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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
90/154

02-10-03 全容視えぬオベロン 



彼には、魔力が無い。

魔法が使えない。

精霊も視えない。

声が聞こえた所で、声だけではどうしようもない。


だから、彼は最弱と影で呼ばれている。

セレスティンの七人の幹部。アーヴェと違い、実力でしかなれない地位。その中で、最も弱いと。


事実だ。それは事実である。

だが、それだけが事実ではない。






アルトは震えている手を、必死に握りしめて押さえていた。

目の前には、マコト。玻璃を殺した、そして星原を裏切った相手。

後ろには、カリスとテイル、ティアラ。

守りたい、大切な友達。それと同時に、一緒に戦ってくれる大切な仲間。

怖い。まだ、マコト達の事が怖いけれど、独りではない。

手の震えは、おさまっている。

「マコト。マコトのこと、私は許せない。だから、今、ここで倒す」

一人、アルト達の元へと歩いて来るマコトに、アルトは宣言する。

「アルトの言うとおりっ。絶対に許せない!! 人の命を奪って平然としているのも、許せないっ。だから、私も戦うよ」

ティアラもまた、そう言うと槍を構えた。

「右に同じ。ふんづかまえて、いい訳を聞いてやる」

そう言うと、カリスは勾陳、玄武、白虎を召喚する。

金色の蛇がカリスの周囲にとぐろを巻いて現れる。少女姿の玄武と青年の姿をした白虎がカリスの少し後ろに姿を現した。

建物内で火はまずいので、朱雀や騰虵は呼ばないが、カリスはなにかあった時の為にこっそりと穏行させておく。

「正直、マコト君が裏切り者であることが信じられませんでしたが……さすがに信じるしかないですね。サイさんの為にも、貴方を捕まえます」

最初から全開で、テイルは小さめのゴーレムを二体同時に召喚した。

いろいろ言ったが、正直カリスもアルトもみな暴走しそうでどうにか止められればとテイルも戦場に立つ。

マコトは、何も言わない。腰にさした二本の剣すら、抜かない。おもむろに懐からなにかを取り出す。それは、少し黒みがかかった硝子を嵌めた眼鏡だった。

普段、マコトが眼鏡をした所など見たことはない。そして、目が悪いと言う話も聞いたことが無い。目が突然悪くなったということだとしても、今まで眼鏡をしてこなかった理由がわからない。

マコトは眼鏡をかけると、特に変わった様子無くアルト達と対峙する。

睨みあう両者の中、アルトが先陣を切った。

風が周囲を巻き込まぬように器用にマコトにだけ向かって放たれる。

それを見た、いやアルトが動いた瞬間マコトはすぐに懐から丸い物を出すと辺りにまき散らした。とたん、煙が起きて姿が見えなくなる。

アルトの風に遅れてマコトの下に特攻しようとしていた玄武、白虎が巻き込まれる。

完全に敵を見失っている。だが、ここにいるのは風術使い、さらには風を操る神、白虎までいる。

二人が煙を吹き飛ばす。が、マコトの姿は無かった。

「えっ?」

軽い音がしてカリスが倒れた。

「カリスっ?!」

アルト達が気づいた時には倒れているカリスだけで、そこには誰もいない。

近くにいたテイルが慌ててカリスの様子を見るが、外傷はない。ただ、気絶させられただけのようだった。

「そこっ」

マコトを見失い、主を気絶させられ、一瞬立ち止まっていた玄武が小さな躯体で跳ねるように未だ視界の不自由な場所へ殴りかかる。

その風で視界が開ける。

そこにはマコトがいた。避けようとはしない。玄武のほうが初動が早すぎた。

その代わり、腰にかけられた入れ物から一枚紙を出す。

玄武の拳がマコトを襲った。が、硝子の割れるような音がして、玄武が舌打ちをするとさっと後ろに下がった。下がった瞬間に玄武が先ほどまでいた場所で爆発が起き風が起こる。

またもや視界がふさがれる。

このままでは、マコトのいい様にされるがままだ。

テイルがぐっと唇をかみしめて控えるゴーレムに視線を送る。

「アルファっ、ベータっ、マコトを捕まえてください!!」

主の命令に従って、ゴーレムが動きだす。爆風などにゴーレムは関係ない。

巨体であるにも関わらず、ゴーレムの動きは俊敏だった。すぐにマコトを捕らえると、殴りかかる。が、マコトの動きはそれよりも早かった。動きを知っているかのようにゴーレムが動きだす前に動き、攻撃を避けてしまう。さらに、主を倒された玄武と勾陣がゴーレムの間を抜けてマコトへ向かう。

ゴーレムの拳が幾つも向かい、人を簡単に締め殺せそうなほどの大きさの金の蛇(勾陣)が襲いかかる。さらに、アルトの風が逃げ道を塞いでいく。

逃げ場を失って行くマコトの後ろに、ひらりと玄武が現れると、小さな握りこぶしを握った。

少女のなりをしているが、その力は人とかけ離れた物である。

連撃の締めに玄武がマコトに殴りかかった。死角から、しかも逃げようのない時を狙って。

ようやくマコトの下に攻撃が届く。

と、思った。

硝子が割れるような音がして、マコトの周囲に光る結界が現れ、そしてひび割れ消える。

玄武がひらりとマコトから距離をとる。すぐにマコトはゴーレムへ走りだした。攻撃を受けた様子は無い。

玄武の拳は一瞬現れた結界に阻まれ届いていなかった。

動き出したゴーレムの後ろに回り込む。回りこんだ時点で、何時抜いたのか、どこからか取り出した短刀を持っていた。

どこで使ったのかすぐに分かる。回りこまれたゴーレムが体をひねりマコトを追おうとするが、少しずつ崩れていったのだ。

さらに、もう一体のゴーレムへマコトは走る。

ゴーレムにはאמת(emeth)と言う文字が体のどこかに刻まれている。体を維持するために必要なそれは、ある文字を削ることでゴーレムを壊す事が出来た。

「そんな、ベータっ?!」

カリスが驚き声を上げる。

文字を削るだけで壊れる。それはあまりにも分かりやすい弱点だ。だから、ゴーレムの文字の場所は分かりにくい場所だったり、簡単には近づけない場所になっている。

だと言うのに、マコトは一瞬でそれを攻略してしまったのだ。

さらに、もう一体。

崩れていくゴーレムに唖然とするテイルの横を走り抜ける少女がいた。

そう、今まで戦いを見ていたティアラは、マコトへ向かう。

普段、魔槍を使うだけで身体強化がされているので使わない魔術を行使。身体の強化をしていく。速さが、膂力が、上がっていく。

プルート戦では魔術など使わずに挑み手も足も出なかった。魔術を使っていた所で勝てたとは思わないが、少しは状況が違っていたかもしれない。その時の反省からティアラは魔力の消耗など気にせず最初から全開でいく。

身軽なティアラは素早くマコトの目の前に踊り出ると槍を振るう。さらに、それに合わせて玄武も回し蹴りを放つ。

またもや、硝子の割れる音と共に結界が現れ、消えた。

さらに、もう一度。

何度もティアラはマコトに攻め続ける。時には玄武と勾陣も攻撃をするが、彼らの姿が次第に薄くなってきていた。式神である彼等は、主人であるカリスからの魔力の供給が断たれ現世に顕現出来なくなりつつあったのだ。

だが、ティアラはマコトが結界を作るたびに笑みを深める。

「ねぇ、それ消耗品でしょ? いつまで持つのかなぁ?」

マコトは魔術を使えない。魔力が無い。それは事実である。

しかし、魔術を使えなくとも、魔力が無くとも、世間にはどうにかできる技術がある。

例えば元々魔力を込められて特定の事をするだけで指定された魔術を行う呪具や魔法具、それをマコトは幾つも持っていた。

攻撃を受けるたびに身を守る結界もそのうちの一つだ。

だがこう言う物は、消耗品であることが多い。攻撃に耐えきったとしても、数度攻撃を受けると力を失ってしまうことがほとんどだ。

様子を観察していたティアラはすぐにそれに気付くと勝利を確信した。

マコトは、攻撃して行くだけでじり貧になる。いつまでも身を守ることはできない。

そして、最後の呪具が切れた。

何度目か分からない、硝子の割れる音と共に結界が消えるとそれを最後に攻撃があたる様になったのだ。

頬をティアラの槍がかすり、肩を玄武の拳が強打する。

追い詰めた――そう思い、油断したわけではない。ただ、ティアラの心に余裕が生まれた。

「覚悟っ!!」

動きの鈍ったマコトにティアラは殺さない程度に、と急所を避けながら槍を振り降ろす。

魔術を使えないと言う事は、それだけ攻撃を見定めやすい。不意を突いて魔術を放つことができなければ遠距離戦も不利である。

結界で身体強化したティアラの攻撃を防いでいたマコトが、その結界を失って攻撃を防ぎきれるとは思えない。そして、身体強化していないその肉体では、ティアラの速さについて行けない。

勝った。

そう、ティアラは確信した。




「ありゃ、戦いなれているな」

アルト達から離れた場所で、観戦をしている潤は言った。

横ではらはらと見ていたアイリがちらりと心配そうに視線を送る。

潤はファントムとアーヴェの称号付き達そしてタツヤ、ムラクモの戦いにまったく興味が無いとばかりにアルトを見ている。

「マコト、だっけ? 最初に一番面倒な十二神将を操る陰陽師を狙い、次に邪魔で、攻略が簡単であるゴーレムを狙った。陰陽師を倒しても十二神将が消えなかったのは誤算ってとこか」

「ティアラの攻撃はしのぐだけで苦しそうだが?」

アイリは心配そうにティアラ達の猛攻に翻弄されるマコトを見る。

「おそらくふりだろ。簡単にゴーレムを消滅させ、自分の得物も抜いていない彼がこんな簡単に終わる筈が無い」

「……貴方は、アルトの保護者代理なのだろう? 援護はしないのか」

まったく助ける気が無い様な潤に、アイリは思わず言った。

潤は首を振る。

「見極めなければならないことがあるんだ」

「……?」

「いや、知らなければならないこと、か……。まあ、どちらにせよ、オレは人間同士の争いに干渉するのは本来ご法度だしな」

知らなければならない事? アルトのことか、それとも十二神将の主であるカリスや神殺しの一族のテイルのことか、それともマコトのことなのか。なにをするつもりなのかとアイリは潤の事をこわごわと見る。

「大丈夫だよ、アルトの嫌がることはしたくないし」

潤は、自分が竜王であることを知りながら、兄と呼び慕ってくれるアルトのような存在を数人しか知らない。そんな貴重な友人をどこぞの親子喧嘩のせいで無くしたくない、と肩をすくめる。

そんななか、ティアラの槍が遂にマコトに届こうとした。

アイリは口元に手を当て、息を飲む。




ティアラは、人の死を厭う。

死とは、なにも無くなることだとティアラは思っている。

生きることができないということは、笑う事も泣く事も怒る事も悲しむ事も楽しい事も、これから起こるはずだった人生を失うということだから。

なにも無くなる事は嫌だ。怖い。見送る側も、見送られる側も、嫌だ。

それは、目の前に家族も友人も、故郷を滅ぼされ、自身も死の淵に立たされティアラの一つの回答で、生きる限り後悔をしないように行動しようとする理由だった。

だから、理不尽に命を奪う事が許せない。これから起こるはずだった全てを失わせるその行為を、絶対に許せない。

だから、仲間であったマコトが、同じく仲間であった玻璃を殺した事が許せなかった。

ティアラの振り下ろす槍を見ながら、マコトは無表情に口を開く。

「……起動」

小さな声が響いた。

両手首、そして両足首に薄い水色の幾何学模様の光が熾る。

それは一瞬で、ほとんどの者が見えなかっただろう。

だが、その効果はあまりにも甚大だった。

「え……?」

早い。あまりにも早すぎる。ティアラが思ったのは、それだけだった。

目の前で、マコトの姿を見失った。

衝撃と共に、いつの間にか槍を手放していた。

決して手放してはいけない物だと言うのに。離れてはいけない物なのに。

からんと落ちた槍をマコトが拾い上げ、そして遠くへと放り投げた。

それを呆然と見ていたティアラは、気付く。マコトが短剣をティアラに向けていた。

腰元の二本の剣ではない。どこからか取り出したそれは、幾つもの細工が施されていた。その刀身に、なぜか視線が行く。

銀色に見えて、何色もの色合いを持つその刀身。

目が、離せない。

なにか、魔剣の類なのだろう。視線を離さなくてはは焦るが、しかしティアラは魅入られてしまっていた。

「『斬れ、ヒトギ』」

力の籠った言の葉が紡がれる。

ヒトギがその短剣であると気付いた時、ティアラはすでに斬られていた。

「ティアラ!!」

悲鳴にも似たアルトの叫び声が響く。

血は、流れなかった。

「あ、れ?」

思わず座りこんだティアラは、斬られた場所を見て、首を傾げた。

斬られていない。

服と長い髪の毛が少し斬られただけだった。

まさか、マコトは手加減を? もしや、本当は裏切っていないのでは?

そんな淡い期待がティアラの脳裏をよぎるが、すぐに気付いた。

「あ、れ? そーど?」

ソードの声が聞こえない。

ぐらりと体が傾ぐ。

ティアラは訳がわからなかった。

倒れた体は、動けない。

下半身が、まるで他者の者になったかのように感覚が無い。

「そー、ど。まって、どうし、て?」

手に力すら入らない。

「どこ、ソード」

見えない。ソードがいない。視えない。見えない。みえない。

「い、いやああああああっ」

ソードとの契約が感じられない。

ソードがいないと、ソードがいなければ……ティアラは動く事もできないと言うのに。


戦意喪失のティアラを見降ろし、マコトは息をつく。

だが、まだ終わっていない。

消えかけの十二神将が三柱、そしてアルト。テイルはゴーレム以外は放っておいて構わない。そしてアイリと青年は手を出してこないだろう。

だから、マコトはアルトへ短剣を向けた。

「次は、お前だ」

十二神将が一柱、白虎がアルトになにごとか耳打ちすると、三柱の十二神将がマコトへと一斉に向かった。

「『斬れ、ヒトギ』」

また、マコトは同じ言の葉を紡ぐ。

金の蛇、匂陣に短剣の刃がかすると、その内包する神力が一瞬にして消えうせた。

「なっ」

「慌てるな、あれに触らなければよい」

動揺する玄武に、白虎が制止する。

匂陣がほとんど薄れかけたその体でマコトを拘束した。

すぐに匂陣は現世に顕現出来なくなる。が、その一瞬動きを止められればよかった。

玄武が肉薄する。短剣を避け、拳を放つ。

対するマコトは既に護符を失っているために避けるしかない。

が、短剣を振るう隙を逃さない。二の腕を斬られた玄武は、すぐに存在が保てなくなる。

存在が消えていくことに歯がみしながら、玄武はせめて白虎の思惑が成功するようにと祈ることしか出来なかった。

マコトに、白虎の放つ風が襲う。アルトの風と交互にくるそれを、避けていく。

さきほど起動させた身体強化の呪具は未だ効果を示しているため、最初のころとは比較にならないほどマコトの速さは上がっていた。

「アルト殿、今だ」

白虎とアルトが一斉に強風を起こした。

思わず後ろに下がるマコトは、地面が変わった事に気付いた。

外に……本部の外にいつの間にかマコトは出ていた。

十二神将とアルトの風にいつの間にかマコトは外へ誘導されていたのだ。

「申し訳ない、ここで私は終わりの様だ」

白虎が、アルトに頭を下げると、その姿を薄らさせていく。

「マコト……」

「……」

マコトとアルトが対峙する。

最初に動こうとしたのは――マコト。

あたりは町から離れた場所。木々はまばらに生え、遮蔽物はそこまで多くない。

隠れる場所が無いマコトは不利だ。

「風よっ(いら)え!」

ならば先手をとばかりに彼は動こうとしたが、アルトの風術のほうが早い。

強風。いや、もはや塊といってもいい風が全方位よりマコトを襲う。

アルトは、ほっと成功した事に息をつく。

室内や周囲に仲間がいる時には使えないそれは、潤に勧められたものだ。

風を放つと、大抵いろいろな物がよく斬れる。しかし、それでは人を殺しかねない。

人を殺す事を当たり前のことながら忌避するアルトには全力で風を放つ事に躊躇する癖があった。潤はその風に方向性を持たせるべきだと助言していた。

ただ、『風を放つ』のではなく、『手のひらで叩くように』などの意志を籠めれば風も変わると。

そして、マコトは耐えきれずに押しつぶされ、地面に叩きつけられた。

その風を継続。マコトは地面に倒れたまま動けない。

アルトは、ゆっくりとマコトに近寄ろうとした。が、目の前で足を止めてすぐに回避をする。

「『斬、れッ、ヒトギッ!』」

風が消え、魔術がうち消された。

先ほどアルトがいた場所に短刀が閃くが回避したばかりだ。

たいして効いていないとばかりにマコトはアルトにさらに追撃する。

回避しきれないアルトだが、周囲に張り巡らされた風が鎧となってアルトを守る。

それに気付くと、すぐにマコトは距離を取った。

風術使い、いや魔術師相手に距離をとるのは致命的だ。

「風よ……」

すかさずアルトはもう一度風を放とうとした。

たいしてマコトはアルトと距離があると言うのに腰の剣の一振りを抜いた。

少し黒ずんだ、飾り気のない無骨な剣を振るう。

「弄え!!」

「『斬り壊せ』」

風が、マコトへ向かう。

剣が異常な力を示すと、そのまま振るわれた先にその力を放つ。

衝突。

風が飛散して土煙が立った。

思わずアルトは口を押さえて咳き込む。そして前を見ると、そこにはなぜか潤がいた。さらに、アルトを庇うようにすぐそばに赤毛の仮面がいた。

真っ白な無表情の仮面をかぶるのは、三番目のジョーカーだ。以前助けられたことのあるアルトはすぐに思いだす。

「潤、にぃ? さんばんめのジョーカーさん?」

アルト達がマコトと戦うと戻った時、潤は戦いに干渉しないと言っていた。だというのに、彼は戦場に立っている。潤が一度言った事を簡単に覆すような正確ではない事を知っている。そして三番目のジョーカーは一番や二番、四番とは違い、本部などにほとんどいない。アルトは、そんな二人がなぜ居るのか不思議で仕方が無かった。

「さすがに、今の攻撃は見逃せなかった」

潤は、鋭い視線でマコトを見ていた。

マコトは、無傷で先ほどの場所にいる。そこから一歩も動かず、潤と三番目を見ていた。

ぽたりと、腕から血が滴った。

「まさか、オレの結界が破られるとはな」

潤の右手が切り裂かれていた。

潤は、受けた傷を押さえながらマコトに笑いかける。だが、目は笑っていない。

アルトの風とマコトの攻撃が衝突した時、アルトは負けたのだ。

風は飛散し、マコトの攻撃がアルトを襲うところだったのを、潤が滑りこんで結界で止めたのだが、簡易な物だったとはいえ、その結界すら破り、マコトは潤に傷を負わせていた。

「くそ、三番目のジョーカーかっ!」

四番目のファントム、そして各組織の称号持ち達と交戦していたタツヤが叫ぶ。

ムラクモと共に素早く離脱すると、決められていたかのようにさっさとマコトの元へと集まった。

「さすがに二人のジョーカー相手には分が悪いですか? あなた達なら特に問題なさそうですけど……」

ファントムが三番目のジョーカーにちらりと不審げな視線をむけつつマコト達に言う。

彼は、三番目のすぐそばに来ると、お久しぶりですとにこやかに挨拶をした。

マコトはファントムには応えず、本部の中へと視線を向ける。

タツヤとムラクモとの戦闘でぼろぼろになった称号持ち達がいた。中にはまだまだ戦えそうな者達もいる。

語部のエース、アダマストが老体に鞭打ちアルトの前に出る。そして、慣れた様子のクイーンであるノイン・ノインもまた前に出た。

彼らに視線を向けてすぐに外してまた中へ視線を向ける。

「ギウス、首尾は」

突然、そんな事を言った。

「こっちはとっくに全部終わってる。さっき、プルートから連絡がきて計画は順調だとさ」

ぶっきらぼうな答えが、なぜかアルトのすぐ隣りから聞こえてきた。

慌ててアルト達が周囲を見ると、いつの間にかすぐそばに少年がいた。

彼は気にすることなく先ほどからそこに立っていたように存在している。マコトに応えると、彼はマコト達のほうへ歩いていく。

「あの時の……部屋を覗いたのはお前か」

潤が厳しい目で彼を見た。

「……まあね」

肩をすくめながらギウスは応える。

マコト達が来た前後、アルト達が待機していた部屋の扉が突如開いた事があった。誰も外には居ないように見えたが、彼がいたのだ。

「撤退する」

「了解だ、大将」

計画がすでに進み、新たなジョーカーが現れた。そこからのマコト達の行動は早かった。

ファントム達が止める暇もなく、外に出ていた事も会ってすぐに姿をくらましてしまった。

そのすぐあとに、月剣の本部からセレスティンが撤退した連絡が訪れ、そして一番目のジョーカー、フィーユの安否もすぐに分かる事となる。

アーヴェ本部は情報を奪われ、『計画』とやらに振り回されて終わることとなってしまった。



「まったく……結局彼等はなにをしに来たのでしょうね」

外から本部の惨状を見ながら、ファントムは呟く。

アルトとマコトの戦いで、建物にも被害が出ていた。中もタツヤ、ムラクモ達の戦いでひどいありさまとなっている。

ファントムは隣に立つ三番目のジョーカーを見た。

相変わらず、白い仮面をつけている。ファントムも顔の上部半分を隠す仮面を付けているため人の事を言えないが。

「……長い年月をかけた計画、らしいがほとんど詳細は入ってこない」

三番目はセレスティンに潜入していると言うが、それでも計画のことは分からないと言った。

答える三番目のジョーカーをファントムはまじまじと見る。

そして、首を傾げた。

「あなた、誰ですか?」

「三番目のジョーカーだ」

淡々と応える彼は、なにをいまさらと言った様子だった。

「そうですか。まあ、いいですけど……」

そう言って、ファントムは未だ復旧作業が続けられている本部の中へと入って行った。

「そう簡単に正体は明かしてくれませんか。まあ、そうでしょうね……」

だが、いつまでつづくか。

アルト達の事を思い出してファントムは嗤う。

勝手に戻ってきてセレスティンの幹部であるマコトと戦ってしまったアルト達は現在星原のエースと裁き司の面々にお説教を受けているはずだ。

彼等をどうやって戦場に巻きこむか考えながら、彼は歩く。

「約束は守らなくては、ね」

大切な宝物を見るように、彼は微笑んだ。






計画は順調、プルートに報告に行くと彼は嗤いながら言った。

いつもの事ながら、彼の笑みはあまり好きではないとムラクモはセレスティンの本部を歩いていた。

マコト、タツヤとはすぐに別れて部屋に戻る途中だった。

が、足を止める。

「……」

部屋に戻れば、今回彼の功労者であるギウスが居るはずだ。そして、神との戦いで負傷しまだ回復途中のミスティルも。

彼等が待っている。

だが、足は動かない。

「分かってたのにな……」

アーヴェの本部に侵入したことでギウスの顔は割れている。おそらく、最後に姿を見せなかったとしても後々ばれていただろう。ミスティルは任務のせいで手を失った。

もう、後戻りはできない。

分かっている。

だが……。

自室に戻れず、遅くなったいい訳を考えて医務室へと向かおうとした。そこでけがの手当てをしていたとでも言おうと思ったのだ。

だが、途中で先ほど別れたばかりの少年と出逢ってしまった。

紫の悪魔。マコトとも呼ばれる彼は、長い廊下で一人壁に寄り掛かっていた。

何をしているのかと近づく。

と、咳き込む音が聞こえてきた。

「紫の悪魔?」

何をしているのかと声をかけ……すぐに理由に気づく。

赤く濡れた口元。押さえていた手も赤く、血に濡れている。

「大丈夫ですか?」

アーヴェ本部での戦闘。傷などおった様子もなく、マコトも何も無かったかのようにふるまっていたために気付かなかったが、負傷していたのだ。

「だいじょうぶ、だ」

そう言って様子を見ようとするムラクモを押しのけるマコトだが、力ない。

このままムラクモが何もしなければ、彼はきっと一人で耐えてどうにかしようとするだろう。彼は、セレスティンの者達とほとんど交流をしない。

苦いモノをかみしめたようにムラクモは顔をこわばらせる。

「……歩けますか?」

関わるなとばかりに動こうとしないマコトを無理やり背負うと、弱々しい抵抗を無視してムラクモは来た道を戻り始めた。


「ムラクモ、おかえりなさ、い?」

ムラクモが自室に戻ると、いつものようにムラクモのベッドに少女が寝ころび、少年がくるくると回るイスに座っていた。

部屋主の帰還に喜んで迎える二人だったが、彼が背負う人物を見て顔をこわばらせる。

以前、共に任務に行った事のある紫の悪魔だったからだ。

言葉が少なくとっつきにくい彼が、ムラクモに背負われていることに二人は困惑していた。

「ギウス、治癒術得意だったよな」

「得意ってほどじゃないけど、斬り傷直す程度だったら……?」

なにがなんだかわからないギウスだったが、その言葉にマコトをもう一度見た。いつもより顔色が悪い。

「おそらく内臓が傷ついている。外傷はないが他にも異常があるかも知れない」

ミスティルの隣にマコトを寝かせると、ムラクモは服を脱がし始める。

「やめ、ろ」

抵抗しようとするマコトだが、ミスティルまで協力し始め、結局為すがままにするしかなかった。が、意地でもとばかりに両手の手袋は死守する。

嫌そうにしながらもギウスはマコトの傍にいった。

細い体だ。ギウスよりも年下だという彼は背が低いし体重もない。それで、どうして自分より強いのかと口をへの字にする。

右手がほんのりと発光し、それを体に当てていった。

「さすがにこれ、完全に治しきれねぇぞ?!」

ムラクモの言うとおり、内臓がやられている。おそらく、玄武とティアラの攻撃と、アルトの風に押し倒された時のだろう。

ムラクモの頼みだからと言いながら、ギウスは治癒術をかけて行くが、あまり状態は芳しくない。ギウスは治癒術を使えるとはいえ、ほんの少しの傷を直すのがせいぜいでそこまで深い傷は治せない。

「本職に頼めよ……これで限界……」

しばらく四苦八苦していたギウスだが、やがて音をあげてムラクモを見る。

「すまん、ギウス」

「なんでムラクモが謝るんだよ」

ムラクモを見たのはそんな言葉を聞きたかったわけじゃない。ギウスは動かないマコトを見た。さきほどより顔色が良くなっている。

「……ありが、とう」

彼はギウスを見ずに例を言うと服を着直し始める。

「……あんたにはミスティルを助けられたからな」

そして、ギウスも横を向いてそんなことを言った。

自力でマコトは立ちあがると、ムラクモに頭を少し下げる。

「すまない、助かった」

「ギウスも言ったが、お前にはミスティルを助けてもらったからな」

「……僕は、何もしていない」

「だが、お前が居なければミスティルは生きて戻れなかっただろう」

「……」

マコトはこれ以上話す事は無いと部屋を出て行こうとした。

「おい、無茶すんなよ」

やはり、そっぽを向いてギウスが声をかける。

「……まだ、死なないから大丈夫だ」

マコトは、そう言うと部屋を出ていった。

「…………まだ、死なないって……また、無茶するってことかよ」

げっそりとしながらギウスはマコトを見送る。

ムラクモも、目を細めてマコトを見送っていた。

魔法の使えない、魔力のない暗殺者。彼が普通の人間と戦うためにどれ程の努力をしただろう。神と戦えるほど強くなるためにどれほど戦ってきたのだろう。

きっと、その身を削りながらだ。

彼はその身を顧みずに戦う。魔力のない彼が魔力を持つ者達と戦うためにはそうでもしなければ勝つ事が出来なかった。

だが、彼がそこまでして戦う理由は何なのだろう。

「あいつの体……傷だらけだったな……」

ギウスの言葉に、マコトの体に残った沢山の古傷を思い出し、ムラクモはギウスとミスティルを見た。

魔術師としての才能を持つミスティル、ムラクモの後を追うように剣の道に進むギウス。二人には、戦う理由が……ない。





年内に二章が終わらない事が確定してるので、どうにか年度内には終わらせたい……終わらせたいです……。

二回が三回になり、せめて三回で終わらせようと思っていた今回の話、さらにもう一回増えました。


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