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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
92/154

02-11-01 それは、偽りの血戦

この魔法をどうか、次の世代に伝えていってね。

私は、あなたを置いて逝かないといけないけれど。

きっと、大丈夫だよね。


ねぇ、アス。

初めて会った日、覚えてる?

全部、あの神様のせいだったけれど、とっても感謝しているの。

だって、あの神様がいなかったら、きっと私達は出逢えなかった。

あなたと、友達になる事も無かった。


ねぇ、アス。

私、あなたの主人になって、とっても楽しかった。

みんなと出逢えて、とっても楽しかった。

あの旅の記憶は、私にとって大事な宝物だった。

だから、あなたに託すわ。

残されたあなた達も、世界を楽しめるように。

私達が気付く事も出来ず、助ける事も出来なかった仲間を、君達なら救えると信じてる。



それが最後の主人、槻弓(つきゆみ)流夢薙(るむな)の最期の言葉だったと、アスは記憶している。

未だに、ルムナは誰を救って欲しかったのか、アスには分からない。

かつての仲間たちは一人、また一人と姿を消して行く。

残ったのは、ほんの少しの人から外れた者達、そして、あの時代はまだ幼い少女だったハーフエルフのフィーユだけ。

もう、ルムナの事を知るのはほとんどいない。

彼女の思いを、知る者はいない。


「最期になにを伝えたかったんですか……」


人あらざる者、人類の敵、主人殺しの壊れた人形……そして現在は二番目のジョーカーと呼ばれるアスは、ざわめくアーヴェ本部の片隅でぼそりと呟いた。







あと数日で今年が終わる。

師走、最後の週となっていた。


ここ数日一晩中、アーヴェ本部から明かりが消える事は無かった。

今日は特に忙しく、ほとんどの者達は本部の復興と共に、セレスティンへの襲撃に備えて準備をしていた。

各組織から、襲撃時の成員として立候補した者達の一覧が送られてきては、彼等をどこに配置するのかジョーカーや裁き司の職員たちが話し合う。三番目よりもたらされたセレスティンの基地の詳細地図を埋めていく。そして、刻々と時間は過ぎていった。


「集まったわね……」

アヴィアの庭のほど近く、なにもない空き地でセレスティン襲撃部隊は集まっていた。

全ての組織から有志を募ったため、かなりの人数である。セレスティンに対して思う事がある人々の数が多いためでもある。

ここから、さらに『扉』を経由してセレスティンの基地へ突入となる。

通常、『扉』は固定された場所と場所をつなぐだけの存在であり、自由に使用できるのはジョーカーとシェランのみとされていたが、今回は特別である。突入時に入口近くまで『扉』を作る事が決定されていた。さらに、数百人による一斉移動であるため、『扉』を複数作る事になっている。

普段、『扉』からめったにでない『扉』の管理人の三人のうち二人、カテンとテアニン姉妹が最後の相談に姿を現し、アスと話し合っていた。

約束の時刻が近付く。


「これより、セレスティンの基地へ踏み込む。先ほど配布した資料と地図はみな目を通してもらったと思うが、ここから集団に分かれて作戦を行う。第一部隊はアスと共に黒の女神の身柄を拘束」

この中で、最も黒の女神スフィラに有効な手段を持つアスと中心に最も実力をもつ者達が集められた第一部隊。二番目のジョーカー、アスを中心に集まる。最も人数が少なく、少数精鋭である。

「第二部隊は私と三番目を中心に幹部と構成員の拘束を中心に行う」

第二部隊は第一部隊には劣るが、実力を持つ者を中心に集められている。プルート達と相対しても、ジョーカーが来るまで持ちこたえられることを前提にさらに数人に分かれて集団を作り、広い基地の中を駆け巡ることとなる。

「第三部隊はレナ、アルドール中心に第二部隊の補助を」

組織の制圧、拘束した構成員達の連行、基地内に仕掛けられた魔術の解析や情報収集を行うことになる。実力よりも魔術解析などの専門も多く存在し、様々な魔術を治めた者がいる。

「第四部隊はアダマスト、ラピスを中心に基地外で中継地を建設。また、負傷者の治療に専念してもらう」

法術、治癒術などに長けた者達が集まった第四部隊は最も戦力を持たないが、かわりにラピスと数人の実力者が警護にあたる。

「そして、第五部隊……ファントムにはセレスティンで未だ拘束されている日野出流の奪還をなによりも優先して行ってもらう」

三番目によって日野出流の拘束場所はある程度特定されている。ファントムは少数でなによりも優先して日野出流の保護と奪還をおこなう事になっていた。

ファントムの後ろには――数時間前に突然作戦の事を知らされた、アルト達の姿もあった。




「これ、どういう事なんですか?!」

気付いたらこんな事になっていた。寝耳に水。というか、一通り説明は受けたけどどうして立候補もしてないのにしかもファントムの指示を聞けと第五集団に入れられたのかまったくわけがわからない。混乱しながらもアルトは小声でファントムに問いかける。

「えっ。日野出流の救出しに行くんですよ。行かないんですか?」

「いや、行きたいです」

「そうじゃなくって、なんの事情も知らされないで突然連れて来られて行く事になってるのかってことだよ!!」

質問をあやふやにされかかっているアルトの様子を見て、カリスがつっこんだ。

やる気満々な人も一人いるが、ほとんどはカリスの言った通り意味がわからず困惑していた。

「びっくりさせようかと。びっくりしたでしょう?」

「たしかに」

「アルトはごまかされるなよ!! ファントムも遊んでないでちゃんと答えろ! まさか……本当にそんなくだらないことでオレ達に情報来なかったとかじゃないよな……」

さすがにそれはないよな? とこわごわファントムを見るカリスに、ファントムは苦笑した。

「あー。いろいろあって、本当は君達来る予定じゃなかったんですけど、いろいろあって来てもらう事になったので、報告が遅れました。すみませんねぇ」

「なにか、裏があるのかと思ったけど。まぁ、考え過ぎかー」

カリスの呟きを、にこりと聞き流すファントムは話を続ける。

「簡単に説明をされたと思うのですが、今回私達の目的は日野出流の奪還です。なによりも優先して彼女を保護し、無事に連れて帰る事。その為にも、私の指示を絶対に聞いてもらいます。前回のように命令違反は死に繋がると思って下さい」

「この前は、いづるを見捨てるようなことを言っていたように思うんだけど」

少しばかり辛辣に言うのはティアラだ。

ティアラが言うのは、マコトの出してきた交渉内容の事だ。出流の身柄を取引して来たが、ファントムは代わりがいると交渉には応じなかった。

「優先順位の問題ですね」

「今回は、高いと?」

「人質にされても面倒ですから」

「……」

しばらく睨みつけるようにファントムを見ていたティアラだったが、相変わらずひょうひょうと笑う彼にもういいわと言って視線をそらした。

「地図のほうは頭に叩きこみました? 赤い区画が……中央が研究区。青い部分が成員の生活区、緑が日野出流が最もいる可能性の高い区画です。奥に黒の女神がいる庭園があるそうですが、私達はなるべく近づかないようにしましょう」

大きな地図は細かく基地の内部が書き込まれている。大きな基地だが、これまでまったく気付かれなかったのはそれが地下にあるからだ。

斥候により、三番目の報告通り地下への入口が点在している事を確認し、見張りの人数なども詳しく報告がされている。これから、いくつかに分かれて入口を制圧して行くことになる。

「さて、そろそろ時間ですね」

そう言うと、ファントムはアルト達に語りかけた。

「私達で、日野出流を奪還しますよ」




時間と共に、第二部隊により各出入り口の制圧がおこなわれた。

そして、数分も経たずにして第一、第二、第五部隊の突入となる。第三部隊は少しばかり時間を置き突入となった。

アルト達、第五部隊は第一部隊と同じく少数であり、なおかつ目的地がほとんど決まっているため、ファントムを先頭にひたすら走ることとなった。しんがりを務めるのは攻撃を受けてもよほどの事が無い限り回復をするティアラだった。

走る道すがら、何人ものセレスティンのメンバーと擦れ違う。基地の襲撃に、みな戦おうとしたり、ファントム達の行く手を阻もうとしたりするが、それはすべて弾かれた(・・・・)

阻むどころか、一歩も近づけなかった。

「さすが、シルフ嬢の娘ってことですかね」

ファントムはまた弾かれて吹き飛ばされる哀れな襲撃者を見ながらぼそりと言う。

そう、彼等を弾いているのはアルトの風だ。ファントムから、人がこちらに近づけないように風の障壁を移動しても継続して張ってくれと要望されていたアルトは、簡単に風の障壁を作ると、ぶつかった者を弾きとばしてしまうようにと術を操っていた。

そのおかげで、まったく止まることなくファントム達は進んでいく。

簡単に言ってはいるが、風術をここまで使いこなすのはさすがにアルトだからだ。普通の風術師が同じことをやろうとしても無理だろう。

アルトのおかげで、すぐに目的地付近につく。

「この辺りに日野出流は居るはずです」

「次はオレたちの出番だな」

アイリとカリスが式を放った。

十二神将などでは無く、神で作られた人型の簡易な式である。幾枚も放たれた式は、すぐに拡散してぽつぽつと点在する部屋の中へ入っていく。

目的の人物、今回は出流を探しだすようにとカリスとアイリが操っている。同時に、部屋の中に敵がいないか索敵をする役割もあった。

すぐに二人の式は情報を伝えていく。

誰もいない部屋、居ても敵がいる部屋などを通り過ぎ、どんどん奥へと行く。

「いた!!」

カリスが叫ぶように皆に伝える。

「あっちだっ!」

式の一つが出流の姿を確認したのだ。

急いでその場へと向かう。

「ここだ」

一つの扉の前で、カリスは足を止めた。

ここまで全力で走ってきたカリスは肩で息をしている。

特に妨害などなく、あっさりとアルト達はその場についてしまった。

扉を触ろうとするカリスの手を、アイリが止めた。

「罠の可能性が――」

「大丈夫ですよ」

そんな二人のやりとりが終わる前に、あっさりとファントムが扉を魔術で吹き飛ばした。

爆発音とともに機で出来た扉を防御魔術やなにやらかかっていた魔術をまとめて壊してしまう。

罠としての魔術が扉にかかっていたようだが、それも含めて。

「まあ、私にかかればこんな所ですかねぇ?」

元セレスティンの幹部、そして現在はアーヴェのジョーカーの一人。その実力はアルト達とはあまりにもかけ離れている。

普段の行動や外見に惑わされてはいけない。彼は、確かに強者なのだ。

吹き飛ばされた扉の奥で、なにかが動いた。

それに気付き、ファントムは中へと突入する。

すると、声が聞こえてきた。

「え、え?」

扉を壊して侵入して来たファントムに困惑するのは――

「いづる!!」

アルトが駆けだし、ベッドの上で震えていた日野出流に抱きつく。

「アルト? な、なんで、ここに?」

出流の声は震えていた。

ここ数カ月、ずっとこの部屋に閉じ込められ、それが突然扉を吹き飛ばされてファントムがやってきたのだ、驚き恐怖もする。

「助けに、来たの!!」

アルトに抱きつかれ、そしてファントムの後ろから現れた仲間達に目を丸くした。

「ったく、なんだげんきそうじゃねぇか」

「……カリス」

言葉とは裏腹に、ほっとした表情で出流を見るカリスは、すぐに顔をそむける。

「まったくだ、無事で良かった……」

「アイリ……」

「まあ、自分もみなにはいろいろ迷惑かけてしまったがな」

出流が居ないあいだにいろいろあったのだとアイリが言葉少なく説明する。また、落ち着いたらたくさん話そう、と。

「つもる話もありますが、とにかくここから一時も早く出ましょう」

そう言って腰が抜けたように座りこむ出流に手を貸すのはテイルだ。

「……うん」

立ち上がり、皆を見回す。ほっとした拍子に、出流は視線がぼやけるのを感じた。

唇をかみしめ、服がしわになるほど握りしめる。

「星原に、帰ろう!」

アルトが隣に立って笑いかけると、堰を切ったように涙が溢れていく。

「うん」

部屋に閉じ込められていた時はただ訳がわからなくて、次第に現状が分かってもどうにもできなくて、ただ大丈夫だと根拠もなく不安で、それでも気丈にふるまってきたが、それが終わった。二年間一緒にいた星原の仲間と、幼馴染のアルトが助けに来てくれた。

まだ場所はセレスティンの内部。だが、もう大丈夫なのだと緊張していた心がほどけていく。

そんななか、あっけらかんとティアラが笑いながら言う。

「それより出流、太った?」

「よりによってそれ言う?! 今っ!」

出流は思わず布で体を隠しながら叫んだ。

ずっと軟禁されて来た事で運動不足でしかも普通に三食出ていたし美味しかった。気にはなっていた、だが、である。

「いや、顔が丸くなって前よりもっとかわいくなったよ?」

「真剣に言わないで!! あと、カリスもじろじろ見ない!」

涙を拭う出流が笑うと、ティアラもまた笑った。

「さて、話しは大体終わりましたかい? とりあえず、来た道を戻りましょうか?」

それまで、黙って出流達の様子を見ながら外を警戒していたファントムが声をかけた。

さすがにこれだけ騒がしくすればセレスティンの者達が気づく。なにより、他の者達も次々に潜入して交戦していることだろう。一刻も早くここから脱出しなければならない。

「アルト、さっきと同じのをお願いします」

「あ、はい」

アルトはファントムに促されて、先ほどのように下手な術者では破れない風を周囲にめぐらして行く。保護されたはいいものの、なにがおこっているのかまったく分からない出流は目を白黒させながらアルトに手を引かれるまま部屋を出た。

「時間が無いので移動しながら端的に説明します。今、アーヴェはセレスティンの本部に総力を継ぎこんで奇襲中です。目的は、セレスティンの解体、日野出流、あなたの保護、そしてセレスティンの頂点に立つとされる黒の女神スフィラ……彼女の拘束、もしくは封印です」

「あの……あの、ひと、の?」

出流はあの夜を思い出す。

襲われた皇の館。そして、マコトを従える漆黒の女……いや、女神スフィラ。

思わず両の手で自分の体を抱き寄せる。

予見した実現しなかった未来では、黒の女神によって皇の館の住人は全て殺され全滅していた。出流が何をしても、その結末は変わらなかった。未来は変わり、皇の館は全滅せず、まったく予見できなかった未来が今あるが、過去に見た予見した風景を忘れる事が出流はできない。

あまりにもあの女神は恐ろしかった。

あんな存在に、人は勝てるのか?

「……勝てますよ」

出流の表情を見てだろう、ファントムがぼそりと言う。

少しだけいつもと違う様子で。

「神は無敵でも不死でもない。神も精霊も世界も、始まりと終わりが絶対にありますから」

淡々と、しかしどこか強い意志を秘めた声だ。

「ま、そもそもあの女神はまだ完全に封印が解けた訳ではありませんしねぇ。スフィラはいくつかの封印によってその身を縛られている。今、存在している彼女は、封印のいくつかが解かれ、ほんの少しこの世界に顕現した彼女の力の一部でしかありませんから。人の身でもどうにかしようと思えばどうにかできると思いますよ。それに、あの『アス』(二番目のジョーカー)が相手にするみたいですしね」

「?」

詳しい事を知らない出流は、首をかしげる。アルト達も、あまりよく解らなかったが、少しだけ作戦前に聞いた事があった。

今回、第一部隊を率いるジョーカーのアスは、かつて黒の女神スフィラの封印に関わった重要人物から切り札の魔法を受け継いでいるのだという。もしも、スフィラが復活した時の為に。そう、今まさにその魔法が必要なときであった。

「さ、急ぎますよ」

一行は、話を止めて足を速める。

追いついてきた第二部隊によって帰り路はいくつかの小競り合いが起きていた。

それをアルト達は足を止めずに通り過ぎていく。

出流がいいのかと若干ためらうが、もともとそういう作戦なのだとファントムが無理やり足を進めさせた。

だが、至る所で戦いの余波があった。

「っ、道が……」

よほど激しい戦いがあったのだろう。道が瓦礫で塞がっていた。テイルがゴーレムを呼びだして瓦礫をどかそうとするが、あまりにも瓦礫の量が多すぎて、時間がかかりすぎる。

「……ファントム、行くとしたらこの道が最短だろうか」

「そうですね……」

地図を見ながらアイリとファントム、テイルが話し合う横でアルトは全体が濡れていくつも水溜りの出来たぼろぼろの廊下を見た。

「なにが、あったんだろう……」

あまりにも酷い。水術だけではないだろう。炎術であぶられたような跡や風で引き裂かれたような跡もそこらじゅうにある。

「当初の予定とは違いますが、しょうがありません。とにかく地上に戻りましょう」

この道を通るよりも遠回りになるが、他の道よりはましだろうとファントム達はすぐに小さな会議を終わらすと、アルト達に地図を見せながら説明した。

「ここから東のほうはスフィラのいる場所の近くなので近寄らないように……」

「……?」

「どうしました?」

「いえ、なんでもないです……」

なにか、忘れている事がある様な気がして、出流は後ろを振り返った。だが、思い出せない。

「さ、行きますよ」

ファントムにせかされ、出流は先導されるがままに暗い地下を走る。出流を守る様に、その横にはアルト、そしてテイル、アイリ達がいた。

「待て!」

しばらくして、殿(しんがり)を務めるカリスがなにかに気付いたのか、警告しようとした。

「前になにか――」

その言葉が良い終わる前に、アルトの風術が音を立てて破られる。

「えっ」

術を破られた衝撃でアルトが足を止めた。

「さすがに、このまま帰してはくれませんか……」

ファントムも足を止める。廊下の影で、青年がアルト達を待っていた。

「お前はっ!!」

カリスが今にも殴りかかりそうな勢いで睨みつけた。

アルト、カリス、テイル、アイリ、ティアラは、彼に覚えがあった。

会ったのはほんの数日前の事だ。忘れられるはずが無い。

新緑色の髪の男――テイルの家族を殺した張本人である人形遣い。

「君たちが来るとは思ってもいなかった」

テイルを見ながら、彼は言う。

「とりあえず、せっかくセレスティンに来たんだ。ゆっくりしていけばいい」

「お断りですねぇ。さっさと帰らせてもらえませんか」

ファントムは問答無用で斬りかかる。人形遣いは、避ける事もせずに無抵抗に斬られた。

「残念だよ」

人形である彼から血は流れなかった。

だが、動くことには支障がある様で、ぎこちない動きで指を指す。

「君なら私を殺しに来てくれると思っていたのに」

笑う彼に、指差しをされたテイルはびくりと肩を震わせた。

「私は……」

さらにもう一太刀。体勢を崩した所にファントムは思いっきり蹴りを入れる。

「先に進ませてもらいますよ」

立ちあがらない人形を確認するとアルト達についてこいと手を振る。

「人形遣いが私達の場所をプルートや黒の女神に報告している可能性があります。さっさとこの物騒な場所から離れましょう」

「……は、はい」

また、ファントム達は走りだす。テイルだけは、一度だけ足を止め、動かない人形を見ていた。






一番目のジョーカー、フィーユには決して忘れられない過去が幾つもある。


たとえば、家族を殺された時。

かけがえのない仲間との旅路。そして、別れ。

いつのまにか出来ていた親友。彼女との、死別。


半分とはいえ、エルフの血を受け継ぐ彼女の一生は長い。

あまりにも長すぎて、短い一生の人々の世界で生きるのが辛いほどに。


それでも、フィーユ・(ゆう)・レティーシャは人の世界で生きようと決めていた。



セレスティンの本部に潜入して数分。フィーユは第二部隊を率いて入口付近から順に制圧していた。

順調と思われていた彼女の前に現れたのは――いつか会った少女だった。

「……セイレン、ちゃんだっけ?」

腰まで伸びる金髪に深い海のような蒼の瞳の少女。フィーユを睨みつけている。

可憐な娘に見えるが、月剣や語部の幾つもの支部を壊滅させ、調べによると海沿いの町を海に沈めた張本人でもある。

フィーユは少女に憐れみの視線を向ける。

「うるさい。そんな目で、見るな」

彼女の周囲に水しぶきが起こると、巨大な水で出来た龍が現れた。

水に濡れた少女の肌に、鱗が浮き上がっていく。

その様子に、フィーユの後ろで少女を警戒する成員の中に顔をしかめる者がいた。

それをちらりと清蓮は見るが、なんの感情も見せずにまたフィーユを睨みつけた。

彼女は、フィーユと同じだ。

人魚と人間の血を半分ずつ受け継いだ、中途半端な存在。

彼女が差別され迫害を受けた者達が集まるセレスティンにいる理由はすぐに想像できた。

とある地域……彼女が海に沈めた町の周辺など、人魚への偏見が強い地域がある。数十年前まで、人魚を匿った町人を殺し、匿われていた人魚も殺されたという事件もあった。

いまだにそんな地域がある中で、彼女はとても生きにくかっただろう。

様々な困難があったはずだ。

だからといって命ある者を殺して良い道理はないが、フィーユには彼女が哀れだった。

「……みなさん、先に進んでください。彼女は、私が止めます」

「で、でも……」

フィーユの言葉に、四葉から来た獣人の少女は心配そうに見上げる。

「大丈夫よ。みんなが魔術合戦に巻き込まれるから、ね?」

まだまだ未熟とはいえ、彼女は幾つもの支部を滅ぼしたうちの一人。以前戦った時はフィーユが本気を出していなかったとはいえ、それでも互角に戦えていた。

他にも理由はあったが、フィーユは安心させるように微笑むと先に行くように促した。

清蓮はフィーユから離れ別行動をする一団を見ずにフィーユだけを睨んでいた。

まるで、彼女が戦うのを待つように。

「……さて、と」

フィーユは、清蓮を見た。

憎しみに耳を塞ぎ目を閉じた少女――だが、以前と少しだけ雰囲気が違うような気がする。

「私を御指名なのかしら?」

「……」

少女が指差すとともに水の龍が地を走る。龍に飲まれれば、その激流に重傷はまぬかれないだろう。

しかし、フィーユの目の前で地面が隆起し、彼女を守る盾となった。

土は水に勝る。

水の龍が通り過ぎた後も、フィーユは平然とした様子で少女を迎え撃つ。

水の魔術に特化した半人魚、清蓮。対するは、全属性の魔術を操る天才と称される魔術師、フィーユ。

二人の魔術がぶつかり合う。

普通、演唱によって魔術師がどんな魔術を使おうとしているのかある程度分かるのものだが、フィーユは、全ての魔術を演唱破棄し高速展開を行う。どの属性のどんな魔術を行うのかまったく分からないフィーユの魔術から逃れる事はほぼ不可能だ。

が、清蓮は必死に止める。風の刃を水龍で防ぎ、雷の槍を氷の盾で防ぐ。

だが反撃をする暇はない。フィーユは、魔術を無演唱で高速展開していく。

完全な防戦。

以前清蓮と戦った時には、手加減されていた。その事があまりにもあからさまな展開だった。

必死に水龍で巨大な炎弾を防ごうとするが、防ぎきれない。水が蒸発していく。

「っち!!」

清蓮が避けると、天井に炎弾がぶつかり、轟音と共に爆発が起こった。

天井が崩れる。地下に創られているため、土砂が大量に降り注いできた。

それを避ける清蓮に向かって、さらに炎が襲いかかる。髪が、焼かれる。

水の加護を受ける清蓮に炎術は不利なはずなのだが、フィーユには関係ない。清蓮よりもフィーユの魔術のほうが威力が高いのだ。

怯んだ清蓮に、隙を逃さずフィーユは風の刃を放つ。

防ごうと前に出した両の手が切り裂かれ、鮮血が舞った。

それほど斬られた訳ではない。だが、切り傷から絶え間なく血が流れていく。

さらに地面が隆起し、清蓮の足を捕らえた。

「降伏しなさい」

かつて、冷酷の魔女と呼ばれたフィーユが、あまりにも切ない表情(かお)で清蓮に告げる。

「あなたは、間違っている」

「なにがあなたに分かるの」

捕まった清蓮は、近づいて来るフィーユを睨みつける。

暗い、海の底の様な瞳だった。

「あなたは間違ってる? なにそれ。なにが、なにがあなたに分かる。私は……」

心から拒絶をする声だった。

「私が戦う理由も知らないで」

「知らないわ」

一刀両断に断言したフィーユに、清蓮は目を見開いた。

「私はあなたじゃない。だから、分からないけど、あなたが間違ってる事だけは解る……誰かを殺した所で、なにも解決はしない。ただ、みんなが傷つくだけよ」

「それでも、わたしは――」

「でも、分かろうとする事は出来る」

もう、抵抗もしない清蓮の顔に、そっとフィーユは触れた。

「ねぇ、あなたは、なんで戦うの?」


なんで、たたかう?


雨が降った。

一つ、二つ。

ぽろぽろと落ちていく。


「これは、ふくしゅう……」


復讐、しないといけない。

人間に、復讐しなければいけない。


「じゃあ、なんでそんなに辛そうなの?」


本当は、復讐じゃない。

だって、本当の復讐しなければならない相手はセレスティンなのだから。


両親を殺した人々の事は憎かった。だから、海に沈めた。

本当は分かってる。そんな事をした所で両親は生き返らないし、喜んでくれはしないと。故郷をなくす悲しみを、別の誰かに味あわせるだけ。


白蓮を滅ぼした人間が憎かった。だから、人間を殺した。

でも、彼等は優しかったあの都の人達を殺した本人じゃない。

優しかった、大好きだった兄を殺した者ではない。


そもそも――あの都にいたのは、おなじ人間だ。

あの、優しかったひとたちも、人間だ。


ほんと、は、わかってる。


人間にも、良い人がいて、悪い人がいると。


無差別に殺した清蓮は、ただの殺人者だと。


そもそも、生きる者を、殺すのはいけないと、わかってる。


だれかが死ぬのは、怖ろしくて、悲しくて、辛いことだと、知ってるのに、それをだれかにおしつけるのは、最低の行為だと、わかってる……。


でも、それ以上に、恐いことがある。


「わたし、憎まないといけないの。わたし、あなた達を殺さないといけないの。じゃないと……」


強がりの仮面が、ぽろぽろと落ちていく。


「全部っ。みんな殺されたのは、全部っ、人間のせいだっ。人間がいたから、お母さんもお父さんも殺された! 白蓮も滅ぼされた!」


矛盾している。

人間が居なければ、人間(お父さん)が居なければ、清蓮はいなかった。

矛盾している。

白蓮の都は、人間の住む都だ。


人間のせいにして、自分は悪くないと叫ぶ彼女に、フィーユはそっと目を閉じた。

なぜ、こんなことになったのかと。

自分は悪くないと叫ぶ清蓮は、自分が悪いのだと思い込み、言葉とは裏腹に心の中では自分は責めている。

でも、彼女は悪くない。ただ、迫害の酷い地域で両親が出逢い、彼女が生まれてしまっただけ。白蓮の都が襲われたのだって、彼女のせいじゃない。


「……でも、知ってるの。私が悪いって。あの子を見つけたから、空夜は死んだんだって」

「え?」


突然今までなかった名前に、フィーユは眉をひそめた。

『あの子』?

『空夜』?

以前、星原のエースを殺し、姿をくらました夜神空夜のことを思い出し、思わず顔をこわばらせた。


「あの子は……」


人間だったあの子。

記憶をなくして、戦場で死にかけていたあの子。

清蓮が初めて助けて、初めて自分から関わったあの子。

あの子の事が、大好きだった。

優しくほほ笑んでいたあの子を守ってあげたかった。

きっと、こんどこそ優しい村で大好きな人達と生きたかった。

家族だと、思ってた。


「空夜を、殺した」


人間を憎まなくてはならない。

そうしないと、空夜を殺した弟を、大好きだったあの子を、見つけてしまった自分を、許せない。


清蓮は、弟の事を憎みたくなくて、忘れたくて、人間が憎いのだと復讐する相手をすり替えた。


矛盾と破綻と狂気と様々な物が混じり合って、もう清蓮は、なんのために戦うのか、わからなかった。



三年前のあの日から、夜神清蓮の心は壊れている。





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