお姉ちゃんも、夜月お兄ちゃんも、決して私を関わらせる事は無かった。けど、もうあの頃とは違う。もう、守られるだけの子どもじゃない」

フィーユの声は震えていた。

もうずいぶん薄れて来てしまった旅の思い出を、旅の軌跡をなぞる様に思す。

スフィラを封印した最後の戦いのとき、フィーユは幼いがゆえに置いて行かれた。だが、アスに守られ皆の足を引っ張っていた少女は、もういない。

「今度は、あの人達に変わって、私達が戦う。受け継がれて来た物を、次代が受け継げるように残して行くために」

「受け継いできたモノ? それはなにかしラ? 戦争、差別、偽りの歴史、戦いの記憶、こんな世界、壊して壊して、消シましょう?」

この女神は、現在を司る神の娘だったと言う。

人と神が交わり生まれた初めての混血児。

母神によって隠され育ち、存在がばれるとみなに非難され殺されかけ、最後は母の手によって封印された。

彼女は、生まれるのが早すぎた。前例のない存在は容易く迫害されてしまった。

何百年もかけて人と神の距離が近くなり、ようやく神と人との混血児が受け入れられたのは彼女が生まれてから数えきれないほどの年月が巡った後だった。

彼女は狂い、愚かな双子姫の片割れに封印を解かれると共に世界を滅ぼそうとした。

結局、彼女は幾つも力を分けられ、またも封印されて今に至る。

彼女が世界を滅ぼそうとした時代。その時代に生まれ、人々が殺されるのを見ていることしか出来なかった無力だった少女は、首を振った。

「そんなこと、ゆるさない。この世界は……受け継がれて来た世界(いのち)は、絶対に壊させはしない」

「では、僭越ながらそのお手伝いをさせていただきましょう」

突如、アスの近くから声が響いた。

凛とした少女の声だ。

そう、第一部隊の七人目。アスの他にヒイラと三番目のジョーカー、数少ない者達しかしらない姿を隠していた人物だった。

いや、人物と言うのは少し違うかもしれない。

腰元まで伸びる白銀色の髪に不思議な色彩の瞳の少女は、髪色と同色の細身の剣を持っていた。繊細な細工の施された、祭儀用の剣である。

「サイさん」

フィーユが呼びかける。

それに、魔剣でありながらも意思を持つ剣、姿を現すことすらできる九十九神、異端な精霊の様な存在であるサイは頷いた。いつでも戦えると。



そして、火蓋は切って落された。




セツナはあまりにも高位な魔術合戦に体をこわばらせていた。

普通の魔術戦ならば見られない様な大魔術が惜しむことなく放たれている。

闇属性を得意とするのか、幾つもの影を操り襲い来るプルートを、ハーフエルフの魔女、フィーユは炎蛇を、氷鳥を、光蟲を呼び迎え撃つ。地面が隆起させると周囲を守る盾とする。幾つもの属性の魔術を無演唱でここまで使いこなす魔女はフィーユぐらいだろう。

そして、そのフィーユを援護し、時にはプルートに向かい剣を振るうサイ。サイ自身が戦う事はほとんどないとのことだったが、その実力は思っていた以上に高かった。

周囲に闇を発生させ、呑み込もうとする黒の女神スフィラに、アスは剣銃を構えて迎え撃つ。

アスがもつ剣は特殊な物で、まだ大陸内で少し流通し始めただけの銃が内包されている。

幾つもの特殊な魔術がかけられた銃弾は、アスが撃ち放つことで魔術を発動させた。

ほんのりと銃弾に描かれた精密な魔法陣が輝く。着弾した銃弾は、はじけ飛ぶと炎の花を咲かせた。

その威力は計りしれず、美しかった庭を根こそぎ吹き飛ばして行く。

数秒のうちに、花は枯れ、大地は穴だらけに、木々は炭になっていく。

あら、どこを狙ってるの? とスフィラが嘲笑うが、アスは無理にスフィラに向かおうとはしない。機会をうかがい、スフィラの出方を冷静に見ている。

セツナは、闇色の衣で体を守る様にしながらスフィラにどうにか少しでも傷を付けられないかと動きまわっているが、スフィラの周囲に蠢く闇がすぐにセツナに気付いて暗い闇底に引きずり込もうと手を伸ばして来るためなかなか突破できない。

セツナは今のところまったく役に立っていない。

死神の娘と呼ばれようと、なんだろうと、所詮はその程度しか実力は無いと落ち込みながらも、せめて足手まといにはなるまいと自分の身は自分で守り、出来れば反撃をするということを徹底する。

黒の女神の力は、これでも封印されているという。

もしも、完全に封印が解かれたとしたら、その力はどれ程のものか、考えたくもない。本当に、言葉の通り世界を滅ぼしてしまえるほどの力を持っているのかもしれない。

さすがに、それほどの脅威となれば神々が黙っていないだろうが、今でもスフィラの事でなにも動こうとしていない神達がはたして本当に彼女を止められるのだろうか……。

セレスティンが不穏な動きをしているというのに、セレスティンと敵対すると言いつつ今だ具体的な行動に移していない父の姿をセツナは思い出す。

その頃、戦況がほぼ動かないセツナ達の戦いとは逆に、フィーユとサイ達の戦いは終わりを迎えていた。

フィーユの無演唱の、どこから発動するかも分からない魔術に翻弄されたプルートが、サイに斬られたのだ。

幾つもの魔術を避けていた中での隙を逃さず、サイが果敢に攻めた結果である。

後退するプルートだが、スフィラは気付かない。

フィーユによって無演唱での死角からの魔術が放たれてようやく気付いた。

プルートが逃げたことでフィーユとサイはセツナとアスの援護にかけつけたのだ。

戦場にスフィラ一人となると、彼女は笑いながら闇を辺りに溢れさせた。

そして、それらが一斉に襲いかかる。プルートと言う仲間が居なくなったことで、彼女は制限を解かれたとばかりに力を放った。

「集まってください!」

あの闇に、いや闇に似たなにかに触れてはならない。本能的に感じたセツナは、思わず叫んでみなを集めた。

同じ闇、しかしどこかが決定的に違う闇を壁のように生み出して行く。スフィラの力にどれ程耐えられるかは分からないが、ないよりはましだ。

フィーユとサイも各々結界を二重三重に張りめぐらして行く。

「さて、耐えきれるかしラ?」

スフィラが、一気に闇を解放した。周囲を埋め尽くして行く質量を持った闇が、セツナ達を取り込もうと襲いかかる。

結界が、一瞬で壊れていく。ひび割れ、消滅して行く。

アスが銃弾を放って侵攻を止めようとするが、ほんの少し速度が遅くなるだけで、また襲いかかってくる。

「ヒイラにクリーにキセキは……それにカーリーは、まだ来ないのですかっ」

アスは道を塞いでいた紫の悪魔の下に残してきた三人……そして、秘密裏に潜入し、この黒の女神の下で集合する手はずだった女性の名を呼ぶが、彼女等はこない。

「まさか、彼に足止めされて……?」

その通りだったのだが、アスには信じられなかった。

なんせ、相手は魔術の使えない元暗殺者一人。言霊使いであるらしいが、それでも魔術の使えないという欠点は補えきれないはずだ。

それに、残った中にはヒイラがいる。風術の得意な彼ならば、遠距離魔術の使えない彼にとって天敵と言うべき存在なはずだ。そう、そのはずなのだ。

己が弱点でも付かれない限り、キセキとクリーに関しても心配ないはず。

それに、ほとんどの者には告げてなかったが、カーリーの存在もある。

裁き司筆頭の彼女は、よく知っている。彼女が今だ現れないのは、他の幹部と戦っているのかもしれないともアスは考え直す。

その間にも結界はほとんど破れ、闇がセツナ達の元へ手を伸ばして来る。

闇が、セツナにほんの少し触った。悲鳴をあげてセツナはすぐに後ろに下がる。

触られた場所の服は砂のようになってしまっていた。そして、肌は黒ずみ少しずつそれは広がっている。

「セツナちゃん?!」

フィーユが慌ててセツナの腕を診ようとする。が、それをセツナは手で止めた。それよりも、今はこの闇をどうにかしなければならない。

だが、セツナが抜けた穴からどんどん闇は追い詰めて来る。

「くっ」

本当なら、使いたくは無かった切り札。それを、アスは悔しげに取り出す。

もう少し、なのに届かない。

本当ならば、あともうちょっとだったのに。

それが、悔しい。彼女に頼らなければならないのが、アスは悔しい。

そして、すべてが闇に包まれた。




くすくす




笑い声だけが静かになった部屋に響いた。

部屋の中は、真っ黒。闇に埋め尽くされ、なにもない。

美しかった庭園は、もうない。

くすくす

黒の女神が、嗤っていた。

「どこに、隠れたノかしら」

部屋には、なにもない。そして、セツナ達も居ない。

逃げられた。

転移魔術はここでは使えないようにとしてあったのだが、彼等は逃げた。

「あら。あなた、まだ、生きててイたのね」

スフィラは、後ろを振り向いた。

そこには、少女がいた。

アルト達よりも年上だが、まだ少女の域を出ない容姿の女。

しかし、スフィラは知っている。彼女が何千年も生きていると言う事を。

黒の髪に群青の瞳の彼女は、静かにスフィラに刀を向けていた。

「シャラ。シャラージュ・ブルーネル。かつて、世界を壊す手伝いヲしてくれた、ワタシの大事な相棒。また、一緒に戦ってくれる?」

かつて、利用して世界を滅ぼしかけた少女に、きっとありえないだろうが、それでもスフィラは問いかけた。

「残念ながら、私の名前は……ラピス。星原のクイーン、ラピス・カリオンよ」

そして、その返答は想像通りだった。


シャラージュ・ブルーネル。

それは、かつて世界を滅ぼしかけた双子の姫の片割れの名前だ。

甘い言葉に惑わされ、封印されていた黒の女神の封印を解いてしまった少女。

再び黒の女神が封印された時、彼女は神々によって断罪され、時の断罪者と名乗る様になった。

彼女は罰として、生を奪われた。そして、自らを罰するために名を捨てた。


「時の断罪者?」

黒の女神スフィラは聞き覚えのない言葉に不思議そうに首を傾げた。

そして、クスリと笑う。

「ラーチェ・ピーア・ラ・スーリ? だから、ラ ピ ス?」

時の断罪者、それを、古代神官語……かつて神話と呼ばれた時代に使われていた神官語で、訳すと、ラーチェ・ピーア・ラ・スーリ、と言う。それに気付いて、スフィラは笑う。

頭文字をとって、ラピス。その言葉遊びに笑う。

「流夢薙デしょう? そんなことを思いツくのは」

ラピスは無言。だが、否定も肯定もしない。

そんなラピスを、闇が足元から包み込もうとする。だが、彼女は動かない。

服が、砂のように崩れていく。だが、他はなんの変化もない。

セツナの肌が黒ずんだように、これは普通なら触れればなにかしら影響を与えるであろうスフィラの闇だ。だが、ラピスにはなんの影響もない。

ラピスはかつてスフィラに取り憑かれて体を奪われた事がある。それゆえに耐性があるのだが、それだけではありえないほどの影響の無さに、やがてスフィラはその理由に気付いた。

「アナタ、時に取り残されたノ」

驚きに目を見張り、そして満面の笑みを浮かべた。

「生きていタのではなくて、存在していルだけなのね」

ラピスは、生きてはいない。ただ、存在しているだけだ。

時間と言う概念を奪われて。

「そうよ。私は、ここに存在しているけれど、生きていない。息をしていなければ、心臓も動いていない。神々に罰を受けた時から、私の時間は動いてはいない」

だから、眠る事も必要しないし、年もとらない、攻撃も受けない、血も流れない。

罪を償うために動く事と思考する事は許されているが、それ以外はすべて奪われた。それが、ラピスという存在だった。

だから、彼女にはスフィラの攻撃は効果がない。いや、全ての事象はラピスに影響を与えられない。

スフィラの関心はラピスに向かう。一瞬の隙を彼等は逃さなかった。

音もなく扉が宙に現れる。そこから現れたのは、先ほど姿を消したアスとフィーユだ。フィーユの手には、白銀色の剣が握られている。

フィーユの魔術で、宙に足場となる氷が幾つも現れる。床や壁はスフィラの闇が蠢いているためだ。ラピスはともかく、アスとフィーユは無事では済まない。

セツナは、戦線離脱となった。腕に広がる黒ずんだなにかをすぐに調べるためにフィーユが無理やり本部へ送ってしまった。

アスが、走る。フィーユの魔術がスフィラを襲う。

避けようとするが、それをラピスは許さない。

スフィラのその身を抱きしめるように引きとめた。

驚き、振り払おうとしたスフィラだが、ラピスの力は強い。闇がスフィラを守ろうと壁を創る。だが、それは予想していた。

視界が、遮られる。

アスの銃が撃たれる音がした。

スフィラは音がしたものの、どうもまったく見当違いの方向へ撃たれた銃弾に首を傾げた。

アスは、先ほどからスフィラに銃を向けていない。

「あぁ、なるほど」

闇の壁が崩れて視界が開けた。

そこには、すぐ近くで不愉快な魔術陣を纏う銃口をスフィラに向けるアスの姿があった。

「終わりだ」

先ほどから見当違いの場所に撃たれていた銃弾、あれは的を外したからではない。五つの銃弾が、スフィラを囲むように撃たれていた。

それに気付いたスフィラだったが、しかしもう遅い。

スフィラの周囲が光始めた。なにかから……よく見ればアスが撃った銃弾から幾つもの魔術陣が現れる。

「その銃を創ったのはサカキバラと流夢薙ネ。これは、私をもう一度封じる封印術カしら」

幾つも、幾つも、幾つも、魔術陣は現れてスフィラの体を拘束するように移動して体に絡みついていく。

スフィラを中心に生まれていた闇が消えていく。

「あなたの為に創ったと、流夢薙は言っていました」

「ふふっ。嬉しいワ」

「……」

アスは、最後の銃弾を放つ。いや、放とうとした。




アスが最後に見たのはスフィラではなく、正気をなくすほどの怒りに顔を歪めるプルートの姿だった。






機械人形シリーズ、完全自立型自動戦闘機兵αシステムプロトタイプのアス君。彼を造ったのは、実は情報屋バラッドでレガート=レントと一緒に住んでいるパンドラボックスイトコヒメシステムのイトコ嬢を造った人物と同じ人物です。

アス君はバグのせいで廃棄寸前だった所をいろいろあって敵対していた槻弓流夢薙と出逢い一緒に旅する事に。

造った人物は当然のことながら五千年前に死亡していて、放置されていた亡骸はいろいろあってレガート=レントさんが埋葬しました。(建物ごと爆破して沈めたとも言う)

いつかイトコ嬢とレガート=レントさんの出逢いやアスくんについての話を書きたい……。



あと一回で今回の話は終わる予定。今年中に更新予定です。




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